山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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メジロマックイーン

 

 

 

 

 

 秋の風が強さを増し、そのつむじ風に赤黄色の金木犀の落ち葉が巻き込まれて舞い上がっていく。

 北海道の様に空気の冷たさが肌を刺すほどでは無い。それでも、既にこの環境に慣れてきたこの身体は、嫌という程に震えてくれる。困ったものだ。

 

 

桜木「もう。こんな時期か.........」

 

 

タキオン「ああ。もうこんな時期さ」

 

 

 隣に立つのは、アグネスタキオン。その一言の中には、彼女の中の感情が沢山詰まっている。そう捉えられる程、何かが籠った一言だった。

 思えば、俺達はここまで良く来たものだ。こんな相性も何も考えていない出来合いのチームで、ここまで走ってきた。それでも案外、まとまってて、仲がいいとは俺自身も思う。

 

 

マック「あら。そろそろレースが始まると言いますのに、余裕ですわね?」

 

 

桜木「はは。君の仕上がりを見たら、いくら俺でも余裕が出来るよ」

 

 

ウララ「マックイーンちゃんすっごいもんね!!」

 

 

 場所は、京都レース場。今日の催しはは京都大賞典。彼女にとって次に至るためのレース。今日までの調整で、彼女はその走りを、今までに無いほど至高のものへと昇華して行った。

 それは、俺というトレーナーから見ても、同じウマ娘達から見ても、相当なものだ。

 

 

桜木「.........本当。よくここまで来たもんだよ。俺達」

 

 

デジ「そうですねぇ。デジたんもマネージャー冥利に尽きますよ〜」

 

 

ライス「マックイーンさんのレース!とっても楽しみ!!」

 

 

ブルボン「そうですね。ライスさん」

 

 

 楽しそうにマックイーンがこれからどんなレースを見せてくれるのかを話す三人。そんな姿を見ていると、自然と頬が緩んでしまう。

 それはどうやら、タキオンとマックイーンも同じようで、勝手に盛り上がりを見せる三人を見て、そっと微笑んでいた。

 

 

桜木(.........アレから、二年か)

 

 

 アレから.........そう、マックイーンが降着してから、もうそんなに経ってしまう。あの時は本当に、この秋という季節が嫌いになってしまうくらい、嫌な出来事だった。

 それでも、俺は.........俺達は、前へと進む事が出来た。みんな一緒に、誰一人、欠けることなく。ここまで来ることが出来たんだ。

 

 

 ここに、俺は果たして必要なのだろうか?そんな考えが今でも過ぎってくる。全く、最低な話だ。この和むような輪をみていても、俺はそこから疎外されているように感じてしまう。

 

 

桜木「.........俺は、お前達のおかげでここまで来れたと思う」

 

 

全員「.........?」

 

 

桜木「.........けれど、お前達は俺じゃなくても、ここまで来れたと思う」

 

 

 ここにいる一人一人。みんな才能の塊だ。素質の塊だ。俺はそれを見つけて、ほんのちょっと磨いてあげただけに過ぎない。きっと、俺じゃなくても、彼女達は大成したはずだ。

 そんな弱気な俺に対して、想定通りのため息が聞こえてくる。しかし、それは思っていた以上に大きく、そして複数であった。

 

 

タキオン「確かに、君でなくともここに居る子達は私含めて、大成してただろう」

 

 

タキオン「だが、責任を取らないのは頂けないよ?トレーナーくん?」

 

 

桜木「責任.........?」

 

 

 俺がそう言うと、気が付けばマックイーンの傍に居たタキオンが俺の目の前まで歩いてくる。

 その顔はいつものように自信たっぷりで、彼女らしい先の展開を予想できない笑みを浮かべていた。

 

 

タキオン「君じゃなきゃダメなんだよ。君以外、誰が私の薬を飲むんだい?私に火をつけた責任を、君は取るべきなんじゃないかい?」

 

 

桜木「それは.........」

 

 

ウララ「ウララもトレーナーじゃなきゃやだ!!!」

 

 

 今度はずいっ、とタキオンの隣に出てくるウララがそう言ってきた。その顔はタキオンと違って、真っ直ぐで真剣ながらも、その可愛らしさを隠せないでいる。

 

 

ウララ「あのね!!わたし、トレーナーがトレーナーが良かったーって思うんだー!!だってだって!!トレーナーと居ると楽しいもん!!」

 

 

桜木「ウララ.........」

 

 

ライス「ライスも、お兄さまがトレーナーで良かったと思ってるよ?」

 

 

 静かな足取りで、彼女もタキオンと並ぶように立った。他の二人よりも優しい笑みを浮かべ、まるで俺を諭すような口調で言葉を紡ぐ。

 

 

ライス「お兄さま。ライスが変わろうとした時、言ってくれたよね?変わる責任や義務はないかもしれないけど、変わる権利は、誰でも持ってるって。ライスあの時、とっても安心したの」

 

 

桜木「.........」

 

 

ブルボン「そうです。マスター。貴方は私に沢山のものをくれました」

 

 

 今度はまるで無機質な声が、しかし、そこには彼女の感情が籠っている事を感じられる。そんな声で、ブルボンはライスの後ろに立った。

 

 

ブルボン「貴方が今、何に悩んで、何に苦しんでいるのかは分かりません.........ですが」

 

 

ブルボン「マスター。苦しみも悲しみも、時が経てば明日への糧になります。私は、貴方とチームの皆さんと過ごした日々の中で、それを学びました」

 

 

桜木「お前ら.........」

 

 

 情けない話だ。大の大人が、教え子に慰めてもらっているというのは、傍から見ればなんとも言えない状況だ。

 それでも、俺はその言葉に救われている。それは紛れもない事実で、俺はまだ大人になりきれていない存在だった。

 そんな俺の横を素通りする様に、マックイーンが何も言わずに通り過ぎて行く。それに声を掛けることなく、視線だけで彼女の姿を追った。

 

 

マック「私から言うことは何もありません。もう皆さんが言ってくれましたから」

 

 

マック「それでも不安だと言うのなら、それでも、自分で無くてもと思うのであれば、今日のレースを見て判断してくださいまし」

 

 

マック「[貴方が作り上げた私の走り]を.........」

 

 

 力強くそう宣言し、彼女は控え室から出て行った。その後ろ姿は、どんな大舞台のレースとも変わらない、力強く、そして彼女の誇りが感じられる程立派なものだった。

 

 

桜木(.........こんなんじゃ、ダメだよな)

 

 

桜木(隣立てる努力をしないと.........)

 

 

 今のあの子は、気高くて、気品溢れている。例え顔を見なくとも、今の彼女がどれだけ凄いかは、俺にだって分かっている。

 そんな彼女の隣に立っても、見劣りしない。そして、見栄えする様なトレーナーになりたい。

 

 

桜木「.........って!!待ってマックイーン!!せめて見送らせて!!」

 

 

タキオン「あっはっはっは!!このチームはレース直前でも緊張とは全く無縁だねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........)

 

 

 私を出迎えるように差し込んでくる光。それは、地下バ道からパドックへと続く出口から差し込んでくるもの。

 いつもであるならば、それは栄光への一歩。そして始まりの一歩として、力強く踏み込んでいたでしょう。

 けれど今は.........

 

 

マック(.........ねぇ)

 

 

『.........何かしら?』

 

 

マック(最後って、まさか今日のこと?)

 

 

 胸の内に確かに広がる不安。その不安を、私の中に居る存在にぶつけます。それはただ黙って、私の心の中でじっとしていました。

 

 

マック(.........一体何をするの?)

 

 

『そんなの、貴方が一番よく分かってるんじゃない?』

 

 

マック「.........っ」

 

 

 あっけらかんと、まるで私を突き放すように、それは言った。それに反論する[でも]も、その理由を問う[なんで]も、臆病な私から出てくる事はありません。

 けれど、私の予感が確かなら、この人は.........彼女は[消える]。今日のレースを持ってして、何故かは分からないけど、消えてしまう。

 

 

マック(そんな必要.........どこにあるのよ.........!!!)

 

 

『.........貴女』

 

 

マック(嫌よ!!!せっかく仲良くなれたのに.........!!!まだ貴女のこと、何も分かっていないのに.........!!!)

 

 

 どうにも出来ない。その悔しさが、私の唇を強く噛み締める。そんなことをしても、なんの解決にもならないのに。そうしなければ、自分を保てないでいる。

 そんな悲しみを心に広げていると、不意に私の肩に手を置く存在が現れます。それが誰なのかは、振り返らずとも分かってしまいます。

 

 

桜木「マックイーン」

 

 

マック「.........トレーナーさん」

 

 

 彼が私の名前を呼んだ。それに応えるように振り返ると、彼と、そしてチームの皆さんが後ろに立っていました。

 

 

桜木「.........何かあったのか?」

 

 

マック「何も.........いえ。ありました」

 

 

『.........』

 

 

マック「.........トレーナーさんは、折角出来たお友達と離れそうになった時、どうしますか.........?」

 

 

 普段であれば、隠して、一人で解決しようと思っていました。たとえそれが、変わらない結末通りのシナリオになろうとも、それを納得しようと努力をしました。

 .........でも、話してしまった。今までの私では考えられないほど、この心は寂しさというものに怯えきっている。本当の事を言わずして、それを解決する為に、彼に手を伸ばす程に.........

 それでも彼は、[でも]も[なんで]も言いません。変わりに、少し考える様な素振りを見せたあと、優しく笑って言いました。

 

 

桜木「だったら、自分から会いに行けば良いんじゃないか?」

 

 

マック「自分から.........?」

 

 

桜木「大人になると、友達と会える機会なんて限られてくる。相手を待つんじゃなくて、自分から行かないと。じゃなきゃ、いつかを待ったまま終わっちゃうよ」

 

 

 そう言って、彼はそれ以上は何も言わず、そして何も聞かずに話を終わらせました。正直、なんでと聞かれてしまったらどう答えれば良いか分かりませんでしたから、助かりました。

 そして、今度はその両手で私の肩をそっと掴みます。いつもと同じように。そして.........いつもより、力強く。

 

 

桜木「さぁ、こっからはレースに集中だ!マックイーン!」

 

 

桜木「そんな話をされちゃあ、GIよりかは楽に走れなんて言えないよな?」

 

 

マック「!」

 

 

 .........全く。彼は一体どこまでお人好しなのでしょう?私が悩んでいると言うだけで、その全貌すら語っていないのに、その全てを支えようとしてくれる.........

 それでも、そんな彼に救われてしまう自分が居る。そして、そんな彼を求めてしまう自分が居る。それを良しとして、受け入れてしまう自分が居る.........

 

 

桜木「俺にはその子がどんな子か分からないけど、君にとっては大切な子なんだろう?」

 

 

桜木「だったら、君の全力がその子に届くように―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝って来い。マックイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一着で、その子もきっと待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と目線を合わせる為に、彼は少し屈んで、私を元気付けるためのいつもの言葉を投げかけてくださいました。

 本当.........不思議な程に、彼の言葉で弱気な心がどこかへと飛んで行ってしまう。彼の事を好いている。というのもありますが、それ以上に彼の言葉には、心に来るものがあります。

 

桜木「.........ハグは、要らなさそうかな?」

 

 

マック「ふふ、ええ。もし走り終わって泣きそうになっていたら、ぜひお願いしますわね?トレーナーさん」

 

 

 肩から彼の手が離れて行く。皆さんの顔を見ると、そこには心配なんて言う感情はどこにもありません。その私に対する信頼を少し拝借させて貰い、私も私を信じてみようと思います。

 背中に刺さるような光。突き放すような光に向かって行く。未来に進むと言うのは、これほど大変なのだと身をもって知りながらもなお、その先へと向かいます。

 

 

マック(考えるのは後。今は.........この京都大賞典を勝ちましょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、舞台は京都レース場。GIIレースでありながら、その熱狂はGIにも劣らない京都大賞典!各バそれぞれゲートインを果たしていきます!」

 

 

桜木(確かに、この熱狂ぶりはすごいな.........)

 

 

 実況の言う通り、人々の熱狂はGIのそれと何ら変わらない。何を持ってして彼ら彼女らをここまで熱くさせているのかは、俺にも分からない。

 これから出走する子達の姿を見ていく。今日の為に鍛錬を積み、切磋琢磨してきたであろう子達。その姿からは、俺のチームメンバーの姿と何一つ変わらない。

 

 

タキオン「.........怯えているのかい?」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

デジ「トレーナーさん、震えてますよ?」

 

 

 二人にそう指摘され、俺は組んでいた手を少し解き、掌を見てみる。確かに、緊張からかなのか、普段よりもその手は無意識に、そして小刻みに動いている。

 .........けれどこれは、恐怖なんかじゃない。俺はゲートインを果たした彼女の姿を見て、それを察した。俺の心より、思考より先に、この身体はこれから先の展開を楽しみにしているからなのだと考えた。

 

 

桜木「.........武者震いだよ」

 

 

 これから先、このレースで何が起こるのか、俺にはまだ分からない。そんなことばっかりだ。分からないことばかりで、手探り尽くしの人生で、分かることなんて限られてくる。

 それでも.........俺は、あの時君の姿を初めて見た時の直感が、間違いでは無いことを知らさせている。今日という日を、決して忘れるなと、目に焼き付けておけと言うように、俺の心を酷く揺さぶってくる。

 

 

桜木(何かが起こる。その予感は確かにあるんだ.........)

 

 

桜木(見せてくれ。マックイーン。あの日君に感じた何かを.........!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「すぅ.........ふぅぅ.........」

 

 

 ゲートに入り、ゆっくり吐息を整え、前を見据えます。目指すはゴール。駆け行くはこの足。そこに何ら今までとの違いはありません。

 あるとすれば、私の後ろに浮遊するようにして傍に居る、陽炎の彼女。その一点だけでした。

 

 

マック(.........本当に、消えてしまうの?)

 

 

『これからの貴女に必要な事よ。それに、消えるんじゃなく、[元いた場所に戻る]だけ』

 

 

マック(けれど、せっかくこうしてお互いに良い関係を.........)

 

 

 行ったり来たり。覚悟を決めたと思えば、それを揺らがせ、揺らがせたと思えば、覚悟を決め.........そのような事を何度も何度も繰り返していると、呆れたようなため息が聞こえてきました。

 

 

『.........良いわ。そんなに渋るんだったら教えて上げる。本当はレース中の方がやり易いのだけど.........!』

 

 

マック(え.........?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳥のさえずりが聞こえてくる。まるで、朝日が昇る事を知らせる様に。その鳴き声と共に、周りに広がる世界にようやく、この目が理解を追いつかせました。

 そこは、手入れの行き届いた庭園で、目の前にはまるで、お茶会をする為の一つのテーブルと、二つの椅子が備え付けられていました。

 

 

『ようこそ。[貴顕の使命を果たす者]。メジロマックイーン』

 

 

マック「貴女.........」

 

 

 揺らり、と空間そのものが揺れたと思うと、その存在が後から陽炎と共に、私の対面の椅子に座るように現れました。

 何が何やら.........それに、何度が来ているここも.........分からないことばかりで、その場に立ち尽くしてしまいます。

 そんな私を尻目に、その存在は指を鳴らしました。すると、まるで魔法のように、テーブルの上にはティーポットとソーサラーの上に置かれたティーカップが現れました。

 

 

『座りなさいよ。心を落ち着かせましょう?』

 

 

マック「で、でもレースが.........」

 

 

『安心しなさい。ここはそういう場所だから』

 

 

 そう言って、彼女は紅茶をカップに注ぎ始めます。私はその言葉を信じ、彼女の対面に座りました。

 一体、何を話されるのか。それは分かりません。そんな私を気遣うように、さえずっていた鳥の一羽がテーブルに降り立ち、私の方をじっと見てきました。

 

 

マック「.........ふふ、可愛らしい」

 

 

 手のひらを差し出すと、小鳥はその全身を擦り付けるようにすりすりとしてきます。その感覚は確かに、羽毛の一つ一つが感じ取れる為、ここは夢の世界では無いことを察しました。

 そうしていると、その小鳥はこれから先の何かを察した様に、飛び立って行きました。私の周りを一周、二週とした後、どこか遠くへ飛んで行ってしまいます。

 

 

『.........教えて上げる。私の正体について』

 

 

マック「.........!」

 

 

『私は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴女よ。メジロマックイーン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「え.........?」

 

 

 その言葉を聞き、自分の目が大きく開かれて行くのが手に取るように分かりました。そうしようとは全く思ってなく、あまりに唐突な出来事に、目を見開いていくのです。

 なにせ.........その目の前の存在は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と瓜二つの姿で、私の前に居たのですから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ど、どういうこと.........?まさか、ドッペルゲンガー.........!!?」

 

 

『.........ああもう、だからレースの興奮のどさくさに紛れて伝えようと思ったのに。こうなると思ってたのよね』

 

 

マック「ご、ごめんなさい.........?」

 

 

 今までで一番大きな、彼女から聞こえてくるため息。頭を抱え、どう説明すべきかを彼女は模索し始めます。

 しかし、削れる部分が無い事を知ったのか、彼女は諦めるように、もう一度ため息を吐いてから、真っ直ぐ私の目を見つめてきました。

 

 

『貴女。ウマ娘の魂だかなんだかの話、知ってるわよね?』

 

 

マック「え?え、えぇ.........確か。異世界の誰かの魂がこちらに来て.........って、こんなのおとぎ話では.........」

 

 

『[誰か].........ねぇ』

 

 

 人に説明させておきながら、などと考える余裕も無く、私は目の前である単語に反応して苦言を呈す様な表情を見せる彼女をただ黙って見ていました。

 

 

『まぁこの際細かい所は良いわ。要は、貴女と私は元々一つの魂.........いえ、[二つの魂が一つにされた]存在なのよ』

 

 

『本来であるならば、絶対分離する事は無い。あるとすれば、それはこの世を去る時くらいね』

 

 

マック「そんな.........」

 

 

 唐突に、まるで世界の真理を垣間見えた様に、身体の毛穴という毛穴から鳥肌がたってきます。神秘と言うのは美しい物ですが、行き過ぎるとそれも恐怖になる。それを今、初めて知りました。

 ですが、ここで一つ疑問が生まれます。本来であるならば分離する事は確実に無い。だったら、何故彼女は目の前に居るのでしょう?そんな疑問が顔に浮かんでいたのか、彼女は一言、言いました。

 

 

『[彼]よ』

 

 

マック「.........は?」

 

 

『それ以外に、いいえ。それしか考えられない』

 

 

 人生で一番の疑問。私からその声が出たにも関わらず、彼女はその目を逸らし、何か後ろめたさを隠すようにしていました。

 

 

『ウマ娘はウマ娘として生まれたその瞬間から、それぞれ果たすべき目標を持って産まれてくるわ』

 

 

『私も同じ。天皇賞を制したから、きっと貴女は天涯孤独の身であったとしても、そこを目指したでしょうね』

 

 

マック「っ、ありえません!!!天皇賞はメジロ家にとって由緒正しき、大切な―――」

 

 

 最初は、勢い任せで出てきた反論。しかし、徐々に頭の熱が冷めてきた時、私は思ってしまった。

 [そうかもしれない]。と、今思えば、いくらメジロ家の為、憧れのおばあ様の為とはいえ、あの頃の私は勝つ為に自分を追い込み、倒れたとしても、それも良しとしてきました。普通では考えられないほどに。

 彼が居るから.........トレーナーさんが居るから。安心していた。けれどそれは、結果論であって、もしかしたら彼が居なくても、私はあれほどの自主トレーニングをしていたかもしれない。

 そう思うと、彼女の言葉を否定できなくなったのです。

 

 

『.........そう。[天皇賞]。その為なら、貴女はその身さえ自ら打ち捨てる覚悟があった』

 

 

『けれど、貴女は孤独を拒んだ。孤高を手放した。最強を捨て、退屈を嫌った』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[ひとりじゃない]。その言葉が、全ての分岐点だったのよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――.........」

 

 

 あの時から.........こうなることは決まっていたのでしょうか?[ひとりじゃない]。それは、私と彼を表すもう一つの言葉。[一心同体]と同じ意味を持つものです。

 驚愕は既に何度も自分の中で巡り、もはや反応すら表に出てくる事はありません。正直、頭がパンクしてしまいそうで、どうにかなってしまいそうでした。

 

 

『私と貴女が分離する原因はこれ。けれど、分離した出来事は他にあるわ』

 

 

『彼に、自分の走りが合っているのかと問われたでしょう?』

 

 

マック「っ、はい.........」

 

 

 思考回路は既に消耗の一途を辿り、鈍くなりかけていましたが、彼女の問いかけによって再び再起を果たします。

 自分の走りが本当に合っているか。それは、テイオーと共に走った二度目の天皇賞に向けたトレーニングの際に私に課せられた課題でした。

 

 

『自然体で走る。不思議なもので、アレは私の走り方そのものよ。それを貴女に教えた彼もそこら辺に居るトレーナーとかいう存在じゃないみたいね』

 

 

『けれど、それが行けなかった。私と貴女で決定的な違いが生まれたのよ』

 

 

『貴女は、最終的には信じたけど、[自分(わたし)の走りを疑ってしまった]』

 

 

 その言葉の圧に、思わず息を呑みました。知らなかったとはいえ、怒らせてしまったのかも知れません。

 けれど彼女は、過ぎてしまったことだと言い、その圧を引かせました。まるで獣のような迫力に、命を握られた様な気分になりました.........

 

 

『こう見えても、あの走りは私にとって誇りそのもの。だから、疑う貴女の心理が、根本的に分からなくなってしまった』

 

 

『だから、あの時聞いたのよ。[なんで走るのか?]って』

 

 

『あの時はまぁ、邪魔が入って直接その答えは聞けなかったけど』

 

 

 そんな悪態をつきながらも、その時を思い出している彼女の顔は、決して不快というものではありませんでした。どちらかと言えば、呆れの混じった嬉しさでしょうか?

 .........本当、彼には困ったものです。全てを引っ掻き回して、複雑にして行きながらも、こうして誰かと誰かを引き合わせてくれる.........

 だから、私は彼女とこれからも共に生きて行きたい。けれど彼女は、私と[元通りの関係]に戻ろうとする。それは、私の望んでいる事ではありません。

 そんな私の雰囲気を察したのか、彼女は疑問がいっぱいの様子で、問いかけてきました。

 

 

『何が行けないの?[一つになる]。それは貴女の言う[一心同体]では無いの?』

 

 

マック「全く違います。[心を一つにする]。それはただの[ひとりぼっちの心]です」

 

 

マック「[自分の心の隣に、誰かの心が居てくれる].........それこそが、私の目指す[一心同体]です」

 

 

 決して相容れないもの。自分とは全く違う存在。そんなものと[一つになろう]だなんて、私はこれっぽっちも思っていません。

 私が望むのは、[共に歩む事]。心を同じにする事も、ほかの存在と交わろうとも思ってはいません。

 寂しいのは嫌い。悲しいのも嫌い。だから一つになって誰かがいなくなるくらいなら、元に戻らない方がいい。

 それでも、そんな私を無視するように、その存在は手を伸ばしました。

 

 

『本当、強情ね。そこだけは、貴女の方に残っちゃったのかしら?』

 

 

マック「な、何を.........っ!!?」

 

 

『大丈夫。これからは貴女の一部としてまた、支えて上げるから.........』

 

 

 

 

 

 ―――彼女に手を伸ばし、その手を優しく包み込んだ。懐かしい感触。この子の魂に初めて触れた時に感じた温もり。あの時の赤子とは違う、しっかりとした女の子の手つき。

 片時も離れた事など無かった。意識すら彼女の中に埋もれていた。それでも、私達の魂は強すぎるのか、時として人格に大きく反映される事がある。

 彼女にとっては、それは誇り、強さ、心の芯として、[かつてのメジロマックイーン]と遜色ない存在になっていた。

 

 

(けれどそれは、過去の話)

 

 

(今の貴女には、あの出来事を乗り越えられる力は無い.........)

 

 

 繋いだ手からほのかに溢れる淡い光。それを中心に、その光が私達を包み込むように大きくなって行く。

 あわよくば、とさえ思った。私もこのまま、意識を持ったまま、貴女達が形成する世界を、見守っていきたいと思っていた。

 それでも、私は世界の景色とこの子どちらを取るかと言われれば、私は迷わずこの子を選ぶ。この子にとってはそうではなくても、私にとっては既に、この子はこの世界の[相棒]に等しい存在だから.........

 

 

『さぁ、頑張りましょう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メジロマックイーン?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「圧倒的だ!!メジロマックイーン!!最終コーナーからひとり突き抜けて先陣を切りぐんぐん後続を突き放していく!!!」

 

 

タキオン「まさか.........これ程とは.........!!!」

 

 

 圧倒的。そして、完結的な走りを見せつけるマックイーン。彼女のその姿を見て、あまりに度肝を抜かれているのか、ほかの観客もまばらに声援を送っている。

 かく言う俺も、その一人に過ぎない。あまりにも強すぎる。今までの事が、今までのレースがまるで前座だったかのように、このレースで彼女はその内に秘めた可能性を大いに発揮して見せる。

 

 

桜木「凄い.........まだまだ伸びてくぞ.........!!!」

 

 

ブルボン「.........最終コーナーに入ったあたり、レコードの記録より2秒ほど早いです」

 

 

ライス「え!!?それって.........!!!」

 

 

ウララ「マックイーンちゃん新記録ってこと!!?」

 

 

 はしゃぐ二人に対して、ブルボンは静かに首を縦に振った。それを聞いた俺も、何が何だか分からない汗が一筋、頬を伝って行った。

 今、彼女の身に何が起きているのか。それは定かでは無い。それでもその姿は、まさに[夢そのもの]であった。

 

 

桜木(間違いじゃなかった.........!!!)

 

 

桜木(あの日、君に出会った事は.........!!!)

 

 

 胸に煌めく小さな王冠。今までで一番強い光を放ち、まるで彼女に力を送るように、その光を彼女に向けて放って行く。

 それに答えるように、マックイーンはそのスピードを落とす所か、逆に少し加速を付かせて走り抜けて見せる。

 誰がどう見ても、[圧勝]以外の二文字を思い起こさせるような事が無いほど、衝撃的で、全てにおいて[完成]された彼女の走り。

 ゴールの線を、その二本の足で踏み抜けたその瞬間。俺の脳裏に、たった二文字の言葉が突然、浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [世界]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女なら。有り得る。有り得てしまう。こんな圧倒的な力を見せ付け、全てにおいて完成された走りとなった彼女なら.........

 

 

桜木(俺の.........夢を.........!!!)

 

 

 いつかがあればいいと思っていた。彼女でなくても、チャンスがあればつかみたいと思っていた。そのいつかが、目の前に可能性を引っ提げて、[最強の相棒]と共にやってきてくれた。

 

 

「誰もが予想していた最強の勝利!!!しかしそれは予想外も連れてきた!!!」

 

 

「2分22秒7!!!世界レコードにも引けを取らないすごいレコードと共に!!!メジロマックイーンがこのレースを制した!!!」

 

 

 そのレコードが、順位を表す掲示板の彼女の出走番号の横に記載される。昨年打ち立てられたばっかりのレコードをあっさりと、それも2秒近くも更新してしまって見せた。

 そんな彼女に、観客も大いに湧き、レースで走っていたウマ娘達も、悔しさを忘れ、彼女を祝福する姿を見せていた。

 

 

 彼女に初めて、面と向かって会った時の事を思い出す。あの時は、恥ずかしさも忘れ、ただただ目の前で、才能や力が中心になっていない彼女を褒め称えていた。

 その時、俺は彼女に言った言葉を、俺は密かに思い出していた。

 

 

『断言出来るよ。君は大化けする。人々の視線を持って行くレベルまで』

 

 

 あの日の言葉が、まるで時を超えたかのような瞬間だった。このレースを見ていた人達が、共にレースを駆け抜けていたウマ娘達が、皆彼女に注目し、祝福を受けている。

 けれど.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(.........足りない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだ、奇跡を越えられてない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違う。こんなものじゃない。これはまだ、奇跡程度のものだ。こんなのじゃ、俺はまだ満足できやしない。

 貪欲になった心に、肥大化した慢心に釘を刺そうとするも、釘を持った手すら上げたまま固まってしまう。それほど、今の彼女は可能性の塊であった。

 それを欲するのは、人間としての性なのだろう。どうしても、次の段階を求めてしまう。

 それでもまだ、足りないと思ってしまう俺は、欲張りなのだろうか?いや、きっと昔の俺が見たら求めすぎだと言うのだろう。あの頃の俺は、徳川家康よりでは無いにしろ、それなりに我慢の人ではあった。

 だが、そんな俺でも目の前であれを見たら、きっと思ったはずだ。ウマ娘のウの字も知らない頃の俺でも、世界で通用すると、確信を持って言えたはずだ。

 

 

桜木「君なら.........!きっと.........!!!」

 

 

 恋は盲目。俺は、君と夢に恋をしていた。理解から程遠い、憧れに近い恋。そんな事にすら、気付けていない。

 だから、君が今、満面の笑みを浮かべている理由を真の意味で理解していない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから今、この王冠から光が消えた事も、気付かないで居た.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「いやー。最高のレースに最高のライブ.........素晴らしかったなぁ」

 

 

デジ「何を言ってるんですかトレーナーさん!!ライブはまだ終わってないですよ!!!」

 

 

桜木「ひょ?」

 

 

 レースは終わりを告げ、ライブも大盛況のまま幕を閉じた。その余韻に浸ろうと伸びをしながら言葉を発すると、デジタルからまだ終わっていないと言われる。

 そして、それを肯定するように、ステージの袖から普通のマイクを持ったマックイーンが出てくる。一体何が始まるというのか.........?

 そう思いながら、俺は観客に対して一礼、ステージの袖に居るであろうウマ娘達に一礼、そして最後に、ステージに対して一礼する彼女を見守っていた。

 

 

マック「本日は御足労頂き、誠にありがとうございます」

 

 

マック「今回のレース.........確かに、[次]に至る実感が沸いた物でした」

 

 

マック「私はこれからも.........強く、名実共に、皆さんと共に[最強]を駆け抜けて行きますわ!!!」

 

 

 観客の声が上がる。感動する者、興奮する者。彼女のこれからに期待する者.........この場にいる全員が彼女に声を送り、彼女はそれに応えてまた一礼する。

 次第にステージの明かりが落ちていき、最終的には暗闇になる。

 

 

『Let's go! start! 駆け抜けて』

 

 

『今のこの時代を』

 

 

『さぁ輝こう もっと果てしなく』

 

 

 歌い出しと共に、彼女にスポットライトが降り注ぐ。そうだった。レコードを取ったレースはその記念に、ソロでのライブが始まるのを、すっかり忘れていた.........

 

 

桜木「そうだ.........もっと、輝けるんだ.........!!!」

 

 

 今でさえ、今まで見た事ないほどの輝きを見せている彼女。その先を求める様に、俺は胸にある王冠を掴む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、それが輝く事は無いというのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........』

 

 

 彼女の晴れ舞台。その栄光の姿を、私は袖て見守っていた。本来であるなら、こんな感情も、そして視界も全て失っていると言うのに、私はこの場に立っている。

 あの時、確かに手を繋いだ。それが[一つになる]方法だと思っていた。

 だけど実際には、再び彼女と同化することは、決して無かった.........

 

 

『.........貴女はもう。[一人で成り立っている]のね.........』

 

 

 世界が認めた。そう言わざるを得ない。彼女は既に、[私]という存在が抜け落ちても、[メジロマックイーン]として成り立ってしまっている。

 だからなのだろう。今更本来の存在と.........いえ、[世界が認めたメジロマックイーン]と、[実際のメジロマックイーン]とでは、大きな差が生まれてしまう。

 そして何より、あの子は私と一つになることを拒んでいた.........

 

 

 これ以上に嬉しい事は無い。あの子の傍で、あの子の成長を見られるのは素晴らしい事だ。

 けれど、それ以上に苦しい事は無かった。今のあの子に、アレを乗り越えられる力は無い.........

 

 

『.........今の私に、貴女を直接助けられる力は無いわ』

 

 

 もし、同化が叶っていれば、[本来のメジロマックイーン]として、強く、気高く、そして前を向いて歩いていけたのかもしれない。

 けれどそれは叶わなかった。[その先に至れる可能性]は大きく削がれてしまった。

 心が壊れてしまうかもしれない。全てに絶望してしまうかもしれない。[単純な生き物だった頃]とは違い、[今のメジロマックイーン]は、私のよく知る人間だ。

 

 

デジ「はっ!もしかしてこのチームの人達のソロを聞ける可能性があるかもしれません!」

 

 

タキオン「次は誰だろうねぇ?」

 

 

桜木「案外デジタルが取ったりしてなー!」

 

 

デジ「えぇ!!?で、デジたんはマネージャーですよ!!?出走登録だってまだしてませんし!!!」

 

 

『.........貴方だけが頼りなのよ?桜木玲皇』

 

 

『だから―――』

 

 

 袖の方から見える観客達。その有象無象の中から、一人の青年の姿を見つめる。

 まだ、[夢から覚めていない子供]。出来ないことと、出来ることの区別が、着ききっていない。

 これから先、どんな困難をも超える、そんな存在になる為に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢を見たければ、目を覚ましなさい.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつか、[獅子王心(ライオンハート)をも超えた力]で、[奇跡を超える]為に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の美しい歌声の終わりと共に、これから先に待つ絶望を見据えて.........私は憂う様に、そしてそれを睨むように、そっと目を細めた.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued

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