山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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ダブルソーダ

 

 

 

 

 

桜木「.........」

 

 

 夕日が街の縁に溶け込むように沈んで行く。その様子を俺は、いつも来ていた公園でただひたすらに眺めていた。

 子どもの姿は、どこにも無い。もう帰りのチャイムが鳴ったのだろうか?それとも、未来ではもう公園で遊ぶなんて事は、しないのだろうか?

 

 

『お兄さま!!』

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 彼女の姿が朧気にこの公園に映し出される。ウララとブルボンと、一緒にボールで遊んでいる姿が.........

 そんな姿から逃げる様に、俺はその両手で顔を覆った。もう、何も見たくなかった。俺は.........俺には、あの子を助けられる力は無い。

 

 

 ただの怪我なら良かった。もしトレーニングや日常で起こる怪我なら、細心の注意を払って彼女を助ける事が出来る。

 だけど、レースの最中は違う。俺は手出し出来ない。助ける事は出来ない.........

 

 

 俺はトレーナーだ。それも、人間のトレーナー。彼女は勿論、他の子達の隣を、走る事は出来ない。

 

 

桜木(.........置いてかれたくなくて、追ってんのに)

 

 

桜木(手の届かない所で転ばれたら.........どう頑張っても助けられない.........)

 

 

 答えは出ない。けれど、ゴールは明確。宝塚までに、何かをしなければならない。

 俺に.........何が出来る?あの子の未来を、どうすれば救える.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 救う?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を心の中で唱えた時、ベッドに横たわる彼女の姿が思い出される。彼女は去り際、俺に微笑んで手を振ってくれていた。

 そして、自分の運命を受け入れていた。それは、もう一人のブルボンもだ。悲しい結末を、受け入れて前へと進み、あの彼女達が出来上がっていた。

 

 

 じゃあ、この俺の考えはただの思い上がりか?助けたいって、一体何様のつもりなんだ?彼女達はもう立ち直っている。救われている。俺がやろうとしているのは、ただのお節介なんじゃないのか?

 

 

桜木「.........はは」

 

 

桜木?「ははは.........」

 

 

 笑うしかない。無様で滑稽で、足掻くことしか能が無いのに、俺は分不相応に手を伸ばす。そんなの、[大人]じゃない。俺が諦めるべき事は.........[手を伸ばす]事なんじゃ無いのか.........?

 

 

桜??「.........もう。何も分からないや」

 

 

???「このまま.........消える事が出来たら.........」

 

 

「そうやって、また[委ねる]のかい?」

 

 

桜??「.........」

 

 

 身体の奥底から声が聞こえる。それは呆れでも、然りでもない。ただ純粋な質問として、俺に投げ掛けられる。

 心があと一歩という所で、踏ん張りを見せる。けれど、それは心だけだ。思考も本能も、全てそこに片足を突っ込んでいる。

 だと言うのに、この心はもうそんなことは無い。そういう様に踏ん張って見せる。きっと、コイツの言葉なんて関係無しに、俺は戻って来れていた。

 

 

桜木?(.........委ねないよ)

 

 

桜木(こればっかりは.........誰かに任せられない)

 

 

桜木(だって、辛いのは俺だけで十分だから)

 

 

「.........」

 

 

 心の隣にあった気配が音もなく消えて行く。身体の奥底に眠るように帰って行く。精一杯の明るい心で、今の俺にとっての正解を伝える。

 満足したかは分からない。納得してくれたかも定かじゃない。けれど今の俺には、これしか言えない。もう他の誰かに、俺の辛さを肩代わりさせるような事は、したくない。

 

 

桜木(.........でも、どうしたらいいんだろうなぁ.........)

 

 

 呆けた思考のまま、俺は手で覆って俯いていた顔を上げた。今は辛くても、前を見るべきだと思ったからだ。見たくない物が見えても、それでもそれを真っ直ぐ見るべきだと.........

 そうして、沈み切る前の夕陽を背景に、彼女の姿がそこにあった。朧気で、ボヤけた彼女が心配そうに、俺の顔を覗き込んでする。

 

 

『トレーナーさん?』

 

 

桜木「.........そっか」

 

 

『え?』

 

 

桜木「俺には.........君が居るもんな」

 

 

 その顔に、酷く安心を覚える自分が居る。彼女と誓った約束が今もこの胸に生きている。だから、心だけは踏ん張れたのかもしれない。

 俺は顔を伏せてそう思い、妄想に耽けるのも止めて、これからどうするかをもう一度、真剣に考えようとして顔を見上げた。

 

 

桜木「.........あれ?」

 

 

『そ、そんな.........私が居るだなんて.........///」

 

 

桜木「も、もしかして.........本物?」

 

 

「え?ええ。正真正銘、メジロマックイーンです。貴方のチーム。[スピカ:レグルス]のエースの.........?」

 

 

桜木「.........はぁぁぁ」

 

 

 また。やってしまった.........今度はその感情が100%で顔を覆う。どうしてこう、彼女の事になるとこんなにしっかり出来なくなってしまうんだろう.........俺もたまにはカッコよく決めたい物だ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「お隣、よろしいでしょうか?」

 

 

桜木「ああ。構わないよ」

 

 

 恥ずかしそうに笑いながら、彼は私が隣に座る事を許してくれました。そんな彼の短い言葉でしたが、私は嬉しくなり、そのまま隣に腰を下ろします。

 彼と私の間の隙間は.........私の手を握ったサイズの半分程。気が付けば、最初の頃よりずっと近くなった気がします。

 

 

桜木「.........そういえば、マックイーンはどうしてここに?」

 

 

マック「最近動いてませんでしたから。ランニング程度なら大丈夫だと聞きましたし、未来のトレセン付近で少し散歩をと.........」

 

 

桜木「ふーん.........」

 

 

 彼は納得した様に、返事をして空の方を見ました。私も同じように、夕焼けが綺麗な空の方を見ます。

 .........そんな空を見ていると、先程言った言葉を、取り下げたくなってしまいました。

 

 

マック「.........本当は、貴方を探しに来たんです」

 

 

桜木「え?」

 

 

マック「ふふ.........貴方の前では、もうカッコつけられませんわね」

 

 

 そう。本当は散歩などではありません。ただ彼を探しに来ただけなのです。先に帰ってきていた能面さんが、彼が見えない事にソワソワとしていた私に探しに行っても良いと言ってくれたのです。

 

 

桜木「.........ううん。マックイーンはカッコイイよ。初めてみた時から、ずっと」

 

 

マック「え?」

 

 

桜木「俺と違って.........最初から芯が通ってて、心も身体も、俺なんかとは出来が違くて.........」

 

 

桜木「俺も.........マックイーンみたいだったら、少しはトレーナー.........まともに出来たのかもね」

 

 

 悲しそうな笑顔で俯きながら、彼はそう言いました。それに対して私は気の利いた言葉が見つからず、何も言わずにただ、彼を見ていました。

 .........でも、彼が何かを言う、なんて事はありません。彼はそういう人だと、先程の話の中で分かったではありませんか。

 

 

マック「.........お腹がちょっとすきましたわね.........トレーナーさんは?」

 

 

桜木「え?あぁ.........はは、生憎何かを食べたい気分じゃないかな.........」

 

 

マック「では、私に付き合ってくださいまし。少々席を外しますわ」

 

 

桜木「え?マックイーン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「お待たせしました!!」

 

 

桜木「マックイーン!!どこ行ってたの?」

 

 

マック「コンビニです!!懐かしい物が売ってましたわ!!」

 

 

 未来の世界のコンビニ。私が見慣れないアイテムや食品が多数販売されており、少々迷いましたが、これを見た時にはもう、これしか無いと思いました。

 手に持った袋の中からそれを取り出し、彼に見せました。

 

 

桜木「.........ダブルソーダ?」

 

 

マック「ええ。思い出しませんか?私とダイエット対決をした時の事を」

 

 

桜木「.........懐かしいなぁ」

 

 

 彼にそのアイスの袋を手渡します。すると彼はいつも通り、それに含まれた成分表をしっかりと吟味し始めます。私達が何か買った物を食べる際、こうして健康面での影響を考えてくれるのです。

 すると彼は、そこに記載されたある一文を見て感心の声を上げました。

 

 

桜木「[絶対に溶けない].........か、アイスも進化したなぁ」

 

 

マック「どうでしょう?食べてもよろしいですか?」

 

 

桜木「あはは、正直結構睨めっこしたけど、俺達の時代にはなかった成分もあってよく分からないや.........」

 

 

 困惑しながらも、彼はその手で袋を裂き、中身のアイスを取り出します。二本刺さった棒のそれは、昔と変わらない姿であり、割れる音も、一度聞いた以来の物と全く変わりません。

 彼から片割れを手渡され、私はお礼を言いました。

 

 

マック「いただきます.........ん〜♪味が変わってません♪」

 

 

桜木「.........そっか」

 

 

 口の中に感じるひんやりとした冷たさ。溶けない、と言った割には、口に入れたすぐにはもう溶け出していました。もしかしたら、唾液の成分で溶けるようになっているのかもしれません。

 透き通るような涼しさと、それに乗るような爽やかな甘さ。好きな人は好きでしょうし、私は勿論大好きな味です。

 しかし、彼は私の顔を見て微笑みましたが、その顔をまた、地面の方へと向けてしまいます。

 

 

マック「.........トレーナーさん。よろしければ、話してくださいませんか?」

 

 

桜木「.........実は今日、ライスに会ったんだ。こっちの未来の.........」

 

 

マック「まぁ!ライスさんに?きっと素敵でオシャレな女性になってたでしょう.........」

 

 

 今でもどこか儚さを感じる所があるライスさん。その姿から成長し、大人になった姿を想像してみます。幼さを感じる顔立ちをしていますが、ファッションセンスは大人のようです。

 そんな彼女が大人になったのなら、きっと素敵な衣装に身を包み、私よりどこかのお嬢様のようなお淑やかさが感じられる人に.........

 そこまで想像して、私は彼の方を見ました。けれど彼は、私の方には目も向けず、その顔は地面に向けたまま。その首を悲しく振りました。

 

 

桜木「.........病院のベッドだった」

 

 

マック「.........え」

 

 

桜木「今のあの子は、どこにも行けない.........本当に、鳥籠の中に居る小鳥の様だった」

 

 

 彼は悲しそうな感情も、苦しそうな声も出さずに、ただ淡々とそこで知った事実を私に話し始めました。

 そこにブルボンさんが居た事。ライスさんがベッドの上に居た事。ブルボンさんがジャパンカップに出る前に骨折した事。その後復帰すること無く引退した事。そして、ライスさんが宝塚記念の最中、不幸にもバランスを崩してしまったこと.........

 そのあまりに衝撃的すぎる事実を、彼はまるで、空想の事だと言うように、淡々と語りました。私もそれを聞いている間.........本当にそれが現実なのかと、疑ってしまいました。

 

 

桜木「.........ホント、ドジだよなぁ。レースしてる間に、転んじゃうなんて.........」

 

 

マック「.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 それっきり。私と彼の間に会話はありませんでした。こんなに近くに居るのに、声を出す事すら出来ず、この手で彼を慰めてあげる事すら出来ませんでした。

 どうすれば良い.........なんて、きっと彼は既に考えているのでしょう。考えて考えて、そして答えが出ないから、こんなにも苦しんでいるんです。私は決して、聡明な方ではありません。きっとなんの手掛かりも無い状況で考え出したら、彼と同じように思考の沼に陥ってしまいます。

 この世界は、私達の知っている世界とは違います。けれど、だからといってそれが起こらないという事は、決して言いきれません。私の[繋靭帯炎]も、そしてテイオーの[骨折]も、同じように起こっています。

 その可能性にすがるには.........あまりにも不安定すぎる。だからといって、今何か出来るのかと言われれば、私には口を噤むことしか出来ません。

 

 

 そんな中、私も彼と同じように地面を見ていると、ぽたぽたと何かが落ちていく音が聞こえてきました。その音の方を見ると、彼の地面に、水滴が落ちて行くのが見えました。

 

 

マック「っ、ほら!今はアイスを食べましょう?溶けてしまってはもったいな―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ.........っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――.........」

 

 

 アイスは.........溶けていませんでした。それもそうです。[絶対に溶けない]。袋にはそう記載されていましたから.........

 それでもその水滴はぽたぽたと、最初に見た時よりもその量を増やして行きます。

 視線を少しあげると、目元を片手で押さえ、力を入れる様に口元を横に広げ.........まるで、涙を堪え様として、それでも泣いてしまう子供のように.........彼は、泣いていました。

 

 

桜木「せめて.........!!!レースの最中じゃなかったら俺がッッ!!!俺達が.........ッッ!!!どんなドジでも助けてやれんのに.........ッッ!!!」

 

 

桜木「そんな大事な場面で.........ドジ踏むなよ.........ッッ!!!」

 

 

 泣いている声を上げないように途切れ途切れに話すトレーナーさん。それでも、言葉を話す際にどうしても、嗚咽やしゃくり上げる声が混じってしまいます。

 

 

桜木「俺は人だからッッ!!!あの子の隣で走ってやれないッッ!!!助けてやれない.........ッッ!!!」

 

 

桜木「俺に.........ッッ!!!君達みたいな力があったら.........ッッ!!!」

 

 

マック「.........」

 

 

 力があったら。きっと彼は、レースの最中だろうとライスさんを助けるべく乱入するでしょう。そうあったのなら、世間の批評はともかく、ライスさんはきっと助かります。

 けれど、きっとそんな力があったら.........彼はここには居ない。もっと別の場所で、大きな活躍をしている筈です。

 

 

マック「それは違います。トレーナーさん」

 

 

桜木「っ、っ.........っ?」

 

 

 ベンチから立ち上がり、彼の前へと行きます。膝を着いて、彼が地面を見ていても、私の顔が、ハッキリと分かるように.........

 力と言うのは、素晴らしいものです。持っていれば何でも出来る。何もしなくても、何かが出来る。そんな自信が湧いてくる物です。

 けれど、それでもどうしようもない時が必ず来ます。そんな時決まって、力を持っている者は恐れ、竦み、たじろぎ、何も出来ない。

  そんなどうしようもない時、本当に[強く]あれるのは、力を[持っていない]者です。持っていない中で生きてきた経験と知恵で、その時を乗り越える事が出来る.........

 彼には、その[強さ]が。私達には無い、決して引き出せない。誰も見た事の無い[強さ].........それを、彼は持っている。

 

 

マック「貴方は、[強い]人です」

 

 

桜木「強く、なんか.........ないよ」

 

 

マック「.........ええ、知っています。本当の貴方は、自分で何でも出来る。なんとでもして見せるという[仮面]を被ってしまうくらいには、弱いかもしれません」

 

 

マック「けれどその[弱さ]が、[強さ]になるんです」

 

 

 涙を流しながら、私の顔をじっと見つめる彼。そこに不安は無く、ただただ不思議で、分からない事を聞いている子供のような表情。

 でも。私には分かります。[強い者]には出来ない[強く在ろう]とするその姿勢こそが.........[力]を超えた[力]になる。

 

 

マック「それに、貴方には私達には無い[力]がちゃんとあります」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

マック「初めて私の事を見た時.........私から何を感じました?」

 

 

 私からそう彼に問うと、少しの時間も掛からずに、彼はその時の事を口にしました。もう随分と時間が経っていると言うのに、彼は私を初めて見た時の事をまだ鮮明に覚えているのだと知り、少し嬉しくなってしまいます。

 

 

桜木「才能が中心になってない.........それを武器にして.........ちゃんと芯の通った、自分を持ってるって.........」

 

 

マック「.........ふふ」

 

 

桜木「?」

 

 

マック「あの選抜レースの時。実は怖かったんです。慣れない摂生の中、本当に私は、勝ち残れるのかと.........」

 

 

 メジロ家として、皆の期待を背負っている者として、このレースで結果を出さなければならない。そうして自分を奮い立たせていた傍らで、本心は臆病でした。

 トレセン学園入学前、自分のプロポーション維持又は改善という無理なわがままを通しながら、この魔境で果たして、結果を残せるのかと.........

 結果は知っての通り、公式レースならば掲示板入りする事すらない7着。とても褒められたものではありません。

 

 

マック「貴方は、私の中心は才能では無い。と言いましたよね?」

 

 

マック「.........そんなの普通、一回見ただけで分かるものではありませんわ」

 

 

桜木「.........でも、本当にそう感じたんだよ」

 

 

 涙の跡を赤くしながらも、彼は真剣な眼差しで私を見つめます。そう、彼のその目が、私の事を見つけ出してくれた。

 あの時多くの方々が見ていた、私の[手入れ不足の才能]ではなく、それを振るう[私自身]の姿を、彼はちゃんと、見ていてくれた.........

 

 

マック「.........貴方は[レグルス]という星が、どういう星かご存知ですか?」

 

 

桜木「えっ.........と、獅子座の胸にあって、それで.........」

 

 

マック「.........[レグルス]は、獅子座の中で唯一の[一等星]の光を放つ星なんです」

 

 

マック「それでいて、その[一等星]の中でも、一番光が弱いと言われています」

 

 

 私達の所属しているチームの名前でもあるレグルス。それは今、私達が観測している一等星の中では、一番弱い光だと言われています。

 けれどそれでも、その光は確かに遠いこの星まで届く程の力を持っているのです。

 

 

マック「貴方は[レグルス]なんです」

 

 

マック「貴方は自分の事を弱い。光なんて無い様な言い方をします」

 

 

マック「けれど貴方はその確かな光で、私達をここまで導いてくれたんです.........」

 

 

桜木「マックイーン.........」

 

 

 彼の手を包んでいた両手を離し、私は首に掛けていたそれに触れました。今はこれだけが、彼と私を繋いでくれる唯一の物.........

 そして、もう一度私に勇気をくれた。大切な.........チームの証。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は、私にとって[レグルス]なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、他の誰かが何と言おうと.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のトレーナーは、[貴方]だけですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首に掛けていたそれを外し、ゆっくりと彼の首へと掛けます。私に勇気を下さったように、今度は私から、彼に勇気を送ります。

 ほんのちっぽけな勇気かも知れません。これから先に待ち受ける苦難や困難。絶望に比べてしまえば、それを打開する為の武器にも、それから身を守る為の鎧にもなりはしない。

 けれど、その勇気が[始まり]であったのなら.........沢山詰んだ[薪]に着いた、小さな[火種]なら.........これから大きく、そして強く燃え盛ると信じます。

 この星に近く、直接見てしまえば目を焼いてしまうほどの光を放つ[太陽]。でも彼は、そんな強い光じゃない。突き放すような、力強さでは無く、確かにそこに居て、暖かさを感じる.........一等星の中で最も光が弱い[レグルス]の様な.........そんな暖かさをくれるんです。

 

 

桜木「.........あったかい」

 

 

マック「私もその温かさを、貴方から貰いました」

 

 

マック「貴方は、[ひとりじゃない]んですのよ?もう少し、周りを見てくださいまし」

 

 

桜木「はは.........本当、かっこ悪いなぁ.........」

 

 

 私が王冠のネックレスを元の居場所に帰した後、彼はそれを優しく撫で、ゆっくりと目を伏せました。温かさやぬくもり。彼が感じたそれは、私が彼と出会って過ごして受け取った物です。

 やっぱり、彼はおバカです。何でも一人でやろうとして、私達はまだ子供だからって、一人で背負いすぎなんです。大人だからと言っても、限度があると思います。

 そんな加減を知らない彼に、いつも周りが見えなくなってしまうこの人に、私は何が出来るのか。そう心で疑問を持ちましたが、既に身体は次の行動へ移っていました。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「.........私は、そんな貴方の事が」

 

 

 言葉の文脈から、彼に対して私が何を伝えようとしているのかが分かります。先程までしっかりとメジロに相応しい立ち振る舞いをしていた私ですが、それを察した瞬間、顔から火が出てしまうくらい熱くなり、胸の鼓動も早くなって行きました。

 

 

桜木「.........」

 

 

マック「そ、そんな.........トレーナーさんの事が.........!!!」

 

 

 言うんです.........今ここで言ってしまえば全てまるく収まります!!!もう彼の本当の気持ちとか彼から告白されたいだとか言っていられません!!!

 彼を.........彼の心をほんの少しだけでも、楽にする事が出来たのなら、私は.........!!!

 心臓が脈打つ鼓動のリズム。その言葉を口にしようとする度に、まるでギアを上げていくように高鳴る強さと速さが上がっていきます。

 胸に手を当て、深呼吸をし、俯いている彼に対して、決心を固めました.........

 そして私は、その口を開いたのです.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「ひゃぁ!!?」

 

 

 唐突に立ち上がり、大きく声を上げる彼に対して、私は危うく尻もちを着いて転びそうになりました。

 けれど彼はすぐにそんな私の身体を支えるように、その手を伸ばして背中を強く抱き締めました。

 彼の落ち着いた、ゆっくりとした鼓動が聞こえてきます。確かな暖かさを感じながら上を見上げると、涙の跡が赤く残る彼の優しい笑顔がありました。

 

 

桜木「.........ありがとう。マックイーン」

 

 

桜木「それを[諦める]のは.........ここまで一緒に来た君達に、申し訳ないから」

 

 

桜木「もう少し.........頑張ってみるよ」

 

 

マック「.........もう。本当に分かってるんですの?」

 

 

 彼の顔から目線を外し、私は頭を彼の身体に擦りつけました。その表情は見ていませんが、きっと苦笑いを浮かべています。

 私の頭が少し重さを感じた後、じんわりとした温かみを感じます。結局これで絆されてしまうんです。我ながら、簡単な女だと分かってしまいます。

 

 

桜木「信じてくれとは言わない。前の事があるから」

 

 

桜木「そして多分、助けてくれとも言わない。俺、そういうの苦手でさ.........」

 

 

桜木「だから、自分勝手で悪いんだけど.........マックイーンが助けたいと思った時、マックイーンなりのやり方で助けて欲しいんだ」

 

 

マック「.........本当、勝手な人です」

 

 

 どこまでも勝手な人です。そんな事では本当に助けて欲しい時に助ける事は出来ませんし、きっとその前に、愛想を尽かせてしまうかも知れません。

 だと言うのに、彼はそんな事は無いと分かりきった口調で行ってきます。本当は私のこの思いに、気付いているのではありませんか?

 

 

桜木「.........帰ろっか。アイス食べてさ」

 

 

マック「.........ええ。そうしましょうか」

 

 

 頭から彼の手が離れ、私も密着状態から離れます。私の顔を見て微笑んだ彼はようやく、ダブルソーダの片割れを一口、食べました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「た、ただいま.........」

 

 

 未だに慣れない広大な中庭を抜け、その大きな館の扉をインターホンも押さずに開ける。そこから見えるロビーには、見慣れた顔とそれに重なる何人かが談笑していた。

 

 

タキオン「っ、ではそろそろ自室に戻らせてもらおうか」

 

 

博士「.........そうか。楽しかったよ。キミと私は同一存在ではあるが、見解の違いを聞くのは良い経験になった」

 

 

ライス「お、おかえりなさい.........」

 

 

桜木「お、おう.........」

 

 

 俺の顔を見て、タキオンはそそくさとその場から退場して行った。他のメンバーも挨拶はしてくれたものの、居心地が悪そうに割り当てられた部屋へと戻っていく。

 唯一、そんな俺に近付いてきてくれるのはデジタルだけであった。

 

 

デジ「す、すみません.........きっとまだ心の整理が.........」

 

 

桜木「いや。良いんだ。それくらいの事をしたんだから、しっかり受け止めないと.........」

 

 

マック「トレーナーさん.........」

 

 

 心配そうな顔で俺の顔を見る二人。大丈夫かと言われれば俺は即座に否定する。だけど、そうされても文句も言えないことを俺は皆にしてしまったんだ。いくら中身を代わってもらっていたとはいえ.........

 ため息を吐くのを堪え、何とか前を見ようとすると、そこには俺の方に全速力で突進をかましてくる存在が居た。

 

 

「じいじいいいいいい!!!」

 

 

 [マスクのウマ娘が走ってきた!!]

 

 

桜木 トレーナー Lv27

 

 戦う

 守る

 道具

 逃げる←

 

 

 [知らなかったのか?ウマ娘からは逃げられない!]

 

 

 [桜木は勢いのある突進を食らった!!]

 

 

桜木「うげェェェェェ!!!??」ゴロゴロゴロゴロ!!!

 

 

「「トレーナーさん!!?」」

 

 

 突如として訪れる激突。それになす術は無く、俺はその抱き着きという名のタックルを見事に受けてしまった。

 そして捕まったら案の定、締め付けは強いし顎をこめかみにグリグリしてくるしほっぺをぺろぺろされる。何だこの子は。誰が教育係なんだ?

 

 

桜木「ちょちょちょい!!!俺は君のじいじじゃないよ!!?オルフェーブルちゃんだっけ!!?」

 

 

オル「そうっス!!今日若い時のじいじの話を聞いたっス!!マジリスペクトっス!!」

 

 

桜木「尊敬してる相手にすることかァ!!!これがァ!!!」

 

 

 組み伏せられてジタバタして見せるも、やはりウマ娘。そして本当に癪ではあるがさすが我が孫。この強さはウマ娘の中でも相当だ.........

 組み伏せられ色々されていながらも、そんな感傷に浸っていると、不意に身体が自由になる。何があったのか確かめて見ると、オルフェーブルの首根っこを掴む存在が居た。

 

 

「こら。じいさん.........あいや、そんな歳でもねぇか。おっさんが困ってんだろ」

 

 

桜木「うぐっ、おじさん呼びは良いけどおっさんは効くな.........キミは確か.........」

 

 

「おっ、流石に人の名前を覚えんのは速いn「ナカちゃん」ナカヤマフェスタだ。次そう呼んだらロシアンルーレットに一人で挑戦してもらう」

 

 

桜木「2-4-11にされちゃう.........」

 

 

 凄く威圧の効いた睨み付けを喰らい、すくみ上がりながらも何とか立ち上がる。既にオルフェーブルは借りて来た猫のように大人しくなっている。暫くは安心だろう。

 俺はズボンに着いた汚れを払い、心配そうに覗き込んでくるマックイーン達を安心させると、先程気になったことを聞いて見た。

 

 

桜木「それにしても凄い強さだったな.........あんだけ俺が暴れてもビクともしないんだから、レースでも相当活躍してるだろ?」

 

 

オル「あー。そうっスね。レースは引退しちゃってますけど、一応[三冠バ]っス」

 

 

「「「さ、[三冠バ]ァ!!?」」」

 

 

 なよなよとした感じからは想像つかないまさかの称号。彼女は自信なさげに首根っこ掴まれたままダブルピースをしている。

 俺もマックイーンも、そしてデジタルもあまりの驚愕に口をあんぐりと開けてしまっている。

 

 

「そうだよー。フェスタちゃんもそこら辺凄いからねー!!」

 

 

マック「ふ、フラッグさん!!」

 

 

フラッグ「ふっふっふ.........二人とも私の担当バ.........そして何より」

 

 

フラッグ「[凱旋門賞]に挑戦して二人とも[2着]だったんだから!!!」

 

 

 [凱旋門賞].........その言葉を聞いた俺達はもう、声も出せなかった。今の俺達にはとても遠い世界。いつかはとは思っていたが、まさか俺の孫達が.........

 そんな中、二人の反応は正反対で、オルフェーヴルの方は褒められた様に頭をかき、フェスタの方は少し顔を曇らせた。

 

 

桜木「凄いな.........きっと今の時代なら、日本のウマ娘の誰かが1着になったりとかしてるんだろうな.........」

 

 

フェスタ「してねぇよ」

 

 

桜木「え?」

 

 

フェスタ「[凱旋門賞]。その頂きに立った日本のウマ娘は、まだ居ねぇ」

 

 

 先程よりも、まるで苦痛に耐える様な顔を見せた彼女はオルフェーヴルを離し、階段を上がって行った。そしてそれを追いかけるようにオルフェーヴルも階段を上る。

 俺達はそれを止めることが出来ず、その背中をただただ見送っていた。

 

 

フラッグ「.........ごめんなさい。フェスタちゃん。本当に惜しい所まで行ったんだけど.........今も引き摺っちゃってて」

 

 

マック「世界の壁は高い.........それは今も昔も、そして未来でも変わらないのですね」

 

 

デジ「で、ですね.........」

 

 

桜木「.........」

 

 

 確かに、世界の壁は高い。見上げても、終わりが見えない程に.........それでも以前は、見えかけていたんだ。何故かは分からないけれど、その言葉が思い浮かぶ程には、手が届きかけていたんだ。

 

 

フラッグ「.........さぁ!!もう寝ましょう?博士のお話じゃ、タイムマシン修復には時間掛かるそうだし、今の内に身体休めとかないとね!!」

 

 

デジ「それもそうですね。お二人はどうするんです?」

 

 

マック「!!ど、どうって!!勿論寝ますわよ!!自分の部屋で!!」

 

 

桜木「俺も寝るかな.........やる事なんて無いし」

 

 

「ほう。では俺に付き合ってもらおうか」

 

 

 その声を聞いて、マックイーンとデジタルはゆっくりと振り向いたが、俺はそんな事はせず、ただただげんなりとした表情をする。正直、ここで会いたくない存在ナンバーワンだからだ。

 しかし、いつまでも背中を向けているのもアレだと思い、俺はソイツの顔を見る為に振り返ってみる。やはり予想通り、いけ好かない顔をしている男が立っていた。

 

 

能面「お前達の話を聞いていないのは俺だけだ。丁度いい機会だ。夜明けまで語り明かそうじゃないか」

 

 

桜木「いや、俺は」

 

 

能面「なんだ?お前は自分の歩いてきた道に自信が無いのか?だったら良い。そんなんじゃお前について行く子も可哀想.........」

 

 

桜木「ああそう、だったら話してやるよ全部。もういいっつっても話してやっから覚悟決めろよ?」

 

 

 売り言葉に買い言葉。奴の煽りに乗る形で、俺はその提案に乗っかった。けれど、それだけじゃない。話の中でわだかまりが解ければ、この状況を打破する打開策を聞き出せるかもしれないと思ったからだ。

 男はそんな俺を鼻で笑いながら、何も言わずに階段を上った。俺もその後について行くように、その背中を追ったのであった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中。聞こえてくるのは四人の寝息。寝落ちした、と言うには、その四人の体勢はどこか無理のある物であった。

 

 

能面「他の奴らはともかく、お前は学習能力が無いな」

 

 

桜木「Zzz.........」

 

 

能面「.........まぁ、記憶が無いのなら仕方が無いか」

 

 

 我ながら扱いやすい。そんな呆れと羨ましさを抱きながら、俺はこの男達に振舞った物と同じココアを飲む。勿論、コイツらのに混ぜた睡眠薬も同じ量入っている。

 

 

能面(.........さて、吉と出るか凶と出るか)

 

 

 ベッドの上に仰向けになりながら、瞳を閉じる。その瞼の裏には、この男が寝ている間にその担当達と交わした記憶が蘇った。

 

 

『キミ達は、あの男をどうしたい?』

 

 

『.........正直、彼の苦しむ姿はもう、見たくない』

 

 

 俺のよく知る顔をした少女が、苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。その言葉に全員が肯定する様に、その首を縦に振る。

 まさかあの彼女がここまで変えられるとは.........あの男の可能性には、いつも驚かされる。やはり、愛しい孫娘を過去に送って良かった。

 だが、その変化は頂けない。そんな絆され方では、運命を覆す事など出来やしない。

 

 

 だから、俺は[結んだ]のだ。

 

 

 この男だけではなく

 

 

 この子達が、[奇跡を超えられる]為に.........

 

 

能面(さぁ.........舞台は整った)

 

 

能面(これでようやく.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺の[エピローグ]も終わってくれる.........)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徐々に夢の中へと誘われる。だが、ただ誘われる訳では無い。今は、この男に強く結び付いている俺は、同じ夢を見る事が出来る。

 そして今やそれは根を張り、この三人も同じ[鎖]に繋がれている。最初の[奇跡を起こす]には、十分だ。

 

 

 [ウマ娘を救う奇跡の物語]は、既に最終話を迎えた。

 

 

 俺の人生という、俺自身が0点を付けた答案用紙と引き換えに。

 

 

 その[エピローグ]が終わる。それが終われば、[新たな物語]がようやく、始まってくれる筈だ.........

 

 

 そう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[山あり谷ありウマ娘(奇跡を超える物語)]が.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued

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