帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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歓待の宴・上

 

 

 

篠宮柚葉と名乗った水着金髪ギャルと夕方の定期便が来る時間まで過ごした後、家に帰った俺は狐を撫で回し暇潰しをしていた。午後六時半には日が沈み始め、あたりは茜色に染まっていく。何処か狐の毛並みも燃えるように茜色に染まっていた。

 

「圭、準備できてる?」

「あぁ」

 

突然、縁側に現れた琴音にびっくりして狐が一目散に山に駆ける。それを見届けてから俺は彼女と一緒に家を出た。

 

「挨拶回りはちゃんと済ませた?」

「おまえの家以外はな。あとは漁師のおっさん連中には、朝会った時でいいだろ」

「それもそうね。掃除は?」

「ある程度は終わったと思う。っていうか、あの家は一人で掃除するには広すぎる」

 

今日していた事を根掘り葉掘り聞かれながら、住宅街の外れを歩いた。

少し歩くと鈴白の屋敷が見えて来た。

鈴白の屋敷は普通の民家より少し大きく、敷地も広い。

昔は親族を集めると大所帯になっていたそうだが、今は殆どが本土に旅立ったらしい。

大事な会合をするには一番適した場所らしく、小学生の頃に大人達が集まったのは覚えていた。

 

「さぁ、みんな待ってるわ。入って」

 

琴音が玄関の引き戸を引く。その音に反応して、奥からとたとた駆ける音と共に小さな女の子が飛び出した。

 

「おねーちゃん!」

 

四歳くらいの小さな女の子。その子はまるで琴音を鏡写にしたように、俺が出会った頃の琴音に似ていた。

 

「琴音が小さくなった……!」

「あたしは隣にいるでしょ」

「悪い。言ってみたかっただけだ」

「……っ!?」

 

琴音に抱き着こうとしていたのか、走っていた足がピタリと止まる。隣にいる俺を見上げて怯える小動物のように近くにあった部屋の中に隠れた。

 

ゆっくりと顔を出して、こちらの様子を窺う。

 

「おねーちゃん、そのひとだれ?」

「そうねー。あたしの許婚だから、お兄ちゃんかしら」

「おにーちゃん……?」

 

少女が部屋から出て来る。玄関に立つ俺の前に立って、必死に俺を見上げていた。

 

「おにーちゃん……?」

「お姉ちゃんと結婚したら、おまえのお兄ちゃんになるな」

「おにーちゃん!」

 

たどたどしい発音で少女が復唱する。

そして、そのまま腰あたりに抱きついてきた。

 

「そっかー。結婚してあたしの夫になるんだー」

「……嵌められた気分だ」

 

にやにやする琴音はさておき、腰に抱きついてくる少女を抱き上げる。お姫様抱っこの体勢でより高い位置に持ち上げると、俺の肩に手を置いて落ちないようにしながらはしゃぎ始めた。

 

「昔のおまえに似て可愛いな」

「それってつまり、四歳の頃のあたしが可愛かったってこと?」

「……今のは取り消せ」

「嫌よ。もう脳内に保存したから消したくても消せませーん」

 

少女を抱いたまま靴を脱ぐ。琴音も靴を脱ぎ、俺の靴と一緒に揃えてくれた。

 

最初に少女が飛び出してきたから意識が向かなかったが、玄関には女性物の靴が二足、男物の靴が二足置いてあった。それに子供用の靴が一つあって、何故か下駄が一つ。婆さんは昔から下駄だ。

 

「っていうか、おまえ妹いたのか」

「あんたが出てった後に生まれたのよ」

「なんて名前なんだ?」

「……さっきから妹のことばかりね」

 

拗ねたように琴音がむくれる。

 

「あたしにはお姫様抱っこしてくれないくせに」

「嫉妬するなよ……。後でやってやるから」

「本当?絶対よ!」

 

機嫌が治った。–––話が戻る。

 

「桂音よ。けいね。桂月とか桂秋とかその頃に生まれたから、“桂”にあたしが貰った名前から“音”を合わせて“桂音”」

「桂月、桂秋っていうと……何月だっけ?」

「陰暦で八月よ」

「そうか。よく考えられた良い名前だな」

「他にも候補はあったんだけどね。なんだと思う?」

 

悩んで、悩んで、悩んで。その名前をつけたようだ。琴音は聞いて欲しそうに俺に微笑み掛ける。

 

「他の候補はどんな名前なんだ?」

「カノン。黒崎圭の“圭”と鈴白琴音の“音”を合わせて“圭音”。この名前をつけるのはやっぱりあたしたちの子供の方がいい気がして」

 

–––思い止まってくれて良かった。心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

琴音の先導で通されたのは客間だった。十二畳ほどの部屋の真ん中に長方形の長いテーブル。その上には沢山の料理が並び、それを囲うように四人の少年少女が座っていた。美咲とその横に茶髪のサイドテール少女、対面に茶髪と金髪の若い男たち。誰かが喋り始める前に美咲が先制攻撃を仕掛けた。

 

「圭君、ボクの隣に座りなよ」

 

美咲が指定したのは自分の隣、茶髪の少女とは反対側だ。しかし、これに待ったをかける人物が一人。

 

「ちょっと美咲、なに自然な形で圭の隣に座ろうとしてるのよ」

 

琴音だ。俺の服の裾を引いて静止させた。

 

「圭君、ボクの隣ならあーんしてあげるよ?」

「圭。まさか美咲の口車には乗らないわよね?」

 

二人が睨み合い、また昨夜と同じく火花を散らしている。

 

「久々に見たなー、琴音嬢と美咲のバチバチ」

「ふむ。やはり二人はこうでなくてはな」

 

金髪と茶髪が傍観している。死んでも巻き込まれたくないという顔をしながら。

 

「はわわ、一大事です。美咲先輩と琴音先輩が喧嘩を始めるなんて。ちょ、チョコはどうしたら……!」

 

急に不仲になった二人を見て茶髪のサイドテールは慌てていた。

 

「俺が諌めないとダメなのか……」

 

嘆息しながら俺は部屋を横断し、美咲の隣に腰掛けた。これで睨み合っていた二人は一転、美咲は勝ち誇った表情を浮かべ、琴音はショックを受けたように大口を開けた。そして、むむむと不満そうに頬を膨らませて、美咲とは反対側の俺の隣に陣取った。

 

「おーい、チョコ。死にたくなかったら退避しろ。団長の近くにいると争いに巻き込まれるぞ」

「よくわからないですけど、そうします」

 

茶髪のサイドテールが机の向こう側に逃げた。残されたのは、俺を挟むように睨み合った二人と抱かれたままに膝の上に乗っけられた桂音ちゃんだけだ。

 

「美咲、琴音、子供が見てるぞ。控えろ」

「ここは一時休戦でいい?」

「そうね。桂音の教育によくないわね」

 

この場で一番強かったのは、最年少の少女だった。当人は首を傾げているが。

 

「取り敢えず、知らないやつがいるようだし紹介して欲しいんだが」

「そうね。紹介するわ」

 

琴音が茶髪サイドテールに視線を送る。すると、少女は立ち上がり礼儀正しく一礼して自己紹介を始める。

 

「はい。私は湊智代子っていいます。どうぞ親しみを込めてチョコって呼んでください。圭、先輩?」

「俺は黒崎圭だ。よろしくな」

「初めましてですね。チョコは圭先輩に会えて嬉しいです。噂は前から聞いていましたから」

「どんな噂なんだ?」

 

『噂に聞いていた』と言われて、気にならないはずがない。俺が問い質すと俄には信じ難いという顔で噂話の一部を口にした。

 

「熊と戦ったことがあるとか、稲荷島の野生の獣だとか」

「それ人間か?」

 

熊と戦った覚えはあるが、あれはやむを得なくだ。

 

「まぁ、熊と戦ったというか……襲われたというか……」

「それでも凄いです!」

 

智代子は興奮気味に両手を胸の前で握っていた。

 

「俺たちのことは覚えてるか団長」

「当然だろう。リーダーだぞ」

 

二人の少年がにかっと笑いかけてくる。

何故だか、名前が出てこない。

あの顔には覚えがあるのだ。それもごく最近。

ちょっと待てよ。あれだ。あれ。

漁師の神楽坂さんと瀬戸さんところの息子の……。

 

「あ、思い出した。おまえら昼間、金髪ギャルにナンパしてフラれてたやつだろ?」

 

–––ゴンッ。

 

机に額が打ち付けられる音が響いた。

その音に驚いて、膝の上の桂音が身動ぐ。

 

「あんた達、またナンパしてたの?」

「二十二連敗だっけ?」

 

呆れたように琴音と美咲が言う。

 

「俺たちは今年こそ、彼女を作るんだ!」

「このままでは枯れた青春になってしまうからな」

 

今年の夏こそ彼女を作る、と意気込む彼らには掛ける言葉がない。

 

「俺は好きだから彼女にするべきであって、彼女が欲しいから彼女を作るのは反対だけどな」

 

彼女が欲しいから彼女を作ったとして、それは琴音と俺が許婚という関係であることに似ている。恋愛感情より先に結果が出る。悪くはない話だが、生半可な覚悟だと後悔する。

 

「なんていうか団長が大変そうなのはわかる。でも、止まれないんだ」

「あぁ、俺たちも火傷するくらいの恋をしてみたい」

 

–––俺は大火傷だけどな。

 

「で、おまえら名前なんだっけ?」

 

–––ゴンッ。

 

再び、額を机に打ちつける音が響いた。

ガバッと起き上がり、二人が主張する。

 

「瀬戸亮介だよ!覚えてるだろ!?」

「神楽坂真広だ。リーダー」

「悪い、冗談だ」

 

金髪のガタイいいのが瀬戸亮介、茶髪の細長い眼鏡インテリっぽいのが神楽坂真広。思わず名前を間違いそうになったのは言わないでおくことにした。

 

「そういえばさ、団長」

 

亮介が真剣な顔をする。何の話があるのかと思って言葉を待っていれば、彼はとんでもない爆弾を落とした。

 

「今日、海水浴場で水着の金髪ギャルに声掛けられてたけど何話してたんだ?」

 

その言葉を引き鉄に、まるで音が無くなったかのように静寂が広がる。

左隣から物凄い不穏な空気が刺すように伝わってくる。

 

「へぇー、水着の金髪ギャルに声かけられたんだ?ねぇ、可愛かった?」

 

ぎゅっと締め付けるように腕を抱いてくる琴音の迫力に、若干目を逸らしてしまう。思わず、膝の上に座っていた桂音が逃げて智代子に抱き着いてしまうほど怖いらしい。

 

「おい、落ち着け。何もなかったって」

「じゃあ、あたしとどっちが可愛かった?」

 

ずいっと迫ってくる琴音の顔を正面から見つめる。

 

「琴音」

「なっ、そ、そうなんだ……ふーん」

 

彼女は照れて赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いた。

 

 

 

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