帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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いつもより長め


再現する者達

 

 

 

「圭先輩、お風呂上がりましたよー」

 

鈴白姉妹、美咲に続き、智代子がお風呂から上がる。

膝に乗せたハクアを撫でる手を止めて、俺は「おう」と返した。

その声を聞いて、膝上からハクアが退き。

急かすように足踏みする白狐を追って、風呂の準備を手に風呂場へと移動した。

 

「今日は機嫌がいいな」

 

ゆらゆらと尻尾を揺らすハクアが急かすように周りをぐるぐる。俺は苦笑しながら甚兵衛を脱ごうとして、袖から腕を引き抜こうとした瞬間だった。

 

「お手伝いしますね」

 

脱衣所に俺以外の声。それも女性のもの。それが背後から聞こえたかと思うと、するりと下半身の衣が脱がされ裸にされてしまった。

 

今から風呂に入ることを思えば不思議ではないのだが、俺は突然現れた女性を振り返り–––その姿に見惚れてしまった。

 

そこには裸で屈んでいる絶世の美女。

折った膝と体に挟まれた胸が卑猥に歪み、溢れんばかりに谷間を作っている。

見上げた瞳は、妖艶に輝き。

頭にはぴょこんと白い狐耳が生え、お尻からはゆらゆらと機嫌良さそうに揺れる尻尾。

 

人間離れした美貌に、心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。事実、彼女の妖艶な姿に俺が前屈みしたくなってくる。グラマラスな身体に俺は見惚れてしまった。

 

「ハクアさん何やってるんですかね?」

「お風呂の準備ですよ?」

 

何を当然のことを。–––と、言わんばかりのハクアに物申したいことはいっぱいあった。いつ脱いだのか、むしろいつから裸だったのか、あと脱いだ着物は何処やったのか。

 

問題はそこではない。彼女が、その姿で一緒にお風呂に入ろうとしていることである。

 

俺も健全な男子高校生。普段から色んな女性に誘惑されている身としては、我慢は限界に近い。その上、人離れした美貌を持つハクアに誘惑されては争う自信がなかった。

 

「さぁ、早く早く」

 

背中を押されて脱衣所から風呂場へ。磨りガラスの扉を閉めて、湯を掛けた椅子に座らせられるとそのまま頭から湯を掛けられてしまった。

 

「まずは頭から洗いますね」

 

突然、背中に柔らかい感触が襲い掛かる。押し付けられた乳房の感触に全神経が集中した。脳裏に浮かぶのはさっき見たばかりの豊満な胸で、それが今背中に触れていると思うと目眩がして、身体中が熱くなる。

そんな俺の様子に気づかず、楽しそうに俺の世話を焼くハクアは髪を丁寧に洗い、終わると泡を流すために風呂桶を手にした。

離れてしまった胸の感触。名残惜しく思っているうちに泡が流されて、再び背中に柔らかい感触が押し付けられた。覗き込む妖艶な瞳。が、何やら下の方を見ていた。

 

「うふふ、やっぱり」

 

何がやっぱりなのかさっぱりだ。

俺はすっとぼけておく。

 

「我慢しなくていいんですよ。夫婦ですから」

 

あまりにも魅力的なお誘いに理性が崩壊しそうになる。俺が葛藤している間にも、ハクアは首筋にキスを落としてカリッと甘噛みをしてきていた。

 

「おまえ、今日積極的すぎない?」

「もう何年もおあずけくらってますから。私にも我慢の限界というものがあります」

 

どうやらハクアの方も理性が危ないらしく、そんなことを言って俺の足に跨ってくる。

鼻先に触れるほど近い乳房に、甘い匂いに惑わされながら、俺はごくりと喉を鳴らした。

 

「–––とはいえ」

 

唇に当てられる、嫋やかな人差し指。鏡には、ご馳走を前にして“待て”と命じられるわんこの姿。物欲しそうな顔をした俺に、クスッと彼女は微笑んで言う。

 

「その前にはっきりさせておくべきことがあると思いまして」

 

ハクアの背中から尻尾が伸びる。逆立っているように見えるそれは怒っているようにも見えて、そのままタシタシと俺の膝を叩いた。

 

「ケイ……私が心配している間、本土で何をしていたんですか?」

 

途端、消えた甘い雰囲気。顔はいつも通り微笑んでいるのに背筋を刺すような悪寒に、俺は思わず喉を詰まらせた。

 

「あ、あの、七年もの間、島を離れていたことは許してくれたのでは……?」

「許していましたよ。とても心配しましたが、最終的には戻って来てくれたので嬉しくてそんなことどうでもよくなってました。ですが、それとこれとは別です」

 

有無も言わせない口調で、彼女は言った。

 

「私がもう二度と逢えないかもと五年も大泣きしている間、あなたは何をしていましたか?聞くところによると現地妻とお風呂に入ったり、同衾したり随分と楽しそうな生活を送っていたそうですね?」

 

次第に震えていく声に、水滴が落ちる。

見上げれば、ハクアの頰には涙が伝っていた。

大粒の涙が。瞳から溢れる。

一筋の涙が、頰に落ちた。

 

泣いている彼女を見て、罪悪感が胸を刺した。

心臓がバラバラになりそうなほど苦しくて。

俺は思わず、彼女の細く括れた腰に手を添える。

 

「んっ。……詳しく、それはもう詳しく説明してください」

 

膝上から立ち上がったハクアに腕を引かれて俺は立った。すると今度は彼女が椅子に座り、肩越しに求めてきた。

 

「あの娘のこと、どんな風に洗ったんですか?」

 

再現しなければいけないらしい。

やましいことはないにしても、俺は覚悟を決める。

 

「わかったよ。まずは目を瞑ってくれ。お湯をかけるから」

 

風呂桶にお湯を掬い、頭からかける。

そして、琴音たちが使う女性用のシャンプーを使って、ハクアの髪を洗い始めた。

 

「んふぅ……」

 

甘く蕩ける声がハクアの口から漏れる。しかし、ハッとしたかと思うとまだ許してませんよと鏡越しに訴えてきた。

 

思わずその声に胸を高鳴らせながら、俺は丁寧に髪を梳くように絹糸のようなハクアの白髪を洗っていく。指通りの良い髪に俺は少し楽しくなりながら、五分かけて余すところなく洗髪する。

泡を洗い流して、トリートメントやコンディショナーを使って髪のお手入れをする。散々、美桜に指導されたからか俺は手慣れた所作でハクアの髪をお手入れしていった。

 

「随分と手慣れているんですね」

「最近は、美咲や琴音と入ることもあったからな」

 

当然、この島でのことはハクアは見ているわけである。ぼそりとその回数を口にした。やはりお狐様は島で起こる出来事を記憶しているらしいのだが、あまりにも細かすぎないだろうか。

 

「許婚より、愛人の方が一緒に入浴した回数が多いことを密告してあげましょうか?」

「やめてくれ戦争になる」

「ふふっ、冗談ですよ」

 

子供の頃の分をトータルしたのだろう。しかし、それよりも気になるのが琴音達の呼び方だ。許婚だったり、愛人だったり、現地妻だったり変なものが多い。

ようやく笑みを見せてくれた–––果たしてそれを笑顔と言っていいのか甚だ疑問だが、そういうことにしておく–––ハクアに俺も表情を和らげる。

 

「えーっと、それじゃあ……」

「やっぱり身体も洗ってあげてたんですね」

 

ボディタオルを手に取った俺を鏡越しに確認して、ハクアが半目で睨む。俺はその視線には気づかないふりをして、ボディタオルにボディソープを出して泡立てていく。

首から顎下を撫でるように洗い、肩から鎖骨までの範囲を手で覆うようにして乗せ、そのままゴシゴシと。

それが終わると背中を上から腰まで丁寧に優しく何度も擦る。

 

「ほら、あとは自分で–––」

「本当にそれで終わりですか?」

 

背中から手を離せば、名残惜しそうな顔で振り返り、ハクアはじっと顔を見つめながらそう問いかけた。

 

「きっと現地妻さんはこう言ったのではないでしょうか。『まだ全部洗ってもらってないよ』と」

 

問いかけたとは言うが、ハクアは続けてそんなことを言う。一字一句同じというわけではないが、異口同音なので間違いではなかった。そして俺が何と返したか、が問題である。

 

「甘えん坊だなぁ」

 

美咲に度々、強請られて身体を洗っていた俺は甘えてくる美桜が可愛くてそんな言葉を返し、肩から腕、指先まで丁寧に洗っていく。それが終わると背後から身体をくっつけて、胸から下腹部にかけて手を伸ばしていった。

 

「んっ、あっ……」

 

ピクンと全身が跳ねる。洗い残しがないように谷間から下乳まで泡だらけにすると、そのままおへそを辿っていく。あるところに到達したところで、ハクアさん渾身の一言。

 

「ケイのえっち。小学生にこんなことしてたんですか?」

「普通に洗ってるだけだぞ。あと最初に入った時は、そんなに大きくなかったし……」

「そうしてあの子のおっぱいは育っていったんですね。つまり、ケイが育てたと」

「好きな人が胸を揉んだら大きくなるなんて、迷信だろ」

「どうやらあの娘がケイのこと好きなのは、自覚しているようですね」

 

–––失言だったか。まぁ、だからと言って扱いには困るわけだが。

 

「でもですね、諸説あると思いますよ。好きな人にエッチな気分にされることで女性ホルモンが分泌されて、それが胸に集中するかもしれませんし……」

「それを言ったら胸が小さいカップルはどうなるんだ」

「んー、その男性のことを好きじゃないか、もしくは男性の方が下手なのか」

「どっちにしろ嫌な仮説だな」

 

ハクアの立てた仮説が否定しきれないのが辛い。

人体とは、未だに謎が多いブラックボックスだ。

もし全てが解明されて、技術さえ追いつけば人造人間でさえ作れるであろう。

そんな未来を、永遠にも等しい刻を生きる彼女は見ることになるのだろうか。

 

「それより早く、続きを……」

 

我慢しきれないといった様子のハクアに続きを促されて、太ももから膝までを交互に洗う。そのまま膝下、膝裏、脹脛を洗って、一度立ってもらった。

 

「ケイのえっち」

 

お尻を洗ったら蕩けるような声で罵倒される。

ハクアは俺に抱きついて、そのまま身を預けてきた。

 

「おーい、離れろ。尻尾洗えないだろ」

 

さすがに美桜には尻尾がないので再現はできない。とはいえ、白狐の姿の時とは違い大きな尻尾はもふもふでそれは手触りが良いのである。洗わない手はなかった。

 

「あ、尻尾は手で洗ってくださいね」

 

言われるがままボディタオルを置いて、石鹸を泡立ててそのままゴシゴシと両手で包み込むように洗っていった。

 

「あとは脚だな。もう一回座ってくれ」

 

椅子に座らせたハクアの足首をそっと掴み、上げさせると足の甲から裏まで、そして指の先まで丁寧に洗う。そこでやっと俺の仕事は終了した。

 

「はふぅ……」

 

よほど気持ちよかったのか、ハクアは恍惚とした表情で惚けていた。

 

「じゃあ、体流すぞ」

「あ、待って」

 

泡を流そうと風呂桶を手にした俺の腕を掴み、ハクアは慌てて止める。一瞬離してしまった視線を向けると、泡だらけな彼女がさっきよりも一層妖艶な瞳を向けてきた。

 

「今度は私の番です。ケイ、座ってください」

 

椅子から退いて、着席を促す。

俺はさっきまでハクアの温もりで温められていた椅子に座り、

 

「うふふ、それでは」

 

何故か、また膝の上にハクアが跨る。

 

「……ボディタオルは?」

「必要ないじゃないですか。私には尻尾がありますし」

「あぁ、確かに代わりにはなりそうだな……」

 

–––これから何が起こるにせよ、片膝に乗られた俺は立ち上がることすら出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「あれ、おかしいなあいつらは……?」

 

風呂から上がると既に明かりはなかった。月明かりを反射する普段にも増して艶々な毛並みのハクアを連れて、各部屋を見廻りする。すると九条兄妹は既に帰って来て寝ており、琴音の部屋を覗くと桂音を寝かしつけて一緒に眠ってしまったのか眠りにつく琴音と美咲の姿があったが、智代子の姿がなかった。

 

「あれ、智代子は?」

 

時刻はもう十二時を過ぎている。健全な高校生にしては早い時間だが、宴が終わったのもだいぶ遅い時間だった。特に準備していてくれた三人が疲れて眠ってしまうのも仕方ないだろう。それに、かなり朝早くに起きたこともあり、二人が疲れているのも頷けた。

 

そうして探しているうちに、俺は自分の部屋へ。普段は居間で琴音達と寝ているから忘れがちだが、子供の頃はここで寝ていたのである。さすがに客人の前で同衾はマズイと思って部屋を整えたのだ。

 

–––その俺の部屋から、何故か人の気配がする。

 

俺は意を決してドアを開けた。

 

「……それじゃあ意味ないだろ」

 

ベッドの上には智代子が眠っている。まるで、二人で寝ることを想定したのように一人分のスペースを空けて、壁際に身を寄せていた。それも背中を向ける形で。

 

「居間で寝るかな」

 

布団ないけど。客人用の布団は全て使っているため、予備がないのである。俺が踵を返して扉を閉めようとすると静寂に小さな声が俺を引き止めた。

 

「–––待ってください」

 

寝ていたはずの智代子の声に、俺は閉まりかけた扉の隙間から中を除く。ベッドの上で身を起こす彼女のパジャマ姿があり、半分跳ね除けられた布団を膝に掛けて、じっと俺の姿を見ていた。

俺は再び部屋に戻り、扉を後ろ手に閉める。

 

「悪い。起こしたか?」

「い、いえ……」

 

薄暗い部屋の中でもわかるくらい、薄く頰を染める智代子。

ただそれは最初から起きていたことになるのだが……。そこまで考えて、深く考えないように一旦思考を止めた。

 

「何か話があるなら聞くが」

「そ、そういうわけでもなくてですね」

 

口をモゴモゴと動かすも言葉にならない声に、智代子は顔を隠すように俯いた。

 

「あの、その……」

 

ままならない言葉を何度も口の中で繰り返して、視線を僅かばかり上げると、俺と視線が合ってすぐに顔を俯かせてしまう。

 

「…………」

 

繰り返すこと十数回。

たった一言、彼女は勇気を振り絞った。

 

「先輩、一緒に寝てくださいっ」

 

さっきよりも赤い顔で、熱っぽい視線を向けながら、智代子は俺を真っ直ぐに見る。俺も彼女の真剣なお願いから逃げることはできないと悟り、そっとベッドに近寄る。

 

勇気を出した智代子に応えるべく–––いや、逃さないように俺はベッドに腰掛ける。

 

思い出すのは、あの歓迎会のことだった。

 

「そういえば一緒に寝る約束だったな。俺は冗談だと思ってたんだが」

「……冗談でそんなこと言えませんよ」

 

智代子なりに本気だったらしく、かぼそくそう答える。緊張しているようで震えた声が、虫さえ眠る静寂の夜に鮮明に聞こえた。

 

「取り敢えず、横になるか」

 

俺がベッドの上に横になるとハクアは枕元に飛び乗ると丸くなる。しばらく待っていたが、智代子は女の子座りで座り込んだまま動こうとしない。

 

「智代子?」

「あ、あの、先輩……緊張で動けなくなっちゃって、その……」

「おいおい」

 

同衾宣言で力を使い果たしたらしく、泣きそうな声で助けを求める。仕方がないので一度身を起こして、引き倒すようにベッドの上に一緒に横になった。そうすれば必然的に、至近距離には智代子の顔があった。彼女から香る甘い匂いに可愛らしい花を連想しながら、俺はじっと彼女を見つめた。

 

「あぅ……。絶対に変なところは触らないでくださいね!……ちょっとくらいならいいですけど……」

 

もぞもぞと身を寄せて、毛布に顔を隠す。恥ずかしさが勝ったのか、それ以降顔を合わせてくれなかった。

 

「圭先輩おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 

毛布の中で抱きついてくる智代子を抱きしめ返して、俺も目を瞑るのだった。

 

 




尻尾を使ったのかは神のみぞ知る。
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