山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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ワクワククライマックス Lv6→0

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 今日も、いつも通りの一日が過ぎた。これで良い。これが幸せなんだ。これが本来あるべき日々なんだ。そう思いながら、窓に浮かぶ星空をふと見上げた。

 

 

 水滴の落ちる音が響いた。その音を皮切りに、今まで何も存在していなかったはずの音が、叩き付けるように聞こえてくる。

 窓の外は晴れているのに、窓には大量の水滴が付いているように見える。そして、それは俺の身体の写しのように、俺の身体には大量の汗が吹き出し始めた。

 

 

桜木「っ、切り替えなくちゃ.........!!」

 

 

 体が条件反射を促す様に、テーブルに置いてあるタバコのパッケージを掴んだ。その中から一本取り、口に咥えてライターで火を灯す。

 部屋の灯りは、それ一つだけ。胸に広がる苦しみは、煙のせいなんかじゃない。けれど、そう思わなくては、生きては行けない。

 灰皿の上に灰を落とす。怠惰の証である埋め尽くされた灰皿の吸殻の上に、音も無く灰は落ちた。

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 まだ大分吸える。その一本のタバコの灯を擦り消した。部屋の灯りは消え、現実と夢の境目は姿を消した。

 その場で膝を抱え、うずくまった。どんなに切り替えようと、忘れようと、この気持ちが消える事は、おそらく無い。

 音もなく、水滴が落ちた。ズボンに染みを付けながら、子供のように声を押し殺し、そのまま朝を迎えた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........」

 

 

 静かな空気。それが痛いほど肌に突き刺さってくる。そしてその痛みが、私を思考という妄想の世界から、予定という現実へと考えを引き戻して行く。

 実験室。私の目の前には、先日からまた一人居なくなったいつものメンバー。ハルウララくんと、アグネスデジタルくんが、静かに座っていた。

 

 

ウララ「えっと、ブルボンちゃんは.........?」

 

 

タキオン「.........自主トレーニング、と言っていたよ」

 

 

デジ「え?」

 

 

 ここに来る前、偶然彼女と会った。そこで会わなければ、ここに来て話すつもりだったらしいが、私に伝言を伝え、そのまま自主トレーニングへと行ってしまった。

 チームが完全に分断されている。その原因は他でも無い。[奴]だ。もはや、彼と呼ぶことすら私の中でははばかれる。

 

 

 疑問の声を上げたデジタルくんは、その後に奴はどうしている?と聞こうとしたのだろう。それを予測して、私は彼女を睨みつけた。そんな簡単な問題、今更問われても困る。

 

 

ウララ「.........トレーナー」ボソッ

 

 

タキオン「っ、今。その言葉を言わないでくれるかい.........?」

 

 

ウララ「え.........?」

 

 

タキオン「正直、良い気分じゃない」

 

 

 私達にとって、[トレーナー]と言う呼び名が指し示す人物は、その一人以外は他に居ない。それこそ、私が今[奴]と呼んでいる人間だ。

 何をしていても、何が起こっても、その顔が浮かんでくる。なんとでもしてくれそうな、何かを引き起こしてくれそうな予感を感じさせる笑顔.........その、[仮面]を.........

 

 

 分かっている。

 

 

 こんなものは、ただの八つ当たりだ。

 

 

 そうでもしなければ、私は私を保てない。

 

 

 私は、弱い存在だ。強くは有れない。

 

 

タキオン(.........今になって、頼りきっていたしっぺ返しを食らうとはね.........!!)

 

 

 今になってようやく分かる。

 

 

 いや、初めから危惧していた事だ。

 

 

 分かりきっていたのに目を逸らした。

 

 

 私は既に、彼と共に.........彼等と共に歩み始めたその時から.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究者としての道を、踏み外していたのかもしれない.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv3→2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「.........」

 

 

「〜〜〜♪」

 

 

 隣のデスクから聞こえてくる、場違いな鼻歌。私の耳にそれが聞こえてきます。ここは職員室。先日のあのニュースから、この空間は酷く重いものとなっています。

 

 

 そのニュースの中心である、たった一人を除いて.........

 

 

桐生院「.........あの、桜木トレーナー」

 

 

「ん?どうしたの桐生院さん」

 

 

桐生院「っ、いえ.........何を聞こうか、忘れてしまいました.........」

 

 

「あはは、よくあるよね。そういうこと」

 

 

 違う。本当は忘れたんじゃない。怖くなったんだ。今、目の前に居る人の顔が、どんな風になるのか.........それを聞いた時、どうなるか分からなくなって、私は竦んだんだ。

 ここに居る皆が、悲しんでいる。苦しんでいる。マックイーンさんの活躍は、他の皆さんはライバルでありながらも、今まで誰も到達したことのない高みへ到れるかもしれないという期待を抱いて、見守っていた。

 それが.........それがあんな.........!!!

 

 

 そうして、誰にも気付かれずに握り拳を強く作っていると、ふと彼のデスクに、またもや見慣れない封筒が置いてありました。

 

 

桐生院(っ.........違う)

 

 

 否定の言葉。それは、以前の辞退届の時とは予感が違うと言うこと。そして、その私の想像に違うと言うこと。そのどちらともだった。

 気が付けば、彼はデスクから姿を消していた。最近、彼の気配が不意に消える事がある。聞けばトイレに行ってると言われるが、それが本当かどうかは定かじゃない。

 けれど、今彼の居ないこの時が、この封筒を見るチャンスだと思い、私は恐れながら、それを手にし、中身を―――

 

 

桐生院「.........そんな」

 

 

桐生院「え?え.........?だって、まだ.........URAファイナルズだって.........」

 

 

 中身を、見る必要すら無かった。

 

 

 封筒を見れば、それは明らかにそれ以外の何者でも無かった。

 

 

 そう。[退職届]そのものだった。

 

 

「あーあ」

 

 

桐生院「!!?さ、桜木さ「行けないなー」.........」

 

 

 気配が掴めない。まるで、普段の彼とは全くの別人。慣れ親しんだ物ではなく、今ようやく、今の彼は全くの別人だと気が付くことが出来ました。

 

 

「それ、返してくれる?」

 

 

桐生院「な、なんで.........?」

 

 

「なんでって.........辞めたいから?」

 

 

「だって、考えて見てよ。俺、担当の子の人生をほとんど終わらせちゃったんだよ?」

 

 

桐生院「それは!桜木さんのせいなんかじゃ.........!」

 

 

 彼のせいなんかじゃない。こればっかりは、どうしようもないこと。けれどそれを伝えても彼はきっと、救われることは無い。そう思うと、その口を結ぶことしか出来なかった。

 そのまま押し黙っていると、その左手が、私が持つ彼の封筒に伸びてくる。これを渡してしまえば、彼は本当に居なくなってしまう。

 その封筒を潰してしまうことすら厭わず、私は両腕でそれを抱きしめ、彼からその身を引きました。その様子を見て、呆れたようにため息を吐かれます。

 

 

「はぁぁ.........本当はもっと大事な場面で使うべきなんだけど、仕方ないかぁ」

 

 

桐生院「え.........?」

 

 

「桐生院さん!一生のお願い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「返して?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生院「え......あっ.........だ」

 

 

「.........返せ」

 

 

 

 

 

 ―――その男の[お願い]に、桐生院は酷く脅えた様子を見せたが、それでもその腕は強く、退職届の封をしっかり守っていた。

 男はそれを見て、取ってつけたような笑みを取り、今度は[命令]の形で静かに言い、その左手を伸ばしてきた。

 その手が封筒に触れそうになった時。男は終わりを確信した。これで終われる.........[誰かを助けるだけの物語]はようやく、終わりを告げるのだと.........

 

 

 ―――しかし

 

 

「おい」

 

 

桐生院「っ、颯一郎......さん.........?」

 

 

東「.........何やってんだ。お前」

 

 

 その伸ばされた左手を止めるように、誰かの手が力強く掴む。その方向を見ると、険しい表情を浮かべた東 颯一郎がそこに居た。

 

 

「何って、ああもう.........最近はなんでこう説明しなきゃなんないかなぁ〜」

 

 

東「.........お前は、言ってる事自体は意味不明だが、行動の筋は今まで通ってた。けれど今のお前は.........」

 

 

「何さ、知った風な.........口、を.........?」

 

 

二人「!桜木(さん)!!?」

 

 

 唐突だった。男は喋っている間に自分の身体の異変を感じ取り、食べ終えていた昼食のゴミが残っている袋に手を伸ばした。

 そして、人目もはばからず、その中に先程咀嚼し、消化しかけていた昼食だったものを、吐き出していく。

 

 

東「大丈夫か!!?」

 

 

桐生院「保健室に行きましょう!!?今なら黒津木さんも安心沢さんも居るはずです!!!」

 

 

 男の背中を二人で擦りながら、それが終わるまでをひたすら見守っていた。肩で息をしながら、男は吐瀉物まみれの掃き溜めを見て、悟った。

 

 

 もう、任せられない.........と

 

 

「.........ううん、大丈夫。昨日食べた奴、消費期限切れちゃってたみたい」

 

 

東「そ、そんなの尚更「それと」.........?」

 

 

「ごめん。桐生院さん.........それ、捨てちゃって.........」

 

 

桐生院「え?あ.........はい」

 

 

 男はそう言って、職員室を去っていく。左手で袋を持ち、その右手で左腕を押さえ込みながら、彼はその背中を寂しそうに晒していた.........

 

 

 

 

 

東「.........大丈夫だったか?」

 

 

桐生院「.........はい」

 

 

 俺は去って行った桜木の姿が見えなくなり、その視線を葵の方へ移した。会議が長引いた為に助けるのが少し遅れたが、何とか間に合って良かった。

 

 

東「それにしても.........アイツ、なんでこんな.........」

 

 

 胸の内の苦しみに目を瞑りながら、俺は彼女が大事そうに持っていたアイツの退職届を抜き取り、中身を読んだ。

 別に、さして変わった事は書かれていない。当たり障りのない文言と理由で、アイツらしさがちっとも感じられない文章だった。

 こんな所で、終わるべきじゃない.........そんな思いが手にまで伝わり、思わずその紙を少し握り潰してしまう。

 

 

桐生院「.........あの人は、桜木さんじゃない」

 

 

東「.........え?」

 

 

桐生院「雰囲気が、似ているようで全然.........でも」

 

 

桐生院「最後に謝ってきたのは.........確かに桜木さんでした.........」

 

 

 .........何が何だか、俺には全く分からない。今、アイツの身に何が起こっているのか、俺には知る由は一切無い。

 傍から見れば、[大人]になったと言える変化なのだろう。冷静に状況を見て、責任を問われればそれをしっかりと取る事が出来る。そんな大人。

 担当のウマ娘が、生涯負う怪我をして職を辞めるトレーナーは、少なくない。俺もこの目で、何人もその姿を見てきた。一般的に言えば、それもトレーナーらしさなのだろう。

 けれど.........!俺はそんな.........!!!今のお前のそんな姿の方が.........!!!

 

 

東(なぁ桜木.........!こんなこと、二度と言う事も、思う事もねぇかと思ってたけどよぉ.........!!!)

 

 

東(これじゃあ本当に.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[トレーナーもどき]じゃねぇか.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ.........ふぅ.........ぅっう゛ッ」

 

 

 全身の筋肉が引き攣るような感覚。まるで、全身糸で上に無理やり引っ張り挙げられているような物を感じながら、俺はただただトイレの洗面器に顔を埋めていた。

 胃の中が空っぽになっていくのを抗えずに、ただただ出ていくそれを耐え忍んでいる。迫り来る現実に抗う術など無いと言う様に。

 

 

桜木「.........ふざけんな」

 

 

桜木「みんな.........!みんなみんな苦しめやがってよッッ!!!」

 

 

桜木「そんなに俺が憎いのかッッ!!?あァッッ!!?」

 

 

 鏡に向かってただ吠える。そこに何かがいる訳では無いのに、そうすることでしか、怒りを発散できないでいる。

 もううんざりだった。俺が助かる為に誰かが傷付いたり、苦しんだりするのは間違っている―――

 

 

「本当にそう?」

 

 

「人は人を傷付けて初めて救われる」

 

 

「人に傷を付けて、自分の受けた傷を舐めさせる」

 

 

「人ってそういうものじゃない?」

 

 

 違う。知った風な口を聞くな。俺はお前とは違う―――

 

 

「同じだよ。同じだったんだ」

 

 

「人が傷付いたり苦しんだりするのはダメ」

 

 

「けれど自分がそうなるのは良い。むしろ望んでいる」

 

 

「その先にあるのは破滅だよ?生きてればいいことだって必ずあるさ」

 

 

 他人事だ。全部、他人任せの他人事。生きていれば何かがある。今乗り越えれば何かがある。そうやって何も見ずに行動して、何も見えないまま先を歩く。そこに何があるかも分からないで、まるで自分の体をラジコン操作で動かすような振る舞いだ。

 その為に何かしないでどうするんだ。今を生きずに未来に向かえる保証はどこにある?何かしなければならないのに、その何かも分からないでいる。

 

 

桜木「.........もう、喋んな」

 

 

桜木「俺が救われんのは.........!俺が許せねぇんだよッッ!!!」

 

 

 鏡に向かってまた吠えた。これじゃあまるで、躾のなっていない犬みたいじゃないか。俺は、どちらかと言えば猫みたいな気まぐれな人間だと思っていたのに。

 ああ違う。それじゃあちぐはぐだ。今俺は怒りで荒れているんだ。こんなに穏やかにしていいわけが無い。

 口に残る嫌な苦味の後味をそのままにして、俺は鏡を睨みつけてからトイレから出て行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木(クソ.........)

 

 

 力の入らない中、それでも真っ直ぐ歩こうと足に力を入れ、口元を袖で拭いながら廊下を歩く。

 これからどうするのか、そんな事は分からない。けれど、あの子達には謝らなければ行けない。身体の主導権は俺ではなかったとはいえ、アレに渡したのは俺自身だ。

 .........結局俺は、自分が救われたいと思ったは良いが、それを良しとしない自己破滅主義者なのかもしれない。

 そんな考えに耽っているから、廊下を曲がる時に誰かとぶつかることなんて、配慮する余裕も無かった。

 

 

桜木「っ!ごめん!大丈夫.........」

 

 

「痛た.........!トレーナー!!」

 

 

 曲がり角でぶつかった相手。それは、ハルウララだった。その周りには、スピカのメンバーであるトウカイテイオーやスペシャルウィーク。サイレンススズカが居た。

 .........いや、問題は、そこじゃなかった。

 

 

桜木(っ、見るな.........!)

 

 

 俺にぶつかり、尻もちを着く形で床に倒れたウララ。その目には、痛みなのか驚きなのか、涙が浮かんでいた。

 手を差し伸ばす。普通だったらそうすべきはずなのに、その涙が、俺の記憶を刺激してくる。

 

 

 雨が降っていた。

 

 

 やめろ

 

 

 彼女は泣いていた。

 

 

 やめろ.........!

 

 

 俺は、見当違いの方向に手を差し伸べてしまった。

 

 

「ほら、やっぱりダメじゃないか」

 

 

「変わってよ」

 

 

桜木(っ、ざっけんな.........ッッ!!!)

 

 

 .........それだけはダメだ。そう思い、右手で左腕を押さえ込もうとする。けれど、身体の奥底からまた、衝動に駆られる様な突き上げが始まる。

 意識が一瞬、その方に向いた時にはもう。俺の身体の主導権は奪われていた―――

 

 

 

 

 

「大丈夫?ウララ」

 

 

ウララ「え?う、うん。トレー.........ナー?」

 

 

 身体を奪った男はそのまま膝を着き、その手をウララへと差し伸べる。普通であるならば、気が付かない差異。だがウララは、その違いを敏感に感じ取っていた。

 

 

ウララ「.........誰なの?」

 

 

「.........へぇ」

 

 

スペ「う、ウララちゃん!!?何言ってるんですか!!?」

 

 

テイオー「そうだよー!!どっからどう見てもサブトレーナーじゃん!!」

 

 

 差し出された左手を拒絶する様に、ウララは怯え、尻もちを着いた状態で後ずさった。その様子と言葉を聞き、スペシャルウィークとテイオーはハルウララに疑問を、そしてスズカは、その疑いの目を男に向けていた。

 

 

スズカ「.........私も気になるわ」

 

 

二人「スズカ(さん)まで.........!!?」

 

 

「.........とは言っても、君達のトレーナーである事には変わり「違う!!」.........」

 

 

ウララ「だってトレーナー.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[右利き]だもん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、彼女達はゆっくりと男の方を見て、その視線をその手に伸ばして行く。明らかにその手は、[左手]であった。

 どうしたものか。そういう様に、男はクククと堪えた笑い声を上げる。その不気味さに、全員がその場から動けないでいる。

 

 

「いや〜、これは一本取られた。[彼]のトレーニングも案外、筋が通っていたのかもしれない」

 

 

テイオー「か、彼って.........サブトレーナーじゃないの.........!!?」

 

 

スペ「わ、私達のサブトレーナーさんを返して下さい!!!」

 

 

「それは出来ないな〜、彼は変わりたくて、僕と変わってるんだから」

 

 

 薄気味悪い、まるで空洞のような瞳を少女たちに向ける。男はそう言いながらも、徐々に震えを見せ始めた右腕を押さえ込み始めた。

 そのうち、尻もちを着いていたウララが顔を俯かせながらも自分から立ち上がる。その様子を心配そうに見る少女達と男だったが、ゆっくりと彼女は男の方へと歩いて来た。

 

 

ウララ「.........してよ」

 

 

ウララ「わたし達のトレーナーを!!!返してよぉ!!!」

 

 

「.........だから、これは彼が望んだことなんだって」バッ!

 

 

ウララ「ひゃ!!?」

 

 

三人「ウララ(ちゃん)!!!」

 

 

 男の左腕を掴み、乱暴にそれを振っていたウララだったが、それを男は軽く振り払い、もう一度ウララを尻もちさせた。

 そんなウララに、三人が駆け寄る。それでも尚、ウララはその目をまっすぐ、男の方へと向けていた。

 

 

「もう諦めなよ。彼にはもうこれ以上辛い思いをさせたくないんだ」

 

 

「[誰かを助けて自分は堕ちる物語]。そんなの、君達も望んじゃいないでしょ?」

 

 

全員「.........」

 

 

 その言葉を聞き、確かにそうかもしれないと心の中でそう考え、四人は黙り込んだ。それを見て、男は人知れず、薄気味悪い笑みを浮かべる。

 そしてもう一度、男はウララの前へ膝を着く。今度は手を差し伸ばす事はせず、その瞳をじっと見つめ始める。

 

 

「後は、[嫌われるだけ]なんだよね」

 

 

「だから君もさ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌いになってよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴:嫌悪]が発動している.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウララ「っ、い、いや.........!来ないで!!!」ダッ!

 

 

スペ「!ウララちゃん!!!」

 

 

 胸の内から、ウララは今まで感じた事の無いどす黒い感情が生まれた事に驚きを隠せなかった。そして、動揺した所に男の顔がアップで目に映り、溢れ出そうになるそれに困惑して、逃げ出した。

 スペシャルウィークはそんなハルウララを追う為に、男に背を向けて同じ方向へ走り出した。男はそれを、感情の無い目でただただ見つめていた。

 

 

「.........あと二人。かな」

 

 

テイオー「.........ねぇ、サブトレーナー」

 

 

「ん?どうしたのテイオー?」

 

 

テイオー「ちょっと.........屈んでくれる?」

 

 

 走り去っていた彼女達から視線を俯かせたまま、その身体を男の方へと向けるテイオー。それに疑問を抱きながらも、男は言う通りに、テイオーと視線を合わせるように屈んだ。

 ギリッ、という何かが強く軋む音が聞こえてくる。それが、テイオーが歯を強く食いしばる音だと気付いたのは、彼女がその手を振り上げた時だった。

 

 

テイオー「ッッ!!!」

 

 

 強い破裂音。しかし、身体が壊れる程の威力では無い。彼女は強い怒りを持ちながらも、男の身体を案じ、その力をセーブして頬を平手打ちした。

 

 

「.........あはは、君も[彼]の事が嫌いになっちゃったかな?」

 

 

テイオー「違うよ。ボクは別に、サブトレーナーを嫌いになったんじゃない」

 

 

テイオー「.........ただ、キミがやりすぎた事に怒っただけ」

 

 

「.........へぇ。大人なんだ」

 

 

 強く跡が残った頬を労わるように撫でながら背筋を伸ばして行く男。その顔に反省の色は無く、その瞳にはやはり、感情が生まれる事は無かった。

 そんな姿を見て、テイオーはまた強く歯を食いしばる。そんな彼女を落ち着かせる様にその肩に手を置いたのは、スズカであった。

 

 

スズカ「今の貴方がサブトレーナーさんではない。信じきれないけれど、嫌でもそう感じます」

 

 

「でしょ?」

 

 

スズカ「けれど、だったら貴方も分かるはずです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡を[超えてこそ]。[桜木 玲皇(サブトレーナーさん)]だと言う事を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 睨みつけるでもなく、恨みをぶつけるでもなく、彼女はそう。真剣な目で全てを言葉に乗せて伝えてくる。それに対して、男は何も言う事は無かった。

 そのまま、少しの沈黙が流れた後、スズカはテイオーの肩を抱いたまま、ウララとスペシャルウィークが去って行った方へと、歩いて行った。

 

 

「.........そんなの、ずっと見てきたから知ってるよ」

 

 

「けれど.........[僕]ももう、[ボロボロ]なんだ.........」

 

 

 剥がれ落ちた[仮面]の欠片。誰がどう見ても、限界はとっくのとうに迎えている。それでも尚、[何か]になろうとして、[男]は[仮面]としての役割を果たそうとする。

 

 

 あの日。失った夢。

 

 

 記憶も無くなり、気が付けば右腕が動かなくなった。

 

 

 気が付かなければ、その[才]が、他人からの[借り物]だった事にも気付かずに。

 

 

 彼は、幸せに生きて行けた筈なのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ワクワククライマックス]

 Lv6→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

 時計の針が鳴り響く。痛い程耳に聞こえてくるそれは、男にとって―――

 

 

 いや、僕にとって。何よりも苦痛であり、何よりも癒しであった。

 

 

 あともう少しだ。もう少しで、彼は解放される。僕が感じた無力感も、執着も、彼は感じずに済むようになる。

 多少の後悔はあるかも知れない。だけど、時間が経ち、後の祭りになれば仕方が無いとある程度は割り切る事が出来る。

 右腕はもう、ピクリとも反応を示さなかった。

 

 

 行けない。今の僕は彼だ。曲がりなりにも仕事をしなくては。そう思い、次のレースに向けての資料に目を落とす。

 

 

(.........菊花賞。確か、GI?だっけ)

 

 

 レースの知識はあまり無い。と言うより、そもそもウマ娘が走るのが本懐だと言うのも、[初めて知った]。

 僕の[生きていた時代]でも、その類まれなる身体能力は重宝されたけど、本当に重要だったのは、[歌]の方だった。

 

 

(.........懐かしいなぁ)

 

 

 一人一人、レースに出走するウマ娘の姿を見て、記憶にある顔と重ねて見る。みんな、薄くはあるけどどこか面影がある。けれど、そこに一番親しかった顔を残している子は、どこにも居ない。

 

 

 自分と一緒の運命を辿った彼女は、どこに行ったのだろう。そう思い、窓の外を見ると、この学園でよく見る動きやすそうな服を来た[白バ]が、今朝の退職届を盗み見した女の人と一緒に居た。

 

 

(.........シロ?)

 

 

 その後ろ姿に、懐かしい名前がつい口から出そうになる。それを堪えて、何とか心の中だけで呟くようにしたその時、チームルームの扉がノックされた。

 

 

「どうぞ〜」

 

 

 いつもの様に乱暴に.........という事はなく、静かに教室に入ってきたのは、アグネスタキオンと黒津木宗也だった。静かに入って貰えたことで、この扉も結構喜びを見せている。

 

 

「何の用?」

 

 

黒津木「.........タキオンの、菊花賞についてだ」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 彼の隣で黙りこくるタキオン。普段だったら、もう少し騒がしいはずなのに、今はその片鱗すら見せて来ない。一体、どう言った風の吹き回しだろう?

 それにしても、菊花賞についての話。そんな話になぜ、トレーナーでも無い彼が?そんな疑問を抱いている内に、答えは自ずと、彼の口から説明された。

 

 

黒津木「菊花賞の日。悪いんだけどさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、来んな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........」

 

 

黒津木「.........正直、大変な時期だ。お前もお前で、考えること沢山あるだろうし、今は目の前の事に集中してくれ」

 

 

黒津木「付き添いは、俺が行く。お前は、その.........羽でも伸ばしてろ」

 

 

 そう言って、彼は言いづらい事を言い切った反動で、頭を激しく掻く。彼が友達思いだと言うのは、中から見ていて知っていた。

 .........だったら、それに乗っかるとしよう。この[物語]を終わらせる為に。

 

 

「わかった。俺の代わりに行ってくれるんだろう?」

 

 

黒津木「?あ、ああ.........お前何して―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、渡しとくわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「.........っ」

 

 

 ―――奴は、そう言って首に掛けていた王冠のアクセサリーを、何の戸惑いも躊躇いも無く外し、黒津木くんに手渡した。

 唖然とした表情でそれをただ受け取る黒津木くん。そして、私の心の中でようやく決まった覚悟。奴は.........今の彼は、[トレーナー]では無い.........

 

 

 彼を必ず、 [元に戻す]。そんな覚悟を静かに決めていると、黒津木くんの背中が震え、そのアクセサリーを握り締める姿が見えた。

 

 

黒津木「お前.........ふざけんなよ.........!!!」

 

「っ.........!」

 

 

タキオン「く、黒津木くん!!?」

 

 

 突然、黒津木くんは受け取った手と反対の手で彼の胸倉を掴み上げる。苦しそうなうめき声も出さず、奴はただその表情を歪め、掴み上げる黒津木くんの姿を見るだけだった。

 

 

黒津木「これはっ、テメェの誇りだとか意地だとか.........!夢だとかが滅茶苦茶詰まってる大切なもんなんじゃねぇのかよッ!」

 

 

「確かにっ、大切だ.........!けれど俺が行けないんだったらせめてその[王冠]にだけでも.........!!!」

 

 

タキオン「やめろ!!!そんな掴み方をしたら危ないって事くらい!!!医者の君なら分かるだろう!!?」

 

 

 完全に気道が締まっている。怒りに我を忘れ、彼は奴の首をそうやって持ち上げて居たんだ。

 私が止めに入ると、二人とも肩で息をしながら、お互い一歩ずつ離れ、呼吸を整えて行く。

 

 

黒津木「ハァ......ハァ......ああクソっ!来るんじゃなかったッッ!!!」

 

 

「.........」

 

 

タキオン「黒津木くんっ!!!.........悪いね。本当はもっと、落ち着いて伝えたかったのだが.........」

 

 

 息を整えている彼に向かって、何とか弁明を試みるが、彼はもう既に、心ここに在らずと言うように、目の前の虚空をただ見つめていた。

 そして、大きくため息を吐き、首を横に振ってから座り込む彼を見て、私もこれ以上何かを言う事はなく、この静かになったチームルームに別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [U=ma2]

 Lv2→1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........ははは」

 

 

 ―――僕は独り、笑っていた。もう。笑うしか出来なかった。裏切られた.........いや、この場合は僕が先に裏切ったんだ。向こうはそれを鏡にして反射してきただけに過ぎない。

 それでも、しっぺ返しは相当な威力で飛んで来てくれた。親しい者からのダメージは、いつだって慣れやしない。

 

 

「.........ごめんね。君の親友まで辛い思いさせちゃって」

 

 

 本当だ。という声が内側に酷く重く、そして冷たく響く。もう彼も、感情を大きく動かす程の体力が無いほど参ってしまっている。

 そして、何故あれを渡したのか?という疑問の声が聞こえてくる。正直言って、僕も分からない。

 

 

「.........僕は、[声なき者の代表者]だ。本来なら生きていないそれらに、心を見い出すことが出来る」

 

 

「君が演技が得意なのも、台詞や文字から心を強く感じられるから。そしてそれは、僕の力だ」

 

 

「.........知りたくなかったかい?そうだよね。君の[才]が実は、他人からの[借り物]だっただなんて、知りたくなかったろうね」

 

 

 一人芝居を続ける様に、内側の声に答えて行く。それでも彼は、もう怒る気力も、悲しむ体力も残っていない。あるのは冷たさだけだった。

 

 

「.........けどね。あの王冠の声だけは、どうしても聞こえなかった」

 

 

「だからアレは僕の憶測と独断だよ。それと.........きっと君なら、もっと上手く渡していただろうね」

 

 

 少なくとも、あんなトラブルにはならなかった。人付き合いが苦手な僕のせいで、こうなってしまった事は本当に申し訳ないと思う。[今度生きる時]は、それなりに上手くやろうと思っていた筈なのに。この体たらくだ。

 ゆっくりと息を吐き、その両手で顔を触る。まるで仮面を付けたように、そこに温度は無く、氷のように冷たい。

 

 

 もう二度と、あんな思いはしない。したくない。誰にもさせたくない。

 

 

 そう思って、こうやって行動しているのに.........全てが空回る。

 

 

 そして、同じ二の轍を踏みそうになっている。

 

 

 [奇跡]なんか起きやしない。

 

 

 [運命]なんかじゃ片付けられない。

 

 

 全部.........求めた道の先を遠慮なく歩き続けた結果だ。

 

 

 僕はまた、間違いを犯しそうになっている。

 

 

 [今度もまた]、かけがえのない、[一人]を巻き込んで.........

 

 

 

 

 

 ......To be continued

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