帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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島の奥へ

 

 

 

準備を終えた五人と一匹は、鈴白の家を出発して住宅街を歩く。全員が合羽を羽織り集団になって歩く姿は遠くから見れば、少し不審に映るかもしれない。

 

「あの、圭先輩。ひとついいですか?」

「なんだ?」

「何処から山に入るつもりなんですか?」

 

嵐の中を突き進んでいると、俺を盾に雨風を凌ぎながら続いていた智代子がそんなことを漏らす。今まで黙ってついて来ていたが、何も聞かずについていく不安があったのだろう。打ち合わせをする時間すら惜しんで準備だけ済ませて来たのだからもっともだ。

 

「山に入るルートはいくつもあるが、夜に山に入るなら安全なルートは山道と秘密基地からのルートだけだ。山の上の社までなら誰だって安全に辿り着ける」

 

ただそのルートなら、鈴白の婆さんが散歩に毎日参っているから子供が残っている可能性は少ない。

 

「取り敢えず、山に入るまでは出来るだけ安全なルートで進む」

 

そこから秘密基地へのルートまで無言で歩き続けた。

 

「さて、ここからだな」

 

山の入り口は一言で言えば不気味だった。まるで木々のアーチが何か恐ろしい生き物のように大口を開けているように見える。入れば一寸先は闇、雨雲のせいか月明かりすら差し込まない。その様子を見て、少しだけ緊張したように雨音に紛れて智代子が息を呑んだ音が。

 

「怖いか?」

「ちょ、ちょこは大丈夫です。よくひとりキャンプしますから」

 

そう言う割には、緊張しているように見える。流石に雨の日まで山の中に入ったことはないのだろう。その一人キャンプもこの島だからできることだ。女の子の一人キャンプは危険だ。

 

「そうか。俺はさっさと帰りたいが」

「ふん。怖いのか?」

「青峰、怖いわけじゃない。怠いだけだ。疲れるしな」

 

悪ふざけで嵐の日に森に入って遊んで帰ったら、すぐに爆睡してしまうくらいには疲れ切ってしまった経験がある。それも悪ガキと呼ばれる原因だが。

 

「ハクア」

「きゅっ」

 

俺の合羽の中に隠れていたハクアが襟元から顔を出す。そして、今から入る山へ向けて吠える。

 

「キュオォォォォォーーーン!!!!」

 

彼女の声は嵐の中でもよく通るのか木霊して聞こえた。すぐにその声に反応して、遠くから山彦のように狐の遠吠えが返ってくる。辛うじて人間の耳にも聞こえた。

 

「ふむ。大体の方角はわかったな」

「え、先輩、返事聞こえたんですか?」

「あぁ、聞こえなかったか?」

「いえ、まったく……雨の音に掻き消されて」

 

どうやら他の人間には聞こえなかったようである。気のせいだったか?

 

「まぁいい。取り敢えず、亮介、真広」

「おう、団長」

「あれを出すんだな、リーダー。ちょっと待ってろ」

 

雨風を凌げるよう森の入り口へ入ったところで、二人が背負っていたリュックを下ろす。その中から懐中電灯を人数分取り出して三個を俺に渡してきた。そのうち二つを龍之介と智代子に手渡す。

 

「一応、確認しておけよ。途中で逸れて使えなくなると、苦労するのはお前たちだぞ」

 

そう忠告しながら、俺は合羽を脱いだ。

 

「あの、先輩……?なんで合羽脱いでるんですか?」

「邪魔だから」

 

脱いだ合羽をリュックに丸めて入れていると、智代子は不思議そうな……おかしな子を見る目で見てくる。

 

「大丈夫だ。俺は風邪引かないから」

「そんなこと言って風邪引いても看病してあげませんからね」

「「はっ、その手があったか!?」」

 

智代子がそう忠告すると、真似するバカが二人。

真広と亮介も合羽を脱いで、片付けていた。

 

「……あれもまぁ、バカは風邪引かないって言うし大丈夫だろ」

 

バカは風邪引いても気づかないって意味だったような気がするが、あの二人なら本当に引かないので心配するだけ無駄だ。

 

「よし、行くぞ。智代子、ちゃんとついてこいよ」

 

一番の懸念材料は智代子だ。もし可愛い後輩が怪我しようものなら、あとで大人どもに囲まれて説教される可能性が高い。それは御免被る。

 

入念に懐中電灯のチェックをして、俺達は山道へ足を踏み入れる。俺を先頭に、智代子、亮介、真広、龍之介の順番で一列に並びながらひたすら秘密基地を目指すルートへ。

 

月明かりすら雲に隠され、木々に光を遮られた森は暗い。視線の先どころか足元でさえ見えず、懐中電灯なしでは進むことさえ躊躇う闇に智代子が離れないよう距離を詰める。後続も同じで、亮介と真広は周囲に懐中電灯を向けてなんとか地理の把握に努めていた。

 

それから程なくして秘密基地に辿り着く。山に入ってかなり進んだためハクアに呼び掛けてもらうと、返ってきた鳴き声はまだ何処までも遠かった。

 

「……また面倒な」

「どうしたんだ団長?」

「浮かない顔だな」

 

渋面を作りながら顎に手を当てて考え込む俺に、亮介達が過敏に反応する。俺の反応から大体のことを察したのだろう。それくらい長い付き合いだった。

 

「……迷い子がいる場所が、随分と遠くてな」

 

往復で一時間……いや、もっとかかるだろうか。位置的にもかなり奥深くまで迷い込んだらしい。島の反対側は殆ど人の手など入っていないから、奥に迷い込むと住宅街に帰るまでの道程は考えたくもなくなってくる。島の外周に舗装された道はあるにはあるのだが、海に近づくのはやめておいた方がいいだろう。

 

 

 

 

 

 

大きな赤い鳥居が嵐の中に佇む。人の何倍もの大きさの鳥居が島を見下ろし、見守るような姿は船の上からも見えるこの島の特徴とも言うべき場所だ。赤い鳥居だけなら島の各地に数個あるが、どれも人が一人通れるだけの大きさしかなく、木々に隠れていたり島の各所に点在しているというようなもので、ここまで大きいものではない。そう考えれば、この島のシンボルとも言えた。

 

「さて、問題はここからだな」

 

“崩来祭”のスタート地点でもある赤い鳥居、あるいは島のシンボルとしても知られるその下で、俺は四人に向き直った。

 

「ここから先は帰りたくても帰れないし、途中で戻ることもできない。それでも行く覚悟はあるか?」

 

最終確認。島の半分以上を覆う大自然を前にして、四人に覚悟を問う。すると亮介と真広はバカにするなと言わんばかりに不敵に笑う。

 

「あったりまえだよ団長」

「年甲斐もなくワクワクしているところだ。久しぶりの冒険だからな」

「団長といて楽しくなかったことはねぇ」

 

こんな状況下だというのに二人は頼もしい笑みを浮かべている。半分遊び感覚だが、むしろ此方の方が俺達らしいので不謹慎という点は目を瞑ってほしい。

 

「智代子は?帰ってもいいんだぞ。案内役の狐なら呼び寄せるられるし」

「大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」

 

意地でもついていく、という意思を汲み取ってそれ以上の問答は不要だと感じた。

 

「最後に、青峰」

「ふん。この程度で僕が音を上げると思うか?」

「あー、はいはい。琴音にいいとこ見せたいんだな」

「なっ!?違うっ!」

 

最後の一人だけなんでついてきたかわからないが、有志ということにしておこう。

 

「じゃあ、行くか」

 

そう言って、鬱蒼とした木々が生える傾斜の酷い山に足を踏み入れた。

 

 

 

道なき道を真っ直ぐ進む。山道や獣道でもない道は、道というには程遠く。一度足を踏み入れればその険しさが踏み入った者に牙を剥いた。

 

「よっ、ほっ、と。後ろ大丈夫か?」

 

足下さえ覚束ない場所で木々を縫うように進み、続く者達を振り返る。真広と亮介は問題なくついてきているが、智代子と龍之介が遅れ気味で距離が開いていた。

 

「な、なんで先輩達、そんな軽々と動けるんですか!?」

「くっ、せめて昼間であれば……!」

 

歯に衣を着せなければ『足手纏い』と断じるところだが、島の人間にしてみれば善戦している方であろう。俺は人選に疑念を感じて、待つ間に彼らを知る者に目を向ける。

 

「亮介、真広、あいつら普段はどうなんだ?」

「うーん。二人とも昼間であれば俺達と張り合えるくらい早いんだけどな」

「こんな暗闇の中じゃ、力不足としか言えないな」

「智代子も?」

「あいつは夜の森で一人キャンプとかしてるからな。それにああ見えてアウトドア派だから」

 

しかし、それでも幼少から鍛え上げられた俺達に敵うはずもなく、嵐の被害及ぶ森に苦戦しているというところだろうか。

 

本当はペースを上げてさっさと終わらせたいところだが、智代子の身を考えるとペースダウンせざるを得ない。

 

「智代子は俺の後をついてこい。真ん中に亮介、殿は真広だ」

 

隊列を再度組み直す。二人に気を配れるように配置を見直して、俺達は暗闇の中をひたすら突き進んだ。

 

 

「左側気をつけろ。崩れやすいぞ」

 

泥濘んだ斜面に足を取られて注意しておくと、智代子が背中にぴったりと張り付くようについてくる。俺の進んだ道をなぞるように辿り、少し荒く呼吸をしながらも、ついてきていた。

 

「あっ。–––ああああぁぁぁ!?」

「け、圭先輩。亮介先輩が!?」

 

道中、忽然と姿を消す親友。南無三と黙祷を捧げる。

 

「どうせ大丈夫だろう」

「死ぬかと思った!」

「ほらな」

 

バッ、と暗闇の中から手が伸びて近くの木を掴む。闇の中から這い上がり、亮介はボロボロになりながらも元気な姿を見せた。

 

 

「少し坂を下るぞ」

 

そう宣言した少し後、智代子に手を貸しながら傾斜七十度近い傾斜を下る。

 

「うおおおぉぉぉぉぉ!?!?」

 

その横を、殿の筈の真広が転げ落ちていく。

 

「あの圭先輩、今横を何かが……!?」

「真広ならそこにいるだろう?」

「それ眼鏡だから団長。本体じゃないから」

 

おそらく、転げ落ちる時に落としたのであろう眼鏡を拾い上げる俺に、亮介がツッコミを入れてくる。

 

「本体の心配をしてくれ!」

 

途中の木に掴まってなんとか止まった真広は、ガバッと起き上がりながら主張するが、『本体』と自分で言うあたりこのネタを気に入っているのかもしれない。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

険しい道をだいぶ進んだ頃、智代子の荒い息遣いが雨音に交じって聞こえてくる。それでも立ち止まることなく必死についてくるその横顔は美しく見える。

 

「あっ」

 

そんな姿に見惚れていた矢先、半歩後ろに下がった足下が崩れる。なんとか踏み止まってみようと足を伸ばして背中を逸らしたものの、背中から傾斜を転がる。

 

僅か一回転、俺は傾斜にへばりつくように停止した。

 

「え、あっ、圭先輩!?そんな、姿が一瞬で消えて–––」

「大丈夫、大丈夫。少しびっくりしたけどな」

 

俺はなんでもないように傾斜を登り、智代子の足下に姿を現した。どうでもいいことだが合羽を着ていることが悔やまれるシチュエーションだった。

 

「……脅かさないでくださいよ。心臓に悪いので」

「ちょっと油断してたよっ、と」

 

元の道に這い上がる。なんでもないような顔をして、俺は身体に付着した土を払った。

 

「そんなことより気をつけろよ。そこ崩れやすいから」

「あ、はい……」

 

罠に掛かった人間が言うのだから間違いはない。

俺の肩を蹴っていつの間にか脱出していたハクアは何食わぬ顔で肩に戻っている。

 

「それにしたって先輩達、全然息切れしてませんね」

「そりゃあそうだろう」

 

智代子の格好を見た。

 

「暑いだろ。合羽着てると」

「確かにじめじめして暑いです。そう、例えるなら……」

「サウナみたいな」

「そう。それです」

 

いくら夏で雨が降っているといえど、暑いことに変わりはない。その上、動き難い格好では身体的ポテンシャルを発揮するのにも不都合だろう。だから脱げと言っても、智代子に脱がれるのは困る。彼女の格好は薄手の白いチュニック。濡れれば透けること間違いなしだ。

 

「あれ、そういえば他の人達は?」

 

来た道を振り返れば、三人の姿が忽然と消えていた。

 

 

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