山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
『走るの止めるね.........?』
その声が、頭の中で反響する。跳ね返って、跳ね返って。やがて俺の心に直接刺さってくる。
上も下も分からないまま、どこかに向かって、あるいはどこにも向かわずに落ちて行く。そんな中で、一つの剣が目の前に不意に現れた。
痛い、苦しい、悲しい、悔しい、辛い、虚しい、そんな全てがごちゃ混ぜになった剣で貫かれた様に射貫かれた。
桜木(.........夢か)
そう気付くのに、大した時間は掛からなかった。最近はこういう、夢を夢だと自覚する事が増えてきた。
それでも、この痛みの剣は収まる所か、逆に俺の胸に深々と突き刺さってくる。あまりの痛みで、思わず叫んでしまうかも知れないほどに。
けれど.........
『.........』
桜木「っ、キミは.........どうして?」
『あら。最初にあった時より随分弱気じゃない』
それは最近夢に出てくる声とは、また違う声。どう説明すればいいのか分からないけど、彼女は決まって、俺を助けてくれている気がする。
その剣を引き抜いて、そのまま放り投げるその存在を見つめていると、それはゆっくりと俺に言い聞かせるように口を開いた。
『諦めなさい』
桜木「.........アンタも、そう言うのか.........?」
桜木「あの声と同じような事を.........!!!アンタも言うのかッッ!!!」
諦めろ。諦めろ。どこまで行ってもそればかり。諦めた所で俺にはもう道は残されてなんて居ない。
そう思って俺は言葉をまたぶつけようと口を開きかけたが、また以前と同じように、その女性のような指先が俺の口元に当てられた。
『勘違いしないで。あんなのと一緒にされたらこっちもいい迷惑だわ』
『確かに私は[諦めろ]とは言った。けど、アレが言ったのは[全部諦めろ]って意味』
『私が言いたいのは.........[何を諦めるか]って事よ。これからそれが、貴方にとって一番重要になってくる』
桜木「何を.........諦めるか.........?」
そう言われても、何を諦めるかなんて想像も付かない。俺にとっては全部、諦め切れないものだ。今持っている荷物は全部大切な物。とても道半ばで落っことして行けるほどの物なんかじゃない。
そんな俺の様子を見て心情を察したのか、彼女はその温もりの宿っている手を、俺の頭に乗せて撫でて来た。
『この前最後に言ったでしょう?[夢を見たければ目を覚ましなさい]って』
桜木「あ、ああ.........」
『夢は大切な物。けれどそれだけじゃ、寝てる時に見ているのか、起きて見ているのか分からない』
『現実をしっかり見定めて、自分の立場を理解して初めて、夢って言うのは姿を現してくれるの』
まるで母親が駄々をこねる子供をあやすような手つきで頭を撫でられ、俺も次第に心を落ち着かせて行った。
けれど、まだ疑問がある。この人は一体何者なんだろう?そしてあの声は.........?あの時、マックイーンになぜ語りかけて来たのか?
腑に落ちない部分は確かにある。けれどこの女性は、あの声よりかは確かに信頼出来る人だった。
『.........負けないでね』
桜木「え?」
『あの声に。これから起こる運命に。神様が起こす奇跡に、絶対に負けないで』
『[諦めずに諦める物を探しなさい]。それが.........貴方を夢に導いてくれる力になるから』
優しかった手が離れて行き、徐々に視界が光に包まれて行く。ゆっくりと意識が身体の方へと引っ張られる感触を感じ、俺はその目をゆっくりと閉じて行った。
その時、彼女のぼやけた存在が少し晴れたように見えた。
桜木「...?マック......イーン.........?」
『!.........ふふっ、そう呼ばれるのは。いつぶりかしらね』
何処か懐かしむように、けれど寂しそうな声が聞こえてくる。そんな悲しそうな彼女の頭を撫でようと手を伸ばしても、もう目は閉じかかってて。上手く夢の中で動けない。
もう完全に、夢から覚めてしまう。そう思った瞬間、俺の半端に伸ばした腕を、彼女は優しく掴んだ。
『.........優しいのね。ありがとう』
『あの子が惚れる理由も、分かっちゃうわ』
『あの子の事、よろしくね?泣かせても良いけど.........』
『諦めるのだけは、絶対ダメよ?』
ーーー
デジ「はぁぁ.........また、推しウマ娘ちゃんが一人、引退.........」
嘆き。もうこの世の全てに聞かせるかのように私、デジたんことアグネスデジタルは、それはもう盛大なため息と共に机に突っ伏しました。
ここはお昼休みのチームルーム。今日はいつも通りのチームの皆さんが、いつもより辛そうな面持ちでそれぞれ、時間を潰していました。
マック「.........仕方ありませんわ。テイオーが自ら決めて進んだ道。それを無理やり変えることは出来ません」
タキオン「.........その道を進ませてしまったのは、私なのだがね」
全員「.........」
どんよりとした空気.........タキオンさんが言った言葉がデジたん達に深く刺さります。うぅ.........こういう空気は苦手です.........
最近、本当に皆さん元気がありません。桜木トレーナーさんも元気そうに振舞ってますけど、それが虚勢である事は近頃では手に取るように分かってしまいます。
デジ「はぁぁぁ.........テイオーさん、本当にこのまま引退してしまうのでしょうか.........?」
ブルボン「引退前にライブをすると聞きました。お客さんの声が大きければもしくは、可能性はゼロではありません」
ライス「そ、そうだよね!ライスはオールカマーに出るから応援は出来ないけど.........」
ウララ「大丈夫だよライスちゃん!!ウララがライスちゃんの分も声出すもん!!」
目の前で何とも尊いやり取りを見せてくれるお二人.........!!!やはりウラライ。ウラライは全てを救う.........!!!
そんなお二人を見てようやく、マックイーンさんもタキオンさんも、その身に纏う悲しげな雰囲気を和らげてくれました。
マック「ふふふっ、もちろん私も諦めては居ません。生涯のライバルに等しい存在ですもの。最後のレースが怯えて勝った物だったなんて、悲しいですから」
タキオン「事はそう簡単じゃない、が.........[奇跡を超える]事が出来ればあるいは.........私はそう思っているよ」
デジ(.........やっぱり、桜木トレーナーさんは凄い人ですね)
力強い希望を胸に秘めながらも、それがある事を実感させてくれるタキオンさん。目を瞑りながら紅茶を楽しむ素敵な姿を見せてくださいます。
タキオンさんとは同室で、デジたんが入学した頃からの付き合いです。最初の挨拶なんてしたかどうかも、普通の人なら覚えてないほど曖昧なもの。クールでドライなウマ娘さんだと言うのがあたしの第一印象でした。
けれど、月日が経つにつれ、日に日に桜木トレーナーさんに振り回されストレスが垣間見える頃、それでも楽しそうにその対策を講じたり、夢の中でも振り回され、寝言で怒った声を上げつつも、表情は嬉しそうなこの人は、そんな人じゃないと分かったんです。
デジ(きっと、今回も打開策を見つけてくれるはず.........!)
デジ(頼みましたよ!トレーナーさん!)
ーーー
桜木(.........)
夕暮れの帰り道。トレーニング後のチームカノープスとの会議は今日も収穫はゼロだった。
不思議と心に波は立っていない。完全な凪が支配していた。溜息をつくことすら出来やしない。
桜木(.........俺はもしかして、こうなる事をどこか想像してたんじゃないか.........?)
情けない。そんな気持ちが無色透明な心に一滴垂らされる。水面を貫いたそれは好き勝手に広がって、薄く伸ばされて行く。泣きたいとすら思えない。
結局、俺は何も変えられない。諦めの味を知っているからと言って、俺にアイツを.........テイオーを変える事ができるとは限らない。
「あの!お兄さん!」
桜木「!キタちゃん.........?」
不意に背後から声を掛けられる。その声に聞き覚えを感じ、呼び掛けられたのは俺かもしれないと思って振り向いてみると、そこには記憶より少し大人になったキタサンブラックとサトノダイヤモンドが居た。
動揺して少し意識が離れたが、すぐにそれを取り戻して、視線を合わせるように膝立ちをする。
桜木「久しぶりだなぁ二人とも!元気だった?」
キタ「はい!!お兄さんも元気そうで何よりです!!」
ダイヤ「おじさま!前回の宝塚のマックイーンさん!とても凄かったです!!」
嬉しそうな笑顔で再会と、マックイーンの活躍を喜んでくれる二人。そんな二人を見ていると、俺も嬉しい気持ちになった。
けれど、そんな時間も少しだけ。少し経てば、キタちゃんは見るからに落ち込んだ様子を見せ、それに釣られるようにダイヤちゃんも暗い表情を見せた。
桜木「ど、どうしたの?」
キタ「.........テイオーさん。このまま引退しちゃうんですか.........?」
桜木「.........っ、それは」
それを否定する言葉が出かけて、心がズキリと痛む。最近、嘘やでまかせを出し過ぎだ。昔っからそういうのが好きでなかったのはお前自身が知ってたはずだろう?
言葉に詰まる俺を後目に、ダイヤちゃんはキタちゃんのポケットから勝手に何かを取り出す。
キタ「あっ!それは!!」
ダイヤ「これ!!キタちゃんがテイオーさんの為に、一生懸命作ったんです!!」
桜木「!キタちゃんが.........」
俺に見せつけるように突き出されたお守り。お世辞に言っても、上手とはとても言えない。けれど、例え見栄えが悪くても、これを作って渡したいというキタちゃんの思いが、強く込められていることを感じた。
キタ「.........走って欲しい」
キタ「もう一度.........っ!テイオーさんにっ、走って欲しいんですっ.........!!!」
涙を堪えながら、キタちゃんは強く言い切った。俺はそれを聞いてダイヤちゃんからお守りを受け取った。
それには、確かな温もりを感じた。人の思いが込められた物質特有の、肌ではなく、心という器官でのみ感じられる温かさが、確かにあった。
桜木(.........馬鹿野郎だな。俺は)
テイオーに何が出来るか?テイオーを変えられるか?そんなの、分からない。世の中そんな事ばかりだ。辺りを見渡してみろ。分かりきってない事ばかりじゃないか。
それでも前に進むんだ。二本の足で、自分の足で、自分の道を進むのが人間だ。それをやめて立ち往生したらそれこそ、死んだも同然じゃないか。
桜木「確かに、受け取った。これは必ずテイオーに渡す。けれどその前に.........」
桜木「俺が、 少しの間預かってても良いかな?」
二人「え?」
俺は、弱い人間だ。例えどんなに取り繕って、強くあろうとしても、少しの困難で怯んで、すくんでしまう。
それでももう大人だから。後ろを歩いてくれている子達の為に、前に歩かなきゃならない。
桜木「俺も。どうしたらいいか分からなくなってた」
桜木「けれど、キタちゃんの思いが籠ったこのお守りを、俺は信じたい」
桜木「これがあれば、俺はきっとテイオーを走らせる事に、迷いは無くなるから」
首に掛けた王冠の煌めきを感じる様な光が、仄かにこれから感じ取れる。王冠は俺とチームを繋ぐ物で、きっとこれは、俺とテイオーを繋げてくれる物になってくれる。
二人はそんな俺を見て、頷いてくれた。情けない事に、こんな年端も行かない子供に助けられて、泣きそうになってしまう。
それを悟られないよう、俺は二人の頭を強引に撫でてから立ち上がった。
桜木「さぁ、もう帰ろう。夜は寒くなるからな」
夕日がそろそろ沈んでしまう。まだ子供の二人を急かすように言うと、慌てたように頭を下げ、お礼の言葉を言ってから彼女達は帰路へと走って行った。
そんな二人の背中を見送り、もう一度お守りの温もりを確かに感じながら、俺も家へと向かって行った。
ーーー
テイオー「よーっし!今日もライブの練習するぞー!」パン!
秋の寒さが本格的になってきた。一年の間暇が無いと言っても言い過ぎじゃないくらい、ボク達ウマ娘は毎日レースの為に走っている。
けれど、ボクはもうその枠組みから外れた。そう思うのはまだちょっと寂しいけれど、これは自分で決めた事。ボクは寒さに決意が揺らされないよう、ほっぺを叩いて気合を入れた。
テイオー「まずは基本のステップからだよね♪」
最近は、引退ライブの為に毎日ダンスの練習に励んでる。チームを脱退して結構経つけど、ゲームセンターのダンスゲームをしている時より真剣に、まずは基礎から確かめて行く。
うん。今日も大丈夫!足さばきは昔と何ら変わらない!これなら今すぐにでも―――
テイオー(って、ダメダメ。ボクはもう走らないって決めたんだから。今はダンスに集中!)
最近ライブの練習をしていると、こうやって昔のボクが顔を出して、寂しそうに覗き込んでくる。それを一旦沈めるために、ステップをやめて深呼吸をした。
そう言えばと思って、自分の足を見る。もう痛みは感じない。それくらいには回復してくれたのかな?
よしよし。この調子で行けば、引退ライブだって―――
「探したぞ!!テイオー!!」
テイオー「?.........あー!!ダブルジェ「ツインターボ!!!」そうだったっけ?」
一文字もあってない!そう言ってボクの目の前に現れた.........なんだろう?友達、なのかな?うん。その子は怒っていた。
ターボ「挑戦状見てくれた?!いつ勝負してくれるの!!?」
テイオー「え?挑戦状?う〜ん.........あー!!思い出した!!ボクの寮部屋に貼られてた奴かー!!あれ貼ったのキミだったの!!?」
正直、誰かのイタズラなのかなー?って思ってたけど、この子だったら納得かな。いつか一緒にレースで走りたいっていっつも言ってくれてたし。
.........だけど、それは出来ない。ボクはもう走れない。走れたとしてもそれは、[皆が求めるトウカイテイオー]じゃない。だから、走らない。
ターボ「ターボ!今度のオールカマーに出るから!!みんな凄いんだよ!!?イクノも出るし!うーん、と。あとえっと!ライスシャワーとかも!!」
テイオー「.........そっか。良かったじゃん」
なんだ。今のボクより全然強いウマ娘が出るなら良いじゃん。別に、ボクにこだわることなんて必要無いのに。
頑張ってね。そう言おうとして口を開こうとした時、ボクより先に、この子が言葉を発した。
ターボ「だから!!そこで勝負!!」
テイオー「.........っ」
ボクは走れない。走らない。そう決めた。そう決められた。これはもう決まった事なんだ。だからボクはそれに従うだけ。ボクももう子供じゃない。わがままばっかり言えないんだ。
なのに、どうしてボクの心は揺れ動いてるの?まさか、また走りたいって思ってるの?ダメだよ。そんな事したら、今度こそ終わっちゃう。みんなの中に残るボクの最後の姿が、無様に弱くなった姿で終わっちゃう.........!
それだけは、絶対に嫌だ。みんなの夢の中くらい、ボクを[トウカイテイオー]で居させてよ.........
テイオー「出走登録なんてとっくに終わってるよ」
テイオー「それに、ボクはもう走らないから」
ターボ「え.........!!?なんで!!?」
何も知らない。ボクの事なんてお構い無しに、その子はただ走らないと言ったボクに疑問の声をぶつけてくる。
なんでって聞かれても、ボク困っちゃうよ。だってそう決めたんだもん。チームも脱退しちゃったし、そもそもレースにはトレーナーが必要じゃんか。
.........そうだよ。ボクは自分で、トレーナーに伝えたんじゃないか。もう走らないよって。それを今更、どうやってまた走らせてなんて.........
ターボ「じゃあじゃあ!!オールカマーで勝ったら今度こそ約束!!」
テイオー「っ、だから。そんな約束出来ないってば.........」
ターボ「やだやだ!!ターボと勝負!!次も勝つから!!ぶっちぎりで逃げ切って!!!」
テイオー「ボクはもう走らないからっ。勝負は諦めてよ」
段々と秋の茜色の空のようだった心が、苦しい色に変わっていくのを感じた。この子を見てると、会長やトレーナー達にわがままを言っていたボクを思い出してくる。
今のボクは空っぽだ。そんなの、ボク自身が一番良く知ってる。けれど一度空っぽに慣れちゃったら、何を入れても辛いだけ。前と同じ物じゃないと、苦しいだけ。
そしてそれは、二度とボクの中に帰って来ない。覆水盆に返らずって良く言うけど、今のボクが正にそうだ。
ターボ「何それ変なのっ!!!諦めるってテイオーっぽくない!!!テイオーっぽくない!!!」
テイオー「君に何が分かるのさ!!!」
ターボ「っ!」
テイオー「ダメなものはダメって認めるの.........すっごくすっごく辛いんだよ.........!!!」
身体がまるで寒さに触れたように震えている。もう分かってる。いつまで経っても諦めきれないのはボクの方だ。まだ行けるのかも、まだ行けるのかもって、自分でしたはずの決断を、何度もやり直そうとしてる。
けれどそんなの、かっこ悪いじゃんか。子供のわがままみたいでみっともないし、例えまた走った所で、さっきから思ってるように、前見たく走れたり、 勝てたりする保証なんてどこにも無い。
だから、おしまいにしなきゃ。いつまでも[物語]を続けてたら、後に続く子達が[主人公]になれない。無敗の最強トウカイテイオー伝説は、最後にみんなにありがとうを伝えて、それで―――
「そんなの知らない!!!」
テイオー「え.........?」
ターボ「ターボの知ってるテイオーは諦めたりしないもん!!!」
力強いその目が、ボクの姿をじっと見ている。きっとこの子にはまだ、ボクが走っているトウカイテイオーに見えるんだ。
.........おかしいな。諦めさせなきゃ行けないのに。ボクはここで終わらなきゃ行けないのに。まだボクのその姿を見てくれている事に、嬉しく思っちゃう自分が居る。
テイオー「.........ライスも居るんだよね?」
テイオー「他にも強いウマ娘が沢山出る。逃げ切れる訳ないよ」
ターボ「.........〜〜〜!!!ターボ勝つからっ!!!絶対逃げ切って勝つからっ!!!」
逃げ切れる訳がない。そう言って、ボクは諦めさせようとしてる。そうしようとしているはずなのに、心のどこかでは、勝ってほしいって思ってる。
.........それもこれも全部、きっとサブトレーナーのせいだ。[奇跡]は起こる。ううん、それだけじゃない。起こった[奇跡]は越えられる。根拠も証拠も無いのに、自信満々にそう言いきって.........ボクは、菊花賞に出たんだ。
勝つかもしれない。けれど、負けるかもしれない。そんなどっちつかずの現状が、ボクの心を懐かしい形に戻そうとしてくる。レースを走っていたあの時。確かに強かったけど、本当に勝てるかと言われれば、根拠は無かったあの頃と同じように。
ターボ「テイオーのアンポンタン〜〜〜!!!」
テイオー「あっ.........行っちゃった」
.........ちょっと言い過ぎちゃったかな?ううん。これぐらいで丁度いいんだ。嫌われればいくらあの子だってもう、ボクとレースしたいだなんて言わなくなるよ。
ボクは大人なんだ。これくらいの悪役なんて楽に、それこそちょちょいのちょいでやってのけられるもんね!!
テイオー(.........あはは、けどやっぱり。辛いなぁ)
誰かに嫌われる感覚。想像していたよりずっと辛い。けれど、これで良かったんだ。いつまでも走らないボクにこだわるより、今走ってる皆と走る事が出来れば、あの子もきっと幸せだと思う。
そう思いながら、ボクはまた。一人でステップの練習を始めた。けれどその脚さばきは、練習初めより、何かに囚われたように、ちょっとぎこちなかった。
ーーー
桜木「.........急に連絡が入って何かと思ってきて見れば」
ターボ「悔しい悔しい悔しい悔しい!!!」
夜も深けたトレセン学園の、チームカノープスのルーム。チームメンバーのトレーニングを終え、これから帰ろうかとした矢先の連絡であった。
扉を開けて入ってみれば、ツインターボはその言葉だけを一生繰り返している。他の子や南坂さんはそれを聞いて落ち込んでいる様子を見るに、現状をどうやら理解している様だった。
桜木「何か、あったのか?」
イクノ「.........実は」
その言葉を皮切りに、事と経緯を話し始めたイクノディクタスの声に、俺は耳を傾けた。どうやら、ターボから見たテイオーは既に諦めきっている様子だったらしい。
ターボ「ターボやるもん!!テイオーの目の前で絶対絶対逃げ切って勝ってやる!!諦めなければやれる事見せてやるんだ!!!」
ネイチャ「.........それ、無理かもね」
ターボ「え!!?」
桜木「.........」
この場に居る殆どが、ターボのその言葉に難色を示す。現に俺も、聞いている途中で目を伏せてしまった。
オールカマーの出走日は、完全にテイオーの引退ライブと重なってしまっている。だから物理的に、テイオーはターボの走りを見ることは出来ない。
桜木(クソっ、考えろ桜木っ!いつだってお前はそうして乗り越えてきたじゃねぇか!!!ここでアイデア出さねぇでどうすんだ!!!)
頭を必死にこねくり回しながら、何とか策を模索する。だが悲しい事に、今俺の中に、絶対の解決策は存在して居ない。
万事休す.........今ここを逃せば、確実にテイオーは引退してしまう。ここで諦めてしまえば、テイオーは結局、諦めてしまった一人になってしまう。
それでも、何も無い。何も思いつかない.........
ターボ「.........諦めたくないっ、テイオーがどんなに必死に諦めようとしても!!!ターボは諦めたくない!!!」
桜木「.........!!?待て!!!今なんて言った!!?」
全員「え.........?」
狭くなりつつあった視野が、少し広くなった。それは、俺がターボの言った一言に、一つの単語に疑問を抱いたからだ。
ターボ「だから!!テイオーが必死に―――」
桜木「.........ははっ、なんだよ」
自然と笑いが込み上げてくる。 その様子を見て、南坂さんを含めた全員が、俺を心配するように見てくる。
けれど、確かにツインターボは見て、聞いて、実感したのだ。[諦めた]と言うのに、それを[必死]に肯定しようとするテイオーを。
桜木「.........今、確信した」
桜木「アイツはまだ.........!走りたい気持ちを捨てちゃいない.........!!!」
全員「!」
諦めた人間の行動は、俺が良く知っている。実際に一切合切全てを諦めたのなら、どうでも良くなる筈だ。その事をつつかれたとしても、熱くなることは決してない。熱も炎ももう、そこには存在しないからだ。
けれど、テイオーにはそれがまだあった。微かだったが、それは確かに静かに熱を帯び、火は消えちゃいなかった。
『もう一度.........っ!テイオーさんにっ、走って欲しいんですっ.........!!!』
桜木(なぁテイオー。お前、一足先に大人になったつもりなのか?)
今より少し前、俺に自分の夢を託し、預けてくれた小さい少女達の顔を思い出す。決して、大人では無いが、それでもその意志の強さは大人顔負けであった。
.........大人は確かに、立場を考えればあまり多くの事を好き勝手には言えないものだ。責任という物や、自分の生きてきた道の歩き方がそうさせる。
けれど、テイオーはそれしか知らない。大人の定義だけで、大人のなり方はまだ知っていない。
桜木「.........教えてやろうぜ。自分だけ大人になったつもりのテイオーに」
「大人は子供のわがままを叶えるもんだってよ」
体に力が入る。心に活力が漲る。アイツは走るのを諦めたんじゃない。走るのを何とか諦めようとしているだけなんだ。そう思うだけで、活路は見いだせる。
そんな俺の姿を見て、全員が意志を固める。覚悟を決めて、テイオーをもう一度、ターフに舞い戻らせるという意志をもう一度、自分達の中で再確認したのだ。
ウマ娘「それで!!!方法は!!?」
桜木「.........あぁぁぁぁぁ!!!問題はそれだったよなぁぁぁぁぁぁ!!!」ガバァ!!!
ネイチャ「えぇ.........?」
そうだった。本題はそこだったんだ。何をやってるんだ俺は.........あまりの間抜けとドジっぷりに思わず椅子に座りこんで、頭を勢いよく抱えた。夜神月くんかな?
困惑する声一つ、溜息を吐く声二つ、どうするの?と延々に聞き続ける声が一つ.........もうどうすればいいのかなんて分かりはしない。
けれど、そんな声が出る中で一人だけ、静かに黙っている人がようやく、口を開いた。
南坂「.........何とか、なるかもしれません」
全員「.........本当!!?」
南坂「確証はありません。ですが、やるだけやってみる価値は充分あると思われます」
その目は、決意に満ち満ちたものだった。いつもの優しさを持ちながら、力強さを感じるその目に、俺達は安心感と、これから起こることのワクワクを両方、胸の中で共存させていた。
そうして話された南坂さんの計画。普段の温厚で、物静かな彼とは対象的な突飛で、無茶苦茶な計画が、この人の口から説明された.........
ーーー
マック「.........はぁ」
9月に入って、青々しかった木々の葉が紅葉を見せ、一部では既に落ちて行く季節。私の目の前のステージでは、着々とテイオーの引退ライブの準備が迫ってきています。
『.........不安、かしら?』
マック「貴女.........ええ。折角のライバルが、今日で引退してしまうかも知れませんもの」
私の内側から語り掛けてくる声。それに肯定しながら、私は溢れ出そうになる不安を、自分の中にしまい込もうとする。
けれど、既に膨らみきったそれは扉を閉めようとしても、はみ出してしまうくらいには大きい。全てをしまい込むなんて、無理な話です。
『けど、彼は言ってたじゃない。何とかなるって』
マック「.........貴女には分かりませんわ」
『.........あの[仮面]のこと?』
返事はしない。けれどそれを肯定と受け取ったのか、内側に潜むそれは、慰めるようにゆっくりとそこから温かさを広げて行きました。
先日、彼はライスさんと共にオールカマーへの出走の為、今日のライブは見れないと伝えてきました。だから、今この場に彼は居ません。
それでも、大丈夫だと、安心して欲しいと私達に伝えてきました。きっと何とかなるからと、いつも通りの.........何でも乗り越えてくれる様な、ニカっとした笑顔の[仮面]。本人でもきっと気が付かないほど、精巧に作られたそれが言っていました。
『.........良い?人は誰しも、何かになりたいと思って生きている。貴女だってそう。[メジロ家に相応しいウマ娘]になりたい一心で、今まで生きてきた時もあるでしょう?』
マック「それは.........そうですけど」
『あれが彼のなりたい物なの。それが良い物なのか悪い物なのか、分かるのは未来の話。今は、あの人を待ちましょう?』
それだけ言って、その存在はまた私の中へと眠りにつくように息を潜めました。言葉だけではありますが、幾分か安心したのは嘘ではありません。
そう思い、この場を去ろうとした時、不意にステージの隣にあるベンチで眠り掛けている保健室医の黒津木先生が見えました。
マック「.........酷い隈ですわね」
タキオン「ああ、最近何やら早々に帰って何かの準備をしているらしいよ」
マック「いつの間に」
これまた不意に私の隣に現れたタキオンさん。その説明してくださる優しさとは裏腹に、声の調子から不機嫌である事が察せられました。
タキオン「全く.........恋人である私を放っておいてまで一体何をしていると言うんだ.........大体私に見られて困るようなものなんて彼の家に招かれた初日に全部処分.........」ブツブツ
マック(.........くわばらくわばら)サササ
その不機嫌を全力で解放し始めたタキオンさんから、気配を悟られることなく何とか離れます。このままでは彼女の腹いせに付き合わされる事になるかもしれませんでしたから.........
今度こそ私は、このステージの側から離れる事が出来ました。その心に、これからの未来に対するどうしようもない不安を抱きながら.........
ーーー
桜木「調子はどうだ?ライス」
ライス「う、うん.........あんまり良くないかも.........」
控え室でオールカマー出走までの間を待っている俺とライス。今日はテイオーの引退ライブということもあり、ライスの付き添いは俺一人だけだ。
本当はツインターボも連れて来たかった。ライスもそれには納得して了承してはくれたんだが.........
ターボ『いや!!ライスもターボとライバルだからね!!』
と、断られてしまった。まぁなんとも可愛らしい奴である。南坂さんが担当していなかったら今頃[スピカ:レグルス]に所属していたに違いない。
ライス「うぅ〜.........久々のレース、緊張する.........!」
桜木「まぁまぁライス。そう気張ってても力は出せないぞ?ゆっくり深呼吸して、力抜いてこう?」
ライス「う、うん!!」
そう言ってより一層力を入れてくるライス。う〜ん、俺が言いたいのはリラックスしてってことなんだけど.........この子には難しいか。頑張り屋さんだしな。
それでも、出来る限りのリラックス方法を試してやるのがトレーナーだ。俺はそう思い、一緒に深呼吸をしようとライスと共に大きく息を吸い込んだ。
その時だった。
ウーーー♪(ウマダッチ!)ウーーー(ウマピョイ!ウマピョイ!)
ライス「え!!?な、なんでうまぴょい伝説が.........!!?」
桜木「あっ、電話だ」
ライス「えぇ.........?」
隣で何故か今まで見せたことの無いドン引き顔を見せるライス。なんだ、うまぴょい伝説がそんなに悪いのか?いや、もしかしたらマックイーンの奴を着信にしてるのが悪いのかもしれない。今度からランダムでうちのチームメンバーが歌っているものにしよう。
そう思いながら携帯の画面を見てみると、そこには非通知と表示された文字。ふむ。一体誰からだろう?
桜木「もしもし?」
「.........グス、うぅ.........」
桜木(.........泣いてる?迷子の子供が苦し紛れに適当に電話をかけて来たのか?)
桜木(いや。この声はまさか.........!!!)
桜木「ターボ、か.........?」
確信は無かった。しかし、口を出してその名を呼べば、その声は肯定せずとも徐々にターボの物だと分かり始めた。
一体、どうしたのだろう?泣いてるなんてただ事じゃない。そう思い俺は、その訳を聞いた。
そして、それを聞いた時、俺は絶望した。何故なら、それはつまり、この計画の破綻を表しているからだ。現に俺はそれを聞いた次の瞬間.........
「な、何ィィィィィ―――!!?」
大人が出しちゃ行けないような叫び声を上げ、何とも言えない感情を己の中で渦まかせてしまったのだから.........
......To be continued