山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
目の前を14名のウマ娘が走り駆けていく。その足が地に着く度に、草の上を走っていると言うのにまるで硬い地面を蹴っている程の音を出す。それが14人分。地鳴りや地響きという表現は正確じゃない。彼女達のこれまでの結晶が音に詰まったオーケストラと言った方がいいだろう。
桜木「.........」
マック「っ、テイオー.........」
付いた位置は決して悪くは無い。内側の四番手。このまま行けば最終コーナーで抜け出し、先頭集団の仲間入り。願わくば、一着を取るのだって夢じゃない.........だけど
桜木(有馬記念は長距離レース。2500mは中距離に一番近い物だが.........昨年は11着.........調子のせいもあるとはいえ、厳しいだろう)
走っているテイオー。その表情はいつもと違い.........いや、いつも以上に、何かを背負っているように思える。それでも現実というのはそう甘くは出来ていない。
甘くないんだ。怪我から復帰した最初のレース。しかもG1。その上距離適性は噛み合っているか定かじゃない。しまいには、一年もの間のブランクを抱えて居る。それで勝てるほど、この世界は―――
―――じゃあ、マックイーンは?
マックイーンはどうなんだ?
仮にこの不治の病を治し、彼女が走るという選択肢を取ったとして、じゃあ俺はどんな心持ちで彼女を支えるんだ?
勝てない。甘くない。言うのは簡単だ。思うのはそれ以上に容易い事だ。だがそれをしたとして、思ったとして、じゃあ俺は、どうしてそんな事を思いながら彼女の事を.........マックイーンの隣を歩けると思う?
不意に、周りの人の声が耳に入る。テイオーが走っている事に喜びを覚える声。その姿を見られただけでも良かったという声。そして、この悪条件ながらも、彼女の勝利を信じている声.........
桜木(.........っ、流石に天邪鬼過ぎやしねぇか?)
隣の車椅子に座る彼女の横顔を見て、俺は自分がなんて自分勝手な男なんだと自覚した。そして、この有馬記念に日が進むにつれて俺の足を引っ張っていた[何か]の感情がぶわりと吹き出してくる。
その感情に蓋をして、もう一度レースに集中する。既にレースは半分を終え、その結末が近付いている。
俺は果たして.........この[何か]の正体に気付けるのだろうか?
ーーー
テイオー(っ.........やっぱり皆、速い.........!!!)
レースが始まった時、ボクは四番手の位置に着いた。けれどそれはほんの少しだけの時間。ホームストレッチに着く頃には、ボクは少し下がって七番手だ。
ここに来て実感する。練習と本番の違いを。走る相手、緊張感、そして何が起こるか分からない不安.........その練習に無い全てが、ボクの心を強くざわつかせる。
重く鳴り響く足音に混じって、みんなの息遣いが耳に入ってくる。そして勝ちたいと言う強い思いが、ボクの心に触れてくる。ビリビリとしたその熱を持った意思が、今までのボクに足りないものだと感じさせる。
『勝つと言うことは、その全てをぶつけるという事だ』
ここに来て、会長の言っていた言葉が頭を過る。今までボクが持ち合わせていなかった物。それを今、皆が持っている事を思い知る。
それでもボクは、このレースに勝つ。皆よりそれが足りないかもしれない。皆と違って、それを見落としていたのかもしれない.........
けれどボクには.........皆が[くれた物]がある。
怪我をして、諦め掛けて、そんなボクに皆がくれた.........大切な贈り物.........
走って欲しい。その思いがしっかりと伝わって、ボクの[走りたい]に繋がって行く。
テイオー(っ!コースが空いた!!これで五番手だ―――)
最終コーナーの手前。内側のコースが空いたお陰でボクの順番が大きく上がった。先頭にはまだパーマーが居る。けれどここに着ければチャンスは巡ってくる。今はまだ脚を溜めて.........
そう思った瞬間。目の前に居る一人が突然、風を纏い始めた。本当に、この場の全てを味方につけた様な錯覚。ボクの目には確かに、そう見えたんだ.........
ビワ「―――ッッ!!!」
気付いた頃にはもう、ビワハヤヒデはパーマーを軽く抜かしていた。予想より早い仕掛けに、レースを走っている皆の息遣いが同時に乱れる。ボクもその内の一人だ。
まだ最終コーナーがある。ハヤヒデのスタミナ切れを狙ってそこで溜めていた足を一気に爆発させて差し切る戦略もある。
けれど.........今のボクは.........
テイオー(ダメだ.........!!!今引き離されたら.........っ!!!)
一年のブランクはとても大きい。でもきっとそれが無くても、このビワハヤヒデを差し切るのは凄く難しい事だ。きっと負けてもボクは、ブランクだとか怪我だとか、そんな言い訳は出来ないだろう。
[だからこそ]、負けたくない。
今負けてしまったら、ここで負けてしまったら.........ダメなんだ.........言い訳しちゃったら、ダメなんだ.........!!!
テイオー(今のボクは[
テイオー(けどッッ!!!今の[トウカイテイオー]だからこそッッ!!!勝って初めて意味があるんだ―――ッッ!!!)
今のボクは、とても[
走る速さも、力強さも、軽やかさも、敗北を知らない心も、打たれ強さも、余裕も、何もかも足りていない。
けれどそれじゃ、[意味が無い]んだ。[
誰も[奇跡]と言ってくれなきゃ―――
―――二人が超える[奇跡]が、無いじゃないか.........ッッッ!!!!!
覚悟を決めて、ビワハヤヒデの後ろに居る子達を何とか抜いて行く。それでもまだ、一バ身か。それともそれ以上かの距離がある。
テイオー「ッ―――!!!」
歯を食いしばって、前へ出た足で地面を強く蹴り抜く。けれど目の前に居るのは、ボク以上の効率と強さで、それをしていく。
頭の中では、その後ろ姿が焼き付いて行く。それでも徐々に離れて行っているのが分かる。
それでも、ボクの心は負けたくない。負けたくない.........[負けたくない]って、囁くような声から段々強く、叫び声に変わろうとして行く.........
テイオー(―――嫌だ)
テイオー(ボクは.........!!!)
(負けたくない―――)
ーーー
テイオー「.........え」
口の中に、何か苦い物が広がった。ボクの身体が何か気持ちの悪い物に炙られている感覚がした。
その瞬間。ボクの視界は真っ白になって......気が付いたら、[大空]の中だった。
テイオー「何ここ.........レースは.........!!?」
『あっちゃ〜。この大一番でこうなっちゃったか〜』
テイオー「!!?」
ボクの耳に[聞き慣れた声]が聞こえて来る。その声はどこかから聞こえてくると言うよりも、ボクの[内側]から聞こえて来ている。
その声に驚いていると、目の前にゆっくりと、ボヤけた蜃気楼みたいな何かが現れ始めた。
『ここに来たって言うことは、これ聞かなきゃって事でしょ〜?面倒臭いな〜も〜』
テイオー「な、何言って『なんで走るの?』.........なんでって」
内側から聞こえてきた声が今、目の前の[何か]から聞こえて来る。その正体は分からない。そして、ボクの問い掛けを無視して、あっちから質問をしてくる。
頭がどうにかなりそう.........な筈だ。それなのに、ボクは[なんで走るのか]を聞かれて、素直に考え始めてしまった。
テイオー「.........勝たなきゃ、ダメなんだ」
テイオー「勝って!!!マックイーンに[奇跡]を見せなきゃダメなんだ!!!」
テイオー「じゃないと.........!!!ボクは.........!!!」
『.........』
心が張り裂けそうだ。負けた時の事なんか考えたくない。けれど今のボクは、勝つことの方が難しい。自然と考えの行き着く先は、負けた時の事だった。
ボクの胸の内を目の前のそれに話した。これを話したのは、誰も居ない。正真正銘、ボクの本心だ。
それでもそれは、さっきまで見たいな軽い感じの声は出さずに、ただひたすらに押し黙っていた.........
『じゃあダメかな』
テイオー「―――なん、で.........?」
テイオー「なんでっっ!!?ボクが走るのは勝ちたいからに決まってるじゃん!!!」
テイオー「勝って皆の期待に応えたいッッ!!!マックイーンの[奇跡]になりたいッッ!!!」
テイオー「それの何が[違う]のさッッ!!!」
張り上げた声が空に響く。それは虚しいくらいに響き渡って、次第にボクの方へと帰ってくる。それが凄く虚しくて、ボクの煮えたぎる心を更に強くさせて行く。
そんなボクを見ているであろう目の前のそれは何ともないような様子で居る。そして深いため息を吐いた。
『良い?[トウカイテイオー]って言うのはね!!カッコよくなくちゃダメなんだよ!!』
テイオー「.........へ?」
『負けたくない〜とか!勝たなきゃやだ〜とか!それもいい時もあるけど、有馬記念でしょ?だったらダメだよ!!そんな悪〜い顔して走っちゃね!!』
ボクの心の内を聞いておきながら、それはそれを無視する様に、自分のペースで話始めた。それを聞いてボクは、唖然とするしか無かった。
キミに[トウカイテイオー]の何が分かるんだ。何を知ってるんだ。そう言う事も出来たはずなのに、なんだかそれの言っている事が、[正しい]気がした。
それの言っている[トウカイテイオー]が.........本物の[トウカイテイオー]だと.........
『もう一度考えて見てよ。なんで走るのか』
テイオー「っ、それは、さっき言った通り.........」
『違うよ。[僕]はそんな気持ちで走った事ない』
『君は[僕]とは違う。けれど、走る為の気持ちは同じ、[素敵]な物なんだ。そんな暗い物じゃ、力になんてなってくれないよ?』
ボクの方を見て、それはそう言った気がした。微笑んでいるようにも感じた。そしてその言葉にはなんでか、説得力がある様に思えた。
そしてボクはもう一度、その言葉を素直に受け入れて、考え直した。なんで走っているのか.........なんで、走るのか.........
『テイオー!!リハビリメニュー考えたぞー!!』
テイオー「あっ―――」
『テイオーさん!!おにぎり沢山作ってきましたー!!』
『テイオー。無茶しちゃダメよ?ゆっくり頑張りましょう?』
『全く!!全然泥が着いてないじゃない!!これじゃ洗濯し甲斐がないわ!!』
『ストレッチは大事だぜテイオー!!俺が手伝ってやっから!!』
『おっしぇーーーい!!!海の古代遺跡探索行くぞテイオー!!!アタシにおぶされて付いてこい!!!』
『ふぅ〜む。その走法は確かにスピードは出るが、脚への負担が大きいね.........どれ、姿勢をもう少し上げて.........』
『テイオーちゃん!!ウララがレースの事教えて上げる!!トレーナーに教わったんだー!!』
『テイオーさん!これ、クッキー焼いて来たの!食べてくれたら嬉しいな.........!』
『ラップタイムが先週より縮みましたね。その調子です。テイオーさん』
『て、テイオーさんの為に徹夜でお相手ウマ娘ちゃんのデータを集めました.........良かったら目を.........通し.........ガクッ』
『ガキンチョォッ!!勝ったら俺のブルーアイズやっから!!.........クソ、ナンデアソコデカケニマケンダヨ』
『足の調子は大分良くなったな。後はトレーニングに専念するだけでいいぞ。テイオー。余計な心配はしなくて済むようになった』
『あ〜、その本確か誰か借りてるんだよな.........代わりにこっちどうだ?ウマ娘走り方名鑑だ。月並みだが、今のテイオーに合うのが見つかるかもしれないぞ?』
『まぁなんだかんだ気にする事はあるけど、俺も結構楽しみにしてんだ。テイオーの有馬記念』
『テイオー』
『ライバルが貴女で.........私は幸せ者ですわね』
テイオー「.........あぁ」
テイオー「っあぁ.........うああ.........!!!」
トレーナーの声を思い出した途端。皆の事を思い出した。皆、ボクの為に色々してくれたり、有馬記念の事を楽しみにしていたくれた.........
『.........なんで走るのか、わかった?』
テイオー「うん.........うんっっ」
溢れ出す涙。大粒の雫が落ちて行って、空の底へと消えて行く。拭っても拭っても、それは留まる事を知らなくて、際限を知らない。
簡単な事だった。
皆は[勝ち]を目指している。
ボクは[スタートライン]を目指している。
皆にとって有馬記念の勝利は[勝ち]以外の何者でもないけど、ボクにとってのそれは、[物語の始まり]なんだ。
勝ったら[始まる]。勝てたら[始まってくれる]。
テイオー「ボク、勝ちっ、たい.........」
テイオー「勝って.........今度っ、こそ.........!!!」
テイオー「皆と.........っっ走りたいよぉぉおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉ.........!!!!!」
言っている内に抑えが効かなくなった感情がそのまま、ボクの泣き声へなって行く。その声もまたさっきみたいに響いたけれど、虚しさは帰って来なかった。
まだ[奇跡]を起こせてない。皆の恩を返せてない。[決着]を着けなきゃ行けない相手がいる。まだ[諦める]時じゃない。
決意と共に溢れる熱。熱さは無い。ただ、身体を解していくような温かさが全身を巡っていく。生まれて初めての感覚に、ボクは戸惑いを覚えた。
テイオー「な、に.........?これ.........」
『そう。それが[トウカイテイオー]』
『誰かの為に。今まで貰って来た想いを胸に走るのが、カッコイイ[トウカイテイオー]なんだ』
ゆっくりとそのボヤけた存在が近付いてくる。目の前の景色が全て揺らぐ程度には、それは近くに来ていた。
だと言うのに、ボクはそれに恐怖を覚えるどころか、むしろ安心すら感じていた。
その揺らぎが次第に、キラキラとした何かになっていく。それに驚きながらどうなるか見守っていると、予想に反してまた溜め息が聞こえて来た。
『え〜?僕も[あの人]みたいに君の相棒になってみたかったのに〜!残念だな〜』
テイオー「?あ、あの人って.........?」
『ううん!こっちの話!それよりほら、走る準備始めた方がいいよ?そろそろ戻るからね』
キラキラと光る揺らぎが目の前から消える。ううん、ボクと[重なり合う]ことで、ボクの目の前から姿を消した。
暖かさはやがて、熱さへと変わって行った。懐かしさを通り越して、新しさすら感じるその感覚を抱き締めながら、ボクの視界はまた、真っ白に染め上げられて行った.........
『さぁ、ニカっと笑う準備は良い?[トウカイテイオー]』
『[ヒーロー]は遅れて来るものだけど、その時は必ず―――』
『笑って居なくちゃね.........♪』
ーーー
「―――.........」
場内が静まり返る。まだレースは終わっていない。と言うのに、観客達は皆、信じられない物を見ていると言うように、その口を開け、目の前の光景をただ享受するしか無かった。
「トウカイテイオーが来たァ!!!」
「.........え!!?[トウカイテイオー]が来たァ!!?」
実況者すらも、その光景に驚く。状況を実況として言葉にした後、それを理解しもう一度言葉を繰り返す。そこには先程あった実況者としての中立的な物はない。純粋な驚きであった。
スピカ「―――」
三人「―――」
リョテイ「―――」
桜木「―――っ」
誰もが言葉を発せない。一人抜け出していくビワハヤヒデに唯一追いすがるのは、最早あの日の様な走りは見れないだろうと思われていたトウカイテイオー。ただ一人だけであった。
吹き荒れた蒼い炎。テイオーの身に纏っていたそれがいつの間にか白へ、そして徐々に[金色]に染め上げられていく。
先程まで離されて行った距離が、段々と距離を縮めて行く。二バ身から一バ身。一バ身から1/2バ身と、不可能から徐々に可能性へと足を踏み入れて行く。
テイオー(肺が、苦しい.........!だけど破れたって関係無い.........ッッ!!!)
テイオー(足が重い.........でもまだ動く.........ッッ!!!)
そんな会場の状況など気にする余裕もないテイオー。その心の内は、自分の動かない身体を鞭打つような心境だった。
たとえ心が強くなろうとも、身体はそれに着いて行くことは出来ない。心の強さが全盛期に戻ったとしても、身体はまだブランク明けのテイオーそのままだった。
だが、それでも心に引き寄せられる様に、彼女の身体は前へと進む。過去を思い出し、走り方を思い出し、友を思い出し、[自分]を思い出して行く様に、徐々に加速をして行く。
テイオー(確かにボクは順風満帆だった!!無敗の三冠バにもなれたし!!ライバルとも出会えたッッ!!!)
テイオー(でもッッ!!!だからってそれだけで満足出来るほどボクは.........ッッ!!!)
テイオー(ボクはまだッッ!!![大人]になれないんだッッッ!!!!!)
彼女のレース人生は、人から見れば順調で、これ以上を望めない程恵まれていた物だった。きっと、ここで終わってしまっても、他人から見れば満足出来る物だったろう。
だがそれでも、彼女は先を望んだ。先を望んで、未来を願った。彼女の[奇跡]になる事を.........選んだのだ。
テイオー(ボクは決めたんだッッ!!![奇跡]になるんだってッッ!!!)
テイオー(マックイーンとサブトレーナーが超える為の[奇跡]になるってッッッ!!!!!)
テイオー([奇跡]はッッッ!!!!!ボクだァァァァ―――ッッッ!!!!!)
強く足を踏みしめる。バネのようだと言われた膝はもう、錆び付いた様に思う様には動かない。
それを承知で、彼女はその足を[昔の様]に、自分の武器として使おうとしている。強く地面を踏みしめ、限界まで曲げ、ギチギチと言う音すら聞こえる錯覚の中、彼女はこのレースで使う為の余力を全て、注ぎ始めた.........
「勝負だァァァァ―――ッッッ!!!!!」
「トウカイテイオーだっ!!!トウカイテイオーが前に出たァッッ!!!」
リョテイ「.........まさか、ここまでとはな」
―――レースの熱に浮かされるように、急かされるように出来ているこの身体は、目の前で繰り広げられる[奇跡]に反応し、右手で掴んでいる二の腕に跡が残るほど握り締める。
フェスタ「.........く、ふふ」
オルフェ「.........あ、はは」
リョテイ(.........へっ、なんて顔してんだよ。今すぐ走り出したくて、堪らねぇ顔してんじゃねぇか)
隣で見ている娘達は、直ぐに感化された様にその顔を、目をギラつかせていた。今すぐターフの上に置いたら、好き勝手に走り出しちまう位に、その顔は酷く好戦的だった。
皇奇「.........キンちゃんの思惑通り、かな?」
リョテイ「アホ。そんな訳ねぇだろ」
リョテイ「思惑.........以上だ!!!」
最初はこのレースを見せて、少しはやる気を取り戻しゃあ良いと思っていた。今思えばそれは、甘い考えだったらしい。
やる気を取り戻す所か、目の前に居るのは正にあの日の我が娘達。勝ち以外は負け。勝者こそが正義。その言葉が勝負服を着ていたあの頃のコイツらだ。
リョテイ(感謝するぜ?トウカイテイオー)
リョテイ(オマエのお陰で、家の娘がまた、世界で唯一になってくれたよ.........)
ウマ娘「行けェェェェ―――ッッ!!!!!」
白銀「うわァ俺のブルーアイズッッ!!!落札に三千万くらい掛けたブルーアイズがッッ!!!」
黒津木「お前マジで死ねよォッッッ!!!!!」
神威「.........」
―――圧巻。その一言に尽きる。目の前で起きている事は正に、[奇跡]と言っても過言じゃなかった。
原理は説明出来ない。想像も着きやしない。それでも、こうしてそれが目の前で現実に起こってしまっている。
神威(玲皇、あの子とどこかで、この景色を見てんだろ?)
神威(きっと、泣き虫なお前の事だから、泣いて見てんだろうなぁ.........俺も人の事言えねぇけど)
目から流れる涙を気にせず、その景色に目を向けたまま、心だけで今この場のどこかに居る親友に語り掛ける。
心で繋がってる訳じゃない。信じあってる訳じゃない。でも何故か、そこに居ると言うのは分かったし、泣いている事も信じられた。
神威(でも、これで終わりじゃない。これが.........[始まり]なんだ)
神威(お前の、お前達の[奇跡を超える物語]が.........!今から始まるんだ.........!!!)
カフェ「.........?司書、さん.........?」
神威「はじまっで.........!くれるんだぁぁああぁぁぁあああ.........!!!」
流れていた涙が静かな小川から、激しい濁流になって行く。それを止める事が出来ず、心の中だけのものが不意に、口から出て行ってしまう。
何とか目の前の光景を見る為に袖で拭ったりしてみるけど、それでもそれは、絶え間なく溢れ出続ける。
そんな俺の背中を、カフェは何も言わずに、黙って優しくさすってくれていた.........
マック「っ......っ、っ!テイっ、オー.........!!!」
残り100m。彼女は全てを掛けて勝負に出ました。あの菊花賞を抑え、この有馬記念でも一番人気を得たビワハヤヒデさんにおい縋り、そして.........今しがた、少し前へと出て行きました。
会場の歓声は最早、彼女の味方です。誰もが彼女のゴールを、一着を待ち望んで居ました。
そして.........
「トウカイテイオーッッ!!![奇跡]の復活ッッ!!!」
[奇跡]は.........起こりました。今しがた、私の目の前で。有り得もしないから徐々に、有り得るかもしれないに変わり、最終的には、そうあって欲しいとすら思わせさせる。そんな[奇跡]が目の前で起こったのです.........!!!
マック「っ.........トレーナーさん!見ていましたか―――」
誰もが無理だと言われた事を、彼女は成し遂げました。そしてきっとそれは、彼も思っていた事でしょう。
あの姿を見て、私は勇気を貰えました。心を震わされ、涙も沢山.........流しました。
そしてそれは、彼も同じはず。そう思い、私は彼の顔を見ました。
そこには―――
桜木「.........っ」
そこには、確かに泣いている彼の姿がありました。けれどその表情は、この会場に居る誰のものとも違う。そんな表情でした.........
それを言葉にするのなら、一つの言葉で、表すのなら.........それは.........
とても、[悔しそう]な顔でした.........
桜木「っ、っ!!!」
―――涙が溢れて止まらない。 心が熱くて仕方が無い。でもそれは、この場に居る誰の物とも違う。それは、自分が一番よく分かっていた。
[悔しかった]。してやられたと思った。この大一番で、復活を遂げ、そして[奇跡]ともてはやされる。それは正に、俺が欲しかった物だ.........
でも、本当に.........本当に悔しかったのは.........!!!
桜木(.........まだ、なんだ)
桜木(これ見せられても.........俺.........!!!)
(マックイーンの復活を.........信じてやれない.........!!!)
悔しかった。悲しかった。苦しかった。この有馬記念のレースの最中ずっと、俺はテイオーを信じるファン達のように、この子を信じようとして見た。
だけど、ダメだった.........ダメだったんだ。俺が一番信じてやらなきゃ行けないのに。願ってやらなきゃダメなのに。心のどこかで、無理だと決めつける自分が居る。諦めようとする自分が居る。
桜木(.........テイオー。お前が羨ましいなぁ)
マック「!と、トレーナーさん?大丈夫ですか.........?」
桜木「.........うん。行こっか。皆の所に」
優しく微笑みながら、彼女に顔を向ける。その顔は紅く、そして涙を沢山流したせいで、目が赤くなって涙の跡も出来ていた。
俺の提案に彼女は了承し、俺は車椅子を押す。これでもう。彼女は俺の顔を見ることは無い。そう思い、俺は最後に.........ダムを決壊させた.........
桜木(.........お前が居なきゃっ、マックイーンはっ.........立ち直れなかった.........っ!!!)
桜木(俺じゃっ.........マックイーンをっ.........!!!)
(支えられない.........っっ)
現実を叩き付けられて、俺の心は崩壊した。今俺に、彼女の傍で出来ることは何も無い。そう悟った。
そして.........そう悟ったのなら、もう次の行動は、決まっていたのだった.........
ーーー
マック「.........本当、凄かったですわね」
桜木「だなぁ」
彼が運転する助手席の隣で、私達は今日あった事を話しました。有馬記念の事。テイオーの事。テイオーを応援するファンの皆様や、チームの皆様の事.........
マック「ふふ、まさかウララさんがあんな事を言うとは思いませんでしたわ」
『わたしっ、有馬記念にっ!出るぅ〜っっ!!』
桜木「あはは、皆驚いてたな〜。まっ、俺も驚いたけど.........」
今まで目標が特に定まっていなかったウララさんの、厳しくも果てしない目標。出るだけならもしかしたら.........なんて思いますが、彼女はきっとそこで勝つつもりもあるんです。
それを聞いて、皆さんは驚きの声を上げました。もちろん私もです。
ですがその中で、この人だけは驚きつつも、それを支えようという気持ちの伝わる声援を送りました。
桜木「.........夢見るだけなら、ただだからな」
マック「.........?」
進行方向を見ながら、彼はそう呟きました。その言い方はどこか投げやりで、そして自嘲めいていました。
けれど彼はそう言って、困ったように笑いました。笑いましたが.........言う言葉も見つからずにただ笑って、お茶を濁す様な笑い方でした。
桜木「そう言えばさ!これからどうするんだ?走れない訳だけど、じっとしてる訳でも無いんだろ?」
マック「へ?え、ええ。デジタルさんが今度、マネージャー登録から選手登録に移るでしょう?その時私も一旦、選手としてではなく、マネージャーとしてチームを支えようと思っていますわ」
桜木「.........そっか。マックイーンがマネージャーかぁ」
感慨深そうに息を混じらせながら、彼はその日々を夢想する様に目を閉じます。その姿を微笑ましく見つめながらも、私の心のどこかで、得も言われる不安が生まれ始めました。
なんだかその姿が、とても切なく、寂しく見えてしまったのです。そんな彼の姿を凝視していると、彼が不意に私の方を見てきました。
マック「っ!」
慌てて顔を背けます。まさか、顔を向けられるなんて思っても居ませんでしたから.........心の準備が出来て居なかったのです。さっきまでの不安が全部、ドキドキに塗りつぶされてしまいました。
桜木「.........きっと、楽しいんだろうな。君がマネージャーのチームは」
マック「そ、そそそ、そうですわね!私はこう見えて!ムードメーカーの器量もありますから?その気になれば貴方やゴールドシップさんみたいに「でも」.........?」
「でもやっぱ、走ってるマックイーンが一番好きだ」
マック「―――え」
彼はその顔を向けずに言いました。ですが、窓に映る姿を見ると、彼は笑みを浮かばせながら、ウルウルとした目の端から一筋の涙を頬へと流していたのです.........
一瞬。思考が停止しました。彼がなんと言ったのか、簡単な事のはずなのに、理解が出来なかったんです。
ですが次第に、その言葉がなんであるか。[好き]とはなんであるかを理解し始めようと、心が徐々に気持ちを昂らせていきます。
苦しい。痛い。切ない。寂しい。嬉しい。心地良い。暖かい。
好き。
大好き。
そんな全てがごちゃ混ぜになって、何を言うべきか、分からなくなりました。何を言えば良いのか、何を言えば、彼に伝わるのか........
そしてその答えが出る直前。車は残念ながら、目的地に着いてしまいました。
桜木「さっ、着いたよマックイーン。爺やさんに連絡して?」
マック「っ、そ、そう.........ね」
いつも通りの敬語も忘れて、つい心のままの声が出てしまう。彼に言われて急かされるように携帯を開き、爺やに連絡をしました。
けれど頭の中では、先程の彼の言葉しかありませんでした。[好き]という言葉が、ずっと、ずっと.........彼の声で繰り返し再生されます。
マック(ああ.........本当)
マック(自分の弱さが.........もどかしいわ.........)
それでも私はまだ、自分の気持ちを伝える事が出来ないでいる。その言葉を、返事を返そうとすると、自分の立場や彼の立場。そしてこれからの事.........その全てが待ったをかける様に、それが口から出ていくのを躊躇わせます。
膝の上で拳を握っていると、不意に車の窓を外から優しく叩かれました。その方向を見ると、爺やと主治医がそこに立っていました。
桜木「あっ、爺やさん。車椅子は後部座席の方にあります。出して上げてください」
爺や「分かりました」
主治医「お嬢様。お身体の具合はどうですか?」
マック「.........ええ、大丈夫です。身体は」
嘘は言っていません。身体の方はここ最近で一番と言って良い程に体調が良い方です。心の方は.........今日、色々あったせいか少し疲弊気味です。
テイオーの事。彼の事。考えれば考えるほどキリがありません。その膨れ上がる思いに押し潰される程に、心は苦しくなって行きます。
爺やの手を借りながら、車椅子へ身体を移している内に、彼はそう言えば。と言って何かを思い出しました。
桜木「マックイーン達と会うのも今年はもう最後になるのか」
マック「!言われてみればそうですわね.........会うのは、三賀日が終わってからになりますか.........」
マック「でも、それが過ぎてしまえば、今度は私達が頑張る番です。でしょう?」
車の中に居る彼に向かってそう問い掛けると、彼は覚悟を決めた強い顔を私に向け、頷いてくれました。
それが聞ければ、今は満足です。これから.........もう一度私は、[前へと進む].........そう。[彼の隣]で.........
胸に両手を当て、自分の覚悟を確かめます。膨れ上がる強い気持ちは未だに消えません。
ですがそれが、今になってようやく[走りたい]という気持ちだと気が付きました。
早く走りたい.........早くこの人の隣で、心の赴くまま、自由に駆けて行きたいと.........
マック「トレーナーさん。良いお年を」
桜木「.........ああ、マックイーンも。良いお年を」
マック「はい。今度は、年が明けた[トレセン学園]で会いましょう?」
桜木「.........あはは」
彼は何故か歯切れの悪い笑いをしながら、そのまま助手席のドアを閉めました。窓のコーティングのせいで、外からでは中の様子は分かりません。私は彼の姿が見えないながらも、その車が見えなくなるまで、手を振り続けました。
マック(.........必ず)
マック(必ず私は、もう一度この足で立って見せます.........)
マック「だからどうか.........待っていてくださいまし。トレーナーさん.........!」
胸に宿った決意。それを確かに感じながら、私は爺やに車椅子を押されながら屋敷の中へと入って行きました.........
―――あの時、気付いていれば。
あの時、彼が最後に見せた.........[寂しそうな笑顔]の真意に、気付いてさえ居れば.........
そうは思っても、もう時間は戻って来ない。
結局、年明けのトレセン学園には.........
彼の姿は、何処にも[ありません]でした.........
……To be continued