山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

104 / 235
祝福の少女はその名を拒む

 

 

 

 

 

「間違ってたのかなぁ.........?」

 

 

マック「.........っ」

 

 

 彼は、笑ってそう言いました。けれどその表情は悲しそうで、もう、そんな顔しか出来ないような必死さが、現れていました。

 彼に一歩、近付きます。それを繰り返す度に、彼の心の痛みや、苦しみが肌で感じ取れてしまう.........私自身が、泣きそうになってしまう.........

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

「.........?」

 

 

マック「何が間違っているのかなんて、私には分かりません。大人では.........ありませんから」

 

 

「.........そっか、そうだよね」

 

 

 彼の微笑みが、私に向けられる。普段であるならば、嬉しい感情が渦巻き、思考すらまとまらないはずなのに.........今は、そんな嬉しさすら湧き上がらない。

 張り付いた[仮面]。誰もが求める、[桜木玲皇]という理想像。でも今は、既にヒビが入り、所々割れてしまっている。そして割れた所には、彼の顔はどこにも無い。虚空で埋め尽くされています。今の彼は.........[誰でもない]。

 

 

「ごめんね。こんなこと言っても、困らせるだけだよね」

 

 

マック「.........待ってください」

 

 

「?」

 

 

 今、彼はとても危険な状態です。肉体的な意味ではなく、精神的に、危ない。そんな事が、何故か分かってしまいます。

 きっとこのまま歩き続ければ.........この人は強がりだから、壊れるまで.........いいえ、壊れたとしても、きっとそれに気付きつつも歩いて行ってしまう。

 

 

マック「屈んでください」

 

 

「え?」

 

 

マック「良いから!!!早く!!!」

 

 

 彼の目の前まで行き、要求します。それに疑問を抱いた彼に捲し立て、無理やりそれを飲み込ませます。

 彼の顔が、私の腹部の位置まで下がりました。後は.........私が覚悟を決めれば、それで解決です。

 ゆっくりと、緊張のこもった息を吐き出します。覚悟を決めなさい。マックイーン。今まで彼がして来てくれたことを、ほんの少しだけお返しするだけです。そんな事も出来ないほど.........貴方は恩知らずではないでしょう?

 

 

「.........?マック―――」

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

「.........!」

 

 

 彼の後頭部に両腕を回し、包み込むようにして抱きしめます。彼は驚いたように身体を一瞬跳ね上がらせ、硬直させますが、徐々に柔らかくなっていきます。

 .........私が勇気を出せない時、彼は求める時も、そう出ない時も、こうしてくれた。だから今度は、私の番。

 

 

「.........」

 

 

マック「.........一人で行くな、とは言いません。貴方には、貴方にしか出来ないことがきっとありますから、ついて行っても足でまといになるだけです」

 

 

マック「けれど、頼ってください。貴方が、いつも決まった場所で待っているように.........私も―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っていますから.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

???「.........」

 

 

桜木「.........うん。ありがとう」

 

 

 彼の雰囲気がようやく、元の優しい彼に戻ってくれました。その頭を一撫でして、彼を私の腕から解放します。

 

 

桜木「.........恥ずかしいけど、結構元気出るものだね」

 

 

マック「ええ。私も、貴方がこうしてくれる事で、身体の奥底に引っ込んでしまった勇気を出すことが出来ます」

 

 

マック「.........また辛くなったら、頼って下さい。貴方は、チーム[スピカ:レグルス]の中心なのですから」

 

 

 ゆっくりと背筋を伸ばし、いつもより少し自信の無いような笑みを私に向けてくれる彼。そんな姿にようやく、胸のときめきを思い出しながらも、それを何とか隠します。今は.........そんな事に現を抜かして居られるほど、楽しい時間ではありませんから。

 

 

桜木「.........とりあえず、ライスを何とかしよう。落ち込むのは.........」

 

 

マック「ええ。その後ですわ」

 

 

 そう言って、私達は二人。ライスさんを探そうと学園を歩き回りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 学園の廊下。俺はそこを一人で歩く。上靴の底が地面にあたる度に、虚しい程に音が鳴り響く。生徒は授業中。そこには誰も居やしない。

 .........誰かが居てさえくれれば、良かったと思うのは、弱さなのだろうか?

 

 

ニコロ『ライス―――』

 

 

ライス『やめてっ!!!』

 

 

ニコロ『.........?』

 

 

ライス『その名前で.........呼ばないで.........!』

 

 

 悲痛な叫び声が、何度も頭の中でループする。その声を止める手段なんて無くて、彼女を慰められる物なんて持っていない.........俺は、無力だった。

 彼女は拒絶した。俺を、周りを、そして、自分が自分である為の名前ですら、彼女は目を背けた。彼女の勝利に目を背けた、多くの人々と同じように.........

 

 

ニコロ「.........喫煙室か」

 

 

 気が付けば、その部屋の前へ立っていた。そう言えばと思い、俺は胸ポケットを漁ってみる。

 そこには、奴と二度目の挑戦の為に買っていた煙草が入っていた。最も、奴は知らない内に禁煙していて、断られてしまったが.........

 

 

ニコロ(.........この際だ。一人だろうと、気が紛れるのなら―――)

 

 

白銀「.........あ?」

 

 

ニコロ「.........」

 

 

 喫煙室の扉を開けると、目に飛び込んできたのはあの、頭のおかしいという情報しかない奴だった。そんな奴が、気だるげに座りながら、煙草を吹かしている。果たして、関わって良いものだろうか。

 

 

白銀「.........吸いに来たんだろ?」

 

 

ニコロ「あ、ああ.........」

 

 

白銀「座れよ。今ァバカみてぇなノリ出来るほど、空気に酔えてねぇんだ」

 

 

 そう言って、奴は天井を見上げた。俺はそんな奴の言葉に甘えるように、その隣に座り、煙草に火を付けた。

 

 

ニコロ「.........ふぅぅ」

 

 

白銀「なぁ」

 

 

ニコロ「?」

 

 

白銀「.........世界ってもっと、人にとって都合が良いと思ってたけどよぉ」

 

 

白銀「世の中って、残酷なのな」

 

 

 意外だった。いや、コイツと関わりあってまだ長くない。こういう部分もあるのだろう。しかし、普段のコイツからは、他人の悲しみに寄り添う様な人間ではないと感じた。

 

 

白銀「.........意外だったか?」

 

 

ニコロ「.........お前は、そんな顔をするような奴ではないと、勝手に思っていた」

 

 

白銀「はは、よく言われる」

 

 

 いつもより覇気のない笑い声。それが消えた後、煙草の先端の火を燃え上がらせるように煙を吸う。

 そして肺に溜まった嫌な感情と共に煙を吐き出すように、奴は........白銀は、息を吐いた。

 

 

ニコロ「.........俺は、どうすればいい」

 

 

ニコロ「俺はあの子に、変わる為の努力と覚悟を[押し付けた]。あんな事になると知っていたなら、そうは言わなかった」

 

 

白銀「.........俺や玲皇、アイツらだったら、どうしてたか知りたいか?」

 

 

ニコロ「!.........ああ」

 

 

 柄にも無い。まるで、それしか方法は無いと知っているように、俺は奴にすがった。もう自分では、どうしようも無い程に打ちのめされていた。

 そんな俺の様子を見て、奴は笑った。その笑いは、優しい物ではなく、嘲笑う様なもの。だが、それはなぜだが、奴自身にも向けられている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........テメェと同じ事したよ。知ってても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコロ「.........!!?」

 

 

白銀「あんな事になるのを知ってても、きっと俺達は背中を押す。それが大人の在り方で、道の進み方は子供自身が考える事だ」

 

 

白銀「けどな、知ってて押したからには覚悟を決めなきゃなんねぇ。転ぼうが道から外れようが、しっかりと助ける方法をな」

 

 

白銀「.........今は、それを必死こいて探してる最中だ」

 

 

 そう言って、白銀はもう吸う所がない煙草を灰皿に押し当て、にじりにじりとすり潰した。ため息を吐いて、だるそうに立つその姿は、とても前向きには見えない。

 だが.........何故だろう。その背中は、あの日俺を引き上げた奴の姿と重なった見える。満身創痍になりながらも立ち上がり、俺に説教と鉄槌を下し、道を指し示した奴に.........

 

 

白銀「出来ることがあんならやる。無ければ探す。悩んだり、落ち込むのはその後でも出来んだろ。後の祭りで愚痴った方が盛り上がらァ」

 

 

ニコロ「.........フッ、それもそうだな」

 

 

 俺に背を向け手を振る白銀は、その足取りは重いながらも、前へと進みここを出た。俺も、それに倣おう。だが、今はもう少し、物思いに耽りたい気分だ。

 鉛のように重い灰の中の空気に、煙草の煙を混ぜながら、ようやく見つけたこの美味さに、俺は思考を落として行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........いつまでそうしているつもりだい?」

 

 

黒津木「.........」

 

 

神威「.........」

 

 

 普段であるならば、平和な空気と緩やかな時間を感じられる図書室。それが今や、黙りこくった成人男性二人がにらめっこを続け、五分は経過している。

 そんな二人を後目に呑気に本を読んでいるカフェも、私の頭を悩ませている原因だ。

 

 

タキオン「はぁ.........答えが出ないのなら話題を変えるなり、帰るなりすればいいだろう。とても賢い時間の使い方とは思えないねぇ」

 

 

黒津木「賢くなくていい。それで解決するなら俺はいくらでもバカになってやる」

 

 

タキオン「大体、ライスくんはトレーナーくんのチームメンバーであって、晴れてトレーナーになった司書くんは兎も角、黒津木くんは関係ないだろ!」

 

 

神威「あるぞ。俺達四人にとっちゃ、切っても切れない関係だ」

 

 

 酷く真剣な面持ちで、彼は立ち上がりながらそう言った。それに賛同するかのように、黒津木くんもゆっくりと立ち上がる。

 一体、どんな言葉が口から飛び出すのだろう?私は期待はしないまでも、少し不思議な気持ちでそれを待っていた。

 

 

二人「俺達四人がライスの.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さまだからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神威「それ以上の、それ以外の理由なんて必要無い。兄貴は困ってる奴を助けてやるもんだ」

 

 

神威「それくらいの事は.........俺も出来るはずだ」

 

 

 .........意外だった。彼はいつも、事が起きれば傍観者の立ち位置にいる事を好んでいた。近付いてきたとしても、それは通行人のような存在で、居ても居なくても.........あいや、場の空気を整わせるくらいの役割はしてくれていた。

 そんな彼が強い語気でそう言ってのけた。私は、そんな彼に意外だと思ったんだ。

 

 

カフェ「.........あの」

 

 

三人「?」

 

 

カフェ「休憩......しませんか?あまり根を詰めて考えても......本当にライスさんの為になる事になるかは......分かりませんし.........」

 

 

 ここに来て初めて発言したカフェの提案に、彼ら二人は顔を見合せた。そして、ホッと溜息を吐く。

 どうやら、あんな真剣な表情をしていたものの、心の底ではこの空気に耐えかねていたらしい。トレーナーくんといい彼らと言い、心を露わにするのを嫌いな節がある。彼等もトレーナーくんの事を言えないでは無いか。

 

 

タキオン「.........決まりだね。ブレイクタイムとしよう。ああカフェ、私は紅茶が―――」

 

 

「ライスッ!!!」

 

 

 扉の開く音と共に、その声が響き渡る。その方向を見ずに、私は溜息をまた一つ、この場に落とした。それが誰かなんて、振り向かなくても分かる。

 だけど、振り向かなければ話は進まない。気は進まないが、私は彼の顔を見る為に身体の前面を、図書室の扉の方へと向けた。

 

 

タキオン「申し訳ないが、ここには居ないよ。トレーナーくん」

 

 

桜木「そ、そうか.........どこに行ったんだ?」

 

 

マック「もう止めましょう。お昼休みも残り短いですし、きっと放課後には会えますから」

 

 

 彼の袖を引き、そう言うマックイーンくん。いつも思うのだが、君達はセットになって現れる事が多いね。私をスカウトした時もそうだったが、最早一生徒と一トレーナーの範疇に収まっているとは思えない。

 だが.........そんな彼、彼女に期待しているのも事実だ。なんせ、この私を、私が自覚できてしまうレベルにまで変えた存在だ。今回もきっと、乗り越えてくれる。

 

 

タキオン(.........?)

 

 

 その自分の思考に、疑問が生じる。[乗り越えてくれる]?私は一体何を言っているんだ?それではまるで他人事だ。自分にはそれをする責任も義務も無いと言っているようなものでは無いか。

 いや、実際には存在していない。私はまだ学生で、トレーナーくんはチームを指揮する大人だ。義務と責任があるとするならば、彼であろう。

 だが私はさっき、[権利]を[放棄]した。乗り越えるべき壁を前にして、彼と彼女に任せようとした。

 これでは変化ではなく.........

 

 

タキオン(腑抜けただけじゃないか.........?)

 

 

 図書室を去っていく二人の背中を見ながら、私は胸の内に嫌な気分がぶわりと沸き上がる。

 いつだって困難を乗り越えてきた彼と彼女に、無条件に、反射的に託そうとする自分自身に妙な危機感を抱きながらも、今はまだ、そうする事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「.........」

 

 

 身体が重たい。今まで嫌な事なんて沢山あったと思ってたけど、今思うと、それは本当に嫌な事じゃなかったのかなって思う。だって、息をするだけで辛くて、みんなが.........ライスの事を、嫌ってるみたいで.........

 

 

ライス「.........っ」

 

 

 身体の奥底から込み上げてくる、気持ち悪い感覚。風邪を引いたわけじゃない。熱を出した訳じゃない。それでも、みんなに嫌われていると想像すると、それを拒絶するみたいに、お腹の中の物を上へ上へと押し上げてくる.........

 

 

ライス(.........ミーティング、行かなきゃ)

 

 

 ガヤガヤとしている廊下。でも、そう考えると身体が持たないから、誰も居ないって思い込んだ。そうしないと、また悪い考えが浮かんできちゃいそうだったから。

 真っ直ぐ歩けない。ちゃんと前に、壁に手を添えて歩いている筈なのに、まるで視界が安定しない。もし、皆がブルボンさんに勝って欲しいと思ってたら.........

 もし、ライスに、勝って欲しくなかったら.........そんな悪い考えを振り払いながら、ライスは、チームルームの扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえてきたのは、クラッカーの弾ける音と、祝福の言葉だった。チームの皆も、お兄さま達も、黒沼さんや東さん。ニコロさんも、そこにはいた。皆、パーティグッズを身につけて。

 

 

桜木「おめでとう!ライス!あん時は言えなかったけど、凄かったぞ!」

 

 

黒津木「ああ!大したもんだ!初のGI勝利がクラシック級限定、しかも三冠最後の菊花賞と来たもんだ!」

 

 

白銀「ほんとすげぇと思う。どれくらいすげぇって言うと、俺がすげぇって言うくらいすげぇ」

 

 

神威「どんくらいだよ.........」

 

 

 そう言って、お兄さま達はライスを取り囲んで、褒めてくれた。突然の事でびっくりしちゃったライスの肩を掴んで、トレーナーさんは、空いている席にライスを座らせてくれた。

 

 

沖野「ほいっ、パーティグッズ」

 

 

東「タスキもあるぞ」

 

 

黒沼「今日の主役.........言葉通りだな」

 

 

ニコロ「この鼻と髭が着いたメガネは?」

 

 

三人「それは要らん」

 

 

 ガサゴソって大きい箱から、三角帽子とキラキラが着いたタスキを出して、ライスに付けてくれた沖野トレーナーさん達。皆、本当に楽しそう。

 

 

マック「パーティですから!勿論ケーキもありますわよ!」

 

 

タキオン「無論紅茶も用意しているが、ジュースもあるから遠慮せずに言いたまえよ。ライスくん」

 

 

ウララ「わーい!!パーティだー!!」

 

 

ブルボン「おめでとうございます。ライスさん」

 

 

デジ「はわわ〜.........こ、こんな狭い部屋に、大勢のウマ娘ちゃんと居られるなんて.........パーティ最高〜〜〜っ」

 

 

 みんながみんな、楽しんでる。和気あいあいとした表情で、ケーキを切り分けたり、ご馳走をお皿に分けたりしてる。

 

 

スペ「ライスさん!!いっぱい食べましょう!!」

 

 

テイオー「そうそう!!こういう時はパーッとしなくちゃ!!ね♪」

 

 

ゴルシ「食いてーもんがねーならアタシが作ってやろうか!!?たいてーのもんなら作れっからよー!!!」

 

 

ダスカ「本当!よくやったわよ!!3000mなんて、私でも一着になれるか怪しいってのに!!」

 

 

ウオッカ「本当だよなぁ、オレもあんなとこ走ったら、2000m後半でバテちまいそうだぜ.........」

 

 

 みんな、褒めてくれる。ライスの事を認めてくれる。それが、それが何より.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう止めてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場の空気が、変わっちゃった。ライスが、変えちゃった。本当はこのまま、我慢してここに居れば、いつもみたく、みんな楽しい一日を過ごせたかもしれないのに.........ライスは、我慢できなくなっちゃった。

 

 

桜木「ライ、ス.........?」

 

 

ライス「もう良いよ.........!!こんな事しても、意味無いよ.........!!!」

 

 

神威「い、意味無いなんて言うなよ。みんな―――」

 

 

ライス「ライスが落ち込んでたから?元気づけようと思ってた?じゃあ、ライスが落ち込んで無かったら、どうしてたの?」

 

 

全員「.........」

 

 

 やっぱりだ。やっぱりみんな、こんなパーティをしたくてやった訳じゃないんだ。ライスが落ち込んでて、それを元気づけたいからやったんだ.........

 そう思ったら、自然と手を、力いっぱい握っちゃってた。

 

 

ライス「.........みんなには分からないよ」

 

 

ブルボン「っ、ライスさ―――「ブルボンさんにもッッ!!!」.........!」

 

 

ライス「マックイーンさんにもウララちゃんにもッッ!!!チームのみんなにもトレーナーさんたちもみんなみんなッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さま達にだって.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体の奥底から込み上げてくる。けれどそれは、少し前に感じた、胃の中のものが上がってくる感覚じゃない。それは、ちゃんとした感情だった。

 今まで何度も感じた事のある感情。けれど、今まで感じた事の無いような、大きさと激しさ。普段だったら、声を詰まらせて、泣き声を上げてるはずなのに、今は.........そんな事すらできなかった。

 

 

ライス「ライスの気持ちなんて.........ッッ!!!分かりっこないッッッ!!!!!」

 

 

ニコロ「っ!」

 

 

桜木「あっ!ライス!!!」

 

 

 

 

 

 ―――つい咄嗟に、手が伸びた。だけどそれは、何も掴むことは出来ずに終わった。当たり前だ。たかが人間の反射神経と瞬発力では、走っていくウマ娘の初動すら捉えることは出来ない。

 けれど、俺はそれをすべきだった。それを成し遂げるべきだった。たとえどんな無茶をしたとしても、彼女を今この場に留めておくべきだった。

 

 

マック「トレーナーさん」

 

 

桜木「っ!マック―――」

 

 

マック「貴方のやるべき事、分かっていますか?」

 

 

桜木「―――!」

 

 

 彼女の呼ぶ声に振り向き、彼女の名を呼ぶ。その間に、彼女は凛とした顔付きで、俺が何をすべきかを悟らせた。

 あの時と同じだ。逃げる少女に、立ち尽くす者達。涙の描く光の筋を見ながらも、何かをしようとはしなかった自分。

 ならば、やることは一緒だ。今度も、走って必ず、見つけ出してみせる。

 

 

桜木「.........分かってるよ。それが、みんなが[求める]、[俺の役割]だからな」

 

 

 そう。それが俺の役割だ。トレーナーとしての責任であり、義務なんだ。今度はちゃんと、迷うことなく、俺はここから走って、ライスの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、学園中を駆け回った。けれど、彼女を見つけることはできなかった。教室も、図書室も、保健室も、食堂も、彼女の姿は無かった。

 もしかしたら、寮に帰っているかもしれない。そう思い、美浦寮の寮長であるヒシアマゾンに確認してもらったが、どうやら帰ってきては居ないらしかった。

 

 

桜木(.........クソっ)

 

 

 外はもう、暗さを帯びる前の黄昏時だ。こんな時間を掛けても、女の子一人見つけ出すことなんざできやしない。俺は、相変わらず探し物が下手くそだ。

 そう思いながら、俺は学園の入り口から出口へとゆっくり歩いて行く。

 

 

桜木(.........そういえば)

 

 

[ぐす.........]

 

 

 脳裏に、すすり泣く少女の声が蘇る。確か、彼女をスカウトしたのもこの辺りだったはずだ。変わりたいと願っていた、我慢しいな少女の、堪えきれない涙を見たのは、この場所だった。

 

 

桜木「.........ライス」

 

 

桜木「居たらでいいから、姿を見せてくれないか?」

 

 

 俺のその声に、帰ってくる声は無い。変わりに、風が一つ強く吹き、枯葉を舞わせて返事をする。けれど、それでは居るのか居ないのかなんてハッキリしない。

 為息を吐きたい気持ちを抑え、一歩足を進めようとする。その時、背後の茂みの方から小さく、葉を擦り合わせる音が聞こえてきた。

 

 

ライス「.........見つかっちゃった」

 

 

桜木「.........ああ、見つけた」

 

 

 それは、彼女だった。あの日とは違い、その顔に涙は無い。変わりにあったのは、笑顔だった。

 それでも、俺には理解出来た。彼女の笑顔は、悲しげだった。あれは.........どこか、受け入れ、諦めた表情だった。

 

 

桜木「.........悪かった。お前の気持ちも知らないで、軽率だったな」

 

 

ライス「ううん、ライスも、怒っちゃってごめんなさい.........なんだか、抑えきれなくて」

 

 

ライス「ごめんなさい.........」

 

 

 彼女は、笑っていた。今までであったなら、その表情に安心していたであろう。心の底から、ホッとしていたであろう。

 だけど今は、泣いていて欲しかった。子供らしく、悔しさとか、悲しさとか、抑え込まずに、ワガママに表に出して欲しかった。

 

 

ライス「.........ライスは悪者なのに、勝っちゃったから」

 

 

桜木「っ.........違う」

 

 

ライス「せめて、お兄さまの大好きな悪者さんになれたら良かったのに」

 

 

桜木「違う」

 

 

ライス「これじゃあ、周りの人を幸せになんて―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、俺は声を張り上げていた。そこに理性なんてのは存在しない。あるのはただ俺の本音と、衝動だけだった。

 

 

桜木「良いか!!勝ち負けを競う夢物語に敗者は付き物だ!!!勝った方が正義で負けた方が悪だ!!!俺はずっとそう思って生きてきた!!!」

 

 

桜木「だけど、ウマ娘のレースは違う!!!」

 

 

桜木「勝ったライスは正義だ!!!負けた娘も!!!もちろんブルボンも正義だ!!!悪いのは.........本当に悪いのは.........!!!」

 

 

 握った拳を、更に握りしめる。爪が手のひらの皮膚へ食い込み、肉を傷付けているのが分かる。それでも俺は、いや、そうしないと俺は、ここから先の言葉が、苦しくて出てこなかった。

 

 

桜木「.........俺達大人だ.........!!!」

 

 

桜木「お前らの勝ち負けに夢を乗せて.........!!!勝手に自分の私利私欲を賭ける.........大人達なんだ.........!!!」

 

 

 記者会見で見た大人達の顔がフラッシュバックする。その誰もが、一人の少女の勝利[だけ]を信じ、盲信し、過信し、そして共倒れして行った。[ジャックポット]を狙ってしまったのだ。誰が勝つかも分からない世界で、自分の夢を一点賭けした。醜い大人達。

 俺は、彼女の表情を見るのが怖かった。その顔に一体、どれほどの絶望が敷きつめられているのかと思うと、怖くて怖くて、仕方が無かった。

 

 

ライス「.........お兄さま」

 

 

桜木「っ、ライ―――!」

 

 

ライス「.........」

 

 

 優しい声に、俺は安心した。悪いのは彼女では無い。そう、ライスも少しは思ってくれたのだと思い、期待していた。

 だが、現実はどうだ?彼女はまだ、笑っている。先程の笑顔と、何も大して変わってなど居ない。俺はもう.........どうしていいか、分からなくなっていた。

 

 

ライス「.........ライスがなんで、みんなには分からないなんて言ったか、分かる?」

 

 

桜木「え.........?そ、それは.........」

 

 

桜木「.........苦しい思いをして、勝ったのに、それを受け入れられなかった、から.........?」

 

 

 思考に思考をめぐらせて、俺は答えを出した。普通に考えれば、至極単純な話だ。普通は、その理不尽な思いに対して、何かを思うはずだ。

 それでもどうやら.........俺は答えを誤ったらしい。彼女は、困った様に笑って、首を横に振った。それはやはり、どこか[諦め]めいていた。

 

 

ライス「.........皆、すごい」

 

 

ライス「チームの皆も、トレーナーさん達も、お兄さま達も」

 

 

ライス「そんな凄い人達だから、きっと、ライスの気持ちなんて、分かりっこない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライスの.........[変わりたい]って気持ちなんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「っ.........!!!」

 

 

『一緒に変わっていこう!』

 

 

 初めてあって、彼女をスカウトした時の言葉。彼女と交した、約束の様なもの。俺は最初から、一緒に変わっていくつもりだった。

 けれど、きっと彼女から見たら違っていたのであろう。

 

 

ライス「.........ライス、もう帰るね」

 

 

桜木「っ、待っ―――」

 

 

 手を伸ばそうとした。けれど、伸ばすことが出来ない。足を進めようとした。けれど、進めない。声をかけようとした。けれど、その声は途中で止まった。

 今の俺が、彼女にどんな言葉をかけるんだ?彼女にとっては、[最初から凄かった]俺が、何を言えば、彼女の考えを変えることが出来る?

 遠のいていく背中に、俺はただ、視線を投げかけていた。注いでいた。何かを探していた。

 けれど.........それは、今の俺では、到底見つける事は出来ないのだと悟ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、[今の俺]では.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........本当に良いのかい?」

 

 

桜木「ああ」

 

 

 私の目の前で、彼は書類にサインをしながら了承した。その彼の手元に視線を流す。そこには、私が用意した同じ紙が三枚ほど重なっており、その全てに、彼の名前が書き込まれていた。

 あのパーティから一日経った早朝、彼は、私の実験室に居た。そう、私が来る前から、私を待って居座っていたのだ。

 

 

タキオン「念の為もう一度説明するよ。あの薬は不確定要素が大きすぎる」

 

 

タキオン「黒津木くんの理論によって、脳内のブラックボックスの一つである記憶情報を一時的に過去の状態にし、細胞内のDNA情報から成長過程を読み取り、細胞分裂を起こす各細胞に伝達する事で―――」

 

 

桜木「御託はいい。早く出すんだ」

 

 

 .........狂っている。彼は今、どうしようも無いほどに追い詰められている。その目に、何かを強く信じる物は無い。あるのはただ、やるべき事を果たそうとする執念だけだ。

 私をスカウトした時に感じた狂気はそこにはなく、今あるのは、陳腐な狂気だ。どこにでも、ありふれた、探せばそこにあるような狂気さが、彼を突き動かしている。

 これ以上、何を言っても無駄だろう。そして、これ以外、方法は無いのだろう。そう感じた私は、三つ並んだ金庫の内、一番右の金庫のダイヤルを回し、そしてロックを解除した。

 

 

タキオン「.........それにしても、これだけは飲みたくないと言っていたのに、そうまでしてライスくんを立ち直らせたいのかい?」

 

 

桜木「.........ああ、[今の俺]があの子の気持ちがわかるなんて言っても、嘘だと思われて終わりだからな.........」

 

 

 彼女を助けたいと願う彼の真っ直ぐな思い。その真っ直ぐさが、今は危うく感じる。大人が持っていてはいけないその愚直さに、私は目を背けそうになる。

 このままでは、いつか本当に壊れてしまう。起きる出来事に真っ直ぐぶつかって行くにはもう、君は空っぽじゃない。外側が壊れてしまえば、詰まった中身が弾け出てしまう。

 けれど.........悔しい事に、私も解決策が思い浮かばない。こんな事なら、もっと他人に興味を持ち、慰めの言葉や行動を取れるような人間になっておくべきだったと、今更ながらに後悔を重ねる。

 

 

桜木「.........熱くなってきたな」

 

 

タキオン「細胞の活性化が始まったみたいだね。原理は筋力ウマ娘化薬の応用だ。ただし変化が大きいから、身体の変動、精神の変化の安定性を図り、睡眠効果も入っている。時期に眠くなるだろうから、ソファーに横になるといい」

 

 

桜木「分かった.........ありがとう、タキオン」

 

 

 彼は私に礼を言って、席を立ってソファーへと寝転ぶ。追い込まれていても、どうやらそこは変わらないらしい。初めて会った際も、意識を混濁させながらも、彼は私に礼を言っていた。

 効果が完全に現れるのは、一時間後。それまで私は、そうなった時の準備をしなければならない。暫しのお別れとなる[今の彼]の姿に、心の中で餞別を送りながら、私は実験室の扉を、外から閉めたのであった。

 

 

 

 

 

  ......To be continued

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。