山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
炎天下は既に過ぎ、秋の涼やかな風が身体を撫でながらも、あたりの空気は熱狂に包まれている。
[菊花賞]。その舞台となる京都の大舞台。そこは季節や温度など関係なく、ただ人の熱気だけで、汗をかく程に熱くなっていた。
マック「.........どうやら皆さん、ブルボンさんの三冠が目当てのようですわね.........」
タキオン「仕方あるまいさ、なんせ。[スプリンター]かつ[無敗の三冠バ]になる可能性がある。歴史に名を残す所か、歴史をひっくり返してしまう様なものだからね」
歴史がひっくり返る。確かに、タキオンの言う通りかもしれない。今この場にいる誰もが、その瞬間を見たがっている。それ以外の瞬間など、受け付けないと言うような程の熱狂ぶり.........
「アグネスタキオンさんの言う通りです」
桜木「.........?」
突然、そんなタキオンの言葉を肯定する声が聞こえてきた。俺達はその声に振り返ってみると、そこにはワイシャツがキッチリとした男性が立っていた。
その男性は自分の身分を証明するために、名刺を俺に丁寧に挨拶をしながら渡してきた。それをじっくり見てみると、彼が記者であること。そして、乙名史さんと同じ会社の人だと言うのがわかった。
桜木「.........[
真壁「はい!初めまして桜木さん!貴方の事は、自分の先輩である乙名史から伺っております!」
成程、言うなれば彼は、彼女の部下になるという事だ。しかし、そうとなると肝心のその乙名史さんが姿が見えない。マックイーンも気になったのだろう。俺が居ると分かれば一目散に駆け寄ってくる彼女がこうも現れないと、逆に不安になってくる。
その不安を感じたのか、目の前にいる真壁さんは少しバツが悪そうに申し訳なさそうに頭を下げた。
真壁「すいません.........先輩なんですが、インフルエンザにかかってしまって.........」
桜木「ありゃ.........」
マック「まぁ.........」
インフルエンザ.........運悪くこの時期にかかってしまうとは、乙名史さんもお気の毒だ。世紀の大勝負は自分のその目で見たかったであろうに。今はベッドの上で安静にしていて欲しいものだ。
真壁「.........頑張ってください。応援してますよ!」
桜木「え?あ、あぁ.........あの―――」
真壁「それでは自分はこれで!あまり記者が個人と仲良くしていると変な噂が流れてしまいますから!」
若さという溢れ出るバイタリティ。それを感じさせるように、彼はその躍動感のままこの場を去って行った。俺の質問が出かけた言葉も、聞かずに。
応援している。それは一体、何を?[三冠を夢見るミホノブルボン]か?それとも、[GIをまだ勝ったことがないライスシャワー]か?
疑問は尽きて止まない。それでも、時間は刻一刻と流れて行き、気が付けば、開始のファンファーレが響き始めていた.........
ーーー
ライス「すぅ.........はぁぁぁ」
ゆっくりと息を吸って、綺麗な空気を肺に溜める。大きく息を吐いて、緊張と一緒に不安を身体の中から抜いて行く。
地面はどこまでも広がる緑色のターフ。まるで、海みたいに広がっている。顔を上げると、鉄で出来たゲートが、ライスを待っているように、その空いた空間を意識付けさせる。
ライス(.........ブルボンさん)
ブルボン「.........」
何も心配ないって感じで、ブルボンさんはゲートの中にスーって入って行った。けれど一瞬だけ、その視線はライスの事を見ていた気がする。
それは何だか、レースで戦う敵.........って感じより、ライスの走りを期待してくれてる。そんな目だって思った。
ライス「.........頑張るぞ〜......!」グッ
いつもみたいに.........やるのは、ちょっと恥ずかしいから、声は小さめに、握った右手も空に向かって突き出さずに、ライスの胸の位置で止める。
きっと、ここで勝てば。ここで変わる事が出来たら.........ライスは、[ライスシャワー]になれる。皆を笑顔にするような、[祝福の雨]に.........!
そこから一歩踏み出すと、世界の景色は、さっきと少し変わった。どこまでも広がって、どこにでも行けそうな世界から、真っ直ぐ、ここからゴールまでの道しかない世界に.........
「クラシックレース最後の栄誉をかけて。[菊花賞]が今―――」
「スタートです!!!」
ーーー
桜木「.........縦長の展開か」
タキオン「ブルボンくんは逃げの二番.........いい位置に着いているよ」
マック「ライスさんも抜けさえすれば可能性は大いにありますわ.........!」
ターフを駆けるウマ娘達。その集団は縦に伸びており、誰でも、何処からでも抜けて行くことが出来る形を形成している。
だが、それは決して楽という訳では無い。どのタイミングで、誰が、どう出てくるのかを見極めなければ、良い様にされて終わりだ。特に、このGIという強豪揃いのレースでは.........
桜木(さて、周りの声は.........)
「いけーっ!!ミホノブルボンーーー!!!」
「俺達に世紀の瞬間を見せてくれー!!!」
「今のお前なら!歴史だって越えられるんだぜー!!!」
桜木(.........やっぱり、そうだよな)
大方予想通り。観客の声のほとんどがブルボンの三冠へと降り注ぐ。そして、その期待に応えるように、ブルボンもギアを上げ、先頭へと躍り出てきた。
一方のライスはまだ抜け出せてはいないものの、いい位置に確実に着けている。距離もそこまで離れてはいない。勝てる可能性はある。だが.........
マック「ライスさん.........」
タキオン「.........ふぅン」
やはり。どう言うべきだろう。皆、ミホノブルボンの勝利を信じて疑っていない。暑さによる本能的な発汗とは違う、嫌な汗が頬を伝い始める。
.........いや、そんなことあるはずがないよな。ここに居る皆、全員大人だ。そりゃもちろん、子供も混ざって観戦してるけど、大半の大人はそれでも、ライスの勝利を喜んでくれる筈だ。
桜木「っ!来るぞ!!!」
ウララ「頑張ってー!!!ライスちゃーん!!!ブルボンちゃーん!!!」
坂を登って第三コーナーに差し掛かる。全力で声援を飛ばすウララの声を隣に、俺達はレースの展開を改めて分析する。
ブルボンはまだ二番手、ライスシャワーは五番の位置に未だに居る。どちらも仕掛けず、かと言って気を抜いている訳では無い。体力を温存しながら、お互いにその時を待っている様子だった。
桜木(.........?なん、だ.........?)
身体が暖かい、太陽の熱や、人の熱気による物では無い。それはハッキリとわかった。しかし、それが何なのかは分からなかった。
ただ分かるのは、俺の首から下げた王冠が、煌めきを発しているという事だけ.........いつもの様なただの光ではない、マックイーンの時のような、白い光でもない.........それはまるで.........
虹色のような.........
ーーー
桜木「.........?」
瞬きをした瞬間。世界は、その姿を変え、黒一色に染まったように思えた。実際には、小さい明かりが、360度に敷き詰められたような、まるでプラネタリウムの世界に飛び込んだみたいだ。
そんな中で、浮かぶ一つの母船。カタパルトからなにか射出されるのだろうか?ハッチの横にあるランプが赤から青に変わった後、徐々にそれを上げていく。
桜木(.........ブル、ボン......?)
ここから見るその姿は、正に米粒程度の大きさ。だが、それでも彼女であると気が付くことが出来た。
カタパルトの上にあるスラスターに足を乗せ、固定される。宇宙空間であるはずだが、スラスター射出の大きい音が聞こえてくるということはつまり、ここは空想の世界なのだろう。
「おっと!ここでミホノブルボンが仕掛けたっ!三冠ウマ娘に向かってミホノブルボンが一気に前へと躍り出たー!!!」
そんな実況の声が聞こえてくると共に、宇宙空間に居る彼女の方も、その身をスラスター射出によって大きく飛び出して行く。
彼女の顔が目前へと迫り来る程の至近距離。視界に広がる世界は徐々に白に染め上げられていく。きっと、現実世界に戻るのだろう。そう思った俺は、ゆっくりと瞬きをした。
次に目を開いた時、俺は見慣れない教会に居た。
目に飛び込んできたのは、ステンドグラスから差し込む光。様々な色を通して、そこに描かれた模様が光によって地面へ投影される。
不意に、真横を通る足音が聞こえてきた。静かな教会に響き渡るそれと、人の気配が無いことを察するに、今は俺と、その足音を出す存在しか居ない。
俺は、思い切ってその方向に首を動かした。
桜木「.........ライス?」
ライス「.........」
そこには、 青い薔薇の花束を大事そうに抱きしめつつ、バージンロードからそのステンドグラスの元までゆっくりと歩く、儚げな彼女がそこに居た。
目的の場所まで辿り着いたのか、彼女は光が差し込むその一歩手前まで足を運んだ。儚げだった表情は一瞬にして、どこか悔しさを感じる物になり、大切に持っていた花束の根を、音が出る程にギュッと握りしめた。
ライス「ライスだって.........!」
桜木「.........!!!」
勝負服に着いている短剣。飾りかと思っていたが、どうやら着脱出来たらしい。彼女はそこに手を掛け、持っていた花束を放り投げ、元きた道を、今度は駆け出すように前のめりになった。
そしてまた、視界は白に染っていく。今度こそ、現実世界に戻ってくるだろう.........
「その後ろからライスシャワー!ライスシャワーが迫ってきた!!」
ーーー
[共鳴]が発動した!
桜木「っ、.........ふぅ」
心地の良い汗が、今までの汗を上書きする。目の前のレースを見るに、どうやら今度はちゃんと戻ってこれたらしい。
マック「トレーナーさん.........?」
桜木「あ、ああ。大丈夫.........流石に、暑いな」
溢れ出る汗を、何とか熱気のせいにして誤魔化してみる。それを聞いたマックイーンは俺にハンカチを渡してくれた。少し、罪悪感を感じる。
タキオン「.........おかしい」
桜木「.........?何が?」
唐突に呟かれた疑問。その疑問に質問をぶつけると、彼女は視線だけこちらに移した後、もう一度レースの方に視線を移した。
タキオン「ここまでの実力があるのなら、以前のマックイーンくんの時と同様、[原点回帰]が起こるはずだ」
桜木「.........まて、原点回帰?」
突然、聞いた事はあるが、この場においてそれがどんな意味を指すのか分からない言葉が彼女の口から飛び出てくる。彼女は面倒くさそうにため息を吐いたが、結局、渋々説明を始めた。
タキオン「あの[白いオーラ]の事だよ。出てないんだ。[ヘル化]の兆候もない」
桜木「はは、何言ってんだよ。それならしてるじゃ―――」
先程見たあの世界。あれは以前、マックイーンが[白いオーラ]を出す前に見た世界によく似ている。だとするならば、二人は今頃、その身を白いオーラに包んでいる筈だ。
そう思って視線を移しても、何もおかしなことは無い。ただ至って普通の彼女達が、普通に走っている。
タキオン「.........そういえば、あれが起きる前、君は随分急に疲れていたね?」
桜木「そ、そりゃ疲れるだろ.........じ、GIだぞ!!?」
デジ「え?でももうそこまで緊張する程新人でも無くないです?」
くっ、このアグネスの片割れめ.........急に会話に参加してきたと思ったら意外と痛い所突いてきやがる.........
疑問が確信に変わる。そんな変化が手に取るように分かるタキオンの表情の移り変わりを目の当たりにし、俺はその頭を両手で掴み、視線を強制的に移す。
桜木「ほら、俺のつまんねぇ顔なんかより。今はGIのレースに集中しろ」
タキオン「.........後でたっぷりと、聞かせてもらうよ?」
桜木「好きにしろ.........そろそろ、決まるぞ」
既にレースは残り100メートルを切った。数秒間の先頭を走るのは、ミホノブルボンと、ライスシャワー。その鬼気迫る二人の表情は正に、追うものと、追われる者。そう表現するしかない程、二人の表情は必死さが敷き詰められていた。
「嘘だろ.........?」
「三冠が.........!」
「ミホノブルボン.........!」
桜木「っ、頑張れェェェェッ!!!二人ともォォォォッッッ!!!!!」
マック「トレーナーさん.........これが終わったら!!!メジロ家のパティシエにスイーツを作らせますわァァァ!!!」
俺が身を乗り出して応援する。そして、それに釣られるように、マックイーンも俺の隣で身を乗り出して、必死に声を出していた。
最後の直線。ブルボンの必死な表情に、苦しさが紛れ始めたその瞬間。ライスはその隣を意図も容易く抜け出して行った。
時間が止まった。それが、決定的瞬間であったからだ。しかし、それは必ずしも嬉しい時に起こるだけのものでは無い。それは、周りの様子を見れば明らかだった。
ガラスの割れる音。シャボン玉のように、脆く儚い、今まで割れなかった事が不思議に思うくらいの、綺麗なそれは、割れる時に奏でる音も、また綺麗だと思った。
そんな呑気な考えが出来るほど、余裕があった訳では無い。それでも何故か、その音に心が惹かれた。いや、[引き摺られた]と言った方が正しいだろう。まるで、無意識に鎖を付けられ、ズリズリと足の裏を地面に擦り付けるように、意識はそちらに傾いていく。
皆の顔が、失意の底に沈んでいくのが、手に取るように分かった.........
ーーー
「ミホノブルボンさん。本日は残念でした」
「惜しかったですね。ミホノブルボン選手」
「貴方の三冠、日本中が期待しておりました」
そんな言葉が、記者さん達が手を挙げて、立ち上がる度に聞こえてくる。その度に、ブルボンさんは丁寧にごめんなさいと、ありがとうの言葉を伝えて行った。
ライス(.........っ)
ライスは.........そんなブルボンさんの顔も見れないで、俯いているだけ。皆、ライスの事なんか気にしていない。ライスが勝ったことに、喜んでない.........
結局。ライスは[
点滅するような光が沢山発生する。その光全てが、まるでライスの事を責めてるみたいで.........みんなの悲しい顔が、怒ってるように見えて、ライスは泣きそうになった。
ライス(やっぱり.........ライスは勝っちゃダメだったんだ.........!)
[菊花賞]が始まる前に、お兄さまに掛けられた言葉。ライスが勝ったら、多くの人が喜んでくれる.........そんな素敵な言葉を、お兄さまは掛けてくれたのに、ライスがそれを[嘘にしてしまった]。
隣に座るお兄さまは、黙って、記者さん達の言葉をただ聞いて、ブルボンさんに回答を促しているだけ.........もしかしたら、お兄さまも.........!
ライス(こんな事なら.........変わらず.........!!弱虫のままだった方が.........!!!)
膝の上で作った拳に、ポタリと何かが落ちる。それは、ライスが我慢していた、涙だった。泣いちゃいけない所なのに.........ライスが泣いちゃ、行けないのに.........
ブルボン「!.........ライスさん」
ライス「......ごめん、なさい.........」
ライス「ごめんなさい.........!」
そんなライスに気付いて、ブルボンさんは背中をさすってくれた.........本当は、三冠を取りたかったブルボンさんが、一番辛いはずなのに.........
息がだんだん、詰まったように苦しくなって、身体は、ライスの言う事を聞かずに、震えだして.........心は、もう。雨に野ざらしになって.........このまま、消えちゃいたかった.........
司会「.........他に質問のある方は―――.........え?」
ライス「え.........?」
もう、記者さんは誰も、手を挙げてなかった。それでも、この時間は続いちゃう。ライスはもう。早く逃げたかった.........
けれど、隣にいるお兄さまが手を挙げた。その姿に、ブルボンさんも少し、驚いていた。
桜木「.........ありますよ。質問」
ブルボン「マス、ター.........?」
桜木「.........―――ッッ!!!」
―――それは、衝撃音だった。この記者会見の場に、隙間なく響き渡るほどの、強い衝撃音。この場に居る全員が、その音を逃さないように。
そして.........俺のこの怒りを、散らさせないように。俺は挙手した手を、思い切り振り下ろした。
「冗談じゃねぇ.........ッッッ!!!!!」
怒号では無い。だが、それは尋常じゃない程の怒気が込められているのは、この場に居る全員が、理解している。
先程まで、失意や落胆の表情を浮かべていたクソッタレな大人達も、そして、隣で精一杯走り、結果を出した二人も、同じように驚愕と、恐れが表情に表れていた。
桜木「.........残念でした」
桜木「惜しかったです」
桜木「期待してました」
桜木「.........他に言うことねぇのか?なぁ?」
俺のその言葉を聞き、数人はしまった。という表情をした。しかし、それだけだ。それ以外は、何故俺が怒り散らしているのかを理解していない。
「.........と、いうと?」
桜木「黙れ。その揚げ足取りに特化した口を開くな。テメェらはただ大人しく、俺の言った事をメモしときゃ良いんだよ。ダボハゼ共」
「!!?」
桜木「やっぱジャーナリストつうのは、取り扱うジャンルは違えど気質は似てんだな。類は友を呼ぶってか?だったらもっといいコンテンツあんだろ。芸能人の不倫でも追っかけてろよ」
ぐつぐつとマグマの様に煮えたぎった怒り。それは言葉にすればするほど、冷めていく所か温度を更に上昇させて行く。
.........期待していなかったと言えば嘘になる。だが、以前のマックイーンの事があって、未だに期待を抱いた俺がバカだったんだ。
「その言葉は問題発言かと」
桜木「だったら取り上げろよ。一般出のトレーナー素養悪しって見出しにすりゃ、ゴシップ好きは寄り付くだろうよ」
「その言葉、取り消せませんよ?」
桜木「あぁあぁ、勝手にやれよ。芸能人の尻追っかけるより、俺の尻追っかけんのが性に合ってんなら止めさせねぇよ」
そんな俺の熱に釣られ始めて、一部の記者には怒りが見え隠れし始める。なんだ。一丁前に怒れる程の誇りは持ってんのか。そこだけ上出来なんだな。
「貴方は何がしたいんですか?」
桜木「知らねぇよ。テメェらが勝手に通夜にしたんだろうがよ。身内で慰めりゃ済む話を、ここまで大っぴろげにしやがって。はた迷惑なんだよ」
「わ、私達はただ、この国の方達の悲しみに寄り添おうと.........」
桜木「っ!!!テメェらはそうやって今目の前に居ねぇ奴らを盾にして他人事を大事にすんのが好きだよなァッッ!!!」
いつもそうだ。コイツらは、目の前にいる人を取り上げる癖に、その人達には目を合わせない。いつもいつも、顔を見せない大勢の顔色を伺っている。
.........改めて集まっている面子を見ても、普段仲良くしている人達は居ない。殆どの人が関わりのない人達だ。今までがきっと、恵まれすぎていたのかもしれない。
桜木「.........アンタらは、残酷だよ」
「.........」
桜木「夢が叶うのなんて一握りで、別に叶わなくたって、本人が悲しい思いすれば良いだけのはずだ」
桜木「それなのに、勝手にそれを大々的に取り上げて、多くの人を悲しませて、本人に更に重荷を背負わせて.........!!!」
「この子らはまだ子供だぞッッッ!!!!!」
桜木「責任も!!!義務も!!!存在していない自由な子供だ!!!」
桜木「それに枷かけてんのは!!!アンタらじゃねぇのか!!!」
声を張り上げて、椅子を後ろに倒して、きっと俺の顔も、凄い怖い顔をしているだろう。他人事の様に、そう思った。
まるで自分の身体が言う事を聞かない。怒りと言葉だけが原動力で、他は全部、身体の外に切り離されたみたいだ。
桜木「そんなんでアンタらは.........!!!」
「子供に胸張ってその姿見せられんのかよッッッ!!!!!」
怒り。怒り。怒り。その一点だけだった身体の中に、違う感情が芽生える。それは、この現状を変えられず起こしてしまった。そして、俺も彼らと同じ大人だという、悲しみにも似た悔しさだった。
いや、本当は.........怒りなんかじゃなかった。最初は、悲しかったんだ。いい大人が、俺と同じ。大人達が.........子供の夢に自分の思いを勝手に乗せて、寄り添おうともせず、被害者ヅラして.........
桜木「.........帰ろう」
二人「え?」
桜木「これ以上.........俺達大人のワガママに付き合わせたくない」
「.........」
倒した椅子を戻し、俺はここに集まっている人達に向けて、頭を下げた。大人として、最低限の礼儀を示さなければならないと思ったからだ。
会場を後にするように、俺は足早に歩を進めた。その後を慌てて、二人が着いてくる。
.........結局。これも俺のワガママだ。彼女達の為に、なんにもなっていない。二人の為に出来る事なんて.........今の俺には、全く分からなくなっていた.........
ーーー
どんよりとした空気が、それぞれ個々人にまとわりつくように張り付く。
桜木(あんな事があっても、ファンレターはしっかり届くから嬉しいよなぁ)
それぞれの足取りに、重い枷を付けながら、それでも尚、歩かなければならない。
黒津木「軽い捻挫だな。走るのはしばらく休んで、メンタルと学習トレーニング中心にしなさい」
歩いていく先に、何があるのだろうか?
神威(.........)
カフェ「.........司書、さん?」
そこに辿り着いたとして、一体何が出来るというのか?
ゴルシ「.........禁煙、したんじゃねーのかよ」
白銀「バカ言え。これは吸いたくて吸ってんじゃねぇ」
白銀「.........吸わなきゃ、やってらんねぇんだよ」
そんな事は、誰にも分からない。
桜木「.........ッ!!?クソッタレ.........ッッッ!!!」ダンッ!!!
桐生院「!!?桜木さん.........血が.........?」
誰が正しくて、誰が間違っているのか、たとえ明白だとしても、それを一つ一つ元の形に戻すのは容易ではない。
ニコロ「.........ここに居たのか、ライス」
ライス「!」
それこそ、[青い薔薇]を咲かせるような[奇跡]を起こさない限りは.........
桜木(.........クソ)
―――手から溢れ出る赤色。それをこれ以上溢れさせないよう、手首を握って廊下を歩く。
.........人間がここまで腐っている存在だなんて、思いもしなかった。手紙にカミソリを仕込むなんて、今まで創作物の中だけの話かと思っていた。
けれど、これは現実だ。俺は今、その刃に傷を付けられた。まるで、先日した事が間違っていると、世界から否定されているみたいに.........!
「.........!!?トレーナーさん!!?血が.........」
桜木「.........なぁ、マックイーン.........?俺は―――」
力が出ない。立っているのがやっとだ。泣きそうになってくる.........心と体はそんな状態なのに.........表面はまるで、仮面を被っているみたいだ。
廊下でばったりと出くわした彼女は、心配そうに駆け寄ろうとしてきた。けれど、俺の様子を見て、それを止めた。自分でも分かってる.........今の俺は、変だ。必死に.........笑おうとしてる。そして、それに抗おうとしてる。
笑っちゃいけない。笑ってしまえば、もう戻って来られない。仮面を外すことが出来なくなる。
けれど.........もう、笑うしか無かったんだ.........
「間違ってたのかなぁ.........?」
[???]が全てを包み込もうとする.........
......To be continued