山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
マック「.........ふふふ♪」
午後9時半を回った寮の一室。私はベッドの掛け布団に体全身を覆いながら、寝ているイクノさんに聞こえないよう、声を漏らしました。
今日あった事。それは、トレーナーさんのお姉さんである美依奈さんの提案で、彼からの私に対する印象を聞いてくれたのです。
そ、それがなんと.........!!!かなり好意的だったんです!!!思ってもいませんでした!!!ま、まさか。彼がそんなに私の事を意識してくださっていただなんて.........!!!
マック(はぁぁぁ.........♡トレーナーさん.........♡)モジモジ
自分の中で生まれでた感情のはずなのに、それが心をくすぐるようにして私を刺激してきます。このままでは身体が壊れてしまうかも.........そう思った私は、はしたないと思いながらも、身をよじらせて眠りにつきました.........
ーーー
桜木「.........」
ニコロのホームステイ先に訪問してから一週間。七月も中半を迎えたトレセン学園。そしてその新人トレーナー職員室の俺の席。俺はパソコンをただひたすらに凝視していた。何もせず、ただ、ひたすらに、デスクトップ画面とにらめっこをしていた。その理由はなぜか?そんなもの決まっている。
マック『トレーナーさん』
最近、俺の担当であるメジロマックイーンが可愛い。
いや、可愛いのは最初から分かっていた事だ。今に始まった問題ではない。問題があるとするならば.........
マック『トレーナーさん♪』
桜木「っ.........」
俺自身だ。良いか桜木?マックイーンはこんな楽しそうに俺の事を呼んだことは無い。全てお前の妄想だ。男子高校生の日々は既に過ぎ去った。お前はもう大人なのだ。
大人なのだから、お前は自分で取り付けた誓約を守れ。[卒業]まで待つと。そう心に決めたでは無いか。そう、これこそ誓約と制約―――
マック『トレーナーさん.........♡』
桜木「どぅぅぇええきぬぅぅぅあああああいッッッ!!!!!」ダバーッ!
全T「!!!??」
俺の脳内に、耳元で愛おしそうに俺を呼ぶマックイーンの妄想が現れる。無理だ.........こんなの我慢出来るわけが無い.........
俺は涙を重力に逆らわせながら、その頭をキーボードに叩きつけた。キーが全て飛んで行ったが知らん。そんなもの、俺の管轄外だ。
だがしかし、俺には一人心強い味方がいる.........!!!
桜木「助けてぇぇぇ.........!!!桐生院さんたしゅけてぇぇぇ!!!」
桐生院「えええぇぇぇ!!?い、いきなり過ぎませんか!!?」
そう、ウマ娘との距離を量れそうなトレーナー部門第一位に輝いた事のある桐生院さんである.........!!彼女の教えを乞さえすれば.........!!!なんとかなるやもしれん!!!
ーーー
桐生院「な、なるほど.........それは中々難しい問題ですね.........!」
ダスカ「ていうかそんなの気にせずにさっさとすれば良いじゃない!!!」
桜木「待て、なんで君達も居る?」
場所は学園の小さい会議室。最初は確かに俺と桐生院さんしか居なかったはずだ。気が付けばマックイーン以外居る。
ゴルシ「もうしちまえよ告白。足踏みしてるだけじゃ前には進めねーぞ!!」
桜木「俺は英雄になる気は微塵もねぇ!!」
ウオッカ「こ、こくは.........っ、し、してもいいけどよ!!オレの前ではすんなよな!!!」
桜木「するかァ!!![卒業]まで待つっつっとるだろうがァ!!!」ガタッ
さっきから聞いていれば、何勝手に方向性を決めているんだこやつらは!!?俺は決めたんだ!!!マックイーンが学生している間はしっかりあの子のトレーナーするって!!!俺の決心を鈍らせるな!!!
そう立ち上がりながら声を上げてみるものの、そんな心とは裏腹に、妄想は更にオタクと童貞力に磨きをかけて行く。やめろ、歯ブラシはやめろ歯ブラシは.........!!!
沖野「けどよぉ、そんな関係、昔ならともかく今はそんな問題になんねぇぞ?同期でそうなってるって奴もいるしなぁ」
東「そういやこの前、スカウトした子の両親に会うために外国まで行った奴も居たな」
ニコロ「.........お前の行動力なら」
桜木「ぜっっったいやらん!!!」
全く、うちのトレーナー陣もまともじゃない!!!俺がもし経験豊富な25歳の男なら心配は無いだろうが!!!残念ながらキスすらした事の無い情けない男だ!!!年齢=恋人なしじゃないだけまだマシだ!!!でも無い方が良かった!!!これじゃ中途半端野郎だ!!!
白銀「まぁとにかくよ、我慢出来れば良いんだろ?」
桜木「あ?」
黒津木「とりあえず実践出来るものを試していこう」
神威「おう、やってるうちに時が来るべ」
そう言いながら、いつものバカ共は楽観的に過ごしていた。だが、それは確かに一理ある。
我慢出来なくなってしまえば、他の方法で我慢すれば良いのだ!!!お前ら天才か!!?たまには役に立つんだな!!!
そう思っていると、まずトップバッターに立ったのは白銀なのだろう。会議室の黒板の前に立ち、チョークで対策を書き込んだ。
その1 性の喜びを知る
桜木「おいィ?」
ウオッカ「カハッ」ブシャー
タキオン「ウオッカくんが死んだ!!?」
黒津木「この人でなし!!!」
鼻血を出して後ろへと倒れ込むウオッカ。これがリアル(絵とか)じゃなくて良かったな。リアル(映像とか)だったらお前死んでるぞ。
いや、何?性の喜びを知るって。そんな突拍子も無い解決方法ある?頭イカレポンチか?
白銀「お前が我慢をする方法。発散する。以上」
桜木「やれ、ゴールドシップ」
ゴルシ「でりゃァ!!!」スパコォン!
黒板の前に立っていた白銀は、ゴールドシップの雷神拳を喰らい、天井へと突き刺さった。地面に落ちなくて良かったな。地面に落ちてたら俺のついげきのグランドヴァイパで更にダメージは加速していた事だろう。
桜木「ふざけた事言う奴はゴールドシップの制裁が待ってるぞ。俺は本気なんだ」
黒津木「んじゃあ次俺行こう」
ほう、お次は黒津木か。コイツは期待できる。なんせ奴は俺達の中でも唯一告白せずに彼女が出来るという大人な恋愛をしているからだ。我慢の方法は先程よりも現実的だろう。
その2 芸術的な目で見る
桜木「ほう.........?」
黒津木「古来より女体と言うのは、芸術的な側面を持っている。例えば、ビーナスの誕生。これは歴史的価値のある非常に素晴らしい芸術作品であり、今なお評価の一途を辿っている。これを見れば、美しい物を見るだけで満足する身体に「えっちだが?」.........ん?」
桜木「いや、えっちだが?」
何を言うとるんだ貴様は。こんな絵どっからどう見てもエロなんだが?18禁なんだが?こんなドデカい貝の上ですっぽんぽんなんて有り得ないだろ?俺は割とそういうアブノーマルな状況に興奮する事もある。
ていうか割と雑食に近い。何でも食べちゃう。流石にモナリザの手に興奮する事は無いけど、うん。普通にえっちだと思うぞこの絵。
テイオー「うわぁ.........」
桜木「えぇ!!?ちょ、ちょっとえっちっぽいよねぇこの絵ぇ!!?」
スズカ「た、確かに。何も着てない恥ずかしい絵だと思うけど.........」
スペ「お母ちゃんが男の人に気をつけろって言っていた意味、何となく分かった気がします.........」
え、むしろ健全では.........?お、男と生まれたからには的な奴では?仕方ないじゃん.........逆に良く今まで表に出てこなかったよ俺の本能.........
スペ「仕方ないです!ここは私が一肌脱ぎましょう!!!」
全員「えぇ!!?」
スペ「.........あっ、ち、違います!!!サブトレーナーさんのお悩みを解決するって意味ですよ!!!もう!!!」
全員がその意味を勘違いして声を上げたが、スペは別にそういうことではないと憤った。正直ごめんなさいって感じだ。頭ピンクで。
しかし、スペの対策か.........生徒から教えてもらうのは大人としてどうかと思うが、この際なりふり構っている場合ではない。何とかその対策を教えてもらおう。
その3 いっぱい食べ「却下で」
スペ「なんでですか!!?」
桜木「対策になってない。告白したくなる度に飯食ってどうするんだ。しかもマックイーンの目の前で.........」
考えても見ろ。マックイーンは体質的に太りやすい事を気にしている。そんな彼女の前で沢山お腹いっぱいご飯を食べてしまった日には.........
マック『トレーナーさん!』プクー
桜木「俺ちょっと出かけるわ」
デジ「え、どこにです?」
桜木「マックイーンに告白してくる」
タキオン「そうはさせないぞ!!!ブルボンくん!!!早急に取り押さえたまえ!!!」
扉を開けた瞬間。強い力で引っ張られ、外への道のりが遠のく。そして俺の行先を塞ぐように、ライスがその扉を強く閉めた。
桜木「離せ!!!俺がマックイーンを幸せにするんだ!!!ご飯とかスイーツとか沢山食べさせるんだァァァァァ!!!!!」
テイオー「この前言ってた事と全然違うよー!!?」
もう地位も名誉も富も名声も女も男も要らねぇから告白する!!!それが彼女を幸せにするための第一歩ならそれしかない!!!
それに、かつてとある学級委員長のウマ娘が言っていた。「思い立ったがバクシン」.........と。
桜木「今ァァァがそォォォのと・き・だッッ!!!」
ブルボン「くっ!!!ゲッターに浮気したのですかマスター!!!その生涯をガンダムに捧げると言った私との誓いは!!?」
桜木「しとらんわァ!!!そんな誓い!!!」
ライス「だ、ダメだよお兄さま!!!」
桜木「止めるなライス!!!」
ライス「っ、だ、だって今のお兄さま.........怖いもん!!!」
桜木「な、ア.........!!?」
そう言われながら、ライスはメイク用のミラーを俺に見せてきた。そこには、緊張に緊張を重ね、顔が強ばった俺がそこにはいた.........
.........そう、だよな。こんな顔で告白されても、こ、断られるに、決まってるよなぁ.........
桜木「は、ははは.........」ヘニャヘニャ
東「.........とりあえず、危機は去ったな」
ーーー
マック(はぁ.........なんだか、毎日が素敵ね)
休み時間の教室で、次の授業の予習をしながら、自分の状態を省みます。まぁ、予習と言っておきながら、教科書を開いて窓の外を見ているだけなのですが.........
マック(.........トレーナーさん♡)
マック「.........!」ハッ
い、行けない!気付けば四六時中彼のことばっかり!!!しっかりしなさいマックイーン!!!昨日もそのせいで先生に当てられても、大声でトレーナーさんと叫んで大恥をかいたじゃない!!!
.........でも本当、どうしようもないくらい頭の中では彼のことばかり.........食べたくて仕方が無いスイーツの事を考えても、最近調子の良いユタカの事を考えても、気が付けば隣に、正面に彼が居ます.........
マック(そ、そうよ。モンブラン!和栗二種のモンブランがどんな味が想像すれば、彼なんて出てくるはずないわ!!!)
そう思い、目を閉じ、モンブランに集中してみます.........感じる。今、目の前にモンブランがあります.........これをスプーンですくい、一口食べれば.........
ほ〜らマックイーン?美味しい美味しい栗の風味が、口に広がって、ほんの〜り甘い匂いが鼻に抜けていくでしょう?そうよ。そのまま、彼の事なんて忘れて.........
.........あら?さっきまで手に持っていたスプーンがないわ。落としてしまったのかしら?一体どこに―――
桜木『マックイーン、あーん』
マック()
.........嘘。嘘ウソうそ!!?い、今。彼が私にあ、あーんを.........!!?す、好きで止まないモンブランを、大好きで大好きで止まない彼にあーんをしてもらいながら食べられるんですか.........!!?
マック(あ、あーん.........♡)
あーーーもう.........モンブランの味なんて消え失せちゃう.........でも、さっきより美味しいって思う自分が居る.........こ、こんな.........こんなの.........!!!
マック(幸せすぎて爆発しちゃうわ.........!!!)キャー!!!
「.........なんか、最近マックイーンさん変じゃない?」
「ふふ、あれが恋って奴よ.........ま、あたしもした事ないからよく分からないけど」
周りの声なんて入ってこない。心の声は普段心掛けているお嬢様らしい口調に戻らない。そんな事すら気にならない程、私は妄想の中で一人、楽しんでおりました。
ーーー
その121 人体錬成
タキオン「えー。数々の対策を講じて来たが、一番手っ取り早いのはこれだと思う。異論はあるかい?」
「ありませーん」
全員が声を揃えてそう言う。傍から見ればツッコミどころ満載だろう。
だが考えても見てほしい。皆さんがもし、誰かに告白したいが、今がその時ではない。しかし我慢ができないという対処法に[自己催眠]やら、[走る]やら、挙句の果てには[死ぬ]なんて出された日にはもうこれが正解に思えてくるのだ。
ライス「で、でも、本当に良いのかな?マックイーンさんと同じ人が出来て、その人と一緒になったら、マックイーンさん怒らない?」
ウララ「えー??でも、マックイーンちゃんができるんでしょー??」
ライス「う、うん。だから、マックイーンさんはそのマックイーンさんに怒るかもしれないし、怒られたマックイーンさんは怒ってるマックイーンさんを.........あれ?」
自分で言っていて何が何だか分からなくなったのだろう。安心してくれライス。俺ももう全てが分からない。
もうこれしかないのか、そう思いながらため息を吐く。他になにか案が出ることも無いだろう。そう思い、立ち上がろうとした時。一人手を挙げる者が居た。
桐生院「.........よろしいですか?」
桜木「え、あっはい。どうぞ」
桐生院「.........これは桐生院家に代々伝わる極意なのですが.........」
そう言いながら、彼女は黒板の前へと歩き、その手にチョークを持つ。今までに無いこの場の雰囲気に気圧されながらも、俺達は静かにそれを見ていた。
チョークが黒板に設置する音と、滑る音。それだけが支配するこの空間の中で、彼女は真剣にその対策を書き上げた。
その122 鋼の意志
桐生院「本来であるならば、これはレースを走るウマ娘に対して施すメンタル術です」
桐生院「レースの最序盤。後方で前が塞がれ、選択肢を制限された中でも諦める事無く、活路を開く為に精神を落ち着かせる技術.........」
桜木「それが.........鋼の意志.........?」
俺達の方に身体と顔を向け、そう言い切る桐生院さん。その姿は、普段の後輩のような可愛らしさを感じる彼女は無く、一人の立派なトレーナーとしての彼女がそこに立っていた。
東「.........聞いた事がある」
沖野「知っているのか東」
東「かつて、逃げが得意なウマ娘が出遅れした際、絶望的な状況から逆転し、G1を勝ち取った子がいる」
東「そしてその子のトレーナーは、桐生院家の者だった.........」
桜木「マジっすか.........」
逃げを得意とするウマ娘が後方で前を塞がれる。これ以上絶望的状況は無いはずだ。なのに、それをものともしない鋼の意志というメンタル術.........
桜木「桐生院さん.........!」
桐生院「はい!」
桜木「お、俺に!!!俺にしてください!!!鋼の意志を獲得するトレーニングを!!!」
ーーー
マック「ふぅ、ようやく放課後ですわね」
何とか今日を乗り切る事が出来ました。以前のような大きな失敗は無いと思われます。ええ、きっとないはずです。
教科書とノート。筆記用具を鞄に入れていると、不意に窓の外を見ているテイオーが気になってしまいました。
そういえば、今日のお昼休みはチームメンバーと会うことがなかった気もします.........一体、どこで何をしていたのでしょう?
マック「テイオー?」
テイオー「え?な、なにマックイーン?」
マック「いえ。今日の昼休みに姿を見なかったので、何をしていたのかを.........」
テイオー「え!!?べ、別に〜?なーんにも、マックイーンに隠し事なんて.........シテナイモンニ」
むぅ.........怪しいです。別に何も無いなら普通にしていればよろしいはずですのに.........
ま、まさか、私に黙って何か、スイーツでも食べていたのでしょうか.........!!?うぅ.........今はあまり身体を動かせない為、太りやすい体質の私はトレーナーさんに止められていますのに.........!
一言文句を言おうと、彼女の隣に立ち、口を開きかけました。
マック「.........え」
文句を言おうとした瞬間、一瞬だけ視界に流れた外の景色がそれを止め、見事な二度見を窓の外に向けました。
そこには.........
桜木「ハァ......!ハァ......!」
マック「と、トレーナーさん.........!!?」
いつもの様にジャージを着たトレーナーさんが、外で膝に手を付き、苦しそうに空気を吐き出していました。状況を察するに、理由は不明ですが、走り込みをしていたのだと分かります。
そして、それを見るように、グラウンドの端っこには桐生院トレーナーが彼に何か言葉を飛ばしているのを見受けられました。
マック「こ、これは一体.........」
テイオー「えっとー.........ま、マックイーンの為のトレーニングを皆で考えてたんだよぅ!!ほ、本当は秘密だったんだけどー、バレちゃったら仕方ないなぁー!!!あは、あはは.........」
隣で慌てたようにそういうテイオー。その姿を見て、私は自分の卑しさに嫌気が差しました.........皆私の為を思って行動していたのに.........スイーツを食べていただなんて.........最低な妄想です.........
こうしては居られません。そう思った私は、勉強道具を詰めた鞄も忘れ、廊下へと走っていきました。
テイオー「あっ!!!ちょっとー!!?」
ーーー
桐生院「桜木さーん!!絶対諦めない事が肝心でーす!!」
桜木「ゼェ......ゼェ......」フラフラ
息も絶え絶え、気力も底付き足もフラフラ。そんな状況でも、俺は今の状況を打破したい一心でその足で前へとゆく。
そうだ.........考えなければ良い。考えるレベルの体力さえ残さなければ、妄想なんてそうそうしないだろう。
顎をつたい、地面へと落ちて行く汗の感覚を感じながら、俺は確かな力を身につけて行く感触を掴んでいた。
桜木(へっ.........このまま物にして、[卒業]まで我慢してや―――)
「トレーナーさーーーん!!!」
桜木「あっ、ガ.........」
その声に反射的に反応し、振り返った。振り返ってしまった。今、彼女の姿を見たらどうなるのか、そんなの、分かり切っているのに.........
彼女の姿は、トレーニングの時に来ているジャージ姿だ。ここ最近走らせる事はしておらず、体力と身体能力を戻す訓練を行っているだけだ。そのせいで、既に彼女の額には汗が滲んでいる。
しかし、それでも彼女は俺に手を振ってこっちに駆け寄ってくる。そしてその姿に刺激され、俺の妄想は.........
マック『トレーナーさ〜ん♪待ってくださーい♡』
爽やかな汗、駆け寄る彼女、嬉しそうに振られる手。それだけを残し、俺の妄想は視界をジャックし始める。
グラウンドの芝は踏みにくい砂に、コンクリートの校舎は木製の建物に、生い茂る杉や松と言った樹木はヤシの木に.........
そして、彼女はそのプロポーションを遺憾無く発揮する水着と麦わら帽子という姿になり始める。
桜木(や、ヤバいって!!!)ダッ!
マック「え!!?な、なんで逃げるんですの!!?」
情けない話だが、危機感とか使命感以上に、彼女の姿を見て元気が出てきた。その元気を彼女から逃げる為に使うのは申し訳ないが、今は仕方ないだろう。許しておくれ.........!マックイーン!
マック「むぅ.........!そう露骨に逃げられると追いかけたくなってきますわ.........!」
―――背中を見せて逃げる彼。先程まで疲れていらっしゃったはずなのに、その速度はまるで体力満タンと言っても差し支えがありません。
そんな彼を追いかけるべく、久々にこの身体を走らせて見ます。まぁ、怪我をしたてまえ、もちろん全力で走る事はせず、ランニング程度に収めます。
桜木「ハァ......!ハァ......!」
マック(.........大丈夫かしら?水分補給に何か持ってきて上げた方が良かったわね)
走る彼の姿と、聞こえてくる間隔の狭い呼吸音に心配してしまいます。彼の事になると、こういう事にも気が回らなくなるのは欠点です.........せめて、彼の熱を逃がせるような雨でも降ってくれれば.........
その時でした。不意に頬に水が弾ける感覚を感じます。その時私は、雨だと思ったのです。このささやかな願いが、天に通じたのだと思いました。
けれど、実際には.........
マック(.........!!こ、この匂い.........!!?)
そう。雨ではなく、汗でした。しかも恐らく、彼の.........
その匂いが引き金となり、今日やっと収まりを見せていた妄想が、私の視界を乗っ取り始めます。
まだ顔を見せている太陽は沈む夕日に、風が奏でる草のこすれる音は波の音に、靴から感じる地面の熱さは、砂の熱に.........
気づけば、彼は、タキオンさんのトレーニングの日々によって鍛え上げられた上半身を露わにし、その素肌を夕日で光らせていました。
桜木『アハハ!捕まえてみろー!マックイーン!!』
マック(!!?だ、ダメダメダメダメ.........!!!♡)
心臓の高鳴りが際限を忘れた様に、一回打つ度に、人生の最大を更新していきます。レースですら、こんなに息苦しくなることなんてありませんでしたのに.........!
マック『トレーナーさん♡捕まえました.........♡』
桜木(やめろォ!!!)
桜木『捕まえたマックイーンには、ご褒美をやらないとな.........♡』
マック(だ、だめぇ.........♡)
マック『ご褒美はもちろん.........♡♡♡』
桜木(そんな顔を.........あっ♡)バタッ
桜木『勿論、これだよな.........♡♡♡』
マック(か、彼の口がもうすぐ.........はぅ♡)バタッ
―――学園のグラウンド。二人はそこで電池が切れたおもちゃのように、唐突にその場に倒れ伏した。
沖野「マックイーン!!!桜木!!!大丈夫かー!!?」
テイオー「うわわ!!?す、すごい熱だよぉ〜.........」
ゴルシ「.........こりゃ多分、妄想のし過ぎで頭がオーバーヒートしちまってんなー」
二人「ば、バタンキュー.........」グルグル
目をグルグルと回しながら、熱によって気を失いながらも、二人はどこか嬉しそうな顔をしている。その顔を見たチームメンバー全員と桐生院はどこか幸せな気持ちになりつつも、彼らを保健室まで連れて行った。
ーーー
翌日のミーティング。おっちゃんとマックイーンの熱は昨日の内に完治して、今日はもう普通通りだった。
マック「あっ、トレーナーさん。ブルボンさんのトレーニングに関して気になる点が.........」
桜木「え?どこどこ?」
テイオー「.........なんか、戻った?」
普通に話をしているマックイーン達を見て、テイオーは言った。それはここにいる全員感じてる事だと思う。それこそ、おっちゃんとマックイーンが出会ったばっかりの距離感見てーな感じだ。
でも、確実に違う所が確かにある。それは.........
桜木(好きだ)
マック(好きです)
スズカ「.........なんか、心の声が聞こえてくるんだけど」
ウオッカ「き、聞いてない。オレは何も聞いてないぞ.........」タラー
ダスカ「鼻血出てるわよアンタ.........」
クッソー!!!なーにちゃっかり鋼の意志習得してんだおっちゃんは!!!ついでにおめーもだマックイーン!!!オマエら隣に居るだけで好き好きオーラが半端ねーんだよ!!!
沖野「だ、ダメだ.........このままじゃ胃もたれする.........ウプ」
デジ『だ、大丈夫ですか!!?.........あれ、身体がすり抜ける.........?』
タキオン「なんだこの紅茶は!!?甘すぎるぞ!!!誰が淹れた!!?」
ライス「た、タキオンさんです.........!」
タキオン「今すぐカフェを呼んできたまえ!!!」バンバンバン!
だ、ダメだ.........このままじゃ、おっちゃんとマックイーンにチームが破壊されちまう.........か、かくなる上はもうこれしかねぇ.........!!!
ーーー
桐生院「んー.........!昨日は大変だったけど、今日もミークのトレーニング、頑張るぞー!」
コンコン
桐生院「?はーい。今開けまーす!」
ガチャ
スピカs「すいませーん。鋼の意志くださーい」
桐生院「.........え?」
トレーナー室のドアを開けると、そこにはチームスピカのウマ娘とトレーナー。そしてその後ろにはスピカとは関係の無い方までずらりと並んでいました.........
桐生院「あ、あはは.........わ、私で良ければ喜んで.........」
苦笑いをしながら頼みを聞く桐生院。余談ではあるが、いつか出るであろう恋愛指南書。[鋼の意志の教え]は老若男女幅広い世帯層に受け入れられ、最終的には学校の教育として扱われる書物になる。
その本を出すのは十年後の桐生院葵本人であるが、その事をまだ、本人含め誰も知らない.........
......To be continued