山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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マックイーン「トレーナーさんに避けられていますわ......」

 

 

 

 

 

「先日、〇〇社の出版社社長が逮捕された件について、本日も専門家の方を交え―――」

 

 

 秋の寒さがようやく、冬に向かって行くのを感じるほどに冷たさを帯び始めた今日この頃。テレビでは、一週間前に逮捕されたあの菊花賞八百長レース疑惑の記事を出そうとしていたトップが、辛そうな表情で連行される映像が流されていました。

 

 

タキオン「お手柄だねぇ、マックイーンくん?」

 

 

マック「お手柄なもんですか.........結局あの後お母様にみっちり叱られたんですから.........」

 

 

 普段、稽古でも上達せずとも、優しく教えてくださるあのお母様が怒ったのです。あんな顔、勝手にプリンを食べてしまった時も見た事ありませんわ.........

 これ以上、その話を思い出したくはありません。私はそのテレビの電源をリモコンで切りました。

 それに、今はそんな事より、大切な事があります。

 

 

タキオン「それで?相談とはなんだい?」

 

 

マック「.........そろそろ分かりますわ」

 

 

桜木「よーっす.........あっ、マック.........スー.........」ガラガラ

 

 

マック「.........ね?」

 

 

 いつもであるならば、堂々とこのチームルームに入ってくるトレーナーさん。ですが、あの事件から一週間。ずっとこの調子なのです。

 しかも、私がチームルームに居る時だけ。これはあからさまに避けられています。私は目を細め、そのやり取りを見ていたタキオンさんの答えを無言で求めます。

 

 

タキオン「.........随分冷静だね」

 

 

マック「ええ、正直あんな緊急事態ならばいざ知らず、今は変哲もない日常。少し心の整理を」

 

 

タキオン「なるほど、そういえば、あの大事件の前にはアレがあったねぇ」ニタニタ

 

 

 彼女は向かいに座る私に対して、何か察したようにその頬を歪め、頬杖を付きました。正直、良い気分ではありません。

 .........うぅ、今改めて思い返しますと、凄く恥ずかしい.........なんで記憶が残ってるんですか.........せめて消えるようにしてくれれば良かったのに.........

 

 

タキオン「.........案外、同じような事を考えてるかもしれないねぇ」

 

 

マック「へ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はぁ.........」

 

 

 やってしまった。廊下を歩きながら、俺はため息を吐いた。自分の不甲斐なさにだ。もうかれこれこんな感じの事を一週間は続けてしまっている。

 だって、仕方ないじゃないか。想像してみてくれ。幼い頃の初恋相手が、姿も性格も変わらずに目の前に居る日常を.........俺は今、トレーナーという自分の立場を初めて後悔している。

 だが、こんな物は誰にも相談できない。だって気持ち悪い。絶対引かれる。俺が相談される立場だったら直ぐに理事長に報告して即刻クビにしてもらう。

 

 

桜木(.........まぁ、明日の俺に期待だなぁ)

 

 

 これでもまだ、普通のトレーニングは出来ている。この調子で日常が穏やかになっていけばまた、マックイーンとも他愛も無い話が出来るはずだ。

 俺はそう淡い期待を抱きながら、職員室で昼食を食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月中旬

 

 

桜木「(ガラガラ)!(ガラン!)」タタタッ!

 

 

マック「!(ピク)!!!(ガラガラ!)」タタタッ!

 

 

ウララ「うわーい!!おいかけっこだー!!」

 

 

 マックイーンくんがトレーナーくんに避けられ始めてはや三週間。今まではいつか元に戻るだろうと高を括っていた彼女もついに我慢の限界。そのままの勢いでチームルームを飛び出していってしまった。

 

 

タキオン「.........捕まると思うかい?」

 

 

デジ「いや〜どうでしょう?トレーナーさん結構ずる賢いですし、案外捕まらないんじゃないです?」

 

 

ライス「ら、ライスもそう思うかな.........」

 

 

 意外にも彼女達の下バ評は、トレーナーくん寄りの物であった。確かに、彼の悪知恵の強さは目を見張るものがある。それ以外でどうか何か見張れるものを持っていて欲しい。

 私はため息をはぁ、と吐き。いつも通り淹れた紅茶を一口飲んだ。

 

 

タキオン「.........?甘いな.........誰か何かを入れた訳じゃ.........」

 

 

ブルボン「私の視覚メモリーを参照しても、タキオンさんの紅茶に何かを入れた様子はありません」

 

 

タキオン「.........それは良かったよ。じゃあもう解決に近いねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「うわぁぁぁぁぁ!!!ごめんってぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

マック「許すわけないじゃない!!!!!良いから止まりなさい!!!!!」

 

 

 廊下を全力疾走で駆け抜けていくトレーナーさん。対して私は、なるべく彼を見失わないよう、力をセーブして走ります。

 なぜ、そのような事をしているのか?それは彼がなるべく人通りの多い所を選んで走っているせいです。お陰で怪我をしないよう、そして誰かを怪我させないよう彼を追わなければ行けません。本当、ずるい人です。

 ですが、私もただ闇雲に走っている訳ではありません。彼の考えている事など手に取るように分かります。

 

 

マック「くっ、他の方が沢山.........!」

 

 

桜木「ごめんマックイーン!!トレーニングはちゃんと見るから!!」

 

 

マック「見て指摘するだけではありませんか!!!」

 

 

 そう語気を強めて言うと、彼は身を縮み上がらせ、そのまま曲がり角へと曲がっていきました。

 しめしめ。どうやら私の思った通りに動いてくれている様です.........最近ではもう日常会話をせず、事務的な会話で終わらせ、トレーニングが終わればそそくさと帰宅してしまうトレーナーさんなんて、あんまりです!

 

 

マック「くっ!見失いましたわ.........!」

 

 

 曲がり角をようやく曲がると、彼の姿は見え無くなっていました。そこで私は、[周りに聞こえる様に]声を上げました。

 そう。これは作戦。普通であるならば、彼がまた曲がり角を曲がった先に逃げたと思い込むでしょう。

 ですが、私と彼は既に四年の付き合い。彼がどう行動するかだなんて、手に取るように分かります。

 そして.........

 

 

マック(.........あまり、ウマ娘の嗅覚を侮らない方が身のためだと教えて差し上げた方が良いのかしら?)スンスン

 

 

マック(いえ。やめときましょう。またこんな事が起きて対策でもされたら敵わないわ)

 

 

 視界から消えたトレーナーさんを、今度は目ではなく、その鼻を駆使して位置を割り出します。ウマ娘の嗅覚は科学的な視点で見れば、意識をすれば犬と同等、又はそれ以上に強くなるらしいです。普段の日常生活による進化により、普段は人並みですが、これを駆使すれば簡単に人探しが出来てしまいます。

 トレーナーさんの匂い.........少々はしたなくはありますが、これも非常事態。仕方の無い事なのです。その匂いを辿ると、すぐ近くの教室に入っていきました。

 

 

マック(ここまでは足音を立てずに.........ここからはより迅速にッッ!!!)ガララッ!

 

 

桜木「いぃ!!?ま、マック―――」

 

 

マック「捕まえましたわぁぁぁぁ!!!」ガバァ!

 

 

 彼に思考を許す時間を与える事無く、私は扉を開けてすぐに彼へと飛びかかりました。彼が逃げることの無いよう、背中を地面に付けさせ、ウマ乗りになって拘束します。

 

 

桜木「な、なにしてんの!!?」

 

 

マック「それはこの一ヶ月分の私のセリフです!!!」

 

 

桜木「うっ.........」

 

 

 痛い所を突かれた。と言うように顔をしかめるトレーナーさん。どうやら、避けていたのは意図的だったようです。

 ですが、まだ終われません。彼の口からなぜ避けられているのかを聞かなければ.........!

 

 

マック「なぜ避けるんですか!!」

 

 

桜木「そ、それは.........」

 

 

マック「.........まさか、この前の事件ですか?」

 

 

桜木「そ、それもあるにはある.........けど」

 

 

 この前の事件。それは正に、出版社を襲撃した事です。彼もそう察し、言葉を紡ぎましたが、最後の方はごにょごにょと口ごもっていました。

 それでも、私は彼の顔を覗き込みます。その答えを知りたいからです。答えが目の前にあるのに、黙って引けるほど私はおしとやかでは無いのです。以前までの私でしたら、頑張ってここで引きましたけど、彼に仮面を剥がされたらもう無理です。

 

 

桜木「.........恥ずかしい!」

 

 

マック「.........はい?」

 

 

 彼が意を決して、そう声を上げました。顔を真っ赤にして、耳も赤く、頭から湯気が出そうな勢いで。

 一方の私はと言えば、それがどういう意味か検討がつきませんでした。自分で考え、答えが出なかったので、彼に対して首を傾げると、更にその頬を赤くしました。

 

 

桜木「.........その、幼い頃、お世話してくれたお姉さんが、目の前に変わらずに居て、恥ずかしいんだ.........」

 

 

マック「.........まぁ」スルッ

 

 

 思ってもみなかった反応。彼は不貞腐れるように私から顔を背けましたが、視線だけはチラチラとこちらに向けてきます。そういう仕草が何となく、幼い彼を思い出してしまいます。

 私は思わず、彼の腕を掴んでいた手を離してしまいました。力が抜けてしまったのです。そして、段々と恥ずかしさが湧き上がってきます。

 

 

マック「.........///」ポッ

 

 

桜木「.........なんで君も恥ずかしがるの」

 

 

マック「だって.........本当に、素敵なお兄さんだったんですもの.........///」カァァァ

 

 

 あの時、幼い頃の自分の目に映っていた彼は、とても素敵な方でした。面白くて、周りの大人の人より少し幼くて、それでいて、見えない部分は大人びていて.........

 子供相手でも全力で相手をしてくれて、全部正直に答えてくれる彼は、まるで本当に血の繋がった兄のようで.........ご兄弟の居る人が少し、羨ましいと思ってしまいました。

 

 

マック「.........あ、貴方はどうでしたか?幼い頃の私は.........?」

 

 

桜木「えっ、ど、どうってそりゃ.........年相応で、可愛いなと.........」

 

 

マック「か、かわ!!?」

 

 

桜木「え!!?あいや!!!うん!!!子供らしい可愛さね!!!」

 

 

 慌てて両手を振り、自分の言った事を訂正するトレーナーさん。か、勘違いした私が一番悪いのですが、そんな全力で否定しなくても.........

 

 

桜木「あの、そろそろ退いて貰えません.........?」

 

 

マック「もう逃げません?」

 

 

桜木「無理よ。流石に勝てないよ」

 

 

 諦めのポーズでげんなりとした顔を見せる彼を見て、少し笑ってしまいます。仕方ないので、降りてあげましょう。

 彼から降りると、その倒れた姿勢から上半身だけを起こし、その場に座りました。何故かあぐらの体勢から直ぐに正座に変わり、私もそれに釣られて正座をしました。

 

 

桜木「それにしても、マックイーンのお母さん凄かったなぁ.........」

 

 

マック「ええ。ああ見えても、自慢の母ですから」

 

 

桜木「そういえばこの前家に行った時に居なかったけど、どっか行ってたの?」

 

 

マック「あの時は確か、メジロ武術の講演会であちこち飛び回っていましたから。私の護身術も母から教えてもらったものですのよ?」フフン

 

 

 私が胸を張ってそう言うと、彼は感心したように声を出しました。私のお母様は普段、あのような気だるげな.........ゴールドシップさんからハイテンションを取ったような方ですが、真面目にやる時はしっかりしているのです。

 今は確か、メジロ武術の今後の発展についてのお話が開かれており、全国各地から師範代の方を集め、今後の展望についてのお話を実家の方でされているはずです。

 そのような場に居合わせた事はありませんが。きっと、大変真面目にお話を詰めているのでしょう.........

 

 

 一方その頃。

 

 

ティタ「は〜い」

 

 

「.........ではティターン様、意見を」

 

 

ティタ「もうこの際、面倒だから地下闘技場でも作って、色んな武術の猛者と戦いましょうよ〜。いい宣伝になりますよ〜?」

 

 

「却下です。真面目にやってください」

 

 

ティタ「え〜?すんごく真面目に答えたのに〜.........」ムスッ

 

 

ティタ(.........めんどくさ〜い)フワァ

 

 

「あくびしないでください」

 

 

 老若男女様々な人々が、長いテーブルを囲むように座り、今後自分達の進退を決める会議に真面目に参加している中、メジロマックイーンの思惑とは裏腹に、ティターンはつまんなそうにしていた。

 

 

 そんな事すら露知らず、マックイーンと桜木の会話は、彼女の事で持ち切りだった。

 

 

桜木「そういえばさ、マックイーン三歳までは普通のお家だったんだろ?どうして?」

 

 

マック「.........あまり気分のいい話ではありませんよ?」

 

 

 どうしたものか、そう思い、私は口元に手を当て考えました。話自体は聞いている為、話せはするのですが、あまり誰かに話すような事ではありません.........

 しかし、目の前に居るのは知らない人ではなく、一心同体を誓い合ったトレーナーさん。彼なら、この話を誰かに言いふらす事は無いはずです。そう思い、私は口を開きました。

 

 

マック「.........実は、お母様とお父様は駆け落ちで結婚し、お母様はメジロ家を勘当されていたのです」

 

 

桜木「.........え!!?」

 

 

マック「実家の方へは文通でやり取りはしていたのですが、おじい様がお亡くなりになった際、遺言で仲良くしなさいと言われ、おばあ様はお母様と話し合い、仲を戻したのです」

 

 

 私も、改めて聞いた時は驚きました。両親達からではなく、爺やにせがんで何とか聞かせてもらった話だったため、少しの間顔を合わせても、変な空気になってしまった記憶があります。

 でも今は、おばあ様とお母様はとても良い関係を築いておられます。きっとこの先はもう安心でしょう。

 

 

桜木「凄いな.........俺とはまた別の意味で複雑だ」

 

 

マック「.........?そうなんですの?」

 

 

桜木「あっ、悪い。その話はまた別の機会にな。流石に胸糞悪すぎる」

 

 

 先程までドキドキとした表情だったのですが、その話題を聞き出そうとした瞬間、怖いほど真剣な顔になり、彼は話題を切り上げました。

 そうして、しばしの静寂が流れます。私の瞳には、彼の姿が映し出され、その姿をじっと見てしまいます。

 .........どこまで行っても向こう見ずで、愚直で、それでいて素直で、ちゃんとした自分を持っている彼。やっぱり、こうして向き合っていると.........

 

 

マック(.........好き)

 

 

マック(今この場でそれを、なんの気兼ねも無く言えたのなら、幸せだったのに.........)

 

 

 言いたい。だけど、言えない。勇気が出ないから?彼から貰う返事が、私の想像と違っていたら怖いから.........?

 いいえ、きっと彼は、許してくれると思います。私が抱く、この思いを。けれど、きっと彼はそれを許すだけで、自分の思いを伝えてくれる事は無いと思います。

 彼は、人に優しい人だから、誰かが幸せになるなら、自分を顧みない人だから、道の上で、もし彼が、彼より私を幸せにしてくれる人が現れてしまえば、きっと背中を押して、私を突き放してしまいます。

 だから、この思いは、私からは打ち明けません。彼が、私の隣に居たいと言ってくれるその日まで、私も、この気持ちを頑張って押さえ込んでみせます。

 そう、葛藤を押さえ込んでいると、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響きます。しばらくすれば、次の授業が始まってしまう。私は正座からゆっくりと、その場に立ち上がりました。

 

 

マック「.........では、また放課後のトレーニングで.........」

 

 

桜木「あっ、その前にもう一つ質問良い?」

 

 

マック「?どうぞ」

 

 

桜木「あのさ、メジロ[ティターン]さんがいるならさ、メジロ[エゥーゴ]とか居たりする?」

 

 

マック「.........?」

 

 

 彼のその質問の意味が分からず、思わず首を傾げてしまいました。そんな私を見て、答えが分かったのか、彼はその質問を謝り、その場から立ち上がりました。

 これで、彼との関係は元通り。これからはきっと、いつも通りの日常が進んで行くと思われます。

 

 

 そして、その私の思惑の通り、日常は緩やかに、そして速やかに過ぎ去っていきました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節はやがて、冬から春へと移り変わるであろう。そんな予感を感じさせる一月の初め。俺達はそんな新年のお祝い行事も程々に、トレセン学園のグラウンドで、トレーニングに精を出していた。

 

 

桜木(ライスの調子はまずまずか.........有馬記念もあったし、少しペースダウンさせてから上げていくか)

 

 

 遠目からマックイーンと併走をしているライスの様子を観察する。12月の終わりにある有馬記念で、彼女は8着であった。正直、あまり良い成績では無い。

 だが、これには原因がある。同じレースに出走していたトウカイテイオーの存在だ。マックイーンと同じ、春の天皇賞で怪我をしていたテイオーだが、その復帰はマックイーンよりも早かった。

 そして、そのテイオーが不調だったのだ。その姿を見て、心配になったライスはその時五番手だったテイオーの後ろに着く形でゴールを踏んだ。彼女の優しさが仇となったレースだろう。

 

 

桜木「.........んでもって、テイオーはまた骨折か〜」

 

 

沖野「.........はぁぁぁ」ガックシ

 

 

 俺がそう残念そうに両手を後頭部に乗せながら言うと、隣にいる沖野さんは頭に手を当てて、がっくしと項垂れた。この人自身も、まさかこうなるとは思っていなかったらしい。

 

 

沖野「どうすんだよもう.........本人はまだやる気あるけどよぉ.........流石にテイオーステップ止めさせるべきなのかぁ?」

 

桜木「そうっすよねぇ.........いくらタキオンのアイジングケアの効果が良いからって、こうなんども怪我してると.........」

 

 

 二人でそうボヤきながら、遠くで一人ベンチに座るテイオーの様子を見る。彼女はまだまだやる気に満ち溢れている。その証拠に、上半身を鍛えながら、走っている仲間の姿を見て、勉強している。

 .........確かに、タキオンの作ったアイジングスプレーは目を見張るものがある。怪我の治癒を促進させ、最短復帰を目指すにはとても良い代物だ。だが、だからと言ってこうも怪我をされると不安になってくる。

 それに何より.........タキオン自身が、この連続で怪我をする事態に、どこか納得が行っていないらしい。それが一番、怖い所だ。

 

 

ウララ「つ、疲れた〜.........」

 

 

桜木「お?おう!タイヤ引きご苦労さん!ちゃんと三週したか?」

 

 

ウララ「うえ!!?う〜ん.........忘れちゃった.........」

 

 

桜木「あはは!まぁそんだけ疲れてんだ。三週したって事にしとこう」

 

 

ウララ「ほんとー!!?わーい!!」ピョンピョン!

 

 

 横から現れてきたのは、先程タイヤ引きを命じていたハルウララだった。最初はとても疲れた様子だったが、終わりを告げてやると直ぐに元気を取り戻した。可愛いやつめ。

 怪我や体調を崩している子を見つける為に、クーラーボックスにドリンクを詰め込んで巡回している黒津木の頭を引っぱたいてからドリンクをかっぱらう。なんか言われた気がするが無視だ無視。学園の生徒に手を出す犯罪者を俺は許さない。

 

 

ウララ「ちゅ〜♪」

 

 

桜木「たくさん飲んで大きくなれよ〜?」ワシャワシャ

 

 

ウララ「うん!!ウララ強くなるよ!!」フンス!

 

 

沖野「.........なんか、ウララだけはこの先怪我だけはしなさそうなんだよなぁ〜」

 

 

桜木「あっ、それ俺も思いました」

 

 

ウララ「?」

 

 

 俺達の会話を聞いて、首を傾げるウララ。そんな彼女の頭をもう一度撫でてやると、嬉しそうに、そしてくすぐったそうに声を上げた。本当、可愛いやつ。

 それにしても、この儚げとは縁のない雰囲気のせいか、彼女が怪我をして悲しむビジョンが一切湧いて来ない。案外、沖野さんの言う[無事是名バ]を体現しているウマ娘なのでは無いだろうか?

 

 

沖野「.........」

 

 

桜木「そんな目をしてもあげませんよ。ウララはうちの子です」

 

 

沖野「取らねぇよ.........お前怖ぇし。今特別移籍の期間でもねぇし。どうせ来ても今の状況とそんな大差ねぇし」

 

 

 不貞腐れながら、この人は顎を手に乗せ、俺からそっぽを向いた。そんな姿がいつもの沖野さんらしくなくて、つい笑ってしまう。

 ドリンクを一生懸命飲んでいるウララに視線を移す際、先程併走していたマックイーン達の事を思い出し、その方向を見ようとするも、そこには既に、彼女達は居なかった。

 

 

マック「ただいま戻りましたわ」

 

 

ライス「ただいま!お兄さま!」

 

 

桜木「おう!おかえり二人とも、調子はどうだった?」

 

 

マック「まだ全力で走る事はできませんが、調子は良い方です」

 

 

ライス「ら、ライスはちょっと疲れ気味かも.........」

 

 

 俺の前に並んで立つ二人の様子は対称的だ。マックイーンの方は怪我が完治していないが、ストレス発散の為に流す程度に走ってもらった為、少しスッキリした表情だ。

 一方のライスは、まだ有馬記念の疲れが抜けきって居ないらしい。これは思っていた以上だ。今日は休ませてやった方がいいだろう。

 そう思っていると、マックイーンが何かを探し始めるようにキョロキョロと辺りを見渡し始める。何か落し物でもしたのだろうか?そう思い、理由を問おうとする。しかしその前に、彼女の方から口を開いてくれた。

 

 

マック「ブルボンさんは今どちらに?」

 

 

桜木「ああ、東さんと黒沼さんの二人と販路だよ。次いでにデジタルとタキオンも付けてる」

 

 

沖野「ブルボンかぁ.........そういや、ジャパンカップ勝ったんだよなぁ」

 

 

 思い返すように、沖野さんは口を開いた。その言葉と共に、ターフに生い茂る緑が風に揺れた。

 .........そうだ。ジャパンカップ。ブルボンが勝ったんだ。あの時、みんなで見に行ってたけど、ゴールドシップがなんか、凄い喜んでたな。

 

 

桜木「.........これから、また走りますよ。ブルボンは」

 

 

沖野「ああ、その為にも頑張れよ?[トレーナー]殿?」

 

 

 そう言って、彼は軽口を俺に向かって投げつけた。それを聞いた俺達は顔を見合わせ、笑い合った。

 ターフの上で、風が心地よい、この緑の大海原で、俺達は笑っていた。これまでも、そしてこれからも、こんな日が続いて、心の底から笑えるような日が続く。何だかそう思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズキッ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛みが走った。ちょうどこめかみの部分。電気のように一瞬で、鈍器で殴られたような強い痛み。

 一瞬だけだったから、何とか耐えることが出来た。それでも、それは俺に何かを思い出させるように、記憶の扉をこじ開けようとする。

 .........俺は、逃げた。今この空気を壊したくは無い。手放したくない一心で俺は、今度は自分からこの扉に鍵を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ニュ――速報―す。ジャ――カッ――走予定だ――ミホノブルボンさ―が―――.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........デジタル?」

 

 

 頭の中で流れていた、何かの欠片。記憶と言うには朧気で、幻と言うには鮮明だったそれから現実世界に連れ戻してくれたのは、アグネスデジタルであった。

 肩で息をし、その伏せた顔に汗がびっしりと発汗していた。だがそれは、ここまで走ってきた事によって発生したものでは無いと予感が教えてくる。

 

 

沖野「お、落ち着け!まず何があったか「ブルボンさんが!!!」.........!!?」

 

 

 そう言って、彼女はその伏せていた顔を俺達に見せるように、上げた。そこには確かに、汗が全体的に滲んでいた。疲れや、運動によるものでは無い。

 彼女の顔色は、すこぶる悪かった。今まで見た事ないような青ざめた顔で、そして、その頬に、汗ではない涙を走らせていた。

 

 

ライス「ぶ、ブルボンさんが.........?」

 

 

デジ「.........っ」キッ

 

 

 次の言葉を言おうと、身体に力を込めるデジタル。しかし、それでも、それを言う事を身体が拒むのか、彼女はその唇を強く噛み締めた。

 次第に暗くなっていく外。太陽が完全に、厚い雲に隠れ、淀んだ空気がこのターフを、世界を包み込んでいく。

 

 

デジ「.........ブルボンさんが.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「っ.........!!!」

 

 

東「ブルボン!!?しっかりしろ!!!立てるか!!?」

 

 

黒沼「誰か担架を持って来てくれ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........骨折しました.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [苦しみ]の影が忍び寄る.........

 

 

 [悲しみ]の足音が聞こえてくる.........

 

 

 [悪夢]が全てを包み込もうとする.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued

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