帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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タイトルを『麻婆豆腐は失恋の味』にするか迷った。


線香花火

 

 

 

崩来祭が終わっても、浜辺は大賑わいだった。

夕方六時過ぎになっても人がまばらに浜辺を占拠して、思い思いに祭りの余韻を楽しんでいた。

太陽が沈みゆく海を眺めながら、浜辺でバーベキュー。

飲み物を片手に、肉、魚介類、野菜を食べて飲んでの大騒ぎ。

狐達も例外ではなく、浜辺で騒いでいる人達から餌を強請って食事にありついていた。

 

「解せない。何故、僕が……」

 

崩来祭が無事終わったことを祝って、俺達も浜辺でバーベキューを楽しんでいた。その中には約一人、不機嫌そうな顔をしながらも加わった一人の少年の姿がある。亮介と真広に肩を組まれて動けなくなった龍之介だ。

 

「まぁ、そう言うなよ」

「飲め。きっとこれが失恋の味を忘れさせてくれる」

 

飲めと勧めるのは“飲む麻婆豆腐”と呼ばれた白と赤の混じった液体状の物質。

麻と辣の刺激的な味が初恋と似ていると謳ったのは何処の誰だか、脳裏に狐耳のカチューシャをつけた生徒会長の顔が思い浮かぶ。

 

受け渡された龍之介は、微妙な表情をしながらもそれを飲み干した。

飲み干すのに合わせて二人は大盛り上がり。

若干涙ぐんでいるのは、失恋だけが原因ではないはずだ。

 

「……辛い」

 

どうやら相当辛いやつを飲まされたのか、目頭から涙が零れ落ちた。

 

「もう二人とも青峰先輩をいじめちゃダメですよ。優しくしてあげないと」

 

いつも通りの笑顔を浮かべながら、智代子が紙皿に取り分けた食べ物を渡す。心なしかピーマンが多めに盛られている気がするのは、やはり考え過ぎだろうか。

 

「……ありがとう、湊」

「いえ、先輩達もそれを食べ切ったら仲直りでいいですね?」

 

確認するように左右の二人に視線を寄越すと、二人は大笑いして仕方ないなぁと肩を竦める。

智代子は危険物を突くかのようにピーマンを食べ始めた龍之介を見守ってからバーベキューコンロへと戻ってきた。

今度は肉や野菜をバランスよく盛って、それを俺に差し出してきた。

 

「なんと言うか斬新な仲直りの方法だな」

「でも、いつまでも啀みあっていても仕方ないと思うんですよ。それなら一回罰を与えて、それで手打ちにした方がお互いにいいと思ったんです」

 

智代子の言い分には納得するものもある。龍之介もそれで反論が無いあたり、納得はしているのだろう。その割にはまだ弄られている気もするが。

 

「懐かしいですね。あの二人に青峰先輩がいじられてるの見るのは」

「普段の光景なのかあれは」

 

しかし、龍之介自体に嫌がっている様子もない。

俺は智代子の言う通り、気にしないことにして皿に盛られた肉を食べる。

まだ三人は騒がしい。

涙目でピーマンを口に頬張っている龍之介は、何やら二人に言い放った。

 

「泣いているのは別に失恋したからじゃないからな」

「「わかってるわかってる」」

 

ヤケ気味に飲む麻婆豆腐でピーマンを流し込む。口直しに肉を食べ、その美味しさを噛み締めるように咀嚼している龍之介は少しだけ幸せそうに見える。

 

「元々仲は良かったんですよ。ただちょっと喧嘩していただけで」

「そうか。まぁ、俺が口出すことではないな。よく知らんし」

 

突っかかってきていた理由も琴音絡みで、俺自身が喧嘩していたわけでもないので、すぐに興味を失くして食事に戻る。

 

「それより先輩、お疲れ様でした。それと残念でしたね」

 

改めて、智代子が労いの言葉を掛けてくれる。

バーベキューコンロで肉を焼きながら、三人が騒いでいる姿を眺めながら。

俺はその横で食べていない昼食分の肉を食べつつ、耳だけを傾けた。

ちらりと盗み見た智代子の横顔は、本当に嬉しそうだ。

俺にとってはいつもの仲間+αだが、智代子にとってのいつもの仲間とは龍之介も入っているのだろう。

 

「そうだな」

「でも、二位もすごいですよ」

「……あぁ」

「すごく不満そう」

「事実負けたからな。気分は良くない」

 

崩来祭の一位はあそこで馬鹿騒ぎしている亮介だ。

その順位についても、龍之介にマウントを取っている。

勝ったことを誇っているように見えるが、負けた方からは煽っているようにしか見えない。

もしこっちに同じ絡み方をしてきたら、別の勝負をふっかけて負かしてやるつもりなのだが、何故か亮介は絶対にこっちに絡んでこない。

俺が執念深い性格なのを、長年の経験から理解しているからだ。

 

「……来年は、絶対に勝つがな」

 

はしゃいでいた亮介が突然ブルッと身震いする。それから周囲を見回して、こちらと視線が合うと思いっ切り目を逸らした。

 

「そういう野性的な顔もちょこは好きですよ」

 

焼けた肉をどんどん皿に載せてくれる智代子に礼を言いながら、焼きたての肉を食べる。

 

「おにーちゃん」

 

そこに幼女が一人とてとてと近づいてきた。

両手にはラップに包まれた白い何かを持っている。

おにぎりだ。サイズからして、桂音が握ったものだろう。

 

「はい、あげる。桂音がつくったの」

「おー、美味そうだな。どれどれ」

 

ラップを剥がして、一口で食べる。咀嚼していると中から何か出てきた。あさりの時雨煮である。甘く塩気のある味が身体に染み渡るようで実に美味しくできていた。それも市販品ではなく、時雨煮は自家製のものであろう。甘辛さが琴音の作る時雨煮そのものである。

 

「美味いぞ」

「えへへー」

 

褒められて相好を崩す幼女に、俺もつい頰が緩む。

 

「その笑みは幼女を見たからですか。それとも、幼女お手製の握り飯を食べたからですか?」

「誤解するような言い方をするなよ」

 

辛辣な言い方をする智代子につっこむと、幼女に続いて美咲と琴音が姿を現した。二人は主食のおにぎりを作ってくれていたのである。

 

「圭君、ボクのおにぎりも食べてよ」

「もちろん、あたしのも食べるわよね」

 

美少女お手製の握り飯とあれば食べないわけにはいかない。二人が持っている包みを貰って、順番に食べていく。

美咲のおにぎりが焼き鮭。

琴音のおにぎりが海苔の佃煮。

もちろん、二つとも具材ですらお手製なのだから美味しくないわけがない。

 

「本来なら、ちょこの作るおにぎりも食べて欲しいところでしたが……」

「あんたに作らせるとロシアンルーレットおにぎりにして、また変なもの入れられるから嫌よ」

 

智代子がおにぎりに関して戦力外通告されていたのはそのためらしく、智代子が作りに行かなかった理由も納得して、俺は新たなおにぎりに手を伸ばす。

 

「晶と美桜は?」

「二人は島の外に買い出し。もうそろそろ戻ってくるんじゃない?」

 

噂をすれば、フェリーが港に着港するところだった。

数分ほどして、二人が港の方から現れる。

 

「おーい、色々買ってきたよ」

「圭さーん!ただいまー!」

「悪いな。先に始めて」

「四人ともお昼まともに食べてないからね」

「そうですよ。圭さんそういうのは私に任せてください」

 

二人はどさりと買い物袋を下ろす。

中には飲み物や、色々な食べ物が入っている。

解凍されかかった焼き鳥とか。

お菓子の類も、袋に詰め込まれていた。

当然、チョコレート菓子も溶ける。

 

「チョコレート菓子は一度冷凍した方がいいぞ」

「え、もしかして溶けてます?」

「間違いなく」

 

開ける前に忠告しておこうと思ったのだが、おつかいに失敗した子供のように美桜が落ち込む。

 

「まぁ、子供とか移住したての人とか、奥さんに買い物を頼まれたオヤジどもによくあることだから」

「それってつまり、奥さんには遠く及ばないってことですよね」

 

慰めたつもりが余計に落ち込む事態に。

俺は気を逸らすべく、慌てて何かを探した。

袋の中にあるそれが目に止まる。

 

「お、花火買って来たのか。バーベキュー終わったらこれ一緒にやろう、な」

「……はい」

 

なんとか機嫌を取っていると、横から腕を掴まれる。

 

「そうやって女の子に優しくするの先輩の悪いところだと思います」

 

ちょっとだけ拗ねた智代子に、ピーマンを大量に盛られた。

 

 

 

 

 

 

バーベキューも食材が尽き、太陽が海に沈む。

完全に帷の落ちた月明かりの下で、蝋燭の灯りが揺れる。

そんな中、突然光が弾ける。

渚で発生した光が、縦横無尽に駆け回り始めた。

 

「亮介、勝負だ。どちらが美しく舞えるか!」

「おう、いいぜ。稲荷島一番の美男子は俺だってとこを見せてやるぜ!」

 

点火した花火を持ちながら、くるくる回ったり、渚を駆け回る。まるでリボンを操る新体操の選手みたいだが、どちらかと言えば動きはオタ芸のようにしか見えなかった。

 

「「アヅッッッ–––!?!?!?」」

 

くるくると自転しながら接近した二人は、お互いの火花を浴びて叫ぶ。

 

その様子を遠巻きに見ながら、琴音が桂音に言い聞かせた。

 

「桂音、あんなバカな真似しちゃダメよ」

「うん!」

 

姉に注意を受けながら、桂音は蝋燭で点火する。

激しく踊る光の奔流を手にはしゃぎながら、こっちに向かって来た。

 

「見ておにーちゃん!キレイだよ!」

「綺麗だな。でも、それを向けないでくれると嬉しいな。熱いから」

「うん」

 

言えば桂音は言うことを聞いてくれるので、コントロールは容易い。

おとなしく手持ち花火を下に向けながら、花火を見せてくれた。

 

「よっしゃ次はねずみ花火だ」

「火をつけるぞ」

「これどこにつけるんだ?」

「さぁ、ここじゃないか」

 

ねずみ花火をやったことがないらしい二人が花火に火をつけた。

 

「あれ?つけたよな?」

「あぁ、何も変化が–––」

 

二人が花火に近づいた瞬間だった。

足下に置いたねずみ花火が、突然狂ったように踊り出す。

二人はタップダンスを踊るように跳ねて、逃げ回った。

それを追うようにねずみ花火が暴れる。窮鼠猫を噛むとは、このことだろうか。

 

「ねぇ、見て見て圭君」

 

今度は美咲に呼ばれる。すると美咲の方は、花火で何かを描いていた。

 

「これがボクの気持ちだよ」

 

花火で描いたのはハート。何をしていても美咲は変わらないようである。

 

「ハートだー、美咲おねーちゃんすごーい!」

「そしてこれがー、お星様のマークだよ」

 

幼女に煽てられて、美咲も遊び始めた。

誰も幼女には勝てないらしい。

桂音に構ってと言われれば、断りづらい。

よっぽどの理由がない限り、遊んでしまうのであった。

実姉も幼女に捕まっている。

 

「はい、圭さん。これどうぞ」

「こっちは線香花火か」

 

その隙を見計らってか、花火を二つ手に美桜がやってくる。その背後には智代子もいた。

 

「線香花火って最後にやるものと思うんですけど、まったく油断も隙もありませんね」

「別にいいじゃない。他のはバカ兄達が使っちゃうんだから」

 

ねずみ花火や、ロケット花火のような危険物は男どもが独占している。今も噴出花火を取り囲み奇妙な踊りを踊っている最中だ。約三名ほどは崩来祭が終わった後なのに、元気にはしゃいでいる。

 

二人と一緒に線香花火を手に持ち屈み込む。

俺の両隣に並んで、智代子と美桜は線香花火に点火した。

 

「……先輩は、線香花火を見るとどんな気分になりますか?」

「線香花火を見てると……?」

「ちょこは少しだけ悲しい気持ちになります。なんだかこの世界に一人みたいで。寂しいっていうか、虚しいっていうか、心細くなってしまうんです」

 

儚く弾けていた小さな光が、地面に落ちた。

 

「こんな日がずっと続けばいいのに」

 

そう言った智代子の顔は、ちょうど線香花火が終わって見れなかった。

 

 

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