山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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それでも[仮面]は外れない

 

 

 

 

 

 夏の暑さが本格的になり、世紀の大決戦の舞台である宝塚記念をテイオー不在で行ったその翌日の事。

 テイオーが骨折し、チーム[カノープス]の面々と個人同盟を組んだ俺は。

 

 

マック「浮気者」

 

 

桜木「待って。誤解では無いかもだけど話を聞いて」

 

 

 個人同盟がバレてしまっていた。

 

 

 いや、別に秘密にしていた訳では無い。ただ話す必要が無かったというか、どう話せばいいか分からなかっただけだ。

 だと言うのに、俺はテイオー以外のスピカのメンバーと、俺のチームのメンバーに圧を掛けられ、縄で身体を拘束されながら椅子に座らされている。

 

 

ゴルシ「まーよ、トレーナーには[裏切った]こと黙っててやっから。大人しく話せよ」コト

 

 

桜木「ごめん。両手拘束されてるからカツ丼食べたくても食べれないんだわ」

 

 

スペ「じゃあ私が貰ってもいいですか!!?」

 

 

桜木「良いよ」

 

 

 俺のその言葉を聞いたスペシャルウィークは意気揚々と割り箸を割り、俺の目の前に置かれたカツ丼を勢いよく口の中にかっこんだ。

 

 

ダスカ「それで?こんな状況で他のチームに出入りするなんていい度胸じゃない」

 

 

ウオッカ「ことと次第によっちゃ、オレのクォーラルボンバーが火を噴くぜ?」ブンブン

 

 

桜木「」

 

 

 肩を慣らすように回すウオッカ。止めてくれ。キン肉マンを読ませた俺が悪いがその顔は制裁目的より技を試したい欲の塊だ。お前は俺達には取っては超人の部類に入るんだからそんな事してたら完璧超人が粛清しに来るぞ?

 

 

タキオン「ウオッカくんのサンドバッグになりたくないのなら、正直に話すのが賢明だと思うよ?トレーナーくん?」

 

 

桜木「.........しゃあめぇなぁ」

 

 

 仕方が無い。俺はため息を吐き、縛られて少し居心地の悪くなった身体を少し楽にするように身動ぎしてから、今までの事と経緯を話す事にした。

 何のことは無い。ただ正直に話すだけだ。今のトウカイテイオーに感じた心の内に燻る消えかけた火、そしてそれをまた燃え上がらせたい彼女の友人達の思い、そしてそれに触れた、俺の心の内を全て話した。

 

 

マック「.........そう、ですか。そんな事が.........」

 

 

ブルボン「マスター。確かにマスターの行動理由は把握しました。ですが.........」

 

 

ライス「テイオーさんがどう思ってるか、聞いた方が良いんじゃないかな.........?」

 

 

 確かに、俺は彼女が所属しているチームのサブトレーナーだ。彼女の意志に反する事はあまりしては行けない立場に居る。

 だが、もう決めたんだ。俺はもう[迷わない]。彼女の意志に反していようとも、彼女の走りを待つ子達の為に、まだ消えていないトウカイテイオーの意志をまた燃やす事を約束したのだ。

 

 

桜木「.........まだ、テイオーは諦めきっちゃいない」

 

 

全員「!」

 

 

桜木「あの子の奥底に眠る本能はまだ、鞘をしちゃ居ないんだ。あの子が諦めて後悔しないようするのも、[トレーナー]としての役目だと思う」

 

 

 諦めも、そしてその後悔も、俺はその味を嫌という程知っている。最初に感じる味も後に引く味も、最悪から一を引いた様な感じが延々と続く物だ。

 走る事を止める。それは、ウマ娘に取っては人生を捨ててしまうに近しい物だ。確かに彼女は、夢である[無敗の三冠]を手にした。それでも、だからと言ってそれに満足して今手を引けば、必ず後悔することになる。

 

 

タキオン「.........私達にできることは、何かあるかな?」

 

 

桜木「今は分からない。けれど、その時になったら多分、協力して欲しいって俺から頼む事になる」

 

 

ウララ「ホントに、ホントにテイオーちゃん、また走ってくれるの!!?」ズイッ

 

 

 身を乗り出して俺の前にある机に両手を着くハルウララ。それはまだ、分かりきってはいない。

 けれどここで引けば、それが本当になってしまうかもしれない。言い続けるんだ。トウカイテイオーはまた走るって。

 

 

桜木「ああ。きっとまた、笑顔で走るテイオーが戻ってきてくれるさ!!」

 

 

 俺がそう言うと、この場にいる殆どがお互いの顔を見合わせ、安心した様な笑みを向け会い始める。

 悪かったなと言いながら、ゴールドシップは俺を拘束していた縄を解いて行く。血の巡りが滞りなく循環していき、若干のしびれを感じながら、俺は溜息を吐いた。

 

 

桜木「.........ほら。そろそろ授業が始まるぞ?行った行った」シッシッ

 

 

スズカ「それもそうね。疑ってごめんなさい」

 

 

 ペコリと頭を下げて詫びるスズカ。それに合わせてご飯粒を顔に沢山付けてスペも謝るが、他のスピカのメンバーは特に悪びれた様子も無く去って行った。

 うちのチームメンバーはブルボンやライス。ウララとデジタルは謝ったが、他二人は未だ疑ったままだ。

 

 

タキオン「.........君のその頑張りが、実を結ぶ事を祈ってるよ。トレーナーくん」

 

 

 心の内にまだ何か抱えているのか、タキオンは神妙な面持ちでそう言い、この教室を去って行く。これで一つ、肩の荷が降りた訳だ。

 .........後は

 

 

桜木「.........マックイーン?」

 

 

マック「.........」

 

 

 目の前に居る少女。メジロマックイーン。俺の対面に居る彼女は椅子に座りながら、俺の顔をじっと見つめてきていた。

 その場でただ動かずに.........だったなら良い。彼女はそのままずい、ずいっ、と俺の顔にどんどんその美しい整った顔立ちを近付けてくる。

 

 

桜木「そ、その、マックイーン?顔がちか」

 

 

マック「無理してませんか?」

 

 

桜木「.........い?」

 

 

 あまりに近すぎて目を逸らし、彼女に注意をしてみたが、それを途中で遮られる。それに、無理をしているだなんて予想だにしない言葉を聞いた俺は、一度逸らした目をもう一度、彼女の方へと向けた。

 そこには、心底心配そうな表情があった。俺の顔を覗き込んで、まるで何かを探すような彼女が、そこに居た。

 

 

桜木「む、無理なんて。俺は全然元気だぞ?」

 

 

マック「.........本当に?」

 

 

桜木「え?」

 

 

 俺は彼女を心配させまいと、この場で大きく動いて見せた。腕を大きく回したり、最速その場駆け足をして見せたりと割と大袈裟な動きをして見せた。

 それでも、彼女は心配そうな表情を止める所か、より一層心配そうな顔をさせてしまった。

 

 

桜木「何を心配してるんだ?」

 

 

マック「.........」

 

 

 

 

 

 ―――彼はそう言って、心底不思議そうな顔をしています。先程まで立ち上がり、腕を回したり駆け足をその場でしたりとしていましたが、その顔のままもう一度、先程座っていた場所に座り直しました。

 彼があの時、テイオーを立ち直らす為に付けた[仮面]。今は、その片鱗すら感じ取れません。

 それでも.........このままでは、彼がどこか遠くへ言ってしまうかもしれない。そう思うと、どうしようも無いほどの焦燥感が私の中で渦巻いてしまうのです。

 

 

マック「テイオーを立ち直らす。それは本当に、トレーナーさんの意志ですか?」

 

 

桜木「.........当たり前だろ?」ポンポン

 

 

マック「んっ.........」

 

 

 私のその問いかけに、彼はそっと微笑みを浮かべてから、その手を私の頭に優しく乗せました。

 胸の内にほんのりと暖かい感情が溢れ、ゆっくりとその心地の良い彼の手に身を任せてしまう。思えば、彼に頭を撫でてもらうのは久々かも知れません。

 

 

桜木「.........俺はもう。[迷わない]から」

 

 

マック「.........?トレーナーさん?.........っ」

 

 

 [迷わない]。彼はそう言って、私の頭から手を離しました。普段の彼では無い、まるでどこか危険を感じ取り、それに対して立ち向かうような強い声で、そう言ったのです。

 私は、彼の顔を見ました。そして.........ようやく確信したのです。これこそが.........この、何よりも頼りになる彼の顔が、彼に張り付いた[外せない仮面]なのだと、悟ってしまったのです。

 

 

桜木「ありがとうな、マックイーン」

 

 

マック「.........」

 

 

 ヒビや欠けが目立つその仮面。割れた箇所は素顔ではなく、まるで虚空が渦巻く闇の中。その[仮面]は彼の顔に凄く似ている程精巧に作られていますが、それからはとても、不穏で、異質で、どこか彼とは[全く違う存在]だと認識してしまう.........

 それに、誰も気付いてはくれません。タキオンさん達チームメイトも、スピカの皆さん。他のトレーナーの方々.........そして、この人の友人方にも、きっと気付かれる事はありません。

 

 

桜木「んじゃ、そろそろ出ようか。次の授業本当に始まるぞ?高等部になって授業システム変わったからって、あまりギリギリだと不安だろ?」

 

 

マック「っ、え......ええ。そう。ですわね.........」

 

 

 上手く返答出来ない。やっぱり、あの[仮面]は直ぐに消えてしまう。外された様子は無く、彼の素顔の中に潜り込むように、溶け込むように消えて行く。

 だから、今の彼が本当なのか、私には分かりません。それを信じていいのか、分かりません。

 きっと、私の心の内など彼には到底分かりえないのでしょう。貴方への思いに気付かない鈍感さです。私の焦りも、きっと貴方の事だと気付くことはないです。

 また一層不思議な顔をして首を傾げた彼に、先に行くように伝えてから、私はこの誰も居ない教室で一人、小さく溜息を吐きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「何だったんだ?一体.........」

 

 

 教室を出て、俺は職員室へと向かう為に一人歩いていた。本来だったらもう少しおしゃべりを、なんて考えていたが、なんだかどうにもマックイーンに拒絶されている節を感じる.........

 何か、してしまったのだろうか?そう考えてみても、答えになりそうなものは自分の中には転がっていない。

 

 

桜木「.........考えるだけ無駄か」

 

 

 最近、心がザワつく。思春期はとっくに過ぎていると言うのに、なんとも言えない違和感が心臓の奥深くに刺さり込んでいる感触を感じる。

 胸に手を当ててみても、それを引っこ抜ける力は無い。どうしようも無いといういつも通りの答えしか出せない自分に苛立ちを感じ始めていたその時、不意に声を掛けられた。

 

 

「おう。桜木」

 

 

桜木「!古賀さんじゃないですか!」

 

 

古賀「カッカッカッ、なんだお前さん。そんなに俺に会いたかったってか?」グリグリ

 

 

桜木「いだ.........ぐるじぃ.........」

 

 

 豪快に笑いながら、俺の頭をロックして拳でぐりぐりとしてくる。古賀さんは最近、チーム[アルデバラン]の主力メンバー達がドリームトロフィーリーグに移籍した為、学園に来る事があまり無くなってしまったのだ。

 

 

古賀「いやよぉ?アッチにはアッチ専属のトレーナーが居るのに。オグリとタマは俺が良いって譲らなくてよ」

 

 

桜木「その話は聞きました」

 

 

古賀「その癖してオグリはアッチに居る俺の弟子を気に入っちまって、名コンビ誕生と来ちまった訳だ.........はぁぁぁ」

 

 

桜木「その話も聞きました」

 

 

 ドリームトロフィーリーグ。かつて学生時代に活躍していたウマ娘や、今活躍しているウマ娘がスカウトを受け、第二のレース人生。又は現役の延長の様な形の物。

 正直、選考基準は俺達トレーナーにも知らされておらず、あちらさんの企業秘密らしい。古賀さんも知らされていないとか.........

 そんな事を考えながら流石に限界だと思い、 俺は未だにヘッドロックを決めている彼の腕を叩いて講義をすると、これまた豪快に笑って俺の拘束を解いた。

 

 

桜木「.........それで?今日はどうしたんです?久々に誰かスカウトでも?」

 

 

古賀「よせやい。俺ぁもう引退するつもりだったんだよ。お前の次はアイツらだ.........こうまた、ズルズルズルズルと.........」

 

 

桜木「じゃあ、なんで?」

 

 

古賀「.........お前さんにはもう。分かるだろ?」

 

 

桜木「っ.........!」

 

 

 雰囲気が変わった。彼の取り巻く空気が明るさから、どこか鋭さを帯びた物へと変異する。その目は正に、今の今までトレーナーをしてきた観察眼。俺の事を品定めする様にじっくりと全体を見極めている。

 

 

古賀「どうすんだ?[トウカイテイオー]」

 

 

桜木「.........走らせますよ」

 

 

古賀「あの子は望んでないんだろ?」

 

 

桜木「テイオーから聞いたんですか?」

 

 

古賀「雰囲気で分かる」

 

 

桜木「そんなの説得力ありませんよ」

 

 

 場の空気が、暖かさを感じる春から冬になる様に、寒さがどんどん増して言った。この人の言っている事は、何ら間違って居ない。ただ俺が、わがままを言っているだけだ。

 ゆっくりと息を吐き、目を瞑る。俺も全神経を集中させ、今目の前にいる人の状態を見極めに入る。

 

 

桜木(流石だな、古賀さん.........見るだけじゃなくて、やっぱ[見させる]のも一流だ)

 

 

 動じていない。俺の屁理屈で出来た[てこの原理]じゃ、この人は一切動くことは無い。そう言っていいほど、重心や呼吸は、一切乱れていない。

 

 

古賀「.........お前は失敗する」

 

 

桜木「しません」

 

 

古賀「ああ。[今回]は、な」

 

 

桜木「っ.........」

 

 

 今回。そう言われて俺は、一瞬足が竦んだ。それを見逃さないように、この人は視線を俺の足に向けた後、再び俺の目をじっと見始めた。

 [今回]があると言うことは、[次回]もある。これが成功した所で、次も成功するかは分からない。

 けれど.........

 

 

桜木「決めたんです。もう[迷わない]って」

 

 

古賀「.........っ」

 

 

 眉間が少し動いた。どうやら、俺の言葉に少し動揺したらしい。当たり前だ。俺はもう決めたんだ。迷っている間に過ぎ去る時間が、今は惜しいんだ。

 もしその間に火が消えたら。もしその間に、取り戻せない後悔が始まってしまったら。俺は死んでも死にきれない.........!!!

 

 

桜木「貴方がなんと言おうと、俺はやりますから」

 

 

古賀「っ、待て!!!」

 

 

 強い制止が俺を引き止めようとする。けれど、振り返っては居られない。[思い出]はとっくのとうに[過去の物]。それに足を取られていちゃ、いつまでたっても前に進めやしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時からだった。俺が.........

 

 

 いや、[俺達]が、自分から片方の[選択肢]を捨てて、片道切符の一方通行の列車に乗ってしまったのは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [???]のヒントLvを1失った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古賀「.........」

 

 

 俺は、桜木の奴を引き止めようと手を伸ばした。だが奴は、俺のその手を気にも留めず、視線すら追わずに、俺の横を素通りして行った。

 

 

古賀「.........お前さんの行く道を決めるなら、そりゃあ.........迷いが無いに越したことはない」

 

 

古賀「けど今お前がしているのは、他人の道を強制することだ」

 

 

古賀「そんな奴が悪びれもせずに威張るのは、行儀の良い様じゃねぇ」

 

 

 去って行く男の背中に向けて、独り言を呟く。今のアイツに、俺の言葉はもう届きはしないだろう。

 それでも、俺は足掻く。かつてこれが[正しい]と威張り散らし、担当のレース人生を壊してしまった罪への罰として、俺は己に、そして桜木に問い続ける。

 

 

古賀「お前さんはまだ若い」

 

 

古賀「.........せめて。俺の二の足を踏むなよ」

 

 

 二年前。アイツが倒れた時に病院で見たその背中は、若さの割には大きく見えた。寂しくは見えたが、それは本当に、俺以上に大きい背中だったんだ。

 悲しいもんだ。今のお前の背中は、なんだかちっぽけに見えてくる。勝手に背負って勝手にスタスタ歩いて行っちまう.........何がお前をそうさせるんだ?

 

 

古賀「.........メジロのお嬢ちゃんは、大変だな」

 

 

 今のアイツは暴走している。若さに託[かこつ]けて何でもやってきたツケが回って来ている。もう二十代も後半に差し掛かっている。出来る出来ないの区別がつかないまま、責任を持つ大人になってしまっている。

  俺は、桜木の担当であるメジロマックイーンの心配をしながら、その場を後にした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレから、少し時間が経った。変化と言うのはその時は凄くストレスに感じるが、慣れてしまえばどうと言うことは無い。

 テイオーが居ないトレーニングも、明るさがどこかぎこちない空気も、慣れてしまえばもう、何ともなかった。

 

 

神威「.........」

 

 

東「.........沖野と、喧嘩したんだって?」

 

 

 普段なら、誰も居ない時間帯のチームルーム。次のレースとこれまでのレポートを参照し、作戦を練っている所だった。

 それは、今も変わらない。変わった事と言えば、いつもの四人と東さんが今、俺の目の前にいるという事だ。

 

 

黒津木「お前、最近おかしいぞ?」

 

 

桜木「.........お前もそう言うのか」

 

 

『桜木、お前最近変じゃないか.........?』

 

 

 その言葉は、事の発端となった。それが切っ掛けで、俺と沖野さんは終わりの無い論争に足を突っ込んでしまったのだ。

 俺はおかしくない。俺は変じゃない。何も変わってなんか居ない。[夢]を諦めようとする奴を助けて何がおかしい?それが大人だ。

 

 

桜木「ガキのまま大人になっちまったんだ」

 

 

桜木「大人になった責任くらい、取るさ」

 

 

白銀「.........いや、俺はそれでいいと思うし何も言わねぇけどよ。やりたいようにやれば良いと思うし」

 

 

神威「けど良いのか?テイオーだって[悩んで]決めた事なんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悩んで?

 

 

 どこに悩む必要がある?

 

 

 夢を諦めるのに、迷う事なんてあるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........お前らには分からねぇよ」

 

 

神威「.........は?」

 

 

東「お、おい!こんな所で喧嘩は―――」

 

 

桜木「夢を諦めた事も無いお前らなんかには、一生分からねぇって言ったんだ。俺は」

 

 

 口をついて出ただけの言葉。堪えきれなくなって出てきたそれがまた、引き金になった。

 机を叩き殴る音と共に、俺は息苦しさを物理的に感じた。気が付けば目の前に神威の、煮えたぎった様な怒りを顕にした顔がそこにあった。

 

 

神威「お前だけが特別だと思うなよっ、俺はお前の事を思って―――」

 

 

桜木「へぇ、じゃあ。俺の何を知ってるんだ?ん?」

 

 

桜木「[夢]ってのはな?人生の全て賭けて、何がなんでも成し遂げたい物なんだよ」

 

 

桜木「悩む必要も暇も、どこにもねぇんだよ」

 

 

神威「.........ッッッ!!!!!」

 

 

 緩やかな地震から誘発されるマグマの噴火のように、神威はその拳を振り上げ、俺に向かって突き出してきた。

 まさか、手を上げられるとは思ってもいなかったが所詮は現役を引退した身。いくら鍛錬を積み直していると言っても、咄嗟の行動に染み付いていない所を見ると、悲しく思いながらも俺はそれを受け止めた。

 

 

桜木「.........おいおい。どうすんだよ?この空気」

 

 

神威「俺はッ!お前のやろうとしてる事に口出してんじゃねェッ!!!」

 

 

神威「今のお前が変だからッッ!!!親友として心配してるだけだろうがッッッ!!!!!」

 

 

 息を切らしながら、肩を上下に揺らしながら、神威はそう強く叫んだ。コイツのこんな姿を今まで見た事がない筈なのに.........心に一切響いて来てはいない。

 俺はそう感じる自分に呆れと、自虐混じりの感心を抱きながら、そっと目を閉じた。

 

 

桜木「はぁ.........それこそ。良い迷惑だ」

 

 

黒津木「待てよ。どこ行くんだよ」

 

 

桜木「なんだ?どこに行くのかも言わなきゃ行けないのか?」

 

 

 ため息を吐きながら、俺は立ち上がりそう言葉を吐き捨てた。それを黒津木は鋭い目で射抜くように俺を見てくる。

 子供だった時間は終わった。今の俺は、行ってきますと言ったなら、それっきりの。ただいまを言うまでどこに行ったか分からない大人だ。

 それっきり、 俺から目を離した黒津木を見てため息を吐いた俺は、この教室から出ようとした。

 

 

桜木「.........何も言わねぇんじゃねえのか?」

 

 

白銀「ああ。俺はそれが[友達]としてのあり方だと思う。お前とは別に[仕事仲間]ってわけじゃねぇからな」

 

 

 出ていこうとした俺の肩を掴み、引き止める白銀。その手には何の力も込められていない。振り払おうと思えばすぐに出来るはずなのに、何故か俺は、それが出来なかった。

 いや、コイツはそれを見越して力を入れていないのかもしれない。普段だったら乱暴に引っ張って、俺を壁に叩きつけるくらいはする奴だ。そう言えば、地頭の良さはここに居るヤツらに引けを取らないレベルだった。

 

 

白銀「信じて待つのが[仲間]のする事なら、心配して飛び出していくのが[友達]ってもんだろうが」

 

 

白銀「.........それに。夢を諦めるのは確かにこの世で一番辛いことかもしれねぇよ」

 

 

白銀「けれどそれで、そのおかげで出会えた奴らが.........お前には数え切れねぇほど沢山居んだろ?」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 それは、否定出来ない言葉だった。それは、俺に対して何よりも[正しい]正論だった。諦めた先に転がり込んだ道の上で出会った、かけがえのない人達。それは今の俺に、大きな夢と希望を抱かせてくれた。

 奴は優しくそう言ってから、俺の肩から手を離した。何かと思い振り返ろうとすると、コイツの人差し指が俺の頬を強く捩じ込まれた。

 

 

白銀「行ってこい。ただ俺達がそう言ったからには―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[ただいま]を言う義務は発生したぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........悪かったよ」

 

 

 いつも通りのにへらとした笑みに、完全に毒を抜かれた。こんな場所で、こんな奴らの目の前で喧嘩したと思うと、自分が情けなくて仕方がなくなってくる。

 まだまだ俺もガキのまんまだ。こう思うと、先に喧嘩していた沖野さんにも申し訳が立たなくなってくる。

 

 

桜木「沖野さんにも、謝ってくる」

 

 

東「!ああ、それが良い。アイツも相当堪えてたからな」

 

 

 最初の雰囲気はどこへやら。神威のやつも不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、俺の顔を見て、その顔をようやく微笑ませた。

 .........[行ってらっしゃい]を言われたら、[ただいま]を言うのが義務。確かに、昔はそうだった。一人暮らしが長くなったせいで、すっかり習慣としては身から削ぎ落ちていたものだ。

 

 

桜木「.........[行ってきます]」

 

 

 教室を出て、誰にも聞こえないようにそっと呟いてみる。すると、ここが自分の[帰る場所]なのだと実感が湧き、そこに戻ってきたいと思い始める。

 謝ろう。俺も、頭に血が上っていたのかもしれない。そう思った俺の足は自ずと、チームスピカのチームルームに向いて歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重苦しい空気が、自分の肺の中に溜まっていく。目の前にある扉を叩こうとした手を、もう何度も引き戻し、そして何度もその手を上げている。

 今更、何を言っても遅いのかもしれない。それに、別段自分の思っている事が[間違っている]なんて、今もサラサラ思っちゃいない。

 それでも俺は、あの人に謝りたい。そう思って、今度こそともう一度その手を上げた時だった。

 

 

「何やってんだ?」

 

 

桜木「.........沖野さん」

 

 

沖野「.........買い出し行ってたんだよ。前までのテイオーだったら、頼めてたけど。今じゃ、な.........」

 

 

 買い物袋を持ち、空いた手で頭を掻きながらそう言った。確かに、走る気力と走りたい渇望に溢れていたテイオーなら、頼めていたことだ。

 

 

沖野「.........まぁ、なんだ。こんな所で話すのもアレだし。中に入れよ」

 

 

 そう言って、この人はポケットから鍵を取りだした。なるほど、俺がもし勇気をだして扉を叩いていたとしても入れなかった訳だ。ここで足踏みしたのも正解だったかもしれない。

 数日ぶりの、スピカのチームルーム。以前は誰も居なくても、頭の中で楽しい記憶が勝手に再生されていた物だが、今となっては寂しいもので一切それは再生されない。

 

 

 それから、俺は今までの事を謝った。沖野さんも頭に血が上って居たと言って、お互いにその事について謝った。

 そして、これからについてのことも話し合った。テイオーをどうするのか、走らせるのか、辞めさせるのか。その事について、結構長く議論していたけど.........

 

 

沖野「.........見事に真っ二つだなぁ」

 

 

桜木「そうっすねぇ.........」

 

 

 面白いくらいに意見が割れた。二人しか居ないはずなのに、二人とも全く違う意見で、その上どちらも正しい。

 けれど、それでもそれを楽しめるくらいには余裕が出来ていた。お互い、話し合った事を思い出して苦笑していた。

 

 

沖野「まぁ、それくらいテイオーについて真剣に考えてるんだ。俺もお前の意見を尊重したい。後は.........」

 

 

桜木「テイオーがどうするか.........ん?」

 

 

 彼女の出した答えが全て。そう思っていると、不意にチームルームのドアが開いていくのが見えた。

 

 

テイオー「トレーナー!あっ!サブトレーナーも居るー!丁度良かったよー!♪」

 

 

桜木「テイオー!足はもう良いのか?」

 

 

テイオー「ふふん!ボクはウマ娘だよ?一週間くらい安静にしとけば、松葉杖で歩けるんだから!」

 

 

 そう言って胸を張るテイオー。その自信満々の姿に、安心する自分がいる。けれどそれとは対照的に、沖野さんはどこか不安げな表情をしていた。

 

 

沖野「丁度良かったって、何かあるのか?」

 

 

テイオー「うん!これを渡しにね♪」

 

 

桜木「―――っ.........!!?」

 

 

沖野「っ.........そう、か」

 

 

 いつもとは違った様子で、改まったように両手でそれを持ち、沖野さんに渡すテイオー。それを見た時、俺は一瞬時間が止まったように思えた。

 沖野さんは動揺しつつも、それを何とか、受け取って見せる。やっぱり.........この人は俺なんかより遥かに大人だ。

 .........俺は、目の前の現実を受け入れられない。直視出来ない。あのテイオーが、みんなが待ちわびているテイオーが、そんな事をするはずが無い。

 そう思っていても、沖野さんの手に渡ったその文字をもう一度見た時、俺はようやく、それを受け入れることが出来た。

 そこには、こう書かれていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [脱退届].........と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......To be continued

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