山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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report『似た者同士』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私はもう、引退しようと思う』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 その声が、暗闇の中で反響する。どうしようにも、もう、どうにも出来ない。意識が眠りへと落ち、夢の中へと誘われても尚、あの声が強く反響する。

 何が出来た?何をしなかった?その二つを手探ろうにも、置いて行った物があまりにも多すぎる。年月というのは、残酷な物だ。

 彼女の足の事は、五年前から気が付いていた。そしてそれを逆手に取り、トウカイテイオーの足の対策をさせたのも、この俺だ。

 最早、知らなかったでは言い訳できない。分からなかったは通じない。彼女の優秀さに事胡座を掻き、何とかなると楽観していた俺が悪いのだ。

 

 

桜木(.........そうだ)

 

 

桜木(俺が生きてるのは.........夢じゃなくて、現実なんだ)

 

 

 再び視界が世界を掴もうとした時、目の前には広い草原が広がっていた。彼女と出会う日に見た、あの夢と同じ、幾度も見てきた草原。

 だが、そこにはもう風は吹かない。あの心を熱くさせ、次元を超えそうな燻りを見せてくれたあの風は、吹いてはくれない。

 

 

桜木(.........悪いなぁ、ウマ娘の女神様)

 

 

桜木(結局俺は、たった四度を終わらせちまった.........)

 

 

 あの日、アグネスタキオンが夢から風を連れて来た時、俺は強く思った。彼女が次元を跨いで連れて来たこの熱風を、決してたった四度で終わらせまいと.........

 目の前に広がる草原は、凄く優しくて、俺は拒絶する様にその目を閉じる。今、優しさなんかを感じても惨めになるだけだ。

 このまま目が覚めてくれれば、なんて言う淡い期待をしつつ、俺は.........このどうしようもない、無限に続くような[夢]の終わりを静かに願った。

 

 

 ―――その時だった。

 

 

桜木「.........!!!」

 

 

 背中に、風を感じた。あの時の熱風とは違う、優しくて、俺を包み込み、どこまでも連れて行ってくれそうな風が、俺の背中に当たっていた。

 目を見開き、俺はゆっくりと後ろを振り返ってみる。これが最近よく見る、俺を諦めさせようとしてくる声の主だったら、願ったり叶ったりだと、そう思いながら.........

 

 

『初めまして。[退屈しない貴方]』

 

 

桜木「.........誰だ、いや、この声......?」

 

 

『そっちは初めましてじゃないわ。二度目の春の天皇賞の時と、悪夢以来ね』

 

 

 それを聞いて、ようやく合点が行く。この声は確かに、マックイーンとテイオーが争った二度目の天皇賞。そして、俺がうなされていた悪夢を見ていた時に聞こえて来た声の主だ。

 目の前に居るのは、姿形はハッキリとはしない朧気な存在。夏に降る雪のような、とても不確かで、不安定な存在だ。

 この声は、よく聞くアレとは違う。目的が良く分からない。そのせいで、警戒心的にはあの諦めさせようとしてくる奴なんかよりよっぽど高くなってしまう。

 

 

桜木「何の用だ、笑いに来たのか?」

 

 

『あら、笑って欲しいの?残念だけど私を笑わせたいならちゃんとしたコメディを所望するわ』

 

 

桜木「あらそう、いつもだったら腹踊りしてあげられる位の余裕はあるんだけどな」

 

 

 売り言葉に買い言葉で、相手の話に乗る形でのらりくらりと会話を続ける。しかし、どうしたことだろう?最初は感じていた不信感やら警戒心やらが、既にだいぶ薄くなっている気がする.........?

 目の前でクスクスと笑っている様子を見せる陽炎だが、俺が見ている事に気付くと、咳払いをしてその様子を真面目に戻した。

 

 

『困ったわ。あの子と一緒に居るせいで貴方を良く思ってしまう』

 

 

桜木「え?」

 

 

『それは置いといて、どうかしら?貴方が[諦めない]のなら、アグネスタキオンを四度目の向こう側へご招待するのだけど?』

 

 

 それは.........願ってもない話だ。それに乗れるのなら、出来ればそうしたいのが俺の本音だ。

 だけど、俺はまだ、薄れたとは言っても警戒を止めている訳では無い。コイツの目的はまだ、図りきれていない。

 

 

桜木「.........何故?」

 

 

『んー、まぁそんな反応になるわよね。強いて言うなら.........』

 

 

『貴方に責任を取ってもらう為の、布石かしら?』

 

 

 責任。その言葉に、俺は首を傾げた。というのも、彼女に対して何かをした、という記憶がそもそも存在しないからだ。それは、何か行動した時に付随的に発生するもので、自然発生するものでは無い。

 そんな俺の様子など気に止める事など無く、彼女は話を続けた。

 

 

『彼女を止めるなら、貴方では無い者と話をさせた方が効果的よ』

 

 

桜木「.........どうして?」

 

 

『当事者より第三者の方が落ち着いて話が出来るからよ』

 

 

『自分が今焦っているのかだなんて、焦っている者と話しても気付かないじゃない?』

 

 

 確かに、彼女の言い分にも一理ある。だが、一体誰と、どのように話をさせればいいんだ.........?

 そう思い、その答えを聞こうとその存在にもう一度視線を送ると、俺の口先に何かが触れた。

 

 

桜木「ん.........!!?」

 

 

『ダーメ。これは私を楽しませてくれる物語なんだから、簡単に答えに辿り着こうとしないで』

 

 

 それは、人差し指だった。他人の指先が口先に触れるなんて機会はそうそう無いし、普通だったら、驚きの後に不安が出てくる物だ。

 けれど、俺はこの指先をどこかで知っている気がする。口先に触れた事までは無いながらも、この心地の良い、細く柔らかい指の感触を、俺は知っている。

 驚き戸惑っている俺に対し、その存在.........いや、指の感触からして、女性の物だった。だから敢えて彼女と呼ばせて頂こう。

 彼女はまた、クスクスと笑い、からかうように俺の頬を撫でてからその指先をまた、陽炎の様に揺らがせ、存在を不確かにさせた。

 

 

『けれど、ヒントも無いと諦めちゃうかもしれないから。一つだけあげる』

 

 

『彼女と同じような子が、近くに居るわ。その子に頼ってみたら?』

 

 

桜木「そ、その子って―――」

 

 

 そこまで言いかけて、彼女の陽炎が更に揺らぎを増していく.........?

 いや、違う。俺の視界そのものが大きく揺らぎ始めている。ゆらゆらとするのは、不思議と視界だけでは無い。彼女の声を遮るように、ジリジリとした音が鳴り響き始めた。

 

 

『あら、もう朝なのね.........さぁ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢を見たければ目を覚ましなさい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「はぁ.........」

 

 

マック「.........」

 

 

 ここは、私達のチーム室。今日は休日という事もあり、朝から私はここに居ました。ええ。彼と共に一番乗りです。

 しかし、彼の様子がいつもとは違います。最近はライスさんの問題が解決した上、あのタキオンさんがなんと、皐月賞で一着を取ったのです。

 ブルボンさんの時も取ってはいたのですが、彼女はまだあの時、不安要素が大きく、菊花賞への懸念が大きくあった為、手放しで喜ぶという様子は見せませんでした.........ですが.........

 

 

桜木『タキオン鬼つえぇ!!!レース出る奴ら全員蹴散らして行こうぜッッ!!!』

 

 

マック(なんて言ってましたのに.........)

 

 

桜木「はぁ.........」

 

 

 既に、もう何度目かも分からない溜息が彼から聞こえてきます。普段であればその理由を聞いていたところなのですが、昨日の今日で落胆ぶりが激しいので、若干ひよっています。

 ですが、ここはチームのエースとして、彼の気を紛らわさなければ行けません。幸い今日の予定はほぼ白紙。彼に何か提案して、それを実行に移したとしても、何ら支障はありません。

 

 

マック「トレーナーさん?気分が優れないのでしたら、気分転換にどこかお出かけにでも.........」

 

 

桜木「ごめん、今日は人と会う予定があるんだ.........」

 

 

マック「そ、そうでしたか.........」

 

 

 ここに来てまさかの拒否。この展開は想像していませんでした。普段でしたら、予定と見合せて考える素振りくらい見せてくれますのに。今日は即答でした.........

 

 

『フラれたわね』

 

 

マック(事実を言わないでください。泣きますよ)

 

 

『えっ、ごめんなさい.........?』

 

 

 自分の内側から聞こえてくる声に脅しをかけます。いえ、脅しと言うより既に涙目なのですが.........兎に角、私は潤い表に出てくる涙を袖で拭いました。

 挫ける訳には行きません!私と共に歩んできた彼のピンチ(断定)ですもの!!私が何とか.........?

 

 

マック「.........あら?」

 

 

 先程まで目の前にいた筈のトレーナーさんが、何故か見えなくなっていました。も、もしや今までのは私のげ、幻覚.........!!?い、いくら彼の事が好きだからって、そんな.........

 

 

『.........さっき出ていったわよ』

 

 

マック「っ!なんでそれを早く言わないんですか!!!」

 

 

『だ、だってだって!!!泣いちゃうかと思って!!!』

 

 

マック「誰が泣くもんですかァ!!!これしきの事でェ!!!」

 

 

『アンタが言ったんでしょう!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フラフラとした足取りで廊下を歩き、いつもより丸まっている背中からは、覇気を感じない。その確かな物を持っていない歩みのまま、目的地へと辿り着き、ドアをノックした。

 

 

「どちら様?」

 

 

桜木「.........俺」

 

 

「.........あいよ」ガチャッ

 

 

 そう言って、彼は図書室へと入って行かれました。今は休日の為、ここを利用するには予約をしなければ行けません。彼を招き入れたのは、ここの司書さんである、神威創先生でした。

 

 

『貴女は入らないの?』

 

 

マック「何の為に変装してきたと思ってるんですの?」キラーン

 

 

『言っとくけど一ミリも役に立ってないわよそれ』

 

 

マック「え」

 

 

 折角素敵な帽子とサングラスを持ってきましたのに.........意味が無いと言われたのなら外すしかありません.........

 ですが、変装を解いたからと言ってここに入る訳ではありません。私はそっと、中に居る人に気付かれないように動き、耳を当てました。

 

 

神威「.........んで、何の用?俺カフェのトレーニング作成で忙しいんだけど?」

 

 

カフェ「トレーナーさん......友達には......優しく来てあげてください.........」

 

 

神威「.........手短に言えよ」

 

 

 そこから聞こえてくるのは、司書さんとその担当のウマ娘である、マンハッタンカフェさんの声でした。どうやら、今日のトレーニングの予定を組み立てていた様です。

 椅子を引いて、座る音。恐らく私のトレーナーさんが座ったのでしょう。彼は声を出すこと無く、静寂を未だに保ったままです。

 

 

カフェ「.........コーヒー......淹れてきますね.........」

 

 

 突然の来客にも関わらず、カフェさんは優しい声でそう言い、椅子から立ち上がる音が聞こえてきました。それでもまだ、彼は話そうとはしません。

 ここに居ても、彼の心音がまるで聞こえてくるかのように、私の鼓動も、釣られるようにその速度をあげ、額に汗をかかせていきます。

 コーヒーの香りが、扉越しでも感じられる程度になってきた頃。彼はようやく、口を開いてくれました。

 

 

桜木「.........タキオンが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――引退する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「なっ、え.........?」

 

 

 彼の言葉を聞き、思考が停止しました。それは、私の心が理解を拒んだからです。

 しかし、人という生き物は知識や思考と寄り添い生きてきた存在。それはもはや、本能と言っても差し支えない程の行為。停止した回路が動き出す事なんて、明白でした。

 

 

『.........あっ!後ろ!!!』

 

 

マック「え?誰も居ませんけど.........ひゃあっ!!?」ドタン!

 

 

 謎の存在[ミスターM]に指摘され、後ろを振り返ってみます。今は思考する物が成り変わることに感謝を感じそれに従いましたが、私の目には何も映りません。

 そう、映らなかったにも関わらず、私の身体は図書室の方へと強く押され、最終的には扉を外しながら、図書室の中へと入ってきてしまいました。

 

 

桜木「えっ!!?マックイーン!!!大丈夫!!?」

 

 

マック「え、ええ.........」

 

 

『.........相変わらず暴れん坊ね』

 

 

カフェ「!.........ダメですよ......知らない人に迷惑を.........え?知ってる......人.........?」

 

 

 状況は既にカオス。混沌を極めつつあります。トレーナーさんは倒れた私を労わるように、倒れた部分を撫で、カフェさんは何故かどこか宙に向かって話し始め、司書さんはその様子を見て溜息を吐いていました。

 そんな状況ですが、確認しなければ行けない事があります。差し伸べられた彼の手を取り、何とか身体を立たせながら、問いかけます。

 

 

マック「.........先程の事、本当ですか.........?」

 

 

桜木「っ......聞いて、たのか.........?」

 

 

 どうやら、彼にとっては聞いていて欲しくない部分だったようで、その様子を酷く動揺させていました。本当だったら、聞かない事にしてあげていた方が、彼の心には安心が芽生えたかも知れません。

 けれどそれは、所詮一時しのぎの物。逃げてばかり居ては、真の安心など手に入れることなんて出来はしません。

 私はそう、何も言わないまでも、強い心を持って彼に視線を送っていました。彼は弱々しく視線を泳がせようとしましたが、次第に諦めて、情けない自分を笑うように笑を零しました。

 

 

桜木「.........本当だよ。笑っちまうよなぁ.........昨日まで、アイツは次も絶対勝てるだなんて、思ってたんだから」

 

 

桜木「.........人間って、永遠を信じてない癖に。ありもするかどうか分からない次を、どうしようもなく信じちまうんだな.........」

 

 

全員「.........」

 

 

 力なく笑う声が静かな図書室に空響く。彼はそのまま椅子に座り込み、その顔を両手で覆い隠しました。

 .........解決の糸口、だなんて、そんなもの思い付きません。アグネスタキオンさんを救う方法だなんて、ただのウマ娘である私には、どうすることも.........

 

 

マック「あの、カフェさんが話してみるのはどうでしょう.........?引き止める、類の.........」

 

 

カフェ「......きっと、無駄.........だと思います.........」

 

 

カフェ「あの人は理知的に見えて.........結構感情論を優先する.........節があるので.........」

 

 

 彼女は言いながら、何かを探すように持っているカップの中のコーヒーに、視線を落としました。

 理知的に見えて、感情的。言い得て妙だと思います。実際彼女とチームを組んでから、彼女の前評判から印象は正に、180度変わったと言っても過言ではありません。

 

 

神威「.........[見えないカウントダウン]、か」

 

 

桜木「はは.........見えてた方が、残酷だ」

 

 

 普段の彼が見せないような、疲れきった顔。それでも、彼は一つ打開策を見つけたのか、疲れながらもその顔を上げました。そこには生気は削られながらも、何かに気が付いた彼が居ました。

 

 

桜木「.........居たかもしれない」

 

 

全員「え?」

 

 

桜木「タキオンを引き留めることができる、一着よりも、走る事の方が大好きな娘が.........」

 

 

 そう言って、彼は深く思考を落としていきました。私達はそれを理解する手立てはありません。彼の回答を待つしか、それを知る方法は無いのです。

 .........ですが、何故でしょう?彼の考えがまるで、水面に波紋を作るように、私に徐々に伝わって来るのです。

 

 

マック(.........走ることが好きな、ウマ娘)

 

 

 一着に興味は無い。以前彼女はそう、気取った様子など一切見せず、当たり前のように言った事があります。最初の頃の印象だったら、なんて生意気でどうしようもない人なのだと、心の底から軽蔑していたでしょう。そしてそれが、実際多くの人の印象だったのです。

 でも、彼女と過ごす日々がそれを覆しました。ただ単に一着に興味が無いのではありません。[彼女が求める先]を追う副産物が、一着なだけなんです。誰も、料理を出された時にスプーンやフォークを愛でる人は居ないでしょう?

 一着に興味は無い。されどそれを追い求めずとも、そうなってしまう程に、目的への興味が高く、それは走る事で実現される。

 

 

マック(.........頭が痛くなってきたわ.........?)

 

 

 考えすぎで空回り始めた頭が、突然、なんの脈絡も無くあるウマ娘の姿を思い起こさせます。

 その方は、一着をたくさん取りたいと息巻いていますが、それは走る上での目標であり、走る事自体が、私が見てきた中で一番大好きだと言っても過言では無い方。

 走れと言われれば、それこそ学園の外まで出て行ってしまうほど、走る事が大好きな.........

 

 

マック「.........もしかして」

 

 

桜木「.........ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルウララ(さん?)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳥のさえずりがまだ良く聞こえてくる早朝。私は必要な書類を手に持ち、呼び出された場所に向かって歩いている。

 先日のような、重々しさは無い。きっと吹っ切れたのだろう。我ながら、薄情者だと思ってしまう。

 

 

タキオン(.........自分で決めたんだ。これくらい潔さが無ければ、申し訳がたたない)

 

 

 宣言した者の心情が、それに反する態度を取った時、一番困るのはそれを宣言された者だ。どっちつかずのその様子に、諦めることも出来なければ、諦めない事も出来やしない。

 だったら責めて、私ができる彼への、チームへの恩返しは、諦めさせてあげることしか無い。

 そんなアンニュイな気持ちで、扉の前まで歩いて来る。今度は鍵なんて、等と言う矛盾を抱えることは無く、すぐさまその扉を開けることが出来た。

 

 

タキオン「失礼するよ.........?」

 

 

ウララ「.........タキオンちゃん」

 

 

 扉を開けると、私の目に飛び込んで来たのは同じチームであるハルウララくんであった。その普段なら見ない筈の彼女の姿を見て、私は教室に入り、時計を確認する。

 

 

タキオン「驚いた.........この時間はまだ寝ていると思っていたよ」

 

 

ウララ「えへへ.........トレーナーに言われて頑張って早起きしたんだ!」

 

 

 彼女はそう言って、その笑顔を私に見せてくれた。普段ならば一点の曇りもない、太陽のような笑顔だが、今はなんだか、元気が無いように見える。

 私は何故ここに来たのか、という理由も忘れ、彼女の座るソファーの横に腰を下ろした。

 

 

タキオン「何か悩み事かい?私で良ければ話を聞いてあげるし、出来ることなら解決してあげようじゃないか!」

 

 

ウララ「.........タキオンちゃん、辞めちゃうの?」

 

 

 彼女は俯きながら、静かにそう呟いた。私は大きく広げた手を硬直させ、彼女が落ち込む原因が自分にある事を察してしまった。

 彼女の顔は、良くは見えない。だが、震えを帯びたその両肩を見れば、あともう少しで泣いてしまいそうな雰囲気は感じ取れた。

 

 

タキオン「.........ごめんよ。こればっかりはもう、どうしようも無いのさ」

 

 

ウララ「.........」

 

 

 私には、彼女の悩みを解決する力は無い。それでも、彼女が寂しさに泣いてしまわないよう、頭を撫でてあげることは出来る。普段しないことで、あまり慣れた手つきでは無いが、彼女を慰める事は出来るはずだ。

 次第に、肩の震えが止み出す。彼女の吐息も悲しげな雰囲気は大分無くなった頃、ぽつりぽつりと、ウララくんは話始めた。

 

 

ウララ「.........ウララね、寂しかったんだ」

 

 

タキオン「寂しい.........?」

 

 

ウララ「うん。チームに入ったけど、わたし走るの早くないから。皆よりデビューが遅くなっちゃったでしょ?」

 

 

ウララ「だから.........みんなと一緒に走れないの。寂しかった」

 

 

 .........驚いた。普段の天真爛漫な、年齢に似合わない子供らしさが似合うウララくんが、そんな事を考えていただなんて、思っても見なかった。

 確かに彼女は早くは無い。それでも、走る事が大好きなのは知っていたつもりだった。でもどうやらそれは、私の偏見だったようだ。

 

 

ウララ「でもね!!タキオンちゃんと一緒にデビューできるって知って!!ウララとっても嬉しかったんだよ?!」

 

 

ウララ「一緒のレース走って!!一緒のトレーニングして.........一緒の、毎日を過ごして.........っ」

 

 

タキオン「ウララくん.........」

 

 

 折角止んだ筈の彼女の震えがまた、蘇る。 今度は先程より大きく、声も震わせ、そして.........その目に、大粒の涙を貯え、ポロポロと地面へと落として行く。

 私だって、楽しくなかったと言えば大嘘になってしまう。テイオーくんの足の件でデビューを蹴り、結果的に彼女と同じタイミングでこの世界に足を踏み入れた。

 .........けど、最初の頃は目標が遠のいたと思っていたが、今ではそれが正解だったと思う。彼女と共に駆け抜けるレースの日々は、とても楽しいものであった。

 

 

タキオン「.........私と君は、案外似た者同士なのかもしれないね」

 

 

ウララ「え.........?」

 

 

タキオン「君は、一着を沢山取るとは言っているが、その実。あまりそれに興味は無いんだろう?」

 

 

 彼女が頭を上げ、その顔を私に見せる。その顔は困惑.........というより、不思議と言った感情が敷き詰められていた。

 その姿が、在りし日の私を思い浮かばせる。

 

 

タキオン「.........昔は私も、早いとは言えないウマ娘だったからね」

 

 

ウララ「そうなの!!?」

 

 

タキオン「ああ、君と同じ.........走るのがただ好きな、一人のウマ娘だった」

 

 

 瞳を閉じて、懐かしい記憶を思い浮かばせる。あの時はただ、走っているだけで心が満足していた。誰が一番だとか、一着だとかなんて、興味すら湧かなかった時代。

 いつしか走った、どこかの坂道。平道より加速と速度が増されるそこを走った時、身体に当たる風が、まるで自分を祝福してくれているような気さえした。

 もし、この風を、いつでも感じ取れるほど早くなれたら.........この風を、自分だけの力で起こせたら、どれほど気持ちいいのだろう。幼いながら、私はその可能性の先を見つめ始めて居た。

 

 

タキオン「.........けれどこの脚が、そうはさせてくれないんだよ」

 

 

タキオン「この脚は、その風を呼び覚ますには、あまりに力不足だったんだ」

 

 

ウララ「タキオンちゃん.........」

 

 

 その風を起こす力はある。可能性も大いにある。無かったのは、それを実現する耐久力。それを知ったのは、風に魅入られ、その風に憧れたあの日からそう遠くは無い日だった。

 その頃からだろう。この脚が、その風になれる可能性を追求し始めたのは。

 

 

タキオン「.........安心したまえよ。レースは引退するが、チームは辞めない。陰ながら君達を支えるさ」

 

 

ウララ「.........一緒に走りたい」

 

 

タキオン「おいおい、わがまま言わないでくれたまえよ.........」

 

 

 本心を包み隠さず伝えてくる彼女のせいで、自分の決心が揺らぎを見せ始める。全く、私も随分と変わってしまったものだ。

 そんなどっちつかずの私に決別をした筈なのに、今は.........このチームのせいで、その私が顔を覗かせている。

 

 

ウララ「.........信じようよ」

 

 

タキオン「何をだい?」

 

 

ウララ「トレーナーを!!」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 そう言って、彼女は自信満々な顔を私に向けてきた。その顔が、根拠の無い自信を振り回す彼のようで.........彼の声が、まるでその自信を表したかのような言葉が、幻聴として聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[奇跡]だって超えてるんだぜッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声に、その自信に、その愚直さに、縋りたくなってしまう。頼りたくなってしまう。事実彼は、それをやってのけてしまうほどの信用が私の中で募ってしまっている。

 

 

タキオン「.........私も、変わってしまったようだ」

 

 

ウララ「え?」

 

 

 だが、悪くない気分だ。以前の私だったら、何を腑抜けた事をなんて言う言葉が出たかもしれないが、彼に身を委ねるのも悪くは無い。

 .........だが、それに危機感を感じる節も確かにある。彼がもし、そのような存在になり得なかったら。私の選択が、間違っていたら.........そんなリスクが何故か、頭をよぎる。

 

 

タキオン「.........この書類はもう要らないね」

 

 

ウララ「!タキオンちゃん!!」

 

 

タキオン「だが夏までだ。それまでに可能性を見いだせなければ、今度こそ私はレースを引退する」

 

 

タキオン「それで良いだろう?[トレーナーくん]?」

 

 

 私は目をふせながら扉に向けて言葉を贈る。突然話を振られたせいだろう。扉の外から慌ただしい音が聞こえ、やがて静寂を迎える。

 しばらくして観念したのだろう。溜息の音が聞こえてきて、その扉がゆっくりと開けられる。

 

 

桜木「気付いてたんならそのままスルーしてよ.........」

 

 

タキオン「生憎、気遣いが苦手でねぇ。特に、君みたいなモルモットには」

 

 

ウララ「トレーナー!!タキオンちゃん辞めないって!!」

 

 

 喜びの感情を抑えきれず、ぴょんぴょんと跳ね上がりながらトレーナーくんに近づくウララくん。そんな彼女の頭を撫で、嬉しそうに笑う彼の顔は、無性に頼ってしまいたい程に、光そのものだった。

 

 

タキオン「ブルボンくんやライスくんの一件がようやく一段落したと言うのに.........申し訳ない」

 

 

桜木「気にすんな。こういう茨道の方が歩きがいがある」

 

 

 そう言って彼は、私に[何でも乗り越えてくれる]ような、ニカッとした笑顔を向けてきた。

 彼が居るなら.........[奇跡を超える]だなんて、大それたことを言って退ける彼と一緒なら、出来ないことは無いのかもしれない。

 私は、自分の心にある危機感の警報になんて気付けない程に、この[夢のような世界]に、意識を向けてしまっていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お久しぶりね』

 

 

「.........」

 

 

 緑の風が吹き抜ける草原。それは、かつて世界に存在した、今は無き理想郷。私の前に突如現れたそれは、[今の姿]と変わりない姿で私の前に現れた。

 

 

「.........どうして?」

 

 

『別に?ただ様子を見に来ただけよ』

 

 

 違う。そんな事を聞きたいわけじゃない。私は何故、[自我を失った筈の存在]が、今こうして自由に、この空間に来れるのかを聞いているのだ。

 その存在はまるで、この空間を自分の物のように扱い始め、私の前に椅子と、チェス盤の置かれたテーブルを出し始める。

 

 

「これは.........?」

 

 

『チェスよ。さぁ、ゲームしましょう?[名も無き女神様]?』

 

 

「っ.........」

 

 

 .........この存在は果たして、どこまで知っているのだろう?そんな事など意に介せず、それは私に、ゲームの先行を譲った。

 

 

『そっちの計画はどう?』

 

 

「.........順調、そういう貴方は?」

 

 

『あらやだ。何も企んでなんか居ないわよ』

 

 

「嘘。[そっち]と言ったからには何かあるのでしょう?」

 

 

 ふふふ、と笑って茶を濁し、その盤面の展開を進める。つくづく掴めない存在だ。

 

 

「.........随分雰囲気が馴染んでるようね。その姿」

 

 

『当たり前じゃない。意識は無くても、もう既にあっち側で生きてきた年数より経っているもの』

 

 

『それを言うなら、貴方もそうでしょう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[名も無きお馬さん]?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こっちでは[白バ]って、呼んだ方がいいかしら?』

 

 

「.........どこまで知ってるの?」

 

 

『知ってる事しか知らないわ』

 

 

 チェスの盤面を見ながら、会話を進めていく。戦況は、私の方が劣勢になって来た。

 だけど、こんな盤面は幾つも見てきた。何度も追い込まれ、何度も覆し.........そして、何度も壊れてきた。

 

 

「.........変わらないわよ。結末は」

 

 

『だから変えるのよ。その方が[退屈しない]から』

 

 

「そうやって上から目線だと、目の前の[奇跡]に掬われるわよ?こんな風に」

 

 

 非常に手堅い戦術。一体いつこんな物を学んできたのか。王道にして理想を体現してきた存在故か、それを完璧にこなして見せる。

 だけど、それが弱点。完璧であればあるほど。他の結び付きが強ければ強い程、一つ崩れればあっという間に全部が無くなる。[完璧]とは、[奇跡]から一番遠い存在だ。

 

 

「.........チェックメイトよ。覆す手立ては無いでしょう?」

 

 

『有るわよ。一つだけ』

 

 

「は.........?」

 

 

 不敵な笑みを浮かべ始めたそれに、自然と意識が集中する。そんな訳は無い。次に何か一手を打ったとしても、彼女のキングは既に私の手中に収まる結末だ。

 そう思い、視線を落とした。するとどうだろう.........?

 

 

『理解した?これが、奇跡を超えるってことよ』

 

 

「.........馬鹿馬鹿しい。盤面をそのまま反転させただけじゃない」

 

 

 その盤面は反対にされ、私がキングを取られる様な形になっていた。私はそれを、ただの子供の発想だと思った。だけどそれは.........彼女にとっては滑稽に見え、笑い声すらあげていた。

 

 

『そう。本当に馬鹿馬鹿しい。けどね』

 

 

『奇跡を超えるって、きっとこういう事』

 

 

『貴方の[奇跡]を利用して、彼はきっと目覚める』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[獅子王心(ライオンハート)を持つ者]として』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それこそ、下らない。物語としては在り来りで、三流以下の脚本だ。それなのに、私はそれに恐怖を感じている。その男の可能性に.........目の前に居る存在の[証明]に。

 

 

『まぁ、せいぜい頑張りなさい?彼は盤面を反転させる所か、ひっくり返すわよ』

 

 

『それこそ、ナイトもルークも、クイーンやキングすら。判別が付かないくらいにね』

 

 

 そう言って、それは静かに笑みを浮べて消えていった。チェスや椅子など、まるでそこに存在しなかったかのように、忽然と姿を消す。

 

 

「.........かつて[名優だった者の魂]。厄介ね」

 

 

 何故それが居るのか。何故、自我を持ち始めたのか。その理由は、定かでは無い。けれど少なからず、その背景にはあの男が絡んでいる。

 .........別に関係は無い。結果は既に出ている。今更物語がifを紡ぐ事は決して無い。あの[能面]がいくら足掻こうとも、終わりは必ず迎える。

 

 

「全ての[ウマ娘]が。幸せになる未来.........絶対邪魔はさせない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たとえ、どんな悪夢が少数を苦しめようとも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつての同胞達の姿。[人間]によって、良い様に扱われ、食い物にされてきた者達の事を、私は決して忘れない。

 だから、人間にはその苦しみを与える。その人間に縋るような[者達]にも、心苦しいけど、同じ苦しみを味わってもらうしかない。

 奇跡など起こらない。奇跡なんて.........越えさせない。

 風に揺れる草原。晴れやかなその場所で、その時頭に降ってきた一粒の雨。その時は.........何かの勘違いだと思っていた.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued

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