山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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目覚めた後に見る夢へ

 

 

 

 

 

桜木「しくった.........」

 

 

 鳥のさえずりが気持ちよく聞こえてくる中、俺は一人この豪邸のロビーで頭を抱えていた。

 そこに備え付けられている時計を見る。もう既に何度もそれを見てはいるが、何かの間違いだと思い見て、そして時が進んでないかを見てを繰り返していた。

 時刻はまだ4:30分。あの子達に謝ってくると言った手前、戻るのは何だかかっこ悪い。そんなくだらないプライドを守る為に、俺は時間を潰そうとしていた。

 そんな中、不意に階段を降りてくる足音が聞こえてくる。大方あの三人の誰かか、あの男が部屋から出てきたのだろう。そう思ったが、どうにも足音が軽く感じた。

 その方向をゆっくり見上げると、そこにはマックイーンが居た。

 

 

桜木「お、おはよう」

 

 

マック「.........ふふ♪おはようございます。トレーナーさん」

 

 

桜木「.........?」

 

 

 ぎこちない挨拶をすると、彼女は何故か機嫌が良さそうに微笑んで、挨拶を返して来てくれた。

 そのまま俺の座るソファーの隣に腰を下ろしてくる。全ての挙動が幸せそうに見え、何だか不思議な感覚だ.........

 

 

 

 

 

桜木「.........な、なに?」

 

 

マック「ふふ♪なんでもありません♪」

 

 

 ―――彼の隣に座り、その横顔をじーっと見つめました。普段から見ているせいであまり分かりませんでしたが、最初に会った頃より確かに凛々しい顔つきになったと感じます。

 

 

マック「こんな朝早くからどうしたんです?」

 

 

桜木「.........その、笑われるかもだけど、夢を見てさ」

 

 

桜木「その夢は幸せだったけど、結局それは俺だけの物で、皆の幸せじゃないと思ったから.........謝ろうと思ってるんだ。もう一度」

 

 

 彼は強く決心した表情で、そう言いました。たった一晩過ぎただけなのに、昨日までの彼とはまるっきり違う。けれど、彼は彼のまま、大人になったと感じました。

 そしてもう一つ。分かったことがあります。それはあの夢の出来事を、私達は知らないと思い込んでいる事です。

 

 

マック(こ、これは好都合よマックイーン.........!自由に行動出来なかったせいで勝手に告白しちゃったけど!これならなんとかやり直せるわ.........!!!)

 

 

 夢の中での出来事。その中で私は、彼に告白してしまいました。ま、まぁそれは本心だったので嘘偽りはありませんが、彼との関係がぎこちなくなるのだけは避けたかった問題でした。

 

 

桜木「.........けど問題は、どう謝るかだよなぁ」

 

 

マック「そうですわね.........トレーナーさんが誠心誠意謝れば、きっと伝わると思いますが.........」

 

 

「そうだねぇ。そうすればきっと私も許さざるを得ないだろう」

 

 

桜木「それしかないか.........ん?」

 

 

 突然、聞き慣れた声の機嫌の良さそうな物が聞こえてきました。その方向を見ると、そこにはさもそこに最初から居たように、私と反対の場所に座るアグネスタキオンさんがいらっしゃいました。

 

 

桜木「た、タキオン!!?」

 

 

マック「あら。まだ寝てると思っていましたのに」

 

 

タキオン「今日は妙に寝覚めが良くてね。何だか、本当の意味で[目覚めた]感じがしたよ」

 

 

「あっ!!トレーナー!!おはよー!!」

 

 

 可愛らしく元気な声が上から聞こえて来ます。その方向を見ると、ウララさんが手すりから身を乗り出してこちらに手を振ってきていました。

 とてとてと階段を降りてくるウララさんを先頭に、ライスさんとブルボンさん。そしてデジタルさんが降りてきました。

 そして皆さんはご機嫌のまま、彼の側までやってきました。昨日と今日で反応が違うため、彼は困惑した表情を見せます。

 

 

桜木「え?え!!?ど、どうしたの!!?」

 

 

ライス「ふふふ!何でもないよ!お兄さま!」

 

 

ブルボン「いい朝ですね。マスター。ステータス[さっぱり]を確認」

 

 

デジ「ふふふ、私もこの上なく気分が良いですよ!!」

 

 

 状況が飲み込めないまま、彼は目の前に居る皆さんの表情をじっくりと見ました。そこには誰がどう見ても、雲ひとつ無い快晴の顔が並んでいます。

 そんな状況のまま、彼の言葉も待たずにタキオンさんが口を開きました。

 

 

タキオン「そう言えば未来の私から聞いたが、タイムマシンが直るまであと一週間掛かるらしい」

 

 

桜木「そ、そうなの?」

 

 

タキオン「ああ!!それまでこの体験したくてもできない未来を謳歌しようじゃないか!!」

 

 

桜木「え!!?あの、ちょっと!!?」

 

 

 彼の静止も待たずにタキオンさんは立ち上がり、高笑いを響かせながら玄関へと向かって行きました。

 それに続くように、ウララさん達も笑顔でそれに着いて行きます。その様子を見た彼はいてもたっても居られず、立ち上がり声を上げました。

 

 

桜木「ま、待って!!!せめてちゃんと、あの時の事を謝ら―――「もう良いんです」.........え?」

 

 

マック「もう皆さん。ちゃんと聴きましたから.........♪」

 

 

 私も立ち上がり、彼の前へと出ます。私のその言葉を聞いて、彼は一瞬キョトンとした表情を浮かべ、何か察し始めましたが、それを待たずに私はタキオンさんに着いていくように、この家を後にしました.........

 

 

 

 

 

桜木「.........まさか、知ってる?」

 

 

 何だかよく分からない汗が頬を流れる。目の前にはもう彼女達は居なく、力無く前に出された手だけだったが、その手もだらんと下げた。

 許して.........くれたのだろうか。いや、きっとそうに違いない。他の皆はともかく、タキオンはそう易々と機嫌が良くなる事は無い。

 ここ一番の勇気の使い所を見失った俺は、もう一度待合室のソファーに腰を掛ける。変な汗でじっとり滲んだ俺の顔を覆い、まずは安堵のため息をついた。

 

 

桜木「.........風呂、入りてぇなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

能面「で、何故俺も呼んだ」

 

 

桜木「バーカ。こう言うのは男の付き合いだろ?最早常識を超えたマナーっつうわけよ」

 

 

白銀「バカ女も来れば良かったのに」

 

 

能面「殺すぞただのバカ」

 

 

 脱衣所で服を脱ぎながらゲンナリとした表情を目の前の男達に見せる。他の二人は我先にと風呂へ入ってしまった。

 全く.........これから[未確定]かを[確定]させる観察実験が始まると言うのに。雰囲気も何もありはしない。

 

 

桜木「.........んお?なんぞそれ?」

 

 

能面「[神魔石].........説明は面倒だ。後で何とかなる」

 

 

桜木「?」

 

 

能面「10:31分まで.........3、2、1―――」

 

 

 腕時計の秒針を見ながら、脱いで畳んだ衣服の上に置いた石を見る。変化は起きない。だが、まだ安心は出来ない。

 俺はその時計の針がもう一周するまで、それを見続けた。そして―――

 

 

能面「.........はぁぁぁ。はんかくさいな」

 

 

桜木「うぇ!!?え、なに!!?」

 

 

能面「終わりだ。さっさと風呂に入るぞ。こんな気兼ねなく何かを出来るのは前回の人生以来だ」

 

 

 服の上に鎮座したそれは結局、割れることは無かった。分かり切っていたことだ。今更何を怖気付いてそれを見ようとしていたのだろう。そんな事せずとも、最早[運命]はあの時、あの[夢から目覚めた]瞬間から違えていたはずだと言うのに。

 それでも、見届けたかった。なんともまぁ、余韻もクソも無い幕引きだった。もっとこう、カタルシスが溢れ出るものかと思っていたが、残念ながら俺の[エピローグ]は[本編]と同じく、金魚のフンがちぎれる様な何とも言えない歯切れの悪さで終わりを迎えた。

 

 

 脱衣所を開け、本命の風呂場が目の前に広がる。そこは一種の温泉浴場と言われても差し支えないレベルの施設となっており、俺の後ろから来た二人は口を開いている。

 

 

桜木「す、すげぇ.........」

 

 

白銀「金払わなきゃ.........」

 

 

能面「ポケット無いのにどこまさぐってんだお前は」

 

 

黒津木「いやー。最高の温泉だなぁここは」

 

 

神威「観光名所メジロ温泉!!メジロ家にも会えるよ!!」

 

 

能面「いやファンからしたら会える方がメインだろ」

 

 

 苦笑いを浮かべつつも、このやり取りの懐かしさにどうしても嬉しく思う自分がいる。捨てて行ったはずの景色が今、まるで何かの褒美のように俺に与えられている。

 そんな喜びに浸っていると、不意に若い男から実績の声が聞こえてくる。

 

 

桜木「コラっ!!お前らやることあんだろ!!!隣に立て!!!」

 

 

神威「あっ!!!そうだった!!!」ザバッ!

 

 

黒津木「行けねぇ行けねぇ!!!」ザバッ!

 

 

 何かを思い出したように慌てて使っていた湯船から引き上げ、こちらへ駆け足で寄ってくる男二人。何かと思いその様子を見守っていると、隣に並んでいる四人が一斉に息を吸い込んだ。

 

 

「「「「おーーー!おーーー!!!」」」」

 

 

桜木「温っっ泉っっっ!!!」

 

 

黒津木「でかぁッッ!!?」

 

 

神威「続編(救い)は無いんですか!!?」

 

 

白銀「続編(救い)は無いね!!!」

 

 

能面「.........」

 

 

 どこかで聞き覚えのあるセリフを言い、何かの続きを懇願する男達。そう言えばあの作品の続編の話は聞いてないな.........結局出たのかすら分からない。後で調べて見るとするか。

 そんなことを考えつつ、身体を流してから湯船に浸かる。そうするといくら若い野心を持ち続けていたとしても、歳を取った実感が湧いてきてしまう声が出てくる。

 

 

白銀「うぅわじじくせぇ〜」

 

 

能面「お前もいつかそうなる。嫌ならここで死ぬか?」

 

 

黒津木「おい冗談でも死んだ奴だけは殺そうとするなよッッ!!!」

 

 

白銀「バカ野郎俺は死んでねぇぞタコォッッ!!!」

 

 

神威「こっわ。俺達他人のフリしようぜ」

 

 

桜木「えっちだなぁ」

 

 

神威「ごめん誰だっけ」

 

 

能面「ククク.........ハーッハッハッハッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「んー.........流石にもうちょいルー足すかな〜.........」

 

 

 風呂を入り終え、手持ち無沙汰になった俺は厨房を借りて今日の晩飯を作っていた。目の前にあるのは寸胴の鍋。担当達にご飯を作っていたとはいえ、これで料理をするのは初めてだ。今は頼りになる姉も連絡が付かない。

 

 

桜木「まつったなぁ.........こんな事なら姉ちゃん所でちっとばかしバイトしてりゃ良かったな」

 

 

 分量はきちっと守っているが、如何せんこの大きさで果たしてちゃんとしたカレーが作れるのか疑問に思ってしまう。もしかしたら自分の知らない常識があるのでは無いか?そんな事を考えていたらキリが無い。

 頭をかきながら入れるべきか、入れまいべきか、そんな事を思案していると、不意に隣から声を掛けられた。

 

 

「あら、カレーですの?」

 

 

桜木「ん?ああそうだよ。マックイーンも久々に食べるだろ.........?」

 

 

当主「ふふ、ごめんなさいね。あの子じゃなくて」

 

 

 いつもの声がして隣を見ると、そこにはマックイーンだけど、俺の知らない彼女が立っていた。それはこの時代のメジロマックイーン。つまり、あの男の妻がそこに居た。

 

 

桜木「え、と.........すいません。馴れ馴れしくて」

 

 

当主「良いのです。敬語も付けなくて大丈夫ですわ。貴方の居たいように居てください」

 

 

桜木「そ、そう.........?じゃあお言葉に甘えて」

 

 

 どこか楽しげな彼女の姿に一瞬やりづらさを感じるものの、数秒経てばいつも通り、なんてことは無いあの日自分から手放したはずの日常を享受し始める。

 懐かしい。彼女と仲違いしてまだひと月も経っていない。だけど、こうして何にも囚われずに居るのは、本当に久々だった。

 

 

当主「.........あの」

 

 

桜木「ん?」

 

 

当主「何か、お話とかしないですか?黙って居られると居心地が.........」

 

 

桜木「え?あー.........ごめんね。これが俺の過ごし方なんだ」

 

 

 普段。騒ぎに騒いで居るせいでよく勘違いされるけど、俺はこうして誰かが隣に居るだけの空間がこの上なく好きだ。

 アイツらと居るのも、普段のバカ騒ぎが楽しいと言うのもあるが、一日中黙ってた所で一緒に過ごせる仲だからだ。根本的に違うからこそ、他人がそばに居ると実感出来て安心する。

 俺のその言葉に、きっとあの男の姿を思い出したのだろう。彼女はそれっきり何も言わずに、俺のカレー作りを隣で見ていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェスタ「ちょ!!?何だよお袋!!!アタシらは過去に行かねぇぞ!!!」

 

 

オル「そうっス!!!アタシとフェスタちゃんには夢があるっス!!!」

 

 

 目の前でギャーギャーと騒ぎ始める娘共を見て、アタシは溜息を吐く。全く、暫く見てねぇ内にこんなに不抜けちまうとは思わなかった。

 

 

リョテイ「夢だぁ?何だよ。言って見せろよオマエらの夢。アタシに胸張って聞かせて見せろよ。あ?」

 

 

オル「ふふん!![オルフェスタ]で稼いだお金で美容師になるっス!!!」

 

 

リョテイ「うわ、案外まともな夢じゃねぇか.........」

 

 

フェスタ「芝物語を家に置く」

 

 

リョテイ「テメェはダメだ。過去行き確定」

 

 

 とんでもねぇ。まさか数年.........いや、聞いた限りじゃアタシらが過去に行ってまだ数ヶ月しか経ってねぇってのに、置いて行ったウチの娘の片割れは底辺ギャンブラーになってやがった。家に置きたくなるなんてよっぽどだぞ。

 

 

リョテイ「ともかく!!!オマエらたるんでるぞ!!!凱旋門を走った時の気概はどこやったんだ!!!」

 

 

二人「フランスに置いてきた(っス)」

 

 

リョテイ「オマエら正気か!!?」

 

 

オル「だってぇ〜、あの時アタシを見てくれてたサブトレーナーが着いてきてくれなかったんスよ〜」

 

 

フェスタ「まぁ、不満がねぇ訳じゃねえけど、あんな負け方したら心も折れちまう。せめてもうちょい大敗気味だったら頑張れたが.........激アツ革命リーチを単発で終わらせちまった様なもんだ」

 

 

 目の前に居る二人の様子は真逆だ。一人は残念。一人は挫折。我が娘ながら不甲斐なく思っちまう。

 見せたいヤツが来なかったからなんだ。んなもん次で見せりゃいい。激アツリーチを逃したからなんだ。だったらもう一度そのリーチを引けばいい。

 昔は胸張って世界で唯一の二人だと思ってたが.........こうなると悲しいな。陳腐に見えてきちまう。勝負の世界から離れた瞬間。飢えを忘れた動物の様に気高さを失っちまう。

 

 

リョテイ「.........オマエら」

 

 

フェスタ「ん?」

 

 

オル「うぇ?」

 

 

リョテイ「指導ォォォォ―――ッッ!!!」

 

 

二人「○△☆△×○☆!!!??」

 

 

 両の拳を握りしめ、それを同時の強さ、タイミングで二人の頭に打ち落とす。心の準備ができてなかったのか、白目を向いて地面に倒れる娘二人。アタシはソイツらを担いで、アグネスタキオンの研究所へと向かった。

 

 

リョテイ「あっちに行くまで後五日.........それまで修理中のタイムマシンで暮してもらおうか〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久しぶりね。[女神]様?』

 

 

シロ「.........なにしに来たの?」

 

 

 風が吹き抜ける草原、遠くに広がる青空と気持ちいいそよ風を堪能していると、不意に背中に気配を感じた。

 それに気付きつつ、何も言わないでいると、それは直ぐに声を掛けてきた。

 

 

『どうだった?[桜木 玲皇]は?』

 

 

シロ「.........そうね。貴女の言う通り」

 

 

シロ「ぜ〜んぶひっくり返されちゃった.........彼、終わり良ければ全て良しを地で行ってる」

 

 

 日数にして見れば、本の四日前。五日前までは如何にして人類を滅ぼし、どうやって馬.........ひいてはウマ娘にとっての楽園を作っていくかを考えていたと言うのに、今となっては、共存という道を考えようとしている。

 要はひっくり返されてしまった。憎悪も、嫌悪も、悪意も全て.........私にとってのマイナスだけを全て、分からなくして帰って行った。

 

 

 でも.........心のどこかで私は、それを望んでいたのかもしれない。

 

 

シロ「.........きっと、止めて欲しかったのね」

 

 

『ふふ、そうね。案外察して欲しくない所を知らずに察してくるもの』

 

 

『でもそれは前から分かっていたことでしょう?でなければわざわざ、トレーナーになりたての彼の夢に出てきてアグネスタキオンの事を教えたりしないじゃない』

 

 

 そう言われて、私は彼女の方を見た。その顔は、まるで私の心の内を全て見透かしたようなもので、私より意識が長く存在していないと言うのに、慈悲深かった。

 それでも、私は言わなければ行けない事がある。彼女にそう言われて、私は暫く黙った後、この口を恐る恐る開いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........何の話?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『.........え?』

 

 

シロ「申し訳ないけれど、そんな事は一切してないわ。だって過去がどう変わろうが私のやる事は一つだけだったもの。あの時は何があろうと、彼を諦めさせる以外の事はしなかったわ」

 

 

 目の前に居る[名優]が演じる事を忘れた様に、素面のまま驚いて見せた。しかし、私も現に驚いているのだ。そんな事、知らないと。

 彼の夢に出た事は勿論ある。けれどそれは、彼が希望を掴みそうだった時、声として現れ、時には未来の彼自身を見せ、絶望という糧を持ってしてその執念に火を付けようとしていた。

 それが彼の本当の力だと思っていたから。その力さえあれば、ウマ娘の心理へと辿り着き、やがて人間無しでも強くなれる方法を見つけ出し、ゆくゆくは人類など必要としない未来が来ると思っていたから。

 

 

『.........じゃあ、彼は一体何故、あんな夢を.........?』

 

 

シロ「さぁ.........[夢でも見てた]んじゃないかしら?」

 

 

『え?』

 

 

シロ「.........[山あり谷ありウマ娘(目覚めた後に見る夢)]を.........ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「すぅぅぅ.........はぁぁぁ.........よしっ」

 

 

 タイムマシン完成まで後二日。俺はこの時代で一度訪れた場所にもう一度、今度は一人で赴いた。覚悟を決め、その扉に手を掛けてそこを開ける。

 

 

患者「あれ?この前のお兄さん.........?」

 

 

桜木「えっ、と.........一週間ぶり。ですね」

 

 

 病室に入ってきた俺を、キョトンとした顔で見つめてくる女性。俺は先日の事を思い出し、気まずさを覚えつつも、傍にあったパイプ椅子を引き寄せ、腰を下ろした。

 

 

患者「今日は桜木さんと一緒じゃないんですか?」

 

 

桜木「あー.........うん。君達に伝えたい事があってさ」

 

 

患者「君達.........?じゃあ、ブルボンさんも呼びます?」

 

 

桜木「うん。お願い出来るかな?」

 

 

 俺がそう言うと、彼女は優しく笑いながら、ベッドに備え付けられている受話器を取り、先日一緒に居た看護師を呼ぶ。

 暫く待っていると、後ろの扉が横に開き、待っていた人物がそこに居た。頭を下げ、彼女は患者と並ぶように俺の目の前に来る。こうして見ると、二人の姿は俺の知っている姿と何ら変わってなど居ない。

 

 

患者「今日はどうしたんですか?」

 

 

桜木「.........その、信じて貰えるか分からないけど、さ.........」

 

 

桜木「俺!実は過去から来たんだ.........!」

 

 

 覚悟を決めて打ち明ける。間髪入れることなく、迷う暇すら自身に与えること無く、思い付いた、伝えるべき言葉をそのまま言う。

 何を言っているんだ。診察を受けた方がいいんじゃないか。そう言われる覚悟を決め、俺は二人にそれを打ち明けた。

 昔っから、自分の心を騙す嘘が得意じゃなかったんだ。だから、この子達には本当の俺を、知ってもらいたかった。

 

 

二人「.........クスクス」

 

 

桜木「.........?」

 

 

患者「.........知ってましたよ?最初から」

 

 

桜木「え.........!!?」

 

 

 俺の言葉を聞き、二人は顔を見合せてクスクスと笑った。そして、それはもう知っていたことだと俺に伝えて来た。正直、俺の方が驚きだった。

 なんでそんな事を?と聞くと、どうやらあの男が俺の事を話していたらしい。今の俺と同じように洗いざらい全てを話し、俺の覚悟の為に、手伝いをして欲しいと.........

 

 

患者「.........でも、ちょっと羨ましいな」

 

 

桜木「え?」

 

 

患者「ふふ♪私も、若い時に貴方と過ごして居たら、もっと違う[人生]を歩めたのかな.........って」

 

 

看護師「ライスさん.........」

 

 

 窓の外に広がる青空を遠く見つめながら、彼女は寂しげに笑ってそう言った。儚さを感じるその姿を見て、俺は俺の知っている彼女の姿を重ねてしまう。

 

 

『辛いことも、あったけど.........変わって思ったんだ』

 

 

『ライス、これからきっと、[良い人生]を送れるって!』

 

 

 変わる事。それは、彼女が最初に走る目標として定めた物。そしてそれは、目の前に居る彼女も同じなはずだ。

 俺は目の前に居る彼女を知らない。一体、どんな人生を歩み、どんな挫折を味わい、何を経験し、何を知り、何を諦め、何を胸に秘めているのか.........俺は今、憶測の様な物で彼女の人生を測ってしまっている。

 けれどそれは、間違いなんかじゃない。今彼女に伝えようとしている事は、絶対.........今の彼女と、その隣に居る存在を勇気付け、吹っ切れさせることが出来るものなんだと。

 

 

桜木「.........なぁ、ブルボン。君は、[無敗の三冠バ]になれなかったよな」

 

 

看護師「.........はい。最後の菊花賞。ライスさんに差し切られ、私の夢は終わってしまいました」

 

 

桜木「ライス。君が初めて勝ったG1は、[菊花賞]だったよね?」

 

 

患者「う、うん.........」

 

 

 困惑した表情で俺を見つめる二人。その姿はやはり、俺の知っている二人と何ら変わらない。それを見て俺は、心底安心した。

 だったら、伝わる筈だ。例え違う結末を迎え、違う生活を送り、違う環境だったとしても.........そこまで辿ってきた道筋が同じなら、きっと伝わってくれる。

 

 

桜木「.........俺の知っているブルボンが言ったんだ」

 

 

桜木「祝福されなかったライスを元気付ける為に、そしてもう一度.........怪我から自分が立ち直る為に.........」

 

 

桜木「君達は.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[二人揃って無敗の三冠バ]なんだって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「.........!!!」

 

 

 二つの驚きが目の前にある。そんな事、まるで考えた事も無かったと言うように、俺の顔を見て、そしてお互いを見る。

 

 

 変わる事は、良い事だと思う。自身の変化が周りに影響を及ぼしたり、昨日出来なかった事が今日、今日出来なかった事が明日、出来るようになる。それは単純に嬉しい事だ。

 

 

 けれど、変わらない事で良い事もある。今目の前に居る二人が正にそうだ。何ら変わらない。俺の知っている二人と、変わっている所は何も無い。だから、この言葉の意味を、二人はあの子達のように理解し始めた。

 

 

患者「二人揃って.........」

 

 

看護師「無敗の.........三冠バ」

 

 

桜木「.........今の二人は、また同じレースで走ろうとしているんだ」

 

 

桜木「こういうのも変だけどさ.........応援、してやってくれないか?」

 

 

 彼女達にとっては、過去の自分と同じ存在とはいえ、関係の無い事だ。それどころか、二人にとっては妬ましさしか生まないかも知れない。

 そんな器具を後目に、二人は優しく首を縦に振ってくれた。

 

 

患者「[トレーナー]さん。二人に伝えてくれませんか?」

 

 

桜木「え?」

 

 

看護師「私も、一つだけ伝えたい事があります」

 

 

 俺の顔を見て、二人はまた優しく微笑んだ。視線だけを動かし、お互いの意志を汲むような仕草を取る。

 そして、同時に.........同じ言葉をゆっくり言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「諦めないで下さい。[無敗の三冠バ]さん達」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........分かった。伝えて置くよ」

 

 

 真っ直ぐと俺を見つめながら、二人はそう言った。どこまでも真っ直ぐで、こっちが照れてしまう程の真面目さは変わっていない。

 その後、他愛もない話を少ししてから、俺はこの病室を後にした.........

 

 

 

 

 

看護師「.........行ってしまいましたね。ライスさん」

 

 

患者「そう、だね.........」

 

 

 ―――彼の後ろ姿を見送り、扉が閉められた。私とブルボンさんは、もう居ないはずの彼の姿を追うように、その扉をじっと見つめていた。

 

 

看護師「では、私もそろそろお仕事の方に.........ライスさん?」

 

 

患者「.........っ、っ」

 

 

患者「ご、ごめんね?やっぱりライス.........泣き虫さんなの治ってないみたい.........」

 

 

 溢れ出てくるのは、涙だった。それを止めようとしても、最近は流す事なんて無かったから、止め方を忘れちゃったみたいに、それは私から溢れ出して行った。

 

 

患者「私っ、ブルボンさんの三冠のこと.........!ずっと悩んでた.........!!」

 

 

患者「でも!!謝られたら絶対!!ブルボンさんはもっと苦しむと思って!!何も言えなくて.........!!!」

 

 

看護師「ライスさん.........」

 

 

 ずっと。ずっとずっと、心残りだった。ブルボンさんの三冠を阻んでしまったこと。それだけが、私の人生の心残りだった。

 世間や彼女は、引退は骨折のせいだって言っていたけど、私だけは.........私が、勝ってしまったせいかもしれないって.........勝手にそう思っていた。

 

 

 気が付いたら、そんな事も忘れていて、こうして病院で、ブルボンさんとお話するのが唯一の楽しみで.........でも、スッキリした感じは、どこにも無かった。

 

 

 それが.........あの人の言葉で、あの人の知る、[私達の言葉]でようやく、晴れ渡った気がした。

 

 

看護師「.........ライスさん。私は貴女との関係を今まで、言葉にする事が出来ませんでした」

 

 

看護師「[ライバル]と言うほど、共に切磋琢磨したわけじゃない。友と呼べる程、あの時話した訳じゃない.........けれど、それ同等、或いはそれ以上の関係だと、ずっと思っていたんです」

 

 

看護師「今日.........やっと、その言葉が見つかりました.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と貴女は、[二人で無敗の三冠バ]です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

看護師「誰が.........!!!何と言おうと.........!!!」

 

 

 瞳に涙を貯めながら、ブルボンさんは私を抱き締めてくれた。私を.........このどうしようもない不安と苦しみから、救い出してくれた.........

 

 

患者「ブルボンさん.........!ブルボン、さん.........っ!!!」

 

 

 暖かい。暖かくて、でも.........肌に触れていない所が、一番暖かい。今までそこに、熱を感じた事なんて無いのに、不思議と不安は無かった。

 

 

 病室に小さく響く二つ泣き声。言葉で表現すると、とっても悲しく見えてしまうけれど.........私達にとっては、それは.........今までのわだかまりや後悔を、全て洗い流してくれる、一つのハッピーエンドだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........世話になったな」

 

 

能面「気にするな。俺は俺のしたいようにしただけだ」

 

 

 アレからもう、あの夢を見てから一週間が経ってしまった。俺達は男と最初に出会った研究所へと集められ、その地下施設へと来ている。

 エレベーターに乗り込み、その地下へと向かう最中、俺は背を向けている男に向かって礼を言った。

 

 

当主「全く。こういう時は素直に受け取るのが礼儀ですわよ?」

 

 

能面「くはは、自分相手に礼儀かい?むず痒くて仕方ないよ」

 

 

 そんな男の隣へと移動し、肘で小突く当主。そんなやり取りを見ながら、エレベーターは地下へとつく。

 扉が空いて中に居た全員が降りる中、俺は目の前の車椅子に座る少女を見て、抱いていた疑問を投げ掛ける。

 

 

桜木「.........なんで車椅子?」

 

 

マック「あら、押して下さると言ったではありませんか?」

 

 

桜木「い、言ったけどさ!折角普通に歩けるハイパーテクノロジー装備を手に入れたんですよお嬢様!!!装備しないと効果無いんですよ!!?」

 

 

 キョトン、とした顔で俺の方を振り返ったマックイーン。その左足には、この未来に来た時に付けられたあの技術の結晶は存在して居ない。

 それをつけないだなんて勿体ない。それを捲したてるように伝えると、彼女はため息を吐いてあからさまに呆れた様子を俺に見せ付けてきた。

 

 

マック「確かにアレは素晴らしいものでした。しかし、それは今の私の状態から目を背け、いつしか自分の足で立ち上がる事を忘れてしまいます」

 

 

マック「真の意味で、また立てるその日まで.........私は[これ]と、もう少し付き合おうと思います」

 

 

桜木「マックイーン.........」

 

 

 彼女はその視線を自分の左足へと向け、その手で優しく撫でた。彼女はどうやら、その脚と真摯に向き合い、付き合っていくことを決めたらしい

 だが、何故かその姿が俺には[強がり]に見えてしまった。どうしても押し通したい意地と、彼女のプライドを強く感じ取ってしまった。

 

 

桜木「.........無理、してないか?」

 

 

マック「ええ。しています」

 

 

桜木「だったら―――「[強がり]でも」.........?」

 

 

マック「たとえ.........これが私一人で決めた[強がり]でも.........[貴方と一緒]ならばそれは、[強さ]になります」

 

 

マック「今は不甲斐ない一人の小娘かもしれませんが、いつの日かまた、この足で立って貴方を支えて見せます」

 

 

マック「だからどうか.........この[強がり]を支えて、私を[強く]してくださいまし」

 

 

 車椅子の押手に置いていた俺の手に、彼女がその手を重ねて来る。その手は、この先の見えない出来事を予感出来ず、見通す事が出来ず、怯え、少し震えていた。

 でも.........俺は―――

 

 

桜木(―――ああ、そうか)

 

 

桜木(これが、君から感じていた。初めて見た時に感じていた.........)

 

 

桜木([誇り高さ]なんだな.........)

 

 

 決して。その体格は他のウマ娘と比べて優れていた訳じゃない。そして、その走り方も、傍から見てしまえば、何の面白みもない、ロマンを感じさせる走り方じゃない。

 だと言うのに、俺はいつまで経っても君から目が離せなかった。今までその生活やその心持ちを見て、彼女のその走り方がひとえに、才能や素質だけで培われたものでは無いと言う事を知った今ならいざ知らず、俺は最初から最後まで、君から目を離すことが出来なかった。

 それが今、ようやく分かった。きっと俺は.........彼女の[強さ]に心を惹かれたんじゃなくて、その[強さ]になる前の[強がり]の部分に、心を惹かれたんだ。

 

 

桜木「.........分かったよ。もう何も言わない」

 

 

マック「ふふ、ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 

 一人なら[強がり]でも、二人なら[強さ]になる。それはきっと、俺達にとっては本当の事なんだろう。多くの人間に綺麗事だと言われたとしても、俺達二人にとっては当たり前の事実なんだ。

 彼女の[強がり]を、本当の[強さ]にする為に、俺も覚悟を決める。彼女のその脚と、向き合う覚悟を.........

 

 

 話を終え、彼女の車椅子を前へと押す。前には最早誰も居らず、目の前にある大きな自動ドアの奥に行ってしまったのだと察する。

 意を決して、そのドアの前まで進んで行くと、大きな音を立ててそれが左右に開いて行った。

 

 

桜木「す、すげぇ.........!」

 

 

マック「こ、これは.........」

 

 

 目の前に広がる光景。それは、俺達の想像をはるかに超えた巨大な装置がそびえ立っている物だった。その手前の方では、見知った顔達が思い思いに過ごしている。

 

 

ライス「はい!ブルボンさん!これで触っても大丈夫だよ!」

 

 

ブルボン「ありがとうございます。ライスさん」

 

 

ウララ「うわぁー!!おっきいね!!」

 

 

神威「これ本当に飛べんのか.........?」

 

 

白銀「そういやおめぇ友達に会ったりとかしてねぇのか?」

 

 

ゴルシ「お?してねぇけど大丈夫だろ。会いたくなったらまたコイツで飛んで帰ってくりゃ良いしな!!」

 

 

テイオー「うわぁ.........ゴルシって本当自分勝手だよね.........」

 

 

皇奇「うわ!!中にフェスタとオルが居る!!?」

 

 

リョテイ「アタシが詰め込んだ。コイツらも過去に飛ばす」

 

 

二人「ぐでぇ.........」

 

 

デジ「見た所数日は詰められてますね.........はっ!つまりこの中は今素敵なウマ娘ちゃんのスメルでいっぱいなのでは.........!!?」

 

 

 まぁ、分かっていた事ではあるが、あまり変わり映えした会話は一切無い。非日常の手前にある前では、いつもの日常を感じとれるそれがそこにあった。

 俺は苦笑いを浮かべながら、彼女と共に前へと行く。そして、何やらパネル操作を続けている男の隣までやって来る。

 

 

能面「少し時間が掛かる。それまでお前ものんびりしておくといい」

 

 

桜木「お、おう.........」

 

 

「やぁやぁモルモット二号くん!!元気そうだねぇ!!」

 

 

桜木「!!?」

 

 

 突然背後から声をかけられ、俺は驚いて後ろを直ぐに振り返った。

 その声は、俺の知っている声だった。だが、俺の呼び方が違う物だった。彼女ならば俺の事は[トレーナーくん]と呼ぶ筈だ。

 そう思い、その声の主の姿を見ると、そこには同じ姿をした二人の彼女と、黒津木がそこに居た。

 

 

タキオン「おやおや、驚いてるねぇ。そう言えば[博士]と話すのは初めてじゃないのかい?」

 

 

博士「いや、初めてでは.........ん?ああいや、そうか。そうだったね.........」ガサゴソ

 

 

黒津木「何探してるんだ?」

 

 

 突然目の前でその手に持っているショーケースを開け、中身を探し始める。中身の整理整頓が出来ていないらしく、何かを掴んではポイッと投げてを繰り返してる。その中に入れてるんだから割と丁重に扱うべきものなのでは?

 

 

博士「おー!!見つけた見つけた!!これこそ脳のブラックボックスを直接刺激し圧縮分解された記憶の形成電気をあたかも今しがた体験したかの様に思い出す.........」

 

 

能面「要するに忘れた物を思い出させる薬だ」

 

 

博士「君は風情という物を知らないのかい?」

 

 

能面「知っていたとしてもお前には使わん」

 

 

 そんなやり取りを目の前で見せられて困惑していると、何の脈絡も無く彼女に腕を引き寄せられる。

 え、情緒とかどうしたんです?俺の知ってるタキオンはもう少し可愛げありますよ?と言うか力強!!?君ウマ娘で良かったね!!!ウマ娘じゃなかったら今頃ひぐらしよろしく木製バッドでウッディ☆でしたよ!!?

 

 

黒津木「喉痒くなってきたな」

 

 

桜木「おいバカ!!!助けろ!!!」

 

 

黒津木「いやムリ〜」

 

 

桜木「電話ボックス行って死ね」ブスー

 

 

 そんな俺達のやり取りなんてお構い無しにこの博士とかいうのは俺の腕になんの躊躇いもなく注射器をさしてきやがった。俺の知っているマックイーンとタキオンが慌てている事だけが唯一の救いだ。

 俺は薄れ行く意識の中、二人に向けて言葉を送った。

 

 

桜木「き、君達は.........こんな大人になるなよぉ〜.........」

 

 

二人「なるわけありません(ないだろう)!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が朦朧とした中で、俺は直ぐに記憶を思い出した。確かアレは、ゴールドシップが大事にしていた目覚まし時計をフクキタルにとられ、トラブルの末に俺が未来に飛ばされた。

 そして、そこで俺は未来のトレセン学園へ行き、タキオンと出会い、この男と出会っていた。

 

 

 話はそれで終わりだ。

 

 

 終わりの.........筈だったんだ.........

 

 

黒津木「うお!!!マジかよすっげ!!!」

 

 

神威「お?なになに?」

 

 

 次に思い起こされたのは、俺がまだ高校生だった時の事。年月で言えばもう、十年ほど前の出来事だ。

 よく行っていたファミレスで、黒津木はスマホを見ながら何かに熱狂している。その隣で神威がそれを覗き込むように見ていた。

 

 

神威「あー!!このレース俺もテレビで見たわ!!あそこの直線エグかったよな!!!」

 

 

桜木「ん?なんだ、カーレースでも見てんのか?」

 

 

黒津木「はァ〜?レースっつったらお前、[ウマ娘]のレースに決まってんだろ?」

 

 

桜木「ウマ......娘.........?」

 

 

二人「お前正気か?」

 

 

 二人に正気を疑われたが、正直今の俺でもこの時の俺は異常に思う。あれだけ賑わっている、言ってしまえばこの日本でウマ娘のレースと言えば、国を上げての一大スポーツジャンルとして確立していると言うのに、俺は何も、ウマ娘のウの字も知らなかったのだ。

 そして、二人によるウマ娘とは何かの説明を受け始める。初めはそんな走る速さで走れる存在が人間と同じ構造をしている訳が無い。足とか絶対逆関節だろうとか思っていたが、その動画を見せられた俺は渋々ながらも納得していた。

 

 

白銀「あっ、俺今日部活だったわ」

 

 

黒津木「は?バカか?もう一時なんですけど?」

 

 

神威「うわぁ〜。バドミントン部長が堂々とサボりですか.........」

 

 

桜木「ここはサボりンピック会長の俺が表彰してやるか.........」

 

 

白銀「うるせェッッ!!!お前ら俺が汗水垂らして頑張ってる中遊ぶなよ!!!という訳で解散!!!家で勉強してろカスどもッッ!!!」

 

 

三人「テメェに決められる筋合いはねェよッッ!!?」

 

 

 休日のイツメンの集まりはこの日、こうして呆気なく解散が決まった。俺も部活に入ってはいたが、今日は完全なOFFだったのでやる事なんて何も無い。

 仕方が無いので公園で暇を潰すようにベンチに腰掛けて空を見上げていると、不意に足元にボールが転がってきた。

 

 

桜木「ん.........?」

 

 

 転がってきたそれを拾い上げ、周りを見て見ると、小さい女の子が恐る恐る俺の方を見ていた。

 その頭には、人間には決して無い筈の獣のような耳と、後ろから伸びる綺麗なしっぽが生えていた女の子だった。

 

 

桜木「.........君のかい?」

 

 

少女「!」ビクッ!

 

 

桜木「.........弱ったな」

 

 

 自分の顔が怖い事は自覚していた。まぁ本当に怖い人と比べたら可愛い方だが、逆だった髪型と合わさってしまえば一昔前の不良に見えてしまっても仕方が無い。現に、初対面の時にヤンキーだと思ったと言われた事もある。

 どうしたものかと思ってボールを見る。その時、本当に癪ではあるが、クソ親父がボール遊びをしてくれていた時によく見せてくれた技の事を思い出した。

 ボールを地面に置き、両足で挟む。右足を少し後ろに動かしてボールを左足の踵に乗せて軽く蹴り上げる。宙に浮くボールはそのまま若干前方に進み、落ちてくるボールを胸で弾ませてからキャッチすると、その女の子の目が変わったのを感じ取った。

 

 

桜木「君、一人?お母さんとかお父さんは?」

 

 

少女「お、お仕事.........だから、一人で遊んでるの.........」

 

 

桜木「.........じゃあ、俺と遊ぶ?」

 

 

 その一言で、女の子の顔はパッと明るくなった。それに釣られて俺もつい笑ってしまう。そして暫くその少女と遊んで過ごしていた。

 そして、過ごしている内に段々とウマ娘という存在の凄さについて触れて行った。まだ幼いと言うのに大人顔負けの体力、そして身体能力、極めつけには成長の速さ.........どれをとっても、人類のそれとは全く別物。超人と言われた方がもっと納得出来るほどの物だった。

 そうしている内に、お互い少しお腹が空いてくる。それを聞いた俺と女の子は、恥ずかしそうに笑った。

 

 

桜木「なんかお菓子でも買ってくるか!!ちょっと待っててね!!」

 

 

少女「うん!!」

 

 

 そう言って、公園のすぐ側にあるコンビニへと向かって行った。買ったものは、[普段は買わない駄菓子]だが、その時は無性に、それが食べたくて仕方がなかった。

 急いで会計を終え、店員に礼を言ってから外へと出る。公園の方では少女が俺を見つけ、嬉しそうに手を振ってこちらに駆け出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け出してしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女にとっては、俺はきっと初めて出来た友達なんだろう。だから舞い上がって、周りを見ていなかったんだ。

 もう既に、大型トラックがこちらへと向かって居るというのに.........

 

 

『まず―――』

 

 

桜木「ッッ!!!」

 

 

 その記憶を見ていた俺は、声を上げていた。それを実際に目の当たりにしていた俺は、何も言わず、買った物を袋ごと放り出し、直ぐに駆け出して行った。

 

 

 それが、[今の俺]と、[当時の俺]の違いだった。

 

 

 酷く痛感した。俺は.........いや、[彼]は、声を出す事もせず、子供を助ける為に前へと駆け出した。

 

 

 そして悟った。この後の出来事で、[彼]は[死んでしまった]のだと.........

 

 

 [彼]の居なくなったこの抜け殻の身体で生きているのが、[俺]なんだと.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当にそうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [俺]は[彼]じゃないのか?

 

 

 [俺]はもう、[彼]にはなれないのか?

 

 

 まるでテレビドラマの様に、俺の視界はカメラとして[彼]の背中を映している。明暗がハッキリと別れ、道を違えたのは嫌でも分かった。

 

 

 それでも.........

 

 

 それでも、俺は―――

 

 

 カメラはやがて、視界を揺らしながら[彼]の背中に迫っていく。まるで、あの日失った物を取り戻そうと必死に足掻くように.........

 

 

『そうだよな.........ッッ!!!桜木玲皇ッッ!!!』

 

 

『ここでお前の背中見送っちまったらそりゃ.........ッッ!!!』

 

 

『お前ッッ!!!この時のことを後悔してるって事だもんなァッッッ!!!!!』

 

 

 視界が完全に重なり合う。重なり合って、カメラの視界は完全に消え、一人の[登場人物]としての[視界]に再び戻る。

 その瞬間。[俺]は、少女を強く突き飛ばし、絶対にトラックと衝突しない場所へと移動させた。その時、女の子表情は酷く驚愕している物だった。

 

 

 そんな少女を慰めるように。これから起きる事に、この子が責任を感じる必要は無いと言うように、俺は笑って見せた。

 

 

桜木(ごめんね。声には出せないから伝わらないかもだけど)

 

 

桜木(けど、大丈夫。女の子一人救う為にここまで出来たんだ)

 

 

桜木(だから、きっと―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(奇跡を超えるのだって、わけないさ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ナーさん、トレーナーさん」

 

 

マック「トレーナーさん!!」

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 意識が海面から浮き上がってくるように覚醒する。背中に感じるひんやりとした地面の感触から、俺は寝ていたのだと察し、その場から手を着いて立ち上がってみる。

 周りには、先程までいつも通りの様子を見せていた面々が心配した様子で俺を囲んでいる。何ともない様子を見せると、安心した様に溜息をついた。

 

 

博士「どうだい?思い出したかな?」

 

 

桜木「ああ、思い出したよ」

 

 

桜木「.........[全部]、思い出せた」

 

 

四人「.........!!!」

 

 

 右腕の付け根を握り締めながら、俺はそう言った。その様子で、アイツら三人と男は、何を思い出したのか分かったのだろう。驚いた表情を俺に向けている。

 

 

 眠っていたんだ。今までずっと。抜け殻のまま、そこに何かが詰まっているフリをして生きてきた。

 

 

 一度失った生きる意味。魂とも呼べるものを亡くし、俺は空っぽのまま、今まで生きてきた。

 

 

 だけど、それで良かったんだ。意味なんて、最初からあったら[意味が無い]。それは意味なんかじゃなくて、単なる決まった型なんだ。

 

 

 知らなかった事。分からなかった事。無くした物が見つかって行く世界だった。それも今、タイムマシンの起動音によって、この世界とも別れの時が近付いているのを感じた。

 

 

能面「.........お別れだな」

 

 

桜木「ああ、本当.........世話になった」

 

 

能面「長時間の時間遡行は精神に負荷がかかる。確実にあちら側へは辿り着くが、寝ている間にどこかへ[迷い込む]かもしれない。気を付けろよ」

 

 

 そう言われて、俺達は覚悟を決める。最後に礼を言ってから、続々とタイムマシンへと乗り込んで行く。

 来た時はどうなるかとも思っていたが、いざ帰るとなると、寂しさを感じてしまう。全員が乗り込み、後は俺とマックイーンが乗るだけ.........

 そんな時、不意にあの男から声を掛けられる。

 

 

能面「.........一つ、言い忘れていた事があった」

 

 

二人「.........?」

 

 

 男はポツリ、とそう言った。忘れていたと言う割には、その喋り出しは酷く落ち着いた物であった。

 操作パネルから離れ、俺達の方へと向かってくる男。俺達二人はタイムマシンを背にし、男はこの世界の人達を背にしている。まるで、俺達と彼等とは、明確な線で分断されているように。

 

 

能面「この未来の世界では科学技術が発展し、AIによって作業効率は高められ、様々な確率計算に基き、世界は安定を余儀無くされている」

 

 

能面「.........そんな中でも、全てに置いて人間より優れたAIが跋扈するこの世界でも、唯一人間だけが出来るものがある。なんだか分かるか?」

 

 

二人「.........」

 

 

 真剣な眼差しを向けられ、問い掛けられる。俺とマックイーンは目を見合せ、それが何なのかをお互い考えてみているが、どうやら意見すら出せない程分からない。という事が直ぐに分かった。

 そんな俺達二人の様子を見て、目の前に居る男とその後ろに居る内の一人の女性が笑う。その二人はどうやら、答えを知っているようだった。

 

 

能面「簡単な事だ。確率や、可能性。神の起こす[奇跡]やそれまでの実績。生き方、血筋、それらに決して縛られる事無く―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――心の底から、信じる事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人「!」

 

 

 その表情は、この男が初めて見せた物だった。それはまるで、俺にとっては朝、毎日顔を合わせている物と同じもの.........まるで本当に、鏡の前に立っているように、どこかで何度も見た顔をして、[彼]は言った。

 

 

桜木「治らない?[奇跡]が起きる?バカを言うんじゃねぇ。まだ見ぬ結末をどうしてコンピュータなんかが演算出来る?テメェがやり通すって決めた事をどうして神なんかに頼む必要がある?」

 

 

桜木「現に俺は成し遂げた。不可能を覆し、神に反逆し、見事勝利を掴んだ。だから俺はもう、自分を[期待外れ]だとは思わない」

 

 

桜木「もし、お前がまだ自分を許すことが出来ねぇんなら。まだ、[期待外れ]だと思い込んでるなら、俺が背中を押してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「超えて行け。桜木玲皇」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「俺の起こした[奇跡]全てを超えて行けッッ!!!桜木玲皇ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「お前の[夢の果て(ハッピーエンド)]を.........俺は信じて待っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の両肩に、その手が乗せられる。力強くて、それでいて.........俺を信じているという事が、全部伝わってくる.........

 そんなの、根拠も.........確証も.........何もかも、ありゃしないってのに.........!!!

 

 

桜木「っ.........っ、っ俺、は」

 

 

能面「.........」

 

 

桜木「俺はっ!!!必ず幸せになって見せるッッ!!!」

 

 

桜木「アンタ以上にッッ!!!アンタに話を聞かせた時ッッ!!!絶対悔しがる程の幸せを手にしてやるッッ!!!」

 

 

桜木「それまで待ってろッッッ!!!!!クソジジイッッッ!!!!!」

 

 

 目の前に居る男に指を指しながら、俺は叫び散らかすように声を上げた。そんな俺を見て、男はふっと笑いを零し、優しげな目で俺を見つめ、そしてマックイーンを見つめた。

 

 

能面「.........元気でな」

 

 

桜木「ああ.........!」

 

 

マック「貴方も、どうかお元気で.........!」

 

 

 これで、本当にお別れだ。きっともう、直接会うことは無いだろう。それでも俺は.........あんな酷い目に会い、酷い事を言われたと言うのに、またここに来たいと思ってしまう。

 タイムマシンに乗り込む為、前へと彼女の 車椅子を押していく。中へと入ったタイミングで外側から操作され、入口が完全にロックされた。

 

 

マック「.........帰ってしまうのですね」

 

 

桜木「.........だな」

 

 

マック「きっと、今まで以上に大変な毎日な気がします」

 

 

桜木「俺も、そう思う.........」

 

 

 これから先、本当に何が起こるか分からない世界だ。それでも俺は、この子と一緒に.........[隣で歩く]事を決めたんだ。だから絶対.........全ての可能性を拾ってやる。何一つ捨てる事なんてしない。諦めることはもう、諦めたんだ。

 タイムマシンの内部へ進むと、全員がシートベルトを着用し、眠っている。俺達は空いている席へ移動し、マックイーンを車椅子から降ろしてから俺も席へと着いた。

 

 

「こちらの薬をお飲み下さい。時間遡行で与えられる負荷を限りなく軽減させる事が出来ます」

 

 

マック「まぁ!ハイテクですわね!」

 

 

桜木「あはは、呑気だなぁ.........でも、それくらいが丁度いいか」

 

 

 機械音声の案内に従い、肘掛から現れた台座の上に置いてある薬と水を一緒に飲む。すると途端に、眠気が俺達を眠りの世界へと誘い始めた。

 そして.........俺は意識をまた、もう一度手放して行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

能面「.........行ったか」

 

 

 轟音をたてた後、巨大なタイムマシンは影も形も無くなっていた。それを確認し終えた俺は、深い溜息を一度吐く。

 

 

博士「全く。君は人使いが荒い。せめて褒美が欲しいものだね」

 

 

当主「あら?まさか今までボランティアでしたの?」

 

 

能面「死んだ身だったからな。口座から金を引き出すことも出来なかった。生きている事がバレれば直ぐにニュースになってしまう.........だが、もうそんな事を考える事も必要ない」

 

 

 懐を漁り、ボールペンと今日という日の為に用意していた小切手を取り出す。そしてそれを俺は、タキオンへと渡した。

 

 

能面「報酬だ。好きな額を書き込むといい。それに見合うだけの事を、お前はしてくれたからな」

 

 

博士「.........ふぅン?」

 

 

 俺の手からそれを受けとり、じっくりとその小切手を睨むように観察する。その顔はどこか面白くなさそうなものを見る目だったのが、俺にとっては予想外だった。

 暫くしてそれとにらめっこを続けた後、タキオンは溜息を吐いて、呆れたような笑みを浮かべて俺の方を見た。

 

 

博士「.........報酬、だったね?」

 

 

能面「?あ、ああ.........」

 

 

博士「では、こうしよう」

 

 

能面「!!?な、何を.........!!?」

 

 

 彼女は得意げな顔して、俺の渡した小切手を両手で持ち、俺達へ見せびらかした。何をするつもりか、それを問いかけた瞬間。その答えはすぐに目の前で行われた。

 彼女はそれを、なんの躊躇いもなく破いて見せたのだ。

 

 

能面「な、ぁ.........」

 

 

博士「こんな紙切れや三世代遊んで暮らせる大金を積まれても、私は対価とは認めないよ?」

 

 

当主「.........!!?だ、ダメです!!!ダメですからね!!?」

 

 

能面「!!?な、何だ急に!!?どうしたんだいマックイーン!!?」

 

 

 唐突に何かを察した妻が俺の腕を引き寄せ、ギュッと両腕でホールドしてくる。当の俺にはその何かがさっぱり分からない。そんな様子を見て、アグネスタキオンは昔を思い起こさせるようなくつくつとした笑いを見せる。

 

 

博士「今更そんな老いぼれを取ろうとはしないさ。彼と暮らしてきて熱も冷めたからね」

 

 

能面「お前絶対それ俺がガミガミ言ったからだろ」

 

 

博士「当たり前だ。炊事洗濯家事掃除全てに置いて文句を言われたんだ。プライドも傷付いたし君への罪悪感も半年で消え失せたよ」

 

 

当主「えぇ.........?」

 

 

 やれやれ。と言った様子で首を振るタキオン。まぁたしかに色々とアレコレ言ったりはしたが、それは彼女の今後の.........まぁ、そんな歳でも無いか。これは俺がデリカシーが無かったという事で手を打とう。

 しかし、彼女の言う[対価]が未だに浮かんでこない。一体俺に何を求めているというのだ?そんな俺の心情を察したのか、今度は彼女が懐を漁り、一枚の紙切れを取り出した。

 

 

博士「実は現役時代に集めたデータが底を尽きてね。奇遇な事に、ここにトレセンへの[招待状]がある。[トレーナー]としての、だ」

 

 

能面「.........まさか」

 

 

博士「ああその通りだよモルモットくんいや!!![トレーナーくん]!!!君はこれからの人生私の研究データの為に!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[トレーナー]として生涯を終えるのさ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな声が高らかに、この地下で響き渡った。

 

 

 終わったと思った[物語]が今、もう一度始まった。始まってしまったのだ。

 

 

能面「.........ククク、人生というのは最も数奇で、予測など出来ないものだな」

 

 

 苦しみを乗り越えた先。悲しみを降り終えた先。待っていたのは、いつかあの日捨てた筈の景色とその肩書きだった。

 

 

 遠回りは、自身の生きる意味を模索するには長すぎた。だが、自身の生を終わらせるには短すぎる。[二週目]の先は、正に[目覚めた後の夢]のようだった。

 

 

能面(.........さて、これで俺は分不相応ながらも、[一周目のその先(ハッピーエンド)]を迎えられた訳だ)

 

 

 彼女達から視線を外し、かつてそこにあったはずのタイムマシンの方向を見上げる。

 

 

 若い男は俺に言った。必ず幸せになり、その話で俺を悔しがらせる、と.........

 

 

能面(この上ない幸せだ。俺はそれを、ようやく手に入れる事が出来た)

 

 

能面(そんな俺を悔しがらせるのは、少し難しいと思うぞ?それこそ―――)

 

 

 かつて、ある男が考えた言葉がある。それは、決して誰もが言わない。されど、決して出来ない訳では無い言葉。

 

 

 それは正に、神への冒涜そのものであり、人間の可能性そのものであり、そして.........誰かの手によって書かれる事の無い、人生(物語)そのもの。

 

 

 [奇跡]は起こる。だがそれは一過性であり、偶発性であり、誰もが考えうる展開性。

 そんなものでは無い。人間はそれを超えられる。それは連続性を持ち、必然性を持ち、誰もが予想だにしない展開を迎え、誰もが望む結末へと結び付ける。

 

 

 そう。それこそ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――[奇跡]を超えなければ、な?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――.........」

 

 

 広い草原の中、俺は一人立ち尽くしていた。いつから、というのは分からない。気がついた時には一人で、俺はここに立っていた。

 辺りを見回して、直ぐに気が付く。これはどこか遠い日に見た、どこかの景色だ。しかし、それがどこであるかはまだ思い出せずに居る。

 

 

 きっとこれがあの男の言っていた[どこか]なのだろう。俺は一人、[迷い込んでしまった]。

 

 

 さて、どうしたものか。目が覚めるまでこの夢を享受しようにも、草原以外は何も無い。広がる空も青だけ一面。白は一切無い。どこまでも行けて、どこかへ行ってしまう。そんな風に感じる空だ。

 

 

 何をするでもなく、視線を下にもう一度下げてみる。するとそこには、さっきまで居なかった筈の人間が、仰向けで眠っていた。

 

 

 それを見た時、俺はようやく、ここが何処なのかを思い出した。

 

 

 ここは―――新たな夢を授かった場所だ。

 

 

 俺は、その男の視界に現れるように立ってみる。だが、目は会っているはずだが、一向に反応を示さない。まるで、本当に見えていないかのように.........

 

 

 そして、あの[声]が一向に聞こえて来ない。あの時は確かに、聞こえて来た。

 

 

 なんて言ったか.........確か―――

 

 

「たった四度で終わる筈だった伝説の先を、見たくはないか?」

 

 

 そうだ。確か、こんなセリフだ。眠っているせいか、思っている事をそのまま口に出してしまう。姿が見えないんだ。どうせこれも..........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お?んだそりゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな声が聞こえてくる。俺は声すら上げられず、ただただ驚いて後ろに後ずさる。

 

 

 男は立ち上がってこちらへと歩いて来る。その姿を見て、俺はなんだか、懐かしい気持ちになった。

 

 

(.........ああ、そうか。[これ]だけは、[この物語]だけは、俺が決めた事なんだな)

 

 

(なぁ桜木。お前、これから大変だぞ?苦しい事、悲しい事、今まで味わった事ないくらい、たっくさん経験するぞ)

 

 

(けど.........それ以上に―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(後悔しない毎日が、待ってるぞ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっっ.........!!!??」

 

 

 突然、男の後ろを風が通り抜ける。あの時は分からなかった熱風。それは、ただ一人の少女が運んで来るものだと勝手に思っていた。

 

 

 だが、今は分かる。これは、[俺達]だ。騒がしくて、楽しくて、過酷で、波乱万丈を乗り越えて、そんなものを全部引っ括めて、進んで行きたいと思わせる、俺達が作り上げてきた[歴史]だ。

 

 

「こんな.........こんな凄ぇのが.........たった四回.........?」

 

 

 見ていて分かる。顔は後ろを向いているからよく見えないが、それでも、男の心に小さな火が灯ったのが分かった。

 

 

 いつか、それが消えてしまう日がくる。俺はそれを知っている。

 

 

 でも、今はそれで良い。小さくても、それが.........初めて灯った火が、[勇気]ならば.........

 

 

 きっといつか.........誰かの[勇気]に釣られて、また燃え上がってくれる.........

 

 

(頑張れよ。俺は先に.........進むから)

 

 

(お前も.........必ず来いよ?)

 

 

(なんせこの先は、誰にも.........それこそ[神様]にだって予想も付かない―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

([山あり谷ありウマ娘(奇跡を超える物語)]が.........待ってるんだからな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体がふわり、宙へと浮かぶ。それが目覚めの時だと、俺は察した。地面の方に居る、未だ風に目を向けている男の姿を見て、俺は笑を零した。

 

 

 大丈夫、きっと.........何が起ころうとも、お前なら何であろうと、乗り越えてくれる.........だってお前は.........

 

 

 [奇跡]を.........越えられるんだからな.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、今日の全校集会ってなんだろうね?」

 

 

「さぁ、急に集められたからわかんないよ」

 

 

「でも初めてじゃない?普段きっちりとスケジュール立ててる理事長がいきなり全校生徒集めるなんて.........」

 

 

 ざわざわとした喧騒の中、集会の為に集められた生徒のウマ娘達がヒソヒソと隣同士、あるいは近いもの同士で内緒話をする。

 これから一体何が始まるのか。それはここに居る誰にも分からない。生徒会も、理事長ですらも.........

 

 

理事長(全く、あの事故の死者は時間が経って帰ってきていたんだ。今更ながら戻ってくるとは一体どういうつもりなんだ?彼は)

 

 

 ステージの傍に置かれた椅子に座り、腕を組んでその時を待っている。彼女は今か今かと急かすように、その指を何度も腕に当てていた。

 

 

 アグネスタキオンへ送った筈の招待状を持って、彼は現れた。現れたと思いきや、何の冗談か、トレーナーになると言い出した。

 

 

 彼女はその時思わず笑ったが、男の顔は笑いながらも、目は真剣そのものだった。

 

 

 今まで.........いや、[初めて会った時]に感じたあの熱意を再び抱いた男の姿を見て、彼女はもう一度、男をトレーナーとしてこのトレセン学園に歓迎した。

 

 

 .........と、言うのに。未だに歓迎と講演を兼ねた会場に姿を現さない。一体どうなっている?そんな事を思い、我慢出来なくなった彼女は男に電話を掛けようとした。

 

 

 その時だった。

 

 

全員「.........!!?」

 

 

 突然、ステージの両袖から大量の煙、スモークが黙々と広がり始めた。それを見た全員が度肝を抜かれ、一部では火事でも起きたのでは無いかと騒ぎ始めようとしていた。

 

 

 だがそれも、静かに、その煙に乗るように流れてくる音楽を聴き、驚きに驚きを重ねて黙りこくる。

 

 

理事長(な、なんだ.........この音楽は.........?)

 

 

「ね、ねぇ.........これって.........」

 

 

「ど、ドラクエ.........だよね?」

 

 

 その音楽は知る人ぞ知る名曲。日本を代表すると言っても過言では無いゲーム音楽だった。

 そして、それが最初の盛り上がりを見せると同時に、一人の甲冑を来た男がステージに現れる。

 

 

「私は勇者。伝説の邪竜[ダルトムント]を成敗すべく、遥かなる旅を続けている」

 

 

 その声は肉声であった。マイクや拡声器など使っていないはずのそれだったが、その声は体育館中に響き渡り、その中にいる者全てに一語一句聞き間違い無く伝わっていた。

 誰もが黙り、最早驚く事すら出来ずにいる中、その甲冑を来た男は何が面白いやら、一人でくつくつと笑っていた。

 

 

「.........冗談だ。何、普通の自己紹介など君達聞き飽きているだろう?これくらいした方が、俺の話を聞いてくれると思ってな」

 

 

ウマ娘「え!!?」

 

 

理事長「.........あの大莫迦者め」

 

 

 兜を脱ぎ、その顔を体育館に居る者達全員に見せる。それは彼女達にとって、老けてはいるが学園の表彰棚に飾られている顔と同じだった為、驚きの声をあげたのだ。

 そして一人、呆れて溜息を吐く者が居た。だがその行動に反して、男を見る目とその表情は、どこか嬉しそうなものだった。

 

 

「では自己紹介を始めよう。俺の名は[桜木 玲皇]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かつて、初代URAファイナルズ中距離王者になったアグネスタキオンの、[相棒]をしていた男だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、[あの日]の[リメイク]がここで行われた。

 

 

 男がかつての夢に別れを告げ、新たな夢を追うと決めた、あの日が.........

 

 

 だがそんな事は、この場にいる誰も、そう。この[桜木 玲皇]でさえも、知る由もなかった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ZUUUUU―――z___NNN.........

 

 

沖野「な、なんだ!!?」

 

 

 重い振動音が身体全身に伝わってくる。背後から感じ取った大きな地響きに身体のバランスを崩され、何とか倒れないようにする。

 揺れが収まり、地面に手を着いているスペに手を差し伸ばしてその音の方向を見ると、そこには先程飛び立って行ったタイムマシンより、大きな物があった。

 

 

ウオッカ「で、でけぇ.........!!!」

 

 

ダスカ「こ、こんなのが飛んできたって言うの.........!!?」

 

 

スペ「凄いな〜!やっぱり都会に来るとこんな事にも遭遇しちゃうんだ〜!!」

 

 

スズカ「スペちゃん.........流石にこのレベルの事件には巻き込まれないと思うわ.........」

 

 

 隣でそれぞれ反応を示す中、俺は固唾を飲んでそのタイムマシンであろう機械の様子を伺う。

 そうしてしばらく黙っていると、その入口のハッチが音と煙を出しながらゆっくりと開いて行く。その入り口の縁に、誰かが手を置き、ゆっくりとハッチの階段に脚を置いた。

 

 

桜木「.........あれ?沖野さん?皆も?」

 

 

沖野「桜木!!?お前無事か!!?」

 

 

桜木「無事も何も、ほら!この通りピンピィィィィィッッ!!?」ドンガラガッシャーン!!!

 

 

 最初に出てきたのは桜木だった。俺の心配に応えるべく、無事だと言うことを示す為にその体を俺達の方に向けて様子を見せようとした瞬間。中から流れ出るように大勢が外へと出てきて桜木の身体を地面に押し潰した。

 

 

沖野「.........相変わらずだなぁ、お前」

 

 

桜木「うぐぐっ.........こんな筈じゃ.........」

 

 

テイオー「いてて.........あっ!!トレーナー!!」ピョイ!

 

 

 団子状態になっている人達の一番上で伸びていたテイオーが俺達に気付くと、直ぐにその場で飛び起き、素早く俺達の前へとやってくる。

 そして満面の笑みを浮かべ、口を開いた。

 

 

テイオー「ただいまっ!!♪」

 

 

沖野「おう、おかえり。テイオー」

 

 

ダスカ「全く!急に未来に行くーって言い出した時はびっくりしたんだから!」

 

 

テイオー「えへへ〜、ごめんごめん。そうだ!ボク皆に言わなくちゃ行けない事があってさ!!」

 

 

 スカーレットの言葉に申し訳なさそうに頬をかいて謝るテイオー。だが、次には何か言いたい事を思い出し、気合いを入れるようにその両手を握り締め、自信満々の顔で俺の事をじっと見つめてきた。

 

 

沖野「な、なんだ?」

 

 

テイオー「ボクね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度の[有馬記念]!!出ようと思うんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖野「.........な」

 

 

桜木「な、なな.........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「なんだって(ですって)ェェェェ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、打ち明けられた決意。どうやらそれは行動を共にしていた桜木達も知らなかった事のようで、その事実が更に、驚きに拍車をかけた。

 

 

 十一月の初旬。果たして出走登録は間に合うのだろうか?そもそも、テイオーは本当に走って大丈夫なのだろうか?そんな疑問を浮かばせながらも、俺達は取り敢えず、未来から帰ってきた奴らを労る事にした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの〜.........もし?誰か私を車椅子に乗せてくださいませんか〜.........?」

 

 

 

 

 

 ......To be continued

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