帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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別名たこ焼きパニック。


歓待の宴・下

 

 

 

事件が発生したのはパーティー開始から三十分後のことだった。

 

「ぐあああぁぁぁぁ!!??」

 

突然、亮介が苦しみ出し床をのたうちまわり始めた。

 

昔の思い出話に花を咲かせ、琴音達が作ってくれた料理をつまんでいた矢先、彼は口に手を当て嗚咽するかのように咽せるとぴくりとも動かなくなる。

 

「亮介ぇぇぇぇぇ!!!!」

 

倒れた友の傍に寄り、抱いて身を起こす真広は悲痛に叫ぶ。

辛うじて息があるのか、金魚のようにパクパクと口を動かす亮介。

 

「どうした!何があった!?」

 

何かを伝えようとする亮介の口元に耳を寄せた真広は、真剣に親友の最後の言葉を聞き取ろうとする。その声は辛うじて俺の耳にも入っていた。

 

「……辛い。わさ、び、だ……」

「毒が盛られていただと!?」

 

–––ダイイングメッセージにしては、しょうもない内容だ。

 

「くそっ、誰がこんなことを……!」

 

この茶番劇はまだ続くらしい。

悲痛に嘆いて、真広は犯人を探すように周囲を見る。

容疑者はこの部屋の五人。真広を含めれば、六人だ。

俺は冷静に状況を俯瞰した。

 

「亮介は何を食べたんだ?」

 

テーブルの上にあるのは、稲荷寿司、狐揚げ、鯵の竜田揚げ、かぼちゃの甘露煮、筑前煮、たこ焼き、カプレーゼ、刺身の盛り合わせ、フライドポテトの計九品。

 

真広がちゃきっと眼鏡のブリッジを薬指で上げる。

 

「おそらく、たこ焼きだろう。口元にソースがついている」

 

–––凶器が『たこ焼き』に確定した。

 

「さて、ではまず誰が何を作ったか自白してもらおうか」

 

真広氏、ノリノリで探偵役を始めた。

その眼光が琴音に向かう。

 

「まずはお嬢、あなただ」

「あたしは稲荷寿司と狐揚げ、鯵の竜田揚げよ」

「狐揚げにフグとかは?」

「入れるわけないでしょ」

 

琴音の白が確定した。

 

「倉科」

「ボクはカプレーゼ、刺身の盛り合わせ、フライドポテトだよ」

「刺身の盛り合わせにフグが入っていた可能性は?」

「さすがに毒性のある食べ物は出さないよ」

 

美咲も白。最後は……。

 

「湊、おまえは?」

「ちょこが作ったのは南瓜の甘露煮と筑前煮、それとたこ焼きです」

「犯人はおまえだぁッ!」

「そんな、ちょこは何もしていませんです!」

 

ビシッと真広が智代子に指を差したと思えば、智代子は容疑を否認した。

 

「たこ焼きの中に毒(山葵)が入っていたと亮介は言っているが?」

「入れました。ただのたこ焼きだけでは面白くないと思ったので、たこわさびを」

 

–––変わり種入りの『ロシアンルーレットたこ焼き』だった。

 

「それで亮介が倒れるなんてありえない。何を仕込んだ!」

「追いわさびしただけです。でも、死人が出ないようにちょこは調整しましたよ?」

「判決、有罪。パイの実の刑だ!」

 

真広が鼻の下を伸ばしながらわきわきと手を動かす。

智代子に魔の手が迫る。

 

「た、助けてください圭先輩!」

「俺かよ……」

 

智代子は席を立つと俺の背後に回り込んで盾にした。ぎゅっとしがみついてくるから、琴音と比べても遜色ない形の良い胸が背中に当たる。

 

「なんで俺なんだ?」

「圭先輩はこの集団の長的立ち位置です。きっと真広先輩は逆らえません」

 

意外と合理的な理由で頼りにされていた。これならば初対面でも頼ってきたのは理解できる。ただ、俺がいない間に琴音達と関係を持っていた智代子の存在がわからない。ムードメーカーのようなところだろうか。確かに、この子は可愛がりたくなる要素を持っている。

 

「リーダー、退け。いくらリーダーでも容赦はしないぞ」

「後輩のお茶目な悪戯くらい許してやれよ。あれ、後輩だっけ?」

「そうよ。ちょこは一つ下だから」

 

稲荷島は同世代の子供が少なく、年齢差はあまり気にしない傾向にある。だから、彼女もこの集団に馴染めているのだろう。

 

「あんた胸触りたいだけなのバレバレよ?」

「い、いや、違う。そんなことはない!」

 

–––真広はただのインテリむっつり眼鏡だった。

 

「さて、それで亮介があんな風になったたこ焼きはあと何個あるんだ?」

 

まだ畳の上でピクピクと悶えている亮介を見やり、たこ焼きの山を眺める。まだ相当な数があるようで数えれば二十個ほど残っていた。

 

「わさび入りのやつは三つしか入れてません。だから、あと二つですね」

「十分の一の確率か……」

 

前に辛いものを食べて舌が機能しなくなったことがある。ラーメンは味のない粘土、ご飯は水っぽく、ハンバーグは脂の塊のような味がしたと言っても過言ではない。一週間は舌の感覚がなかった。

 

何食べたっけ?

嫌な記憶すぎて思い出せない。

 

「おまえ達は辛いの大丈夫か?」

「いけるが自信がないな」

「あたしも辛いのはちょっと……」

「ボクは辛いの好きだよ」

「大丈夫です。元よりちょこちゃんには効きませんから」

 

どうやら智代子は自分にわさび入りの激辛たこ焼きが当たっても良いように調整していたようだ。悪戯は悪戯でも綿密に計算されており、つけいる隙がない。

 

「……湊、もうおまえが全部食べろ」

「そんなちょこ一人では食べきれないですよ!」

「酷なことを言うな真広、男が廃るぞ」

「圭先輩……!」

 

主犯が感極まっている。

 

「あたしも降りないわよ」

「ボクはへーきだから大丈夫」

 

桂音ちゃん以外の全員の参加が決まったところで、爪楊枝を手に一人一つたこ焼きを選んだ。

 

「それじゃあ行くぞ。せーので一斉に食べるぞ」

「圭君がわくわくしてる。あれは食べ物でゲテモノ作っていた時の顔だ」

「リーダーは昔から変な食べ合わせをしていたからな」

「そうなんですね。なんだか、圭先輩には親近感が湧きそうです」

「なんだか三人も平気な人がいると、惨めだわ……」

「せーの」

 

俺の『せーの』という号令で全員がたこ焼きを口にした。作ってから時間が経っているがまだ温かい。たこ焼きを咀嚼して中身を確かめてみると海老の殻みたいなサクサクした食感が口の中を満たす。甲殻類の風味が広がり、他にも変わり種が入っていたことにびっくりした。

 

ただ、何か海老とは違う。プリプリ感がない。桜海老だろうか?

 

「おっ、ぐほぉ、えぐぅ!」

 

二人目の犠牲者が出た。

真広が咽せながら机に突っ伏していた。

 

「あと一つか。ちょこ、たこ焼きに桜海老とか入れたか?」

「桜海老ですか?入れてませんけど?」

 

桜海老はハズレらしい。なら、いったい何を食べたのか……。その答えは続く智代子の言葉により判明した。

 

「あ……もしかして、圭先輩が食べたのって食用コオロギでは?」

「食用コオロギ?へぇー、そんな珍しい食材があるんだな」

 

俺の知らない食材が存在したことに驚愕しながら、先程食べたたこ焼きの味を思い出す。

 

……コオロギ?蟋蟀?

 

「意外に美味いんだな」

「なるほど。ちょこちゃんと同じく圭先輩もいける口だったんですね」

「食っちまったもんは仕方ないだろう」

 

二人して笑い合う。

 

「……」

 

そんな中、青い顔で口を押さえている琴音。

視線で俺に何かを訴えかけている。

 

「他には何入れたんだ?」

「全部で四種類です。普通のたこ焼き、たこわさび、コオロギ、蜂の子」

 

それを聞いた瞬間、涙目で口を押さえながら琴音は客間から飛び出していく。一応、食用虫なのだろうが、琴音には耐え難かったようで奥に引っ込んでいった。

 

「美咲は何を引いたんだ?」

「たこわさび。虫じゃなくてよかった」

 

美咲は心の底からそう呟いていた。

 

 

 

残ったたこ焼きを智代子と二人で片付け終えた頃、ようやく琴音が戻ってきた。涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら俺に抱きついてくる。お腹に顔を埋めてそのままグスグスと鼻を啜っている音が聞こえた。

 

「まったく婿殿が帰ってくると騒がしいね」

 

そんな状況に奥からまた人が出てくる。俺に泣きつく孫娘を見て、満足そうな笑みを浮かべた。

 

「鈴白の婆さん、久しぶり」

「帰ってきて早々、良い報告を聞けそうじゃないかい」

「何の話だ?」

「生きて曾孫の顔が見れそうだ」

 

顔を出して早々、とんでもない言葉が婆さんの口から出た。

 

「なんでそうなる?」

「トイレでゲェゲェ吐いてたんだ。そりゃ生理も止まって子供ができたと思うところだろうに」

「勘違いだ。虫食べたんだよ」

「なあんだつまらん。虫程度で情けない」

 

鈴白の婆さんはそれだけ言うと奥に帰っていった。幼い頃に食料がなく、よく虫を食べていたという話をしていたという話は聞いたことがある。話し始めると年寄りはどうも話が長くていけない。

 

俺は慰めるように琴音の頭を撫でる。喉が渇いたのでお茶を飲んでいると動けない俺の代わりに智代子が皿を取り、料理を持ってきてくれた。

 

「圭先輩、これうちのおばあちゃん直伝の南瓜の甘露煮と筑前煮です。食べてください」

 

虫料理が認められてすっかり気を良くしたのか智代子は献身的に尽くしてくれる。次に自分の大好きなものを勧めてきた。虫のことも含めて悪気はないのだろう。

 

俺は箸を南瓜の甘露煮に切り込む。すると、思いの外、南瓜は豆腐でも切るかのように切れた。一口サイズの南瓜を口に運ぶと広がる甘味。甘さ控えめで実に美味い。さっぱりした味付けだ。

 

次に筑前煮に手を伸ばす。蓮根、人参、ごぼう、鶏肉、こんにゃく、里芋、絹さや、椎茸の具材で作られた筑前煮は濃いめでありながらも夏の食欲低下に効くご飯が欲しくなる味付けだった。特に里芋が溶けるような口溶けなのがいい。

 

「琴音、キスするか?」

「いや。ファーストキスが虫の味はいやぁ」

 

突拍子もなく告げてみれば、琴音はさらに強く抱き着いた。いやいやと首を横に振る。

 

「圭先輩はキスしたいんですか?」

「絶対に断ると踏んで言った」

「琴音先輩を弄べるのは圭先輩だけですね……」

 

しみじみと呟いて、智代子は稲荷寿司を口にする。

 

「ねぇねぇ、圭君、ボクのも食べて」

 

振り返れば、美咲が刺身を素手でつまんで差し出してきていた。

 

「ボクの指ごと召し上がれ♡」

「……じゃあ、もらおう」

「ひゃん」

 

多少困惑したが素直に厚意を受け取っておく。

今度はそのままフライドポテトを差し出される。

これも一口で貰う。

 

「むっ。……フライドポテトじゃ指を食べてくれない」

 

どうやら指に舌が触れなかったことが不満らしく、美咲は反省していた。

 

「……あたしもやる」

 

元気にアピールしてくる美咲に触発されて、琴音が復活した。その手にはお手製の稲荷寿司、開けた口に一口丸ごと捻じ込まれた。

 

 

 

 

 

 

夜九時を過ぎた頃、パーティーはお開きとなった。その頃には亮介と真広も復活しており、元気に智代子の手料理以外を平らげていった。よほどトラウマのようで、智代子の作った料理には手すらつけなかった。寂しそうに笑うその姿が何処か哀愁を帯びていて、つい可哀想に思ってしまったあと、俺は智代子の作った甘露煮と筑前煮を完食した。

 

……ちょっと食い過ぎた。

 

腹を摩りながら鈴白の屋敷の外へ。

都会では見ることができない星空と、眩い月の光。

その下で俺と亮介、真広の三人は見送りを受けていた。

 

いくら顔見知りばかりの島とはいえ、女の子が夜中に出歩くのはよろしくない。美咲と智代子は琴音の実家に泊まるらしく、琴音も名残惜しそうに俺を見送る。

 

「圭、本当に大丈夫?朝まであたしいないけど」

「大丈夫だって。心配するなよ」

「浮気しない?」

「……」

 

心配する理由が夫婦間のそれだった。

 

「ボクは圭君の家でもいいんだけどなぁ」

「ちょこも圭先輩の家でも……」

「ダメに決まってるでしょ。油断も隙もないんだから。それとちょこ、あんた今からお説教ね」

「えぇっ!?」

 

琴音が残る理由はそういうことらしく、大人しく妹と寝ると宣言していた。昨日、帰らなかったことで桂音が寂しがったらしい。それも考慮して実家に一時帰省。

 

「じゃあな、また明日」

「……別に俺も泊まってもいいんだぞ」

「男子禁制よ」

「ちょこも真広先輩とお泊まりは嫌です」

「ボクも圭君と以外は嫌」

「ぐはっ!」

 

アホな提案をした真広がカウンターを食らっていた。そのまま真広を引き摺って、鈴白の屋敷を出る。少し鈴白の屋敷から離れたところで亮介が口を開いた。

 

「相変わらず、優しいな団長は」

「何の話だよ。藪から棒に」

「だって団長、南瓜の甘露煮も里芋も嫌いだったろ」

「食べたい気分だったんだ。あるだろ、嫌いな食べ物を無性に食べたくなる時が」

「「ねぇよ」」

 

別れ道に入るまで二人のニヤニヤが止まらなかった。

 

 

 

 

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