帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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ご機嫌斜めな琴音さん

 

 

 

開け放たれた窓から木々のざわめきに交じって子供達の笑い声が聞こえる。かつての思い出を引き起こすその声に、意識が暗闇の中から浮上していく。とても懐かしい夢を見たのは、それが原因だろうか。

 

「……あんなんだったっけ。美咲と出会った時は」

 

鮮明に覚えているというわけではないので、曖昧になるが相違はないように思われる。ふとその人物を探してみれば、同じくベッドに寝転がって俺の腕を枕に気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 

「あぁ、そうだ。寝ちまったのか」

 

商店街を抜けてから二人してふらふらと気の向くままに足を向ければ秘密基地に辿り着き、特にやることもなく暇していれば膝枕をしたいというので甘えてみれば、その寝心地につい意識を手放してしまった。その後、美咲も膝枕に飽きて添い寝を始めたというところだろうか。

 

「気持ちよさそうに寝てやがるなぁ」

 

危機感もなく無防備に眠る美咲につい悪戯をしたくなって、頬を突いてみる。男の欲望としては別のところを突きたいところだが、バレると信頼関係に罅が入りかねないので自重する。

 

–––可愛い。

 

そんな彼女の隣から抜け出して、スマホで時間を確認する。

全く切った覚えはないのだが、電源の落とされていたスマホを起動して時間を確認すると時刻は三時を回ったばかり。少し空が暗いと思っていたが、空は分厚い雲に覆い隠されていた。

嵐が来る、という漁師連中の言葉が過り、天気が悪くなってきたなぁと何処か他人事のように思い出した。

 

「……って、おぉ」

 

なんとなしにスマホを見ると着信履歴やらがとんでもないことになっていた。十件を超える着信履歴とメールの数に、何事かと確認してみれば差し出し人は全て琴音。緊急事態だろうか?

 

何かあると怖いので、折り返し電話してみることにした。

 

「おう、もしもし琴音?」

『もしもしじゃないわよなんで電話に出ないのよ!』

 

コール音が鳴ってすぐに繋がり、聞こえてきたのは静かなる怒声。俺は電話を耳から摘むようにして遠ざけながら、怒れる相手にすぐさま言い訳をした。

 

「なんでって電話の電源が切れてたしなぁ」

『……美咲の仕業ね』

 

なんでも美咲のせいにするのはどうかと思うのだが、二人きりになるためならなんでもする彼女のことを思うと、やらないとは言い切れないので俺は沈黙する。

 

「それで何の用だ?」

『え、それは……その……』

 

話題をすり替えるが如く話題を転換してみれば、琴音は歯切れ悪く言い淀む。

 

『……いつ帰ってくるのよ』

 

そして、三十秒ほど無言で悩んだあと、そんな弱々しい声で彼女が尋ねてきた。

 

「少なくとも、嵐が来る前には帰るぞ」

『そ、そうよ。それよ。雨戸閉めてもらわないといけないしっ』

「わかってるよ」

 

そうなると雨が降り出す前に帰らないといけない。

それに傘を持っていないし、雨に濡れると体力がごっそり削られる。

服が肌に張り付くあの感触は、何度なっても慣れない。

美咲に至っては服が透けるわけで……。

思わず妙な想像をして、俺はぶんぶんと首を横に振った。

 

『……なにしてるのよ?』

「え、あぁ、別になにも」

『……なにもってことはないでしょう。さっきまでなにしてたの?あたしの電話にも出ないで。それに美咲はどうしたの?』

「あいつは疲れて寝てるよ」

『そう、寝て……はぁっ!?』

 

突然、耳を劈くような声が電話を振るわせる。

 

『疲れて寝てるって、まさかあんた変なこと美咲としたんじゃないでしょうね!?』

 

何を想像したのだろうか。言わんとすることはわかるが。

不意に悪戯心が疼いてしまう。

 

「もし、したって言ったらどうする?」

『…………今夜は絶対に寝かさないから』

 

ぷつり、とその言葉を最後に通話が切れた。

 

「あれ?おーい、琴音さーん?」

 

何やら不穏な空気に冗談だったことを告げようとするも、既に通話は切れており聞いているはずもない相手に呼び掛ける。再度、琴音を呼び出そうと電話を鳴らすも出ない。何通かメールを送ってみるも、反応はない。

 

「これはまずいね圭君」

「なんだ美咲、起きてたのか?」

「ついさっきね」

「それでどうまずいんだ?」

「琴音ちゃん今頃泣いてるんじゃない?」

 

それはまずい。昔からあいつ泣かすと面倒なんだ。主に大人達に俺が怒られる。

 

「ねぇ、圭君。もしボクや琴音ちゃんに他に好きな人ができて、そういうことしたって聞いたらどう思う?」

「どう思うって……」

 

–––きっと嫉妬に狂うだろう。何故か、そう断言できた。

 

「……さっさと帰って誤解を解いた方が良さそうだな」

「じゃあ、帰ろうか。もう十分圭君を独り占めしたし」

 

猫のように伸びをする美咲の艶っぽい仕草から目を逸らして、俺は帰り支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

秘密基地を後にした俺と美咲は真っ直ぐ家に帰ってきた。道中、嵐に備えてなのか島民の姿は一人も見当たらず、不気味な雰囲気で普段と違う島の様子がなおさら不安を煽る。

 

「–––と、家に入る前に雨戸閉めておくか。っていうか、おまえは帰らなくていいのか?」

「今日は圭君の家に泊まるから」

 

俺はそんな話聞いていないんだが。と、抗議する前に美咲は家の中に入っていく。しかし、すぐにまぁいいかと思い直して俺は雨戸を閉めて回る作業に移った。

 

「本当、面倒だよなぁ、雨戸」

 

黒崎家は他の家に比べて広い。鈴白の家に比べれば劣るかもしれないが、増えた二階建ての家屋と比べても面積だけなら負けはしないだろう。しかし、当然大きいと別の問題もある。掃除や雨戸を閉めるのに苦労するのだ。いっそ取り壊して建て直してしまった方がいいのではないのだろうか。

 

ぐるぐると庭を回って雨戸を閉めていく。最近の家ではシャッターが多いが、もっぱらこの島には木製の戸が多かった。むしろ古い家には木製の戸しかない。

 

「鈴白の家の方は大丈夫かね」

 

半分も閉めた頃、彼女の実家の方が気になってしまう。

親父さんがいるから大丈夫だと思うが、呼ばれたら手伝いに行ってやろう。

そんなことを考えていた時、砂利が擦れ合う踏み締めた音が聞こえて、反射的に振り返った俺の胸に何かが飛び込んでくる。

慌てて受け止めると、その家の長女が俺の胸に顔を埋めてすんすんと匂いを嗅いでいた。

 

「おう。ただいま、琴音」

「……」

 

やがて一頻り匂いを確認した後、ほっとしたように肩の力を抜いて無言で抱き着いてきた。

 

「……何やってるんだ?」

 

彼女の奇行に首を傾げるも答えがない。それどころか、ぷいと顔を背けて膨れっ面をみせてくる。

 

–––面倒可愛いなおまえ。

 

「はぁ……」

 

怒ってる。許さない。でも、甘えたい。という欲求を合わせた結果、中途半端に全てを実行してしまうせいで今の琴音さん激おこ甘えんぼモードが発動したらしく、怒っているという意思表示を無言で表し、身体は全力で甘えてくる。なんとも表現し難い拗ね方である。

 

「雨戸閉めるからちょっと離してくれ。雨が降ってくる前に終わらせないと」

 

離そうとすると、彼女は聞き分けのない子供のように強く抱き着いてきた。俺はどうしたもんかと悩みながら、面倒だし抱っこして運ぶかと瞬時に最適解を導き出し、彼女の腰に腕を回して抱っこして雨戸を閉めて回る。全てを終えたところでお姫様抱っこに変えて、そのまま家の中まで連行し居間に腰を下ろした。

 

「なんか面白いことしてるね圭君」

 

お姫様抱っこのまま座ったからか、膝の上に琴音を座らせる形になってしまった俺を居間にいた美咲が眺めながら心底楽しそうに呟く。

 

「普通、恋敵としては面白くないんじゃないか?」

「最後に勝つのはボクだもん」

 

自信満々に言い放って、背中に美咲が抱きついてきた。

 

「美咲、あんたさっきふたりっきりで堪能したでしょ」

「それとこれとは別だよ」

 

二人の視線の先でバチバチと火花が散るような幻覚が見え、その間に挟まれながら体温が下がるのを感じた。嵐は海上ではなく、黒崎家で発生していたらしい。

 

「琴音」

「……」

「そろそろ機嫌直してくれないか」

「……」

 

あくまで俺とは会話したくないらしい。その後、約二時間ほど抱きしめ続けてやっと口を利いてくれるようになった。

 

 

 

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