山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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勇者の目覚め。一等星の鼓動

 

 

 

 

『トレーナーさん、今日のお昼ご飯はなんですの?』

 

 

『トレーナーさん。私のプリン、勝手に食べましたか?』

 

 

『トレーナーさん!顔色が悪いですわ!少し休んだ方が.........!』

 

 

 彼女の声が頭に響く。いや、彼女だけじゃ無い。ここに居ると.........チームルームに居ると、皆の声や、様々なシーンの残像が幻聴と幻覚として目の前に現れてくる。

 手に持った[退職届]を一度机に置き、満遍なくこの部屋の中を見ていく。素敵で、楽しい思い出ばかりが、俺の脳裏を過ぎっていく。

 

 

「.........お前が壊したんだろ」

 

 

 今更何に縋っているんだ。お前はもう終わらせたいんだろう?だからわざわざ、桐生院さんに捨てさせた[退職届]をもう一度書き上げたんだろう?

 心の内に黒い何かがぶわりと湧いて出てくる。これでお前は終わりだ。一生俺と皆に恨まれ続けながら、許しを乞いて死ねばいい。

 

 

 窓の外は、夕焼けが綺麗な空が拡がっている。遠くに雲が見えているけど、それすら風情だと思わせてくれる。秋の夕暮れは、割と好きな方だ。

 

 

(.........ああ、そっか)

 

 

(この景色ももう見納めだから、思い出してんのか)

 

 

 いくつもの時間が過ぎて行った。いくつもの季節を過ごして行った。楽しい思い出ばかりが、俺の脳裏に過ぎって、燃えていく。自分の手で燃やして行く。

 夕焼け空の夕日に触れようとして、その手がガラスに触れる。俺は決して、それに触れることは無いというように、透明なそれが、俺の追い求める物と俺とを明確に分けてくる。

 俺は、昔からそういう存在だった。求めた物を作り上げて、そこから自分だけが弾き出されて、沢山の人達が仲良くしているのを、傍から見るだけになってしまう。遅かれ早かれ、絶対にそうなってしまう。

 慣れていたつもりだった。けれど最近はそんなことも無くて、すっかり忘れていた。俺は人々に生理的に嫌われている。

 

 

 ここまで、よく頑張った方だ。そしてよく分かったじゃないか。弾き出されることに抗えば、その輪自体を破壊してしまう事になってしまうのは、目に見えていたじゃないか。

 それを身を持って体験した。もう十分だ。これ以上、あの子達を傷付けないよう、俺はここから消えるべきなんだ.........

 

 

「逃げるんですか」

 

 

 冷たい声が、背中の方から掛けられる。自分の世界に浸りすぎて、人の気配にすら気が付けないなんて自己愛が過ぎる。

 自分に対して憎しみを膨らませつつ、振り返ることはしない。俺はガラスに反射するその姿を見て、誰かを確かめた。

 

 

「.........デジタル」

 

 

デジ「.........」

 

 

 それは、アグネスデジタルだった。けれど、普段の彼女では無い。机の上に置いた退職届をチラリと見たあと、俺の方を見ている。今まで見せた事の無いような表情で、彼女は俺に対峙している。

 

 

デジ「散々皆さんの事を傷付けて、自分はこれ以上傷付かないように逃げるんですか」

 

 

「.........そうだ」

 

 

デジ「.........真面目に受け取らないでください。今のは、八つ当たりみたいなものです」

 

 

 悲しそうに目を逸らし、バツが悪そうにそう呟く。言いたい事は終わったのだろうか?最近、人の気持ちに全く寄り添えられない。

 ゆっくりと息を吐き、意識を空に戻そうとすると、彼女が強く一歩前に歩き出していた。

 

 

デジ「本当にそれで良いんですか」

 

 

「.........何が言いたいのさ」

 

 

デジ「貴方は自分の声に気付いてない」

 

 

デジ「苦しんで、悲しんで、でも今まで人を助けるのは自分の役割で、自分を助ける方法を知らないから、気が付いてない」

 

 

 知った風な事を、知った風な口調で話し出す。俺の事なんて分かりはしないくせに、土足でズケズケと心の中へと入り込む。

 心の内に怒りが湧いてくるのを感じながら、俺は彼女に口を開く。

 

 

「君には関係無い事だ」

 

 

デジ「そんな事ありません」

 

 

「今まで傍観者だったのにか?今更中心を気どるつもりか?」

 

 

デジ「.........痛いところを突きますね」

 

 

 彼女は表情を変えずに、静かに恨み言をぶつけてくる。事実、彼女は今まで自ら取り巻きの一人という立場を受け入れていた。誰に言われるでもなく、自分からだ。

 そんな彼女が、今更どうしたというのだ?一体、どうして俺の前に今更現れて、こんな説教をかましてきたのだ?その全てが、俺には分からないでいる。

 それでも、その瞳は揺らいでいない。揺らいではくれない。変わらずに真っ直ぐと、俺を射抜くように見ている。まるで、心の奥底まで覗き込んでくるように。

 

 

デジ「あたしは、ただ見ていたかっただけなんです。貴方と皆さんが作る物語を」

 

 

デジ「けれど、それはあたしの望まない形で終わろうとしています。だから今、あたしは一般ウマ娘Aとしてではなく、[アグネスデジタル]としてここに来たんです」

 

 

 

 

 

 ―――目の前に居る人は、あたしの言葉を聞いて、少し動揺した様に一瞬身体を震わせました。

 

 

「.........今更、全部遅いよ」

 

 

「俺。取り返しのつかない事しちゃったし」

 

 

デジ「だったら取り返せば良いじゃないですか」

 

 

「.........そんなの、屁理屈じゃないか」

 

 

 そうです。屁理屈です。けれど、それが今の貴方を救える唯一の物です。正しい物は全てにおいて強さを発揮しますが、それが必ず人を助ける物になる訳ではありません。

 言っている事は、正しいです。取り返しのつかない事をしたなら、それを胸に、誠心誠意行動すれば良い。

 けれど屁理屈に聞こえてしまえば、正しくはなくなります。それだけでこの人を救えるのなら、あたしは正しく無くていい。

 

 

デジ「本当に、このままで良いんですか?トレーナーさん」

 

 

「.........うるさい」

 

 

デジ「閉じこもっていたって、何も変わりませんよ」

 

 

「うるさい」

 

 

デジ「手を伸ばしてください!助けられる努力をしてください!」

 

 

「うるさいッッ!!!」

 

 

 一際大きい声が響き渡りました。それは、最近では見ることのなかった、彼の[本心に近い思い]でした。

 ゆっくりと振り返り、その顔を私に見せてきます。その顔は、憎しみと憎悪。悲しみと苦しみ。全てに囚われていました。

 

 

???「今更どうなったって遅いんだよッ!!!」

 

 

???「マックイーンは終わったッッ!!!」

 

 

???「もうこの物語はおしまいだッッ!!!幕を閉じたんだッッ!!!」

 

 

???「だったらッッ!!!.........だったらもう.........!!!引き伸ばさなくていいじゃないか.........!!!」

 

 

 悲痛な叫び。彼の、この物語を終わらせたいという[建前]。それが嫌という程に伝わります。そして、理解してしまいます。終わった事をもう、これ以上引きずり出すなと言いたい彼の気持ちが.........

 そして、それだけじゃない。大人になろうとしている。願望や希望ではなく、事実を受け止め、歪ながらも進もうとする彼の変化を、感じ取ってしまう。

 たしかに、大人になると言うことはそういう事なのかもしれません。けれど.........あたし達は.........!!!そんな事を望んではいません.........!!!

 

 

デジ「.........本当にそうですか?」

 

 

???「.........っ」

 

 

 ゆっくりと、今度はあたしの方から彼に問い掛けます。結局それは、[本心に近い]と言うだけで、[建前]に変わりはありません。

 彼が何者なのかをまだ、彼が理解しきれていません。それでは、意味が無いんです。この人が、どう頑張っても[桜木 玲皇(???)]だと言うことを、この人に思い出させなければ行けません。

 

 

デジ「なんで.........一人で背追い込もうとするんですか!!!抱え込もうとするんですか!!!」

 

 

デジ「あたし達はチームです!!!そこに!!!大人だとか子供だとか!!!関係は無い筈です!!!」

 

 

???「っ、だったら.........何が出来るんだよッッ!!!」

 

 

???「お前らに一体.........!!!何が出来るって言うんだッッ!!!」

 

 

???「お前らがマックイーンを!!!治せんのかよッッ!!!」

 

 

デジ「.........それは」

 

 

 それは、はっきり言って出来ません。あたし達は医者じゃなく、医療従事者でもなく、ただのウマ娘。しかも、学生です。そんな事が出来るのなら、とっくのとうにやっています。

 彼はがむしゃらに、やけくそに叫びました。けれどそれは、絶対的な事実。誰にも、彼女の脚を治せる根拠も方法も、力も何も無いんです。

 

 

 言い淀んで、立ちすくむあたしの横を、やっぱりというように寂しそうな顔で横切ろうとしていきます。ここで彼を離せば、それこそ本当に、取り返しのつかないことになってしまいます.........

 

 

 じゃあ、今のあたしに出来ることはなに?[マネージャー]として、誠心誠意付き添う?それとも、マックイーンさんが治るまで、チームを支える?

 

 

 違う。

 

 

 違う。

 

 

 違う。

 

 

 そんなの、今までやってきた。それじゃあ変わらない。いつもと同じで、他人に縋って、その姿を後ろから見ているだけ.........

 

 

 あたしは決めた。もう[一般ウマ娘A]じゃない。これからは、一人の[アグネスデジタル(ウマ娘)]として、背中じゃなくて、チームの皆さんの隣を、支えて行こうって.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [ユメカケビト]になった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???(.........そうだよな)

 

 

 ―――デジタルは、何も言わない。いや、言えないんだ。そんなの、分かりきってたことじゃないか。

 彼女を治す手立てなんて、どこにも無い。この世に存在しちゃいない。していたのなら、どんな犠牲を払ってでも、命を刺し違えてでもそれを手に入れて、彼女の脚を治していた。

 けれど無いんだ。そんな魔法みたいな、不治の病を治す方法なんて.........誰も持ってないし、誰も知らない。

 

 

 彼女の横を通り過ぎた。何かを言おうとして、でも詰まっているその姿を見て、その何かに抗う姿が、今の俺には苦しく見えた。

 扉に手を掛けた時、もう終われると思った。長かった.........本当に、長い長い、[山あり谷ありウマ娘]は、下り坂を下り、崖の一歩手前で気が付いて、俺は元来た道を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――走りますッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――声が出た。ようやく、あたしが彼に伝えたい心が、言葉になって出てきた感触でした。

 

 

デジ「あたしは、ウマ娘だから。走ることしかできません。けど、トレーナーさんの為に.........一生懸命走ります.........!!」

 

 

デジ「だから.........!!辞めないでくださいっ!諦めないで.........ください.........!!」

 

 

???「.........デジタル」

 

 

 雫が落ちて、地面で弾ける音が微かに聞こえてきます。そしてそれは、一度で終わらずに、断続的に、不規則に聞こえてきて、知らず知らずの内に自分が泣いていることを認識させてきます。

 鼻をすすりながら、両手で目を擦りながら彼の顔を見ると、そこには驚きの表情であたしを見るトレーナーさんが居ました。

 

 

デジ「夢を諦めるウマ娘ちゃんの為にデジたんは頑張ってきたんです.........!!だったら、夢をあきらめる人間の為に、走ったって許されるはずですッッ!!!」

 

 

 [夢]。それは、ここに居る、この学園に居る人達にとってかけがえのない、換えることの出来ない宝物。それを追い求め、その手につかみたいという人達とウマ娘達が巡り会い、手と手を取り合い、共に同じ場所へと行こうとする始まりの場所.........

 けれど、夢はいつか終わります。誰かに負けて、一回きりのレースで勝てなくて、人と、ウマ娘と仲違いして、怪我をして、会えなくなって、理由は沢山。夢を見つける事より多いです。

 でも、それでも.........夢はいつでも.........胸の内にあるから.........!!!その夢を持つ人達の歩みが.........!!!とっても素敵で.........!!!とっても.........尊いから.........!!!

 だから、あたしは走ります.........!!!例えそれが―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「芝だってダートだってッ!地方でも中央でもオープンでもG1でも走ってやりますよッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]だって.........超えて見せてくださいよ.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――例えそれが、茨の道だとしても.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [尊み☆ラストスパ―(゚∀゚)―ト!]

 Lv0→1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「.........」

 

 

デジ「ハァ......ハァ.........」

 

 

 ―――彼女は、全速力で走った後のように、肩で息をする。そして、その力を全てぶつけられたように、俺の身体が酷く打ち付けられたように.........痛くなった。

 そして、それはきっと彼女も同じだ。今まで、苦しんできただろう仲間達の姿を見て、心を痛めて.........それでもこうして、俺の前に来てくれた。

 .........俺には、とても無理だ。

 

 

???「.........強いんだな。君は」

 

 

デジ「.........強くなんか、ないですよ」

 

 

デジ「怖いです。足なんか、ガクガクで、あたしが何か言ったせいで、トレーナーさんを困らせたり、苦しめるかもって、今でも.........」

 

 

 息を乱し、言葉を途切れ途切れにしながらも、彼女は言葉を続ける。俺の壊れる姿を想像しているのか、その身体は震え、怯えている。

 けれど、彼女は歯を食いしばった。まるで、それ以上の恐怖に耐えるように。強い震えと、大粒の涙が見える。 そしてそれを振り払うように、頭を抱えて大きく首を横に振る。

 

 

デジ「けどッッ!!!今までの事全部.........!!!良かったってだけしか言えない[思い出]になる方が.........ッッ!!!もっと怖いんです.........!!!」

 

 

デジ「振り返って.........辛かったって言うのも苦しくなって.........!!!楽しかったってだけで終わる[思い出]にしたくないんですッッ!!!」

 

 

???「っ.........」

 

 

 辛いこと。悲しいこと。その全てを無かったことにする。それ以上に、苦しいことはないのかもしれない。それは、その[思い出]を[越えられなかった]という事に他ならない。

 俺は、どうすれば良い?どうすれば[英雄(ヒーロー)]になれる?[主人公(ヒーロー)]になれる?どうすれば.........[理想の自分(ヒーロー)]になれる.........?

 ぐるぐると回る思考の中、今度はデジタルが俺の横を通り過ぎて行く。それを止めようと手を伸ばしかけて、サッと引き戻す。俺に、彼女を止める力は無い。

 

 

デジ「.........頭、冷やしてください」

 

 

デジ「冷やして、もう一度.........あたし達と、皆さんと、腹を割って話してください」

 

 

デジ「.........待ってますから」

 

 

 いつまでも。彼女は最後に呟くようにそう付け加え、この教室を出て行った。まるで、俺がそうしてくれると言うのを信じきっているかのように.........

 

 

???「.........」

 

 

桜??「.........はぁ」

 

 

桜木?「.........どうすれば、いいんだろうなぁ.........?」

 

 

 自分で書きあげたはずのそれを手に持って、俺は天井を見上げてそうぼやいた。彼女のせいで、これからどうするかを完全に揺らがされてしまった。

 

 

 ため息を吐いて、俺はそれを懐にしまう。ここに居ても、俺を引き止めるばかりで、何も進めやしない.........絶望にも、希望にも、進む事が出来ない.........

 だから、俺はここを出る。向かう先は、この[物語が始まった場所].........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [三女神の噴水]へと、俺は足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 噴水の音が、絶え間なく静かに聞こえてくる。三女神の像を見上げていると、ここに初めて来た日のことを思い出す。

 あれから、決して短くは無い時間を過ごして来た。この場所で、桐生院さんから選抜レースの存在を聞き、そこで初めて、彼女の姿を見た。

 

 

桜木?(.........きっと、続けてれば良い事もあるだろうさ)

 

 

桜木?(けどそれじゃあ.........)

 

 

 決して、忘れたい訳じゃない。あの日までの事を、そしてあの日の事も、俺は忘れたい訳じゃない。

 この先、あの子よりも凄い子が目の前に現れるかもしれない。そして、運良く俺を担当トレーナーにしてくれるかもしれない。

 そうなって、勝利を積み重ねて、苦楽を共にして、夢を分かちあって.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日の事を忘れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまで来た道のりを、風景を、喜びを忘れて、俺はあの子の事を忘れて行く。涙も苦しみも、痛みも悲しみも。

 喜びや笑顔、好きな物、走り方も全部、色が抜けて行って、最終的に黒のシルエットも抜けて真っ白になっていく。

 

 

桜木?(.........だったら)

 

 

桜??(もう、夢でしか君に会えないなら)

 

 

???(俺は一生.........夢の中に囚われたままでもいい)

 

 

 壊れた[夢]。けれどそれは、確かに俺の[夢]。忘れるのもおこがましいくらい、俺には過ぎたもので、素敵なものだった。

 いつしかそれが、[場所]や[出来事]から、[一人の少女]になっていた。ひとりじゃない。そう思い続け歩いていたら、気が付けば独りになっていて、その[夢]は俺の隣に居てくれなかった。

 だからって、俺は今まで一緒に歩いてきてくれたそれを、今更忘れる事は出来ない。忘れちゃ、行けない。

 だったら.........これから苦しみの中を彷徨うことになろうとも、俺は.........あの子の事を、決して忘れたりなんか―――

 

 

???「.........今日は、やけに人に会う日だな」

 

 

 不意に気配を背後に感じた。それも、一人や二人じゃない。五、六人程の気配だ。俺は溜息を吐きながら、その方向を振り返る。

 

 

古賀「.........桜木、話は前から聞いていたが、詳しい事は沖野から聞いた」

 

 

古賀「お前さん。相当荒れてるらしいな?」

 

 

???「古賀さんに、東さん。沖野さんにいつもの奴らか」

 

 

 鋭い目が、俺の事を射抜いてくる。いつもの三人は兎も角、トレーナーである人達はその観察眼を持ってして、今の俺を値踏みしてくるようにしっかりと見てくる。

 そんな事をしなくても分かるはずだ。俺は相応しくないって。[夢が壊れた]俺が、[夢を信じる]子達の傍に居ても、悪影響だって。

 

 

???「.........ククク」

 

 

東「.........何がおかしいんだ」

 

 

???「おかしい?俺はおかしくなんかない。ただアンタ達の気持ちを代弁してやっただけさ.........!」

 

 

 それなのに、この人達は俺の前に来た。もう少しで終われたはずの俺を、見に来たんだ。そんなの、なんでかなんて決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑いに来たんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと俺を笑いに来たんだ。届きもしない場所に行こうとして、自信満々で滑稽だった俺が、案の定こうなって笑いに来た。

 そう思ったら.........俺も自分の事がおかしくて仕方が無かった。

 

 

???「どうせ笑いに来たんだろッッ!!!」

 

 

??「そうだよなァッッ!!!俺は翼をもがれたイカロスみたいなもんだ!!!」

 

 

?「それが太陽の熱で溶けずにこうして姿を晒してんだッッ!!!」

 

 

「見世物としちゃあ最高級だよなァッッ!!!」

 

 

 もう。自分が誰かも分からない。俺はなんだ。一体何をしたかったんだ。それすらももう、分からないでいる。

 

 

 ただただ、何も出来ない自分が惨めで、あの子の為に出来る事が、もう消える事しか無くて、それを無理やり受け入れようとしている。

 それに身を任せると、心が楽になる。身体がまるで、[人形]の様に動いてくれる。それがあの子を、幸せにしてくれるのなら、俺はそれに身を任せるだけだ。

 そうやって独り、舞台の上で道化を演じるかの如く振舞っていると、いつものメンバーから一人、白銀を押しのけて前に出てくる奴が現れる。

 

 

神威「.........悪い。アイツに何もしねぇし何も言わねぇって約束。今から破る」

 

 

白銀「.........別に構わねぇよ。ダチの約束なんざ、破ってなんぼだろ」

 

 

「なんだ、お前も笑ってくれるのか?だったら良いや。言いたい事言ってスッキリしろよ。その方が後腐れも―――」

 

 

 

 

 

 ―――少し歩いて、止まって。助走を付ける。勢い付けて、アイツの目の前まで来て.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拳を振り抜いて、その顔面を殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 推進力が合わさった拳は、俺の身一つでは出せない威力を持ち、アイツの顔を歪ませて、その身体を噴水の水が溜まる場所へと倒す。

 水飛沫と大きな音が飛び散って、その静寂を更に痛々しいものにさせる。けれど、それで終わりじゃない。俺もその冷たい水の中に、足を踏み入れる。

 

 

 冷たい。けれど、我慢出来る。コイツは俺以上に冷たい思いと、苦しい思いをしている。そう思うと、痩せ我慢も余裕で出来る。

 両手を後ろに着いている奴の胸ぐらを掴んで、その[仮面]を覗き込む。

 

 

???「.........何すんだよ」

 

 

神威「ダチが自分勝手な行動してんのを咎めてんだよ。これ以上見てらんねぇってな」

 

 

神威「お前さ。嘘つくのもう止めろよ。みっともない」

 

 

 肩で息をしている。初めて人を試合とか稽古とかじゃなく、無防備で、しかも顔面に拳を捩じ込んだ興奮で心臓がバクバクしている。

 胸ぐらを掴んで俺がそう言うと、口を結んでだように一本にしていたコイツも、ギチギチと食いしばった歯を見せてくる。

 

 

???「.........何が分かんだよ」

 

 

???「他人のテメェにッッ!!!俺の何が分かるってぇんだッッ!!!あァ!!?」

 

 

神威「分っかんねぇよッッ!!!」

 

 

???「.........!!?」

 

 

 分からない。コイツは隠し事は下手くそな癖に、本当に隠したい事は隠し通せてしまうくらいに人との距離の作り方が上手い。

 そして、俺達もその例には漏れない。例えどんなに親しい友人でも、コイツは自分の抱えている物を一切見せようとも、聞かせようともしてはくれない。

 手が震える。体が熱くなる。口の中はカラカラになって、心がジンジンと痛みを帯び始める。

 俺は.........俺達は、コイツの本当を、まだ何も知っちゃいない。

 

 

神威「お前が全部ッッ!!!隠しちまうから俺らでもお前の事は何も分っかんねぇんだよッッ!!!」

 

 

神威「心で繋がってるとかッッ!!!離れてても近くに感じられるだとかッッ!!!俺達はそんな.........!!!安っぽい友情漫画の住人じゃねぇんだよッッ!!!」

 

 

神威「だったら.........!!!お前のその身体に付いてる口に.........!!!開いてもらうしかねぇじゃねえかッッ!!!」

 

 

 気がつけば、俺は自分の頭をコイツの胸に擦り付けていた。それでも俺は、普通の人間だから、コイツの心を読み取る事は出来ないし、感じ取る事も出来ない。

 それでも、[仮面]を外してはくれない。外し方を忘れちまってるのかもしれない.........

 

 

神威「お前がっ、それでも言いづらいんだったらっ!俺が先に言ってやるッッ!!!」

 

 

神威「.........なんでいっつも.........!!!お前なんだよ.........ッッ!!!」

 

 

???「.........創」

 

 

 積もり積もった思いが溢れ出してくる。夢を打ち砕かれるのは人生で一度だけで良いはずだ。俺だって、理想と現実のギャップに悩まされて夢を捨てた一人だ。

 けれどコイツは違う。理想と現実の区別もつかないまま資格を剥奪されて、違う夢を追った。そして、その夢も.........理想が現実と重なるかもしれないその瞬間に、あっさりと折られた。

 

 

神威「代わってやりてぇってッッ!!!そんな地獄から手ぇ引っ張って何とかしてやりてぇってッッ!!!ずっとッッ!!!」

 

 

桜??「.........っ」

 

 

神威「けどッッ!!!これは.........!!![お前]の[物語]だから.........ッッ!!![主人公]は.........!!!お前しか出来ねぇから.........!!!」

 

 

 熱い何かが、俺の内側から外に溢れ出している。それが血なのか、それとも涙なのか、それを判別する冷静さすら、残っていない。

 あるのは、コイツへの思いだけ。その思いを全部、コイツが今まで俺達にしてこなかった言葉にするという事をして、全部伝えていく.........

 

 

 

 

 ―――訳が、分からなかった。最初は、何を言ってるんだろうって、普段から受け入れて理解に特化している俺の脳が、それを拒んで、頭の中から弾き出していく。

 それでも、その芯はしっかりと俺に伝わっている。後ろに居る人達の表情や仕草、態度も相まって、俺も熱に当てられて、熱くなっていく。

 

 

桜木?「.........どうすりゃいいんだよ.........!!!」

 

 

桜木?「俺っ、逃げちまった.........ッッ!!!」

 

 

 気が付けば、後悔を嘆いて、懺悔していた。言うつもりなんて毛頭なかった。墓まで持って行って、一人で抱き抱えて死んでいくつもりだった。

 それでも、口が開いた。舌が動いた。涙は溢れて、不規則な呼吸のまま、言葉を吐き出して行った。

 

 

桜木?「俺があの子の事助けてやんなきゃなんねェのにッッ!!!俺だけはいつも通り居なきゃなんねェのにッッッ!!!!!」

 

 

桜木?「絶対安心させてやろうってッッ!!!笑って支えてやろうってッッ!!!」

 

 

桜木?「なのにっっ.........俺っっっ.........」

 

 

東「桜木.........!」

 

 

沖野「もう.........何も言わなくてもいいんだぞ.........」

 

 

古賀「.........」

 

 

 言葉が出てこない。息を吸って、空気が詰まって、上手く発音出来ない。それでも、俺の口は止まってくれない。言いたくないはずなのに、認めたくないはずなのに、堰き止めていたダムが決壊した水のように、留まることを知らない。

 

 

 

桜木「っっっ.........笑えなかった.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「笑えなかったぁぁぁああぁぁあああぁ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての音が消えた中。俺の慟哭だけが響き渡った。それだけが後悔だった。それだけが心残りだった。

 もし、あの時本心から笑えていたら。もし、彼女の心に寄り添えていたら。もし.........彼女の隣で、今も居れたのなら.........

 そんな、[ありえもしない妄想(if)]を心の中で吐露しても、そんな事はもう起こりえない。俺は間違えた。間違えちゃいけないテストに、全問不正解で提出してしまった。

 そんな後悔だけが辺りに響く。後に残るのは、俺がどんなに止めようと努力しても止めることが出来ない、嗚咽だった。

 

 

東「.........だったら、今度はちゃんと笑えればいいじゃねぇか.........!!!」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

東「お前はッッ!!!たった一回の失敗で自分を見捨てちまう、そんな弱い奴じゃないだろッッ!!!」

 

 

東「だったら.........!そんなんだったらお前は.........!!!選抜レースでマックイーンを見出したお前は.........!!!嘘だったのかよッッ!!!」

 

 

桜木「っっ.........!!!」

 

 

 あの日。彼女の姿を見て、何かを感じたあの日。[才能]でも、[素質]でも、[強さ]でも無い。彼女の走りを見て、彼女自身に惹かれたあの日。

 選抜レースで7着だった彼女。それでも俺は、その失敗を何ともないと思うどころか、そんな事すら考えずに、その翌日には彼女に声を掛けていた。

 

 

 嘘だったのか?

 

 

 違う.........

 

 

 まやかしだったのか?

 

 

 違う.........!!!

 

 

 あれは、[仮面]を付けてたのか?

 

 

 違うッッ!!!

 

 

 俺は.........俺は、メジロマックイーンに心を惹かれていた.........恋をしていた。彼女がどんなに苦しい思いをしていても、それでも誇りのため、目指すものの為に走ろうとする彼女に、心を惹かれていた。

 それは絶対、嘘じゃない。まやかしじゃない。[仮面]なんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [寝て見る夢]なんかじゃない.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........でも

 

 

桜木「.........なぁ......俺、は.........っ......どうすればいい.........?」

 

 

 俺には、どうすれば良いかが分からない。彼女の為に.........何をすればいいのか。あの子の幸せの為に、何を行動すればいいのかが.........

 

 

桜木「俺はっ......あの子に.........!気休めの言葉をかける為の.........!!ほんのちっぽけな勇気も出せないんだ.........!!!」

 

 

桜木「俺自身がッ!マックイーンの走る姿をッッ!!!信じられてねェんだッッッ!!!!!」

 

 

桜木「俺に.........そんな俺に.........!!今のあの子の傍に居る資格なんて.........どこにもねぇんだよ.........ッッッ!!!!!」

 

 

 一度の失敗がなんだ。そういう人達は沢山いる。けれど、たった一度の失敗が、取り返しのつかないことになる事もある。俺は、その失敗をしてしまった。

 もし。俺が彼女の走る姿を信じていたなら、あの時.........[仮面]なんか付けずに、本当に笑えていたはずなんだ。

 でも.........俺は、信じることが出来なかった。治るはずなんてないって、思ったまま.........その事実を半分も受け入れてしまった。

 そんなの、拒絶されて当たり前だ。心の奥底では信じ切れてない奴に、何とかなるなんて言われたら.........誰だって拒絶するに決まっている。

 

 

桜木「俺っには、もう.........何が正しいのか分からないっ.........!!!!」

 

 

 もう、こうなってしまったら後の祭りだ。俺はあの子に嫌われた。拒絶された。何をしたとしても、きっとあの子は俺のやることなすことに全て、嫌悪感を抱いてしまうだろう。

 .........だったら.........もう、いっその事.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........甘えてんじゃねえぞッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........!!?」

 

 

 噴水の中で座り込んでいた状態から、神威が立たせるように、俺の胸倉を掴んでいた手に力を入れて立ち上がる。

 まだ興奮が冷めていないのか、息を切らして、口呼吸で肺に空気を供給しながら、涙で充血したその目で、俺を睨んでくる。

 

 

神威「なんか勘違いしてるようだから教えてやるッ!何が正しくて何が間違ってるか決めるのはテメェじゃねえしッ!あの子でもねぇッ!ましてや俺たちですらないッッ!!!」

 

 

神威「良いかッッ!!!そんな事を決められるのは俺達を一方的に知ってる未来に生きてる奴らだッッッ!!!!!」

 

 

桜木「っっっ............!!!!!」

 

 

 強い衝撃がぶつけられる。何が正しいくて、何が正しくないか。それは、俺が今まで生きてきた意味だった。

 正しくない者から生まれた。正しくない生活をしてきた。普通の人達から見れば俺は、同情され、蔑まれ、そして、底辺そのものだった。

 だから、だからせめて生き方だけは、正しくあろうとした。けれどそれすらも.........俺一人では、確かな物にはならないと知った。

 

 

神威「もう一度よく考えろッッ!!!顔も知らねぇ未来に生きてるバカ共の為に動くのかッッッ!!!!!」

 

 

神威「それともテメェと二人三脚でやってきたあの子の為に頑張るのかッッッ!!!!!」

 

 

桜木「おれ、は............!!!!!」

 

 

 ただ淡々と、涙が溢れだしてくる。心の熱を放出しながらも、それは無くなることは決してない。

 正しい行き場のない熱が際限なく高まり続ける。俺の心は、もう壊れそうだ。泣き過ぎて、上手く呼吸が整わない。

 あの子の為に頑張りたい。けれど、俺にそんな力なんて無い。そんな思いがぐるぐる、 ぐるぐると頭の中でループして行く。悪循環で廻っている。

 そんな中で、水が大きく跳ねる音が聞こえてくる。水面に接している足からは、大きな波が等間隔に揺れている事を感じている。

 その波が発生している方向を見ると、そこには俯いて静かに泣いている黒津木の姿があった。

 

 

黒津木「.........俺、今日。お前の代わりに行ってきたよ」

 

 

黒津木「俺はさ.........傍でお前の事、見てたから、代わりくらいできるって.........軽い気持ちだった」

 

 

黒津木「けど.........!だけど.........ッッ!!!俺っ!お前にはなれなかったよッッ!!!」

 

 

 勢い良く顔を上げて、そのくしゃくしゃになった顔を、黒津木は見せてくる。人より熱くなりやすくて、泣きやすいコイツの泣き顔は見慣れているほどじゃないが、何度も見てきた。

 それでも、こんなに苦しそうで、悲しそうな涙を、俺は見た事がない。

 

 

 ゆっくりと俺達の方に近付いてきて、神威を優しく押しのけて、俺の両肩をがっしりと掴んでくる。

 

 

黒津木「お前にはッッ!!!その気になれば誰にだってなりきれる力があるんだろッッ!!!」

 

 

黒津木「だったらよ.........ッッ!!!今からなればいいじゃねぇかッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なりたかった[自分]に.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「なりたかった.........[自分].........?」

 

 

 強く揺さぶられる俺の身体。それが徐々に弱々しくなっていくのと共に、俺は自分の[なりたかった者]を、考え直していた。

 

 

 [英雄(ヒーロー)]になりたかったわけじゃない。

 

 

 [主人公(ヒーロー)]になりたかったわけじゃない。

 

 

 [理想の自分(ヒーロー)]には.........ずっとなりたかった。

 

 

 けれど、それはまた違うと感じた。だってそれは、俺にとって常に[なりたかった者]だから。忘れていたわけじゃない。毎回姿形は違うけれど、それを求めて、俺は行動して.........[仮面]を付けていた。

 

 

 だったら俺は、何になりたかったんだろう.........?[何者]でありたかったんだろう?

 

 

 俺は、ここに来て何に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意にその時俺は、ある人の方向を見た。その人は、ただじっと、俺の方を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古賀「.........」

 

 

 そうだ。俺は.........俺のこの[物語]は、この人から始まったんだ。

 

 

 足が震える。情けなさと、悔しさで、頭の中がぐちゃぐちゃになって、何を考えているか分からなくなるけど.........[それ]だけは、俺の中でハッキリとしてくれていた。

 

 

桜木「もう.........今更、かもだけど.........っ」

 

 

 さっきまで沢山出して、枯れたはずなのに。もう俺の中に、そんなもの残ってないと思っていたのに。さっき以上に、俺の目から涙が溢れ出してくる。

 それでも、その思いは、最初から残っていて.........俺の中で、唯一変わらずに残っていてくれて.........いつもいつも、俺の目標になっていたもの.........

 

 

桜木「俺にそんな資格っ、残ってないかもしんないけどっっ.........!!!」

 

 

 俺にはもう。そんな事を言う資格も、思う資格も無い。俺は、自分が信じてきた事を自分自身で裏切って、疑ってしまった。

 ライスも、ブルボンも、ウララも、タキオンも.........俺自身の本心で、裏切って来た。いくら[仮面]に身を任せていようとも、彼女達にぶつけた言葉は紛れも無い、あの時の俺の本心そのものだ。

 でも、それでももう止まらない。止められない。これは.........俺の理想だ。あの日、雨が降るかもしれないと感じていたのに、どこかに置き忘れてしまった[傘]だ。

 

 

桜木「俺、俺......っ.........!!!」

 

 

 それを、今更開くのは遅いだろうか?

 

 

 雨はもう、降ってはいないと言うのに。

 

 

 今更.........日差しが照りつけて、突き放すような太陽の光が差し込んでくる中で、[雨傘]を差すのは、間違いだろうか?

 

 

 そんな思いが、心の中で溢れ出す。ここで開けば、また地獄に戻る羽目になる。今が辛くて、後も絶対、苦しくなる地獄に.........

 

 

 それでも

 

 

 [夢壊れ人]が消えて行く.........

 

 

 それでも

 

 

 [強制共鳴]が、揺さぶられる。

 

 

 それでも、俺は.........ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あんた見る目あるなぁ、「[桜木 玲皇(???)]に―――」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[桜木 玲皇(トレーナー)]になりたい.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [強制共鳴:希望]が発動している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなの、ただの悪あがきだ。俺のわがままで、エゴで、どうしようもない、みっともないガキの部分だ。

 けれど、それが膨れ上がって、止まらない。泣く事しか出来ない子供見たいに。そうする事でしか思いを伝えられない子供みたいに。それしか足掻き方を知らない、子供みたいに、嗚咽混じりの涙を流して行く。

 でもそれは、俺だけの物じゃなかった。ここに居る人達が皆、声を押し殺して.........泣いていた。

 

 

白銀「.........お前の気持ち。受け取ったぜ」

 

 

白銀「ここで俺達にハッキリ言ったんだ.........!!!後はもう.........分かんだろ.........?」

 

 

桜木「.........」

 

 

 そう言って、白銀は噴水の側までやってきて、手を伸ばす。その誰よりも鍛え上げられた手を握った時、誰よりも強い優しさが、コイツのキャラによって全て殺されている優しさが直に、伝わってくる。

 水を吸って随分と重くなった靴とズボンの裾。それを気にも止めずに、俺は噴水から出る。

 

 

桜木「.........マックイーンに、会ってくる」

 

 

桜木「また走ってくれとか、絶対治るとか.........俺はまだ信じられないから、今度は言わない」

 

 

桜木「けど.........!!!それでも俺はッッ!!!あの子の傍に居たい.........ッッ!!!」

 

 

 誰になんと言われようとも。彼女になんて蔑まれようとも。俺にはこの気持ちを伝えるしかもう道は無い。

 また走れる。いつか治る。そんなのは結局、全部嘘っぱちだった。俺自身が信じていなかった。俺が俺の気持ちに寄り添わず、彼女の気持ちに寄り添わず、ただ現実を受け入れながら、それに目を逸らした結果がこれだ。

 けれど、これはあの時の本心だ。治る治らないは関係無い。この際、どうでもいい。ただ.........ただ俺は、彼女の隣に、自分の心を置いておきたかっただけなんだ。

 

 

黒津木「.........会いに行くんなら。これが必要だろ」

 

 

桜木「!.........ああ。預かっててくれて、ありがとう」

 

 

 噴水から出てきた黒津木と神威。その内の一人がポケットに手を入れ、それを渡してくる。 俺がもう、しっかりと離すことが無いよう、空いている手で俺の手を引き、それを見せることなく、俺の手に置いて、指を締めさせる。

 それがなんなのか、見なくたって分かる。一日しか離れていないのに、まるで何年も離れていた物が、戻ってきた感覚だ。

 手の中で、それがほのかに煌めいている事を.........俺は感じ取っていた。

 

 

桜木「.........迷惑、かけてすみませんでした」

 

 

古賀「.........」

 

 

 ここに来てから俺に対して、一切喋らなかった古賀さんに向けて、頭を下げる。それでも、この人は反応を示すことは無い。ただ俺の方をじっと見て、何かを見定めている様だ。

 もう、俺がやる事はここには残っていない。そう思い、一歩学園の外に向けて踏み出す。数歩歩いたその時、古賀さんから声を掛けられた。

 

 

古賀「桜木」

 

 

桜木「.........」

 

 

古賀「俺ぁ、お前さんに[トレーナー]になる為の道を見せた」

 

 

古賀「技術は沖野が教えた」

 

 

古賀「道の歩き方は、東が足跡をつけている」

 

 

古賀「それになる為の資格は、お前さんの担当が認めてる」

 

 

古賀「そこを歩く為に必要な力は、その三馬鹿が貸してくれる」

 

 

古賀「.........後は、お前さんの[心]次第だ」

 

 

 背中に掛けられる言葉。いつもの朗らかなテンションじゃない、静かな口調で、しっかりと俺に伝えてくる。そしてそれはちゃんと、俺の心に響いてくれる。

 

 

古賀「[トレーナー]になりてぇんなら.........その胸ポケットにしまったびしょ濡れの[それ]も。もう要らねぇだろ?」

 

 

桜木「!.........ほんっと、敵わないなぁ.........」

 

 

 彼に指摘されて、自分でも忘れていた存在を思い出す。手に握ったそれを上着のポケットにしまって、今日書きあげたそれを、外の空気に晒す。

 びしゃびしゃのそれを、縦に千切り、横に千切り、紙吹雪にして風に乗せる。それを見送ると、ぽたり、ぽたりと空から水が降り始めた。

 

 

桜木(.........まだ俺は、夢から覚めてないのかもしれない)

 

 

桜木(けどだからと言って、目を覚まさない訳じゃない)

 

 

桜木(朝になれば目が覚めるから。今は寝たままで、夢を追えばいい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(夢を見ながら俺は、目を覚ますんだ.........!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [夢を見たければ目を覚ませ]。その言葉は、今の俺にピッタリなのかもしれない。けれど俺は、そんなに朝パッと起きれるタイプじゃないから。今はまだ、眠ったままでいい。

 明日の準備は苦手だ。いつもいつも、行く直前になって持ち物確認をする事も無く、忘れ物や提出物を忘れるタイプだ。

 それでも俺は、起きる。何があっても、遅刻しそうになっても、忘れ物があっても、明日という朝は必ず来て、俺は必ず、外へ出る。

 寝ぼけ眼でも良い。今はただ、その[夢]に迎えれるのなら.........[俺の夢]を、迎えに行けるのなら。

 

 

 ゆっくりと足を踏み出し、徐々にスピードを上げていく。徒歩から助走をつけて、走りになっていく。

 身体に跳ねる雨も、皮膚を刺激する寒さも、今は.........ものともし無かった。

 

 

 

 

 

......To be cont―――(.........桜木)

 

 

 

 

 

 走り去っていくアイツの背中を、俺達は見送った。その姿は以前と変わりなく。それでいて、前より力強く、大きい背中になっていた。

 

 

沖野(今のお前に、こんな事言ったら突っぱねられるかもしれないけれど.........)

 

 

 いつまでも、どこまでも純粋で、アイツは俺達に.........トレーナーとは何かを改めてその身で示してくれた。

 最初はそりゃ、良くもまぁこんなウマ娘の事を一ミリも知らない奴が.........なんて、思ってた奴が大半だ。勿論俺も、少なからずそう思っちまった人間の一人だ。

 それでもアイツは、その道筋で、道の歩き方で、どうあることがトレーナーなのかを、俺達に教えてくれた。

 俺達は普通の人間だ。もし、俺にアイツらと同じ様に走れる力があるなら、俺はその隣を走って居たかった。けれどそんな事、どう願っても人間に生まれたからには、叶いっこない。

 そんな中で、アイツは隣に居ようとした。力だとか、実力だとかを抜きにしてアイツは、隣に立とうと努力していた。

 

 

 そんなアイツの姿を見て、俺は.........

 

 

沖野(.........お前は最初から、立派にトレーナーをしていたよ)

 

 

 ぽつりぽつりと地面に跳ねる音が、次第に強さと勢いと、量を増していく。それでも、ここに居る奴らは皆、ここから一切動こうとしない。

 静かな空気の中、白銀がどんよりとした夜の空を見上げ始めた。

 

 

白銀「.........雨。止んでくれたな」

 

 

古賀「.........ああ。お前の言う通り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに止んでくれたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――空が泣いている。それはきっと、今まで秋の空が晴れ渡っていた反動だろう。笑顔に疲れた空は、ようやくその心を表に表してくれた。

 どんなときも晴れでいて欲しい訳じゃない。草木が育つには、決まって雨が必要だ。そして雨の後には、太陽が顔を覗かせるのが良い。

 そして、太陽の脇には.........まるで[奇跡]の様な[虹の橋]が掛けられる。

 

 

 全ての世界の色が詰まった様な[奇跡]。

 

 

 それを、[全て超える]為に。

 

 

 トレーナー(桜木 玲皇)は、自身の目覚めを信じて。

 

 

 今は夢の住人のまま、[夢]の方へと駆け出して行ったのであった.........

 

 

 

 

 

......To be continued

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