帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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日和の探し物

 

 

 

巡礼祭のルートは古来より決まっている。

港から出発、島のシンボルである大きな鳥居を経由して、東西南北の小さな鳥居を訪れ、また大きな鳥居に戻ってくる。

もっとも港から出発するようになったのは近年の話であり、島民が参加するような祭事ではなかった。それが近代化に伴い、島おこしとして周知されるようになったのである。

 

「さて、取り敢えず順番通りに廻るか」

 

今日も琴音の禊に付き添った俺は、彼女を家に送り届けた後、再び山道に足を踏み入れていた。山道に入るルートからなぞるように大きな鳥居を目指す。無駄の多い作業だが、当日通るルートを試しに歩いてみないといけないため文句も言えず、順番に通過していくしかないのである。

 

大きな鳥居に辿り着くとまず確認するのは、大きな赤い鳥居の劣化具合。ここ数百年、建て替えた形跡はなく、また記録も残っていない。いつからあるかわからない鳥居である。急な倒壊事故を防ぐためにも、そして巫女を守るためにも欠かせない点検だ。俺は黙々と鳥居を見て周り、高い梯子を用意して隅々まで調べた。

 

「やっぱりおかしいよな。この鳥居」

 

子供の頃から見ているのに、劣化した形跡がない鳥居を見て首を傾げる。雨風に曝されて腐食していてもおかしくはないはずなのに、傷らしい傷が見当たらないのだ。

 

「次はあれだな」

 

梯子に腰掛けながら、小さな神社を見下ろす。

 

梯子を片付けた俺は大きな赤い鳥居の近くにある神社に足を運んだ。小さな社の前には対となる狐の像が置かれた、簡素な建造物だ。建築時期はあの大きな赤い鳥居と同じらしいのだが、こちらは古めかしい雰囲気を放っている。

対の狐像前には石畳の広間があり、円形の広間を囲うように灯籠が六つほど建っていた。ここが奉納舞を踊る場所だ。

 

「壊れている灯籠はなし、と」

 

奉納舞を踊る舞台に異常はない。

 

今度は大きな鳥居を通って、細い獣道を進む。

僅かに通りやすい道を記憶しながら、ルートを修正していく。

 

それから一時間ほど歩いて、東の小さな赤い鳥居へ。

森の中にひっそりと佇む鳥居は、秋であれば紅葉の中に存在を見失ってしまいそうだ。

そこで俺はふと既視感にも似た、妙な感覚を味わっていた。

 

「この光景って……」

 

スノーノイズが脳裏に過る。

鳥居は古びて、どこか古ぼけた感じがする。

夢の中で見た景色。

 

俺は焦燥にも似たもやもやとした気分になりながら、鳥居の禿げた塗装を指で撫でているとふと背後に誰かが立った。

 

「その鳥居は、結界の柱でありながら、異界へ渡る門なんです」

 

突然、背中に投げ掛けられた声に魂が震える。夢の中で聞いた、もう一度聞きたかった声に全身が緊張して、錆びた歯車のようにぎこちない動きで俺は振り返った。

 

「ハクア、か」

「はい。また逢えましたね♪」

 

二歩ほど下がった位置に狐耳の女性が機嫌良さそうにゆらゆらと尻尾を揺らしながら、俺に微笑みを向け立っている。

 

「驚かないんですね」

「なんとなく会えるような気がしてたんだ」

「夢かもしれないのに?」

 

たしかにあれは夢だ。だが、それと同時に現実でもあった。この唇に残る感触がはっきりと覚えている。彼女の温もりを、濡れた唇を、まるで何度も重ね合わせたかのように。

 

「ていうか、おまえこっちに出て来れるんだな」

 

なら早く出て来いよ、と文句を言うとハクアはバツが悪そうに眉を寄せた。

 

「こちらの世界に姿を現すと騒ぎになりますから」

「……それもそうだな」

 

白い髪に立つ白い耳と、背中から伸びるもふもふの尻尾は確かに目立つ。

一目で人間ではないとわかるそれに、普段こっちに姿を現さない理由がよくわかる。

 

数秒ほど見つめあった後、彼女はゆっくりと隣へ。そのまま鳥居に手を伸ばすと、その柱を優しく撫でながら慈しむ表情を浮かべる。この柱に思い入れがあるのか、まるで母親が子を思うような表情に俺は見惚れる。

 

「神隠し、と呼ばれる現象をご存知ですか?」

 

そんな彼女が零した言葉は、この島の子供なら誰もが聞いたことのある言葉だ。

 

「島の人間がある日、突然消えるって話だろ。いくつか聞いたことあるな」

「稀に迷い込んでくるんですよ。あの世界に、こちら側の人間が」

 

真相が彼女の口から語られ、俺は鳥居を見る。

 

「この門を通って?」

「はい」

「夢の中だけじゃないのか?」

「普段は意識だけなんですけど、たまに肉体ごと迷い込む方もいらっしゃるようで。それがよくこちらでは神隠しと呼ばれているようですね」

 

鳥居から手を離したハクアは、今度はその手を俺の頬に伸ばした。触れる指先が擽ったく、手のひらは温かい。嫋やかな指先の感触に全神経を傾けていると、唇を撫でる指先の感触。目の前にはうずうずとする狐耳の美女がいて、悶々とした表情を浮かべている。

 

「ハクアさ–––んむっ!?」

 

どうしたのか問おうとしたところで不意に唇を重ねてくる。そのまま何度も口付けを繰り返してくる彼女を無下にも扱えず、魂に惹かれるままにキスを返すとやがて満足したのか彼女はとろんとした瞳を向けて、ほわほわと柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、ごめんなさい。つい……でも、嫌じゃなかったですよね?」

 

心を見透かされたような言葉に、俺は反論できなくなる。つんとまた唇に指の腹を当てられて、どうしようもない衝動が心の底から沸き上がった。

 

「たとえ何度生まれ変わったとしても、あなたと私は夫婦ですから」

「そうみたいだな」

 

体の奥底から沸き上がる衝動に体温が上がる。触れた箇所から愛おしさが溢れてきて、倒錯的な気分になってしまう。早い話が彼女を押し倒したくて仕方ない。

 

「こうして逢瀬を楽しみたいところですけど、何か聞きたいことがあるんじゃないですか?」

 

たくさんある。ただ、何を聞けばいいかわからない。

全部聞きたいが、何から聞けばいいのか。

 

「いいんですよ。ゆっくりで。私はずっと、そばにいますから。滅びが来るその時まで」

 

額を合わせ、目を閉じる彼女の顔に見惚れていると、彼女は不意に耳をぴくぴく動かして傾聴する。遠くを見るような視線は草木に向けられており、警戒するような色を目に宿す。

 

「人が来たみたいですね」

「こんなところにか?」

「はい」

 

ハクアの見る方向に視線を向けていると、ガサガサと草木を掻き分ける音が聞こえた。次第にその音は近づき、俺たちのいるところへ一直線に向かってくる。数秒後、顔を出したのは可愛い顔だった。それも二つ。

 

「話し声がするかと思えば先輩ですか。って、あれ?一人ですか?」

 

誰かと思えば見知った顔、智代子に安堵しつつも彼女の第一声に疑問を感じる。俺は反射的にこう返していた。

 

「一人って、他にいるだろう」

「くぅ?」

 

ハクアの方へ振り返ってみれば、見慣れた白い狐が一匹首を傾げていた。

 

–––なるほど。道理で人の言葉を理解するわけである。

 

白い狐の正体?に納得しながら、俺は何食わぬ顔で居座る白い狐に手を伸ばす。彼女は嬉しそうに地面を蹴って、膝を蹴って、腕を登ると肩に乗って頰を擦り付けてきた。

 

「圭お兄さんって獣にも手を出すんだね」

「誤解を生む発言はやめてくれ」

 

智代子の顔の下には、日和が顔を出している。

冷ややかな少女の視線に、俺は冷や汗を流していた。

 

「そういえば、二人はこんなところで何してるんだ?」

 

話題を変えるべく聞き返すと、智代子が答える。

 

「探し物です。日和ちゃんが大切な髪飾りを失くしたみたいで」

「あぁ、そういえば言ってたなそんなこと」

 

二人の反応を見るに思った以上に状況は良くないらしく、沈んだ顔をしている。その顔を見る限り、手がかりの一つも見つかっていないのだろう。

 

「落とした場所の見当はつかないのか?」

「何処で失くしたかわからないらしくて」

「たとえば、その日の行動を思い返してみろ」

「森に入るまではあったよ。そこからわからないの」

「……情報が少なすぎるな」

 

日和も途中で気づいたらしく、そこから森の中を探し回ったらしい。

 

「念のため、家の中とかは?」

「探したよ。……なかった」

「なら、新しいの買うしかないな」

「それはダメっ。……親友に貰った大切なものだもん」

 

急に声を荒げて、日和は泣きそうな顔をする。

そうして絞り出した声は、今にも消えそうなくらい小さい。

 

「先輩、なんとかなりませんか?」

「そうは言ってもなぁ。砂漠の中から一つのビーズを、海の中から水晶玉を探すようなものだぞ。雨さえ降ってなければなんとかなったかもしれないが」

「お願いします先輩」

「人の話聞いてたか?」

 

今にも泣き出しそうな女の子と、懇願してくる後輩女子。

反則じみた組み合わせに、天を仰ぐ。

 

「昔、先輩は琴音先輩が山で失くした髪飾りを見つけたって話を聞きました。もし見つけられるのなら、ちょこはなんでも先輩の言うことを聞きますから」

 

“なんでも”。……ごめん。悪かった。だから、首をガシガシ噛まないで。ハクアさん。女の子にああいうこと言われたら男なら誰だって反応しちゃうから。

 

「見つからなくても文句言うなよ。仕事の合間に探しとくから、おまえらは日が暮れないうちに帰れ」

「ありがとうございます!」

 

来た道を戻って行く二人を見送って、俺は残りの鳥居に向かうのだった。

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