山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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GOO 1st.F∞; Lv6→0

 

 

 

 

 

 時計の針が鳴り響く。秒針が進む度に、それは同じ強さ、同じ音程で等間隔に響かせてくる。

 時間と言う概念は恐ろしいものだ。ある時は一分が十秒に感じられ、ある時はそれが一時間にも感じられる。今の私は.........

 

 

タキオン「.........ライスくんは?」

 

 

ブルボン「.........体調が悪いと、授業の方も休まれているそうです」

 

 

タキオン「.........そうかい」

 

 

 明らかに、後者の方だ。この苦痛にも似ない、持続的な苦しみの時間から早く抜け出したいと言うのに、私の体感時間はそれを長々と感じさせてくる。

 昼頃のチームルームでは、ライスくんと彼の姿が無いだけで、他はいつもと変わりのないメンバーで形成されている。

 

 

デジ「.........大丈夫でしょうか」

 

 

タキオン「心配は.........ある」

 

 

 無いだなんて、そんなこと言えるわけが無い。このチームのエースであるマックイーンくんにあんなことが起こった手前、何が起きても不思議では無い。

 今度、彼女達のお見舞いにでも行こうか。その場合は何を持っていけば良いだろう?二人とも甘い物が好きだったから、沢山スイーツを買ってあげれば、きっと喜んでくれるに違いない。

 

 

タキオン「.........何を、考えているんだ?」

 

 

三人「え?」

 

 

タキオン「!すまない、私とした事が.........どうやら言葉にしてしまっていたらしい」

 

 

 気疲れか、はたまた心的ストレスの影響か。そんな度胸も無いくせに良くもぬけぬけと、ライスくんは兎も角、彼女が[繋靭帯炎]を発症した時、傍に居れなかったのは、私達が彼の意見に賛同しなかったからではないか。

 

 

ウララ「.........ねぇ、タキオンちゃん」

 

 

タキオン「?.........なんだい?」

 

 

ウララ「マックイーンちゃん、タキオンちゃんのお薬で治せないかな.........?」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 切実な願いだ。彼女はその純真さで、私が何でも作れる科学者だと思っている。ハッキリ言ってしまえば、それは不可能だ。

 .........だが、それを言ってしまえば、それが本当になってしまうような気さえした。ならば、どうする?勢い良く、[できる]と公言して見せるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [彼]の様に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「―――その解答は、またの機会にしてもらいたいね」

 

 

ウララ「.........うん」

 

 

 今この場で、その答えを出す事は出来ない。現実を受け入れて[諦める]か、夢を見て[嘘を語る]か、なんて.........私には到底、選び抜ける物では無かった。

 

 

タキオン(.........君は一体、何をしていると言うんだ?)

 

 

 そんな中で、未だに[虚像]のままで居る彼の姿が心の中に映し出される。何でもできる様な笑顔を見せておきながら、今この状況においては、嫌悪せざるを得ないそんな顔を.........私に晒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv5→4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダスカ「アンタ、どういうつもりよ」

 

 

「.........えぇ?」

 

 

 廊下を歩いていた。男は書類を片付けて、適当に時間でも潰そうかとしていた。その矢先に、またもや面倒臭い顔ぶれが三人。目の前に現れてきた。

 ダイワスカーレット。ウオッカ。そしてゴールドシップの三人が、今は男の前に立ちはだかっている。

 その目の前に居る存在達の顔を十分確認した後、男はため息を吐いて素通りしようとした。

 

 

ウオッカ「ちょ、ちょっと待て!!!」

 

 

「なに?」

 

 

ウオッカ「何って、何もしねぇのかよ!!!」

 

 

「何もしない」

 

 

 会話はこれで終わった。そう思ってまた前へと歩き出す。それが本当に前なのか、なんて家だったら思い浮かぶ哲学にもならない思考も、今は沸かなかった。

 それでも、その前進を止めるように、男の肩に手を置く存在が居た。少し力の入れられたそれに、 男は痛く思いながらも、その痛みがどこか罰のようで、ありがたみを覚えていた。

 

 

ゴルシ「.........それで、良いのかよ」

 

 

「ああ」

 

 

ゴルシ「前に言ったよな。アタシはおっちゃんだからマックイーンを頼んだって」

 

 

「.........あ〜、そんな事もあったっけか。懐かしいなぁ〜」

 

 

 それは、かつて彼女がスランプに陥り、周りからやはり素人出の[トレーナーもどき]だとまた言われ始めた時期だった。それに乗じて、一人の男が、メジロマックイーンの契約を奪い取ろうとした事件。

 あの時は、喝を入れられて我に返った。自分の特等席は譲りたくないと、思い直した出来事だった。

 

 

 けれど[映画(物語)]は終わった。

 

 

 終わったのなら[観客席]から立たなくてはならない。

 

 

 エンドロールは見る派だが、生憎時間が押している。

 

 

 立たない理由の方が見当たらない。

 

 

「まぁ、今度こそお前の見当違いだった訳だ。眼科行ってメガネ作ってもらえ」

 

 

「視力10.0に見合うメガネをな」

 

 

ゴルシ「.........っ」

 

 

 それでも、ゴールドシップはその手を離さない。何にしがみついている?何を諦めきれないでいる?

 その横から、ダイワスカーレットがずいっ、と現れる。またかと思い、今度はため息を堪えながらその顔を見た。

 

 

ダスカ「どうして、そんなに平静で居られるのよ.........!!?」

 

 

「平静.........平静ねぇ」

 

 

「じゃあ逆に聞くけど、俺がぶっ壊れたら彼女が戻ってきてくれるのかな?」

 

 

「正気を失って理性がぶっ飛んで車に轢かれでもしたら奇跡が起こって彼女が復活!レースに復帰!皆が幸せ大団円!ってさ」

 

 

ダスカ「そんな事言ってな「そうでしょ?」.........」

 

 

 男は、至極冷静だった。冷静に狂っていたが、周りはそれ以上に狂い始めた[物語]に夢中になって、男がそうなっている事に気が付いていなかった。

 だが、今こうして目の当たりにしている。嫌という程に、男が壊れかけているのだと気付かせてくる。

 

 

ダスカ「なんで.........そんな事言うの.........?」

 

 

「なんで?なんでかな、分かんないや。はは」

 

 

ダスカ「っ.........!!!」ダッ!

 

 

「.........ありゃ、またやっちゃった」

 

 

 またやった。けれどそれを改めるつもりは男に毛頭ない。そういうつもりでやった訳では無いが、それならそれでいいとすら思い始めている。

 ただ走り去るダイワスカーレットの背中を見つめていると、それを追うようにゆっくりとその背中を見せるウオッカが現れ、やがて男にその顔を見せた。

 

 

ウオッカ「.........サブトレーナー」

 

 

「ん?」

 

 

ウオッカ「今のアンタ、オレが見てきた中で一番ダセェよ」

 

 

「そりゃ良かった。こうならないよう精進しなよ」

 

 

 何のためにそれを言ったのか、男は理解出来なかったが、少なくとも反面教師になれたことは誇りだと思った。ウオッカがそれを聞いて、舌打ちして去っていったのを見て、それで良いと微笑んで見せた。

 それでもまだ、一人は去ってくれない。あれほどの事を言ったのに、ゴールドシップだけは未だに、男の肩を掴んで離さずにいた。

 

 

「何さゴールドシップ。まだ俺に何か「アタシは」―――?」

 

 

 言葉を遮られる。先程まで男はげんなりとしていたが、それも一瞬で様変わりした。彼女の様子が、いつもと違ったからだ。

 覚悟を決めて、何かを決心した。顔は俯いていたが、それでもその気迫は、何かの決断を下したものだと悟った。

 

 

ゴルシ「アタシは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来から来たウマ娘だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「これまで、何が起こるのか全部知ってた。テイオーの骨折も、マックイーンの繋靭帯炎も」

 

 

ゴルシ「けれどそんな未来から来たアタシでも、テイオーが菊花賞に出られるなんて思わなかったし、ブルボンだって怪我すんのはジャパンカップの直前だって聞いてた」

 

 

 

 

 

 ―――これは、正直賭けだった。もし、アタシが未来から来たと言っても、真剣に言えばおっちゃんには、信じて貰えると思ったからだ。

 今目の前に居るのは、皆はおっちゃんとよく似た奴だと思うかも知んねぇけど、紛れもなく[桜木玲皇]だ。この妙な世捨て人みたいな感じの方が、アタシにとっては見慣れた奴だった。

 

 

ゴルシ「良いか、よく聞け―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マックイーンの繋靭帯炎は治る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「正直それがどんな方法かは知らねぇけど、確かにあるんだ.........!」

 

 

 肩に置いた片手。それを両手にして、今目の前に居る奴に訴えかけるように揺らして語る。

 ここまで言った。言う事は言ってやったんだ。きっとこれでおっちゃんも.........

 そう思ってアタシはその顔をあげた。けれどそこには.........

 

 

「.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「.........は?」

 

 

 冷たい目をした、アタシの[知らない存在]が、アタシを見下すようにして見下げていた.........

 

 

「.........これ、あのバカ共にも伝えたんだけどさ」

 

 

「ペッパーくんに頼めよって。俺は無理だよ」

 

 

ゴルシ「何、言って.........?」

 

 

 

 

 

 ―――希望の抜け殻。今、目の前に居る顔を一言で表現するなら、それが一番似合うと男は一人、他人事の様な心で決め付けた。。

 正直、もう。真実とか未来とか、どうでも良くなっていた。彼女が治るのならそれはそれで良いとさえ。しかし、その隣に男はもうきっと居ない。

 

 

「皆知らないかもしれないけどさ」

 

 

「俺、マックイーンに嫌われちゃったんだよ」

 

 

ゴルシ「.........っ!」

 

 

 何の気なしに、男は悲しく微笑んだ。その顔を見て、その肩を掴んでいた彼女も、力が抜けて行くように、スルスルとその手を重力に従わせ、やがて両手の指先が地面へと向いて行く。

 

 

「.........期待、裏切っちゃった?」

 

 

ゴルシ「.........もう、いい」

 

 

ゴルシ「頼むから.........その顔で、その声で.........喋んな」

 

 

 まるで異物を拒絶する様に、ゴールドシップは最初に男がしようとしたように、フラフラとその横を素通りしていく。男は彼女がした様にそれを止める事無く、彼女が去っていくのをただただ見送った。

 

 

「.........難しいな。台詞に心を感じるのは得意だけど、生きてる存在とはどうも相性が悪い」

 

 

 

 

 

ウオッカ「おい!!!待てよスカーレット!!!」

 

 

 ―――サブトレーナーの奴から離れて、アイツはなりふり構わず前へと歩いて行った。いつもみたいな猪突猛進的で、力強い前進だったけど、なんだか、強がっているようにも見えた。

 

 

ダスカ「.........ウオッカ」

 

 

ウオッカ「!な、なんだよ.........?」

 

 

 そんな最中、コイツはいきなり立ち止まった。背中を向けて、俺の名前を呼んできた。少し震えの混じったそれを聞いて、思わずその意味を聞いちまう。

 

 

ダスカ「.........アイツの言った通りよ」

 

 

ウオッカ「.........へ?」

 

 

ダスカ「なんで、マックイーンがあんな事になったのに、アイツは苦しまないんだろう、悲しまないんだろう.........って」

 

 

 声の震えが伝染るように、スカーレットはその身体を小刻みに震わせた。俺がその肩に手を掛けようとした時、その手が触れる前に、コイツは.........俺の方を振り向いてきた。

 その目には、大粒の涙が溜まっていた。普段、どんなに悔しい事があっても、持ち前の負けず嫌いと根性で泣く事も、目に涙を貯めることも無いコイツが、顔をクシャクシャにして、必死にそこから涙を流さないようにしてた。

 

 

ウオッカ「お前.........」

 

 

ダスカ「けれど.........アイツは.........サブトレーナーはちゃんと.........苦しんで、悲しんでた.........!!!」

 

 

ダスカ「それなのに.........アタシ.........アタシ.........!うぅ、うぅうぁぁああぁぁあああん!!!」

 

 

ウオッカ「.........っ」

 

 

 自分の言った事を思い出したのか、スカーレットは我慢していた涙を堪えきれずに、大声をあげて泣き始めちまった。いつもだったらしっかりとその足で立ってるのに.........力無く、その場に両膝を着いて、わんわんと泣いている。

 

 

ウオッカ「.........俺、さ。サブトレーナーに、見てきた中で一番ダセェよって言ったんだ。お前を追う前に.........」

 

 

 俺だって、そんなことを言うつもりは無かったんだ。落ち込んでたり、塞ぎ込んでるんだったら、喝でも入れてやって気合い入れ直したら、元のサブトレーナーに戻るんじゃねぇかって.........

 けれどそれは.........俺の願望だった。きっと、心の奥底では落ち込んでいて欲しいって、塞ぎ込んでて欲しいって、どこかで思ってたんだ.........

 

 

ウオッカ「.........確かに、今まで見てきた中で、今のサブトレーナーは一番ダセェ奴になっちまってる」

 

 

ウオッカ「けど.........!!悲しんで欲しいとか落ち込んで欲しいとか!!!そうであって欲しいって思っちまってる俺が.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一番ダセェ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 握り拳を作って、堪えるところまで堪えてみたけど、結局それは、俺の目からも溢れ出てきちまった。それを力強く拭って、何とかスカーレットの奴を立たせてやる。

 

 

ウオッカ「行こう.........正直もう、俺達は何も出来ねぇ.........」

 

 

ダスカ「うん.........」

 

 

 いつもと違って、力の入らないスカーレットの肩を抱きながら、俺はこの場を離れて行く。その胸に、ちっとも小さくない後悔を抱きながら.........

 

 

 [強制共鳴:後悔]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「ハァ......ハァ.........」

 

 

 日常生活のリハビリも終え、私は今、距離適性の再構築をしていました。この身体は一度鍛え上げられ、並のステイヤーとも競え合える力を手に入れることは出来ましたが、本質はスプリンター。感覚的には、既にマイル距離を走るのが精一杯の所まで落ちぶれています。

 身体から溢れ出す汗が急激に冷え、少しの気持ち悪さと寒さが感じられます。流石に久々で、思うように身体は動いてはくれないようです。

 

 

ブルボン(水分補給を.........?)

 

 

「ん」

 

 

 顎から伝う汗を袖で拭っていると、目の前にスポーツ飲料の入った水筒が現れました。顔を上げると、マスターが無表情で私の方を見下ろしています。

 その表情の虚ろさに、少しの恐怖を感じ取りながらも、私はそれを手を伸ばして受け取りました。

 

 

ブルボン「.........水分補給完了。ありがとうございます、マスター」

 

 

「まぁ、これしか出来ないから」

 

 

 [これしか出来ないから]。普段であれば、気にもとめない様な彼の口癖。けれど、今の彼からは、その言葉以上のものや行動は、一切うかがえません。

 以前は.........[これしか]の部分を広げていこうという努力を彼から感じられました。けれど今は、停滞している。

 勿論。その原因がマックイーンさんの事であるのは百も承知です。きっと、彼女以外の人の言葉や、自分以外の答えでは、立ち直る事は出来ない。

 そう思い、私はそれに関して口を開く事はしませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........なぁ、ブルボン」

 

 

ブルボン「?なんでしょう、走行フォームに何か不備が?」

 

 

「いや。そこは良いんだ。久々に走ったのに良いフォームしてると思う。そうじゃなくて.........」

 

 

 彼は、私が先程走り終えた長距離。2800mのデータを見て、そう言いました。その顔は、そのデータがまとめられたプリントを挟んだバインダーによって、私からは見えなくなっています。

 けれど、その声は別に起伏も無い、何の感情も無い物ですが、何故か不安に駆られます。

 そこから先を言いづらいのか、空いた片手で頭を搔く彼を見ながら、私は彼の言葉を待っていました。

 

 

「あのさ。提案なんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――中長距離やめない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........あ、の......言っている.........意味、が.........?」

 

 

「その通りに受けとってよ。難しく言ってないよ」

 

 

 いつもの口調で、まるで日常の一コマの様に、彼はそう言いました。その事実を、私はは受け入れられないでいる。

 難しい事では無い。彼の言った通り、その言葉の意味は理解はしていました。理解しているからこそ、彼がなぜ、そんな事を言うのかが.........理解できませんでした。

 

 

ブルボン「なぜ、ですか.........?」

 

 

「なんでって、怖いでしょ?ケガ。俺も今回の件で改めて身に染みたよ」

 

 

ブルボン「っ.........」

 

 

 怖い。それは、否定する事の出来ない上に、根拠としては成立してしまう程の信憑性のある感情。それを否定しようとして、出来ないから言葉が詰まる。

 ケガは怖い。怖い上に、痛みを伴います。それは私も経験しているから、良く分かります。

 

 

 けれど.........

 

 

 けれどそれでは.........

 

 

 私の夢は.........?

 

 

ブルボン「.........私の夢は、ライスさんともう一度走る事です.........!」

 

 

「併走すればいいんじゃない?」

 

 

ブルボン「れっきとしたレースで!!!公式のレースで!!!彼女と共に私は走りたい!!!その夢を否定するのですか!!?マスターッッ!!!」

 

 

 握った拳の内側がギチギチと音を立て、じんわりと痺れと熱を広げていきます。頭の思考回路はぐちゃぐちゃで、口の中はカラカラ.........時折、鉄の味を混じらせながら、私の状態を自分の身体に知らせていきます。

 今まで、こんな声を出したことはありませんでした。高ぶった熱と共に、呼吸と共に、全てが肺から出て行きそうな感覚に陥り、必死に全てを吐ききらないよう呼吸をします。

 

 

「否定はしない。けれど物事には必ず[結論]があって、[結論]には必ず[要因]がある」

 

 

「君はよく頑張った。けれどリスクを承知でなんて、そんなの[バカ]のすることだよ」

 

 

ブルボン「っ.........[バカ]のすること.........!!?」

 

 

 彼は、悪びれる様子も無く、淡々と。簡単に言ってのけました。

 頭に血が上る。今までのこの短い人生で、一体何度この表現が当てはまる状態になったのか、分かりません。けれど、今の自分はまさにそれだと、目の前の事に全神経を向けている自分と、俯瞰的に見ている自分が現れます。

 それは、その言葉は、私のこれまでのレース人生を否定する言葉でした。それを肯定することだけは.........絶対に出来ません。

 

 

ブルボン「では.........マスターは、貴方は.........!今まで私の事をバカにして居たのですか!!?」

 

 

「そうは言ってない。[いい夢を見させてもらった]よ」

 

 

「けど[夢は夢]だ。現実と向き合う時間も、人生には必要だ」

 

 

「[誇り]や[夢]でお腹が満たされるなら、良いんだけどな」

 

 

 .........変わってしまった。

 

 

 いえ、[歪んでしまった]と言うべきかも知れません。

 

 

 その歪んで、尖った言葉が、まるで私の心をピンポイントに捩じ込まれていく。胸が焼けていく様に、苦しい何かが広がって行きます。

 

 

ブルボン「.........[落ちこぼれだって必死に努力すれば、エリートを超えることがある].........」

 

 

ブルボン「貴方のあの言葉も.........嘘だったのですね.........!!!」

 

 

「.........弱ったな。それは嘘だった訳じゃないんだけど」

 

 

 自分の持っているバインダーを私と彼の間からようやく無くし、その表情を見せました。

 とても、悲しい。とても息苦しい。彼の表情からは、申し訳なさが一面敷きつめられた様に見え、それでいて、目は虚ろ。それではとても、それが本物であるとは言えない。

 

 

「.........でもなブルボン」

 

 

「[努力]じゃどうにもならない事だって、世の中にはあんだよ」

 

 

 そんな事は知っています。いくら努力をしても、人間はその身一つで空を飛ぶ事は叶いませんし、どう頑張っても宇宙の向こうまで行けません。

 けれど、その努力は必ず他の箇所で実を結びます。その努力が、夢へ到達することは出来ずとも、その夢の隣に立てる所まで行ける事だってあります。

 

 

 それでも.........この人は.........

 

 

「[努力]が[才能]を上回るなんて、ありえない話だよ」

 

 

 やめてください

 

 

「それに、ケガをしたら[努力家]も[才能持ち]も関係ないよ」

 

 

 やめてください.........!

 

 

「君は[努力]の人だよ。これからの人生、楽しく平和に、痛み無く生きたいなら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[無駄な]努力は止めといた方がいいよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴:拒絶]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無駄な努力。

 

 

 一体、何が無駄なんですか?

 

 

 何が、無駄だったんですか.........?

 

 

 私が今までしてきた中で、そんなもの一つもありません。

 

 

 貴方が私にしてきてくれたもので、そう呼べるものは何一つありません。

 

 

 ならば、貴方は一体私にいくつ、貴方にとっての無駄を押し付けてきたのですか?

 

 

ブルボン「.........許容、出来ません」

 

 

「え。俺何か間違ったこと「言ってません」.........だよね?」

 

 

ブルボン「正しい事は素晴らしいと思います。ですが、かつての私の夢は、そこから一番外れていたものです」

 

 

ブルボン「それを蔑ろにして、今を見ることは.........私には出来ません」

 

 

 ここまで来たのは、間違いなく[彼]のおかげ。[無敗の三冠バ]という途方も無い、周りに言えばバカだと言われ続けた夢を追い、そして敗れたあの日。

 けれど、ただ失った訳では無い。最後の最後で、その夢より素敵で、もっと綺麗な物を見つけられたのも、[彼]が居てくれたからこそ.........

 

 

 けれどもう。

 

 

 その[彼]は、どこにも居ない。

 

 

 目の前にはもう、見当たらない。

 

 

 それはまるで、人形の様に生気の無い顔で、私をじっと見ている。

 

 

 それが.........

 

 

ブルボン「.........[トレーナー]。今後はもう、私のトレーニングを見て頂かなくて結構です」

 

 

「え?」

 

 

 それが、[彼]だった何かだと、私は認めたくない。

 

 

ブルボン「チームは辞めません。ですが、今の貴方の言う事を聞くつもりもありません」

 

 

ブルボン「これからは、以前の様に一人でトレーニングを構築していきます。今までお世話になりました」

 

 

「.........〜」ボソッ

 

 

 彼から顔を背け、私はそのまま歩きました。前へと、次へと進む為に、その二本の足を動かしました。

 土を踏み、腕を振って前へ。唇を噛み、悲しみに目を向けずに前へ。私にはもう、進むしか[彼]が残した物を持っていく方法が無いのです。

 

 

 だから、今はただ。[ごめんね]と呟いた[彼]の事を、蔑ろにするしか、ありませんでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [GOO 1st.F∞;]

 Lv6→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぶッ......うぉ゛げッ゛......う゛ぉお゛ごほっ゛.........」

 

 

 胃からせり昇ってくる感覚。それは、仮面をつけていたとしても慣れることは無い。逃れる事は出来ない。

 家でしか吐き出さなかった筈の、最早習慣と化した嘔吐は遂に、学園でも顔を見せ始めた。

 

 

「ゲホッ、カホッ.........おかしいな、何とも思ってないんだけど」

 

 

「.........もしかして、[こっち]の罪悪感が結構反応しちゃってる感じ?」

 

 

 袖で口元を拭いながら、トイレの洗面器に着いている鏡に映るそれに問いかける。反応は普通無いはずだが、それでも男には、顔を顰めたように見えた。

 

 

「そう怒んないでよ。よくやってる方じゃん」

 

 

「信頼信用してきた無敵の相棒を失い自暴自棄。手や声を張り上げてない時点で優しいよ。良かったね」

 

 

 生気の無い顔で笑う男。対照的にその右手には握り拳が作られる。限界以上まで力が入っているのか、ギチギチと震えを見せているが、男は左手でその上に覆い被さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった一声。たった一言で、その震えはピタリと止み、拳は開かれていく。拳だけではなく、不思議と周りの空間も、嫌に静かになっていた。

 

 

「ごめんね。でも今の君が表に出たらそれこそ大変だ」

 

 

「もしかしたら、気が動転して担当に酷いことしちゃうかもしれないよ?」

 

 

「だから、ね?大人しくしてよ?」

 

 

 それっきり。数秒経てば問題無しと判断され、その右手に優しく乗せられた左手は、ゆっくりと離れて行った。

 男はその様子を見て、一息ついた後に蛇口を捻り、自分が出した物を綺麗に洗い流して行く。

 

 

「[久方ぶり]だな。こんなに生きた感覚。あの頃ほど生きてる実感は薄いけど、死んでる感覚も薄いから良いね」

 

 

「.........ん?ああ、汚しちゃってごめんね。うん。[僕]は大丈夫だよ。なんせ―――」

 

 

 まるで何かに話されたように受け答えをし、まるで人を労わるかのようにその洗面器を撫でる。

 目を細めて、もう一度男は鏡を見る。そこには確かに[桜木 玲皇]の姿が映し出されていたが、男の目には次第に、[かつての姿]が映し出されていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[獅子王心(ライオンハート)を持つ者]って言われた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[白バの王子様]だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御伽噺である筈の存在。それが映る鏡を見て、男は軽蔑する様な笑みを浮かべた。その名を語る時も、どこが皮肉めいていた。

 

 

 それでもまだ、目覚める事はなかった。

 

 

 [桜木 玲皇]は未だに、その目を覚ますことはない。

 

 

 夢からまだ、覚めてはいない。

 

 

 [一等星の鼓動]もまだ、生まれてはいなかった.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued

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