帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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迷い子の少女

 

 

 

「どうしましょう先輩、はぐれちゃったみたいです!」

 

大声で智代子が三人を呼ぶが反応はない。それほど遠くに行っているとは思えないが、森の騒めきから人の気配はしなかった。

 

「落ち着け智代子。迷子になったのはあいつらで、俺たちじゃない」

「あ、そうですね……ってそういうことじゃないでしょう!」

「いや、だってあいつらだしなぁ」

 

森で丸一日遭難したくらいで死ぬような奴らではない。約一名、よくわからない奴がいるが、男なんだし無茶さえしなければどうとでもなるだろう。

 

「それに問題はあいつらの方じゃなく、迷子の方だろ」

「ど、どうするべきでしょうか?」

「取り敢えずあいつらの方は放っておいて、先に子供を見つけるところからだ」

「そ、そうですね。わかりました」

 

納得してくれたらしく力強く頷いてみせる。胸の前で拳を握り、気合十分といった様子だ。

 

「この辺りのはずなんだがな、ハクア」

「クゥォォォォォーーーン」

 

星の光を遮るカーテン、空に向かってハクアが吠える。

その数秒後、何処からか狐の遠吠えが聞こえてきた。

 

「近いな。もうそんなに距離はないはずだ」

「は、はい」

 

何処か遠くに聞こえていた狐の遠吠えも、気がつけばだいぶ近くに。いますぐにでも駆け出しそうな智代子は、暗い森に足踏みしもどかしそうに指を噛む。

 

「圭先輩、早く捜しましょう!」

 

俺は急かされるままに急勾配を登る。そこから見下ろすように懐中電灯を振り回して辺りを確認してみた。すると小さく狐が鳴く声がして、隣に出た智代子がその狐を探す。

 

「あ、あの狐ですか先輩!?」

 

懐中電灯で照らした先に、尻尾を振る狐が一匹。

返事を聞くよりも早く、智代子は坂を駆け下りる。

 

「あ、おい。そんな走るとあぶな–––」

「きゃあっ!?」

 

何かに足を取られたらしく、ズザザザという大きな音を立てて智代子が転んだ。そのまま坂を転がっていく智代子は、傾斜の終わりでようやく止まった。

慌てて駆け下りると、その側では狐が心配そうに智代子の顔を覗き込む。その傍らで何処から出て来たのか白いワンピースを着た十歳くらいの少女が同じく智代子の顔を覗き込んでいた。

 

「智代子お姉さん、大丈夫?」

「あっ、日和ちゃん!」

 

飛び起きて、少女に抱き着く智代子。

 

「にぎゃああああぁぁぁぁ!?!?冷たっ、冷たいよっ!?」

 

感動の再会は、要救助者の悲鳴で残念な感じになる。

 

それもそのはず、智代子は雨を弾いた合羽を着ているのだ。弾いて付着している水滴は抱き着いた少女のワンピースに吸収され、まるでバケツで水を被ったかのごとく濡れる。

 

「あ、ごめんなさい。つい」

 

慌てて智代子は離れたが、少女のワンピースは肌に張り付き透けている。手遅れなことは明白だ。

 

「うぅ、びしょびしょ……」

 

げんなりとした様子で少女が苦言を漏らす。思わず、と呟いた言葉に智代子は頰を掻いて視線を逸らした。

 

「あ、そうだ。怪我はないですか!?どうしてこんなところにいるんですか!?」

「それよりも雨宿りできる場所に移ろう」

 

事情を聞くのは後回し。俺は未だ落ち着かない智代子を宥めるように、そう言って少女が雨宿りしていた洞穴の方へ視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

少女が居た場所は島の奥深く。狐が住処にしている洞穴だった。ただ洞穴と言っても奥行きは4メートルほどしかなく、人が数人寛げる程度のスペースしかなかった。それでも水捌けはしっかりしているらしく、何故か水が入り込まないようになっており、少女の雨宿りには十分だったのだろう。

 

そして、そこには当然狐が住んでいた。父、母、子、四匹の狐が身を寄せ合って暮らしているらしく、奥には寝床となる小さな穴が幾つか空いている。連絡してくれたのは父狐らしく、何処か誇らしそうに尻尾を振って少女を歓迎していた。さっきまで子狐達と遊んでいたらしく、子狐達は少女の周りをうろうろクルクル回っている。

 

俺達もそこにご厄介になりながら、迷子になった三人を待っていた。智代子は合羽を脱いで、少女の横で地面に腰掛けている。

 

「それでどうしてこんなところにいたんですか?」

 

一息ついたところで、智代子が少女に視線を向ける。すると少女はバツが悪そうな顔になって、サンダルを履いた足先を見つめてどう説明したものかと言葉を探す。それからしどろもどろになりながらも、拙い言葉で説明を始めた。

 

「その、ね……。探し物をしてたの。それで、気づいたら帰り道がわからなくなって。どんどん周りが暗くなって……雨が降って来たから、雨宿りしてたらこんな時間に……」

「もう、心配したんですからね!日和ちゃんのお父さんもお母さんも心配してましたよ!」

 

まるで本当の家族の如く心配する智代子に、少女の瞳から涙が零れ落ちる。本当はこんな暗い森の中で心細かったのだろう。少女は小さく「ごめんなさい」と口にした。

 

「あの、智代子お姉さんはどうしてここに?」

「捜しに来たに決まってるじゃないですか」

「でも、どうやって場所がわかったの?」

「それは先輩が捜してくれましたから。だから、ちょこはついて来ただけで、何もしてないです」

 

二人の視線が此方に向く。

 

「お兄さんは?見ない顔だけど」

「俺は黒崎圭」

「あ、噂の人。わたしはね、島崎日和」

 

「噂の人」という単語が引っ掛かった。いったい俺はどういう風に認識されているのだろう、と。

 

「噂の人って?」

「智代子お姉さんが、圭お兄さんは両手に花の二股野郎だって」

「よーし、智代子。少しお話ししようか」

「違いますよ!?言ってません。解釈によってはそう捉えられなくもないですが」

 

まぁ、確かに捉えようによってはそういう見方もある。大きく反論もできず、俺は渋々と引き下がることしかできなかった。

 

「だからと言って見逃す気はない。覚悟しろ」

 

俺は智代子に詰め寄る。

彼女の足を掴み、引き寄せる。

 

「きゃあっ!?いきなりなにするんですか、琴音先輩達に言いつけますよ!」

「おまえさっき怪我したろ。見せろ」

「っ!?」

 

ホットパンツから覗く、雨に濡れたニーハイを上から脱がしていく。時折、悩ましい声を上げてくるので少し困ったが、するすると脱がしていくと少し赤くなった足首が姿を現した。

 

「……いつ気づいたんですか?」

「さっき洞穴に移動する時、動きがぎこちないからもしやと思ってな」

「こういう時、先輩がニーハイ脱がせるの手慣れてたのを指摘するべきですかね」

 

強がるようにそう言って、智代子は話題を逸らそうとしたが、俺はため息を吐いて智代子の軽口は聞き流した。

 

「なんで黙ってたんだ?」

 

今度は、智代子がバツの悪そうな顔をする。そのまま数十秒ほど視線を逸らさず見つめ合っていると、観念したのか智代子は俯きながらこう言った。

 

「だって、無理矢理ついて来たのに足手纏いになって申し訳ないじゃないですか」

 

本気でそんなことを思っていたらしく、彼女の言葉には力がない。助けに来たはずが、助けられる側になって。要救助者に心配される始末、居た堪れないのだろう。

 

「それを言うなら、あいつらも足引っ張ってるけどな」

 

慰めるように口にしたのは、はぐれた三人のこと。

頭の痛い問題に、思わず溜息を吐いてしまう。

 

「ねぇ、圭お兄さん」

 

智代子を背負って帰る道に憂鬱な気分になっていると、少女が声を掛けてくる。

 

「どうした少女?」

「その少女っていうのやめて。日和でいい」

「そうか、じゃあ日和」

「ここからどうやって帰るの?」

「どうって智代子を背負って……」

「そうじゃなくて。帰り道わかるの?」

「あ、そういえば先輩。帰り道わかるんですか」

 

日和の疑問に、智代子が思い出したように重ねて言う。考えなしなところを責める気にもなれず、俺は再び溜息を吐いてペシっと智代子の額を弾いた。

 

「おまえどうやって帰るつもりだったんだ……」

「あぅ。適当に歩けばつくかなぁ……なんて」

「だいたいの方角はわかるからな。多少の遠回りにはなるが、任せておけ」

 

俺が確約したことで二人はほっとしたらしく、胸を撫で下ろしていた。さすがに此処で夜を明かす気はないらしく、帰れることに安堵したらしい二人の表情も明るくなる。

 

「圭お兄さん、智代子お姉さんの言った通り頼りになるんだね」

「智代子からどんな風に聞いてたんだ?」

「んー。ヘタレだけど頼もしい人?」

 

本当にどんな風に聞いているのか。智代子に視線を向けると、視線を逸らされる。

 

「違うんです。その、日和ちゃんは素直なだけで……オブラートに包んだ言葉を剥がしてしまうんです」

 

言い方。つまりは、そういうことである。

 

「そう捉えられることは言ったと」

「でも、圭先輩が頼りになることはちゃんとわかりましたから。その、ちょこは凄くカッコいいと思いますよ」

 

と、雑談に興じている時だった。

 

「あ、なにか光った」

 

外を見ていた日和が声を上げる。すぐに確認してみると僅かにチラチラと懐中電灯の明かりが右往左往何かを探すように蠢いていた。俺はもう一度、狐達に鳴いてもらう。すると懐中電灯の光は狐の鳴き声に向けて近づいて来た。

 

「あっ、やっと見つけた。おーい、団長ー!」

「さすがリーダー。もう見つけたのか」

「……ふん」

 

いなくなっていた三人が姿を現す。三人とも無事なようだが、顔や合羽、手などに泥が付着しており、はぐれた理由が一目瞭然だ。また滑ったり、落ちたりしたのだろう。その後も何度か滑ったようである。

 

「全員無事なようだな。じゃあ、帰るか。真広、日和の分の合羽」

「わかった。今出そう」

「それと誰か一人、日和を背負ってくれ」

「わたし歩けるよ?」

 

そう主張してくるが、サンダルで足元が見えない中歩くのは危険だ。起伏の少ない道を選ぶつもりではあるが、かなりの遠回りになる。果たして少女にそれだけの体力があるだろうか。智代子を背負いながらとなると、俺も無理である。

 

「あれ、てっきり団長が背負うものかと思ってたが」

「俺は智代子背負わなきゃいけないからな」

「なんだ怪我したのか?」

「だから俺が背負うことになってるんだよ。それともおまえら背負うか」

「「重いから遠慮しておく」」

「いま重いって言いましたね!?乙女に向かって!重いって!だからモテないんですよ!」

「おまえっ、言ってはならんことを……!」

「ふん。くだらん」

「あ、くだらないって、だから龍之介先輩は琴音先輩に振られるんですよ!」

「なっ、それは今関係ないだろう!」

 

こんな状況で四人は楽しそうである。喧嘩しているように見えるが、戯れているようにも見えた。そんな光景が何処か懐かしくて、眺めているのであった。

 

 

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