【完結】エレベーターチャージ 作:sawa
俺の名前は折田小五郎。今年で28歳になる。
大手商社に努めてはいるが成績は上がらず、社の中ではお荷物的存在だ。
上司も後輩も俺のことを煙たがり、もはや会社に居場所はない。
今もこれから取引先のところに謝罪に行くところだ。
上司は共倒れで経歴に傷がつくのが嫌らしく、俺の案件に関わろうとせず、誰も一緒についてきてはくれない。
元々、俺のせいで謝罪することになったのだから仕方ないとは言え、皆、薄情な奴らだ。
(はぁ…憂鬱だ。会社辞めるにも今より良い状況の所に転職なんて出来そうにないしな。)
荷物を肩に下げ、重い足取りで居室を出てエレベーターを待つ。
・・・・・・・・。
エレベーターフロアはシンと静まりかえりまるでここだけ時が止まった空間のようだ。
(ここのエレベーター来るのおっそいよなぁ。まーだこの階に来ない。見た目は綺麗だけど相当古いよな)
しばらく待っていると、居室のドアが開く音がして小五郎の後ろで誰かが立ち止まる音がした。
(…誰か来た。居室にいる奴らって今日俺が謝りに行くこと大体知ってそうなんだよなぁ。誰だろ…)
面と向かって顔を向けるのは少し気まずかったので小五郎は携帯をいじりながら足元を見た。
ヒールのある靴にすらっと伸びた素足が視界に入ってくる。
(女性か。綺麗な足だな。誰だろ?)
すると、チーン。という音とともにエレベーターの扉が開いた。
(お、やっと来たか)
小五郎がエレベーターに乗り込むと、女性もエレベーターに入ってきた。
そこで小五郎は気づく。
(この人は・・・!フロア内で美人で有名な、橋本加奈さんじゃないか・・・!)
美人なのに飾らず、誰に対しても愛想よく振舞い、それでいて抜群のプロポーション。
どんな男でも一度はお近づきになりたいと思う女性だ。
だけど俺のような奴はそもそも相手にしてもらえないと思っていたので、一度も話しかけたことはない。
しかし、こんな狭い部屋に俺と彼女の二人きり…。
部屋の中はフローラル系のほのかに甘い香りが立ち込めている。
(きつい香水つけているわけでもなく謙虚だなぁ。本当彼女は完璧な人だ。
こんな子なんだから、とっくに男はいるんだろうなぁ…)
俺はエレベーターが降りきるまでのわずかな時間を堪能していた。
「○○商事に行かれるのですか?いってらっしゃい。」
なんて声をかけてくれたりしないかなー。
いや、そんな高望みは罰が当たるな。この状況を作り出してくれた神様に感謝しよう。
(とりあえず、今回ばかりはエレベーターの遅さに感謝しておくか。誰も乗ってくんなよぉ~…)
しかし、二人きりとはいえ、会話をすることもなくエレベーターは降り続ける。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
エレベーターが異音と共に揺れながら下降しているように思えた。
電灯がチカチカと点滅し、階数を表示する掲示に
「緊急停止します。」と表示される。
グラグラグラグラグラ!
明らかに部屋が揺れている。
「きゃ!」
思わず彼女が声を上げる。
(地震だ・・・!それもかなりでかい!)
俺は端に掴まって立っているのが精一杯だった。
どんどん揺れがひどくなっていく。
(これ、大丈夫なのか!?エレベーター落ちたりしないよな?そういえば彼女は大丈夫か!?)
彼女のほうに目をやると、もはや立っている事が不可能らしく座り込んでしまっている。
しばらく大きな揺れが続いた後、ジジジ…という音と共に電灯がオレンジ色の非常灯に切り替わった。
「まじか」
俺は思わず声を出してしまった。
彼女は・・・相変わらず座り込んでいる。
声をかけようと思ったが、それもおこがましいと思い、とりあえず扉が開くのを待った。
しかし、揺れは収まったが扉は開く気配がない。
普通、地震があった時のエレベーターは一番近い階に止まって扉が開くはずだ。
と、何かに書いてあった気がする。
シーン…。
「開かない…」
「開かないって…どういうことですか?」
なんと、彼女が震えた声でしゃべりかけてきた。
俺はその事に内心ドキドキしつつも、
「あ、いえ、エレベーターって地震の時は近い階で止まって扉が開くんですよ」
と、物知り風に答えてみせた。
「そうですか…。よかった…」
彼女は扉が開くことに安心したのか震え声ではなくなった。
(開く…よな?近い階に止まるだけだっけ…?)
もしかして、運営業者から通信が入るまで待機するのが一般的だったかも。
扉は一向に開かない。
カチカチカチ。
「開く」ボタンを連打してみるが、まったく反応がない。
「やっぱ開かないですね…。非常ボタンで運営の人と話してみますか」
そう言って俺は非常ボタンをポンッと押してみた。
(うーん、やはり反応しない)
「あの、それたぶん押し続けるんだと思います」
う…彼女から指摘されてしまった。
さっきの物知り風が逆に恥ずかしい。
ご指摘通り非常ボタンを押し続けてみる。
やはり反応しない。
「運営もテンパってるんですかねぇ。少し待ってみますか」
「でも…」
(ああ、そうか。たしかに俺みたいな得体のしれない男と密室の中に数分も一緒にいたくはないよな)
「ちょっと扉を無理やり開けてみますか。たぶん手動に切り替わっているはず」
と、言いつつ扉の間に指をねじ込み引っ張った。
(くそ…結構重いな。開けるの失敗だけは避けたい…!)
「ぬぬ…」
少しづつ扉が動き始めたので勢いに任せてこじ開けた。が、
扉が開いた先は……壁だった。
「え…」
さすがに俺も驚いた。
(最寄りの階に止まる前に停止してしまったのか?)
階につながる隙間もまったく見えない。
「通信を待つしかないですね…」
「そんな…」
彼女の声はまた震え声に戻ってしまった。
「大丈夫ですよ。前にもエレベーター内にいた時に停止してしまったことがあって、
少ししたら運営さんから通信が入って動き出したことがあります」
そう。偶然にも一度エレベーター停止を経験したことがあった俺は、挽回のために再度自身ありげに勇気づける声をかけた。
薄暗い非常灯の中で俺はとりあえず端っこに座り込んだ。
腕時計に目をやると、取引先と会談する時間が迫っていた。
(やばいな・・・。もう完全に破断だ。まぁどっちみち先が暗い案件だったが…)
俺はもう腹をくくってじっとしていた。
数分がたっただろう。
通信は一向に入らないし、電灯も回復しない。
再度、腕時計に目をやってもまだ3分しかたっていなかった。
(たったの3分か。待ってみると長いな。しかし、さすがに通信して来てくれてもいいだろう)
そしてふと彼女のほうを見ると、ある事に気づいてしまう。
(しまった…。俺は彼女の対面に座り込んでしまったのか)
足元のスカートの奥にある逆三角形のデルタゾーン…。
暗くて奥までは見えないが、男の本能をかきたてる光景がそこにはある。
この角度は明らかに見るために座ってしまったようなものだ。彼女に気づかれる前に位置をずれよう。
動いている気配を悟られぬよう少しづつ横にずれている時だった。
「通信…来ませんね…」
彼女からしゃべりかけてきた。相変わらず声は震えている。
「そそそうですね…。じ、地震も大きかったし混乱状態なのかも…」
俺も声が震えた。
(ぬおおお、かっこわりぃ…。もうだめだ)
「あ、あの…」
さらに彼女は何かを言いたそうにしている。
「ど、どうしました?」
「実は私…閉所恐怖症なんです…」
「え!?それは…」
そんなことをカミングアウトされても俺にはどうしようもない。
こんな時に優しい言葉をかけられる奴はイケメンじゃなくてはいけない。
という謎のルールが俺にあったため、あえて言葉に詰まってみせた。
「そちらに行って…いいですか?」
想定しない質問だったので思考が一瞬停止した。
(なんということだ…。あの橋本加奈が俺のそばに来たがっている…!)
何人の男がそれを夢見たことか…!
俺は今それを実現しようとしている…!
「やっぱり、だめですよね…。すみません」
「いやいやいや、いいですよ!どうぞお構いなく」
「あ、ありがとうございます…」
と、彼女は言って立ち上がりフラフラとこちらに近づいてくる。
(おいおい、まじで?まじなの?)
まじであった。
俺の横に彼女は少しだけ間をあけてちょこんと座った。
(うおお、いい香り。この人、なにで出来ているんだ!?石鹸か?)
一時的に頭の中で意味不明な思考が交錯する。
「と、とんだ災難ですよね…。お、私はこれから取引先の所に行かなければいけなかったのですが、もう間に合いそうもありません」
決まずい空気を嫌って俺から先に話しかけてしまった。
「そうだったのですか…。大変でしたね…」
「ええ、まったくですよ」
と、会話を続けられる事もできず俺はカバンの中から飲みかけのペットボトルを取り出し、一口飲んだ。
「あ…」
と、彼女が声を漏らした。
「あ、え?飲みます?」
何を言ってるんだ俺は。飲むはずがないだろう。
「いいんですか?」
(飲むんかーい)
思わず心の中で一人つっこみをしてしまった。
しかし冷静に考えてみればそれもそのはず。
空調が切れたのか、少しづつエレベーター内は暑くなっていた。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます…」
ペットボトルを渡した瞬間、少し指先が触れてしまったが、彼女は特に気にしていないようだった。
ごくっ。
彼女が飲む瞬間、俺も同時に唾を飲んだ。
間接キスを達成してしまった…。
この短期間で俺は万人の夢を複数達成してしまったのだ。
「なんか、暑くなって来ましたね…。空調切れたのかな…」
動揺を隠すために俺は会話を続けようと試みる。
「そうですね…。あ、これありがとうございます」
ペットボトルを返された俺は再度、飲もうかと思ったが彼女がじっと見ていたので止めた。
「いつ動き出すのでしょうかね」
水を飲んで少し落ち着いたのか彼女は雑談に近い話を振ってきた。
そしてなんとおもむろに上着を脱ぎ始めたのだ。
(うおお、上着を脱ぐしぐさだけでも色気が半端ないっ・・!)
そして…そして何だこれは…。
Yシャツのボタンが今は全力で端を繋ぎとめているが、吹き飛ばされるのが時間の問題と思わせるほどに膨らんだ胸…。
なぜこんな華奢な体にこのようなパーツが取り付けられているのだろうか。
横からのぞき込むと見ることは出来るのだろうが、俺の理性がなんとか思いとどまらせた。
神は俺を試しているのだろうか。まてよ…。そもそもおかしいぞ。
偶然が起こりすぎている。
美女と密室に二人きり。地震。美女からのコンタクト。
まさか…。
「ドッキリかっ!!」
「え!そうなんですか?」
彼女が聞き返してきた。
「たぶんドッキリですよ!ってあれ?役者を頼まれてるんじゃないんですか?」
「…ふふ。ありがとうございます。」
急に彼女がお礼を言ってきた。
「え。何がです?」
「和ませようとしてくれて」
まったく俺の見当違いだった。
そもそも彼女は1企業の1社員だ。役者をいきなり頼まれるはずがない。
「はは…すべりました?」
隠しカメラもなさそうだし、完全に間違えたようだったので、話を合わせることにした。
「いえ。ドッキリだったらいいですね。あ…」
「どうしました?」
「あそこ…、天井のあの部分…。あそこから出れますかね?」
彼女はエレベーターの天井にある四角形の脱出口のような物を指さしていた。
(そう。実は俺も大分前から気が付いていた。あれは脱出口のはずだ)
「脱出口のように見えますが…。高くて届きそうにないですね…」
「私を持ち上げること、出来ますか?たぶん、協力すればなんとか届くかも…」
な…なんですとっっ!!!!
一気によからぬ妄想が膨らむ。
静まれ…!静まりたまえ…!
なんとか脈動する我が分身を制する事には成功した。
しかし、ついにこのシチュエーションが来たか。
俺は拒否しないだろう。そして数分後には俺の顔は彼女のふとも…
チーン。
時間切れだった。
エレベーターの扉が開く。
我に返った俺は彼女が「開く」ボタンを押してくれている間に、会釈しながら外に出る。
車や信号機の音。行きかう人々。
いつもと変わらぬ喧噪がそこにはあった。
空を見上げると、今日も相変わらず晴れ。
さっきのストーリーは我ながら割と良かったなぁ。
今日も頑張れそうだ。
ありがとうエレベーター。行ってきます。