不機嫌さを隠しもしない琴音に見送られて、俺と美咲は炎天下の中デートに繰り出した。
「ふふーん。さっきの琴音ちゃん凄い形相だったね」
不機嫌そうだった琴音とは対照的に、玄関先でも見せつけるように腕に抱き着いて胸を押し付けていた美咲はたいそうご満悦のようで、狐もだれる暑さの中、向日葵にも負けない輝く笑顔を魅せていた。
「そうだな。今から帰るのが怖い」
「まぁまぁ、今は楽しもうよ。それにボクとデートしてるんだから、他の女の子の話題は厳禁だよ?」
–––誰のせいだ。と、いう抗議を心に押し込めて、ため息に止める。
「それで何処か行きたいところとかあるのか?」
「ボクは圭君と一緒ならどこでもいいよ」
互いにノープランで道を行く。島を散歩するだけでも楽しいらしく、足取りはやや軽い。腕を絡ませて歩いてなければ、スキップでも始めそうな勢いだ。
しばらく道なりに歩いていると漁港へ辿り着く。もう既に大半の船が帰って来ているようで、ある方向に視線を向ければ見慣れた二人の男の姿があった。
「よお、亮介、真広」
「お、団長。今日は美咲嬢と一緒か」
「久しいなリーダー」
「漁帰りか?」
二人の親父は漁師で見習いとして手伝いをさせられている二人の朝は早い。だから、漁港に行けば必然的に出会うことになる二人にそう挨拶をすれば、まぁなといつも通りの返事が返ってきた。
「–––と言っても、朝一で魚屋や市場に卸したからもう仕事は大半終わって、今は掃除もちょうど終わったとこだけど」
「ふーん。そう、か……?」
しかし、いつも通りというよりは周りが騒がしい。少し慌ただしく漁師達が動いている気がする。あっちにこっちに走り回ったり、普段は片付かないようなものまで片付けて、何かに備えているようなのだ。
「少し慌ただしくないか?」
「あー、なんか嵐が来そうなんだってよ」
「嵐が?」
「今夜あたりだってよ」
空は快晴、海は凪いでいる。こんないい天気に嵐が来るとは思えないし、今朝の天気予報だってそれほど悪くなかった筈だ。しかし、漁師連中の勘はかなりの確率で当たるのでバカにできない。
俺は軽く頷いて、聞き流すことにした。嵐が来たってやることといったら雨戸を閉めるくらいだ。夕方、雲行きが怪しくなってからでいいだろう。
「おかげでいつもより長時間拘束されてるわけよ」
「それは災難だったね」
「おうよ。でも美咲嬢、災難なのは団長もだと思うけどな」
「なんで?」
俺の腕に抱き着いている美咲を見て、憐憫の表情を浮かべた二人がこちらを見る。
「「いや、帰ったら嵐が待ってそうだなって……」」
自然災害ではなく、人災が待っているのだからなお性質が悪い。内情を見れば、ただの嫉妬なのだが、不機嫌度合いが悪ければ台風も超える災厄となるだろう。
「あーあ、いいなー。団長は」
「朝から美少女とデートとか。世の不公平性を嘆くぞ、俺達は」
「琴音嬢に言いつけてやる」
「地獄に堕ちろ、リーダー」
怨嗟をつらつらと吐き連ねる顔の悪いこと、二人は言いたい放題言う。
「もう琴音は知ってるよ」
そう告白すれば、二人は微妙な表情を浮かべた。
「え、マジ?よくOKしたな琴音嬢」
「いやいや、絶対穏便に済まなかっただろ。済んだ試しがない」
「じゃあ、やっぱ裏取引的なやつ?にしたって琴音嬢を納得させるとか、やっぱ美咲嬢半端ねぇわ」
「末恐ろしいのは倉科の手腕だな」
「「やっぱ島の女って恐ろしい……」」
「聞こえてるよー、二人とも」
好き勝手言い出した二人に美咲は不機嫌そうに眉を寄せる。
「言っておくけど、ちゃんと料理対決して勝ち取ったからね」
「「絶対本人納得してねぇわ……」」
確かに負けは認めたが、デートには物申したい雰囲気を醸し出していた。あわよくば俺がデートを拒否するのを期待していたのだろうが、それはもう受けた方が悪いとしか言えない。
「よっし今日の業務終わり!」
ちょうど港にフェリーが入ってくるタイミングで亮介が顔を上げる。そして、バッと上着を脱いで戦闘態勢に入る。
「ついに来たか……!」
真広も片付けを終えて、上半身の衣服を脱いだ。
「悪いな団長、俺たちは行くぜ」
「俺たちのパラダイスへ」
漁師の顔とは一転、だらしなく鼻の下を伸ばした二人は駆け出す。
「なぁ、さっき団長と話してて思いついたんだけど」
「ほう、聞こうか」
「今日嵐来るじゃん。フェリー止まるじゃん。帰れないじゃん。泊めるじゃん。一つ屋根の下、お互いにドキドキしてワンナイトラブあるかもしれない!」
「完璧な作戦だ!」
どうして欲望が絡むとこうも知能が低下するのかガバガバな作戦を二人で話し合いながら、ビーチの方へ消えていった。
「男の子っていつもあんな感じだよね」
「まぁ、あれを世間一般的な男子の代表にするのはどうかと思うぞ」
「圭君はいつでもボクにエターナルラブでいいんだよ♡」
美咲の全力アピールに俺は苦笑いを返した。
そのまま二人でぶらぶら島を歩く。港から商店街へ。
「なぁ、美咲」
「うん?なに、圭君?」
「楽しいか?」
「楽しい、というよりは……幸せかな?」
何もせず、ただ島を歩く散歩を楽しいと。美咲はそう言って屈託のない笑顔を見せる。そんな横顔を数秒じっと眺めてから、商店街のいつもの光景へと視線を戻した。
「デートって言っても色々あっただろ。本土の街に行って、映画を見たり、喫茶店に行ったり、買い物したり。あとは水族館とか遊園地とかさぁ」
「じゃあ、その時は圭君から誘ってもらおうかな」
そう言われれば言い返せない。今日は美咲から誘われたのだ、素直に従っていよう。
「わかった。今度な」
「ふふーん。絶対だからね」
それがいつになるかわからないけれど、そうしてみるのも悪くない気がした。
「最後尾はこちらでーす」
軽々しく約束してしまったことを少し軽率だったか、と後悔し始めたところで知っている声が聞こえる。
声が聞こえた方に視線を移すと、藤宮食堂の前にちょっとした行列が出来ていた。店内に少し収まりきらない程度のものであったが、他の店や観光客、島民の邪魔にならないよう上手く誘導して列を整理しているのは、昨日も手伝いをしていた智代子だ。狐耳と尻尾、それにメイド服という格好で……。
「……」
「あ、圭先輩、美咲先輩、おはようございます」
「なにやってるんだ?」
「なにって見ての通りお手伝いですよ」
それはわかってる。だが、昨日はメイド服なんて着ていなかった筈だ。
「言っておきますけど、先輩の所為でもあるんですからね」
「俺の?」
「昨日、先輩が白い狐を連れて来たじゃないですか。その影響で昨日からお客さんがひっきりなしで。その応援としてちょこが呼ばれたんですよ」
「それは悪かった」
「……まぁ、本人達は嬉しそうにしていますが」
店は忙しければ忙しいほど儲かるんだろうから、藤宮先輩としては嬉しい悲鳴というやつなのだろう。智代子も臨時収入を得て、若干機嫌がいいように見える。
「先輩方はデートですか?」
「えへへー、いいでしょー」
「先輩方の仲が良いのは嬉しいですね。圭先輩、このまま末永く美咲先輩達と仲良くしていてください」
「善処する」
いつまでこうしていられるかわからず、曖昧な言葉を返した。
智代子の言葉に、美咲は俺の腕をよりいっそう強く抱き締めている。
万感の思いが込められた瞳で、俺を見上げて。
にへらと頰を緩めて、俺の肩に照れ隠すように頰を押し付ける。
「暑いですねー。余計に暑くなっちゃいますよぉ」
「おーい、これ以上美咲の感情を盛り上げるな。俺が火傷する」
「でも、嫌じゃないんでしょう?」
「おまえもいつの間にか俺の扱いを心得て来たよな……」
智代子に見透かされて溜息を返す。
「それじゃあ、お仕事の邪魔しちゃ悪いし行こっか圭君」
「そうだな。行くか」
半ば引き摺られるようにして、商店街を出た。