山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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ブルーローズチェイサー Lv6→0

 

 

 

 

 

タキオン「.........もう一度、聞いても良いかい.........?」

 

 

 今は晴れだろうか?曇りだろうか?そんな関係の無い思考が無意識に進むのを無理矢理押し止め、普段ならば[スピカ]のチームルームに居るはずの沖野くんの言葉をもう一度促した。

 最初はただの事後報告で言ったであろう彼の表情も、少しずつ苦味を帯び始め、苦しそうな中で何とか言葉を振り絞ってくれた。

 

 

沖野「.........マックイーンは、[繋靭帯炎]になった」

 

 

沖野「これからはもう.........元のように走る事は出来ない.........」

 

 

 まさに悪夢の様な一瞬だった。その言葉を聞いて、この場にいる全員が、目の前の彼の様子と相まって、状況を飲み込んでしまった。

 普段は底抜けの明るさで、難しい事は何一つ分からないウララくんでさえも.........沖野くんの続く言葉で、それを理解してしまった。

 

 

デジ「.........う、嘘、ですよね.........?」

 

 

ライス「デジタルちゃん.........?」

 

 

デジ「だ、だって.........こ、これからだったじゃないですか.........!!?」

 

 

デジ「これからあの走りをGIでも見せて!!!再来年に始まるURAファイナルズで凄いのが見られるって皆「分かってる!!!」.........!」

 

 

沖野「.........そんなの、皆分かってるんだよ.........!!!」

 

 

 余裕のない叫び声が、[レグルス]のチームルームに響き渡った。このチームは、スピカの片割れの様な存在だ。スピカのトレーナーである彼も、マックイーンくんの事で酷く打ちのめされている。

 

 

タキオン「.........ッッ!!!」

 

 

ブルボン「っ、タキオンさん!!!」

 

 

ウララ「どこ行くの!!?」

 

 

 私は、いてもたっても居られずに、扉を乱暴に開け放ち、廊下へと走り出た。沖野くんがこの様子なら、彼はもっと酷い状態になっている筈だ。

 .........私は、運命だとか、神様だとか、そんな非科学的な物を信用しては居ない。そんなものがあるのなら、人間は確率論等を見つける事無く、あるがままに生き、努力も無く決まった道の上を歩けるはずだ。

 だが、私は今奥歯をギチギチと言わせる程に食いしばっている。確率というには、あまりにも出来すぎた展開だ。これからの希望を見せておきながらここで終わりだなんて、まるで下手くそなシナリオライターが運命のストーリーを担当しているようなものでは無いか。

 

 

「なっ!!!タキオンさん!!!廊下を走っては行けませんよ!!!」

 

 

タキオン「っ!丁度良かった!!君も着いてきてくれたまえ!!!これから職員室に用事があるのだよ!!!バクシンオーくん!!!」

 

 

バク「ちょわ!!?それはいい心掛けです!!!では私もお供致しましょう!!!」

 

 

 廊下を走っていると、学級委員長であるサクラバクシンオーくんが私に注意をする為に後ろを追ってくる。正直ありがたいと思った。今の彼に、私は明るく振る舞うという事はできそうにないと思ったからだ。

 彼が来ている事は知っている。メッセージで今日のトレーニングの予定を乗せたということは、今日も彼が私達のトレーニングを見るということだ。チームルームに姿を表さなかったという事は、今彼は職員室に居るということになる。

 そんな目の前の事を詰めるような思考でなければ、今すぐ自分が崩れてしまう。それ程までに、私は今不安定であった。

 胸騒ぎすらしない胸の中、最早自分の中の何かを感じ取れる余裕なんて無いままに、職員室の扉の前まで走り、そして間を感じさせずに私はその扉を開け放った。

 

 

タキオン「トレーナーくん!!!」

 

 

「うお、びっくりした」

 

 

タキオン「.........は?」

 

 

 思わず声の制御を忘れ、思いのままの大きさで彼を呼んでしまった。職員室中のトレーナーが私の方を一斉に見たが、そんな些細な事はどうでも良かった。

 彼のデスク。そこに座って驚く姿は、あまりに日常そのものであった。まるで、何があったのかを知らないように、彼は振舞って見せた。

 突然走った影響か、それとも心的ストレスの影響かは分からないが、今更ながら息が上手く出来なくなる。私は呼吸を整え、彼の方へと歩いて行った。

 

 

タキオン「.........何ともないのかい?」

 

 

「ああ、何ともないよ」

 

 

タキオン「それ、は.........良かった」

 

 

 複雑な感情だ。彼が何ともないならそれに超したことは無い。けれど、私の感情はそれを見て、酷く揺さぶられた。もっと何か、あってもいいんじゃないか、と.........

 別に、苦しんで欲しい訳では無い。悲しんで欲しい訳でもない。そう思っていても、まるでそれを願っていたかのように、私は彼のその姿を想像してしまっていた。

 

 

「そうだ。今日のトレーニングだけど、タキオンはスタミナを中心的に「待ってくれ」.........なに?」

 

 

タキオン「.........[マックイーン]くんは、どうするんだい?」

 

 

「.........」

 

 

 彼女の名前を出したその瞬間。あからさまに彼の身体がピクリと反応を見せた。どうやら、何も知らない訳では無いらしい。

 ではなぜ、ここまで平気で居られる?ここまで平然としていられる?私の疑問が最大限まで高まりを見せながらも、彼から発せられた次の言葉で、見事にそれは沈んで行った。

 

 

「あー、悪いけどさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ、今じゃなきゃダメ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「―――.........」

 

 

タキオン「.........そうか、君は今それを、後回しにするのか」

 

 

 帯びていた熱が、熱源から離されて徐々に冷めていく。そんな感覚が、私の心にしかと感じ取れた。

 有り得ない。そんな言葉が埋め尽くされる。科学者にとって、それは可能性を捨てる言葉だ。絶対に言ってはいけない言葉でありながら、私の彼に対する感情は、それ一色に染め上げられてしまった。

 

 

タキオン「.........邪魔したね。好きに仕事してくれ。もう私からは何も言う事は無い」

 

 

バク「いやー。何があったかは存じ上げませんが、元気そうで良かったですね!」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 職員室を出て、足早に歩く私の後ろを彼女が着いてくる。そんな中で、一つ分かったことがあった。

 

 

 あれは[誰]だ?

 

 

 あれが本来の[彼]なのか?

 

 

 それとも、苦し紛れの[演技]なのか?

 

 

 そんな疑問の中でも、今まで見てきた[桜木玲皇]という物が、[虚像]だと言うことだけは、何故かハッキリと分かってしまった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv6→5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーって、今日のお昼ご飯はーっと」

 

 

 時刻は昼頃。男は弁当なんて作る余裕は無く、適当に買ってきたものを袋のまま三女神の噴水に持ってきて、まるで以前の様にその縁に座って食事を始める。

 味だとか、栄養素だとか、以前までは考えていた事が頭からすっぽ抜けている。買ったものまで無頓着になれるのは、この男は筆に相当興味が薄れている。

 

 

「いただきまーす.........ん?」

 

 

白銀「.........よう」

 

 

 食い物を消費しようと、パンを口に持ってきたその時、隣からそれをとりあげられる。その方向を見ると、いつもの見知った顔が一つ。目の前には二つ現れていた。

 げんなりとしていた。仮面の表情も、心の奥底でさえも、男は今現れた者達に対して、今はいい感情を抱いていなかった。

 

 

「.........何か用?」

 

 

黒津木「何かじゃねぇだろ。どうすんだよこらから」

 

 

「それ、みーんな聞いてくんだよなぁ」

 

 

 どうするも何も無い。そう言って頭を掻き、どうしたものかと頭の中をこねくり回す。出てくるのは中身のない他人事だけ。

 それで目の前のヤツらは納得しないという事は重々承知しては居るが、叩いても振っても、中身がそれしか無いのだ。

 

 

「まぁ、なるようになるしかないんじゃない?」

 

 

神威「.........お前それ本気で言ってんのか?」

 

 

「知らないけど(笑)」

 

 

 他人事。他人事。他人事。どこまで行っても、その言葉が着いて回る。そんなヘラヘラとした思考と表情で男は足元をフラフラとさせていた。

 瞬間。持続する息苦しさと一瞬の強い空気抵抗が襲う。視界は二人の顔から一人の顔へと変わり、フラフラとした足は地面から浮き、更にフラフラとさせていた。

 

 

「.........なに?この手」

 

 

白銀「.........良いのかよ。それで」

 

 

「良くないって言ったら?」

 

 

「何か神様が俺の事を可哀想だと思って、事実だとか解決策を捻じ曲げて用意してくれるの?」

 

 

 恥の多い人生を送ってきた。教養も学も、人並みかそれ以下位のもので、男には自慢出来るものがそれほど無かった。それでも物事の善し悪しは分かる。この現状が良いものだとは思っていなかった。

 だが、良いものでは無いと否定した所でそれが良いものに変わる訳では無い。悪い物の中に居る自覚が生まれて苦しくなるだけで、デメリットでしか無い訳だ。男はもう一度、そこから目を背ける。

 

 

「お前ら良いよな」

 

 

三人「.........は?」

 

 

「だって、横から口出せば俺が動いて解決するって思ってるんでしょ?」

 

 

「ペッパーくんでも雇いなよ。あっちの方が忠実に働いてくれるよ?」

 

 

「[マックイーンの事助けて]って、さぁ?」

 

 

白銀「.........ッッ!!!」バッ!

 

 

 思い切り突き飛ばされる様に、白銀は掴み上げていた男の襟首を離した。これ以上傍に居ては行けないと、その本能が男から放たれる毒を見事に検知した。

 それに倒れること無く、またフラフラとした覚束無い足さばきで勢いを分散させる。その白銀の態度と、他二人の表情を見て、さっきのは図星だったのだと胸の内に悲しみにも似た何かが広がった。

 

 

「.........はぁぁ、アホらし」

 

 

 それだけ言って、男は昼食を入れた袋もそのままに、フラフラと学園の中へと戻って行ってしまう。

 

 

神威「っ、おいこれ!!!」

 

 

「良いよ。どうせ今食っても帰って吐くだけだし。[後が楽なら今辛くても構わない]」

 

 

三人「.........」

 

 

 

 

 

 ―――何もかも捨てようとしながら、何かに囚われたように歩き去って行く桜木の姿を見て、俺達はどっと疲れを吐き出し、噴水の縁に座り込んだ。

 そのあまりの変貌ぶりに、俺達は完全に参ってしまっていた。

 

 

神威「.........こんなつもりじゃ、無かったんだけどな」

 

 

黒津木「ああ.........普通に、慰めてやろうと思って来たのによ.........!」

 

 

白銀「.........」

 

 

 俺は頭を抱え、黒津木はその拳を何度も手のひらに打ち付ける。白銀は、どこか遠くの空を見ているような視線であった。

 どうすれば良い。そんな事すら思い浮かばずに、ただひたすらに、俺達は無力感を噛み締めていた。

 

 

白銀「.........決めた」

 

 

二人「?」

 

 

白銀「俺.........もう、何も言わねぇ」

 

 

二人「.........」

 

 

 それは.........ある意味、英断であった。どう言った理由かは分からないが、今の俺達に、アイツを助けられる事は出来ない。それは今回の事で身をもって知ってしまったからだ。

 

 

 どういう訳か、奴と顔を合わせた途端、同情という感情や、哀れみという感情は空に消え去った。

 

 

 その代わりに、ふつふつと湧き上がってくる黒い何かが心の外側を覆い始め、内側へと侵食し始めた。

 

 

神威「.........クソッタレだな。マジで」

 

 

 そう吐き捨てて、アイツが残して行ったパンをコイツらと分け合うようにして食べた。味はあまり感じられなかったが、何故か悲しい感情が目から少し、溢れ出たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴:失望]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「.........」

 

 

「.........」

 

 

 チクタク、チクタク。時計の針がそんな音をたてる。その音が反響するだけで、他には何も無かった。

 いつもだったら、他の人が居るはずの空間。今はライスと、お兄さまだけだった。

 

 

ライス「.........あの」

 

 

「?どうしたの?」

 

 

ライス「っ.........」

 

 

 机の上に広げられた資料を見ていたお兄さまが、その目をライスに向けてくれた。けれど、それはいつも見てる目より、黒々としていて、なんだか.........吸い込まれる様な怖さがあった。

 聞きたくない。けれど、聞かなきゃ[前に進めない].........[変われない]。だから、ライスは勇気を出した。

 

 

ライス「あの!マックイーンさんの.........こと.........」

 

 

「.........」

 

 

ライス「な、治らないかもしれないけど!一生懸命やればきっと「無理だよ」.........え?」

 

 

「.........[変わらない]よ」

 

 

 その瞬間。今までに無いくらい、胃の中の物が込み上げてくる感覚が襲ってきた。それは.........その言葉は、今までのライスを否定するようなもので、今までの皆の頑張りを、消しゴムで軽く消す感覚みたいで.........苦しくなった。

 

 

 [強制共鳴:苦しみ]が発動している.........

 

 

「俺は、結局あの子を見ていなかったんだ」

 

 

 違う。

 

 

「あの子の[才能]だけ見て、自分の野望を背中に乗せて走らせてただけだった」

 

 

 違うよ。ちゃんとお兄さまは.........

 

 

「.........普通、物語(ウマ娘)ヒーロー(トレーナー)ならさ」

 

 

「ニカっと笑って、ヒロイン(担当)を助ける物なんだけどな」

 

 

 力無い様子で笑う。けれど、心に重くのしかかるのは、確かな苦しみだった。目の前に居る人は、それを感じているはずなのに、笑って過ごしている。

 

 

 今、貴方はどうなってるの?

 

 

 それは、本当の姿なの?

 

 

 本当に、[お兄さま]なの.........?

 

 

 [変わった]。自分の中で、彼の印象が変わってしまった。けれど、それはライスの求めた[変わる]とは、全然違うものだった。

 それを知った時、ライスは込み上げてくるそれを抑え込むのはもう無理だった。あの時だって耐える事が出来たのに.........今は、もう出来なかった。

 ライスを[変えてくれた]。[変えさせてくれた]あの人は、あのお兄さまはもう.........居ない。ううん、そもそも居なかったのかもしれない。そう思ったら.........

 

 

ライス「っ、!」ダッ!

 

 

 絶え間ない減速が掛かりながら、ライスはそこを目指した。そこが、一番安心してそれを吐き出せると思ったから。最後は手を壁に着いて、歩くって言うより、立ちながら這うという方が正しいくらい遅い前進で.........ライスはトイレに入った。

 

 

 

 

 

「.........ありゃりゃ、こんなつもりじゃなかったんだけど」

 

 

 ―――男は出て行った彼女を追うことはせず、頭を少しかいてからまた机の上の資料に目を落とした。

 しかし、この男はそれを承知でそれを見ているのか、それとも男には何かが見えているのか定かでは無いが、それは白紙のプリントであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ブルーローズチェイサー]

 Lv6→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

 窓の外は、あの日からまるで全て変わってしまったかのように、曇りひとつ無い空でそこにありました。

 私は、私をダメにするベッドの上で、ただひたすらにその外の景色をじーっと、眺めることしか出来ない。そんな陰鬱な考えがあろうとも、何故かそれに安心してしまう自分も居ました。

 ベッドの隣にあるナイトテーブルには、読みかけの本。以前までは熱心に、一枚一枚を読んでいたそれも、最早情景など何一つ残ってはいません。

 それに.........今は正直、何か文字を読んでも頭に入ってくる気が、一切しなかったのです。

 そんな時、優しいノックが二回、部屋のドアから響いてきました。私はそれに気付きながらも、何も言うことはせず、そちらの反応をただ待っていました。

 

 

「失礼致します。お嬢様」

 

 

マック「.........爺や」

 

 

爺や「お食事を持ってまいりました。食欲が無いということで、飲み込みやすいお粥を作らせましたので.........」

 

 

爺や「.........何か、食べて下さい。先日は何も食べておりません。これでは脚だけではなく、身体も動かなくなる一方でございます」

 

 

 扉を開け、私の部屋へと食事を乗せたカートを押して、爺やは入ってきた。普段であるなら、それに込み上げる嬉しさを押し殺しながら、食べ進めていた事でしょう。

 スプーンを持ち、器から沸き立つ湯気が鼻を通り、ほのかに香る卵の優しい匂いを感じ取れても、決して食欲は湧いては来ません。

 それでも、生きる為に、私はそのスプーンを―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで[生きる]の?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――っ」

 

 

 その疑問が、概念が、人生を掛けて見つける命題が唐突に語り掛けてくる。物語を描く為に必要なプロット、登場人物、世界観、全ての根底にあるべきはずの答え。その全てに対する解答。

 今までだったら、[走る為]。天皇賞を制覇し、京都大賞典を勝ち切った時なら[彼の為]。けれど今は?今は何をしようとしている?

 

 

 こんな状況になって、今の自分に何が出来る?

 

 

 一番信頼できる[彼]を見失って

 

 

 一番信用していた[脚]を失って

 

 

 [運命]や[幸運]、[奇跡]すらも嫌になって

 

 

 これ以上一体、何を望むの?

 

 

マック「.........いただきます」

 

 

 バカバカしい。理由なんて必要無い。形があるのなら後から意味がついてくる。この[呪い]も、失った[全て]も、後からきっと説明出来るようになる。

 そう思いながら、味気のないお粥を口に入れ、私はそれを無理やり、喉の奥へと送って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

 薄暗い部屋の隅で、もういつからいつまでそこで座り込んでいるのか分からなくなるくらい、男は.........

 

 

???「.........」

 

 

桜??「.........」

 

 

桜木?「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 俺は、時間を食い潰すかのようにそこに居た。ただ何をするでも無く、ただ何を望むでもなく、何かに怯えるように膝を抱いて、薄暗い、肌寒い部屋の中で一人居た。

 

 

桜木「.........なんで、あんな事したんだ」

 

 

 自分の中に居る[何か]に問い掛ける。俺の身体を使い、楽にしてやると言ってくれた存在。蓋を開けてみれば、チームを分断していると言わざるを得ない事をしている。

 タキオンの事も、あの時素直に分からないと言えばよかった。ライスの事も、あの時素直に弱音を吐けば良かった。わざわざ格好付ける必要がどこにある?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、それがお前の求めた[お前]だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........違う」

 

 

 お前は英雄(ヒーロー)になりたかった「違う」

 お前は主人公(ヒーロー)になりたかった「違う」

 お前は.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [桜木 玲皇(ヒーロー)]になりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 胸の奥で、[仮面]を付けた存在が、俺に対してそう言った。そしてそれを、俺は否定する事なんて出来やしなかった。

 俺は英雄(ヒーロー)なんかより、その傍でその活躍を見て、英雄譚を語る様な自由気ままな吟遊詩人になりたい。

 俺は主人公(ヒーロー)なんかより、それを遠巻きで見て、それに密かに憧れを持つようなモブキャラでありたい。

 けれど、[桜木玲皇]は.........俺の望む、理想の自分だけは、正にこの存在の言う通り、なりたくてなっていただけだった。

 

 

 苦しみや悲しみ。それらを押しのけて、どす黒い感情の渦が心の内で巻き起こる。俺さえ居なければ、俺が、[俺を望まなければ].........俺が.........トレーナーに.........ならなければ.........

 

 

桜木?「.........」

 

 

桜??「.........ハハ」

 

 

???「昼飯、食ってなくてよかった」

 

 

??「.........正直、吐きそうだ」

 

 

?「.........はぁぁぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、なんで生きてるんだろう.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ生きているか。いや、生きているなら俺は前に進める筈だ。けれど、俺は死んでも居ないのに立ち止まっている。

 [物語]の[最終回]一歩手前で、それを見たくないが故に、次の回を再生出来ないでいる。昔から、そういう終わりが好きじゃなかった。

 ならばどうする?今更この[仮面]を外して皆に見せて、本当の俺はこんなにも弱くて脆くて卑屈で奥手で臆病でどうしようも無い自分の事しか見る事が出来ない自己中心野郎だって言うのか?

 

 

『今の俺は、奇跡だって超えてるんだぜ?』

 

 

「.........何が超えてるだ」

 

 

「.........起こすことすら、出来やしないじゃないか.........」

 

 

 そんな弱い自分を受け入れてくれるはずが無い。今まで散々、自分でも無意識の内に強がってしまっていたんだ。それが俺だって、皆思って着いてきてくれた。

 だから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [桜木 玲皇(本当の俺)]を、受け入れてくれるはずがある訳ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........助けてくれ、なんて。都合がいいよな.........」

 

 

 俺の付けた[仮面]は、周りを拒絶し始めた。周りと関わるより、一人の方が救われる。確かに、俺の心はその負の感情全てを一点にぶつけられるという点では、救われていた。

 それでも.........それでももう、俺は.........限界だったんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........』

 

 

 夢が、壊れて行く。そんな感覚が、彼女を通じて私にも伝わってくる。恐れていた事が、起こってしまった。

 いや、違う。それ以上の事態が起こっている。私が居れば、彼が居ればと考えていたけど、どうやらそれは、甘かったみたい。

 

 

『.........秋の空模様は変わりやすい、とは良く言うけど』

 

 

 今の私は、[独りぼっち]だ。彼女に姿が見られなくなり、ほとんど眠らなくなった彼の夢に現れる事が出来なくなった今。私の存在を肯定するものは、どこにもいなくなってしまった。

 肌寒い。というのは憶測であり、私にはそれを感じ取れる器官は備わっては居ない。この時期の夜は冷え込みやすいと記憶にはある。それでも、こうして空に手をかざして、星々にこの思いを聞いて欲しかった。

 

 

『この時期の雨は.........堪えるわね』

 

 

 雨なんて、降ってなどいない。あの日からは一切、そう。全てが[終わった]と言うように、あれから雨どころか、雲ひとつない晴天だった。

 星々の灯りが、嫌という程に降り注ぐ程に。それを雨と言われれば、雨なのだろう。そんな事を言う人物は、相当なロマンチストだ。

 .........けれど、あながち間違いではないかもしれない。

 

 

 夢の輝きは、星の光に良く似ている。

 

 

 誰かの辿った道筋

 

 

 その星が放つ光年の旅路

 

 

 どちらも、その時目の前で見ていなくても、目に見える物

 

 

 そして、その終わりも良く似ている。

 

 

『.........星が無くなっても、光は絶え間なく宇宙を突き進んで、私達の目に映る』

 

 

『その時にはもう、その星は無くなっているのかもしれないのに』

 

 

 夢物語も、それと同じ。誰かが死ぬまでに辿って、成功を収めた伝記小説。もうその人は居ないのに、その光に魅入られて、その物語を[食い物]にする。

 

 

 どんな事が起ころうとも、[もう一人]なんて存在しない。例えそれが、その[生まれ変わり]であったとしても、同じ道を辿らせるなんて面白味も無い。

 

 

 [最高のステイヤー]。[退屈な程に強い存在]。私が目指した訳ではなく、[目指させられたもの]。事実、その当時は、人々の記憶の中で私は最強だった。

 

 

『.........本当、滑稽よね』

 

 

『こうやって語れる存在になった途端、[人間]と同じ様に、アレらがした事と同じ様に.........』

 

 

『私も、彼女の背中に[夢を乗せていた]だなんて.........』

 

 

 野望、願望、欲望、その全てを乗せ、私はその先を願った。かつて到達出来なかった場所に、行けるかもしれない、と.........

 本当に、自分が滑稽で仕方が無い。一体どの口が.........[夢を見たければ目を覚ませ]だなんて.........

 

 

『.........夢を覚ますのは、私の方じゃない』

 

 

 [物語]は終わりを告げた。[メジロマックイーン]という名の、[一匹の競走馬]としての[物語]。

 けれど彼女は[一匹]では無い。[一人]ではあるけど、決してそう数えられる存在では無い。

 ならば、その[可能性]を信じるしか無い。[一人の競走バ]として、これから先に紡がれる[可能性]。

 かつて、その伝記を見た誰もが思い描いたもしも(if)の物語。二次創作(ありもしない妄想)を、本編(現実)にできるこの世界。

 

 

 [夢を見るには目を覚まさないといけない]。その為にはまず、[何か]を諦めなければ行けない。

 

 

『.........もう、それを目指さなくても良いわ』

 

 

 私が諦めるもの。諦めたと思っていたけど、心の底では諦めきれなかった人々の希望。それは.........彼女に背負わせるには過ぎたものだったかもしれない。

 だから、もうそれは追わなくてもいい。負わなくてもいい。だから、終わらないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [海の果てに名を轟かせる]のは、諦める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、もう一度.........

 

 

『.........私も、[あの人]みたいに大人だったら、すっぱり諦められたのかもしれないわね』

 

 

 [退屈なほどに強い]。それを示すことが出来たのは、私と、[もう一人]の人間。彼もまた、私と共にその先へと行きたかったはずの存在。

 .........けれど、彼女と彼は、そんな私達とは正反対。[全く退屈しない]。それでいて、[強い]。彼等彼女らの織り成す物語は、[私達]をなぞらえながら、それを[超える物語]。

 .........だから、まだ、諦めきれないのかもしれない。

 

 

『本当、いつになったら止んでくれるのかしら.........』

 

 

 星の灯りが降る夜。その光を受けながら、私は地面に落ちていくその水滴を、強がって見て見ぬふりをしてしまった.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued

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