帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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悪夢再び。


小悪魔の再演

 

 

 

塩焼きそば、刺身の盛り合わせ、エビフライ、卵焼き、カルパッチョ、海藻のサラダ、蛸の唐揚げ、イカの唐揚げ、アジフライ、アサリの酒蒸し、郷土料理の狐揚げ。それとたこ焼き。卓上に並ぶ料理の数々を三人で作ったとあって物凄い量だ。参加者が九名と一匹であれば十分な量、卓上にその全てが並べば壮観とも言える光景である。

 

桂音が卵焼きと狐揚げを一心不乱にもぐもぐと食べ、亮介と真広が競うように女子の手料理に夢中になっている中、俺もまたハクアに脂身の少ない料理を食べさせながら、好きなものに手を伸ばし宴会を楽しんでいた。

 

料理も半分ほどが誰かの胃袋に消えた頃、突然背中に柔らかい感触がしなだれ掛かる。甘やかな匂いを漂わせる誰かに何事かと振り向くと、身を寄せていたのは意外な人物であった。

 

「せんぱ〜いきいてくださいよ〜」

 

仄かに口元からアルコールっぽい匂いを漂わせながら、絡みついてくる智代子。彼女の皿にはアサリの酒蒸しの残骸っぽい殻の山があった。まさかあれで酔ったのであろうか。

 

「おまえ酔っているのか。あれで」

「……酔ってません」

 

普段の口調とは違い、反応も少し遅い。

酔っ払いの戯言と断定して、構うことにした。

 

「そんなことより聞いてくださいよ〜」

 

腕を首に回して、頰を擦り付けてくる可愛い後輩。もちろん、背中には柔らかい双丘が惜しげもなく押しつけられていた。

 

「なんだ?」

「机の上を見てください」

 

智代子に促されて机を見れば、料理が殆ど減っている。ちょうど空になった皿も出始めた頃合で、宴も終盤に差し掛かっている。ただ一つの料理を除いて。

 

俺は今まで誰も視界に入れていなかった、奇妙なたこ焼きらしき料理を見た。何やら緑やピンクといった着色がされた明らかに普通ではないたこ焼きを。

 

「ちょこが作ったたこ焼きだけ、何故か誰も食べてくれないんですよ!」

 

そして、しくしくと泣き出した智代子に俺は妙な罪悪感を覚える。

 

「おまえその理由に心当たりがあるだろう」

 

–––だが、思い出せ。あの悲劇を。惨劇を。

 

同情する余地のない行いを思い出せようとすると、彼女はきょとんと首を傾げた。

 

「わからないです」

 

本気でわからないと言い張る智代子から視線を外して琴音達の方を見ると、トラウマを思い出したのか琴音は目を合わせようとせず、美咲も自分が標的にならないよう視線を逸らしていた。亮介達は男だけで何やら盛り上がっている。そんな中、俺に絡みついている智代子を見て近寄ってきてしまった者がいた。

 

「どうしたんですか?」

 

九条さん家の美桜ちゃんである。俺に絡んでいる智代子が気に食わないようで、恨めしそうにだる絡みする彼女を睨んだあと、隣に居座ってしまった。

 

「あ、シティーガール」

 

蜘蛛の巣に引っかかってしまったのは、哀れ蝶のように可憐な少女。まるで獲物を見つけた狐のように、きらりと智代子の視線が光った。

 

「シティーガールって、私にはちゃんと名前があるんですけど」

「先輩を誘惑する泥棒猫には、シティーガールで十分ですよ」

 

酔っ払っているからなのか普段と違って口の悪い智代子は、奇妙な渾名を美桜につけていた。そして、彼女は俺に絡みついたまま美桜に指を突きつける。

 

「勝負です!どちらが先輩の後輩に相応しいか!」

 

立場に何やら思うところがあるらしい智代子は、同じ歳下である美桜に勝負を仕掛けた。

 

「いや、後輩とか別にどうでもいいんだけど」

「勝った方が今日、先輩と一緒に寝られる権利を得られます!」

「–––乗ったわ」

 

最初は勝負に興味なさそうだったのに、とんでもない条件が引き合いに出された瞬間、勝負が成立してしまった。それも賞品の許可なしに。

 

「それで勝負の内容はどうするの?」

「これです!」

 

ややテンション高めに智代子が指さした先には、謎のたこ焼きっぽい何か。

二人の衝突を最初から観ていた琴音と美咲の表情が引き攣った。遅れてやってくるのは、面白そうな祭の匂いを嗅ぎつけた男達。

そんなものは知らないとばかりに、智代子は勝負内容の説明に移る。

 

「ロシアンルーレットたこ焼きDXです!」

 

満を持して紹介された渾身の料理の名前は、ただならぬ雰囲気である。

 

「製作費約一万円、前回の反省点を踏まえて進化したちょこの自信作です」

 

“自信作”という部分に不安げな女性陣達、主に琴音と美咲は顔を引き攣らせて微妙な顔をした。

 

「製作費一万円って、何が入ってるんだろ」

「確かに気になるな」

「以前に比べて豪華だしな」

「高級食材かしら」

 

九条兄妹も亮介も真広も興味を示し始めるが、中身がまともなわけがない。俺はこれから起こる惨劇を幻視して、美桜を止めることにした。

 

「やめておけ美桜」

「待っててくださいね圭さん。私が勝って合法的に添い寝してあげますから」

 

–––だめだこの娘聞いてない。

 

もう既に勝った気でいるのか妄想にトリップしていらっしゃる。どんな格好で誘惑しようかしら、なんて不安な言葉が聞こえてきた。

俺は慌てて九条兄の方に忠告する。

 

「おい、晶。悪いことは言わん妹を止めろ」

「えー、別にいいんじゃね。面白そうだし。少しは痛い目みれば」

 

どうやらお兄様は妹が痛い目に遭うのをお望みのようである。もはや、美桜を止められるのは誰もいなかった。

 

「琴音先輩達は参加しないんですか?」

「あたしは遠慮しておくわ」

「ボクも」

 

中身を知っている二人が遠慮するとは、相当なものである。

俺は再通告するため、美桜を止めようとして–––、

 

「おい、美桜–––」

「–––ダメよ圭。ネタバレは」

 

いつの間にか背後に忍び寄っていた琴音に、口を塞がれて止められた。

 

「圭はあたしに食べさせて、美桜ちゃんに食べさせないなんて贔屓しないわよね?」

 

そう言われると返す言葉がなく、喉まででかかった言葉が引っ込んだ。

代わりに更なる犠牲者を誘い込むことにする。

 

「晶、亮介、真広。おまえら強制参加な」

「面白そうだしね。いいよ」

「今度こそわさび以外を引き当ててやる」

「ふっ、もちろんリーダーも参加するのだろう?」

「当たり前だ」

 

最終的に残ったたこ焼きを処理することになるのである。

今食べるのも変わらなかった。

 

「それじゃあ、みなさんたこ焼き行き渡りましたね?」

 

琴音と美咲と桂音以外の六人が、割り箸に一つずつたこ焼きを挟んでいる。勝負は公平に、早い者勝ちで、自ら選びたこ焼きを手にした。あとは中身が変なものでないことを祈るだけである。

皿の上を見ると、あと六個たこ焼きが残っていたが俺と智代子が食べることになるんだろうなとなんとなくそんな気がした。

 

「じゃあ、一斉にどうぞ」

 

製作者の合図に全員がたこ焼きを頬張る。

バリバリ、バリバリッ。

何故か俺のたこ焼きだけ固いものが入っている上に、音が食べ物のそれではなかった。

食べた感想はまるでプラスチックを食べているかのよう。

しかし、外はトロッとしたたこ焼きの生地でコーティングされており、気がつけば何やら粘土っぽい謎の味が口内に広がった。

–––思わぬテロである。

 

「……なんだこれ?」

 

そう、呟いた瞬間だった。

 

「「ぐおおおぉぉぉぉ!?!?!?」」

 

この世のものとは思えない悲鳴を上げて、亮介と真広は倒れ伏した。どうやら奴らが激辛に当たったらしく、そのままぴくぴくと動かなくなってしまった。

 

「むむむ、わさび入りは先輩方でしたか。残念です」

 

何食わぬ顔でたこ焼きを咀嚼する智代子は、ごっくんと飲み込んでそう言い放った。慈悲の欠片も見えない。

 

「僕のは海老かな。なんか香ばしいし」

 

もぐもぐと咀嚼していた晶がそんなことを言うが、あの後輩がたこ焼きにそんなものを入れるはずがない。似通ったものといえば、蟋蟀あたりだろうか。それを大量に入れたに決まっている。

 

「あ、それは蟋蟀ですね」

「……え?」

 

俺の予想は的中したらしく、智代子の告白に晶が呆然としている。

そうなると気になるのは俺のたこ焼きである。

 

「なぁ、智代子。このプラスチックみたいなのと、粘土みたいな味なに?」

「スコーピオンですね。丸ごと入れてみました」

「なんだスコーピオンか」

「砂漠ではよく食べられるらしいですよ。貴重な栄養源として」

「なるほど」

 

どうやら俺が食べたたこ焼きはスコーピオンが丸ごと入っていたらしく、俺は納得して用意していた水を飲んだ。まだ粘土の味がするのだ。口直しに何か欲しい。

 

「……」

 

無言で固まる美桜。

泣きそうな顔で、俺を見てくる。

 

「なんかね、脚がいっぱいあって、もぞもぞするの」

「あぁ、タランチュラですね」

「た、タランチュラって……?」

「蜘蛛の仲間ですね」

 

俺はそっと、ハクアの耳を塞ぐ。

 

「いやああああぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」

 

遅れて黒崎の屋敷に若い少女の悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

 

「ふぇ…ぐすっ…」

 

俺の膝には顔を埋めて泣く美桜が。

場所を奪られたハクアは、肩の上からその様子を見下ろしていた。

他の面子は素知らぬ顔で料理を摘み、ただ唯一この状況で被害者である彼女の兄であるはずの晶は腹を抱えて爆笑していた。

 

「ろ、ロシアンルーレットたこ焼きDXっ、本当圭の友達って面白いよね」

 

普段から妹に邪険にされたり、扱き使われているからか、その鬱憤が晴らされたと言わんばかりに晶は笑顔だった。

 

「少しは妹のこと心配してやれよ」

「そういう役目はおまえで十分だよ」

 

呆れてそう言うと全面的に押し付けられて、俺は肩を竦めた。そのまま啜り泣く美桜の頭を撫でて慰め続ける。

 

「大丈夫か?」

「……」

 

–––反応がない、ただの屍のようだ。

 

「勝負は引き分けですね。でも、まだわさび入りがあるかも知れませんし、続けますか?」

 

そんな状態の美桜にまだ食べさせようとする智代子。小悪魔もびっくりな悪魔的所業に他の女性陣の顔が引き攣るが、特に気にした様子もなく煽っていた。

 

美桜が力無く首を横に振り、拒絶の意思を示すと、

 

「じゃあ、ちょこの勝ちですね」

 

満面の笑みを浮かべて、智代子は勝利宣言をした。

 

この勝負は元々美桜に勝ち目はなかった。そもそもたこ焼きを作ったのは智代子であるし、自分の食べられない食材は入れていない上にわさびも許容量ギリギリを攻めているのだ。普通ならハズレがわさびだけのところ、人によってはハズレ枠な面白食材を詰め込んでいるのである。勝てるわけがなかった。

 

智代子が提示した賞品に対して、琴音達が反応しなかったこともお察しである。多分、残ったたこ焼きもろくなものを入れていないであろうことは明白だ。

 

「とはいえ、残っちゃいましたね〜」

 

スッと智代子が視線を向ければ、サッと逸らされる視線達。琴音と美咲は絶対に目を合わせてはいけないと俯いて智代子に顔を合わせないようにしている。

 

「じゃあ、残りは俺が食べるか」

「正気か!?」

「せっかく智代子が作ったんだし、全部食わなきゃダメだろ」

「おまえそういうとこだぞ」

 

晶から呆れたような視線を頂戴したが、俺は気づかないフリをしてたこ焼きに向き直る。大丈夫、食べられないものは入っていないはずだ。

 

「残りはちょこが食べさせてあげますね。はい、あーん」

 

食べさせてあげるのは自分の特権とばかりに智代子が自分の箸でたこ焼きを口に運んでくる。事実、割り込めば割を食うのは自分たちなので琴音達は何も言えない。智代子の独壇場であった。

 

最初に口に運ばれたのは、緑色のたこ焼き。

咀嚼すれば溢れる磯の香りに、大きい蛸の足。

海の味が溢れた、普通の当たりたこ焼きであった。

わさびに似た緑色は、完全なミスリード。

 

「中身はあおさと海苔か美味いな」

「そうでしょう。自信作なんですよ。次はこれです」

 

二つ目は、ピンク色のたこ焼き。

咀嚼すれば溢れるのは、辛子明太子の味。

また普通のあたりたこ焼き。

智代子にしては珍しい工夫である。

 

「うん。これも美味いな。辛子明太子がふんだんに使ってあって」

「それも当たりですね。あとは……」

 

三つ目は、何の変哲もないたこ焼き……なわけがなかった。

 

「なんだこれ、鶏肉みたいな、肉?」

「あ、それ、たぶん蛙ですね」

 

どうやら智代子は昆虫食だけではなく、他の珍味にまで手を出していたらしく、予想だにしない食材まで出てきた。

そしてその後に出てきたのは、蛇、バッタ、ワーム。当たりが全体的に二つしかなかったが、智代子曰くわさび以外全て大当たりらしい。

 

–––ロシアンルーレットたこ焼きDXに恥じぬ、名前負けしない智代子の自信作は無事に皿の上からなくなったのであった。

 

 

 




このゲームには必勝法がある、と誰かが言っていた。
実は当たりたこ焼きだけ色付き。
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