「「はぁー、もう食えねー」」
空になった大皿を前にして、亮介と真広が満足そうに倒れ込む。満腹感を通り越して苦しそうなのに、何故か幸福に満ち溢れた顔で二人は天井を見上げていた。
「おまえらよく食うな」
「当然だろ。女の子の手料理なんて滅多に食べられないからな。今のうちに食い溜めておかねぇと」
「これが自分の彼女とかなら、言うことはないんだがな……」
「言うなよ真広。悲しくなってくる……」
女性の手料理に飢えているらしい二人は、そんなことを言って幸せそうな顔から一転、遠い目をして天井の模様を眺め始めた。
「そういうもんかね」
「団長にはわからねぇさ俺たちの気持ちは。モテてる上に同棲している彼女が二人もいる男にはよぉ!」
ナンパに失敗する鬱憤が、ここで爆発した。
「覚えてろよ団長。学園の美少女二人を独占した恨みは酷いからな」
「学年問わず、二人のファンは多いからな」
「毎日手料理食って同棲してるなんて知れたら……平穏な学生生活はまず遅れねぇ」
「学園全体から可愛がられてる湊までぞっこんだって知れたら、クックックッ……!」
「「ファッハッハッハッ!」」
奇妙な高笑いを始める亮介と真広に、「ぴっ」と悲鳴を上げて桂音が側にいた智代子に抱きつく。
しかし、こいつら忘れていないだろうか。
「その三人の手料理をおまえ達も食ったんだけどな」
「羨ましがられるだろうな」
「新学期が始まったら、散々自慢してやるさ」
「「たとえ死ぬとしても……!」」
琴音達の手料理にはそれほどの価値が学園では付けられているらしい。暫くの間は、琴音との関係は伏せておくべきだろうか。厄介事の種の気がしてならない。
「変なこと言わないでください亮介先輩、真広先輩。ぞっこんとか」
黙って話を聞いていた智代子が頰を染めて二人を嗜める。
「ああ言ってますけどご本人は」
「あんな甘々オーラ出しておいてな」
が、男二人は反省した様子もない。
「せ、せせせ、先輩にそんな風に甘えた覚えはありません!」
「「さっきのこともうこいつ忘れてやがる……」」
本当に酔っていたのか、酔っていなかったのか、それとも本人にはそのつもりがなかったのか、無意識なのか。智代子は二人の言葉に反論せず無視した。
「それよりそろそろお開きにしましょう。桂音ちゃんも眠そうですし」
満腹になったせいかうとうとと船を漕ぎ始めた桂音を支えながら、智代子はそう言う。確かに時計を見ればいい時間になっており、普段ならお風呂に入り始めている時間だった。
「そうね。眠っちゃう前にお風呂に入れたいし」
妹が風呂に入らず眠ってしまうのは看過できないのか、琴音はそう言って眠る前に桂音を立たせる。そのまま座っていれば睡魔に負けて布団に直行しそうだ。
–––それとお風呂といえば、問題が一つ。
人数が多いため、風呂に入る順番を待っていると湯が冷めるのである。智代子も桂音も泊まるとなると最後に入る人はぬるま湯どころじゃない水温の湯に浸かることになる。
「あ、そうだ。晶と美桜は島の銭湯でも行ってこいよ」
「島の銭湯?」
「銭湯というより温泉みたいな施設だな。狐達と入浴できるってのが売りで、本土から来た人の観光場所にもなってるんだよ」
「「なにそれおもしろそう」」
尤も島民はそんな施設に行かなくとも家に狐達を引き摺り込めるため、ただ入浴しに行っているだけだが。
「それと洗い場で順番待ちしている狐を洗ったら牛乳とか無料提供してくれる」
子供達は一杯の牛乳を飲むために、狐を取り合ったりするほどだ。もし数が合わなければ、賢い狐達は空気を読んで二度洗われに行ったりすることもある。
「それなら俺たちが案内してやるよ」
「そうだな。漁の帰りにもよく行くし」
朝の利用客の殆どが漁師である。仕事終わりの一杯を飲むためにもう一仕事、と汗を流しに行く漁師は多い。
「圭さんは行かないの?」
「俺はあそこ苦手なんだよ」
どちらかといえば俺は一人で風呂に入りたいタイプだ。それともう一つ苦手な理由がある。俺は頰を掻きながら、視線を逸らし呟く。
「……あのエロ親父ども、仲の進展を遠慮なしに聞いてきやがるから」
琴音の方も同じらしく、同様に視線を逸らしてあははと力なく笑った。琴音にエロ親父達は寄っていかないが、それと同じくらいおばさま達が仲を心配してくる。キスはしたか、とか。余計なお世話である。
「私、久しぶりに圭さんと一緒にお風呂に入りたかったな」
「許すわけないでしょう」
美桜が妖艶な表情を見せて誘惑してきたものの、ウインクして飛ばしたハートは琴音によってはたき落とされてしまった。
「まぁ、今日はしょうがないか。まだチャンスはあるわけだし」
「ないわよそんなチャンス」
今日は諦めてくれたようだが、何やら妖しい笑みを浮かべる美桜。
監視の目が厳しいため困難を極めるが、諦めた様子はない。
「一応、言っておくがお前たち二人は滞在中ずっと銭湯な」
「そんな……!圭さん私と一緒にお風呂入りたくないんですか!?」
–––入りたい。なんて言ったら何が起こるかわからないためノーコメントで。
俺はそっとハクアを膝から下ろして立ち上がる。
「じゃあ、あとは俺が片付けておくから琴音は桂音を風呂に入れてやれ。美咲と智代子はどうする?」
「え、ボクも手伝うよ」
「そうです先輩。ちょこも片付け手伝いますよ」
「準備してもらったのに片付けまでやらせるのはな。ここは甘えとけ」
片付けると言っても横断幕を片付けて、皿を洗うくらいだ。取り皿も手間を省くために紙皿と割り箸を使っていたおかげで大皿くらいしか洗うものはない。一人で十分である。
何より男として立つ瀬がないため、手伝わせるわけにはいかない。想いを汲み取ってくれたのか、二人は渋々と引き下がってくれた。
「俺は最後に入るから」
それだけ言い残して、大皿を重ねると台所へ引っ込んだ。
そのまま一人で皿を洗っているところに、並び立つ一人の男が。俺は晶を一瞥してから、再び皿洗いに戻る。
「おまえ風呂屋行ったんじゃなかったのか?」
「亮介たちがさー、準備してくるって」
そう言って、晶は難しい顔で俺の様子を眺める。
「手伝いに来たんだけど、俺要らなくね?」
「まぁ、一人でできるしな」
斬って捨てると晶は黙り込む。言い返す言葉が見つからず、諦めたらしい。その代わりに突然こんなことを言い出した。
「……おまえ、幸せそうだよな」
本当に突然のことだった。ただ声音が少し真面目で皿洗いの終わりと共に水を止めたため、変な静寂が台所に満ちてしまう。
「なんだよ藪から棒に」
「だっておまえ、本土にいる時は笑った顔なんて殆ど見せなかったじゃん」
そうだっただろうか。
晶の言葉に少し、顎に手を当てて思い出してみる。
「そうか?」
でもやっぱり心当たりがなくて、そう返してしまった。
「普段もそうだったけど、本土にいる時の圭って冷静で落ち着いてて喋らないだろ。そういうミステリアスでクールなところが女子の間ではいいよねー、って噂になってたんだぞ」
「急に何の話だよ」
話の意図が掴めず、俺は苦笑い。
「……いや、ただ少し思ったんだよ。圭の居場所ってここにあったんだなって」
それはもう真剣な声色で言うものだから、俺は黙り込んで続きを聞いていた。
「本土にいる時のおまえってさ。何をしても退屈そうで、つまらなそうで、何処か遠い場所を見ているようだったから。その理由がようやくわかったよ」
どうやら親友には全て見抜かれていたらしい。俺がずっと、この島のことばかり思い出して、思い続けていたことを。
「なぁ、もしうちの妹がさ、おまえを引き留めてたらどうしてた?」
「引き留めるって……」
「言い方変えるわ。もしおまえがこの島に帰る前に、妹が告白してたらどうしてた?」
どうしてこいつがこんなことを聞くのだろうか、とは思ったが同時に考えるまでもなく反射的に答えていた。
「多分、この島に帰らずに美桜の側にいる方法でも考えていたんじゃないか」
そう、答えた瞬間。
「あ〜、失敗した〜〜〜!!!!」
廊下から、そんな声が聞こえた。
どうやら美桜が廊下で盗み聞いているらしい。
いや、そもそも最初からそのつもりだったのか。
続けて後悔と反省が語られる。
「圭さんに告白していれば私だけのものになっていたのに、私のバカ!」
「「「ほっ、よかった……」」」
それに続いて三人分の声まで聞こえたが、晶には気にした様子はなかった。突っ込むべきかとても悩む状況である。
「……おまえ実は妹のこと好きだろ」
晶にそう言ったらめちゃくちゃ嫌そうな顔された。