【完結】エレベーターチャージ 作:sawa
「それと、あなたには妄想癖があります」
あまりに突拍子もない事を言われた俺は一瞬、時が一瞬止まってしまった。
主治医の先生は
「大丈夫ですよ。時間をかけて一緒に治して行きましょう」
と言ってたけど、頭の中では別のことを考えていた。
俺の名は折田小五郎 今年で29歳になる。
最近偏頭痛がひどく、実家の母からよく心配の電話がかかってきていた。
そして近くの病院を紹介されしぶしぶ行く羽目になってしまったが、まさかそんな事を言われるとは夢にも思ってもいなかったのだ。
ズキン…
(ああ、なんか今日も偏頭痛がひどい。風邪でもひいているのかなー。案件も白紙になったし、年休も溜まっているし…今日も休むか)
普段、滅多に休まない小五郎であったが、
職場でも疲れが表情に出てしまったせいか上司からも休みを取るよう促されていた。
会社への連絡が終わると、なぜかホッとして気持ちが軽くなった。頭痛も和らいだ気がする。
(会社を休むことが確定すると元気が出る奴だこれ。まぁたまにはいいよな)
もう今日は開き直って自分のやりたい事をやるか。
休んだ罪悪感を感じつつ小五郎はPCを起動して、長いこと出来ていなかった趣味のゲームを始めた。
ーモンスター・ザ・ワールドー
ネットゲームのタイトルが表示されログインするとメールが複数届いている事に気がついた。
『コゴロー様 元気ですか?最近ログインされていないようですがお忙しいのでしょうか?他のメンバーの方も最近は来ていないようです。
私も仕事が忙しくなってきたのでいったん休止しようと思っています。今までありがとうございました。ではまたどこかで。 ハッシー』
「あ、ついにハッシーさんもゲームやめちゃうのかぁ。チームの紅一点だったのだけど…。いまチームに残っているのは、金さんとブリックさんと俺含めて3人だけか。随分減ったな」
小五郎はゲームの中でチームを立ち上げていたが忙しさのあまり活動が停止していたのだ。
その間にメンバーに誘った人達がチームを抜けてしまっていた。
オンラインゲームではよくある事とは言え、寂しさを感じた。
(もう潮時だなぁ。残っている人にも悪いし、週末にでも解散するか)
小五郎はやる気を削がれやはり寝ることにした。
「はぁ…」
橋本加奈は深くため息をついた。
「加奈、ため息何回目よ?何かあったの?」
珍しく同期の里美と食堂でランチを食べていたが、加奈は落ち込んでいた。
「何もないけどね…」
「嘘。どうせゲームのことでしょ?」
「え、なんでわかったの?」
「うげ、まじでゲームだったの。もしかしてコゴローって人のこと?いい加減やめたほうがいいって」
「だから、気になってるだけだって。
ただ、マスター最近ずっと来なかったしもう止めようと思っているんだよね」
「マスターって…パダワンじゃないんだから」
「里美、意外とスターウォーズ好きよね」
「うるさいわね。人のことはいいから、加奈はゲームに熱中するのやめなよ」
里美は食後のコーヒーを飲みほしてまくしたてた。
その時、後ろのテーブルから偶然にも興味深いキーワードが聞こえてきた。
「最近、小五郎の奴、会社休んでいるらしいよ」
思わず加奈は振り返った。
(び、びっくりした。コゴローなんて本名の人いるんだ)
里美も苦笑いをしている。
見ると同じフロアにいる別部署の人達が会話をしている。
「なんでも重要案件を失注してしまい責任を感じたみたいなんだ。社内の噂じゃ鬱だとか言われてるぜ」
「例の案件かー。あそこは客が理不尽だったし、あいつのせいじゃないだろ。前からなんでも背負い込む癖あったからなぁ」
会話を聞き込んでいる加奈に里美が小声で話しかける。
「例の人と同じ名前ね」
「そ、そうね」
「小五郎って、たぶん折田さんのことだと思う」
「折田さん?」
「加奈知らないの?私の部署の先輩なんだけどめっちゃ仕事が出来る人よ。顔はまぁ普通だけど。最近大きな失注をしちゃったみたいでそれ以来休みがちなんだって」
「そうなんだ。あ、もしかしてこの間エレベーターホールで見かけた人が折田さんなのか」
小五郎という名前に反応こそしてしまったが、
他部署の同僚の話だったので加奈はそこまで興味を持たなかった。
(やっぱり週末にもう一度ログインしてみよう)
それよりやはり自分が気になっているのはゲームにいるコゴローだ。
加奈は心の中で何かを決心したようであった。
小五郎は土曜日の通院帰りに医者に言われたことでボンヤリ頭を悩ませていた。
俺が鬱病だとか言っていたような気もするけどたぶん診断ミスだろう。今日は頭痛もだるさも全くないしそもそも鬱病になる要因が思い当たらない。
かと言って何かやりたいとも思わないが…。
小五郎は何気なくゲームを起動していた。
(ゲームの方も早いとこチームを畳んでしまうか)
いつものロゴが流れログインが完了する。
同時にブリックさんと言うメンバーが挨拶をしてきてくれた。
唯一メンバーとして残ってくれている2人のうちの一人だ。
『あ!こんにちわ!お久しぶりですね』
『こんにちはブリックさん。ちょうど良かった。この間、チーム唯一の女性が抜けてしまいメンバーも3人だけになってしまったのでそろそろ解散しようかと思っています』
『え!そうなんですか』
『もう俺もあまりやらなくなりそうなので潮時かなと。最後に残ったメンバーで飲み会とかしてみます?3人とも野郎だけどチーム解散会ついでに。ブリックさんってたしか関東在住だよね』
小五郎は一度でいいからゲーム内の人達と会ってみたいとと思っていたのだ。いわゆるOFF会である。
『女性いないんですかー。ハッシーさん来られないですかね』
『難しそうだけど一応、声かけてみます』
(ブリックさんって真面目な印象だったけど意外と女好きなのかな。実はリアルだとトラブルメーカーだったら嫌だけど・・・まぁ大丈夫か)
小五郎はお茶を飲みながら夕焼けの空を見つめた。
「それで行くって言っちゃったの!?」
里美が身を乗り出して加奈に問い詰めている。
「ううん。まだ返事してないよ。女性が私だけになりそうだし、さすがに見ず知らずの人達とは難しいかな…」
「行ったらあんた流石に無防備すぎね」
「うーん、だよね…。断るしかないかなぁ」
「当たり前でしょ!どこぞの者とも知れないゲーム好きの男達と会って、惚れられちゃって、
もしストーカーとかだったら怖すぎるでしょ。お酒に薬とか入れるようなヤバイ奴も世の中にはいるんだし!」
「え…、そんな人いるの」
「絶対やめなさい」
母親のように言う里美の言葉とは裏腹に加奈は迷っていた。
会ってみたい…。気持ちの傍らでくすぶる小さな炎。それは日に日に大きくなっていくのであった。
一方、折田小五郎は…
(はぁ。やっぱりハッシーさんは無理だった。金さんも連絡つかないし俺とブリックさんだけになってしまったな。
ブリックさんが女好きと分かった以上、俺とサシ飲みはあんまり歓迎しないだろう。中止の連絡するか)
小五郎はほとんど集まらない解散会を決行するか迷っていたが、
ブリックさんからはあっさりサシ飲みOKの連絡が来ていた。ただ、女を自分で連れてくるとのこと。
どんだけ女好きなんだよ。と少し幻滅しつつ、品川駅で待ち合わせることになった。
小五郎は待ち合わせ場所に到着するとそわそわしながら辺りを見渡す。
(ブリックさんゲームキャラのチョコボールのキーホルダーをつけていくとか言っていたけど、チャラい人だったらお酒飲んでも話あわないかもしれない…。俺も一応、目印となる上着の特徴は伝えたけどちょっといったん脱いでおくか…)
長年ゲームの世界で会話してきた相手とは言え、始めて顔を合わす相手だ。
表情は強ばりソワソワして落ち着かない。
携帯を少しいじっては、時間が分かっているにも関わらず腕時計を覗いて秒針を見る仕草を繰り返していた。
そんな時、小五郎は意外な人物と遭遇する。
「先輩!何してるんですか?誰かと待ち合わせ?」
(重原里美!?)
会社の後輩だ。
「あれ、どうした?重原さんも待ち合わせ?」
「あ、はい。ちょっと…」
重原里美も何か落ち着かない様子で辺りを見渡している。
(彼女も俺に知られたくない用事とかかな。ここはお互い無難にお別れしておくのがいいか)
会社の後輩にオフ会の待ち合わせしていることはばれたくない。
小五郎は動揺を隠しつつも待ち合わせ場所が綺麗にかぶっているせいでその場から少し動く程度しか出来ない。
そして重原里美と離れる前に声をかけられる。
「そういえば折田さん、最近体調崩しているって聞きましたけど大丈夫ですか?」
「ん?ああ、なんとかね。今日は平気そうだな」
「そうですか?良かったですね」
……。
もたないな。早く来てくれブリックさん。来たらオフ会とバレる前に移動してしてしまえばいい。
しかし約束の時間から10分が過ぎた。
現れては去る人達をあたりをつけて眺めているが一向にそれらしき人は現れる気配がない。
重原里美は・・まだいる。
チラっと横目で見ると誰かに手招きしている。やっと待ち合わせ相手が来たのか。
……って、まさか…こんなところで彼女を見かけるとは。
相手は…橋本加奈だった。
なるほど、彼女達はたしか同期だ。一緒に遊ぶことはあってもおかしくない。
それにしても、プライベートの彼女を見れるとはラッキーだな。
本当、オフでも天使のような姿をしている…。
絹のようにさらりと伸びた黒い髪に似合う爽やかな柄の入ったワンピースに肩掛け。
そしてアクセントとしてチョコボールのキーホルダーをつけ遊び心を忘れない。うーん、相変わらず綺麗だ…。
…ん!?
心臓の鼓動が急速に早まる。
小五郎は気づくと無意識に彼女が気が付くよう上着を着なおしていた。
ブリッジ・ブック。略してブリックさんこと橋本加奈さん。
知らぬうちに俺はゲームの仮想空間で初心者だった彼女と出会い、長い間一緒の時を過ごしていたのだ。
橋本さん(ブリックさん)は初めてネットゲームをやってみたがやり方がよく分からず取り合えず最初に作成した男キャラを使い続けていたようで、
偶然、俺の勧誘でチームに参加し最後まで在席してくれていたのだった。
そしてチームの解散会に不安ながらも重原さんを連れて参加してくれたのだ。
当然、彼女もマスターコゴローが折田小五郎こと自分の事だと知ってかなり驚いていた。
ただ、俺はゲームの解散会にも関わらず橋本さんと話に盛り上がり夢のような時間を過ごせた。
重原さんは途中で用事があると言って帰ってしまった。なぜかニヤけていたのでこの後彼氏とでも会うのだろう。
そして月曜日の朝が来た。
まだ少し頭痛が起きるけど前よりはひどくない。オフ会の時に橋本さんと重原さんに教えてもらった会社における俺の立ち位置。
どうやら周りの人から見ると俺は難しい案件を1人で抱え込んでいてしまったらしい。
そこから軽い鬱を発症し、得意の妄想癖で拍車をかけネガティブになっていたようだ。
「今日こそ出社できそうだ」
まさか後輩に助けられるとはなぁ。
フロアにつくとすぐに上司に呼び出された。
なんでも、立ち消えになっていた重要案件のお得意様が再度交渉したいと言ってきたそうだ。
会社はまた俺に担当を頼んできた。
少し違うのは優秀なメンバーを揃えて万全なバックアップ体制を用意するとのこと。
俺もこのままじゃ嫌だったので即、引き受けた。
そして商談に向かうために身支度を整えホールにてエレベーターを待っていると、廊下を偶然通りかかった女性が気づいて声をかけてくる。
「コゴローさん、○○商事に行かれるんですか?いってらっしゃい。夜にログインして待ってます」
今日もいつも以上に頑張れそうだ。
一人称視点で進めてきたけど最終話は2人の視点を
行ったり来たりでまとまりがなくなってた気がします
小説っていざ自分で書いてみると結構難しいですね…
ここまで読んで頂きありがとうございました!