帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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人を隠すなら、人の中。


偶像

 

 

 

「–––で、誰よその女?」

 

柚葉を連れ帰った俺に待っていたのは、許婚の不機嫌そうなジト目だった。

まるで浮気現場を見た妻のような台詞を吐きながら、腕を組み睨みつけてくる琴音は何やら勘違いをしている様子で、不機嫌そうな様子を隠そうともしない。

俺が散歩に出たのをナンパしに行ったと思ったのか、眉間に皺を寄せないまでもとても怖い笑顔で出迎えてくれたのである。

当の本人といえば途中で拾って来た桂音と楽しそうに遊んでおり、突発的なお泊まり会に呼ばれた桂音も友達との再会を喜んでいるようであった。

 

「だから説明しただろう。……友達?だって」

 

『友達』という関係性に首を傾げざるを得ないが、それ以外に表現するべき言葉が見つからない。取り敢えず、そう評しておいて問題はなさそうなので、そう説明しておく。

 

「……本当に?」

 

チラッ、と桂音と仲良さそうに遊んでいる柚葉を盗み見る。その関係性に何を思ったのか眉を顰めて、頬杖をついて目を逸らした。

 

「男と女の間に友情は成立しないって言うよ?」

 

間髪入れずに疑いをかけて来たのは、家事を終えて隣に腰掛けた美咲だ。表情は微笑みを浮かべているようだが、瞳はハイライトが消えたように昏い。

 

思わず、視界の端に映る歌番組の特番に視線を逃してしまった。

 

「おまえまで何を疑ってるんだよ」

「だってねぇ……」

 

美咲がチラッと柚葉達を見る。

 

「なんかあの子すっごく綺麗だし……」

「そうか?」

「なんていうかキラキラしてるのよね」

「何処が?」

 

二人は柚葉に何かを感じ取ったらしく、最大限に警戒した視線を向ける。本当の伏兵はのほほんと俺の膝の上でうたた寝しているのだが、そちらは気にした様子もない。狐だから仕方ないのかもしれないが。

 

「二人も十分綺麗だと思うがなぁ」

「そ、そう……」

「んふふー。ありがとう圭君」

 

他人事のように呟いてみれば、琴音は興味なさそうに頰を赤らめながら視線を逸らし、美咲は素直に嬉しそうに笑みを向けて来た。そこで二人から感じていた重圧が消える。

 

「だけど、何処かで見たことあるんだよねぇ」

 

小首を傾げて美咲は食い入るように柚葉を見た。数秒ほど見つめた後、興味を無くしたのか俺の方に視線を戻す。

 

「たまにこの島に来ているみたいだからな。遭遇する機会もあったんじゃないか。最近は、桂音とよく二人で遊んでいるみたいだし」

「……圭と遊んでるんじゃなくて?」

 

まだ疑っているらしく、冗談めかしく琴音が凄んでくる。

 

「残念ながら俺に女遊びをする度胸はありません」

 

もう既に二人プラス一匹でお腹いっぱいだというのに、これ以上を望めばバチが当たる。

 

「きゃっ」

 

わざとらしく琴音を抱き寄せれば、可愛らしい悲鳴が上がる。だが、嫌ではないようで頰を赤らめながらも「ちょっともう」と指先で俺を軽く押し返した。まるで押し返す気のない力加減で。

 

「じー」

「はぁ。しょうがねぇなぁ」

「そう言いつつも圭君だってボクを抱けて嬉しいでしょ?」

「言い方が如何わしい」

 

美咲から琴音ちゃんだけ狡いと抗議の視線を頂いたので、肩を抱き寄せれば満足そうにぴったりとくっついてくる。

 

「…………」

「じー」

 

–––その様子を、金髪ギャルがジト目で、幼女が興味津々な目で見ていた。

 

「おねーちゃんたちなかよし」

「あれは悪い男の例だからね。捕まっちゃダメよ」

 

人を反面教師にしないでほしいのだが、否定できないのが辛いところ。俺は可愛い義妹に言い訳する言葉を持ち合わせていなかった。

 

「柚葉さんだっけ?」

「うん。そうだけど」

「桂音と仲良くしてくれて、ありがとう」

 

そんなことを言われると思っていなかったのか、柚葉が目を見開き驚いた顔。パチクリと瞬きをして、こちらこそともにょもにょ言い返す。

 

「でも、そういう話はそのイチャイチャ状態解いてから言ってくれる?」

 

どんな状況でも辛辣な言葉を忘れない柚葉さんだった。

 

琴音は指摘されたからか顔を真っ赤にして、ゆっくりと離れる。その手は服の裾を掴んでおり、意地でも離れる気はないらしい。

 

「まぁ、いいんだけど」

 

視線は外さないままに柚葉は桂音を手繰り寄せ、膝の上に乗せて抱き締める。桂音も嬉しそうに抱きしめられており、仲の良さが窺えた。

 

「……なんだろう。姉として、何か負けた気がする」

「桂音ちゃん、お姉ちゃんと私どっちが好き?」

「柚葉おねーちゃん」

 

残酷にも柚葉は幼女にそんな質問をして、桂音はマイブームなお姉さんにきっちり答える。ただその一言が姉としての威厳をガリガリと削っていった。

 

「……別にいいもん。あたしには圭がいるから」

「拗ねるなよ」

 

よほど仲良くしているらしく、姉としての立場が霞み始めている。

 

「柚葉おねーちゃんがおねえちゃんだったらいいのに」

 

–––訂正、もはや姉の威厳などない。

 

「私も桂音ちゃんが妹だったらなぁ」

 

相思相愛だと言わんばかりに、柚葉がぎゅっと桂音を抱きしめた。

 

「いいもん。あたしには圭がいるから」

 

二人のイチャイチャには負けないとばかりに、琴音が抱きついてくる。何に対抗しているのか知らないが、俺もまた優しく抱き返して甘える琴音の頭を撫でる。

 

「桂音は柚葉のどんなところが好きなんだ?」

 

ふと何処が気に入ったのか尋ねてみれば、桂音はうーんとねーと虚空に視線を彷徨わせる。そして、パッと思いついたような顔をして、向日葵のように温かな笑みを浮かべる。

 

「おうたが上手なの!」

「へー、そうなのか」

 

知らなかった事実に本人に目を向ければ、なんだか気不味そうに視線を逸らされる。

 

「別にそれほどじゃないし」

 

今時流行りのJ-POPとか、ラブソングとか歌いそうだな。というのは偏見だろうか。流行りには疎いので何を歌われてもわからないと思うが、流行りに乗り遅れている現代男子高校生としては気になるものである。

 

「あ、この歌、柚葉おねえちゃん歌ってた」

 

そんなところにタイミングよく歌番組から流行りの曲が流れる。今年流行りの歌をランキング形式で発表しているようで、ランキング一位にはとあるアイドルユニットの楽曲が流れていた。

 

「今はこんなの流行ってんのか」

「なんかあんた時代に取り残されたおじいちゃんみたい」

「仕方ないだろ。流行りとかわかんないんだから」

 

アイドルユニットの名前くらいは知っていたが、本当に名前くらいしか知らないのである。

 

「確かこのアイドル、相方さんが活動休止中なんだっけ」

 

流れるヒット曲を聴きながら、美咲がそんなことを宣った。

 

「ふーん。そうなのか」

 

歌って、踊って、ファンサを振り撒く金髪と蒼髪の少女。歳の頃は俺たちと変わらないくらいだろうか。そんな映像を見ながら、俺は興味なさそうにそう言って、アイドルのキラキラに熱中している桂音を見る。

 

「……?」

 

膝の上ではしゃぐ桂音を抱き締める柚葉に視線を移せば、何故か苦い顔でテレビを見つめているので、その二人の温度差に首を傾げつつも気にしないようにした。

 

「似てるなぁ」

 

思わず口をついて出た言葉に、ビクッと反応する柚葉。

ちらっと横目でこっちを見て、何が?と問い掛ける。

 

「おまえよくこのアイドルの金髪に似てるとか言われない?」

「言われたことないし」

 

呆れたような顔で、でも何処か安心したように言い返してくる。

 

「そうか。似てると思うんだがなぁ」

「そんなこと言うの世界中探してもあんただけだから」

「なぁ、おまえらも似てると思うだろ?」

 

左右の二人に視線を向ければ、訝しむような表情で柚葉とテレビの中の人を見比べている。

 

「似てるっていうか……。もう、似てるってレベルじゃないよね」

「そうね。本人って言われた方がしっくりくるわ」

「ははは、こんなところに本人がいるわけないだろ」

 

笑って流すと、そうよねと琴音も納得する。美咲もそうだよねと言って、すぐに気にしなくなった。

 

「ん〜?柚葉おねーちゃん、だよ?」

 

膝の上の幼女が何か言っている。

どうやら幼女だけは全てを知っていたらしい。

 

「……?」

 

現実に理解が追いつかないとはこういうことなのか、桂音の発言の意味を理解するのにたっぷり一分ほど要した。

 

「そんなまさか」

「柚葉おねーちゃんだよ」

「OK、百歩譲ってそういうことにしておこう」

 

本物がいると困惑するとは思わず、取り敢えずそういうことにしておく。俺達は深く考えることをやめた。

 

「琴音ちゃん」

「ええ、わかってるわ美咲」

 

二人は頷き合うとがっちりと抱きついてくる。すると柚葉の方を親の仇を見るような目で、睨みつけた。

 

「「アイドルなんかに圭(君)はあげないから」」

 

奪われないようにしっかり俺を拘束してくる二人を見て、柚葉が呆然としていたがすぐに破顔する。

 

「いや、いらないし」

 

その表情は、皮肉にもアイドルらしい素敵な笑顔だった。

 

 

 

その後もあらぬ疑いを掛けられ続け一時間。

ようやく事態が沈静化したかと思うと、三人は瞬く間に仲良くなってしまった。

一人除け者にされた俺は、膝上で丸くなる獣とその光景を眺め。

ただ機械のようにハクアを撫でていると、姦しかった集まりもようやく終わりを告げた。

 

「やっぱりこの島、好きかも」

「そうかい。そりゃよかった」

 

寝る準備を始めた琴音達の輪から抜け出して来た柚葉は、何故かそんな報告をしてくる。

 

「いい友達にも巡り会えたしね」

「いないのか?友達?」

「いるよ。一人だけ。失礼な」

「一人しかいないのか」

「一発ぶん殴っていい?」

 

拳を握った柚葉は、いい笑顔で腕を掲げた。

降参という風に両手を上げて反省を示すと、すぐに下げてくれたが。

 

「……あんたはさ、欲しがらないんだね」

「何を?」

「サインとか」

「いや、俺が貰っても意味ないだろ」

 

要求されなかったことを疑問に思っていたらしく、柚葉がそんなことを宣う。それに対して俺は興味無いような反応だ。実際興味ない。

 

「Gardenだっけ?アイドルユニットの名前。俺まったく知らんし」

「……え、一応、それなりに名前は売れてるんだけど」

「そりゃ名前くらいは知ってるけど、メンバーの名前すら知らないんだけど」

「嘘っ!?」

 

ショックを受けたように固まり、頽れる。

 

「アイドルに興味無いし」

「ぐはっ!?」

 

–––見えない矢が彼女に刺さった。

 

四つん這いに項垂れる柚葉は「嘘だ」と何度も呟くと、そのままふらふらと顔を上げる。はっきり言って幽鬼のように顔色が青白く怖い。

 

「そんな相手からサインなんて貰ってもな。普通に失くすぞ」

「そこは大事にしてよ!」

 

どうやら怒りが勝って現実に引き戻されたらしく、いつになく詰め寄ってくる。よほどショックだったのか涙目だ。

 

「まぁ、貰ったらの話だし」

「じゃあ、あげるから大事にして」

「えー……」

 

フォローしたはずが、何故か押しつけられる羽目に。

何処からともなく取り出した色紙に、なんだか手慣れた様子でサインなされた。

置き場所に困るんだけどな。

取り敢えず、魚拓の横に飾っておくか?

 

「つーか、休止中じゃないのかよ」

「それはそれ。これはこれよ」

「おいおい」

「それに隣にアイドルがいるのに動揺もないの、なんかムカつく」

「理不尽だなぁ」

 

アイドルという偶像がガラガラと音を立てて崩れていく感覚に、俺はなんとも言えない表情になる。

 

「でもまぁ、ありがたく貰っておくか」

 

ぞんざいに扱われているのに何処か満足そうな横顔を見ながら、俺は色紙を拾い上げていた。

 

 

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