「ウィッチを二人送るとは聞いていたけど。まさか新兵と傷病人が来るとはね。あんた、左腕はどこに忘れてきたんだ?ネウロイの腹の中か?」
出迎えに来たノルドが、2人を値踏みする様に見まわした後、ヘルムートの義手を指差していった。
「まぁ、そんなところだ。ヘルムート・ヴィッツだ。こっちは訓練兵のナタリア。食い物はあるか?酒もあるとうれしいのだが」
ヘルムート達をなじるノルドの言葉を軽く受け流し。ヘルムートは握手をしようとそっと右手を差し伸べる。
「飯が食いたきゃあっちだ。母さんがなんか作ってる。ユニットはあの納屋にとめとけ。父さんが整備してくれる」
ノルドはヘルムートの握手を無視し、納屋と民家を適当に差して言う。
「名前くらい教えてくれないかな?君は?」
ヘルムートはノルドの反抗的な態度に少し困った様子で。空中で行き場を失った右手を引っ込める。
「わかったらさっさと行けよ、ゲルマンスキー!!こっちだって忙しいんだ!」
ノルドは装備していた陸戦型ストライカーユニットのエンジンを勢い良くふかすと、2人に背を向けて走り出してしまった。
「かんじわるーい!何なんですかあいつ!」
ヘルムートの隣で隠れるようにしていた、ナタリアが悪態をつく。
「うーん、仕様がないんじゃない?カールスラント軍人はオラーシャでは嫌われ者だから」
ヘルムートは困った笑みを浮かべ、ナタリアをなだめる。
「早くユニットを格納して食事にありつこう。ここ寒いし」
そう言うとヘルムートはユニットの車輪をゆっくりと動かし、2人は納屋に向かっていく。
納屋に入ると、細身で背が高い痩せこけたアスパラガスの様な男性が2人を出迎える。
「やぁ、よく来たね、お嬢さんがた。ユニットはここに固定しよう」
細身の男が2人を温かく歓迎し、手際良く2人のユニットをフレームに固定していく。
「満足な設備もなく申し訳ない。ノルドの父のアンドリューだ」
そう言うとアンドリューは、2人に握手を求める。
「ノルド?ああ、あの子はノルドというのか。名前も言わずに行ってしまったから、分かりませんでしたよ。ヘルムートです」
ヘルムートはストライカーユニットから降りると、今度こそ握手をする。
「ナタリア・ペトリャコーヴァです!よろしくお願いします」
ナタリアも快く握手に応じる。
「ああ、ノルドは難しい年ごろでね。人見知りなんだ。許してやってくれ」
娘のことを聞かれたアンドリューは、少しバツが悪いように頬を掻くきながら言う。
「おなかが空いただろ?お二人さん。妻が温かい食事を用意している。どうぞこちらへ」
そう言うとアンドリューは二人を小さな民家に案内するのだった。
「あらあら、いらっしゃい。随分かわいらしいお客さんね、珍しいわ」
家の中には白髪交じりで、やわらかい表情の背の高い女性が、台所で夕食を作っていた。
「こんばんは、今日から世話になる。私、ヘルムートとこっちがナタリアです」
ヘルムートが短く挨拶をする。
「イリーナよ、こんばんは、ヘルムートさん。えっ?」
台所から出てきたイリーナが手をふきながらヘルムートたちを出迎えるが、彼女は驚いて少し固まっている。ヘルムートの外見に驚いているのだ。彼女の顔や体には、痛々しい戦いの痕が刻まれていた。魔力によって脱色してしまった髪は、ぼさぼさに痛み。彼女の肩まで伸ばし放題に伸びていたし、左目は白濁し完全に視力を失ってしまっている。そして、左肩からはだらんと義手が垂れ下がって、顔の左半分から左に肩にかけてのやけどの跡は、悲惨としか言いようがない。ヘルムートは生きたままネウロイの熱線に焼かれたのだ。
「なんてこと」
そうつぶやくと、イリーナは言葉を失った。夫のアンドリューがヘルムートの顔をみて、何も言わなかったのは、彼が一次大戦を戦い抜いた退役軍人だからだ。今まで戦場とは遠い平和な農場で暮らしていたイリーナとっては、それは受け入れがたい現実だった。
「この人、中尉を見て固まってますよ?」
ナタリアがヘルムートに小さな声でささやいた。
「だまってなさい。あの?私たちも食卓に迎えて頂けますか?」
ヘルムートはイリーナにたずねた。
「ええ、もちろんよ。手を洗ったら、ここの席に座りなさい。部屋は後で案内するわ」
イリーナはハッと平静さを取り戻し、ヘルムート達を食卓に迎えた。
「ただいま。見回り終わったよ、母さん。て、あんたらか」
帰宅したノルドが先に食卓についた二人を見て、短く言った。
「どうも、これから世話になるよ。ノルド」
ヘルムートがいけしゃあしゃあと答える。
「世話するつもりなんてさらさらないよ。特にカールスラント人の世話ね」
娘のノルドは口を尖らせながら、毒づいた。
「そう意地悪を言うもんじゃない。それに彼女たちのおかげで物資が届けられただろう?」
整備を終え帰宅した父アンドリューが窘める。
「物資?何ですか?」
ナタリアが短く聞く。
「ヨアヒムだったかしら?金髪のウィッチの。カールスラント軍に何もかも持っていかれて、途方に暮れていた私たちを支援してくれたの。この農場を拠点として使う代わりに」
母イリーナが食事を配りながら言った。
「成程、そういうことか。相変わらずずるがしこいというか、抜け目ないというか」
ため息交じりにヘルムートが言った。
「皆に食事はいきわたったね。では祈ろう。天にまします。我らが父よ……」
父アンドリューの言葉を皮切りに、一家が食前祈りはじめ、ナタリアも続けて祈った。無宗教のヘルムートは、訳もわからず周りの真似をして乗り切った。
「さあ、いただこうか」
アンドリューが言い、皆が食事をとり始める。
「質素な食事で申し訳ないわ、お口に合えばいいのだけれど」
イリーナが言う。戦争が始まって以来、オラーシャ全土は食糧難だ。土地はネウロイの瘴気によって汚染され、物流は完全に止まった。今彼らがとっている食事は、ヨアヒムが空輸でわずかに戸溶けた食糧だった。
「いえ、オラーシャに来てから一番おいしい食事ですよ。モスクワの食事よりもずっと」
ヘルムートが食べながら言った。
「あら、あなたたちモスクワにいたの?」
イリーナが聞く。
「中尉はストライカーユニットの開発をしていたんですよ。私はテストパイロットで」
ナタリアが食い気味に言った。
「戦闘で負傷してから、ユニットの開発現場にいたんです。でも奴らがドニエプル河を超えたおかげで、開発は中止、私もナタリアもめでたく前線送りってわけです」
ヘルムートは大きくため息をついてから言った。
「そんな傷で前線に立たないといけないとは、戦況はよほどひっ迫しているのか」
アンドリューが眉をひそめ言った。
「確かに戦況はひっ迫していますが、私がここにいるのは特別強いウィッチだからです!こう見えても見えなくても!柏葉騎士鉄十字章だって持ってるんですよ!」
ヘルムートは立ち上がり、無い胸を張る。出されたワインをあおり、酔っているようだ。
「そのウィッチ様がなぜこんな田舎に?本当ならブリタニアでほかのウィッチ率いて戦ってるはずだろ?」
へらへらと笑いながら、イリーナが言う。
「そう、私はブリタニアでエースだったんです。ネウロイに焼かれるまでは」
急にしぼんだように意気消沈し、静かに語るヘルムート。
「詳しく聞かせてくれないか?オラーシャじゃエースの話なんか聞きやしない。軍はネウロイに負け続けてるからな」
アンドリューが静かに、優しく聞く。
「いいでしょう、ゆっくりでいいなら」
そう言うとヘルムートは静かに語りだした。刻まれた傷の記憶と失ったものの大きさを。
気が向いたら続きかきます。