山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
「〜〜〜―――!!!」
桜木「.........慣れないな、この歓声は」
冬が終わって春が回る。人生の内に何度も体験しているそれには既に、飽きが来るほど慣れている。
そうだと言うのに、この歓声は何度聴いても慣れる事はない。初めて聞いた時の様な興奮と、初めて聞いた時から積み重ねられる緊張と恐怖が、確かに存在している。
そんな俺の肩を誰かがちょっかいを掛けるように叩く。誰かは知らんが、こんな大舞台だ。きっとあの人に決まっている。俺はそう思い、一度その手を、姿を見ずに払った。
それでも何度も何度も、飽きもせずに俺の肩を叩く。こんな大舞台で、緊張もしてるんだ。構いたくなかったが、俺は振り向いてソイツに向かって声を上げた。
桜木「おいトマトッ!!!これからマックイーンとライスが走るってぇのに、俺の緊張邪魔ァするたぁいい度胸じゃ―――」
ティタ「わっ、びっくりした」
桜木「」
ゴルシ「うわ!!?母ちゃんじゃねー!!?」
死んだ。社会的にも、将来性的にも俺は死んでしまった。ゴールドシップの母親のトマトだと思ったらそうじゃなかった。俺はもう一生マックイーンと共に居られないかもしれない。
トマト「何やってんだアンタら」
桜木「テメェ.........!!!」
トマト「はァ!!?アタシがなんかしたか!!?」
何も知らないトマトが隣から呆れた表情で俺に声を掛けてきた。運の尽きだな。今の俺は沸点が低い。
俺の喧嘩を買うように、トマトは俺に無言で近寄り、ガンを飛ばしてきた。俺もそれに負けじと、言葉も無くコイツを睨み付ける。
タキオン「マックイーンくんの母親だね?」
ティタ「あら♪もしかして私って有名人?」
タキオン「何度か研究資料として映像を拝見させて貰っていたんだ。会えて光栄だよ」
そんないざこざなど露知らず、タキオン達はマックイーンのお母さんに挨拶をしていく。俺もそうしたいのは山々だが、タワーブリッジを決められている今、そちら側には行けそうにも無い。
ゴルシ「あれ?でもよー。今まで会場で見た事ねーけど、なんで今日来たんだ?」
ティタ「マックちゃんに見に来てーって頼まれたのよ〜♪いつもだったら忙しい私に気を使ってそんな事言わないのに」
桜木「へ、へ〜.........そうなん、うぐっ」
トマト「いや、降ろしてやるから言えよ会話してぇなら.........」
そう言われて下ろしてもらった俺は、乱れた息を何とか整わせる。とりあえず、さっきの事を謝ろう。そう重い頭を下げると、ティタさんは笑って許してくれた。
ティタ「良いの良いの♪未来のマックイーンの旦那さんなんだから♪」
全員「ええぇぇぇぇ!!!??」
トマト「.........えぇ」
桜木「待ってくださいそれ本当に何の話ですかマジで」
俺をからかうようにクスクスと笑う女性。やはり普段は自由奔放に見えるが、時折見える仕草というか雰囲気が、やたらと上品なのは気の所為では無いのだろう。
ティタ「ごめんなさい♪トレーナーさんが素敵な人だから、そうなったらいいな〜って願望がつい♪」
桜木「いや、ついって.........」
ティタ「それにあの子、幼い頃は天皇賞制覇を誓ったトレーナーさんと夫婦になるのが夢だーって言ってたのよ〜♪」
えぇぇぇそれは本当にまずい.........いや、まずいって言うか今の俺的には嬉しい事ではあるのだが、この話は絶対マックイーンの前では言わない方が良いだろう。お口チャックが懸命だ。
深呼吸をして、精神を落ち着かせる。マックイーンも確かに気になるが、今一番気にしなければ行けないのは、ライスの方だ。
ゲートを前にし、時間が来るまで柔軟や精神統一などをして過ごす出走メンバーの中、一人その両手を胸元で握り締めるライス。俺はその姿を見ながら、周りの声に耳を傾けた。
「なぁ、誰が勝つと思う?」
「そりゃお前!マックイーンだろ!!!」
桜木(.........そっか、そりゃそうだよな.........嬉しいけど、なんか、悲しいな.........)
どこか、分かりきった答え。ここに居る皆が、マックイーンの勝利を願っているに違いない。そしてそれは、マックイーンの姿を見ればよく分かる。
彼女は、期待という視線に敏感だ。それで以前、走りの調子を崩した事もある。そんな彼女が少し、不安そうにしている。
俺も不安を感じている。これから先、一体何が待ち受けているのか.........俺はまだ、それを受け入れられる覚悟ができていない。
「.........じゃあ、誰を応援する?」
「はは!んなもん決まってんだろ!!」
桜木「.........」
「[ジャックポットは狙うべきものじゃない]。だろ?」
桜木「え.........?」
その時聞こえてきた言葉は、確かに聞き覚えがあった。そしてそれは確かに、俺がどこかの過去で言っていた言葉だったはずだ。その言葉に釣られるように、意識と視線をそちら側に向けようとした。
だが、その言葉を言った人達の姿を視界に捉えることは出来ない。代わりに、本来ここに来る予定ではなかった男の姿があった。
ニコロ「.........なんだ、何故俺を見る?」
桜木「あいや、別にお前を見た訳じゃ.........どうしてここに居るんだ?今日はレポート忙しいんだろ?」
ニコロ「俺は自由の国アメリカ出身だ。出すか出さないかは俺の自由だ。それくらい許容される」
さすがUSA生まれ。やりたい事とやるべき事を天秤に掛けたらそうなること間違いなしの国。まぁコイツの場合、普段の勤務態度も真面目だし、偶には良いだろう。
しかし、何故コイツも今になって?そう思い口を開こうとしたが、俺はすぐ、その理由がなぜだか分かった。
桜木(.........そうか)
桜木(そういやもう、帰っちまうんだっけか)
海外研修生。それが今のコイツの肩書き。一年間一緒に居たせいで、すっかり失念していたが、コイツはお客様の立場だ。時間が来れば、自分の家へと帰っていく。
そう思うと、コイツになんて言葉をかけていいのか、分からなくなってしまった。いつも通りの言葉すら、出てこなくなってしまった。
何も、言えることは無い。そう思いレース場に視線を移そうとすると、不意にデジタルが声を上げた。
デジ「あっ、そう言えばブルボンさん」
ブルボン「?なんでしょう、デジタルさん」
デジ「控え室でライスさんに何か渡してましたけど、何を渡したんです?」
そう言われてみると、確かにそんな記憶がある。皆がそれぞれ、レースが始まるまでの間の心の準備をしている時、彼女はライスと何かを話し、何かを渡していた。
皆の視線が彼女に集まる中、ミホノブルボンはその口元に笑みを浮かべ、静かに瞳を閉じた。
「彼女が全力で走れる、おまじないです」
ーーー
マック(.........)
春の風が一陣、私達を追い越すような形で、先にレース場を走っていきます。長い髪と共に、駆け出したくなる気持ちが湧いてきますが、今はまだゲート入り前。その時ではありません。
ゆっくりと呼吸を整え、ゲートに入ろうとします。私の枠番は4番。順当に行けば内側を走り、レースを制すことが出来る得意な出走枠です。
しかし、私は2番の出走枠に入っていく彼女を見て、息を飲みました。その理由は二つ。
一つは、彼女の気迫。このレースに全てを賭けていると言っても過言では無い程の熱量が、彼女から感じ取れました。
そしてもう一つは.........
マック(っ.........考えましたわね、ブルボンさん.........!)
ライス「すぅ.........ふぅぅ.........!」
ゆっくり吐息を整え、ゲートの中へと入っていく彼女の耳に着いている髪飾り。それはいつもの薔薇の花飾りと、チーム[レグルス]の証である王冠。
ですが、それは一つではありません。彼女が今付けている王冠は[二つ]。今の彼女の身体には、彼女自身の意思と、ブルボンさんの願いが宿っています。
マック(.........では、私もそろそろ―――)
『待ちなさい』
マック「っ.........!!?」
突然聞こえてきた制止の声。まるで、私の傍に居て声を掛けてきたかのような鮮明さが、恐怖と混乱を私の中で生み出しました。
しかし、既にゲート入りしていないのは私だけ。誰かに声を掛けられるなんて、そんな事はありません。だけど、それは実際に起こっている.........
私の身体は、前へ進もうとする意志とは裏腹に、まるで石のように硬くなって動く事も出来ませんでした。
『力を貸してあげる』
マック(!貴方.........あの時の.........!!!)
再び聞こえてきたそれは、どこかで聞いた覚えのある声。そしてそれがどこで聞いたものなのか、今ようやく気が付くことが出来ました。
それは、テイオーと苛烈を極めた去年の天皇賞。私に何故走るのか?という事を問いかけてきた声そのものでした。
『相手が二人なら、こっちも二人。その方がフェアでしょう?』
マック(.........)
その声は優しく、私を諭すように静かに語りかけてきます。そしてそれはある意味、理にかなっている。
確かに、私は彼と、一心同体の関係を築き上げ、それを走りに還元してきました。それは今でも変わりません。
しかし、相手は走る者の心を二つも持ち合わせている.........分が悪い、とは言いませんが、強さはもしかしたら、あちらの方が上かも知れません。
『.........決まりね。だったら早いところ貴女の共振を(勝手に.........!!!)―――?』
マック(決めないでッッ!!!)グイッ!!!
『なっ.........!!?』
硬直する身体を無理やり動かし、現世から意識が離れかけている所を、しっぽを無理やり引く事で意識を集中させます。尾の付け根がギチギチと音を出してしまう程の力で引っ張っている為、痛みも伴っています。
でも.........それでも.........!!!
マック(この勝負は!!!私の勝ち負けの問題だけじゃないの!!!これは、彼女の問題を解決する為のレース!!!)
マック(どこの誰だか知らないけど!!!私のやり方に口出ししないで!!!)
『.........』
わがままなのは百も承知。けれどここで自分を押し通せない者が、チームのエースを名乗る事など出来はしません。
そして何より.........私のこの身体に、誰とも知らない心を共存させる程、私はお人好しでは無い。この身体には、私の心と彼の思いがあるだけで、今は十分なのです。
そうしてしっぽがそろそろ限界を迎えそうになった時、ようやく身体が前へと歩き出し、ゲートの中へと入って行ってくれました。
ライス「.........?マックイーンさん?大丈夫.........?」
マック「!.........ええ、心配は要りません。遠慮なく全力でお願いしますわね、ライスさん」
乱れた息を整えぬまま、彼女に対して笑顔を向けます。あの声は既に、私から離れて行ったのかすっかり息を潜めてしまいました。
これでようやく、レースに集中できます.........!
ライス(.........凄い声援、ここからでも、分かっちゃう)
ゲートに入りながら、ライスのお耳に入ってくる音に意識を傾ける。これから始まるレースにみんな、ううん.........これからマックイーンさんが三連覇するかもしれないレースに、期待してる。
ライス(きっと、ライスが勝ったらみんな、がっかりしちゃうよね.........)
ライス(.........だけど)
悲しい気持ちが、胸の中でじわりと溢れ出した。けれど、それを塗り潰すように、レースに対する闘志が、そして、マックイーンさんに対する憧れと尊敬が、上から包み込んでくれる。
.........ブルボンさんも、いつもこんな感じだったのかな.........?
ライス(.........勝つよ。ライス、絶対に勝ちたい)
ライス(ブルボンさんが負けたのが、こんな弱いライスだったなんて、みんなに見せたくない.........!!!)
「春の[天皇賞]、3200m先の栄光を目指して―――」
「―――今、スタートしましたっ!!!」
ーーー
沖野「っ、始まったぞ」
ニコロ「.........」
ゲートが開いた。群れを生したウマ娘達の重々しい足音が、まるでオーケストラのようにしっかりと聞こえてくる。
その中に二人、この日の為に日夜トレーニングを積んできた姿を間近で見てきた二人が居る。
桜木(.........苦しいな)
夢を追う、その行為は決して、悪い事では無い。だが、その夢を追う者が多かった時、大抵の場合のそれは、早い者勝ちだ。その世界は、この世で一番厳しい世界だと俺は知っている。
その世界で、彼女達は走っている。大人顔負けの気迫と根性で、今ようやく、あと3200mという所まで差し迫っている。
そう思うと無性に.........堪らなくなる。
ティタ「.........辛い?」
桜木「.........ええ、俺が言うのも変ですけど。辛いですよ.........」
トマト「.........良いんじゃねぇか、それで」
大人二人にそう助言され、少しだけ気持ちが楽になる。本当、ここぞと言う所で俺は弱い。
だが、怖気付いてばかりじゃ居られない。今はもう、彼女達が走っている。その姿を見逃さないよう、俺は全神経を目に集中させ、その行く末を見届けようとする。
ブルボン「正面に来ます.........!」
ウララ「ライスちゃーん!!マックイーンちゃーん!!どっちもがんばれー!!」
タキオン「さて、今回は何が起きるのか.........」
正面へと回ってくるウマ娘達、その足音は音楽から地響きへと変貌を遂げ、その力強さに興奮と恐怖を感じてしまう。
それでも、俺の目はそこから目を離すことは無かった。その力強さに、ある種の憧れを抱いているからだろうか?それとも、自分の知っている彼女達がそこに居るからだろうか?そんな事は、定かでは無い。
ただ分かっていることは、ここから先、ノンストップでクライマックスまで下り坂という事だ。止まることはありはしない。彼女達がそのスピードを落とす時はもう、すべてが終わったあとだ。
桜木(俺はダメな男で、弱い人間だ)
桜木(それでも、こんな俺にも、君達のトレーナーである資格を持ち合わせていると言ってくれるのなら.........!)
桜木(せめて.........見届けさせてくれ.........!!!)
ーーー
突き抜ける風のように走り行く。そのスピードに身を任せつつ、今この現状をどう打開してみせるかを、私は考えていました。
マック(位置は4番手、いつも通りなら順調と言っても良い位置.........ですが)
後ろから聞こえてくる息遣い。この春の天皇賞に至るまで、何度も聞き続けてきたそれを、聞き間違えるはずはありません。
彼女、ライスシャワーが後方にピッタリとくっついている。こんな激しいレースだと言うのに、それがハッキリと感じ取れてしまうほど、彼女の気迫は凄まじい物でした。
マック(.........ホント、下手したら声まで)
『凄いなぁ、マックイーンさん.........』
マック(え.........?)
[共振]が発動している!!
『けど、ライスだって負けたくない.........!』
『勝つんだ!!ブルボンさんと一緒に!!!』
彼女の声に一層力が込められたその時、私の本能が警告音を最大限にして危険を知らせてきます。
彼女の声が何故聞こえてくるのか、その理由は定かではありません。しかし、不思議と彼と共に居る時の感覚と似たような物を感じ取れます。
マック(.........っ、あれを引き離して勝つには、相当無理をしなければなりませんね.........)
『だから言ったでしょう?』
レースの熱気で発生している汗とは違う、若干心地良くない汗を拭うと、またあの声が聞こえてきます。
次第に周りの方々のスピードは緩やかに、そして景色は灰色へと移り変わり、意識はやがて、現実世界から離れて行きます。
『まぁ、貴女が頑固でわがままなのは知ってるけど』
マック「ここは.........あの時の」
先程から、理解が追い付けないほどに状況が二転三転して行きます。今私が居るのは、どこかの庭園。しっかりと手入れされた木や植物の中で、一つポツンとティーテーブルが置かれています。
そして、そこには一人。いいえ、[人]、と言ってもいいのか分からないほど、姿がハッキリとしない存在が、そのテーブルに接している椅子の上に居ます。
『ねぇ、本当に貸さなくていいの?』
マック「.........先程も言ったはずです。これは、単に栄光を掴むためだけのレースではないと」
『.........まぁいいわ、[あと数えるくらい]だけど、チャンスはあるしね』
そう言って、その存在は姿を消そうとし、この空間はガラスのようにどんどんヒビが入って行きます。
けれどそれでは、まるでこの人の思う通りに事が進んでいるようで、あまりいい気分ではありません。そう思った私は、それに問いかけました。
マック「聞きたいことがあります。なぜ、あの時私を諦めさせようとした貴方が、こんなことを?貴方は一体.........?」
『.........そうね。それを聞く権利が貴女にはあるわ』
そう言って、消えかけていたそれは再び確かな陽炎として姿を表し、徐々に私の方へと近付いてきます。
.........おかしいです。私はこういう、その、ホラーは苦手なのですが、不思議と恐怖を感じる事がありません。
それが目の前まで近づいてきても、私は動揺すらせず、逆に安心して、その存在の次の行動を見守っていました。
『.........火をつけられたから』
マック「火を.........?」
『私は貴方を知っている。春も夏も秋も冬も超え、雨も風も雲も闇も超えて走ってきた貴女を知っている』
それは優しく私に話しました。まるで、おばあ様が思い出話をしてくれるような声で、私にそう言います。
じわり、と。胸の奥で溢れる感情と思い出が、この空間のヒビに映し出されます。彼との思い出、チームとの思い出、思い出したくない物、忘れていた物まで、ありとあらゆる記憶がこの空間に散りばめられていました。
『.........[奇跡]だって超えてくれるんでしょう?』
マック「.........はい」
『だったら、痛みも苦しみも悲しみも絶望も、きっと超えてくれる』
そう言って、その陽炎はふわりふわりと不規則に揺れていたのが、強さを増し始めていました。
そろそろ消えてしまう。けれど、まだ肝心な事を聞けていません。
マック「待ってください!!貴方は一体.........誰なんですか!!?」
『.........んー。それを話すのは簡単だけど、ある程度のミステリーは物語に必要不可欠よね?』
そう言うとその陽炎は、その揺らぎを落ち着かせました。ですが、先程よりも揺らぎが収まったそれは、 若干ではありますが、その姿を見せてくれます。
それは、女性でした。顔や体型は分かりません。ですが、動きの仕草や、鮮明になってくる声からそれが分かりました。
そして、陽炎。彼女は人差し指を私にはまだ見えない口元に当て、こう言いました。
『ミスターM、というのはどうかしら?』
ーーー
「先頭はメジロマックイーン!最終コーナーを回って最後の直線に入ってきました!」
始まるまでが長かったこのレース。始まってしまえば、息もつく間も無く終わってしまう。拳を握り、その行く末を見届ける為に、俺は息を飲んだ。
桜木「.........っ」
ゴルシ「.........おっちゃん」
桜木「大丈夫だ.........俺は、大丈夫」
何が大丈夫、だ。大丈夫なものか。本当にそうならそういう奴はそんな事言わないんだよ。こんなの、ただの自己催眠以下の紛い物の呪文だ。
それでも、俺はそれに頼るしかない。例えどちらかがここで負けてしまったとしても、俺は彼女を支えるし、ライスを支える。
.........俺が支えなきゃ、ダメなんだ。
タキオン「っ!ライスくんがマックイーンくんを抜かしたぞ!!! 」
桜木「!マックイーン.........!」
時が止まって欲しい。もし仮に止まったとして、何をするかと言われれば何もしない事になると思うが、俺は心底そう思った。そう、思ってしまった。
俺はトレーナー失格だ。どちらかが勝つしかない舞台で、俺は.........どっちもを応援できるほど、器用じゃない.........だから今の俺は、どっちも応援できない、ただの中途半端野郎に成り下がっていた。
それでも、時は無常に進んで行く。例え後悔があろうと、例えやり残しを思い出したとしても、それは慈悲深く、明日を先延ばしにはしてくれない。
だから.........結末は、変えられない結末はいつだって、訪れる。
「ライスシャワー1着でゴールインッ!メジロマックイーンは2着!」
春の風が吹くレース場。最早春の顔となったマックイーンを押し退け、勝利という桜を花開かせたのは、ライスシャワーであった。
そんな彼女達の走る姿に、文句は何も無い。今までの事と、このレースに、やり残した事や思い残した事は無い。
テイオー「マックイーン.........」
ティタ「.........良く頑張りましたね。マックイーン」
マック「ハァ......ハァ.........」
息も整えぬまま、こちらの方を見上げるマックイーン。それに応える様に、俺は微笑んだ。自然と、微笑むことが出来た。
だが、会場は激烈したレースとは裏腹に、シンと静まり返っていた。それに気付いたのは、1着でゴールを踏んだライスの姿を見てからだった。
不安そうにしている、ある筈の歓声が無い。それに気付いた時、俺はやはりと、顔も見た事もない人達に掛けた身勝手な期待を失望へと変えた。
桜木(.........ダメ、なのか)
桜木(なんでだ.........?一生懸命、走ったじゃないか.........!!!)
鉄柵を握る手に力が篭もる。こんなの彼女の為に勇気を出したマックイーンが、バカみたいじゃないか.........!!!
人々の様子を見るライスの表情は、だんだんと曇っていく。そしてついにその顔を俯かせてしまった。
.........どうすれば、良かったんだ。俺はあと何をすれば、彼女が悪者にならずに済んだんだ.........!
ゴルシ「.........おっちゃん、声出すぞ」
桜木「?.........ゴールドシップ?」
困惑する俺の隣に立ち、その両手で体を支えるようにゴールドシップもその鉄柵を掴み、大きく息を吸い込んだ。
彼女がする何かに察しが着くのと同時に、声が上がった。
「ライスゥゥゥゥゥ!!!!!!」
桜木「.........!!!??」
ゴルシ「.........は?」
その声は、ゴールドシップの物では無かった。思わず振り返ってみると、それは、名も知らない誰かだった。
まさか.........いや、でも。そんな反語と肯定を繰り返す思考なんてしている間に、どんどんと声は響き始める。
「凄かったぞぉぉぉ!!!」
「さっすがブルボンを倒したウマ娘!!!マックイーンにも勝つんじゃないかと思ってたんだぁぁぁ!!!」
「マックイーンも他の子も良かったよぉぉぉ!!!」
それは、一人の声じゃなかった。一人が声を上げれば、老若男女区別もつかない程の声が、この会場中から飛び出して居た。
桜木「.........なんで......?」
「.........貴方があの時言ったからですよ」
桜木「え.........?」
俺の呟いた言葉が届いたのか、顔も、名前も知らない隣にいた女性が話しかけて来る。その表情はじっ、と。ライス達の方へ向けられながら、彼女は言葉を紡いだ。
「.........私達も、子供に胸を張って居たいですから」
桜木「.........あっ」
(子供に胸張ってその姿見せられんのかよッッッ!!!!!)
あの日、俺が堪らず挙げた声。その声が、そんな、一人のちっぽけな男の声が、こんなに多くの人に届いたと言うのか.........?
俺は、もう一度彼女達の方を見た。視界に何かフィルターが掛かっているのか、ライスとマックイーンが握手している所が、鮮明に見えない。
桜木(.........なぁ、ライス)
桜木(人って、変わるんだなぁ.........)
桜木(変われるん、だなぁ.........!!!)
その日、少女は変わった。夢に憧れ、夢に怯えていた彼女はもう居ない。夢に触れ、夢を掴んだ少女はもう、それに怯えはしない。
そして、変わったのは少女だけではなかった。少なくとも、今このレース場に居る大人達は、あの日から変わった.........
変わって.........!くれたんだ.........!!!
桜木「ライスゥゥゥ!!!マックイーンンン!!!」
二人「!」
桜木「.........本当にっ、本当に!!!ありがとぉぉぉぉぉ!!!!!」
歪む視界を腕で擦り、二人に向けて大きく手を振った。二人はそんな俺の姿を見て、顔を見合せて笑ってから、最高の笑顔で手を振り返してくれたのだった.........
ーーー
マック「.........」
冷たい風が肌を撫でる学園のトレーニングコース。春と言ってもやはり夜は、まだ冬らしい寒さが残っています。
三度目の春の天皇賞。勝てば三連覇という、未だ誰も成し遂げたことのない快挙を遮られ、走ってきた意味も無くなったと言うのに、不思議と悲しい気持ちはありませんでした。
『考え事かしら?』
マック「.........急に現れますのね」
『そういう存在だから仕方ないわ。風邪引いちゃうわよ?』
不意に聞こえてくる声に、視線を向けます。やはりそこには、人の形は無く、空間が揺れ動いている事しか確認出来ません。
私は一息、空気を吐き出しました。胸の内のもやもやを吐き出す為に、それに、決別する為に。
『それにパーティもまだ終わってないじゃない』
マック「.........良いんです。今は、一人で居たい気分ですから」
春の夜風が吹く、トレーニングコースのターフの上。見上げた空の天井には、まるで宝石の様な輝きを放つ星々が、その光を地上に送っています。
その光を感じながら、私は一人。感傷に浸っていました。
マック(強くなりましたね.........ライスさん)
ライス『ら、ライスね?新しい夢が出来たんだ.........!』
思い起こされるのは、パーティグッズを身にまとわされたライスさんの、少し困ったような笑顔。三角帽子とたすき、そして鼻眼鏡が、その場の雰囲気を楽しい物だと教えてくれます。
ライス『.........今日のレースで、ライス。変われたと思うの。だから、変わる為に走るのは、今日でおしまい!』
ライス『ライスは今度から.........皆と走る為に頑張る!!』
強い決心。そして、素敵な笑顔の表情で、彼女は私達に向けてそう言ってくれました。
そしてそれが、彼女なりの感謝なのだと伝わったのです。
きっと、彼女の思い描く夢の中では、ブルボンさんや私が居て、タキオンさんにウララさん。果てには、チームマネージャーであるデジタルさんも.........同じコース上に居て、楽しく走っているのでしょう。
『.........羨ましい?』
マック「ええ、ほんの.........ちょこっとだけ」
マック「[走る理由]は、前回の天皇賞で見つけました。けれど.........それはやはり、楽しむには少し、重いんです」
私が今、何の為に走っているのか。それは、トレーナーさん。彼の隣に居る為です。
今の私は.........もう、メジロの誇りや使命では、到底走れない身体にされてしまっています。
自然体で走る。自然体で動く。まるで、そんな身体に引き寄せられるように、心も自然で居ようとしている。だから、果たしてしまった使命や、後から自分で付け足した程度の誇りなどでは、この身体は動いてくれないのです。
.........けれど、その[走る理由]は楽しむ為の物ではありません。私が[居たい場所]に居ることを、私自身が許す為に、今は走っている。
『.........強がらなくたっていいのに』
マック「なんとでも言ってください。こう見えても不器用ですから」フンス
『威張る所じゃないんじゃ.........?』
マック「.........?」
その陽炎は言葉を最後まで言い切ることはありませんでした。何かを見つけた様子を見せた後、彼女.........いえ、ミスターと言っていたのだから彼.........?は、また唐突に、その姿を消しました。
それがどこを見て、何を見たのかは定かではありません。ですから、その何かを探す為に振り返ってみると、直ぐにその答えは分かってしまいました。
桜木「よう」
マック「.........結局アレも、野次ウマと同じなのですね」ハァ
桜木「え?」
マック「!いえっ!こ、こっちの話ですわ!!」アワアワ
そうでした。普通に話しておりましたが、アレは正体不明の人物M.........あの様子では絶対私以外認識出来ない存在なのでしょう。
うぅ.........話したい、話して楽になりたい気持ちが沢山なのに.........彼は私以上にホラーや怖いのが苦手.........話してしまえば、きっと気絶すること間違いなしですわ.........
彼を視線から外し、俯き気味にそう思考を張り巡らせていますと、彼は私の隣まで歩いて来ました。
桜木「.........凄かったな、ライス」
マック「.........ええ、ライブも。素晴らしい物でした」
私の隣で腰を下ろしたトレーナーさん、そんな彼の姿を見て、私もその隣で、腰を下ろします。
レースでの彼女も、確かに凄かったです。ですが、ウイニングライブはそれ以上でした。
彼女の変化を肌で感じた事もそうでしたが.........一番驚いたのは、観客の皆さんの、人々の変わった姿.........
マック「上位入賞者のライブの時は、誰が一着を取ったのか分かりませんでしたわ」
桜木「まぁ、あんだけ横断幕乱立してたら、自分が一着取ったんじゃないかって勘違いしちゃうよな!」
あの時私は、ライブをしながら、静かに驚いていました。どこもかしこも、それぞれが応援していたウマ娘の名前を横断幕に付け、その子に対してエールを送っており.........ライブ中、堪らず泣き出してしまう子もおりました。
.........今までだったら、こんな事はありませんでした。皆、誰が勝っても負けても、勝った子を讃え、負けた子を励ますスタンス。でもあの時は.........誰が勝っても負けても、皆を讃える様子が、舞台に立つ短い時間の中で感じ取れたのです。
マック「ライスさんのソロは皆さん、横断幕を急いで修正してましたわね」
桜木「.........ああ、俺も驚いたよ」
私が出演するライブが終わった後、舞台の袖からちらりと客席側を見た時、一生懸命横断幕を裁縫している方の姿が見えました。
ライスさんはライブの最中、その目に涙を貯めつつも、声を所々震わせつつも、しっかりと歌い切って帰ってきました。
.........袖に帰ってきた途端、その涙が決壊してしまったのです。
ライス『うぅっ......ぅあっ』
マック『ライスさん!!?い、一体何が.........』
ライス『お客さんが.........勝ててよかったねって.........!おめでとうって.........!!!』
震えていた足は限界を迎え、ライスさんはその場で膝から崩れ落ちました。それを支える様に、私と、この天皇賞に参加したウマ娘達が駆け寄ると、彼女は私の勝負服を掴み、わんわんと泣き出してしまいました。
それはもう、舞台の上では無いと言うのに、ウイニングライブを聞きに来た観客の方々にも聞こえてしまう程の大きい声で.........彼女は、何かに解放されたように、泣いてくれたのです。
桜木「.........そうだったんだ」
マック「ええ.........あの勝負服にシワは残ってしまいますが、暫くそのままにしておこうと思っています」
あのシワは、彼女が[悪夢]から解放され、ようやくその道を歩き出せた証拠でもあります。だからそれを残すのに、悪い気はしません。
逆に、あれをなくしてしまうことに、後ろめたさを感じてしまうというのは.........悪い事では無いと思います。
今回のレースは、本番もライブも、私では無く彼女が主役。そう言われても文句の一つも出ない程、彼女の大事な物語だと思っています。
.........だから、このもやもやとも早々に決着をつけるべきです。私は隣に座る彼を後目に一人、立ち上がりました。
マック「さぁ!そろそろ戻りましょう?春とはいえ、夜はまだ寒いですし。風邪を引いてしまいますわ」
桜木「.........聞こえてたんだ。ライスの泣き声」
マック「はい.........?」
桜木「ライブが終わってさ。皆後は帰るだけなのに、その声を聞いて暫く、泣いてた」
彼は、私の差し出した手を見る事はせず、夜空に広がる星を見上げて言いました。ですがまだ、彼が何を考えているのか、私は分かりません。
それでも、彼はお構い無しに話を続けます。
桜木「.........皆、泣いてた」
桜木「変わったのは、あの子だけじゃない。あの子の周りも、あの子の世界も、変わる事が出来たんだ」
マック「.........」
彼はそう言って、ようやく私の手を取り、立ち上がってくれました。ですが、その目はもう星空ではなく、私の顔をしっかりと捉え、静かに立ち上がりました。
桜木「.........なぁ、マックイーン?」
「格好付けなくても、良いんだぞ?」
マック「.........!」
彼の、優しい声。彼の、優しい表情。その姿を見ると、いつも、頑張れなくなります。自分に.........嘘が付けなくなってしまいます。
マック「.........本音を、少し漏らしてもよろしいでしょうか.........?」
桜木「.........良いよ。全部吐き出しちゃっても」
マック「.........勝ちたかった」
マック「勝って.........三連覇を、皆さんにあげたかった.........!!!」ジワ...
皆さんに、三連覇を.........今日来てくださった観客の方々の期待に、私のトレーニングを付き合ってくださったチームの皆さんの恩返しに、夢を探している、ライスさんの指標に.........
そして、不甲斐ない始まり方をしてしまった私に、離れず着いてきて下さったトレーナーさんとの、歩いてきた道の証に.........!!!
マック「グス.........これでは負け惜しみみたいで.........格好悪いですね.........!」
桜木「ううん.........格好良かった」
桜木「.........頑張ったね。マックイーン」
そう言って、彼はその手を広げてくださいました。彼なりの配慮なのでしょう.........いくら誰も居ないとはいえ、泣いている声を出すのは、恥ずかしいですから.........
その彼の、拒む物も阻む物も無いその胸に、ゆっくりと頭を押し付けました。
彼のその背中に、確かに彼の存在を確かめる様に、力を込めていきます。
不意に、頭に彼の手が乗り、優しく撫でられていきます。その感触が何よりも私の心を落ち着かせて.........[仮面を外して]しまいます.........!
桜木「.........ありがとう」
マック「......うう......ううぅっ.........!」
「ううう......トレーナーさんっ!うあああ.........っ!」
夜風が二人の身体を包み込む春。レースの結果は文句など無い、最高な物。
それでも、と。自分の願望が叶わなかった思いをその涙に乗せ、私はただ。この二人ぼっちのターフの上で.........その涙ともやもやが枯れ切るまで、彼に甘えているのでした.........
『.........羨ましいわね、本当』
二人が抱き合う、星空の下。私は、メジロマックイーンと桜木玲皇の二人を見て、そう言葉を落とした。
かつて、彼の様な存在が私に居たのか、そんな物は記憶には無く、記憶に無いということは、居なかったという事なので、それを本心から羨んだ。
『彼のような人が居たら、私は.........』
『.........ううん、過ぎた事だもの。配られた手牌でやり切るのが、生きる者の大原則』
かつては、私も走る者として、その名を馳せていた。でもそれも今となっては、過去の産物でしかない。
与えられた物を、ただただ享受し、そしてそれを上手く使おうとしただけの者の末路。それが私なのかもしれない。
『.........貴女は、超えて』
『春も夏も秋も冬も、雨も雲も風も闇も、痛みも苦しみも悲しみも絶望も.........』
『神も運命も希望も.........そして、奇跡だって超えて見なさい』
『私は、その先を.........確かめたい』
これは、一人の男と、一人のウマ娘が出会った事で生まれた物語。
その男に火をつけられ、諦めた存在をもう一度、知らぬ間に立ち直されてしまった、一人の物語。
[???]のヒントLVが1上がった!
山あり谷ありウマ娘
第三部 夢探し人編 ―――完―――
ーーー
桜木「.........」
東に陽が沈むのを見た
桜木?「.........」
蜂が青空を泳ぐのを見た
桜??「.........」
空高くに木を見た
???「.........」
海の中に虹を見た
??「.........」
男は雨の中に一人で居た
?「.........」
その心に、あの少女や彼は居ない
「.........はは」
それは最早、自分でも誰かだなんて分からなくなっていた。
男は笑った。乾いた笑い声だ。こんなに雨が降っていて、水分は十分なはずのに、男は乾き切っていた。
「あはは」
雨が降る中、男は笑い続ける。[壊れた夢]に縋る様に、必死で自分の中をまさぐる。それでも壊れた夢は壊れたままで、男の視界は既に、全てから色を奪われ、全てが汚れ、全てにヒビが入っていた。
「あはははははははははは」
男は笑うのを止めることが出来なかった。惨めな姿で、泥まみれの地面に膝を着き、その目に涙を貯めながらも、あげるのは泣き声ではなく、それでも笑い声だった。
壊れた夢を抱え、悪夢を貪り尽くしながらも、男はそのまま立ち上がった。その姿に、覇気など無く、以前の様な真っ直ぐとした男は見られない。
既に、涙を流して居ない筈なのに涙を枯らした男の足取りは、酷く愚直で、素直で、そして.........
全てが苦しそうに見えた.........
[夢への執着]が再び着いてしまった......
[夢追い人]が消えてしまった......
[夢守り人]が消えてしまった......
[夢探し人]が消えてしまった......
貴顕の使命を果たすべく
LV6→0
[悪夢追い人]になってしまった......
[悪夢守り人]になってしまった......
[悪夢探し人]になってしまった......
[夢壊れ人]になってしまった.........
[強制共鳴]が発動している.........
次回 山あり谷ありウマ娘
第四部 夢壊れ人編
coming soon.........