山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
「おはようございます。トレーナーさん」
あれ、なんだ。聞きなれた可愛い声が朝から聞こえるけど.........彼奴らのいたずらか?
そう思い、目を開けて隣を見ると、まだ眠そうに目を細め、微笑んでいるマックイーンの姿があった。
桜木(あ、そういえば結婚したな。俺達)
マックイーンの姿から想起される様々な思い出。付き合い初めて3年目で結婚し、先週壮大に結婚式を挙げたばかりだった。
マック「さあ起きて下さい。休日だからと言って寝てばかり居ては、勿体ありませんわ」
桜木「分かったよ.........ありがとうマックイーン.........」
上半身を起こし、まだ残る眠気を大きな欠伸をすると共に鎮める。彼女は隣でクスクスと笑う。
若干の恥ずかしさを感じながら、一緒にベッドから出る。まずは顔を洗い、手早く歯磨きを済ませて、マックイーンが顔を洗っている間に二人分の朝食を準備していた。
マック「トレーナーさん。ちょっとこちらへ来てくださりますか?」
桜木「んー?どしたのー?」
寝ぼけ眼でマックイーンの居る洗面所へと歩いていくと、強い力で顔を引き寄せられた。突然の事だったので目を見開いてしまう。
一方、マックイーンの視線の方は、俺の口元へと注がれていた。
桜木「な、なに?」
マック「もう!トレーナーさん、歯磨きの時間が短いですわよ?」
どうやら、手早く済ませた事に対して怒ったらしい。むー。今度から長めにしよう。
しかし、いつまで経ってもマックイーンはその手を離してはくれない。
桜木「マックイーン?」
マック「仕方ありませんから、私がして差し上げますわ」
桜木「マックイーン!?」
流石に二十歳を超えて誰かに歯磨きしてもらうとか恥ずかしすぎる。そういうプレイだとしても抵抗感は大分ある。
しかも、それだけでは無い。それは明らかに、君の歯ブラシじゃないかい?さっきまで自分の歯を磨いていた歯ブラシで?俺の歯を?
マック「あーーーん」
桜木「.........」
マック「はやくしてください!!私も、その.........恥ずかしいんですから!!」
血色の良い頬を更に赤く染めあげながら、その歯ブラシを俺の口へと運ばれて行く。
いいのか?相手は学園の.........いや、もう結婚してるからいいのか?いや、でもマックイーンは俺の相棒で大切な............
そうこうしている内に、マックイーンの小さい口に合わせた歯ブラシの小さい毛が一瞬口の中を擦った。
目を瞑りながら、自分の理性を強く保とうとする。しかし、いつまで経っても次は来ず.........
ーーー
桜木「.........夢.........」
そう、夢だった。目を開ければいつものボロ屋のいつものベッド。
俺は何を見ていたんだ。そう思い頭を思い切り抱えながら上半身を叩き起した。それでも、見てしまった物はどうしようも無い。力を込めて真っ直ぐにした上半身を、腕をだらんとすると共に脱力させる。
桜木「あーーー.........クソ、シャレにならんてマジで.........」
次に会う時、どんな顔をして彼女に会えばいいんだ。そう思いながら、今度は1人寂しく、いつもより三分近く歯を磨いて身支度を整えて行った。
ーーー
マック「はぁ.........」
ようやく暖かさを感じる程に日が顔を見せ始めた頃。テイオーに誘われて、商店街に新しく出来たカフェで、ノートを捲っていた手を止め、ため息を吐きました。
テイオー「?どうしたのマックイーン?」
マック「.........大人ってなんなのでしょう」
目の前で美味しそうにハチミツがたっぷりかかったパンケーキを食べていたテイオーに聞かれ、言おうか言わまいかを迷ったものの、結局、それは口から出てしまいました。
テイオー「本当にどうしたの?もしかして変な物でも食べた!?」
マック「違います!!ただ.........トレーナーさん方を見ていると、よく分からなくなってしまうのです」
テイオー「あーーー.........うん。確かにそうだよねーーー.........」
口に含んだパンケーキを飲み込んだ後に、思い当たる節を探すように、テイオーは腕を組みました。
ハッキリ言いましょう。彼は、少し.........いえ、結構変です。私が思い描いたり、側に居た大人とは、明らかに違う大人です。
テイオー「そういえば昨日、理事長に怒られてたよ?マックイーンのトレーナー」
マック「え!?」
テイオー「保健室で肉を焼いたのは君だろー!!って、流石にそれは.........」
マック「.........」
テイオー「.........本当なんだ」
アハハと苦笑いを浮かべるテイオー。あの場に同席していた私も、確かに今思えばおかしい話です。きっとあの場の雰囲気に呑まれていたのでしょう。
けれど、悪い気分に陥る事は全くありませんでした。確かに常識に欠けてはいましたが、それでもあの時のあの空間は、とても楽しいものでした。
そう思う私も、毒されて変な大人になってしまうのでしょうか.........?そう考えると、空気が自然と胸から追い出されてしまいます。
テイオー「あれ、トレーナーじゃない?」
マック「テイオー。そうやって私をからかうのはもう.........」
テイオー「本当だって!!ほら!!あの髪型!!」
そう言われてちらりと、テイオーの指さす方向へ視線を向けました。すると、後ろ姿からでも分かる程に、前髪の先が重力に逆らい、上へと向いている髪型。確かに、トレーナーさんに他なりませんでした。
その服装はいつものベストとシャツに青いネクタイでは無く、後ろからわかるのはベージュのコートと青いジーパンを身に付けていました。
テイオー「.........追いかけたら、大人が何か分かるかもよ?」
マック「え!?い、いえ。人のプライベートに介入するなど、メジロ家のウマ娘としてはしたない行為ですわ!!」
テイオー「でも自分はガッツリ介入されてるじゃん」
マック「うぅ.........」
突き出された指の先には、先程まで捲っていたノート。トレーナーさんが作ってくださった献立表がありました。いつも持っていると思われるかもしれませんが、仕方ないですわ。だって外食する際の事項もしっかりと書き込まれているのです。今日もこれを見て昼食を選定しましたわ!
とは言っても、刻一刻と時間は過ぎ、このままではトレーナーさんの姿が見えなくなってしまいます。どうしたら良いのでしょうか.........
テイオー「あーーーもう!!ウジウジしてても始まらないよー!!行くよマックイーン!!!」
マック「へ!?ちょっと、テイオー!!?」
手をこまねいている私の腕を強引に掴み、テイオーはそのまま会計を済ませ、隠れながら彼を追って行きました。
ーーー
彼の後を追っていて分かった事は、意外と商店街の方と関係が築けているという事でした。
桜木「サンキューなおっちゃん!!また足腰悪くなったら言ってくれよ!!」
「あー良いんだよ!!いつも優しくしてくれてありがとうな桜木ちゃん!!」
ガハハと豪快に笑うトレーナーさんと駄菓子屋のおじさま。他にも商店街の方々からからかわれたり、話し掛けられたりと、良好な関係が築けているようでした。
テイオー「あ!コンビニに寄るみたいだよ!!」
そう言いながらテイオーは指をさしました。木の陰に隠れながら彼がコンビニに入る姿を確認しました。
テイオー「お昼ご飯でも買うのかな?」
マック「きっとそうですわ、時間ももうお昼ですし」
そんな雑談をテイオーと交わしていると、彼が自動ドアから姿を現しました。その手には、雑誌を入れたビニール袋を持っていました。
テイオー「あれ、ご飯じゃないんだ」
マック「もうお家で済ませたのでしょうか?」
テイオー「.........あ!!タバコ吸い始めたよ!!?」
マック「本当ですわ!?」
その姿を見て驚きました。普段は駄菓子を口に加え、子供の様に笑っている彼の姿から想像出来ないものです。先端に火を付けて、煙を口から出す彼の姿。いつもとは違う気だるげな表情が、また私の中の彼の印象を壊していきます。
そんな彼の姿を、ボーッと見てしまいます。
テイオー「.........ックイーン、マックイーン!」
マック「へ!?な、なんでしょう?」
テイオー「あれ、グラビアっぽくない?」
そう指摘され、袋からはみ出ている雑誌の一部を見ると、確かに水着姿の、しかもウマ娘が特集されている雑誌が目に飛び込んできました。
マック「な、ななな.........!?」
テイオー「アハハ、けど良かったじゃん!ウマ娘をそういう対象にしてるんだったらさ!!」
何を言っていますのこのテイオーは.........べ、別に私は彼のその、そういう対象になりたいとかでは.........
そうして身体の芯を熱していると、彼はまた動き出しました。
マック「あ!!お、追いかけますわよ!!」
テイオー「マックイーンもすっかりノリノリじゃん♪」
ーーー
先程のコンビニから歩いて五分もしない付近の公園。トレーナーさんはその公園内のベンチに腰を据え、堂々と雑誌を読み始めました。
テイオー「うわぁ.........完全におじさんだよ.........」
休日のお昼という事で、そこではまだ子供達が遊んでおります。そんな中で堂々とグラビア雑誌を広げる姿にまた、大人というのは何かを見失い始めてしまいました。
しかし、彼の顔をよく観察してみると、何故かとても真剣にその雑誌を読み込んでおられました。
ですが、私はその目を知っています。彼が注意深く私のトレーニングを見ていた時と同じ目です。
テイオー「あ!スマホを取り出したよ!?」
トレーナーさんは手に持っている雑誌を立てながら隣に置き、スマートフォンを操作し始めました。
マック「回り込みましょう!!」
テイオー「え!?あ、ちょっと!!」
ーーー
マック「どうやら、あのページのウマ娘のレースを見ているようですね.........」
テイオー「ねー、なんで双眼鏡なんか持ってるの?」
マック「こ、これは.........たまたまです!!」
そう言うと、ふーんと言ってテイオーは何も言わなくなりました。どうやら上手く誤魔化せたみたいです。
ですが、まさかスポーツ観戦用の双眼鏡がこういう場面で役立つとは思いませんでした。購入しておいて良かったですわ!
テイオー「あ、凄いため息吐いてる」
マック「あら、本当ですわね」
テイオー「どうしたんだろう?思ったより走りが良くなかったとか?」
マック「というより.........集中しきれていないのでは無いでしょうか?」
片手に動画が流されるスマートフォン。もう一方にはウマ娘のグラビア雑誌を持つ彼の視線は、青く広がる空に向かっていました。
おもむろに立ち上がり、コートの中に携帯を仕舞うと、近くで紙束を持った学生達になにかアドバイスをした後、その手に持った雑誌を渡していきました。
テイオー「もーーーめちゃくちゃだよーーー!!!」
ーーー
桜木「あーーー.........クソだなホントに.........」
どうしてもあの朝の夢が頭を離れない。目を養う為に引退ウマ娘と現役時代のレースを見比べて、おおよその現スピードを割り出す訓練も、身が入らないなら意味が無い。結局、いつもあそこで演技練習している学生に、演技指導をした後、何も収穫なくいつも通り渡してしまった。
タバコを吸ってもダメ、勉強をしててもダメ、となればあとは娯楽しかない。という訳で、騒音と変わりない音を出しているゲームセンターの入口へと、その足を進めて行った。
ーーー
マック「ゲームセンターへ入っていきましたわね.........」
テイオー「外からじゃ見れないね.........よし!!行こうマックイーン!!!」
意を決して、先を行くテイオーに着いて行きました。実を言うと、ゲームセンターに入るのは初めてなんです。
中に入ると、そこはまるで、音が鳴り止むことのないテーマパークでした。内装も配色も、どこか現実離れしています。
テイオー「あ!見つけたよ!!」
マック「あれは.........ハルウララさんと、ライスシャワーさん? 」
ぬいぐるみが沢山入っている機会の前で、トレーナーさんは先日顔を合わせたハルウララさんとライスシャワーさんに挟まれ、機械を操縦していました。
ーーー
桜木(つい声をかけてしまった.........)
先日、保健室で肉を焼いた際に自己紹介してもらったハルウララとライスシャワー。二人がゲームセンターのUFOキャッチャーの前で苦戦していた。
仕方ないでは無いか、片や自信満々にお金を投入し続け、片やその目に涙を浮かべかけている。大人の作りだしたウソに、まんまと引っかかっているのを見過ごせるわけが無い。
世の中には確率機と言う大人の欲望たっぷりなクレーンゲーム機が存在する。UFOキャッチャーをやらない俺でも、ゲーム好きの大人なら一度は聞いた事がある。明るくは無いが、大抵はお金を入れないとアームが強くならないのだ。
ライス「そ、そんなに入れなくても.........」
ウララ「すごーい!!トレーナーお金持ちなんだねー!!」
桜木「そうそう、こういうのは数打ちゃ当たるんだよー」
上手く誤魔化しながらボタンを押して行く。子供は大人になる内に、その純粋さを失う事はあるかも知れないが、それは今では無い。大人がずるいと感じる時は、大抵お菓子を大人買いしたり、ジュースをいっぱい買ってる姿で、今の時期は十分なのだ。
ウララ「あーーー!!!惜しいー!!!取れると思ったんだけどなーーー」
桜木「次は取れるさ」
ライス「.........」
既に筐体には千円以上突っ込んでいる。このアーム様もなかなか強情で、一向に強くなる気配は無い。そう思っていると、あっさりとその三本の爪が、アイスクリームをがっしりと掴みあげた。
ウララ「わわわ!!?トレーナー!!!」
ライス「トレーナーさん!!」
持ち上がるアイスクリームに合わせて二人がガラスに視線を向ける。こりゃちょっとしたヒーローだな。うん。
俺は勝利を確信した。穴の上で開くアームを見ながら、クソ意地汚い大人に、正義が勝ったのだと思い知らせてやったのだ。
桜木「ほら、おっきいアイスクリームだぞ〜」
ライス「ありがとう!トレーナーさん!」
ウララ「トレーナーありがとう!!!とっても嬉しいー♪」
本当に妹を相手してるみたいで可愛い。思わず小遣いもあげたくなってしまうが、それは明らかにライン越え。関係の薄い大人が子供に金を渡す事なんか殆ど無い。この汚い筐体に食われた分をお小遣いとしてあげたかったが、今回は止めよう。
ハルウララとライスシャワーは上機嫌でゲームセンターを後にして行った。さて、俺も何か遊んでいこうか.........
桜木「.........ん?これは.........」
目に付いたのはこれまたクレーンゲーム。しかもこれは確率機とはまた違う筐体だ。ガラス張りの中には、ウマ娘達を象ったぬいぐるみが大量に入っていた。
桜木「アイツの推し探しでも手伝ってやるか」
普段忙しい黒津木の為に、コインを一枚、その筐体の中へと投資した。別に誰が良いという訳では無い。出来れば、アイツが好きそうなぬいぐるみが良いのだが.........
桜木「お、捕まえた.........!?」
おいおいおいおい、誰でもいいとは言ったがなんでよりにもよってマックイーンなんだ?神は居ない。俺がいま空に消し去った。
だが無慈悲に、そのぬいぐるみはしっかりとゴールである出口に落とされる。可哀想に、今日はどうやらマックイーンに心を乱される日なのかもしれない。
桜木「.........マックイーンに罪は無いしな」
本物と同じく、可愛らしい見た目をしているマックイーンのぬいぐるみ。頭を撫でながら、コートのポケットに優しくしまった。
ーーー
マック「なな、な.........!?」
今撫でられました!ぬいぐるみの私が!トレーナーさんに!!優しく!!!
なんなのでしょう、この感じ.........嬉しいような、嬉しくないような.........。
テイオー「もしかしてマックイーン、ヤキモチやいてるの?」
マック「だ、誰が妬くものですか!自分のぬいぐるみ相手に!!」
マック「私は!!これっぽっちも!!羨ましいなんて!!思って!!いませんわ!!!」
ぶんぶんと激しく頭を振りながら、テイオーの言葉を否定しました。
図星、だったのです。しかも、テイオーに言われて初めて、私は私のぬいぐるみ相手にヤキモチを妬いていた事に気が付いたのです。
あのぬいぐるみに向ける眼差しが、とても優しいものだったのです。それがどうして、私に向けたことの無いものだったのでしょう。
そんな事を考えていると、彼はコートのポケットに私を入れたまま、周りに誰も座っていない機械の前に座りました。
テイオー「アーケードゲームなんかやるんだー!もしかしてマックイーンのトレーナーって、結構通だったりするのかな?」
そんな私の考えている事など気にせずに、テイオーは一人で盛り上がっていました。アーケードゲーム?と言うのは、どうやらそんなにやる人が居ないようです。
テイオー「うわ、なんかすごいコンボ決めてるよ!!すごいじゃんマックイーンのトレーナー!!話しかけちゃおー!!!」
マック「テイオー!!???」
ーーー
桜木(このゲーセンやっばぁ.........)
誰も座っていない端っこのアーケード筐体に座る。最近はいくつもゲームが入ってる物が主流になってきているから、人が分散して座る事が殆ど無い。
それでも、あっちの筐体に座る人数が多いのは配信台が有るからだろう。なんだよ北斗って、なんだよBASARAって、ここは中野TRFだったのか?ユダと赤いジャギが戦ってジャギが勝つ世界なのか?まぁ、そんな事はどうでも良い。
あんな修羅たちの所に殴り込みに行くのは気が引けるので、こちらの配信台が無く、人気もない場所に座り、ゲームを選ぶ。
桜木(お、98あるやん)
見た目が派手でスピード感があるのは2002umだが、やりやすさなら98umだ。右腕のリハビリにはアケコンが丁度良く、あの怪我の日々を楽しく過ごせた要因はコイツだ。
桜木(いいゲームだ(^^))
主人公が強いこのゲームでクソムーブを連発し、CPUを蹂躙する。本当に俺以外使わないで欲しい。
楽しく蹂躙していると、急に肩をつつかれる。なんだ?ウララか?また何か取って欲しいのか?
桜木「あー、悪いけどこれ終わってから―――」
テイオー「やっほー!マックイーンのトレーナー!!」
そこには、この前の講和会でクソ質問をかましてきたクソガキのトウカイテイオーが満面の笑顔で目の前に居た。
「ウワァー!!」「タノシカッタデス、ハイ」
そして気付いたら負けてた。解せぬ。
桜木「あー、なんか用か?」
テイオー「ううん、ただ上手いなーって!」
当たり前だ。初心者のアイツらにボコボコにされて、一から鍛え直したんだ。三年の経験も怪我の前には無力。夢は諦めたが、せめて好きな物は諦めたくなかったのだ。
平常心平常心。そうだ。ここにちょうどマックイーンのぬいぐるみがあるじゃないか。頭を撫でて一旦落ち着こう。
テイオー「?どうして頭を撫でてるの?」
桜木「ああ、可愛いだろ?本物には確かに劣るが、俺を落ち着かせるには十分なしろ.........もの.........」
一度テイオーから目線を外し、ぬいぐるみの方へ向け、可愛さを確認する。うん。問題は無い。そして視線を戻す。マックイーンが居る。詰みである。
桜木「」
テイオー「あーそうそう!マックイーンも一緒に来てたんだ!!」
「コノママデハオワランゾー」「タノシカッタデス、ハイ」
50円1プレイのゲームの断末魔なんか気にしては居られない。俺が今気にすべき事は、社会的にこれから先生きていけるかという事だけだ。
ーーー
桜木「あー.........何処から見てた?」
マック「えっと.........」
私達にジュースを手渡した後、トレーナーさんは無理に笑顔を作っているのか、顔をひきつらせた笑みを浮かべていました。
テイオー「マックイーンのトレーナーが新しく出来たカフェの前を通った時からだよ?」
桜木「最初からじゃねーか.........」
今度は明らかに肩を落とし、顔を伏せてしまいました。普段はおちゃらけたり、真面目に明るい彼の姿とはまた別の姿に、思わず釘付けになってしまいます。
桜木「という事はアレか?俺がウマ娘特集のグラビア雑誌買ったのも?」
マック「バッチリ見ましたわ」
テイオー「うん」
桜木「終わったくさい」
今度は片手で顔面を覆い初めました。こうしてみると、大きい手をしているのですね.........
桜木「あー.........あれはな、所謂目を養う為であり、古賀トレーナーから教えられた正当なトレーニングであって、別に卑しいものでは」
マック「ええ、勿論承知しておりますわ。このメジロマックイーンのトレーナーともあろうお方が、そのようなハレンチな事を想像するなど」
桜木「死んだくさい」
マック「トレーナーさん!?」
両手で顔を覆い尽くしたトレーナーさん。なぜだか身体も小さく見えてきました。これは、少し可哀想な事をしたかも知れません。
マック「.........良いのですよ、トレーナーさんも男性です。そういう事はむしろ健全だと、聞いた事があります」
テイオー「え?誰から?」
マック「インターネットです」
今の情報社会はインターネット無くして語れません。男性について知らない私は、調べるしか無いのです。これは別に、誰かに好かれようとか、そういうものではありません。本当です。
私はトレーナーさんの背中を擦りながら優しく寄り添いました。なぜだかテイオーがえっという声を上げましたが、気にしては行けません。
桜木「マックイーン.........ありがとう、落ち着いたよ」
マック「良いのです!困った時はお互い様ですわ!」
優しく笑う彼の視線が、私に向かいます。あぁ、ぬいぐるみの私はこんな良いものを独り占めしていたのですね。
私はトレーナーさんに恩を感じております。顔を合わせているのは一週間程度ですが、彼は今や私の生活基盤を支えてくれています。そんな彼に、少しでも恩を返せていれば、嬉しい限りです。
桜木「駄目だなー、大人なのに」
マック「あ!!そう、それですわ!!」
桜木「え?」
マック「トレーナーさんに是非聞きたかったのです!!」
マック「大人って一体、なんなのでしょう?」
ーーー
カラスが夕日に染められながら、空を飛んでいます。子供達の為に知らされるチャイム音が、午後の六時だと言うことを教えてくれます。
桜木(好きなものを好きって言える。照れる事を照れずにやる。それが大人だと思う)
開けた缶ジュースを片手に寂しそうに、自分に言い聞かせる様に言う彼の姿は、今日初めて見た、また別の彼の姿でした。
テイオー「良かったじゃん。大人がなんなのかが聞けて」
マック「ええ.........そうですわね.........」
あの人が目指す大人の理想像。誰になんと言われようと、それを貫き通すという意思の表れだと感じました。
それを言い終わった後、彼は少し照れながら、自分はまだ子供だと仰られておりました。
テイオー「.........もしかしてマックイーンってさー?」
マック「はい?」
「トレーナーの事好きなんじゃないの?」
テイオーにそう言われた瞬間、私の中で辻褄が全て繋がりました。そうでなければ.........彼の事をここまで気になるはずがありません。
身体が急に、レースを走った様な熱さを帯び始めました。その熱が、顔の方まで昇ってくるのは自然な事でした。
テイオー「マックイーン?」
そんな顔を見せないよう、私は顔を背けました。そんな事はあってはいけません。
彼はトレーナーさん、一方の私は、トレセン学園の生徒なのです。お互いの立場を考えれば、こんな気持ちに蓋をしなければなりません。
私は、頬の熱さを夕日のせいにしました。
マック「いえ、彼とは一心同体の関係にならなければなりません。彼の事を知ろうとするのは、当然のことですわ」
テイオー「ふーん.........そっか」
それっきり、テイオーと話すことは無く、私達はその足で、寮へと向かっていきました。
私の胸には、チクチクとトゲが刺さったまま、抜ける事はありませんでした。
ーーー
メジロマックイーンが好きだ。俺は多分。そうなんだろう。けれど、それはよくある感情の一つだ。勝手に好きになってるだけで、終わりだ。
いつも寝ているベッドの上で、ぼんやりとそう考える。
けれど、それは許されないし、許しちゃいけない。俺は大人で、彼女はまだ中等部の生徒。犯罪だ。俺は犯罪者にはなりたくない。
だが、この気持ちを払う方法が一つだけある。
桜木「.........ファンの一人になるか」
この気持ちを、応援する物に昇華して、側で見守れば良い。多くの人間は、そうして居るのだから。
そんな事を考えながら、俺はゆっくりと目を閉じ、眠りへと落ちて行った。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ......To be continued