山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
『今度の[有馬記念]!!出ようと思うんだ!!』
トウカイテイオー。彼女がそう力強く宣言してから早くも、もう十二月の暮れになってしまった。秋の寒さから冬の寒さへと移り変わり、肌に沁みるのは寒さと、得体の知れない[何か]だった。
最初はどうなることかと思っていたが、人気投票の結果四位に入り、見事有馬記念への出走を果たす事が出来た彼女だが、そこに至るまで、これまでより過酷なトレーニングが彼女を待っていた。
それでも、その胸に何かを秘めていた彼女は根を上げることはせず、ただひたすらに、黙々とそのトレーニングをこなし、時は刻一刻と、その日に近付いて行った。
桜木(.........なんでだろうな、皆、楽しみにしてるはずなのに)
桜木(俺、なんか苦しいな.........)
その日が近づくにつれ、皆の熱は上がっていく。チーム[スピカ]はもちろん、俺のチームも、そしてアイツらも、今か今かとその日を待ち侘びている。
俺だけが、その時を迎える事の楽しみを抱きつつも、[何か]に足を引っ張られ、取り残されている気がした。
家のベッドで仰向けになりながら、その正体をぼんやりと追っていると、不意に携帯に着信が入ってくる。その連絡先を見ると、マックイーンだった。
桜木「もしもし?」
マック「あの、トレーナーさん?すみません。こんな夜遅くに.........」
桜木「ううん。どうしたの?マックイーンも眠れない?」
電話から聞こえてくる声は、なんだか不安そうな声だった。彼女のその声に耳を向け、不安の種を何とかしようと試みる。
マック「明日は.........テイオーが走ります」
桜木「うん」
マック「.........勝てると、思いますか?」
桜木「.........うん」
テイオーが勝てるか。その問いに間を置いてから答える。
彼女は未来から帰ってきたあの日から、トレセン学園には顔を出していない。だから今のテイオーがどんな状態で、どんな走りをするのかを知らない。勝てるかどうかすらも、分からない。
けれど俺はそれを見てきた。それを見て、加味した上での間と、その回答をしたつもりだ。
全盛期の走りには程遠い。だけど、無い訳じゃない。針の穴に糸を通すような繊細な問題だ。ならば、針の穴に糸を通してしまえば良い。
そんな俺の回答を聞いて、彼女はしばらく無言だった。重苦しい雰囲気の中、電話を切ろうかと提案することをせず、俺はただ彼女の言葉を待っていた。
マック「.........あの、非常に申し出にくい提案なのですが.........」
桜木「.........大丈夫だよ。言ってみて?」
マック「.........い、一緒に見に行きませんか.........?」
ーーー
テイオー「.........」
控え室の鏡の前で、ボクはじっと自分の顔を見つめる。今までの事や、これまでのトレーニングの振り返りは終わらせた。なのに、ボクはまだ、ここから動けないでいる。
テイオー「.........っ」
怖い。こんな気持ち、生まれて初めてだ。走るのが怖い。レースに出るのが怖い。でも.........本当に、本当に怖いのは.........
負けて、マックイーンに何も見せられない事が、怖い.........
手が震える。瞳が揺れる。決心は済ませた。皆に、覚悟も伝えた。それなのに、ボクの怯えは収まる所か、増してさえ居る。
そんな矢先、控え室の扉が突然ノックされる。
「テイオー。ちょっと良いか?」
テイオー「っ、どうしたの?」
その声は、ボクのトレーナーだった。こういう時トレーナーはサブトレーナーと違って、選手としての心作りの為に、一人にしてくれる。そんなトレーナーがわざわざこうしてやってきた事に、ボクは静かに驚きながらも、入っていいよと伝えた。
扉が音を立てて開いて行く。現れたトレーナーの隣には、会長の姿がそこにあった。
ルドルフ「テイオー」
テイオー「会長.........!」
思っても居なかった。まさかこんな所で、会長と会えるなんて。目を見開いてその姿を見ていると、会長はトレーナーに頭を下げてお礼を言っていた。
トレーナーが出ていった後、会長はボクの方を真っ直ぐと見て、懐かしそうな顔をしてくれた。
ルドルフ「.........その服、ダービー以来だな」
テイオー「うん。今日はこれで走りたくって」
ルドルフ「そうか.........?」
さっきまで嬉しそうな顔をしていた会長が、少しだけ表情を曇らせた。そして、その視線はちょっとだけ、化粧台に置いたボクの左手の方を見ている事に気が付いた。
あはは.........本当、かっこ悪いなぁ.........会長が目の前に居るのに、ボクはまだ震えてる。負けるのが怖くて、マックイーンをがっかりさせたり、皆の期待を裏切るのが.........怖い。
テイオー「.........ねぇ、変な事聞いてもいい?」
ルドルフ「?」
テイオー「会長はさ、どうしてた?絶対に勝ちたい、そういう気持ちの時.........」
ボクらしくない。そんなの、ボク自身が一番良く分かってる。レースなんて余裕綽々。勝つのだって.........まぁ、当たり前じゃないけれど、それなりに皆に期待される位には強い.........強かったのが、[トウカイテイオー]だ。
けれど今のボクにそんな強さは無い。一年もまともに走れなくて、テイオーステップも今使えば、また骨折するかも知れない。今のボクは、これから出走するどの子達よりも身体が弱くて、心も、負けている。
そんなボクを見て、会長は目を伏せた。目を伏せて、 その口を開いた。
ルドルフ「.........難しいな」
テイオー「.........そうだよね「と」.........え?」
ルドルフ「[以前]までの私なら、そう言っていただろう」
そう言って、会長はその身に青白い炎を静かに纏わせ始めた。それが何なのかは、ボクにははっきり分かる。
[勝ちたい]という意思。[負けたくない]という意地。そんな全てが詰まっている炎。それが、[ヘル化]の炎。
その炎をまといながらも、会長はいつもの様な暴走を見せない。しっかりと自分の意思で、その炎と向き合い、そしてコントロールしていることが良く分かった。
ルドルフ「勝つと言うことは、全てをぶつける事だ」
ルドルフ「負けるという事は、その全てがその時勝った相手より、少なかったという事だ」
ルドルフ「私はこの炎に踊らされながらも、生徒会長としてでは無い。一人のウマ娘として.........[シンボリルドルフ]としての全てをぶつけることが出来た」
ルドルフ「.........ふふ、立場の為とはいえ、自分の立ち振る舞いを気にしながら戦うと言うのは、今になって思えば驕りそのものだ」
恥ずかしそうに笑いながら、会長はボクに顔を向けた。それは、いつもボクに向けてくれる、[
ルドルフ「テイオー。君も、今までの事なんて忘れて走れば良い」
テイオー「今までの.........事.........?」
意味が分からなかった。だって普通はそういう時、今までの事を思い出して.........って言うものだと思ったから。
そんなボクの困った表情を見て、会長は一歩近づいて、ボクの前に立った。
ルドルフ「三冠を取った。骨折を何度も経験した。私に憧れレースを始めた。確かにその全てが、君をここまで連れてきた」
ルドルフ「だがそれも、今はもう過去の物だ。これからのレースに、何の関係もない」
ルドルフ「今の君に何があるのか.........今の君が、[何で出来ている]のか。それを思い出せた者だけが、勝利を収める事が出来る」
テイオー「今のボクが.........何で、出来ているか.........」
ボクの始まりは、この目の前に居る人だった。無敗で三冠。その前人未到を達成したこの人のレースを間近で見て、ボクもこの人のようになりたいと思った。だからトレセン学園に来た。
ボクの夢は、この人と同じ[無敗の三冠バ]になる事。一度は諦めるしかないと思っていたそれを、周りの皆の支えのお陰で、何とか叶える事が出来た。
ボクの終わりは、骨折だ。今まで何度も、これさえ無ければ.........って、本当に.........何度も何度も、同じ事を思った。寝て覚めたら、実は骨折なんてして無くて、リハビリトレーニングもちょちょいのちょいっ!って軽くこなせる.........とか、考えたりもした。
でも、それは本当の事で.........でもそれは、レースには[関係無い事]で.........
その骨折で終わったボクが、その骨折で、今までの事を全部無くしたボクが、もう一度一から始まる。ううん、もう.........始まってる。
[一人に憧れて始まった物語]は、もう終わったんだ。今の、これからのボクの身体は.........心は.........
[
テイオー「.........ありがとう。会長」
ルドルフ「これで君が元気になるのなら越したことはないさ」
会長の言っていること。少しだけどわかった気がする。どんなに昔凄かったって、例え、無敗で三冠になったからって、今勝てるかどうかは分からない。
人からの評価とか、前に勝ち取った栄光は、今勝つ為の強さに直結しない。今のボクを形作っている物。それは.........支えてくれた皆や、トレーナー達がくれた物だ。
だから、今のボクは[無敗の三冠バ]としてじゃなく、[
そんな決心を胸に、ボクは[炎]を静かに揺らした.........
ーーー
ウララ「うわぁ〜!!すっごい人だね〜!!」
タキオン「年に一度の、そして今年最後のG1だからね。多いに決まっているさ」
隣で大勢の人を見て声を上げるウララくん。それに応えるように私は先程の事を言うと、彼女は一層その目を輝かせた。
その姿を見て、私は私らしくもなく心を和ませる。彼女を見ながらつい頬を緩ませていると、隣に居るブルボンくんの事を思い出し、彼女の方向を見た。
静かにターフに視線を送っている。その先には、深呼吸をして緊張を整えているライスくんが居た。
タキオン「.........心配かい?」
ブルボン「いいえ。ライスさんは強い人です。きっと、いい結果を残してくれます」
ウララ「ライスちゃん!!頑張ってー!!」
タキオン「.........はは、思えば君も。随分と変わったねぇ」
ブルボン「?」
ライスくんを見る彼女の表情は、柔らかい微笑みをしていた。私が最初に知っていたミホノブルボンというウマ娘は、サイボーグと呼ばれる程。その尋常じゃないスタミナトレーニングと機械的な対応は正に、そう呼ばれても差し支えない程だった。
それがどうだ?今ではこうして、自分と共に走った仲間に対して優しい表情を向けている。
タキオン(.........まぁ、私も例外では無いか)
そして、彼女と同じ様に周りからの評価が逆転した者が居る。それがこの、アグネスタキオンだ。
何を考えているか分からない。実験体として見られるかもしれない。変な薬を作っている。
そんな事実しか基づいていない風評が気が付けば、おかしなトレーナーに振り回されてストレスで薬を作っている可哀想な常識人として見られるようになってしまっている。
実際。私の薬制作はダイワスカーレットくんから見れば、日頃のストレスによるものだと思っているらしい。
彼のチームはどうやら、何かを変える力があるのかもしれない.........
「おおおお待たせしましたぁ〜〜〜.........」
どさり。と何かを置くような音と共に、そんな声が背後から聞こえてくる。振り返ってみると、そこには施設で販売されているグッズをしこたま買い漁ったデジタルくんが疲弊した様子でそこに居た。
タキオン「お、おいおいデジタルくん!!?まさか君、これ全部買ったのかい!!?」
デジ「いやぁ〜!!コンプリートは無理かもと思いましたが、やれば出来るものですね〜!!」
ウララ「デジタルちゃんすごいね〜!!あっ!!テイオーちゃんのぬいぐるみだ〜!!可愛い〜!!」
彼女が置いた袋の中身を見て、テイオーくんのぬいぐるみを見つけたウララくんはそれを取り出し、頬ずりをする。それをまた恍惚とした表情で見るデジタルくん。そこにはやはり、緊張感のかけらもない日常があった。
タキオン「.........ここに、彼と彼女が居たら完璧なんだけどねぇ?沖野くん?」
沖野「おいおい、今更言うなよそんな事.........」
チラリと沖野くんの方を見てそう言うと、彼は辟易とした表情で面倒くさそうにそう答える。
ここには、いつもならば居るはずのトレーナーくんとマックイーンくんが居ない。理由としては、沖野くんがそう提案したからだ。
今回のレース。三度の骨折を経験し、全盛期には決して戻ることの無かったテイオーくんが出走する。勝っても負けても、恐らく彼女の心境に変化が現れる。そう踏んだ彼は、今回だけ。彼のチームである私達を見て、二人を一緒にする事を選んだ。
スペ「お二人共、今頃何をしてるんでしょうか.........?」
スズカ「そうね。そろそろレースが始まる頃だし、観客席に居るとは思うのだけれど.........」
ダスカ「あ、もしかして二人でまだどこか出掛けてるんじゃない?」
ウオッカ「え!!?そ、それってで、ででで、デートって事かァ!!?」
ゴルシ「オメェはそろそろ耐性付けた方が良いと思うぞ.........?」
今頃、どこで何をしているだろうか。二人で居てくれているのならば心配することは無いが、やはり姿が見えないと中々それが頭から離れなくなってしまう。
そんな事を思い、ターフに目を向けようとする。すると不意に頬の辺りを暖かい感触が触れ、少し驚きながらもそれを手に取った。
タキオン「.........あまりこう言った市販品の紅茶は好きでは無いんだがね」
黒津木「ごめんな。丁度自販機にあったから飲むかと思って」
何の気なしに話を進める。彼は謝りながらも、その表情に悪びれた様子は見当たらない。かく言う私もその文句を本気で言った訳ではなく、キャップの蓋を開けて一口、それを含んだ。
暖かいミルクティーの優しい味だ。かと言って、甘過ぎない。私が普段飲んでいる物より甘くは無いが、今は何故かそれを好ましく思った。
タキオン「仕事はどうしたんだい?君、仮にも保健室医だろう?」
黒津木「仮というかホンマもんだけど?まぁ、有給使ったよ。因みにアイツらも居るぞ」
白銀「よう!!スーパースターが応援しに来てやったぞ!!」
ゴルシ「うわ」
神威「俺も居るぞ」
続々と現れるいつも通りの顔ぶれ。司書くんの隣にはカフェも居る。これで本当の意味で、この場にいないのはあの二人だけになってしまったという訳だ。
タキオン(.........出来ればこのレースで、彼女の[走りたい]という気持ちに火をつけられたらいいのだが)
希望的観測。根拠の無い予測。私らしくないと言えば聞こえはいい。ブレていると言うのが、本質的な指摘と言えるだろう。
ありもしない。見えもしない未来に対して自らの希望を唱える行為は科学者として、可能性を求める者として失格だ。そうでありたいのならば、それなりの根拠と証拠を揃えなければならない。
だが.........彼女なら、いや。[彼女と彼]ならば或いは.........なんて、それこそ空想甚だしい。
それでもそれを、鼻で笑って心の中から打ち消す事すら.........私には出来なかった.........
ーーー
喧騒が慌ただしい人混みの中。自分の足で進む感覚は一切無く、それでいて着実に目的の場所へと進んでいる。自分の意思とは無関係に向かうこの時間。やはりいつまで経っても、慣れる事はありません。
マック「あの、やはり降りて自分の足で.........」
桜木「ダメだ。それやって治った時に変な影響出たら大変だ。走るのを止めるにしても、そんな事君も望んじゃいないだろ?マックイーン」
マック「.........はい」
あまりのもどかしさについ、自分で歩きたいと言うことをトレーナーさんに伝えてしまいます。彼はそれに強く拒否を示しました。
.........しかし、彼の言い分も分かります。と言うより、この場で正しいのは彼の方です。いくら調子が良いと言っても相手は不治の病と言われる[繋靭帯炎]。気を付けた方が良いに決まっています。
車椅子は着実に、有馬記念の会場へと向かって行きます。私の心とは裏腹に、彼の気持ちを無視して、人波に流されるように流れて行きます。
「マックイーンさん!!」
そんな時、不意に背後から可愛らしい声が聞こえて来ました。それを聞き彼の顔を見ると、彼も驚いた表情で私を見て、車椅子ごと後方へと向きました。
マック「.........!ダイヤさん.........!!?」
ダイヤ「マックイーンさん.........」
そこに居たのは、私の方を涙を堪えながら真っ直ぐ見つめるダイヤさんと、そのお友達であるキタサンブラックさんが二人並んで立っていました。
桜木「.........久しぶりだね。二人共。これから行くのかい?」
キタ「いえ!先に会場に入ってたんですけど.........マックイーンさんの姿が見当たらなかったので.........」
ダイヤ「ずっと、ずっと.........探してたんです.........」
ずっと探していた。彼女はようやく私を見つけたと言うように、ゆっくりと近付いてくる。泣きそうな顔はもう限界と言うように、貯めていた涙を目の端から徐々に流して行きます。
それに対して私達は、何も言うことが出来ず、何もすることが出来ずに居ます。ただ彼女が近付いてくるのを、黙って待っていました。
ダイヤ「マックイーンさん.........もし、繋靭帯炎が治ったら.........また、走ってくれますか.........?」
マック「.........どう、でしょうか」
桜木「.........っ」
彼女にこの先の事を聞かれた私は、深く思考を巡らせました。もし仮に、この脚が治ったとして、私は以前の様な走りが出来るのでしょうか?以前と同じように、多くの人々の期待に応え続けることが出来るのでしょうか?
そんな事、誰にも分かりません。なんせ繋靭帯炎は不治の病。完治は無く、再発することが無くても、その恐怖に怯え、生きて行くことになります。走るという選択肢を取るならば、それは更に強大になります。
ダイヤ「.........そう、ですか.........」
マック「.........ごめんなさ「もし!!」.........?」
ダイヤ「もしテイオーさんが!!!有馬記念を優勝したら!!!走ってくれますか!!?」
涙を流しながらも、彼女は強さを感じるその表情で言いました。もしテイオーが、有馬記念を勝ったら.........と。
テイオーが有馬記念を勝つ。三度目の骨折を乗り越え、一年のブランクを乗り越え、その上で、強豪揃いのこの有馬記念で勝利を収める。そうなったらきっと、私のこの[迷い]も、[決心]へと変わるかも知れません。
今でも、[走りたい]という気持ちはもちろんあります。けれどそれと同じか、或いはそれより強い[不安]。[恐怖]が私の中に渦巻いています。
復帰したとして、以前の様な走りが出来るのか。皆さんの思う、[
でも.........それ以上に、怖いのは.........
桜木「.........?」
.........彼に期待だけさせて、夢だけ見させて、それで終わらせてしまうこと.........
それを考えただけで、震えてしまいます。支えてくれた彼に、何も返せずに終わってしまう。そう考えただけで、泣きそうになってしまう。
もし、彼女が勝つのなら.........一度地に伏せ、有り得ないと思われながら、もう一度立ち上がる姿が見れるのならば.........その時は.........
マック「.........その時は、きっと」
ダイヤ「!!」
キタ「良かったね!!ダイヤちゃん!!」
きっと。その時が訪れるのならば、私の不安や恐怖は、薄れて行くでしょう。彼女が出来て、私に出来ないなんてことはきっとありません。
なぜなら私は.........彼女が、[トウカイテイオー]が認めた.........[ライバル]なのですから.........
彼女の明るさを感じる笑顔を思い出し、つい笑みを浮かべながらダイヤさんに伝えました。その意味を察し、二人はこれ以上にないくらい嬉しそうな顔ではしゃぎます。
そして二人はそのまま頭を下げ、会場へと走って向かっていきました。
マック「ふふ、お二人はいつも元気ですわね」
桜木「.........そうだね」
マック「私達も向かいましょうか.........?トレーナーさん?」
彼に対して、私は進むように促しました。ですが、しばらくの間車椅子が目的地に向かう事無く、その場に留まります。
不思議に思った私は、彼の顔を見るために首を回すと、そこにはなんとも言えない表情をしている彼が、そこに居ました。
マック「トレーナーさん?ぐ、具合が悪いのですか?」
桜木「!い、いやいや!!大丈夫よ!!さっ、有馬記念に行きましょうかお嬢様。テイオーが待ってる」
マック「へ?え、ええ。そうですわね.........?」
私の問いかけで彼はその表情をはっとさせ、直ぐに笑顔を作りました。その笑顔が今しがた、慌てて作ったものだと分かってしまいます。
何故彼がそんな顔をしたのか。何故それを隠そうとしたのか。私にはまだ、想像も付きません。ですがきっとまた、一人で勝手に思い悩んでいるに違いは無い。それだけは、ハッキリと分かりました。
押され進んでいく車椅子。雑踏奏でる人混みの中、まるで私達の[物語]は今、有象無象の中に紛れて見分けがつかない。そう思ってしまう程に、人々の心は私達に気が付くことなく、振り向くことなく進んで行きました.........
ーーー
リョテイ「.........」
賑やかな声援を送る競バ場。その声援は決して一人に送られる物じゃない。この有馬記念の舞台に出走する選手それぞれに、ソイツらを鼓舞する声を観客達が絶えず上げている。
アタシらは腕を組みながら、今この大舞台を走らんとする者達のゲート入りを、静かに見守っていた。
フェスタ「ウイニングチケット、ビワハヤヒデ.........それにライスシャワーとパーマー姉さんか」
オル「凄いっス.........GIをまだ勝ててない人達も居るっスけど、今ここに出ている全員、トレセン学園の教科書に名前が載ってるっス」
皇奇「うん.........皆、レジェンドばっかりだ」
誰が勝つのか分からない。結末を知っているアタシ達ですら、今この場に初めて立ってようやく、その意味が真に理解出来る。
分からないんじゃない。誰が勝ってもおかしくない.........その言葉が一番、この状況。このレースを物語る言葉だった。
リョテイ(トウカイテイオー。アンタは果たして本当に、あのお嬢様の.........そしてあの男の、火付け役に相応しいのか)
リョテイ(そして.........)
リョテイ「おい。バカ娘共」
二人「?」
視線を動かして、アタシは隣に居る二人の姿を目に捉える。今回この二人を過去に連れてきたのは、このレースを見せる為と言うのが本命だ。
リョテイ「.........しっかりと見とけよ」
二人「!.........はい(ああ)っ」
いつもの気怠さを感じさせる態度を微塵も感じさせない返事を、アタシの言葉を聞いて返す二人。根は真面目なヤツらなんだ。アタシに似てな。
そんな二人の様子を見て、つい笑ってしまう。コイツら口ではなんだかんだ言いながら、まだ走る事への意欲はそこまで無くなっちゃいねぇ。
そのまま視線をターフに。ゲートに入っていくトウカイテイオーに移し、行先を見据える。
リョテイ(.........懐かしいな)
リョテイ(アタシが走っていた頃を思い出す.........)
あの場に立っている誰もが、ギラギラとした目をしている。そして自分の過去を振り返れば、そんな目をいつも、誰かかしらに向けられていたレース人生だった。
アタシにも夢があった。だけど、それは別に走る事で満たされるものじゃない。今にして考えれば他の方法もあった。
それでもアタシが選んだのは走る道で、その道は険しく、気が付けば夢の事なんて上の空で、他人の熱に浮かされ、振り向いて見れば長い道を走っていた。
長い、長い長い道のり.........道と言うにはあまりにも曲がりくねっていて、どこに向かっているかすら分からなかった。
リョテイ(.........まぁ、それが[ドラマ]って事なんだろうよ)
リョテイ(見せてもらうぜ?お前らの[
ファンファーレが鳴り響く。出走のその時が迫っている。それでも選手達は怖気付くこと無く、ただひたすらに、前を見つめている。
向かう先はゴール。得たい物はその一番乗り。この有馬記念という強豪蠢く舞台の上で、誰一人疑うこと無く、それを求める。
レースというのは残酷だ。銀と銅。そんなものはありはしない。もたらされるのは[金]だけだ。
だがその[金]は.........ただの[金]じゃない。
取る奴が取ればそれは、傍から見ても、[黄金]のそれへと姿を変えちまう.........
快晴の空の元、誰かにとっての[黄金]。自分にとっての[黄金]。ただそれ一つを求めて.........
レースの火蓋は今、切って落とされた.........
「今年最後のG1!有馬記念―――」
―――ガコンッ!!!
「―――今スタートしましたッッ!!!」
......To be continued