快晴の空、青い海。燦々と照りつける太陽に灼かれた砂浜には、大勢の海水浴客。
時刻は午後一時。昼食を摂ったあと、俺は海水浴に浜辺へと来ていた。ちょうど時間帯的には海水浴客が増えてくる時間帯である。
気温が高くなるのは十一時から、昼の二時頃。最高気温は三十五度にもなるらしい。
もう既に、朝とは比較にならない暑さとなっている。肩に乗っているハクアも元気がない。
「圭さん早く行きましょ!」
俺の手を引くのは、水着の上にパーカーを着た美桜だ。家で着替えてサンダルを履いてそのまま海水浴場へと出発したのである。時折パーカーの下から見える赤い布が、少年たちの顔を赤くさせたのは言うまでもない。性癖を破壊されていないといいが、希望は薄いであろう。
「そんな急がないでも、海は逃げないですよ」
はしゃいだ様子の美桜を窘めたのは、俺の服の裾を握っている智代子である。同じく水着にパーカーを着ており、彼女は美桜と違って白いパレオを腰に巻きつけている。
二人に引っ付かれたまま浜辺を歩き、適当な空いている場所を見つけると蔵から持ってきたパラソルを砂浜に差す。太陽に灼かれて灼熱と化した砂浜にブルーシートを敷き、適当に砂で四方を固定して設置する。簡易避暑地の完成である。そこにハクアは降り立ち、荷物番のためにちょこんと座った。
拠点が完成と見るや美桜はパーカーのジッパーに手を伸ばす。上まで締められたそれを、徐々にゆっくりと下ろしていく。そこから出てきたのは琴音よりも大きいんじゃないかと思える赤いフリルのビキニに包まれているたわわに実ったメロン。パーカーを脱ぎ去れば部活動で引き締まった身体が姿を現し、思わず見惚れてしまった。
そんな俺を横目で見ながら、美桜は蠱惑的な笑みを浮かべた。
「圭さんのエッチ」
「誤解だ」
「最初から最後までがっつり見ておいて、それ言います?」
「……いや、ほんとすまん」
「圭さんも男の子なんですね。ちゃんと見ていてくれて安心しました。お変わりないようで」
美桜に弄ばれて何も言えない顔をしていると、横から智代子のジト目が突き刺さる。
「琴音先輩と美咲先輩に報告しますね」
「やめてくれ」
「–––っていうか、お変わりないようでってなんですか。前も同じことがあったんですか?」
「中学二年生の圭さん可愛かったなぁ。……私の裸見て、顔赤くしてたの」
あの頃はちょうど異性を意識し始めた頃だ。おそらくその大半の理由は、小学六年生になってある部分が急成長し始めた美桜が原因だろう。
「報告です」
「もうその話はしたろ」
「いえ、具体的な内容は聞いていないかと」
「本当にやめてくれ」
詳細説明されては堪らないので、ここで話を終わらせようとする。釈然としないながらも、智代子もパーカーのジッパーを下ろし始めた。
白と黒のコントラストが綺麗な、白を主体としたビキニ。
智代子の快活なところも相まって、とても彼女に似合っている。
「似合ってるぞ、智代子」
「きゅ、急にそんなこと言って機嫌取ったって、報告しますからッ」
本心から褒めたのに智代子はそう言って顔を逸らす。頰は赤く染まり、耳まで赤くなっている。
「先輩は最近調子に乗っていると思います」
「乗ってない」
「いえ、絶対に乗ってます。こういう風に女性を簡単に褒めるのは良くないと思います」
「さすがに人は選ぶぞ」
「そういうところです。選んで懐柔しようとしてます」
俺も正直どうでもいい相手なら褒めたりはしない。
知らない相手に「可愛いよ」なんて言ってみろ、ただのセクハラである。
顔見知りで、それなりに交流があるから言えるわけで。そういう意味では、琴音、美咲、智代子、美桜は躊躇なく言える相手だ。
「圭さん」
智代子と言い争っていると不意に右腕に美桜が抱きついてくる。自らの谷間に俺の腕を挟み込んだせいか、まるで腕全体が包まれるような感触に侵される。あまりの柔らかさとハリに硬直していると、上目遣いに美桜が見上げてきた。
「私言ってもらってません」
「あぁ、可愛いよ」
「それってお嫁さんにしたいくらいですか?」
「回答を拒否してもいいか?」
「ええー、聞きたいなぁ。圭さんの本心」
胸の谷間で直接誘惑しておいて本心とは。
そんなことを思っていると、今度は左腕が布一枚隔てた柔らかい感触に包まれる。
視線を向けると、智代子が赤い顔をしておっぱいを必死に俺の腕に押し付けている姿が。ポジションに困って何度も位置を直そうとするせいで、擦れて余計に肌のすべすべな感触が腕に伝わる。
「え、えっと、その……あぅ。あまり見ないでください」
あまりにその姿が可愛くて、俺は智代子の懇願を無視して、つい無言でその姿を見つめてしまった。すると智代子は恥ずかしがって肩に顔を押し付けてくる。
「……取り敢えず泳ぐか」
心頭滅却するために、俺は二人をくっつけたまま海に入っていった。
海水浴に来てから一時間くらいであろうか。
やる前は億劫だった海水浴も、始めてしまえば随分と楽しんでいた。
二人と一緒に泳いだり、水を掛け合ったり、今じゃ普通に楽しめなさそうなことでも二人と一緒なら十分に楽しめた。
男とはなんと単純なもので、美少女と一緒なら何をしても楽しくなってしまうらしい。
「そろそろ一回上がるか」
「そうですね。結構遊びましたし」
「圭さん、かき氷食べましょう」
「いいですねー、かき氷。先輩は何味ですか?」
「俺はメロンかな」
「私はいちごー」
「ちょこはブルーハワイです」
胸元まで浸かる深さで水中鬼ごっこをしていた俺たちは、疲れもあって随分と油断していたらしい。後方から来る大きな波にも気づかず後頭部から奇襲を受けた。
「うおっ」
「きゃあっ!」
「にゃっ!」
流されるというほどではなかったが、頭から呑まれてずぶ濡れ。
元からそういう目的で来ているのだから文句はないのだが、言いようのない不快感がある。
俺はすぐに二人の方へと振り返った。
「おい、二人とも大丈夫か」
そして、硬直する。
–––なかった。何が?肩紐が。
つい肩紐から下を見ると二人とも水着を流されており、上半身は丸裸である。稲荷島の海は綺麗なため、胸の形は水中でもくっきりとわかってしまう。
「大丈夫です。先輩」
「なんとかこっちも大丈夫。でも、何か変ね」
「脱げてるぞおまえら」
指摘して、ようやく二人は視線を首の下に落とした。
「「きゃあっ!?」」
揃って胸を隠すように手で覆い、水中に身を潜める。
顎まで浸かった彼女達は、羞恥に染まった顔でまず俺を批難する。
「圭先輩なに見てるんですか!エッチ!」
「圭さんのエッチ!」
「さっきまで胸押し付けてたやつのセリフじゃないだろ」
「それとこれとは別です」
「そうです。い、いきなりは恥ずかしいんですから!」
とはいえ喧嘩している場合ではない。早く水着を見つけないと、他の海水浴客に二人の裸体を晒してしまうことになる。それは面白くない。
「それよりおまえら、近くにないか?」
キョロキョロと三人で海上を探す。
しかし、さっきの荒波はよほど悪戯好きだったのか見える範囲にはなかった。
水中に潜って探すも、それらしきものも見当たらない。
「仕方ない。浜辺に戻ってパーカーを取ってくるか」
手っ取り早い手段を思いついたところで実行に移すべく、俺が二人に声を掛けようとしたところで二人は慌てた顔で俺の方に泳いでくると抱きついてきた。布一枚も隔てないさっきと比べるまでもない感触に、俺の心臓が跳ね上がる。つい邪な考えが浮かぶよりも先に、彼女達の不安そうな顔が視界に入った。
「「……」」
「おい、どうした二人とも」
「……置いていかないでください」
はじめに弱々しく言葉を発したのは智代子だった。
「そ、そうですよ。変な男達に見つかって変なことされちゃったらどうするんですか!」
確かにそれは困る。海水浴客の中にはナンパをするやつもいる。亮介達のことではないが、たまに悪質なやつだっているのだ。狐達が見張っているから変なことはないが、言葉巧みに口説いていくやつも少なくはない。
「じゃあ、もう少し浜辺の近くまで寄ろう。そしたらなんとかできるから」
「わかりました。先輩にお任せします」
美桜は無言だったが信頼はしてくれているらしい。反論もなく、俺は二人を背中に隠しながら浜辺の方へと泳いでいくことになった。少し泳いだところで、俺は指笛を吹いた。
それから数秒待っていると、白い狐が何か布を咥えて海に飛び込んできた。脚で器用に水を掻いて、泳いで真っ直ぐ俺たちのところへやってくるも俺の肩に乗った。そうして咥えた何かをぽとりと目の前に落とす。それは、智代子と美桜が着てきたパーカーだった。
「え、え、今のどうやって命令したんですか!?」
「ハクアは頭が良いからな。呼んだら状況は大抵察してくれる」
「つまり、獣の目から見れば私達の状況は丸見えだったんですね……」
それでも海水浴客の殆どは美少女が海で半裸だったとは思わないだろう。ここでパーカーなんて大声で叫べば、それがいる事態になったと勘づかれる恐れもある。
……そういえば、ハクアが状況を察したということは、だ。
「……きゅうううう?」
智代子と美桜が生のおっぱいを押し付けていたという状況を、はっきりと目撃しているわけで、首を傾げて探りを入れてくるハクアから俺は黙って目を逸らした。
「あ、あの、先輩。着るので反対向いてください」
そう言われては、反転するしかなかった。
「酷い目に遭いましたねー」
「ホント酷い目にあったわ。まぁ、相手が圭さんだからよかったけど」
パラソルの下、ブルーシートの上で二人はまだ俺にしがみついている。パーカーを着ているとはいえその下には何も着ていないのだ。乙女の心情的に何か思うところがあるらしい。
結局、二人を置いてかき氷も買いに行けず、俺達は海を眺めて時間を潰していた。
「そろそろ帰るか」
遊ぶ気分にもならず、そう提案したところで。
俺達を前に、足を止めた男がいた。
浜辺でシャツにジーパン姿では、海水浴に来たとは言い難い。
三人分の視線が揃ってその男を見上げた。
「ふん、また新しい女か」
尊大な態度で俺を窘めるのは、龍之介だ。
海によく現れるやつだ。
「琴音ならいないぞ。残念だったな、琴音の水着姿が見られなくて」
「なっ、僕はそんなつもりでここにきたんじゃない!」
顔を真っ赤にして激昂する龍之介を、俺は軽くあしらおうとするがすぐにやつは冷静さを取り戻した。
「ふん、まぁいい。–––あと一週間だ」
「あ?」
「あと一週間で、僕はおまえに勝って証明する」
「なんだっけ?一週間?」
「崩来祭だバカ!おまえ本当に黒崎の家の者か!?参加者表を見たぞ!」
どうやら一週間後には“崩来祭”がきてしまうらしい。
夏休みに課題が終わっていないのに、残り三日しかないと言われた気分である。
しかし、それで何をするでもない。
鈴白の婆さんに言われた仕事はやったし、残す仕事は最終確認くらいである。
あと四日もする頃には、屋台が設営されるだろうか。
「–––絶対に僕が勝つ」
そんなことを考えている間に、龍之介は去っていった。