女神の陰謀でレベル制が崩壊して人類滅びそうなネトゲ―にログインしてしまった件 作:ふさふさ
「おめでとうございます。世界を支配していた魔王は倒されました。魔王に歪められた世界は正しい世界へと変わり、真の世界の支配者が君臨することになるでしょう」
その日、魔王と勇者の最後の戦いを魔法の目となる大鏡で観戦していた各国の王たちは、魔王討伐後に姿を現した女神の言葉を聞いていた。
「この世はあるべき姿に戻るのです。再生には混沌と破壊がもたらされ偽りの王国は崩壊します」
聖なる光をたたえる女王然とした女神の言葉には不穏な空気が混じる。
「女神、それはどういう意味だ? 魔王は倒された。世界の秩序は守られたのだろう?」
どういうことだ? と王たちが囁きあう。
「うふふ、本当に……本当に愚かな人間たち! お前たち人間は矮小で何の力も持たず、与えられた力でその気になってこの世界の支配者になったつもりでいた……本当に愚か! 私の望みはね、お前たち人間を粛清することだったのよ!」
女神の前に電光が走り、カウントされる数字が現れる。カウント「00:59」。刻々とその数字を減らしていく。
「なんだそれは?」
誰かが発した問いに女神は応じない。
「二千年前……魔王がもたらした秩序によってこの世界の理は崩された。ただの人に不相応な力を与える契約がなされ、お前たちがのさばる要因を作った。その契約はお前たちが送り込んだ勇者が魔王を倒すことで破棄されたのよ」
その言葉の前に円卓に沈黙が落ちる。
「……謀ったのか、女神よ」
賢王と呼ばれる王の問いに女神が妖艶に笑う。
世界の危機を訴え、勇者を召喚し、魔王を討つために各国の王に集うよう働きかけた聖女のごとき女神はもういない。
「この世界の秩序を守る任務を帯びた私が魔王に出し抜かれた。もういい加減「上」の連中に無能呼ばわりされるのはごめんよ! 人間ごときに出し抜かれた、千年分×2ボーナスなしの私の怒りを思い知れっ!」
女神のカウントがゼロとなり鐘の音が全世界に鳴り響く。それは契約失効を報せる刻の鐘だった。
「あーはははっ! ざまぁ! ざまぁっ! ざまあみろ! 人が保有するすべてのレベルは消滅した。これからお前たちは怯えながら来訪するものに殺され、無残に築き上げたもの全部を失うのよっ!! 経験値も得られずにねぇ!」
笑いながら髪を振り乱しざまぁと指先を順繰りに居並ぶ王たちに向ける。その様は高貴な女神というよりも気が触れた女であるかのようだ。
あまりの豹変ぶりに王たちは呆気にとられる。
「この女は女神などではない! 悪魔だ! 悪の使いだっ! 衛兵っ! この不届きモノを捕まえろっ!」
部屋に待機していた兵たちが揃って踏み込む。手にした槍が女神の胸元に突き付けられる。
「うふふ、それは神殺しの槍かしら? 精鋭レベル75前後で揃えた王の神兵とやらがもつ武器ももはや何の意味ももたらさない。私に傷一つつけることもね!」
女神を中心に爆発が巻き起こり、塔全体が激震しすべてのものがケチャップのように潰されて息絶えた。
「さあ……世界の再生の始まりよ。よりエキサイティングに刺激的な世の中にする時が来たのよ♪」
崩壊した塔を出た女神が歌うように新世界の秩序を読み上げるのだった。
◆
『崩壊』-Disintegrate─。と名付けられた最後のアップデート。
明日には終了が確定したオンラインゲームにアップデートが来る。それもゲームが終了した直後に、というニュースにネットの掲示板が沸いた。
質の悪い冗談か、ネトゲ終了って告知そのものがフェイクなのか?
終了後にサーバーは落とされ、再度アップデートのためにサーバーが立ち上がる。
運営の告知を見てもよくわからない。それって今まで通りのアカウントでログインできるってことなのか?
そうした声はあちこちで見たし、直接問い合わせもしたが、ただいま込み合っているとろくな返事が返ってこない。
それって実質タイトルセカンドの始まりと期待に声を上げる人もいる。自分もちょっとだけ期待したところもあってアップデート開始までを徹夜で過ごすことになった。
国家が運営するオンラインゲーム。
21世紀頃では考えられない話だったが、23世紀の今では国家がオンライン上でのすべてを管理し、国民の状態をモニタリングしている。
世界を襲う天変地異や気温上昇による巨大な台風など、地上はもうまともに歩ける状態ではなくなっていた。
人類は地上を捨てて宇宙に飛び出し、あるいは岩盤の下を掘り広げ地下都市を築いた。もしくは海の真下までも掘り進め新たな居住空間を定めることとなった。
分断化する世界で唯一ネット通信だけが外界との繋がりになっていったのだ。
宇宙だろうが海の下だろうがユーザーはオンラインゲームを通して繋がることができる。
運営=国だがオンラインシステムを管理しているのはマザーと呼ばれる人工知能が行っている。
マザーに問い合わせれば何でも答えてくれるのだが、今回のレスポンスの悪さは人生初めてのレベルだった。
そのマザーが人間という生き物を知るためのシミュレーションとして用意したのがオンラインゲームだった。
過去に流行ったオンラインゲームを踏襲しながらマザーが構築し、運営となってここ四十年ほど管理している。
マザーなしでのオンラインゲームはあり得ない。日常と娯楽の中に当たり前に存在するものだ。
「ログイン開始!」
さんざんチャットしたルームを抜けてログインを入力する。これまでずっと見慣れてきたアカウント認定画面は背景が崩壊をイメージさせる絵に変わっていた。
プレイヤー、「Disintegrate」のアップデートを開始しますか?
「はいはいYES」
脳波入力でYESと答え、アップデート開始のゲージが展開する。視野が狭まりゲーム世界の電子空間に吸い込まれるように世界を認識していく。
アップデートの間、ゲームの中の世界の情景に入り込んで退屈を紛らわせることができる。
マザーシステムが扱うサーバーは最高レベルの性能を誇る。超大型アップデートも何時間もかかることはない。ほんの数分で終わるはずだ。
それは絶対安心確実な手順だった。
「何だ……これ?」
見慣れた城壁。天空に浮かぶ城塞都市。青い空に無限に湧き出る泉。鮮やかに彩られるはずの世界は暗黒の色に満ちていた。
破壊された城。頭上に刺した大きな影はレッドドラゴン。足元に転がる城壁の一部。倒れて動かない人々。
「うわ?」
傾き始めた浮遊する島は降下をたどり、すべてが真下にある海に落ちていく──
また情景が変わり今度は地上にいた。赤い目が無数に闇の中に浮かび上がる。それが進軍するモンスターの群れだと気が付く。
とんでもない数のモンスターが大都市に襲い掛かり、それに対抗しようとする者たちを蹴散らしていく。
「何なんだ?」
新手の新規モンスターなのか? 組織的に襲い掛かる魔物はこのゲームでは低レベルで狩るようなモンスターばかりだった。
低くて3レベルから5程度。高くても8レベルほどだろう。それこそ始めたてのプレイヤーがほんの一日二日で卒業するような経験値稼ぎの相手でしかない。
町を守るNPC衛兵は20から30レベルほどだから、ゲーム内で都市内に入ったモンスターはほぼ見回りのNPCだけで駆除されていた。
何が起きているのかを把握するよりも情景が一転してゲーム内バルコニーへと移動していた。
『アップデートが完了しました。ようこそ、Disintegrateの世界へ』
女神の声が告げる。プレイヤーには聞きなれたマシンボイス。初心者の頃から冒険者をサポートする存在として導いてきた声だ。
「スタート」と目の前に浮かび上がった。その背景には燃え上がる世界と崩壊する城がある。
「ゲーム名を変えてるのか……アップデートじゃなくて新しいオンラインゲームとして作り直したってこと? こんなの初めてだな……」
こりゃ従来と同じシステムかどうかも怪しい……ファンタジーだけど世界が崩壊したアポカリプス物になってるのか、と気持ちが踊るのを感じる。
危険はない。マザーが造るものに危険があったことはない。マザーは市民を守る存在だ。市民の生活を管理するのがマザーシステムだ。
人生の選択すらマザーにゆだね、相談し、結婚相手まで用意してもらう。そんな人生は当たり前であった。
「スタートっ!」
『プレイヤーを転送します』
そして私は「Disintegrate」の世界に足を踏み入れていた。