山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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サーカスの裏側

 

 

 

 

 

博士「さて、君達の興味深い話も聞き終えた。次は私の話でもしようか?」

 

 

 酷い散らばりを見せるラボの一室。そんな事を気にする様子も無く、彼女はパイプ椅子に座り、足を組んで紅茶を嗜んでいる。

 私達はアレから、彼女にこのラボまで連れてこられ、過去での出来事を話したのであった。

 

 

オル「じいじ.........かっこいいっス!!ウチも若い頃のじいじとお喋りしたいっス!!!」

 

 

フェスタ「そうだな。結局話もせずに出てきちまったからな」

 

 

ゴルシ「すんげー面白い奴だぜ?じいちゃんには無いアグレッシブさがあって」

 

 

 傍らで、自分達の知らないトレーナーくん。彼女達にとっては祖父がどういう人間なのか、想像して話を盛り上げている。

 しかし、私達にとっては、それは重要では無い。今知りたいのは、この時代での彼の事だ。

 彼女にその話を促そうとした時、不意にゴールドシップくんの母親がテーブルの前まで歩いて行き、強く両手を着いてから乱暴にパイプ椅子を引き、彼女の目の前に座った。

 

 

トマト「丁度良い機会だ。あのクソジジイがどうしてああなったのか、アタシら何も聞かされてねぇんだ。オメェも聞きてぇだろ?コウ」

 

 

皇奇「.........そうだね。父さん、トレーナーやってた事は話してくれた事もあるけど、全部は聞かせてくれなかったから。でしょ?姉さん」

 

 

フー「.........うん。私も、聞きたいな」

 

 

 どうやら、この時代の彼に近しい者達も、一体どのような道筋を辿ったのか分からないらしい。それを聞いた彼女は手に持ったティーカップとソーサラーをテーブルに置き、考えるように顎に手を当てた。

 

 

博士「なぜ、という事は私も分からないが、これから話す事は、誰も退屈させないだろう」

 

 

博士「.........キミ達の話と大きく逸れたのは、私がクラシック級に入り始めた頃だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラシック。つまり、デビューの年から一年が経過した辺り。私と彼は既に、三年目の付き合いになっていた。

 だと言うのに、私は彼の事はただの実験体やレポートの対象としか見ていなかった。

 

 

『顔色が悪いね。モルモットくん』

 

 

『.........寝不足なんだ。最近、寝付きが悪くてな』

 

 

『ふぅン?困るねそれは。キミは大事な健康的な成人男性なんだ。常に体調管理はしてくれないと』

 

 

 思えば。あの時彼を気遣う事が出来れば、また道は違ったのかもしれない。生憎家事は一切合切やった事がなくてね。出来ることと言えば、悪夢を見る睡眠薬を改良して、夢を見ることなく寝させる事くらいだった。

 .........だが、その時の私は、彼に対して何かをする。なんて事は、一度もしなかった。

 

 

 そんな状態が続いたある日、彼は見た事もない嬉々として顔で、私の前に現れた。膨大な資料をその手に、私の実験室に乗り込んで来たんだ。

 

 

『タキオン!!お前の足、何とかなるぞ!!!』

 

 

『なんだって.........!!?』

 

 

『俺の親友がやってくれた!!!アイツやっぱり天才だ!!!』

 

 

 その顔は、このトレセン学園に来て初めて見たと言ってもいい程、嬉しそうな物だった。

 それから、何とか学園関係者に見つからないよう、同室のアグネスデジタルくんに無理を言って、学園に寝泊まりしながら、その資料を読み込んだ。

 

 

 三日目を境に、私は確かな確証を持った。この足は治せる。と.........

 

 

 三日目を境に、彼は顔を曇らせた。まるで、悪い報せを受けたかのように。

 

 

 それでも、私は彼の事を気に掛けなかった。単なるレースに出る為の舞台装置として。そして、実験対象としてしか見ていなかった彼に、何かをしてやる。という気は、何故か起きなかった。

 

 

 菊花賞に出た。ジャパンカップにも出た。有馬記念も出た。全て勝利した。他を全て圧倒し、ただ風を感じたいがままに走り抜けた結果だった。

 

 

 それでも、まだ足りない。可能性の先はこの先にある。そう感じれば感じる程、私はレースに。そして走る事に、今まで以上に固執して行った。

 

 

『.........今、なんて言ったんだい?』

 

 

 終わりは突然だった。

 

 

『トレーナーを辞める。今まで世話になった』

 

 

 有馬記念を走り終え、年が明け、今度はシニア級への挑戦が待っているはずだった。そんな私に、彼は突然、トレーナーを辞めると言い出した。

 

 

 今思えば、何かその兆候があったのかも知れない。シグナルやサインを、見逃したのかもしれない。けれどその時の私には、あまりに唐突過ぎて受け入れる事が出来なかった。

 

 

 URAファイナルズがある。それだけじゃない。シニア級を私が好成績で走り抜ければ、彼もそれ相応の評価が得られる。今辞めるなんて、正しい選択じゃないと思った。

 

 

 けれど.........彼の目はもう、濁りを通り越して、塗り潰されていたんだ。

 

 

『肯定ッ!!確かに君の言い分は分かる。だがトレーナーが居なければトゥインクルシリーズは―――』

 

 

『だったらトレーナーを付けよう。その代わり、私は自分のやりたい様にやらせてもらう』

 

 

 彼が辞めて、いつまで経っても新しいトレーナーを付けない私を、理事長は直接呼び出した。デビューからクラシックまでの成績が良かったからだろう。トレーナーが居なければ公式のレースには出られない。シニア級を走らず腐っていく私を見て、勿体ないと感じたのだろう。

 だが、私は彼以外の指導を受けようとは思わなかった。私は最初から彼に興味なんて持っていなかったと言うのに、勝手に捨てられたと思った私は、一人で走り切ろうとした。

 

 

 天皇賞春。宝塚。天皇賞秋。ジャパンカップ。有馬記念。その全てを勝ち取った。

 

 

 全ては、彼が私を捨てた事を、後悔させる為だった。

 

 

『なんでだ.........!!!連絡の一つも寄越さないなんて.........!!!』

 

 

『キミさえ良ければまたトレーナーとして隣に居させてあげようと言っているというのに.........ッッ!!!』

 

 

 我ながら、自分勝手な奴だと、今なら思うよ。自分勝手をして捨てられて、そして自分勝手をして勝手に拾おうとする。捨てられたのは自分なのに、あたかも自分が捨てたかのように周りに言いふらしてね。

 

 

 それでも、彼の面影は何も無かった。メッセージには既読すら付かない。一体、何がダメだったのかも思考しない。悪いのは彼だと決めつけて、最後まで.........

 

 

 そう。最後まで.........

 

 

『アグネスタキオンッッ!!!見事第一回URAファイナルズ中距離部門の初代王者として、堂々の勝利を見せつけましたッッ!!!』

 

 

『ハァっ......ハァっ.........っっ―――』

 

 

 焼きが回った。私は神を信じる主義じゃない。それは昔も今も変わらないが、あの時だけは.........天罰だと思い知った。

 

 

『[屈腱炎]です。治りはしますが、以前の様なスピードを実現するのはまず、不可能でしょう』

 

 

『そん、な.........』

 

 

 [屈腱炎]。走るウマ娘にとっては、ガンと呼んでもいい程の病気だ。そんな物に掛かってしまえば、いくら足が頑丈であろうとも意味は無い。

 対して私は、貧弱だ。元通りは愚か、きっと走る事すら叶わない。

 そして、その知らせを知っているのか知らないのか分からないが、結局。彼からの連絡は一切無かった。

 

 

 それからの私は、現役時代に収集していたデータを元に論文を発表し。海外の大学で医療の研究に携わっていた。忙しい日々で毎日追われていたが、お陰で辛い事は目の前の事だけ。過ぎ去って行った物に目を向ける暇は無かった。

 

 

 卒業して、三十年程過ぎた辺り。もう過去の話は笑い話になっていた。研究仲間とアルコールを飲む時は、過去の事を失敗話として振る舞える程には、傷は癒えていた。

 その話をした最後の時、新人だった子に「謝ったのか?」と聞かれた。そう言えば、アレから顔も声も、文字のやり取りもして居ない。全て私からの一方通行だった。

 

 

 いい機会だ。一度溜まった有給を消化しよう。日本に戻って、彼とのわだかまりを解消してしまえば、本当の意味で笑い話に出来る。そう思い、私は一度この地に帰国した。

 

 

 久々にメッセージを送ってみると、時間を置いて既読が着いた。その時、私は柄にもなく、嬉しくなった。

 「謝りたい事がある。会って話がしたい」。たったそれだけのメッセージに既読が着き、彼から日程を言われた。その日に会える事を楽しみにして.........柄にもなく、服装なんかも気を使って.........

 

 

 その日は訪れ無かった。

 

 

『昨日、山の麓を走行していたバスが横転し、崖の下へと転落した事故が発生し―――』

 

 

『―――そんな』

 

 

 彼と私が再び顔を合わせる事は、無かった。当日の朝には帰ると言っていた彼が、何故かテレビに映っている。映像ではなく、静止画で.........

 その時、彼が結婚している事を初めて知った。あのメジロ家の令嬢と結婚している事。子供がいる事。孫がいる事。そして、会社の代表取締役として、今は各地で公演している事。

 

 

 全てだ。全て彼の口から聞きたかった情報。それを、誰かも分からないテレビのアナウンサーが淡々と情報を流してくる。

 血の気が引いていくのが手に取るように分かった。ホテルの部屋の中、テレビをつけて立ち尽くしている。痛みは無い。けれどまるで頭をハンマーで殴られたかのような衝撃と目眩が私を襲って来る。

 彼に会うために柄にも無く用意したベージュの服が、彼の通夜の為の黒い服になるのは、心が壊れそうな程に苦しかった。

 

 

『.........じいじ。どうしたの?』

 

 

『なんで帰って来ないの?今日、友達連れて来るって言ってくれたよ?』

 

 

『じいちゃんに会いたいっ!!ゴルシちゃん泣くぞ!!!』

 

 

 メジロ家が取り仕切る通夜は、粛々と進んで行った。お経の声が響く中。彼の孫達は事態を飲み込む事が出来ず、理解する事も出来ず、ただただ騒ぐことしか出来なかった。

 彼女達の父親が頭を下げながら出ていこうとすると、その隣座っていた母親がそれを制し、彼女達を無理やり抱き抱えて外へと出て行った。

 

 

『.........もっと。お話してれば良かったな』

 

 

『姉さん.........僕も、もっと顔見に来れば.........』

 

 

『止めなさい。今更、悔やんでもあの人は帰ってきません.........』

 

 

 涙を流す者。声を押し殺す者。現実を淡々と受け入れる者。その全てが出来ない程に、打ちのめされている者。通夜は、彼の人柄を改めて私に再認識させるには十分すぎるものだった。

 

 

 その日は。見つからなかった彼の遺体の代わりに遺品を焼却し、翌日に納骨する為にその場に泊まった。何度目を瞑っても眠れない私は、最後に彼と話そうと、もう一度その棺桶のある部屋に訪れた。

 

 

『.........グス』

 

 

『.........』

 

 

『.........とても、素敵な方でした』

 

 

 その部屋で、棺桶に顔を伏せて泣いていたのは、彼の妻だった。私が部屋に入ると、驚く様子も見せず、彼女から見た彼の印象を、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

『.........走れなくなった私を、一生掛けて支えると.........今まで、私達に嘘なんて吐いた事もありませんのに.........』

 

 

『.........嘘つきに、なってしまいましたわ.........』

 

 

 そう言って、気丈に振る舞い、微笑みを向ける彼女。けれどその表情は、悲しみに押し潰されているのがよく分かった。

 私は、彼女の隣に座った。彼の身体も心も、こんな所にあるはずは無いのに、それに触れたい一心で、その空っぽの棺桶に頭を当てた。

 

 

『.........結婚、していたんだね。家族も持って、孫まで.........居るそうじゃないか』

 

 

『それでいて.........今は、会社の社長かい.........しかも、会社名を良く聞いてみたら、来月私の大学と提携を組むと聞いていた会社だ.........はは』

 

 

『.........君の口から.........!!!全部聞きたかったッッ!!!』

 

 

『誰かも分からないニュースキャスターが淡々と話す言葉よりッッ!!!君が思い描く未来や幸せが含まれた言葉を聞きたかったッッ!!!』

 

 

『.........意気地無し』

 

 

 負け惜しみのようなものだ。全部、彼に届くことは無い苦し紛れの本音で、私なりの謝罪でもあった。

 

 

 火葬場には、彼の遺体は無く、ただただ皆、彼との思い出の品を焼いて行った。私は、彼との唯一の写真を焼いた。

 それらが焼けていく中、私の頬に、一筋の涙が流れた。それが悲しみなのか、後悔なのか、今ですら分からない。私は結局、人並みの思考と感情を、持ち合わせてなど居なかったんだ.........

 

 

 日本への滞在は、どこに行くでも無く、そのあとはずっとホテルに閉じ籠っていた。もう同僚や後輩の前で、この笑い話は出来なくなるなと自虐めいた思考をグルグルさせながら、ただ時間を貪っていた。

 

 

『アグネスタキオン様。貴女にお客様がいらっしゃっております』

 

 

『.........悪いが、断ってくれ。今は誰とも会いたくないんだ』

 

 

『?おかしいですね.........お約束していると言われたのですが.........部屋番号だって.........』

 

 

『.........?』

 

 

 来客なんて、私は知らない。約束もして居ない。だが、その者は確かにきっかりと時間と日時、そして私の部屋番号を堂々と答えたと言われた。

 .........大方、私の同僚がサプライズに来たのだろう。しつこく部屋番号を聞かれた為、答えてしまったのが運の尽きだ。

 

 

 私は受付のフロント係からの電話に通すように答えた。そして、10分もしない内に、私の扉が数回ノックされた。

 

 

『.........すまない。サプライズを用意してくれたのかもしれないが、生憎そんな気分では―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声に、私は一瞬、思考が停止した。申し訳なさそうに目を伏せ瞑っていたが、それを聞いた瞬間、有り得ないと思い目を見開いた。

 身体は硬直し、思考は徐々にエンジンを掛け始める。有り得ない。だが、本当に可能性は0なのか?

 ぎこちなく動く首。ゆっくりとその声の主に視線と焦点が合わさる。そしてそれは、紛れもなく[彼]だった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博士「.........そんな彼にそそのかされ、私は海外生活から日本での隠遁生活へと変わった訳さ」

 

 

全員「.........」

 

 

 けろり。とした表情で何ともないように彼女は言うが、その内容は重いものだった。正直、言葉で聞いたからだと思うが、文字で読むだけでもずしりと来る物がある.........

 しかし、彼女はそれを語りきった後、どこか晴れない様子で何かを考え始めた。

 

 

フー「どうしたんですか?何か分からないことでも.........?」

 

 

博士「いや.........あの時、彼の遺品と思い出深い物を焼いた記憶がある.........あるにはあるんだが.........」

 

 

 どこか煮え切らない様な姿を見せるカノジョ。こめかみに人差し指を強く押し当て、その記憶を整理しようとしているようだが、上手くは行っていないのがよく分かる。

 そしてそれは煮え切らないまま、その疑問の正体を口にした。

 

 

博士「.........記憶が[二つ]あるんだよ」

 

 

全員「.........え?」

 

 

博士「彼の遺品の中に、私の写真と同じ写真があった記憶と、無かった記憶が混在してるんだ.........これは一体.........」

 

 

 深く考え込むように、今度はその手を顎に当て始める。その様子を見て、何かを察したのはゴールドシップくんの母親だった。

 言うべきか言わないべきか。その葛藤に決着が着く直前。ライスくんが私の前へと躍り出た。

 

 

ライス「た、タキオンさん!タキオンさんにはライス達が付いてるからね!」

 

 

タキオン「へ?」

 

 

デジ「はい!!例えこの先何があろうとも!!タキオンさんの足はデジたん達が守ります!!!そうですよね!!?黒津木さん達!!!」

 

 

三人「.........Zzz」

 

 

 寝ている。その姿を見て全員が思わずズッコケる。あの話を聞いていて寝れると言うのは、あまりにメンタルが強いというか、怖いもの知らずと言うべきか。

 しかし、その騒音を聞いて三人同時に目を覚ます。しまったという表情すらせず、まるで最初から聞いていたかのように。

 

 

黒津木「いやー。壮大だったなー。ドラゴンがまさか101匹も出てくるとは思わなかったぜ」

 

 

神威「何言ってんだよ。トレセン学園に入学した瞬間記憶消されてコロシアイ裁判が始まったんだろ?流石超高校級の科学者だぜタキオン。指紋採取しちまえば速攻でクロが分かるもんな」

 

 

白銀「まさか俺がSM○Pの幻の八人目のメンバーだったなんて.........」

 

 

全員「七人目は誰だよ」

 

 

白銀「はァ?SMA○は元々六人だろ?何寝言言っちゃってるわけ?」

 

 

 実に人の事を舐め腐った表情でさも当たり前の事をサラッと言ってのける。この三人が話を聞いてないと言うのは既にわかったが、白銀くんの返答を聞いた彼女は立ち上がり思い切りその拳を振り上げかけた。

 

 

ゴルシ「バカ!!!止めろよ博士ッッ!!!死んじまうっての!!!」

 

 

博士「ええい離せ!!!この世界では死人でいて可哀想だと思ったがそんな気も失せた!!!彼の息の根を止めない限り人は争うことを止めないッッ!!!」

 

 

白銀「この世界じゃ自殺して可哀想な事になってる俺の事殴るの?」

 

 

博士「キィィィィィッッ!!!」

 

 

タキオン「まともに取り合うだけ無駄だよ.........アレへの対処は他三人かゴールドシップくんに任せるべきだ.........」

 

 

 緊張が緩んだのか、それともこのバカのせいで呆れたのか分からないが、私達は揃いも揃って溜息を吐いた。そしてその理由に検討が付かない様子で首を傾げる彼にもっと腹が立つ。

 

 

皇奇「.........とにかく。結局今の話だけじゃ父さんがどうしてトレーナーを辞めたのかも、あんな風になっちゃったのかも説明が付かない。振り出しに戻ったって事だね」

 

 

ブルボン「そうですね。それにタキ.........博士が言った政府に目を付けられていると言うのが事実なら、大きな行動も出来ません」

 

 

ウララ「.........どうしよう」

 

 

 政府に狙われている。それが事実かどうかは定かでは無い。今はメジロ家の後ろ盾があり何とかなっているようだが、隙を見せればタイムマシンの技術を奪いに来る可能性があるとだけ彼女に言われた。

 ならば尚更、あの破片を回収しなくてはならないのでは?とも思ったが、あの部品は寄せ集めで直ぐに手に入る。重要なのはコアの部分だが、それも力を失えばそこらの石ころと何の変わり映えもしないらしい。

 

 

タキオン「.........はぁ、問題は山積みだね」

 

 

博士「同感だ。性格や歩いてきた道はまるっきり違うのに、トラブルに巻き込んでくるのだけは変わらないようだね」

 

 

 この場にいない彼の話をして、私と彼女は同じように困ったように笑う。辿ってきた道は違えど、考えることや感じる物は似通うらしい。

 その後、彼女からは過去での出来事を私達により詳細に聞かれ、私達はそれを話して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名医「へ〜.........出たんだね。菊花賞」

 

 

テイオー「うん!!ボクひとりじゃ絶対出れなかったけど.........皆が支えてくれたお陰でボク、無敗の三冠バになれたよ」

 

 

当主「.........良かったですわね」

 

 

 得意げな顔から、懐かしさを思わせる顔を見せるテイオー。そんな彼女を二人は、本当に嬉しそうな表情で見ていました。

 しかし、彼女達は何もテイオーのその話だけをそんな顔で聞いていた訳ではありません。私達とトレーナーさんの話も、同じように聞いていました。

 そして、話は今の状況に陥った所で終わりを迎え、私達は一息吐きました。

 

 

当主「そう.........彼がそのような事を.........」

 

 

マック「はい。まだどうするかは決めておりませんが、それでもあの人は、私の進む道を支えてくれると言ってくれました」

 

 

マック「今はそれを頼りに.........生きるだけです」

 

 

 胸に掛けたネックレス。それはあの日、彼が私に誓いを立てた日に渡してくれた物。それを私は、優しく包み込むように、その両手で優しく覆いました。

 きっと、彼は私があの王冠の耳飾りを無くしたことに気付いてなどいないでしょう。それでも彼は、無意識の内に私から欠けた物を補う為に、自分のそれを差し出してくださったのです。

 ほんのりとした温かさが指先に触れます。単なる熱では無く、まるで生きている鼓動の様に、それは心地好い人肌のような温かさを発していました。

 

 

 しかし、そんな私の姿を見て、名医である彼女は少し怪訝そうな顔をして、私に顔を寄せてきました。

 

 

マック「な、なんですか.........?」

 

 

名医「ねぇマックイーン。これだけは約束して」

 

 

名医「その足が治ってないのに、治ったフリして走らないで」

 

 

当主「ちょっとテイオー」

 

 

名医「良いじゃん。ボクあの時の事は一生許さないから」

 

 

 先程まで仲良く私達の話を聞いていた二人が、今は少し険悪な雰囲気を間に挟んでいます。その変わりように、私達二人は身体を強ばらせます。

 少しの静寂の後、名医である彼女は、ポツリポツリと話し始めました。

 

 

名医「.........ボクが走るのを辞めたのも、医者になったのも。全部あの日が原因なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日。ボクはターフの上で人を待っていた。朝一番にそこに来るよう言われて、ボクは心を躍らせながら、身体が空回りしないよう、準備をしながら待っていたんだ。

 

 

『お待たせしました』

 

 

 そして、彼女は現れたんだ。一度壊れたけれど、その時に立っていたのは、あの日以前の、完璧に近い。正に最強と言っても過言では無いあの日々の彼女がそこに立っていた。

 

 

『ううん。全然.........やっと一緒に走れるんだね』

 

 

『ええ.........』

 

 

 ボクのその言葉を肯定するように、彼女は嬉しそうな声を発して、ターフのその先を見た。ボクもそれに釣られて、その先を見る。

 

 

『芝2400。天気晴れ。バ場状態良』

 

 

 目に映る全ての情報を言って、彼女は走行モーションに移行していく。ボクと同じタイミングで、何も言わずに、二人はまるで、最初からそうするように約束していた様に.........

 

 

『負けて泣いちゃっても知らないから。ボク、最強のウマ娘だからね』

 

 

『望むところですわ』

 

 

 彼女がポケットからコインを取り出して、親指の上に乗せる。それを見てボクは、更に気を引き締めた。

 コインを弾く音が気持ち良く響き渡る。ボク達二人の間にそれが落ちた時、まるでゲートが開くように、ボク達は同時に駆け抜けた。

 

 

 こんな日々がまた、続いて行く。元通りの日常が戻ってきて、またマックイーンと.........[スピカ]として.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハァ......ハァ.........やっぱり凄いよマックイーン.........治ってすぐなのに、もうこんなに.........?』

 

 

『.........っ、ぁあッ』

 

 

『.........え』

 

 

 あの時、どっちが勝ったかなんて覚えてない。あの後の事の方が、衝撃的すぎたから。そんな些細な事を覚えている余裕が、ボクには無かった。

 左脚を押さえて、苦しそうな声をあげるマックイーン。苦悶に満ちたその表情。何もかも、あの日のやり直しのようで、唯一違ったのは、どこか満足そうな顔をしていた。

 

 

『なんで!!?マックイーンッッ!!!治ったんじゃ無いの!!?』

 

 

『誰が.........治ったと、そんな事。一言でも言いましたか.........?』

 

 

『っっ.........!!!』

 

 

 苦しそうにしながら、だけどボクに無理やり笑顔を作りあげて、その顔を向けてくる。まるで、よくここまで頑張れたと、自分に言い聞かせるように。

 彼女はスマホを取り出して、短い操作をしたあと、ボクに向かって話し掛けた。

 

 

『[繋靭帯炎]は治りません。ただの骨折とは訳が違います』

 

 

『.........貴女が[奇跡を起こした]と言っても、それに釣られて[奇跡が起こる]なんてご都合主義。有り得る訳無いでしょう?』

 

 

『.........じゃあ、なんで.........?』

 

 

『.........今日は、脚のコンディションが良かったんです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一回だけ。それだけなら、全力で走れるだろう.........と』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、もう全部悟っていたんだ。誰が[奇跡]を起こそうと。仲間が[奇跡]を起こそうと。自分の脚はそれにあやかることは無い。そんな都合のいい話、[作り話]にしか無いんだって。

 

 

 だから、彼女は彼女なりの最後を選んだ。[競走バ]として、悔いのない。最後の全力をぶつけられる相手と、全力で走る最後を.........

 

 

『.........あんまりだよ』

 

 

『こんな最後だったら.........ッッ!!!ボクが[有馬記念]を走ったの、バカみたいじゃんかッッ!!!』

 

 

 けれどそれは、ボクの望んだ結末じゃなかった。決してそれを明確に持っていたわけじゃ無かったけど、彼女もボクも、最後はちゃんとした公式のレースで、それまでにはお互い、どっちが強いかハッキリさせて.........あるいはそこで、白黒つけて.........

 

 

 ボクは、それを望んで[有馬記念]に出た。そして勝って見せた。それが、マックイーンの[奇跡の復活]になるって、勝手に信じて.........

 

 

 絶望に打ちのめされながら、ボクは従者の人達に運ばれていくマックイーンを、力無く見ていた。実際、ボクに力は無かった。

 

 

 [奇跡]っていうのは大抵一度きり。そして長くは続かないんだ。それを思い知ったボクはトレセン学園を卒業して、走る事はせず、二度とボクとマックイーンみたいな思いをする子が出てこないよう、医者になったんだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名医「.........まぁ、一割くらいはマックイーンへの復讐もあるけどね♪」

 

 

当主「本当、見かけによらず色々陰湿なんですから。貴女は」

 

 

 ニシシ。と笑う彼女に、呆れながら言葉を返す当主。先程まであった険悪さも完全には無くなっていませんが、身を守る程の物でも無くなっていました。

 

 

テイオー「.........[有馬記念]、かぁ」

 

 

名医「うん。ボクはマックイーンの為に走ったけど、出るのはオススメはしないよ」

 

 

名医「例えキミが同じように勝てたとしても、その子が元に戻る保証はどこにも無いからね」

 

 

 私の方を静かに見ながら、彼女はそう言いました。その言葉には、並々ならぬ強い気持ちが込められています。

 [奇跡]は一度。そしてそれは、長続きしない。今は未来の技術で支えられ、痛みを忘れた左脚を撫でながら、私はその言葉に強く心を打たれます。

 もしかしたら.........治らないかもしれない。そんな弱気な姿勢を取ってしまうほどに、この先の道のりは長く険しいものだと分かってしまいます。

 

 

テイオー「.........うん、わかった」

 

 

名医「!良かった〜。叶わないかもしれない夢を追うのは、大変だからね」

 

 

テイオー「うん!名医さんの言葉はしっかり心に刻み込んだよ!!♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから走るね。[有馬記念]。[マックイーンのため]に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人「.........え?」

 

 

 その言葉を聞いて、私達三人は驚きました。それでは、先程までの話をまるで聞いていなかったのと同じです。

 けれどテイオーは、自信満々な顔を見せ、静かに、それでいて覚悟を感じさせる声で話し始めます。

 

 

テイオー「こっちのボクは[三冠]を取れなかった。マックイーンも、[繋靭帯炎]を治せなかった」

 

 

テイオー「ボク、その理由なんだけど、何となくわかるよ」

 

 

当主「理由って.........」

 

 

名医「い、一体なにさ?」

 

 

 困惑した表情でテイオーを見つめる二人。そんな二人の顔を十分に観察したあと、私の隣に座る彼女はこちらに顔を向け、ニカっと笑いかけて来ました。

 まるで、「キミは知ってるよね?分かるよね?」と言うように.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分、桜木 玲皇(サブトレーナー)が居なかったからだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを聞いて、私達はどこか納得しました。

 

 

 何故か、納得してしまいました。

 

 

 きっとこの方達は、この世界でのあの人の行動力や権力。その扱い方の上手さを思い浮かんだのでしょう。

 たった一日程度ですが、それを傍で見ていて、これ程安心出来る力の使い方を出来る人を、私は知り得ません。

 

 

 けれど、[彼]にそんな力は無い。彼は思っている以上、皆が考えている以上に慎重な人で、権力とは程遠い人。

 それに、たとえそれらを有していたとしても、それを扱うほどの器用さは皆無な人です。

 

 

名医「.........そうだね。彼は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――強い人だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........強い人。その言葉は先程、私が彼に対しての印象を結論付けようとした直前に出して、そして自らが疑問に思った言葉でした。

 けれども、それを否定する材料なんてどこにも無い。今まで見てきた彼は、正に私には無い強さを持っていて.........今まで私達の事を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『怖かった!!!!!』

 

 

「.........違います」

 

 

『ごめん、俺が落ち着かないんだ』

 

 

「彼は.........彼は決して、強い人なんかじゃない.........」

 

 

『俺はッッ!!!』

 

 

「彼はただ.........!!!」

 

 

『俺は.........強くないんだよ.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強くあろうとしているだけです.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸を突き上げる感情。彼のその姿を思い出していく度に、それは強さを増して行きます。

 頬に流れていく熱い物。静かに、ですが絶え間なくそれは流れ、私のズボンにシミを作っていきます。

 

 

三人「.........」

 

 

マック「本当は誰よりも傷付きやすくて.........それでも手を伸ばそうとして.........」

 

 

マック「でもそんな弱さを見せたら、皆が不安になってしまう。だから.........!!!」

 

 

マック「だからっ、[仮面]を付けてッッ!!!強がったり強いフリをしてしまう.........!!!」

 

 

 今まで見てきた断片的な彼の姿。[仮面]なんて無い。どこかで見てきた様な大人らしさも、かつては自分自身にも存在していたであろう子供らしさも無い、[彼らしい]姿。

 それらを全て繋ぎ合わせ、浮かび上がったものこそが、本当の彼。

 

 

 桜木 玲皇(私のトレーナーさん)なんです。

 

 

マック「私達に辛い事や苦しい事は勝手に奪ってきて半分こにしてくる癖にッッ!!!私達の喜びや嬉しさには決して手を出さないッッ!!!」

 

 

マック「それなのに自分の喜びや嬉しさは図々しく半分渡してくる癖にッッ!!!辛い事や苦しい事は一切私達に見せようとしてくれないッッ!!!」

 

 

マック「あの人は根っからのお人好しでッッ!!!欠点になってしまう程の優しさの持ち主でっっ」

 

 

マック「勝手に滅茶苦茶するし.........覚悟を決めたら.........フラッと.........居なく.........なるし.........」

 

 

 涙の混じった声はいつの間にか、嗚咽が多くなって行きます。それなのに、私の頭の中には彼の姿がいくつも巡り、想起され、そして.........その日の気持ちを、強く思い出させます。

 変な人です。けれど、蓋を開けて見れば普通の人なんです。人の為に、誰かを笑わせる為に[道化]になりきろうとしている人なんです。

 でも、そんな[道化]の化粧を落とした本当の彼が.........その彼だけが。私を[一人のウマ娘]にしてくれる。

 

 

マック「誰がなんと言おうと、彼は強くありません.........それでも私は、彼の[強さ]を知っています.........」

 

 

マック「打ちのめされても、困難が立ちはだかっても.........彼は、私達を信じてくれる.........私と、[一心同体]で居てくれる.........」

 

 

 たとえ、彼が目の前から居なくなり、離れ離れになっても。たとえ、多くの困難が目の前に立ちはだかり、膝を折り地面に付けたとしても。

 彼は立ち上がれます。その時、どんなに力が残って居なくても、彼は私達を.........そして、[一心同体]を信じて。立ち上がってくれます.........

 

 

マック「.........危なっかしくて、私達の事になったら涙脆くて、でも.........いつも私達が帰ってくる場所に居て、出迎えてくれる」

 

 

マック「.........だから、今度は私達の番なんです。帰るべき居場所をくれたあの人に、今度は私達が帰る場所になるんです」

 

 

マック「だって私は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――トレーナーさんの事が、大好きですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 好きです。

 

 

 大好きなんです。

 

 

 だから、あの人が傷付いたり、苦しんでいる姿を見たくないんです。

 

 

 それでもあの人は、自分が助かる為に私達に分かりやすく手を伸ばしたり、声を上げたりはしてくれません。

 

 

 だから、あの人が安心出来るよう、帰ってこられる場所.........チーム[スピカ:レグルス]を守りたい。

 

 

当主「.........そうですわね。強いように見えるけど、あの人の本質は寂しがり屋ですから」

 

 

マック「ええ。まぁ、そういう所が可愛らしいのですけど.........」

 

 

 私と当主が彼の姿を思い出し、恥ずかしさはありつつも笑みを零しました。そして、そんな私達を見て二人のテイオーはげんなりとした表情で私達を見てきます。

 

 

当主「本当。初めて会った時からあの人は.........?」

 

 

名医「?どうしたのさマックイーン?」

 

 

当主「いえ.........あら?んん.........?」

 

 

 先程見せた優しい笑みから、彼女は何か考えに耽けるように顎に手を当て、考え込み始めました。私達はそれを見守る様に、彼女の姿を見続けました。

 そしてその疑問が晴れない内に、彼女は戸惑いつつも、その疑問を口にしました。

 

 

当主「.........[二つ]、あるんです。彼と初めて会った時の記憶が.........」

 

 

三人「え?」

 

 

当主「鮮明な物ではありません。何かこう.........砂嵐の様なノイズが混じっていますが.........アレは、あの場所は確かに.........」

 

 

 拭い切れない謎。それを吐露するように彼女は、その記憶を戸惑いつつも、私達に語り始めました。

 

 

 ですが、その内容は二つとも大差はありません。彼女は彼女のトレーナーから、彼の持っている資料が必要だと言われ、彼の元を訪ねた。去り際も何も、変わった事はありません。

 唯一違うとするならば.........

 

 

『それならここだよ。今忙しいから早く持ってってね』

 

 

『あっ、それね!今持ってくるから!あっれ〜どこ置いたっぐえ!!?』

 

 

 それは、資料の場所を聞いた際の反応。彼女の実際の記憶では、散乱したトレーナー室の中を、焦りながら歩き、床に散らかっている物を踏んづけてバランスを崩した彼の姿。

 しかし、彼女にはもう一つ。ノイズの掛かった記憶。机の上で資料から目を離さず、指を指して場所を教える冷たい姿。それが有りました。

 

 

マック「一体、どういう事でしょう.........?」

 

 

名医「なーんだ!!そんなの簡単じゃん!!」

 

 

テイオー「えー!!?もう分かったの!!?」

 

 

当主「ふふ、流石ですわねテイオー。やはり口に出して正解.........」

 

 

名医「マックイーンももうおばあちゃんだからね♪」

 

 

二人「.........ゑ?」

 

 

 当主の隣に座る名医が結託の無い笑顔で彼女の顔を覗き込みながらそう言いました。その姿を見て、私とテイオーは今まで出したことの無い声を出してしまいます。

 対する当主は、その顔を驚きから徐々に笑顔に変えていきます。それを見て私達はこの場から逃げたい気持ちで感情を埋め尽くされてしまいます。

 

 

当主「.........こう見えても脳年齢は自転車レベルですのよ?」

 

 

名医「え?関係無いよ?長期記憶と短期記憶って似てるようで別のカテゴリーだからね!!」

 

 

当主「へぇ.........そうなんですのねぇ.........」

 

 

マック(.........逃げますわよ。テイオー)

 

 

テイオー(う、うん.........)

 

 

 その後の惨状を察した私達は息を潜め、客間から何とか出て行きました。その後、背中を向けた部屋の中から苦痛の叫びが聞こえて来て、私達は走って自分達に割り当てられた部屋に逃げ帰りました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢だと思った。

 

 

 夢であってくれとも思った。

 

 

 これがせめて、覚めれば消える、一時の悪夢だと思っていたんだ。

 

 

患者「えっ.........と、どちら様、ですか.........?」

 

 

桜木「え、あ、俺.........は」

 

 

能面「.........ああ。彼は俺の会社に居る若手でね。何でも君達が走っていた時代のウマ娘が好きらしいんだ」

 

 

 何て言って答えれば良いのか分からなかった。それを隣に居るやつが、まるで気にしないように、息をするように嘘を吐いて難を逃れることが出来た。正直、複雑な思いだ。

 それでも俺は、それに乗っかるしかない。例え過去から来たと言っても、信用を得られない。得られたとしても、きっと俺の知っている彼女達とは違う道を辿っている。

 そう思うと.........胸が締め付けられるように、痛かった。

 

 

看護師「では、私達は当時の話をすればいいのですね?」

 

 

能面「ああ、思い出話を咲かせるには丁度いいだろう?申し訳ないが俺は、担当の事で頭がいっぱいだったんでね。彼の方が多くを話せるだろう」

 

 

桜木「その.........よろしくお願いします。ライスシャワー[さん]。ミホノブルボン[さん]」

 

 

 普段は決してしない、彼女達の名前をフルネームで呼ぶ事。それに付け加え、さんをつけて呼ぶ事。その二つが、俺の心を酷く落ち込ませる。

 

 

 だけど、話が始まれば直ぐにそんな気持ちも薄れて行った。彼女達にとっては何十年も前の話かもしれないが、今の俺にとっては3〜4年程度。まだあの時の熱も残っている。

 このまま、楽しい時間が続けば良いと思っていた。

 

 

 けれど、物事はそう上手くは行かない。

 

 

桜木「そうそう!ブルボンさんのジャパンカップも凄かったなー!!」

 

 

看護婦「.........?」

 

 

桜木「ライスさんのマックイーンさんを打ち破った天皇賞も!!皆が祝福してくれて.........ビデオでも俺泣いちゃって.........」

 

 

患者「.........あの」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

 あの時の事を思い出し、熱くなって語ってしまう。けれどそんな俺を二人は困惑した表情で見つめてくる。

 何か間違ったのだろうか?いや。そんなはずは無い。確かに俺はこの目で、君達の走りと栄光を.........

 

 

看護婦「私はジャパンカップ前に骨折しました。なので、記憶違いだと」

 

 

桜木「っ、あ、そっか!!じゃあその後かな!!ただレースの名前をど忘れしちゃって.........?」

 

 

 そうだ。ここは未来。しかも俺達が辿ってきた道とは違う未来だ。俺にとって有り得たはずの未来。きっと、何かが違っているのだろう。俺は誤魔化す為に笑って頭を掻いた。

 それでも空気は静かで、俺の肌を突き刺してくる。痛い程の静けさで、俺の事を追い詰めてくる。

 静かに俺の方を見る二人。ベッドに居る方の彼女が、静かに口を開いた。

 

 

患者「あのね?ブルボンさんは.........骨折してそのまま、引退しちゃったんだ」

 

 

桜木「.........え?」

 

 

患者「私がマックイーンさんに勝った時、皆に喜ばれなかった。喜ばれたのは、二年後の春の天皇賞の時」

 

 

患者「このまま私も、皆みたいに幸せをお裾分けできるかも.........って、思ってたんだけど」

 

 

患者「.........宝塚記念で、走ってる時にバランスを崩して.........こうなっちゃったんだ」

 

 

 そう言って.........悲しく笑った。二人は、笑っていたんだ。

 

 

 まるで、それが運命だって言うように。

 

 

 仕方が無いって、言うように。

 

 

 新たな夢を見つける事無く、走るのを辞めてしまっても。

 

 

 夢が叶うかも知れないという矢先に、辞めざるを得なくなっても。

 

 

 それが.........運命だって.........

 

 

桜木「.........っ、あ、れ.........?おかしいな.........記憶、違いっかなぁ.........?」

 

 

 受け入れられない。そんな痛々しい現実。だって、そうだろ?走ってる最中にバランスを崩して、こうなったって.........それって、あの時からずっと、ここで身動き取れない状態って事じゃないか。

 何か、何かを言わなければ。そう思って言葉を探しても、まるで狭い隙間に小さい何かを落としてしまったかのように、俺の中には何も無い。

 そんな模索をする俺の肩にゆっくりと手を置く存在が居た。

 

 

能面「すまない。君達の大ファンなんだが、実際目の当たりにした緊張で記憶が混乱しているんだ。そろそろ失礼させてもらう」

 

 

患者「あっ、はい.........」

 

 

看護婦「お気を付けて、桜木様」

 

 

 何も言えない。そんな奴が、いつまでも居るべき場所じゃない。俺は力が上手く入らない脚を何とか立たせ、この部屋から出て行く奴の後ろを追っていく。

 ある程度歩いて、振り返った時。部屋の中では去りゆく俺達に向けて、優しい笑みで手を振る彼女達が居た.........

 

 

 

 

 

患者「.........行っちゃったね。ブルボンさん」

 

 

看護婦「ええ。[彼の言っていた]通り、面白い人でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸に広がる味の悪い感触。口の中も、鼻を通る匂いも、全てが悪く思えてしまう程.........今の俺は、最悪な気分だった。

 

 

桜木「.........合わせたかった人って、あの子らかよ.........」

 

 

能面「.........」

 

 

桜木「.........ッッ!!!何とか言えよッッ!!!」

 

 

 前を歩く男に近寄り、その身体を反転させて襟首を掴み、エレベーターの中の壁にその背中を押し当てる。

 激しい動きをした訳じゃないのに、何故か息が整わない。変な興奮の仕方をしているのが、よく分かった。

 それでもこの男は顔色一つ変えやしない。ただ俺の、余裕のない顔をただ、じっと見ているだけだ。

 

 

桜木「答えろッッ!!!テメェはあの子らを俺に会わせてッッ!!!何がしたかったんだッッ!!!」

 

 

能面「うるさい奴だ。[どうでもいいだろう]?」

 

 

桜木「は.........?」

 

 

 虚ろな目で俺を見下す。心底どうでもいいと言うように、軽蔑したその目で俺を見下げる。コイツには、何も残っちゃいないのか.........?人としての思いやりは、何もありはしないのか.........?

 そんな俺の動揺を見て、もう何度聞いたか分からないため息が聞こえてくる。だが今はもう、それに反応する程の怒りは残っちゃいない。

 

 

能面「[彼女]を救う。お前が目指すのはそこだろう?」

 

 

能面「だったら彼女らは[関係無い]」

 

 

能面「いつまでも青臭いガキみてぇな夢抱えてんじゃねェぞ。ちったぁ大人らしく振る舞えねェのか?なァ?」

 

 

桜木「.........っ!!!」

 

 

 心に鋭く突き刺さって、抜けなくなる。その言葉が、今まで[大人]を先延ばしにしていた俺の心に、深々と.........

 俺には似合わないと思っていた。何だか、気恥ずかしいと思っていたし、大人なら沢山。周りに居た。

 だから俺は、そうなる必要は無いと思っていた。そうならなくても、生きては行けるんだって.........

 けどそれは、ただ[生きてるだけ]だ。それじゃあ、[貰ってばっかり]の子供と、大差ない。

 

 

桜木「俺、は.........どうっすれば.........良い.........?」

 

 

能面「.........聞くことしかできねぇのか。出来損ない」

 

 

桜木「っ.........」

 

 

能面「もうテメェには期待できねぇが。その手離してくれんなら言ってやる」

 

 

 顔を俯かせながら、俺はその手をゆっくりと離した。今はそれしか、道が無かったからだ。だから俺は、前に進む為に。[立ち向かい]、[受け入れる]為に手を離した。

 .........けれど、奴はそうした俺に対して、今までで一番深い溜め息を零した。心底失望した.........そう、言うように。

 

 

能面「.........仕方ない。俺は出来ない約束はしない主義だ。お前が[楽になる]道を教えてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[諦めろ]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――」

 

 

能面「どの道この程度で面食らってるようじゃ、あの子の隣は歩いて行けない。その程度じゃ、茨の道は[歩けない]」

 

 

 その言葉を聞いて、胸の中で熱さが煮えたぎった。けれど、外には出て行かない。奴の言っていることは正しくて、間違っているのが俺だからだ。

 それだけじゃない。幾度となく、誰かも分からない存在に聞かされていたその言葉に、反論出来なかった。他でも無い、未来の[俺自身]の言葉に。

 

 

桜木「.........どうすりゃ、いいんだよっ.........!!!」

 

 

桜木「何にも持ってねェ俺がッッ!!!どうやったら助けられんだよッッ!!!」

 

 

 エレベーターが開き、裏口が見える。俺は訳も分からず、ただ熱に動かされるままに、そのまま走って外に出て行った。

 

 

 俺じゃ.........誰も助けられない。大切な子達を、守る事すらできやしない.........そんな、[自分の期待]に応えられない自分に、心底嫌気が差して.........ただがむしゃらに、走り続けた.........

 

 

 

 

 

能面?(.........)

 

 

 ―――夕日に溶けていくような背中を見つめながら、物思いに耽ける。運命にもがき、結末から足掻いているその背中を、ただ見つめる。

 

 

能??(.........今まで、多くの事を見て見ぬふりをしてきた)

 

 

 助けられた命。叶えられた筈の夢。迎える事の出来た幸せな結末(ハッピーエンド)。その全てを犠牲にして、今俺はここに立っている。

 来た道を戻るには、俺は歩き過ぎた。だが.........結局は[戻った]。しかしそれは、[やり直し]がしたかった訳じゃない。

 生憎、[二週目]の分岐ルートには興味が無かった。結局それはズルで、俺のポリシーに反する事だ。それに、俺は[一周目]で迎えた[結末]が、割と好きなんだ。

 

 

 それでも、俺は望んだ。

 

 

 いつかのどこかで良い。[彼女]が幸せになれる結末を。

 

 

『おいっ!!!何があった!!?お前ら夢で何を見た!!?』

 

 

『ユめ?なにイッてんダよ?それヨり早クタイムマシンにのセテくれよ』

 

 

 誰も気付かない精巧な仮面。案の定、それはただの操り人形だった。それだけが唯一で、それ以外は何も変わりはしない。だから、誰も気が付かなかった。

 だがそんな物で、幸せを迎えられるか?彼女が心から、笑ってくれるか?俺はそうは思えなかった。

 だから、その日を[やり直す]為に戻ったんだ。

 

 

???(.........サポートはできる限りしてやる。だがな)

 

 

??(最後は結局、お前の力なんだ)

 

 

桜?「.........口ではああは言ったがよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「俺は[お前]に、結構期待してんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう。走り去っていく背中は見えない。[可能性を超えた何か]を感じさせるそれは、俺の目にしっかりと焼き付いている。

 この博打が吉と出るか、凶と出るか.........それが明らかになるのは、あと少しの話だった.........

 

 

 

 

 

......To be continued

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