夕暮れ。割り当てられた仕事を終えた俺は美咲に智代子の家を聞き、彼女の家へ訪問していた。どうやら智代子は祖母と二人で暮らしているらしく、移住組にしては珍しい古い家屋に住んでいた。元々父親がこの島の出身で、両親が多忙のためこの島に移住して祖母と暮らすことを決意して、一人やってきたとのことだ。
「すみませーん」
「はーい」
玄関をノックして数分ほど待つ。すると中から出て来たのは、キャミソールにショートパンツ姿で、完全無防備な後輩女子。俺を見ると驚いた顔をしていた。
「あ、先輩。どうしたんですか?」
「今日の成果を報告しておこうと思ってな」
美咲や琴音とは違う魅力に惹かれつつ、俺は肩に下げていた風呂敷を下ろして包みを広げる。その中から出てきたのは髪飾りやリボン、シュシュなどの女性向けの装飾品。
「こ、これは……?」
「忘れたのか?おまえが探しておいてくれって言ったんだろう」
それを見て首を傾げる智代子に呆れた顔を向けつつ、俺は深く溜息をついた。
「髪飾りの形状を聞いていなかったからな。手当たり次第に集めてきた」
「そ、そういえば先輩は髪飾りがどんなものか知りませんでしたね。それにしたって手当たり次第って、こんなに落ちてたんですね……」
ざっと見て三十はあるだろう落とし物の数に、智代子は目を見開く。どうやらお目当てのものを見つけたらしく、迷うことなく綺麗な花の髪飾りを手に取った。
「ありがとうございます先輩。ありました」
「そうか。そりゃよかった」
残りの落とし物を風呂敷に包み直す。帰り支度を始めた俺に、智代子は疑問を口にする。
「どうやってこれだけの落とし物を見つけたんですか?」
「日和を探したのと同じ方法。手当たり次第に見つけた落とし物を持ってきてもらったんだよ」
「そうなんですね」
俺の説明に納得して感心したような声を漏らす彼女は、ふと何かを思い出したように呟く。
「あの、それならお狐様たちにお礼の品が必要だったんじゃ……」
「それなら問題ない。生徒会長の店で注文したから」
百を超える狐を動員した探し物の礼品を個人で用意するのはかなり手間が掛かる。美咲に手伝ってもらおうにも自分で引き受けた手前頼ることもできず、一番簡単な方法を取ったのだ。紫苑も儲かって喜んでいたから、互いに得のある商売であったと思う。
「そ、それならお金掛かりましたよね。ちょこが払います!いくらですか?」
「あー、二万くらい?」
出した諭吉の枚数を答えると、智代子はピシリと硬直した。
見ると青い顔。きっと払えないのだろう。学生には大金だからな。
「無理しなくていいぞ」
「いえっ、頼んだのはちょこですしそういうわけにはっ。か、体を売り払ってでも払いますから!」
「バカ言うな、阿呆」
慌てて意味不明なことを口走り始めた智代子の頭に手刀を落とす。
「もしおまえがそんなことをするなら、俺が買うわ」
「じゃ、じゃあ体で払います!」
「例え話な。二万程度で安売りするな」
「じゃあ、三万円くらいで!」
「金額の問題じゃない」
こういう時だけポンコツになる智代子。落とした手刀をそのまま頭に乗せて、落ち着くように頭を撫でた。
引き下がる気のない智代子に俺は思案する。
どうにかして二人の納得できる解決策はないかと。
「そうだな。そこまで言うのなら、明日デートしてくれよ」
「デ、デートですか!?」
赤い顔で反芻してから、智代子は潤んだ瞳を向けてきた。
「そ、その、そういうのは琴音先輩や美咲先輩に頼むべきで。ちょことデートしても面白くもなんともないと思いますけど……!」
「そうは言っても琴音は稽古に忙しいからな。美咲をデートに誘うと、琴音までついてきそうだし。それに島の外だと琴音ってあんまり役に立たないだろ」
「そう言われれば、そのような気も……」
「あと本土には蟋蟀ラーメンなるものがあるらしく、二人は連れて行けないし」
「ちょ、ちょこが適任というわけですね。……本当にちょこでいいんですか?」
「そう言ってるだろ」
そこまで説得してようやく折れてくれたらしい。
頬を緩ませて、先輩とデート♪と可愛らしく反芻している。
「それじゃあ、明日昼の十二時。港で」
それだけ言い残して、家路へと戻っていった。
◇
天気は雲ひとつない快晴。
正午よりも少し早く着く頃には、フェリー乗り場の前に見知った顔があった。
普段の動き易い服装ではなく、青のフレアスカートとノースリーブの白いシャツでお洒落をしている姿だったが、遠目に見てもサイドテールが目立っており、一目で判別できる。
何か手鏡のようなものを見ており、ときどき髪型をチェックしては指先で整えるような仕草をして、はにかむように相好を崩している。
そして、誰かを探すように辺りを見渡して……俺に気づいた。
「悪い。待たせたな」
「い、いえ。ちょこも今来たところですので」
嘘偽りはないのだろう。謝罪が済んだところで、言っておかなければならないことがある。
「似合ってるぞ。その服」
「そ、そうですか……えへへ、なんだか面と向かって言われると恥ずかしいですね」
言われ慣れてると思ったが、智代子は頰を掻きながら恥ずかしそうに俯いていた。
「あいつらに言われなかったのか?」
「先輩方の前で、こんな風にお洒落したのは初めてですので。まぁ、お洒落してもあの二人にはわからないですよ」
たしかに真広と亮介なら、普通にスルーしそうな気がする。
「じゃあ、行くか。フェリーの出発の時間までもうすぐだし」
智代子を伴ってフェリーの切符売場へ向かう。他の人はもう買ったのかだいぶ空いており、待つことなく受付へと辿り着いた。
「すみません。大人二つ」
「はい。では、許可証はお持ちでしょうか?」
–––許可証。耳慣れない単語が飛んできた。
「許可証……?」
フェリー乗り場でそんな身分証みたいなものを請求された覚えはなく、聞き返すように反芻すると切符売りのお姉さんが困った顔をした。
「黒崎様には、許可証がないとチケットを売らないよう上から……」
申し訳なさそうに説明してくれる受付のお姉さん。なら上の奴を出せ、と怒鳴りつけたいところだがフェリー乗り場の受付の上司は上の者であって、彼女の言う上の者ではない。運営は役所や観光会社が請け負っているが、この島でこれだけの権力を有する者は間違いなく鈴白と黒崎の二つ。それだけの影響力を二家は持っているのだ。
「あの妖怪ババアと妖怪ジジイか……!」
どんな魂胆があって指示したのか知らないが、物申すことがある。俺はフェリー乗り場から飛び出して、鈴白の屋敷へと駆け出していた。
「あの、先輩!」
「悪い。智代子は待っていてくれ」
「電話した方が早いのでは?」
それもそうだな、と足を止める。
俺はすぐにスマホを取り出して、琴音に電話をかけた。
今の時間なら、琴音は鈴白の家で奉納舞の稽古中のはずだ。
ほどなくしてコール音が止んだ。
『どうしたの?』
「ちょっとおまえの祖母に聞きたいことがあってな。替わってくれ」
『いいけど。おばあちゃん』
嬉しそうな声が曇るがそんなことに構っている暇はない。少しのやり取りの後、鈴白の祖母が電話に出る。
『なんだい婿殿?』
「ちょっと聞きたいことがあってな。許可証について」
『許可証……?はて、なんだったかな』
すっとぼける婆さんの声は本当に忘れているようだ。回りくどい言い方をしたわけではないのだが、噛み砕いて説明しないといけないらしい。
「俺が島を出るのに許可がいるみたいなんだが」
『あぁ、その話さね。婿殿が島から全然出ないから忘れてたよ』
「こっちは意味不明な決まり作られて怒ってるんだが?」
気がついたら島に軟禁されていた、とか洒落にならない状況に憤りを示すと婆さんはあっけらかんと言う。
『仕方ないじゃないかい。黒崎の後継者は婿殿だけ。もしあんたのいない状況で黒崎の爺が死ねば、わけのわからない連中が遺産を求めて湧いてくるからね』
最悪の場合、島に不法者が溢れることになる。そのための犠牲は厭わないと主張する婆さんに、思わず顔が引き攣る。
『それにそう提案したのは琴音だよ』
「は?琴音?」
思わぬ黒幕の存在に、俺は目を白黒とさせた。
あいつがそんな奇特なことを言うはずがないのだ。
「ちょっと替わってくれ」
再度、琴音に替わる。最初に電話に出た時とは違って、向こうからは神妙な空気。
「さて、どういうことか説明してもらおうか」
『おばあちゃんに説明されたでしょ』
「それは建前。婆さんやジジイを説得する口実だろ。おまえがそんな提案をする理由にはならない」
頭の良い琴音のことだから二人を説得するのに苦労はしなかったはずだ。問題は、建前ではなく、本音の方。何を思ってそんなことを言い出したのか。
『……なんだっていいじゃない。ほら、許可は出しておくから』
「おまえ帰ったらお仕置きな」
『え、お仕置き……?』
不穏な言葉を残して電話を切る。
これくらいの仕返しは許されるはずだ。
「さて、どうするか」
電話をしている間にフェリーは出航してしまった。次は一時間後で、昼時は逃してしまう。
「悪いな。変なことに巻き込んで」
「いえいえ。先輩も大変ですね」
「まったくだよ。今日のところは昼飯食って、また日を改めるか」
そう提案したところで、ぎゅっと服の裾が握られる。
「行かないんですか?……デート」
上目遣いで涙ぐむ智代子に、行かないとは言えなかった。
圭「そんなに蟋蟀ラーメン食いたかったのか?(すっとぼけ)」
これも束縛のひとつだと思うの……。