帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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私はこれを“夏休みの風物詩”と呼ぶ。


夏休みの忘れ物

 

それは夏休み序盤の朝のことだった。いつものように朝食を作り、食べ終えたあと琴音は食卓に使っていたテーブルに教科書や学校で配られたであろう課題を広げて宿題を始める。まだ朝の早いうちは涼しく、その時間帯の方が効率的に頭が使えるとは当人の談ですらすらと課題を終わらせていく琴音を眺めながら、俺は本土から持ってきていた漫画を読んでいた。

 

少し視線を外せば女性がいるという状況に少なからず緊張もあれば、何年もずっとこうして一緒にいたような気がする。それほどの安心感が彼女と一緒にいると得られた。

 

「相変わらず、真面目だな」

「そういうあんた達が不真面目すぎるのよ」

 

“あんた達”と俺だけを指定しないのは亮介と真広を含めているからだ。長期休暇の課題は決まって最後の三日まで持ち込み、必死になって終わらせていた記憶がある。今でもあの二人はそうなのであろうか。

 

「それに早く終わらせて圭とデートとかしたいし」

 

そんなことを考えていると琴音は若干上擦った声でとんでもないことを告げてきた。頰は紅潮して夏の陽炎すら勝てない熱を発しているようなそんな顔で、照れ隠すように琴音は続ける。

 

「だから、あんたも課題さっさと終わらせなさい」

「おまえは俺の母親か」

「お嫁さんよ」

 

冗談で言ったら真面目な答えを返された。解せぬ。

 

「課題か。どうするかな」

「また溜め込んであたしに泣きついても助けてあげないんだから」

「おまえに泣きついたことないだろ」

「それもそうね」

 

主に泣きついていたのは亮介と真広だ。俺は夏休みの課題が終わっていないと祖父に半ば監禁されて一日中机に向かわされていたから、それでなんとか終わっていたが、それが理由で勉強は嫌いになったかもしれない。

 

「どうするか、じゃなくて……や・る・の」

 

机に頬杖をつきながら琴音が俺を勉強させようとする。だけど、それ以前の問題があるのだ。

 

「琴音」

「なによ真剣な顔して」

「それってつまり本土の学校に戻れってことか?」

 

俺はまだ今後の身の振り方を何も決めていない。とにかく宿は確保できたが、それ以外のことは何も決めていないのだ。

 

「えっと……あれ?圭はこの島に戻ってきたのよね?帰って来たのよね?」

 

不安そうに琴音が言う。

 

「それであたしと同じ学校に転校して、一緒のクラスになって、一緒に登下校して、たまに放課後デートしたり、それでそれで……」

 

もう既に琴音の中ではそういう未来が確定していたらしい。認識の違いというべきか、妄想というべきか、とにかくそれだけは正しておかなければならない。

 

「本当はやめるつもりだったんだけどな。担任の厚意で夏休みの間に身の振り方を決めろってさ。それで取り敢えずこの島に帰って、住む場所が決まったらどうするか考えるつもりだったんだ」

「その、圭が今行っているところは……遠いの?」

「まず本土に行って、それから電車に乗って、丸一日かかる。新幹線なら半日もかからないけど」

 

まずこの島から通学することは不可能だ。距離からして遠過ぎる。この島に住む以上はあっちの学校に戻るという選択肢はない。

 

「どうするの?」

「どうしようか?」

 

質問に質問で返すようで悪いが、どうしたらいいのかわからないのが現状の問題だ。

 

「それ……あたしが決めていいの?」

「いいんじゃないか」

「……じゃあ、あたしと同じ学校に通ってくれる?」

「ん〜、まぁそういう方針でいいか」

「相変わらず、適当ね」

 

そうは言いつつも琴音の頰は緩んでいる。相当嬉しかったらしく、顔は他の人に見せられないくらいだらしなくなっていた。

 

「そうと決まれば早速動きましょう。まずは圭の今在籍している学校に連絡して、それからあたしの通っている学校で試験を受けて–––」

「ちょっと待て。試験を受けなきゃいけないのか?」

「そうよ。……ねぇ、圭。一応聞くけど、あんた勉強どのくらいできるの?」

「……」

 

俺は静かに目を逸らした。

 

「そうだ。もしダメだったらあたしが養ってあげるわよ。そしたらあんたあたしと結婚するしか選択肢ないんじゃない?」

「それは御免被りたいな」

「あたしと結婚するのがそんなに不満?」

「別にそういうわけではないんだけどな」

 

嬉々としてその道を勧めてくる琴音を見て、頑張らないとと思わせられるのだった。

 

 

 

 

 

 

すぐに手続きを終えた俺は琴音の通う『私立七海学園』への転校のため、試験を受けることになった。

試験当日、琴音に案内され船で四十分ほどの本土へ渡り、歩いて十分ほどの学園へと到着、そのまま試験を受けて休憩を取り、午後から面接へと挑むことになった。

中庭で琴音が作ってきたお弁当を食べて最終試験の面接へ。

入室した教室には、面接官が一人。スーツを着た女性だ。

 

「それじゃあ、適当に座ってください」

 

教室は至って普通だった。……いや、普通すぎたというべきか。

空き教室に面接官が何人かいて、並んで座ってその正面にぽつりと椅子が置かれている状況を想定していたが、実際は全く違う。

面接会場は普段使われている教室だ。机と椅子が等間隔で並び、その窓際の席に面接官である女教師は座っていた。

 

「あー、いいよそういう堅っ苦しいのは。面接官は私、つまり私がルールです。既存の在り方に囚われていたらダメだぞ少年」

「つまり、社会でもっとも重要なのは順応性ということですか?」

「まぁ、そういうことでもあるし、自由気ままでいることも大事っすよ。うん、少年は中々面白いよ。合格っす」

 

–––まだ着席すらしていない。

 

「じゃあ、帰っていいですか?」

「あっはっは。まぁ、座るっすよ」

 

–––座らなければならないみたいだ。

 

女教師は窓際の一角、最後尾の席の一つ手前の椅子に座っていた。足は丁寧に揃えて最後尾の席に向けられていることから俺が座るべき席は多分窓際の角の席。

 

迷わず歩き、椅子を引いて座ると女教師は満足そうに笑った。

 

「うん。それじゃあ、まず一つ質問。鈴白琴音さんとはいったいどういう関係ですかねぇ?」

 

おそらく、女教師は俺が琴音と一緒に此処に来たことを知っているのだろう。或いは、昼食を一緒に食べている姿を見ていたのか。

 

「許婚です」

 

特に知られて困ることでもないので、信じてもらえるかは別として真面目に答えてみる。すると女教師は目を見開いて驚いた後、バシバシと太腿を叩いて笑った。

 

「そうかそうか少年があの子の許婚君ですか」

「えっ、ご存知なんですか?」

「うん。割とその話は有名っすからね。聞きます?」

 

何を触れ回ったらそんなことになるのか正直興味はある。半分は怖いもの見たさだ。

勿体ぶる女教師に俺は黙って頷いた。

 

「鈴白さんはうちの学校じゃ一年生から三年生まで人気でね。よく告白されることがあるんですよ。でも、決まって同じ言葉で振られるらしいっす。許婚がいるから無理ですって」

 

噂が広まるのも納得だった。

 

「それじゃあ面接はおしまい。帰っていいっすよ」

 

一方的に聞き出したいことを聞き出すと帰れと言う。実に職務に不誠実な女教師だ。

 

「鈍い男は嫌われますよ?ほーら、帰った帰った。教室の外で待ってるんでしょ?」

 

面接時間僅か二分–––否、実際はそれよりも短いのかもしれない。だが、無事に面接は終了したわけで、俺よりも先に面接官である女教師の方が席を立っていた。

 

先にガラガラと教室のドアを開けて外に出て行ってしまう。

本当に面接がこんなもので大丈夫なのだろうか?

間違えていないだろうか?

そう思って教室から出れば、女教師に琴音が駆け寄っていた。

 

「藤宮先輩、どうですか?」

「大丈夫大丈夫。彼は合格ですよ。テストの結果も問題ないし。正式な報告はすぐに出ます」

「そっか。そっかぁ〜」

 

琴音は頰を緩ませ相好を崩す。

 

「……ちょっと待て、今藤宮先輩と呼ばなかったか?」

「そうよ。知ってるの?」

「知らん。いや、そうじゃなくて……この人はこの学校の生徒なのか?」

「あれ、言ってなかったけ?面接は生徒会長が代理でするって」

 

全く聞いていない。–––そもそも、それは学校としてそれはどうなのだろうか。

 

「それで彼が噂の許婚なんだってぇ〜?」

「えっ、なんで知って……!」

「面接で聞いた」

「面接でなんてこと聞いてるんですか!?」

 

緩んだ顔が急に引き締まる。しかし、偽女教師は琴音の文句も聞かず廊下の先へと去っていった。

怒りのやり場を失った琴音は重くため息を吐く。あの偽女教師の逃げ足が速いのはいつものことらしく、諦めたように廊下の先から視線を外して俺を見上げる。

嬉しいような、恥ずかしいような、そんな顔をして。

 

「……じゃあ、帰ろっか」

 

狐につままれた気分の俺の手にそっと指を絡めてきた。

 

 

 

校内を出口に向かって歩く。

琴音は上機嫌に鼻歌を歌い俺と手を繋いでいる。

手を離してしまえば、スキップでも始めそうだ。

 

「そんなに嬉しいことか?」

「夏休みが終わった後の楽しみが増えたんだもの。嬉しくならないわけがないじゃない」

 

琴音曰く、そういうことらしい。はやる気持ちを抑えながら歩く彼女は今まさに歩道から道路にも飛び出しそうな雰囲気だ。島は信号機も無く車も少ないから構わないが、本土は危ない。

 

「前気をつけろよ–––って、言ってるそばから」

 

廊下の曲がり角から急に人が出てくる。ぶつかりそうになった琴音と繋いだ手を強く引いて抱き寄せ、曲がり角から来る人とぶつからないように腕の中へ回避。

 

すると、曲がり角から出て来た男子生徒と思わしき生徒と目が合う。

 

「……鈴白か」

 

正確には、琴音の方を見ているようだ。

この感覚には覚えがある。

以前、金髪ギャル娘–––柚葉が狐に向けていた視線に似ている。

また、あの時と似たような状況だ。

 

「……青峰」

 

琴音の雰囲気が緩んだものから一気に引き締まる。まるで嫌悪すべきものでも見るかのように、彼女の瞳からは鋭い視線が目の前の青峰と呼んだ男子生徒に注がれていた。

 

心なしか、琴音の肩が震えているような気がする。

 

青峰と呼ばれた男子生徒の視線が今度は琴音を守るように抱擁している俺へと注がれる。

 

「おまえは何者だ?」

 

男子生徒からの誰何する声。向けられた視線には、僅かばかりの敵意が含まれているように感じる。

 

「黒崎圭。琴音の許嫁だ」

 

わざとらしくもっと強く抱き寄せてみせる。するとわかりやすく敵意が強くなった。

 

「そうか。おまえが例の男か」

「おまえ、名前は?」

「僕か?僕はこの学園の生徒会副会長を務めている青峰龍之介だ」

「そうか。じゃあな、青峰」

 

自称『副会長』の青峰龍之介と顔を合わせてから無口になった琴音の腰に手を添えるように押して、俺達はすぐに学校を出た。

 

 

 




多分、学校の話はここからあんまり出ないと思う。夏休みは長いしね。みんな忘れるよね。夏休みの課題!
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