山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
白銀「なぁ、この後どうするよ?」
二人「あ?」
テイオーが引退ライブをするというステージの付近で、古めかしい二画面のゲーム機を手にし、それに目を向けながら翔也はそう言った。それに対して俺と創は半ば怒りが籠った声をぶつけていた。
黒津木「俺は寝不足の中テメェがスマブラやりてぇって言ったから渋々付き合ってやってるんだが?終わったら寝るぞ」
神威「俺もお前に無理やり連れてこられたけど仕事中だったんだぞ?終わったら仕事戻るぞ」
白銀「は?断ればいいじゃん!!!」ファルコンパーンチ!!!
二人「コイツ生かしちゃダメだ」ポイッ
この傍若無人っぷりである。寝ている所をバックブリーカーで起こされてるのに断るもクソもある訳が無い。
しかも今コイツそんな話して起きながら俺のストックを1つ奪っていきやがった。絶対に許さねぇ.........!!!
二人でコイツが用意してきた3DSをアスファルトに投げ拳を振り上げたその瞬間。突然俺のスマホに着信が入った。
黒津木「あ?玲皇からだ」
神威「はぁ?アイツ今オールカマーだろ」
白銀「オカマ?」
二人「冗談じゃないわよォう!!!」
いつも通りのふざけたノリをしながら、電話に出る。何かと思い電話に出ると、その声はいつものアイツではなく、切羽詰まった奴の声が聞こえてきた。
「遅いッッ!!!ワンコールなる前に出ろ!!!」
黒津木「お前まさか俺をニュータイプか何かと勘違いしてねぇか?」
「あぁクソッ!!!時間が惜しいから手短に話す!!!アイツらもどうせ近くにいんだろ!!!スピーカーにしろバカ!!!」
黒津木「ニュータイプかな?」ピッ
とりあえずご要望通りに電話をスピーカーに変え、周りに聞こえるようにする。またスマブラやりかけ始めた奴らを手招きしてこっちにこさせ、話していい事を伝えると、玲皇は深呼吸して話し始めた。
「.........俺は今、車に乗ってる」
黒津木「は?オールカマーは?」
神威「ライスは!!?お前どうすんの!!?」
「ライスはもう会場だ。緊急事態が起きた.........」
「ターボが電車乗り間違えてその上寝ちまってたらしい.........」
「「「な、なんだってェェェッッ!!?」」」
今明かされる衝撃の真実。まさかまさかのトラブルが起こってしまった.........いや、ここ最近そういうドタバタするような感じのトラブルが起こってなかったからそらそうよ。
「兎に角!!!俺はターボを迎えに行くから!!!お前ら引退ライブ遅延させろ!!!クビになる気で!!!」
黒津木「.........アイツ、切りやがった.........!!!」
なんてことだ。なんでこんなことになった。俺達二人は頭を抱えた。一人は既にどっか行った.........なんて行動力なんだ.........
と、兎に角。そんな事を何の悪びれもなく言ってきやがったんだ。あの人に頼むのが嫌いなアイツが、そこまで言ったんだ。ならば俺達は俺達の出来ることをするしか無いだろう。
神威「どうする?」
黒津木「取り敢えず、ライブ遅延については翔也に任せる。何とか出来るはずだ」
黒津木「俺達は玲皇を助けよう。どうせアイツの事だ。ターボちゃんを乗せた所でまた別のトラブルに巻き込まれるさ」
神威「.........渋滞とかか?」
ビンゴ。ナイスだ創。その言葉が出てしまったらそれがトリガーになって確実に渋滞が発生する。フラグは完全に成立した。ならばもうやる事は一つだ。
黒津木「お前。今から俺の家に行って準備してたアイツへのプレゼント一式全部持って行け」
神威「はァ!!?お前がやれよォ!!!」
黒津木「無理。俺は免許持っとらん。玲皇と一緒にウオッカの為に取ってきたんだろ?」
ぐぬぬ、という表情をした後、奴は俺に対して呪詛を撒き散らしながら走り去って行った。そうだ。それで良い。
後は俺だけだ。テイオーのライブを遅延させる。そんな大それた事俺には出来ない。だから、俺がやったと分からないことをすれば良い。
黒津木「さぁ〜って。今この場に居ない創のせいにして、配線ぐっちゃぐちゃにしてやろ〜っと.........!!!」ゴキゴキ
すまんな創。後で理事長には怒られてもらう。まぁ事が上手くすんだら正直に話すからその心配も要らないだろう。お前が怒られるのは全部失敗した時だ。
久方振りの大掛かりないたずらに胸を躍らせながら、俺はこのステージに張り巡らされた配線という配線を引き抜いては違う所に差し込み、一部を簡単に解けないよう絡まらせて行った。
ーーー
「ええぇぇぇ!!!??」
テイオーの引退ライブが始まる直前。私達が会場に来てくださったお客さん達を案内していると、白銀さんが急に現れ、事の顛末を話してくださいました。
マック「そ、それは本当ですの!!?」
白銀「ああ!!ターボが電車乗り間違えて寝過ごしちまったって―――」
タキオン「違う!!!私達が聞きたいのは彼がテイオーくんを走らせる為の計画の事だ!!!」
白銀「へぇ!!?アイツ何も言ってねぇの!!?」
そうです。彼は何も言わずにそそくさと一人.........あいえ、ライスさんを連れて二人でオールカマーへと行ってしまわれました。きっとライスさんもこの事は知りはしないのでしょう。
マック「.........あの人はまた」
沖野「お、おい?マックイーン.........?」
静かな声を絞り出すように口から出してしまいます。いっつもです。彼はいつも、そういう大事な事は一切、話してくれはしません。
身体の奥底から、怒りの様な煮えたぎる熱い感情が湧き出てしまいます。ですがそれは、決して怒りではありません。
悲しいんです。そして悔しいんです。何故話してくれないのか、何故頼ってくれないのか.........私には、それが分からない。
ウオッカ「ど、どうすんだよ!!テイオーの引退ライブまであと.........」
ダスカ「というより!!!そもそもオールカマーに間に合わないわよ!!!」
白銀「そこは安心しろ、俺が連絡してちょっち遅延させて貰った。渋滞にさえ捕まらなければ何とかなる」
全員「えぇ.........?」
何ともないという表情で親指を立てる彼の姿に、私を含めた皆さんが少し引きます。凄い人だとは知っていましたが.........まさか一声でレースの時間をずらしてしまうなんて.........
タキオン「.........色々言いたい事もあるが、トレーナーくんとしては私達の力は極力借りたくなかったんだろう」
マック「え?」
タキオン「テイオーくん。彼女は今[大人]になり掛けている。そんな彼女に私含めた[子供]が何を言っても取り合う事は無い」
タキオン「だから敢えて話さなかった。都合良く考えればそうなる」
タキオン「更に都合を良くすれば、私達はこういう時の為の、[起爆剤]として取っておいた訳だ」
起爆剤。その言葉に対してこれと言った何かを思い当たる節は無く、ただ彼女の事を皆さんで見つめました。
すると、彼女はいつも通り鼻で笑ってから、私達に語り掛けました。
タキオン「俗に言うと、私達も[彼に染まってしまった]という事だよ。あの、突飛な行動をする彼にね」
全員「!」
タキオン「計画なんて作られている中で、十分に力を発揮出来る様な男に思えるかい?あのトレーナーくんが」
そう言われてようやく、合点がいきました。確かにあの人の力は、決まり事やルールの中に縛られない事でようやく発揮される行動力です。
どんな困難にも、めげずに、挫けずに、[何かを決めず]に、ただ闇雲に野を超え山を越える.........それは正しく―――
『「山あり谷ありウマ娘」』
私の中に居る彼女とともに、いつの間にかその言葉が口をついて出てしまっていました。それを聞いた皆さんがキョトンとした表情で、今度は私の方を見てきます。
けれど、狼狽えることはありません。この言葉の意味は、私自身の言葉で言い表せますから。
マック「例え多くの困難が待ち受けていたとしても」
マック「例え多くの喜びが満ち溢れていたとしても」
マック「そこまで歩いて、走って来たのは私達です」
マック「だから、きっと超えられます。どんな
トレーナーさんがその背中を己の支えにしてくれているのなら、私達はそれに応え、走り続けるだけです。それにこの言葉は、何もあの人だけが心の支えになるものではありません。
背中を見ている。それはつまり、後ろに居てくれる。という事です。私達が走るその背中を、決して離れずに見守ってくれているという事です。
それだけで胸が暖かくなって.........それだけで、安心した気分になる。
デジ「.........そうですよ!!!」
デジ「どんな困難だって乗り越える!!!それがデジたんの憧れた!!!ウマ娘ちゃんの一番輝いてる姿です!!!」
ウララ「デジタルちゃん!!!」
デジ「一番辛いのは諦めようとしてるテイオーさんです!!!デジたん達がへこたれてる暇なんて一秒も無いんですよ!!!」
沖野「.........お前ら」
次々とその不安げな顔を、決意に満ちた顔に染めあげていく皆さん。その顔を見て、沖野トレーナーもなにか思う所があったのか、少し考え込むようにして俯きました。
スペ「.........でもどうしましょう?時間を稼ぐと言っても.........」
白銀「俺に案がある!!!ゴルシ来いっ!!!」
ゴルシ「はァ!!?ちょ、引っ張んなよ白銀ェ!!!」
勢いのままゴールドシップさんの腕を引っ張り、そのままステージの方へと向かっていくお二人。その姿を見送りながら、私達は自分達が何を出来るかを考えます。
ブルボン「では、私達はどうしましょう?」
全員「.........うーん」
スズカ「.........?あの人は.........そうだわ!!!」
全員が考えあぐねている中、一人誰かを見つけたスズカさん。一体誰を.........そう思った瞬間。彼女はその場にいきなり膝から崩れ落ちました。
スズカ「うぅ.........」
全員「スズカ(さん)!!?」
「!!?大丈夫か!!?スズカ!!!」ダッ!
マック「.........!あ、貴女は.........!!?」
この場にいる誰よりも遠くに居たはずなのに、いの一番にスズカさんに駆け寄り、支えてくださった方が居ました。
それは、私と同じ芦毛のウマ娘であり、その名はトレセン学園の生徒会長[シンボリルドルフ]さんと引けを取らない程の知名度を誇るウマ娘.........
「オグリキャップ(さん)!!!」
オグリ「しっかりしろ!!!どうした!!?お腹が空いたのか!!?」
スズカ「ふふ.........そうみたい。肉まんが食べたいわ.........」
オグリ「待ってろ!!!今すぐ買いに行く!!!」ダッ!!!
スペ「い、行っちゃいましたね.........」
ここに居る全員が倒れ込んだスズカさんから、走り去るオグリキャップさんに視線を送ります。どうしましょう.........?あの方は方向音痴でとても有名です。こんな事をしたら.........
スズカ「ふぅ、何とかなったわね」プルルルル
全員「え!!?」
背後から聞こえるスズカさんの何ともないような声。それを聞いて振り返ると、彼女はケロッとした顔で誰かに電話をかけ始めて居ました。
一体何が.........そんな言葉を一斉に問いかけようとしたその時、彼女は空いている手の人差し指を口元に押し当てました。
スズカ「もしもし?今大丈夫かしら?」
「え?うん。ライブの時間までちょっと休憩してたんだけど.........」
スズカ「急で悪いんだけど.........さっきオグリさんが迷子になっちゃったって連絡が来て.........」
「うえぇぇぇ!!?ボクに探せって言うのーーー!!?」
その電話から聞こえる声は明らかに、今回ライブの主役のはずであるテイオー本人の声でした。こ、この人.........見た目や普段の立ち振る舞いによらず結構あくどい事をしますのね.........
スズカ「ごめんなさい。他の人に頼んだんだけど、忙しくて.........」
「いやいや!!!ウオッカとスカーレットに行かせれば良いじゃん!!!」
スズカ(貴女達、今すぐ大喧嘩して)
二人(はァ!!?)
とてつもない無茶振りがお二人を襲います。しかもスズカさんのその目は本気でやれと言っているのが分かってしまうほどの真剣な物。
二人は気圧されながらも徐々に近付き、いつもの喧嘩スタイルになっていきます。
ウオッカ「だ、大体だなぁ!!!お前はいつもトレーニングし過ぎなんだよ!!!」
ダスカ「な、なによ!!!別にいいじゃない!!!何!!?アタシにレースで一番を取られるのが怖いわけェ!!?」
ウオッカ「は、はァ!!?怖くねえし!!!むしろお前が一番人気でも取ってくれるんだったらオレとしても張合いがあるってもんだぜ!!!」
「うわ、凄い喧嘩してる.........」
スズカ「因みにスペちゃんは食べすぎで動けないしゴールドシップはさっき白銀さんに連れてかれて行ったわ」
嘘しかありません。嘘でないとすればそれはゴールドシップさんが白銀さんに連れて行かれたことの一点だけです。良くもこんな短時間に言い訳というか、まかり通る嘘を思い付きますわね.........
そんなスズカさんの策略通り、テイオーは渋々と文句を垂れながらもオグリさんを探す事を了承してくれました。
それを聞いて安心した私達。けれど一番安心したのはスズカさんなのでしょう。電話を切った瞬間。今度は本当にその場にへたりこんでしまいました。
沖野「スズカ!!大丈夫か?」
スズカ「トレーナーさん.........ええ、嘘をつくって、疲れるのね.........」
沖野「.........ありがとな」
これで、テイオーの事は何とかなりそうです。ステージのお客さんの方はきっと、ゴールドシップさんと白銀さんが何とかしてくれるでしょう。
問題は残った私達です。何をするか、何をするべきか.........そんなまた振り出しに戻りかけた際、また内側から声を掛けられます。
『本音を話せば良いじゃない。あの時みたいに』
マック(あの時.........?)
『あの時と一緒でしょ?チームのトレーナーを辞めようとする彼を止めたあの時と』
マック「.........!!!そうです!!私達の本心をぶつけましょう!!!」
ミスターMからのヒントを得て、私はそれを皆さんに伝えました。あの時.........そう。トレーナーさんがテイオーの骨折を治す為に海外へ出て、日本へ戻ってきた時と同じ事を、今度はテイオーにする番です。
沖野「本心を.........」
タキオン「中々いい考えだ。キミもだいぶ彼に染まってきたようだね」
マック「何を言っていますの?なんだったらこの中で一番彼色に染まりきってる自信さえありますわ」
何を今更言っているのでしょう?こんなに心を開いていて染まっていないと言われたら逆に傷ついてしまいます。こう見えても映画とか見た後直ぐに影響されてしまう質なんです。
マック(.........私は絶対、諦めたりしないわ)
マック(だからテイオー.........貴女も絶対.........!!!)
強い思いが心に宿る。炎が灯されたような、まるでレースを走る時のような闘志にも似た火が、久方ぶりにこの身を、この心を熱くさせます。
貴女には、言いたい事が沢山ある。もちろん彼にもありますが、今は貴女の方が多いです。
そんな諦めようとしている[ライバル]に対して、私は静かに、怒りを燃やして行きました。
ーーー
「トウカイテイオーの引退ライブにお越しのお客様にお知らせ致します」
「現在機材トラブルにより、開催時間が大幅に遅れております。開催の目処はたっておらず―――」
引退ライブをする豪華なステージとは裏腹に、袖の方はそりゃーもうしっちゃかめっちゃかにされていた。スタッフの奴らが一生懸命配線を差したり抜いたり、解いたりしてるけど、とても一筋縄じゃ復旧しそうにはなかった。
ゴルシ「おいおい.........!!どうすんだよこれ!!!」
白銀「.........」
袖からチラリと外を見る。アタシの目に映るのは、今日のライブ。トウカイテイオーの最後の晴れ姿を見に来た奴らのガッカリしたような顔だった。
それも、数え切れねー程の人数だ。こんな客のご機嫌、どうとれって言うんだ.........?
白銀「狼狽えるな、ゴールドシップ」
ゴルシ「.........!」
アタシの顔を見つめて黙っていた白銀が、急に声を出した。しかも、今までに聞いた事がねーほどの真面目なトーンで。
けれどアタシは、そんな態度にムカついてた。急にこんな所に引っ張りだされて、自分は平気だ。みたいな態度が気に食わなかった。
ゴルシ「っ、あーあーそうかよ!!そりゃお前は世界的なテニスプレイヤーだもんなー!!!こんな人前怖くねーんだろ!!!」
白銀「.........怖いさ」
ゴルシ「.........は?」
白銀「前にも言ったろ。お前が居るだけで安心出来んだよ。俺は」
そう言って、白銀は笑って見せた。飛びっきりの優しい笑顔を、アタシに向けてくれた。
.........〜〜〜!!!クソっ!こんな時にときめいてんじゃねーぞゴールドシップ!!!問題はこの客どもをどう満足させるかだ!!!
ゴルシ「くっ、確かにアタシはエンターテイナーだ.........けれどそれはアタシを見に来た客に対してってだけで、コイツらはテイオーを―――」
白銀「漢を見せろッ!ゴールドシップッ!!」
ゴルシ「アタシは女だ!!!」
アタシは自分でも似合わないと思いながらくよくよ悩んでると、白銀の奴はまたふざけた事を抜かしやがった。
お前!!!そんな事言っていいのか!!?仮にもアタシに告白してきた分際でアタシを漢だって言い張るのか!!?
どうせいつものおふざけだろう。アタシの緊張を解すための.........そう思っていたから、アタシは次のコイツの声に驚いちまった。
白銀「違ぇよッッ!!!」
ゴルシ「!!???」
否定された。今コイツにアタシは女だって事を否定されちまった。なんてそんな事じゃない。コイツはこう見えて、頭は良いし真面目な時は真面目な奴だ。だからきっと、今回もそうだと思ったアタシは、コイツの言う事に耳を傾ける事にした。
白銀「漢っつうのはな、性別でなるもんじゃねェッ!」
白銀「心でなるんだよッッ!!!」ドスッ!
ゴルシ「.........!!!」
右手の親指を思い切り、自分の心臓の部分に突き立てながら白銀は言った。そしてそれは、アタシの心にズシン。と響き行った。
今までずっと、真似事だと思ってた。カッケーと思ってたじいちゃんの、真似事。それはどこか、自分は女だからという理由で心の片隅で片付けてたかも知れない。
ゴルシ(.........そうだ)
『なぁゴールドシップ?品行方正は大いに結構だが、それがお前の本当にやりたい事か?』
ゴルシ(アタシは勝手にやりたい事やるんだ。それを.........勝手に諦めるのはねぇよな。じいちゃん)...ニヤッ
何も最初から、ゴールドシップというウマ娘は奇想天外奇天烈ウマ娘だった訳じゃねぇ。最初はそりゃあ、婆ちゃんの家柄とか気にして、愛想良く行儀良く振舞ってたさ。
けれど.........アタシが本当になりたかったのは.........!!!
じいちゃんみてぇな.........ニカっとした笑顔が似合うアタシになりたかったんだ!!!
ゴルシ「それで!!!どうすんだ白銀!!!アタシらがやるんだろ!!?」
白銀「おう!!!ここでいっちょ、久方ぶりに渦を巻き起こそうぜ.........!!!」ニヘラ
口元にいつものようなヘラヘラとした笑みを浮かべながら、白銀は拳を叩きながらアタシの隣に立った。
もう、怖い気持ちなんてない。テイオーがどうした?テイオーのファンがなんだ?確かにオマエらはテイオーの最後の晴れ姿を見に来たのかも知んねぇ。
けどな、もう一つ。絶対忘れらんねぇ姿を見せてやる。涙涙の引退ライブを、笑笑のステージに変えちまう二人の姿をな.........!!!
「「抱腹絶倒の笑いの渦をなァ!!!」」
ーーー
テイオー「オグリーン〜!!どこ〜!!?」
トレセン学園から離れて、ボクはオグリを探しに近くの公園まで来た。それでも周りにその姿なんて無い。
全くもう〜.........これからライブがあるって言うのにさ〜!!!早く見付かってよ〜!!!
ため息を吐きながら、ボクはここから離れようとした。
「あの、トウカイテイオーさんですよね?」
テイオー「え?うん。そうだけど?」
突然、後ろの方から声をかけられた。振り返ってみると、そこには見覚えの無い顔があった。多分、ボクのファンだった子だろう。
ボクが自分がトウカイテイオーだと伝えると、その子はパーっと顔を明るくさせて、その場にぴょんぴょんはね始めちゃった。
「私!!ファンなんです!!足ってもう大丈夫なんですか!!?」
テイオー「う、うん。ライブする程度には大分ね.........」
キラキラとした目を向けられる。それは、あのツインターボの向けてくるそれと全く同じような、憧れみたいな.........
テイオー(ボクも、カイチョーにこんな目を向けてたのかな.........)
懐かしい。そう思える程に、ボクは長らく会長にそんな目を向けてなかったかもしれない。超えるべき壁。超えたい目標としてレースを走ってたから、純粋な憧れは向けてなかったかもしれない。
けれど.........そんなボクだけど、レースを走りながら、その目を向けていた子がいた気がする。よく分からないけど、そんな気がするんだ。
そんな彼女の、あのレースが凄かった。あの時は凄く惜しかった。やっぱり三冠を取った菊花賞が記憶に残ってる。そういう話を聞いて、つい頬が緩んでいると、不意に頬に強い風が当たった気がした。
テイオー「っ!!?オグリン!!!」
「え?あっ!!オグリキャップさんだ!!!」
テイオー「ごめん!!ボクオグリン追わなきゃだから!!!またね!!!」
「はい!!![次のレース]楽しみにしてます!!!」
次なんて無い。そんな事を言う暇が惜しいほど、オグリはすごいスピードで道を走っていく.........
ううん、違う。言いたくなかった。[次が無い]なんて言ってしまえば、それが本当になってしまうかもしれなかった。
それに気が付いたのは、ボクがオグリを追う為に、久しぶりにこの身体を走らせている時だった。
テイオー「はァっはァっはァっはァっ!!」
オグリ「―――ッッ!!!」
テイオー(っ、ギアが上がった!!!今のボクに追い付けるの―――)
テイオー(いや、違う.........追い付けるか追い付けないか、じゃない.........)
ボクの目の前でその背中を更に遠ざけようとするオグリ。なんでそんな全力で走っているのかボクは知らない。けれど、こういう誰かの背中を追う展開は、ボクのレースに取っては日常的な出来事だった。
そしてそんな時、ボクは追い付けるか?なんて弱気な事は思わない。たとえ誰が相手だとしても、たとえそれが.........[生涯のライバル]だった時も、それは変わらなかった。
テイオー([追い越すんだ].........!!!ボクはいつだって.........[トウカイテイオー]はいつだってそうしてきたじゃないか!!!)
身体が熱を求めてる。心が風を呼んでいる。ボクはあの日に焦がれている。結局振り切れなかった。ボクは結局走りたいんだ。それを嫌という程に、泣きたい程に痛感させられる。
けれど、そんな泣きたい気持ちより大きいのは、その背中を追うという事が何よりも楽しいと言うこと。ギアを上げられて、身体は長いブランクで言う事を効かないのに、それを無視して走らせてしまう程に、笑ってしまう程に、今は楽しかった。
テイオー(今ようやく分かった!!!ボクはまだ諦めきれないんだ!!!)
テイオー(無様でもみっともなくても!!!もう一度走りたい!!!走って.........もう一度.........)
追い掛けている背中に手が届きそうになる。アレ?まだそんなに走ってない気がする.........と思ってたけど、そうだった。オグリは長距離はまぁまぁ位だったんだ。
じゃあ、誰とボクは勘違いしたんだろう?そんな事を考えて、目の前に揺れる芦毛の髪が目に映って、それすらも忘れていた事を思い出させてくれた。
ボクが会長に憧れるのを止め、目標にしてレースに走りながらも、そんなボクの憧れで、常に前を走ってくれていた[ライバル].........
あはは。本当に情けないよね。[大人]らしく振舞おうとして、カッコつけて諦めた姿を見せたはずなのに、当の本人がまたそう思い始めてる。
けれど、それはもう止められない。もう止まらないんだ。どんなに押さえ込もうとしても、見て見ぬふりをしても、今度という今度はって言う様に、その感情は、願望は、想いは.........[
(キミとユメをカケたいッッッ!!!!!)
もう誰にも止められない。そう。ボク自身でさえも.........
オグリ「っ!はァっ......!はァっ......!くっ.........!」
テイオー「はァっ、はァっ、はぁぁぁ.........やっと止まってくれたぁ〜.........」
全速力のオグリを追い抜かしたところでようやく止まってくれた。オグリは両手を膝について。ボクは久々に全力で走ったからその場にへたりこんじゃった。
どうして走ってたんだろう?そう思ってそれを聞こうとした時、オグリのポケットから着信音が聞こえて来た。
オグリ「.........?タマからだ。どうしたんだろう?」ピッ
「もしもしオグリ?スズカなんやけどな、ウチが丁度たこ焼き買っとったからそれあげて何とかなったでー!!」
オグリ「!本当か!!良かった.........」
「おう!!!だから安心して帰ってきいや♪」
アレ?ボクが聞いた話とちょっと違うような.........まぁでも、スズカも恥ずかしかったのかもしれないから。そこはいっか!!
一息ついてから、ボクはオグリがもう迷子にならないよう、その手を掴んで、トレセン学園に戻って行った。
テイオー(.........うん。オールカマーが終わって、もしあの子が奇跡を超えたら)
テイオー(言うだけ、言ってみようかな?トレーナー達に.........)
きっと、ダメだ。なんて言われる事は無いと思う。それでもボクはまだ、その勇気を振り絞る事が出来ない。
それでももし、その勇気を出すことが出来たら.........トレーナーとサブトレーナーは、どんな顔をするのかな?
そうなったら、皆にも謝らなくちゃ。そう思って、ボクは疲れも忘れて、トレセン学園に足を向けた。
ーーー
桜木「.........畜生め」
腕時計を見て、目の前に並ぶ鉄の塊達を見る。その長蛇の列は、まるで人気の飲食店に並ぶ人のように一列で、ゴールまでの道のりが長い事を暗に表していた。
ターボ「.........ごめん」
桜木「謝るな。お前はお前なりに競争者としてのプライドや信念を大切にしただけだ。今回は、この事態を視野に入れなかった俺の責任だ.........」
ミラーで後部座席に座るターボを確認しながら俺は言った。こんな状況で、新車のカーリースは中々良い物だなんて現実逃避をしようとする心を抑え込む。
さてどうするか.........このまま間に合うように逆走をするか?いや、それだけはダメだ.........その問答を繰り返しながらサイドミラーで通路の空きを確認しようとすると、後方から隙間を縫って走る紅いバイクが現れた。
桜木(おー、ゴールドウィングじゃん。カッケー)
ターボ「.........!レグルスのトレーナー!!バイクが横に止まった!!!」
桜木「何ィ!!?」
そう言われて、前に向け直した視線をもう一度横に向けると、運転席の真横に着くように、そのバイクは止まった。
それだけでは無い。まるで俺に用があるかのように、ソイツはフロントガラスをコンコンと叩きやがった。ただでさえトラブル続きだってのに、こんな煽られ方されたら俺もブチギレるぞ。
一言怒鳴りつけてやろう。そう思い望み通り窓を開けると、ソイツは顔の隠れるヘルメットを外し、その正体を俺に見せた。
桜木「創.........!!?」
神威「おう!!!どうせ渋滞にはまると思ったからよ!!!届けに来たぜ?」
そう言って、こいつは来ているライダージャケットを脱ぎ始め、ヘルメットと共に窓から投げて俺に渡してくる。
色々な疑問が思い浮かぶ中、それでも天からの恵というようなチャンスを無駄にする手は無い。俺は急いで神威から渡された物の一式を身に付け、車から降りた。
桜木「.........すげぇ安定感だ。これがゴールドウィング.........」
神威「ソイツは、俺達がお前に送る人生最大級の誕生日プレゼントだ。1ヶ月早めのな」
桜木「なんだって.........?」
ターボを後ろに乗せ、ヘルメットを手渡し、手にはめたグローブと足に履いたブーツの調子を確かめていると、神威は不敵な笑みを浮かべてそう言った。
何をプレゼントするのかを神威が企画し、材料は白銀が集め、黒津木がこれを造り上げた。それを聞いた時俺は、あまりにも出来すぎた展開に思わず笑ってしまった。
桜木「お前らホント、用意がいいと言うか、タイミングがいいと言うか.........」
神威「バーカ。最近へこたれてるお前見て、何が喜ぶか考えた結果だよ。分かったらとっとと行け。この車は俺がお前ん家まで持ってくからよ」
桜木「ああ!!頼んだ!!!」
ハンドルのグリップを捻り、エンジンを掛ける。重低音が絶え間なく鳴り響き、身体に振動が伝わってくる。
ワクワクが溢れ出すような高揚感に包まれていると、神威はおもむろに言葉を発した。
神威「おい!!!バイクに乗るんだったら合言葉が居るだろ!!!」
桜木「っ!そうだったなァ!!!しっかり掴まってろよターボ!!!」
ターボ「う、うん!!!」
「ライディングデュエル!!!アクセラレーション!!!」
その掛け声をと共に、バイクは勢いよく前進し始めた。勢いが強すぎて最初に若干ウィリーしかけたくらいだ。
身体に風が思い切りあたる。今まで感じた事の無い圧とスピードに、いい歳をしながら既に魅入られかけている。
ターボ「凄い!!!ターボより早いぞ!!!」
桜木「ったりめぇよ!!!なんせこいつァ天才どもがこぞって作り上げたハイパーマシンなんだからなァ!!!」
車では到底通れない狭い道を、このバイクで駆け抜けて行く。法律なんざ知らん。俺はもう精神的にはゴールド免許剥奪されているんだ。もう行く所まで行ってやる。
正にがむしゃら。背中から聞こえてくるはしゃぐ様な声と強く抱き締めてくる両手の感触の新鮮さに楽しみつつも、規則通りに動いている体内時計は刻一刻と遅刻という文字を脳裏にチラつかせる。
桜木(クソっ、確かに速ぇけどこれじゃあギリギリだ.........!もっと速度が.........)
確かにこいつは、今まで俺が自分で動かしてきたどの乗り物よりも早い。だが、それでも間に合うかどうかは定かでは無い。
渋滞は既に抜けた。速度の際限は最早ない。それでもまだ、心許なかった。
苦虫を噛み潰したように口を横に広げ、顎を限界以上に狭めていく。もしここで出場できずに終わったら、全てが水の泡だ.........!!!
「力が欲しいか?」
桜木「はァ!!?なんだコイツ!!?」
ターボ「うわぁ!!?どうしたんだレグルスの!!!」
いつの間にか変な呼び名が定着してる!!!だがそんなことどうでもいい!!!
おいっ!!!今はいつもみたいなものが喋り出すギャグをやってる暇はねぇんだ!!!黙ってお前はそのタイヤを全力でぶん回しゃ良いんだよ!!!
バイク「退けば老いるぞ。臆せば死ぬぞ」
桜木「斬魄刀かなァ!!?」
ターボ「レグルスのトレーナーが壊れた.........壊れた.........」
バイク「叫べ!!我が名は―――」
瞬間。周りの景色がスピードを落としていく。なんだ、名前.........?そんなの、俺には分からない。だって自己紹介すらされていない.........
いや、分かる。コイツの名前。このハンドルから伝わってくるコイツの生命.........バイクとして生まれたコイツの名は―――ッッ!!!
桜木「―――駆けろッッ!!!」
「
バイク「いやダサァァァッッ!!!」
ターボ「完全に壊れたァァァ!!!」
桜木「飛ぶぞォォォォォォォ!!!」
二人「なんでだァァァァァァ!!?」
進行方向を道路から端の誰も歩いていない歩道。その段差に小さくウィリーを掛け、全腕力を使って大きく飛び上がった。
跨線橋のフェンスを飛び越え、地面に対してバイクのタイヤを二つ揃えて着地させ、ショートカットに成功する事が出来た。
桜木「はっはー!!!バイク鬼速ェ!!!」
バイク「お前ちょっとおかしいぞ!!!」
桜木「うるせェ!!!俺はご主人様だぞ!!!」
ハンドルを叩いて無理やり屈服させる。斬魄刀にはそうするといいってBLEACHと久保〇人先生が言ってた。
不意に、後ろに座ってるツインターボが静かになっている事に気が付いた。
桜木「大丈夫か?ターボ?」
ターボ「.........」
桜木「.........ターボ?」
彼女は声を上げない。少し俯いた様子で、静かに俺のジャケットを握り締めている。流石に怖かったのだろう。謝罪と慰めの言葉を頭の中でこねくり回していると、彼女の方から俺を呼んできた。
ターボ「.........レグルスのトレーナー」
桜木「ん.........?」
ターボ「バイクって.........すっっっごいんだな!!!」
桜木「!.........ああ。しかもただのバイクじゃねぇ!」
桜木「俺の親友達が作り上げた上に喋るバイクだ!!!そんじょそこらのもんとは出来が違うんだよッッ!!!」
嬉しそうにはしゃぎ始めたターボを見て、俺もそれに釣られるようにバイクのスピードのギアを一段階上げる。
身体の前に当たる風の力も、スピードの後を追ってくる恐怖も一段階上がるが、今はそんな事にかまけている暇は毛頭ない。
(―――そうだ。それで良い)
この男は何ら疑問を抱く事無く、無機物が話しかけて来たとしても深く考えずに、ああやって対処をしてきた。
無論。私自身もその後の行動に度肝を抜かれた。[長らく現れなかった]が、やはり[先代]とは.........
いや。だからこそなのだろう。あの時、我らが王は王であるが故に、邁進する事しか出来ず、死して行った。大切な者を守れずに.........
だからこそ。王は最早、王ではない。それ以外の[誰かになる]べくして、こうなったのだ。
(優しき心、勇気ある心。その両方をこの男は兼ね備えている)
(後は.........気高き心のみ)
それさえ有れば、この世に再び一つの時代が到来する。かつて全てと心を通わせる事の出来た王.........
[
それこそが、人のみならず、全てに心を見出し、全ての心と繋がる者。一つの身でありながら、数多の心を。数多の身でありながら、一つの心を持つ主君と軍勢が出来上がる。
(世界と対話せよ。それこそが―――)
(―――この夢を見続ける事が出来る絶対条件よ)
この男が果たして、かの[王子]の再来となるか。それは未だに分からぬ。だが、この私の身体に触れるその両手からは、確かにアレと違わぬ物を感じているのは確かだ。
生まれた時からある記憶。[喋れぬ者]ならば持っている最早常識と言って差支えのない記録。その時代に形を持ってなくとも、その景色は確かに存在している。
(決して諦めるな。若人よ.........)
桜木「そろそろ着くぞ!!!」
ターボ「けどスピードが付き過ぎてる!!!ブレーキしたら振り落とされちゃうぞ!!!」
何とかギリギリ、いや。残り五分ということでオールカマーが開催される中山レース場が見えてきた。だがしかし、確かにターボの言う通りここでバカ正直にブレーキを踏めば、俺どころか彼女。果てにはトランクに詰め込んでいる彼女の荷物まで皆仲良く宙に放り出されるだろう。
けれど俺は知っている。こんなスピードが付いていてもブレーキを掛けられる一つの方法。今まで散々その作品のモノマネをしながら、一番有名と言っても過言では無い場面をぶっつけ本番でやるのは、そう悪くない舞台だった。
桜木「俺の体重移動にしっかり合わせろ!!!振り落とされんなよ!!!」
ターボ「っ!!!おー!!!」ガシッ!
彼女の渾身の力で身体を掴まれる。準備は整った。後はそれをするだけだった。
桜木「見せてやるッッ!!!これが―――」
進行方向に対して、バイクの車体を真横にし摩擦範囲を多くする。上半身はそこから離れるように倒しながら、それでも完全に倒れる事は無いよう片足を着いた。
つんざく轟音。悲鳴にも似たタイヤが擦れる音と、靴底から感じる今まで感じたことの無いような熱の昂り。遂に限界スピードは緩やかになり、完全に停止すると共に、大きく車体を跳ねさせた。
桜木「―――奇跡を超えるって事だ.........!!!」
ターボ「.........」ボー
一息つく。なんて無駄な時間の使い方はせず、ストッパーを止めてから惚けているターボの背中を優しく叩き、意識を戻させる。
ハッとしたターボは何も言わずとも、ヘルメットを俺に渡し、バイクから飛び降りて会場へと向かって行く。
ターボ「ありがとーーー!!!レグルスのトレーナー!!!今度ターボがなにか手伝ってあげるー!!!」ブンブン!!
桜木「はは、そいつは嬉しいな!!!そん時は頼むー!!!」
会場に向かって走りながらも、俺の方に顔を向け、大きく手を振るツインターボ。やはり子供はどこまでも[夢を追う]姿が良く似合う。
さて。俺もそろそろ会場に向かうか.........そう思いながらジャケットのポケットに手を入れた時、振動している携帯が手に触れた。
桜木「.........げっ、ライス.........」
そこには、ライスから明らかに怒ってますという感じのスタンプが爆裂に連打されたLINEが送られている通知であった.........
ーーー
ライス「お兄さま?ライス別に、一人だけ置いてけぼりにされたことに怒ってるんじゃないんだよ?」
ライス「なんで話してくれなかったの?ターボちゃんを迎えに行くって一言でも言ってくれたら良かったんだよ?」
ライス「反省してるの?」
桜木「.........ハイ」
レースの楽屋で、可愛らしいものでは無い本気の怒りを顕にしているライス。その見えている瞳からは心做しか、あのヘル化を思わせるような炎が出されている。
俺はそんな彼女に大きい声も出せず、怖い母親に叱られている子供のように正座をしながら声を絞り出していた。
ライス「.........話してよ」
桜木「す、すまん。今度からは―――」
ライス「違うよ。お兄さまが何を考えて、ターボちゃんと何をしようとしてるのか、ちゃんと教えて」
その本気の怒りを声に乗せながら、彼女は一歩俺に近付いた。それに対して、こうなったのは当たり前だと自分を罵りながら、俺はゆっくり立ち上がった。
.........正直、巻き込みたくなかったというのが本心だ。この一連の騒動は[大人]になりかけているテイオーを、その意志を無視して[子供]に戻そうとする物。失敗したらそれこそわだかまりが生まれる。それを背負うのは、[大人]である俺達だけで十分だと思っていた。
それでも、目の前に居るライスの目は本気だ。本気の、[子供]の目。俺達大人がいつまでも持っているようで、気が付けば失くしてしまったもの。その目で見られたら、どうしてか黙っては居られなかった。
桜木「.........ターボのレースを、テイオーに見せる」
桜木「他の子じゃきっとダメなんだ。あの子のオールカマーじゃないと、テイオーはきっと揺らがない。そう思った」
桜木「.........黙ってて、悪かった」
ライス「.........そっか」
今度はちゃんと、彼女の表情をしっかり見て、謝った。それを聞いてライスは、その顔を俯かせてしまった。期待をかけているのが自分ではなく、他のチームの子だと知ってしまったからだろうか?
.........酷い事をしたと思う。けれど、俺にはもう[迷ってる時間]は無い。迷えば迷うほど、過ぎ去っていく時間は多くなっていく。それが何よりも惜しいと思ったから、俺は見て見ぬふりをして、話さなかったんだ。
それを、今度はどう謝れば良いのだろう?それを考えながら俯いていると、不意に足音が遠のいているのに気付き、視界を上げた。
桜木「っ、ライス!!本当にごめ―――「良いよ」.........え?」
ライス「ライス。お兄さまが本気なのか知りたかった。最近暗くて、いつものお兄さまじゃ無かったから.........」
ライス「けれど!これで安心できるよ!!だからライス―――」
「頑張ってくるね!!!」
とびきりの笑顔でそう言って、ライスは楽屋を後にした。それを追いかけようと手を伸ばしてみたが、そんな事なんて知らないと言うように、彼女は俺を振り切った。これが彼女なりの、何も話さなかった俺への罰なのだろう。
桜木([頑張ってくるね].........か)
ウマ娘とは、事レースになると勝ち負けに固執する。あのハルウララやトレセン学園の会長ですら、勝つ事を目標にレースをしている。そしてその気持ちは、誰も変わらない。
けれどライスは.........頑張ると言った。何をどう頑張るかなんて分かりはしないが、今の彼女の心の中に、勝ち負けは存在して居ないのだろう。
桜木(.........身近に大人が居たじゃねぇか。全くよ)フフ
それがどれほど難しい事か、試練を与える側が、どれだけ心が成熟しきっているのか、まだ俺には理解が及ばない。
それでも、ハッキリと分かった。俺が今まで見てきた中で一番[大人らしい]のは、正にライスシャワーであった。
桜木「.........山を超え、谷を超え、少女はやがて[大人]になる、か.........」
そばに居たはずの彼女の成長を見抜けなかったのは辛いが、これが親心というものなのだろう。こうして知らぬ間に、子供は成長していく。
下手したら、うちのエースなんかよりとっくに大人かもしれないなと苦笑しながら、俺も地下バ道へと向かった。
ーーー
ターボ「よーっし!!ゼッケンも着けたし!!今日も大逃げで勝つぞー!!!」
桜木「はは。元気そうだな」
ターボ「うわ!!レグルスの!!?」
俺の目の前で拳を作り、片手を突き上げていたツインターボ。俺がその様子を簡略して伝えると、彼女はバッと振り返り、最早呼び慣れたように俺をそう呼んだ。
ターボ「な、なんの用?!!言っとくけどターボとライスはライバルだからね!!」
桜木「それは勿論。俺はライスに勝って欲しいと思ってる」
ターボ「そ、そっか.........」
俺の言葉を聞いて、あからさまにしゅんとした様子を見せる。自分で言った癖に、そう言うとちょっと凹んでしまうところが可愛いところだ。
けれど、それは俺個人としての心でしか無い。ここでライスが勝ったとしても、テイオーの心を少し揺らすだけで、何も現状は変わらないだろう。
何が[正しい]か?何が[間違っている]か?そう考えれば自ずと答えは導き出せる。ライスの勝ちを信じるのがトレーナーとして正しい事で、テイオーを.........世界を変える事は、トレーナーとして間違っている事である。
それでも.........
桜木「.........多くの人々は、もう一度テイオーの走りを見たいと思ってる」
桜木「そしてそれが実現できるかどうかは、お前に掛かってる!!!受け取れ!!!」
ターボ「え!!?どわっ!!?」
自分のポケットから大切にしていた物をターボに投げて渡す。彼女はびっくりしてどたどたと足音をたてながらも、それを見事にキャッチして見せた。
桜木「本当はコイツを渡して、チームの意思だと言いてぇところだけど、俺もトレーナーの端くれ。担当の勝利の為にこれだけは譲れねぇ」
ターボ「.........?これは.........」
桜木「だから。お前にはテイオーのファンの[想い]を託す」
「覆して来い。ツインターボ」
「お前の1着を、テイオーはきっと待ってる」
両手で手に入れたそれをまじまじと見て、徐々に口角を上げていく。その様子を見せるツインターボに、俺は初めて[間違えて良かった]と思えた。
この[王冠]は譲れない。例え、何人たりともこれを譲る事は出来ない。けれど、俺は俺に託してくれた想いを、この子に託す事にした。それがテイオーの.........アイツの世界を変える事のできる唯一の方法だと思ったからだ。
ターボ「.........絶対勝つ!!!」グッ!!
桜木「.........うちのライスは手強いぞ?」
ターボ「関係無いもん!!!ターボは最初から最後まで―――」
「―――逃げ切って勝つだけだから!!!」
ギザギザの歯を見せつけ、ニカっと笑って見せる。そんな彼女の笑顔に少し心を動かされながらも、光の方へと走り出す彼女の背に、俺はエールと共に手を振った。
桜木(.........これも恋、か)
ーーー
ネイチャ「!トレーナー!!イクノから連絡来たよ!!」
南坂「本当ですか!!?」
マチタン「うん!!ターボちゃん無事に間に合ったって!!」
カノープスのチームルーム。そこで僕とネイチャさん。そしてタンホイザさんは、その報告を今か今かと待っていました。
そしてそれが今、ようやく訪れてくれたんです。待ちに待ったこの時を、そして次は、僕達が頑張る番です。
ネイチャ「それにしても、チームメイトなんだから、いくらライバルでも一緒に行こうとしないのはどうかと思うよ.........」
マチタン「そうだよねぇ。純粋にライバルとして見てくれて嬉しい気持ちはあるんだけど.........」
南坂「それがターボさんの良い所ですよ。さぁ、次は僕達の番です。ササッと準備しちゃいましょう!」
二人「了解!!」シュバッ!
お二人の敬礼を見届けて、僕はバックに入れて置いた変装の為の覆面を取り出し、それをここにいる全員が装着しました。
南坂(桜木さん。貴方の力、少しの間貸して下さい.........!!!)
(奇跡を[超えられる]その力を!!!)
ーーー
白銀「やっぱお前と漫才やってらんねぇよ」
ゴルシ「おいお前それ本気で言ってるのか?」
白銀「本気で言ってたらお前こんな所で即興でやるわけねぇだろ.........」
二人「へへへへへ」
白銀「どうもありがとうございましたー!」
ゴルシ「バーイ」
ステージの袖から見える二人の漫才。ボクがオグリを追っている間、どうやら時間稼ぎをしてくれたみたい。観客のみんなは、ボクの引退ライブなんか忘れて、涙を浮かべて笑っていた。
ゴルシ「.........おっ!!テイオー!!戻ってきたか!!」
テイオー「うん!!ありがとうねゴルシ!!」
テイオー「後は、ボクに任せて?」
全員「.........」
深呼吸をして、ボクは気持ちを整える。皆はボクのそんな姿を見て、どこか悲しげで、それでもそんなボクを見守ってくれていた。
ゴルシ「アタシらの出番は終わりだ。テイオー。キュキュッと締めてこい」
ウオッカ「こんな事、言えないけど.........」
ダスカ「後悔しないよう、思いっ切りね!」
マック「.........」
ボクの背中を押す様に、皆が声を掛けてくれる。マックイーンはまだ、ほんのちょっとだけ悲しそうだけど、それでもボクの行く末を見守るように見つめて来てくれた。
.........これから先、どうなるかなんて分からない。けれど、ボクは自分で歩かなきゃ行けない。まずは目の前のライブを成功させなきゃ.........
スペ「テ゛イ゛オ゛ー゛さぁ゛ぁ゛ぁん.........!!!」
テイオー「うわっ、もう〜泣かないでってば〜.........」
姿が見えないと思ってたスペちゃんだけど、立ってられない位に泣いてたみたい。ボクはそれを見て困ったように笑ったけど、不思議と嫌な感じはしないし、むしろ嬉しく思った。
テイオー「.........それじゃあ、行ってくるね?」
テイオー「最後に.........皆に伝えたい事もあるから.........」
全員「.........?」
困惑した表情を見せる皆を見て、ボクは思わず笑っちゃった。それを伝えたら、どんな顔を見せてくれるんだろう?きっと皆は驚いて.........あっ、スペちゃんはまた泣いちゃうかもね。
そんな事を思いながら、ボクは袖から、ステージの方へと出て行った。目の前に広がる、多くのお客さん。この人達がみんな、今日ボクのライブを見に来たと思うと、胸がなんだか熱くなった。
「おー!!テイオーだー!!」
「さっきの漫才最高だったぞー!!」
「締めはテイオーのダンスなんてすんごい贅沢しちゃってるわー!!」
その声を聞きながら、ボクはステージの真ん中まで歩いた。みんながみんな、ボクの名前を嬉しそうに呼んでくれる。それを聞いてボクも嬉しくなってしまう。
頭を下げる。今日来てくれたみんなに、今日まで支えてくれたみんなに、今日まで応援してくれたみんなに、頭を下げる。その時にはもう、嬉しいくらいにうるさかった歓声は、静かになっていた。
テイオー「今日は来てくれてありがとう。全然走れてないボクなんかの為に、こんなの沢山の人が来てくれて.........とっても嬉しいよ!!!」
「テイオーーー!!!」
テイオー「えへへ、皆も知ってる通り、また骨折しちゃったー.........三回目だよ?三回目。逆に凄くない?あはは」
テイオー「.........三回目にもなったら、すっかり慣れっ子。の.........つもりだったんだけどね.........」
辛い。辛いよ。どんなに取り繕っても、それだけは絶対に薄れてはくれない。どんなに覚悟を決めていても、先に歩こうと思っても、それはボクの覚悟を鈍らせて、判断を迷わせてくる。
それを伝えるのが本当に正解なの?それを伝えてボクはまた、同じように過ごせるの?まだ、ボクには分からなかった。
「テイオーさんっっ!!!」
テイオー「っ.........!!?」
キタ「わたし!!待ってます.........!!!」
その声は、久しぶりに聞く声だった。その声の方を見てみると、最前列に居て、涙を流しながらボクを見るキタちゃんがそこには居た。
その姿を見て.........ボクは思った。
テイオー(.........ああ、今のボクは―――)
カッコよくない。全然、カッコイイ背中なんかじゃない。日本ダービーで骨折して、サブトレーナーがボクの為に無茶をして、それでもボクを.........三冠バにしてくれたあの背中じゃない。
それはハッキリとわかった。キタちゃんの涙は、悲しい時に流れる物で、菊花賞の時にボクが流した、涙とは全然違う。
ダメダメだ。[独り]で[大人]になったつもりで、結局ボクのやってきた事は全部、子供みたいなワガママだった。本当の大人だったら.........
「テイオーッッ!!!」
テイオー「!!!」
沖野「エゴでも良い.........!!!ワガママでも良いッッ!!!」
沖野「もう一度走ってくれェェェッッ!!!」
テイオー「トレーナー.........!」
その声を皮切りに、トレーナーの声を合図に、他の人達も、ボクに声を掛けてきた。
テイオーステップをまた見せて欲しい。ボクに一番似合うのはターフの上。怪我なんかに負けるな。まだ負けてない。これは勝ちの途中.........
胸が熱い。何かがボクの中で突き上げられる.........ううん。もう[何か]なんかじゃない。これは、ボクの[走りたい]という思いそのものなんだ。
.........ダメだよ。これは取っておきのサプライズだから.........!今伝えちゃダメ.........!!!散々わがまま言ったんだもん!!!みんなを安心させて、最高に喜ばせる様に.........
『お前の夢は、まだ終わってない』
テイオー「―――っ」
ここに居ないはずの声が聞こえてくる。それがボクの記憶のものである事は、ボク自身が知っていた。けれど、それはいつもより鮮明で、本当に目の前で言ってくれているようだった。
ボクは約束を守れなかった。[大人]になった時、子供達にカッコイイ背中を見せる。その約束を、ボクは果たせなかった。
それでもその声は、それは今じゃないって、お前はまだ子供なんだぞ?って.........まだ、夢を追い掛けても良いんだって.........!!!
テイオー(.........サブトレーナー。キミはいつも、ボクの夢を守ってくれるよね)
「!!!モニターが変だぞ!!!」
テイオー「.........もう。今度は何さ〜?」
トウカイテイオーミニライブ。その文字を映し出していたモニターが急に砂嵐になった。
ボクはそのトラブルを、呆れながらも笑いながら見守っていた。どうせサブトレーナーの事だから、あれからも諦めずに動いてたんだろう。そう思ったら、ボクはこのトラブルを見届ける気になっていた.........
ーーー
一方その少し前、ステージ裏の機材スペースでは.........
ドトウ「ふえぇぇ〜〜〜!!!わ、私のせいなんです〜〜〜!!!」
東「いや、これは不運とかそんなじゃなくて誰かの.........」
目の前の回線がごちゃごちゃにされた可哀想な機材達を見る。これを直すのは相当骨が折れる.........
機材スペースとは言ったものの、セッティングは既に完了しており、操作も自動。居るのはそれを見守り、トラブルが起これば報告する為の見張りくらいだ。メイショウドトウは機械に強くは無いが、それくらいはできると言って立候補してくれた。
しかし、ご覧の有様だ。こうしてトラブル対応で呼び出されてみたは良いものの、ここまでされたら俺もどうにもならん。
どこから手をつけようか。そう思っていると、不意にこのスペースに足を踏み入れる音が聞こえてきた。しかも、一人では無い。
東「あー。悪いけどここは一般人立ち入り.........!!?」
「こ、これは.........」
「ど、どうなってるんです!!?」
「うっひゃ〜.........凄くとっちらかってるね〜.........」
そこには覆面を着けただけの男一人と、覆面を着けただけのウマ娘二人が立っていた。最初はその姿に度肝を抜かれたが、どっからどう見てもチームカノープスのトレーナーとそのチームメンバー。これは不幸中の幸いだ。
東「南坂。お前機材に強いだろ?」
南坂「ええ!!?な、なんでバレたんですか!!?」
マチタン「だ、だから私言ったんだよ〜!!着ぐるみさんの方がバレないって〜!!」
ネイチャ「いや、それは今の時期でも無理でしょ.........暑いのイヤだし.........」
渋々、と言ったようにその覆面を外す三人。南坂の方は完璧だと思っていたのか、あからさまに落ち込んだ様子を見せたが、この状況を見て、直ぐに気持ちを切り替えてこの機材と向き合い始めた。
東「どうだ?何とかなりそうか?」
南坂「ええ。数分もあれば.........」
東「.........テイオーは?」
南坂「.........ターボさん次第、と言っておきましょう」
コイツらと桜木の奴が共謀して、テイオーをまた走らせようとしてる事は知っている。覆面を付けて現れたのも、それを見越しての事だろう。アイツは本当、大事な事はほとんど話してくれやがらない。
それでも、その答えを聞けたら満足だ。そう思い、その復元作業をひたすら見守っていた。
その時だった。またもや足音が今度は二つ聞こえてくる。しかも一つはまるで子供のような軽い音.........今度こそ一般人が入ってきたのかも知れない。俺はそう思い、これ以上入らないようその入り口まで歩いて行った。
東「申し訳ありません。こちらは機材スペースでしてトウカイテイオーのライブは.........!!?」
その二人の姿を見て、俺は固まった。少女はすまないと言って俺の横を通り、もう一人の大人の女性は頭を下げて俺の横をまた通って行った。
南坂「東さん!!?ダメじゃないですか!!!一般人を通し.........」
「確認ッ!!ここに不審者が来たと学園内から通報があった!!」
「申し訳ありませんが、その不審者の情報を.........あら?」
東「.........しまった」
固まっているところからようやく復帰し、皆の所に戻ると、そこには扇子をバッと広げて自信満々に仁王立ちをする秋川やよい理事長と、脱ぎ捨てられた覆面を凝視する理事長秘書の駛川たづなさん。そしてそれを見られて汗をダラダラと流す三人がそこに居た。
やよい「.........説明してもらうぞ?南坂トレーナー」
南坂「こ、これは―――「すいません!!!」.........え?」
たづな「あ、東さん.........?」
全員が振り返る。それを見ていなくても、その視線が俺に向いているのはハッキリとわかった。俺は今、その頭を地面に擦り付けている。
東「こ、今回のことはその.........お、俺の独断でやったんです!!!」
東「コイツらは俺に頼まれただけ!!!ほら!!!俺って圧が強いでしょう!!?桜木の時と同じです!!!」
南坂「東さん.........」
苦し紛れだって言うのは俺が一番分かっている。あの時桜木にやった事を持ち出してまで言っているんだ。自分でも驚くほどに苦しい言い訳だ。
それでも、俺にはこうするしか無い。これしか.........アイツへの恩を返せないと思った。
東「処分なら俺を!!!あの時しなかった事をここでしてください!!!それでチャラに.........」
「.........ククク」
全員「.........?」
やよい「なぁーっはっはっはぁ!!!」
全員「.........!!?」
突然、大声を上げて理事長は笑い声を上げた。その声に驚き、今この場にいる全員が驚愕の表情を浮かべている。俺も顔を上げ、その姿をまじまじと見ていた。
しばらくの間、彼女のその笑い声だけが響いていたこの空間であったが、次第にそれは収まりを見せていくと共に、彼女は広げていた扇子を勢いよく閉じた。
やよい「.........懐かしいと思ってな」
東「懐かしい.........?」
やよい「東トレーナー。君が何故、桜木トレーナーに対してあれほどの仕打ちをして未だ尚、トレセン学園のトレーナーで居られるか分かるか?」
やよい「.........彼も頭を下げたんだ。今の君のような地面に頭をつけるほどではなかったが、深く。この私にな」
東「な、え.........?」
初耳だった。アイツからは一切そんな事.........いや、桜木はそういう奴だ。自分からわざわざそんな事を言うわけが無い。それでも、今の今までそんな事を知らずにのうのうとしてきた自分をぶん殴ってやりたくなった。
滑稽じゃないか。散々酷い言葉を浴びせた奴に、最終的に助けられるなんて.........そう思うと、俺は酷く自分が惨めで、ちっぽけな存在なんだと思った。
やよい「『彼は正当な方法でメジロマックイーンを担当にしようとした。それを考えればまともな人だ。だから辞めさせるのは止めてくれ』と、真剣な表情で言われたよ」
やよい「問題が起きて整理が付いた後ならいざ知らず、事件が起きたその夜に、わざわざ言ってきたんだ。私は今。その判断に身を委ねた事に間違いはなかったとはっきり言えるぞ?」
東「理事長.........!!!」
ふふ、と身の丈に合わない様な慈悲深い笑みをして、彼女は目を伏せた。そしてそのままもう一度扇子を大きく開き、今度は南坂達の方へと振り返った。
やよい「確定ッッ!!!不審者などそもそも居なかった!!!そしてこの機材トラブルも!!!それに何か細工しようとする者も無く!!!そもそも私達はここには来なかった!!!」
やよい「これで良いな?たづな?」
たづな「.........はぁ、了承を得ようとしたところで、私の意見なんていつも聞かないじゃありませんか。理事長?」
ため息を吐いて呆れながらも、そんな理事長の姿を微笑みながら見るたづなさん。彼女にとって、こんな事は日常とさして変わらないのだろう。
彼女達がこの空間から出ていくその背中を見守りながら、俺達はホッと胸をなで下ろした.........
やよい「.........やはり、間違いはなかったな」
たづな「先程の事ですか.........?」
やよい「それもある。だがしかし.........」
脳裏に過ぎるのは、若い青年の顔。誰よりもこの世界を知らなくて、そして誰よりも、真実に近づく事の出来る男の表情。初めて面と向かって話をした時、彼からは強い決意が見えた。
『夢を諦めさせたくないからです』
やよい『夢を.........?』
『その苦味と不味さは、俺が一番知っている。あの子達にそれを味わわせたく無いんです』
あの日の言葉。彼との面接で感じた事は、酷く愚直。そのくせ、どこか素直じゃない。回り道迷い道を歩みながら、それでも傍から見れば一本道を歩いていると錯覚させる程の成熟しきっている心.........
やよい『それは分かった。だが、何故そう思う?この世界は勝負と一体になっている。挫折は付き物だ』
やよい『君がトレーナーを目指すのなら、それを支えたいと言うのがセオリーじゃないか?』
『?あんまり難しい事は分かりませんけど.........』
『女の子は笑ってる方が良いじゃないっすか』
やよい(.........そうだな。桜木トレーナー)
やよい(誰も悲しまないトレセン学園.........それを目指して、先代と私は、奮闘してきたんだ)
たづな「.........?理事長?私の顔になにか付いていますか?」
隣に居る彼女の顔をじっと見る。困惑した様子を見せるが、それでも私は彼女を見続けた。
かつて、栄光をその手に掴み取れる存在であった彼女。その実力がありながら、夢を諦めざるを得なかった存在.........
この秋川やよい。理事長になるにあたって己に課した信念が三つある。
一つ。誰も悲しまないトレセン学園を創る
一つ。彼女の様なウマ娘を二度と生まない
一つ。皆がのびのび過ごせる学園を目指す
やよい(桜木トレーナーよ。君の起こす風は、着実にこのトレセン学園の風通しを良くしてくれているぞ.........!!!)
先程出会った二人のトレーナー。彼らの表情はまるで、桜木トレーナーから伝染したように、同じ顔をしていた。
決意を固め、信念を持ち、そして.........[夢を守る]という顔を.........
これから先、彼らがどのような歩みを進めるのかを楽しみにしながら、私達は理事長室へと戻って行った。
ーーー
ターボ「ふぅ!!一時はどうなることかと思ったけど!!こうしてゲート入りできたー!!」
イクノ「全く。だからあれほど一緒に行きましょうと.........」
ゲートに入ると、先に隣のゲートに入ったイクノがターボに話しかけて来た。いつも見たくメガネをくいってあげて!
ターボ「もう!!ターボいつも言ってるじゃん!!一緒のレース走る時はライバルだから私語厳禁だって!!」
イクノ「それとこれとは話が別です.........ですが」
イクノ「貴方に[ライバル]だと言われるのは、悪くありませんね.........!!!」グッ!
最初はまるでお母さんみたいに厳しい顔だったけど、少しずつイクノは嬉しそうに笑ってくれた。そして、最後には走る体勢になった。
ターボもそれを見て、自分の気持ちをレースに向けた。ゲートが開くのはまだ分からない。だからもうちょっとだけ、[ライバル]じゃなくて、[チームメイト]として話し掛けた。
ターボ「イクノだけじゃないよ!」
イクノ「.........?」
ターボ「テイオーはもちろん、ライスシャワーもターボの[ライバル].........」
ターボ「ミホノブルボンも、メジロマックイーンも.........名前もまだ分からない今日レースに出るウマ娘。出ないウマ娘全員.........ターボが―――」
「全員逃げ切って勝つ相手だ!!!」
イクノ「.........貴方と同じチームになれて、良かったですよ」
イクノ「おかげで、退屈しませんから」フフ
ターボ「にししっ♪」
そう。ターボはレースが好きだ。走って、全力を出し切って、最初から最後までずっとアタマ.........そんなレースが、ターボの走り方。
だから今日。その走り方でオールカマーを勝つ.........無理だ、諦めろなんて言うテイオーをこれで分からせるんだ!!!
諦めなければ、何でも出来るってことを!!!
―――砂嵐はやがて、一つのレースを映し出し始めた。それが今日開催されているオールカマーだって言うのは、先頭を走る子の姿を見て、すぐに分かった。
テイオー「.........!」
逃げ切ってる。大逃げだ。あのライスだって出てるのに、それを気にせずに逃げてるその姿は、ボクの目にしっかりと炎の焦げ後を残して行く。
『ターボ勝つからっ!!!絶対逃げ切って勝つからっ!!!』
あの日の約束。とは言っても、本当に勝手に取り付けてきた約束を、あの子は勝手に守ってる。
ボクと走りたい為に、あの時と同じように走れるかも分からないボクと、走る為に.........
テイオー「.........頑張れ」ボソッ
「ツインターボが来た!!!第4コーナーのカーブに入っていきます!!!」
桜木「っ!!!」
目の前で繰り広げられる逃走劇。正に追うものと追われるもの。捕まるか捕まらないかにハラハラする展開は、心臓に悪いからあまり好きじゃない。
けれど今は、そんな事を考えちゃいない。あの走り方で、有り得ない。あっちゃいけないあの走り方で.........戦法も技術も無い、気持ちだけの走りで、あの子は本気で加藤としている。
桜木(マジなんだな.........!ツインターボっ!!!)
桜木「今だけは信じてやるぜ.........!!!神様って奴をよォ!!!」ギュッ!!!
熱い胸の高鳴り。その鼓動で血液が身体を循環し、興奮を更に高めていく。首に掛けた王冠のネックレスを強く握り締め、その力を貸してくれと願い続ける。
目の前のレースは既にぐちゃぐちゃだ。何も知らない人から見れば、なんのドラマも無いツインターボが一発ぶちかましただけのレースに見えるだろう。
けれど、俺は.........俺達は知っている。これが、このレースこそが、[奇跡を超える]為の、第一歩なのだと.........!!!
桜木「.........っ、はは。本当.........大人なんだなぁ、ライス.........」
ライス「はァっ!はァっ!はァっ!はァっ!」...ニッ
彼女は、大きく離れたターボの背中を見て、苦しいながらも笑って見せた。勝つ事を諦めた訳じゃない。彼女は最初から、試練としてターボの前に立とうとしていたんだ。
それでも手をゆるめることはない。彼女は大きく離され、直線に入りバテ始めたターボの背中に圧を掛けるように、差しきりに行き始めた。
ターボ「これが諦めないって事だァァァァァァ―――ッッッ!!!!!」
胸の内が焦げ付く感覚。それがどういう物か、俺は知っている。これが[焼き付く]という事なのだろう。目の前の出来事が、一生俺の中で離れる事は無い。そういう様に、俺の胸をそっと、しかし確かに焼き付けて行く。
「11番ツインターボ!!!見事に決めたぞ逃亡者ツインターボッッ!!!」
ゴールの線を踏み切り、既に満身創痍だった身体は限界を迎え、そのまま前のめりに倒れ込んで行った。
しばらくの間、その状態だったが、彼女は何とか仰向けの体勢になる。そして苦しそうに、疲れきった腕をズボンのポケットに伸ばして、あるものを全てに見せ付けるように掲げた。
ターボ「と、トウカイテイオー.........!!!次は、ターボと.........勝負、だか......ら.........!!!」ゼーハー
桜木「!!!」
それは、俺が地下バ道で渡した物。俺が託され、俺が託した皆の心の内にある想い.........キタちゃんから預かった。お守りを握り締めていた.........!!!
桜木「やるじゃねぇか.........!!!ツインターボッッ!!!」
桜木「お前は本当にチームスピカの―――ッッ!!!」
多くの歓声が、彼女に向けられる。それでも、その声に掻き消されないように俺は声を上げた。多くの観客と同じように、喜びと興奮が抑えられない。そんな右手を突き上げながら、彼女に声を届かせた
「救世主かもなァァァァァ―――ッッ!!!」
―――あの子が勝った。本当に、勝っちゃった。どうしよう.........今まで散々、もし勝てたらなんて考えてたのに.........いざ勝ったら、何も分からなくなっちゃうなんて.........
レースは終わった。モニターも元のミニライブ用の物に戻ったけど、ボクの心はもう、それどころじゃ無かった。
「テイオーさん!!!」
テイオー「っ、キタちゃん.........」
キタ「ずっと待ってます!!!また走ってくれる日を.........!!!」
悲しい表情で、泣いているキタちゃん。どうしたら良いんだろう?そういえば.........前もこんな事があったような―――
スペ「テイオーさぁぁぁぁん!!!」
それを思い出そうとした時、スペちゃんを先頭に、皆がやってきた。チームスピカのメンバーだけじゃない。レグルスも、このステージの上に出てきちゃった。
スペ「教わりたい事まだまだ沢山あります!!!戻ってきてください!!!」
ウオッカ「頼むよテイオー!!!やっぱり寂しいよ!!!」
ダスカ「戻ってきて!!!また一緒に走ろう!!?」
皆の声で、肩が震える。
タキオン「君にはまだ可能性が残っている!!!諦めるなんて君らしくないぞ!!!」
ウララ「そうだよ!!!ウララもまだテイオーちゃんと走りたいよ!!!」
デジ「今一番辛いのはテイオーさんなのは知っています!!!けれど、皆が居れば乗り越えられるって今まで見てきたじゃないですか!!!」
ブルボン「貴女は私が達成出来なかった[無敗の三冠バ]です!!!いつか貴女とも走りたいと思っていた私の夢を叶えてください!!!」
テイオー「みんな.........!」
皆の声で、声が震える。
ゴルシ「.........戻って来い」
皆の声で、心が震える。もうどうしようもないくらいに、ボクの目からは熱さが流れて行く。観客にも、みんなにも背を向けているけど、きっともう。ボクが泣いている事に気付いてると思う。
マック「テイオー」
テイオー「っ、マック、イーン.........?」
マック「.........すぅー、はぁぁぁ」
突然、ボクの目の前で深呼吸をし始めるマックイーン。突然の事で、ボクも、他の皆も、その姿をただ見守ることしか出来ない。
何をしてくるんだろう?そう思ってしまうほどに今のマックイーンは.........サブトレーナーみたいな、[なんでも乗り越えられるような雰囲気]を、身にまとっていた。
マック「あの時、私は貴女に言いました」
マック「.........[怖かった]。と」
―――目の前に居る涙で顔を濡らしたテイオーの姿を見つめます。私の言った言葉に、思い当たる節があるのか、その目を丸く見開きました。
マック「.........あのレースは、二人の激突に相応しくありませんでした」
マック「片やライバル。片や恐怖の対象としてお互いを捉えて.........全く同じ土俵ではありませんでした」
あの時。二度目の春の天皇賞の時。私は恐れた。トウカイテイオーを。無敗で、三冠を成し遂げた彼女を、どこか得体の知れない存在だと感じていた.........
それが、蓋を開けて見ればどうです?怪我をして、夢を諦めて、それでも諦めきれなくて、何も分からなくなって涙を流している.........
同じなんです.........!彼女も、私と同じ.........ただ[速いだけのウマ娘]なんです!!!
マック「戻ってきなさい.........!」
テイオー「え.........?」
マック「戻って来て!!!私との約束を果たしなさい!!!」
マック「もう一度私と同じレースに出て.........!!!今度は私の.........!!!」
「れっきとした[ライバル]として!!!」
溢れ出す熱さなんて気にせずに、周りの事も気にせずに、私は自分の思いを彼女にぶつけます。
ずっと申し訳ないと思っていたのです。あんなに怯えて挑んだレースが彼女との最初で最後になってしまう事に.........
テイオー「.........そっか。[ライバル]か.........」
テイオー「そう、だよね.........!」
テイオー「約束、した、もんね.........!!!」
―――今更になって、思い出した。こうやって、どうすれば良いか分からなくなった状況が、前にもあった事を。
一番忘れちゃ行けないもの。ボクが目指して、一度は満足したもの.........そう。菊花賞の時の事だ。
あの時もボクは、目の前で起きた事が分からなくなって、何を言っていいのか、分からなくなって、それで―――
『「テーイーオーーーッッ!!!」』
あの時と同じ声が、ボクの耳に直接響く。そうだ.........あの時も、トレーナーが最初に声を上げてくれた.........
それを始まりにして、端っこから燃え始めたのが、まるで身体を暖められるほどの大きな薪の炎になるように、周りを巻き込んで行く。
テイオー「っ、ごめんね?みんな.........!!」
テイオー「わがままで、みっともなくて.........怒られるかも、しれないけど.........!!!」
「ボク.........もう一度走りたいッッ!!!」
ずっと、今日言おうと思ってたこと。遅くなって、正反対の決断もしちゃったせいで、余計な時間と勇気が必要になったけど、それでも言うことが出来た。
みんな、涙で顔が濡れていた。ボクも、観客も、チームのみんなも。マックイーンやタキオンだって、涙を流してくれた.........
―――レースは終わった。そして、計画が成功した事が、アイツらからのメッセージで分かった。その場に居れなかった事は惜しいが、それでもそれに見合うだけのものを生で見れた。
ターボ「それでそれで!!?テイオーは!!?」
桜木「.........また走るとさ」
イクノ「!!!やりましたね!!! ターボ!!!」
ターボ「っ!!!うん!!!」
その目に涙を浮かべながら、肩を抱き合う二人。カノープスというチームもやはり、素晴らしいものだと改めて実感させられる。
9月の中旬。風が吹く。北海道人とは言え、その寒さに触れないで久しい。既にその耐性は無くなっているものと考えても良いだろう。駐車場で身を震わせ、俺は二人に謝った。
桜木「本当悪いなぁ、車だったら送れたけど、途中でバイクになっちまってなぁ.........」
ターボ「良いよ!!ターボイクノと電車で帰るもん!!ねー!!」
イクノ「帰りは一緒に。これがターボのルーティンですから」
桜木「.........そっか。気をつけて帰れよ?あと、南坂さんによろしくな」
二人は俺に手を振り、今まで見てきた中で一番嬉しそうな顔をしながら、駅へと歩いて行った。俺とライスはそれを姿が見えなくなるまで見送り、手を振り続けた。
桜木「.........完っっっ全に助けられたなぁ。俺達」
ライス「ふふふ、そうだね。お兄さま」
桜木「ホント、アイツも良い友達を持ったよ」
バイクのトランクにしまっていたヘルメットの片方をライスに渡しながら、俺達は他愛も無い話を続けた。秋風が染み入るこの季節、会話でもしなければ到底やっていられない。
お互いバイクに跨り、安全確認を徹底した所で出発する。自転車でも相乗りなどした事ない手前、後ろに乗る人が違うと感覚も異なる事に若干楽しさを感じていた。
桜木「ライス。お疲れ様」
ライス「!うん。大変なんだね.........壁になるのって」
ライス「マックイーンさんの気持ち、良く分かったかも.........」
そう言って、彼女は少し俺の服を握る力を強めた。その姿は、子供と何ら変わらない。
けれど、俺は知っている。彼女はもう、強い。それこそ、うちのチームで誰よりも大人だ.........
そう思うと、不意に笑ってしまい、ライスを困惑させてしまった。
ライス「お、お兄さま.........?」
桜木「いや、悪い悪い.........実はマックイーンも、上手く出来て無かった事思い出してな」
ライス「えぇ!!?」
そう。マックイーンも、ライスの為に自ら立ちはだかる壁として、三度目の春の天皇賞へ彼女とライス、二人での出走を俺に求めた。
それでも、彼女はまだ大人になりきれていなかった。終わった後には、それでも勝ちたかったと、涙と共に俺に語ってくれた。
桜木「なぁライス?悔しいとか、やっぱ勝ちたかったぁなんて、思わなかったのか?」
ライス「.........うん」
桜木「どうして?」
ライス「.........ターボちゃんの気持ち。良く分かるから」
彼女から聞こえてくるその言葉には、悲しみの感情が帯びていた。その反応は予想していなかった為、俺は思わず理由を聞いてしまった。
桜木「.........どうして?」
ライス「ライス、まだ[新しい夢]を叶えられてないから」
桜木「.........ブルボンか?」
自分の中で生まれでた答えをライスに言うと、彼女は返事はせずに、ただ黙って頷いた。
少しの沈黙が、風を切る音と身体に当たる圧と共に訪れる。背中に当たる彼女の体温を感じながら、その続きを待っていた。
ライス「.........ライスの今の夢は、ブルボンさんと一緒に走る事」
ライス「今はまだ怪我を治してるから、まだブルボンさんとは走れない.........」
ライス「それは[いつか]終わる.........けれど、ターボちゃんは.........!!!」
桜木「.........その[いつか]が無かった」
そうだ。ブルボンは怪我を治して、トレーニングを積めばまた走れる.........けれどテイオーは、そもそも走る事を辞めようとしていた。ターボにとって、[次]どころか、その[次]に繋げる為の[最初]すら無かったのだ。
良くやったもんだ。そんな感傷に浸っていると、不意に背中の方から、鼻を啜る音が小さくではあるが、聞こえてきた。
桜木「.........良かったな。ライス」
ライス「うん......うん.........!!!」グスッ
やっぱり。この子は強い子だ。人の痛みに触れて、人の為に泣けるこの子は、とても強い。それでも、泣く事は辛い事だ。
周りに人は居ないが、俺は彼女の声があまり聞こえないよう、わざとらしくエンジンの音を鳴らし、バイクでトレセン学園へと戻るのであった.........
......To be continued