帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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気まずい二人

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

引き戸がガラガラと音を立てて開く度に、智代子の元気いっぱいの声が響く。慣れた様子の智代子は紫苑先輩より引き継いだ狐耳尻尾を丁寧にも身につけ、エプロンを装備して実に可愛らしい出立ちで接客をしていた。

 

「あれ?ちょこ?」

「湊か」

「あれ?亮介先輩に真広先輩じゃないですか」

 

今度の客は偶然にも亮介と真広の二人だった。お昼時を外れた時間帯、観光客や島民の混雑がようやく終わったところに二人はやってきた。その二人は水着にパーカーを羽織っただけの格好で、漁業で鍛えた逞しい肉体を披露している。本土の街中ならば、通報待った無しの露出狂認定である。

 

「今日もナンパか?」

「おうよ。って、団長」

「リーダーもいたのか」

 

挨拶がてらに顔を見せると二人は店内を見回す。まるで誰かを探すように店内を見回して、厨房の方をチラリと見たところで目的の人物がいなかったのか首を傾げた。

 

「生徒会長ならいないぞ」

「いや、生徒会長じゃなくて」

「倉科もお嬢もいないんだなと思ってな」

 

どうやら二人は琴音と美咲を探していたらしく、そんなことを漏らすと何故だか俺を妙な目で見てくる。

 

「なんだよ?」

「いつもは一緒なのに珍しいなぁっと思って」

「そうか?」

「団長、帰ってきてからずっと二人に拘束されっぱなしだったじゃん」

 

思い返してみれば確かにそうだ。家を出て島内を散歩に出掛ければ、どちらかは必ずついてきた。琴音に至っては暇なのか常に一緒にいた気さえする。そう考えるといないのが寂しい。

 

「拘束されてた覚えはないんだがな……」

「あの程度では拘束にすらならないと」

「知らない方が幸せなこともある。亮介、言ってやるな」

「そうだな。それを言ったら……俺らが殺されるわ」

 

突然、肌寒いのか身震いする二人。本当に訳がわからない。

 

「んで、何しに来たんだ?」

 

無駄話ばかりしていれば仕事が捗らないので言外に注文を促す。すると二人は、示し合わせたようにアイコンタクトを一つ、鏡合わせのようにサイドチェストでポージングをする。

 

「白い狐がここにいるって聞いてきたんだけど、団長なら心当たりあるだろ?」

「俺達もお狐様の幸運にあやかろうと思ってな」

 

目当ては白いお狐様の『見れば幸運、触れば祟り』だったらしく二人は堂々と神頼みしてきた。そんなことをお狐様に頼むのはどうかと思うのだが、それでモテると思っているらしい二人。

俺は座布団の上で丸くなっている白い塊に目を向ける。その上には、オレンジが載っており小さく揺れている。

 

「……なぁ、団長。あの鏡餅みたいなのなに?」

「おまえ達が探している白い狐様だよ」

「罰当たりだな。眠っているお狐様に蜜柑を載せるとは」

「俺が載せた」

「「だと思った」」

 

己が罪『白いお狐様鏡餅事件』の真相を暴露すると、二人は声を揃えて呆れたように言う。

 

「あんなこと白いお狐様にできるのは団長だけだよ」

「恐れ多くてそんなこと普通の島民はできないからな」

 

黒崎家や鈴白家でも同様だ。うちの祖父や鈴白の祖母は触りもしない。触るどころか悪戯までしているところを見られれば、俺は間違いなく怒鳴られるだろう。鈴白の婆さんは呆れて笑うに違いない。

 

「そんなことより先輩方、早く席に着いて注文しちゃってください」

 

と、無駄話を続けていれば智代子に怒られてしまう。

 

「「取り敢えず、飲む麻婆豆腐大ジョッキで」」

 

午後の第二戦に備えるべく、二人はそれだけ飲み干すと海へと帰っていった。

 

 

 

夕方、また忙しくなってくる頃。

 

「ただいまー」

 

紫苑先輩が本土から帰ってきた。

私立七海学園の制服を着て、歩く姿はまるで舞う花弁のよう。

 

「お疲れ様です。ちょこちゃんもう上がっていいですよ。ここからは私が手伝うので」

 

ただ口を開けば……。と、思ったところで彼女とばっちり目が合った。

 

「……若旦那、なにやってるんですか?」

「手伝いだよ」

 

あれからずっと手伝いに振り回されている俺は疲労困憊の状態でそう答えた。皿洗いをしたり、注文を取ったり、片付けをしたり。智代子と手分けして厨房での調理以外の仕事を手伝わせてもらっていたことになる。それも客足が途絶えないのでとても忙しく、今まで休む暇すらなかったのだ。

 

今も狐の手を借りたいところであるが、その狐の手を借りた結果が“これ”なのだから実に笑えない話だ。

 

「もしかして、物凄く忙しかったりします?」

「普段を知らんから、なんとも言えんが。この店ってそんな繁盛してるのか?」

「そこそこは儲かってますよ。ただ、今日はいつにも増して儲かったと思いますが」

「どういう意味だ?」

 

紫苑先輩が口角を少し上げて笑う。–––おかしいかな、それが少し不穏に感じた。

 

「本土に行くついでに、道中『白いお狐様来店中』って宣伝して回ったんですよ」

「あんたのせいか」

 

道理で白いお狐様を見に客足が途絶えないわけである。店に来た客からゆっくりと噂が広まるかと思えば、流水のように人の流れが途絶えず、休む間も無く馬車馬の如く働かされ、気がつけば半日ほどこの店で時間を潰していた。手伝いを直接頼まれた智代子でさえ、疲労の浮かんだ顔だ。

諸悪の根源の一匹と一人、一人は本土に用事で逃げおおせ、一匹はただのんびり寝ているだけで招き猫のような効果を発揮しているのだから、なおさら性質が悪い。

 

「やだー、若旦那顔怖いっすよ。せっかくお嫁さんが二人迎えに来てくれてるんだから、ほらスマイルスマイル」

 

茶化すように紫苑先輩が諌めようとする。その後ろに、見慣れた二人の姿があった。

 

「琴音?美咲?どうしてこんなところに?」

「ちょっとこんなところってなんですか!」

 

抗議する紫苑先輩を無視して二人に目を向ける。すると美咲は紫苑先輩を追い越して、俺に思いっきり抱き着いてきた。

 

「圭君!会いたかったよぉ!」

 

腰に腕を回して、体全体を押し付けてくる。豊満な胸が潰れて柔らかく歪曲し、見下げると胸元から谷間と桃色の布がチラチラと見えてしまう。慌てて視線を逸らしてちょっと後悔。

ただ甘えてくるそのままに頭を撫でることで返礼すると、美咲はご満悦なようで上機嫌に喉を鳴らした。

 

「どうして紫苑先輩と一緒にいたんだ?」

「帰りのフェリーで一緒になって、白い狐様が現れたって話を聞いたから、圭君はここだ!って思ってついてきちゃった」

 

白い狐様=俺がいる、という方程式が美咲の中では成り立っているらしく、そんなことを言って経緯を説明してくれる。

一頻り美咲を撫で回した後、何の反応も示さない琴音へと視線を向けた。彼女は入口に突っ立っているだけでそわそわとして俺と視線が合うと、ひょいと視線を外してしまう。よそよそしい姿に俺は首を傾げた。

 

「琴音……?」

 

挙動不審で視線を合わせようとしない琴音に違和感を感じて、俺はそっと彼女に近寄った。俺が一歩近づくと、琴音は半歩後ろに下がる。俺がもう一歩近づくと、また半歩下がって。もう一歩で距離は限りなくゼロに近くなった。

 

「ふーむ。……?」

 

注意深く彼女を観察する。何故か挙動不審な様子だが、なんだか少し彼女の姿に違和感を覚えて再度その違和感の原因を探る。そうして観察すること数十秒、細部まで深く観察しようと彼女の頬に手を添えると、彼女の頬が真っ赤に染まる。

 

–––何を今更この距離で顔を赤くしているのか。

 

彼女の行動にも疑問があったが、違和感の正体が形になってきた。

 

「……少し、髪を切ったか?」

「え、正解。なんでわかったの圭君!?」

 

終始黙りこくっている琴音に代わって、美咲が驚いた様子で肯定する。

 

「髪を整えるくらいしか切ってないのに!」

 

–––それもすっごい誤差。なんて言えば女性に怒られそうなので、俺は口に出さないように口を噤んだ。

 

「美咲も切ったか?」

「うん♪えへへー、どう?」

 

–––どうと言われてもあんまり変わってないが?とか言えば、機嫌を損ねるのは明白だ。

 

「うん。まぁ、いいんじゃないか」

 

嘘を吐かず、無難な答えも浮かばず、そんな適当な言葉になってしまう。

案の定、褒め言葉にはなっておらず、不満そうな表情だ。

 

「ボクは怒らないから正直な感想が聞きたいな」

「正直に言っていいか?」

「うん。だって、そうじゃないと困るから」

 

美咲は真剣な目で俺を見つめる。

 

「……変わらないと思う」

 

微妙な変化には気づいても、感想はまるで無頓着なそれで、女性の機嫌を損ねることは間違いなしだ。わかっているのだがそこは共感できない。美咲の太陽みたいに温かな笑顔が沈みかける。

 

「おまえはいつも綺麗で、可愛いからな」

 

補足でどうにか機嫌が下降することを防げないかと思えば、沈みかけた太陽がひょっこり戻ってきた。

 

「んふふー。それで許してあげるよ」

「お気にめしたようで何よりだ」

「常に綺麗にいるのだって大変なんだよ?」

「肝に銘じておく」

 

なんとか及第点は得られたようで、ほっとしたのも束の間。一連のやり取りを見ていた紫苑先輩が、放棄していた問題を悪戯っぽく笑って口にした。

 

「それで若旦那、琴音さんになにしたんですか?」

 

何か起こったことを確信しつつ、彼女は藪を突く。蛇が出るか、鬼が出るか、狐が出るか、なんとも蓋を開けてみなければ判らない問題である。少なくとも、彼女が思う面白いことなのは確実だ。

 

「なにって言われてもな……」

 

一緒にお風呂に入った、とか言ってもいいなら言うが。ちらりと当事者の一人に視線を向けると、半分涙目で睨まれた。怖いどころか可愛くて、たまらず笑みが溢れた。

 

「–––って、痛っ、言わないから叩くな」

 

つい溢れた笑みに俺が言うと思ったらしく、抗議にポコポコと胸板を叩かれる。話題を変えるべく、とてもつまらない質問をしてみることにした。

 

「しかしまぁ、なんで今日髪を切りに行くことにしたんだ?」

「……祭りが近いじゃない。だから、身形は整えておけっておばあちゃんが」

 

鈴白には巫女の役目がある。琴音もそういう歳になった以上、その役目が回ってきたのだろう。そういえば帰ってきた時も、御神木の泉で禊をしていた。

 

「大変だなぁ、おまえは」

「言っておくけど、他人事じゃないわよ」

 

面倒なことに巻き込まれそうな予感がひしひしとする。帰ってくる時期を早まったかもしれない。

 

「はいはい。いちゃつくのは家に帰ってからにしてくださいね。入口にいられると邪魔ですから」

 

智代子にそう嗜められて、琴音は頬を赤くして逃げるように店を出る。

 

「じゃあ、俺も帰る。行くぞー、ハクア」

 

座布団の上で丸まっていた白狐に声を掛けると、起きていたと言わんばかりに飛び起きて肩に乗ってくる。俺は美咲と一緒に琴音を追うようにして店を出た。

 

 

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