山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
マック「.........」
年が明け、新年を迎えたトレセン学園。冬の寒さは緩やかになって来ましたが、トレセン学園の生徒達はそれと反比例する様に、今年こそは、今年も、とそれぞれの身と心を引き締めていました。
ウララ「ふわぁ〜.........まだ眠いよ〜」
ライス「そうだね、まだ6時だしね.........」
タキオン「全く。新年早々こんな朝早くから招集をかけるなんて、[彼]は何を考えているんだろうねぇ?」
チーム[スピカ:レグルス]の面々が揃い、横並びで廊下を歩きます。普段であるならば邪魔になる所ですが、今起きている生徒は大抵が朝練に励んでいる方々です。学園内部には先生方以外はあまり見当たりません。
そんな中で、妙な胸騒ぎを覚えます。それは集められた事もそうですが、それをしたのがトレーナーさんでは無く、[東トレーナー]だからです。
皆さん、その不安と予感を抱えていますが、それを口に出すことはせず、ただ黙々と目的地であるチームルームへと向かって行きました。
ブルボン「着きました。時刻は6時2分31秒。約束の時間より大分早いです」
タキオン「別に良いだろう。生真面目な彼の事だ。居るに決まってるさ」ガラガラ
デジ「か、鍵が開いているという事は.........タキオンさんの言う通りかもですね.........」
チームルームの扉にタキオンさんが手を掛けると、それだけで扉は簡単に開いてしまいました。
部屋の中はいつも通り。私が学園に来なくなった日から一切、変わった様子はありません。
ですがその場所に、普段なら居ないであろう人がブルボンさんの作ったプラモデルを見ながら立っていました。
東「.........来たか」
マック「お久しぶりです。東トレーナー」
東「マックイーン、怪我は.........って、それを俺が聞いても意味無いか。忘れてくれ」
私に一瞬だけ近付こうとした東さんでしたが、直ぐにそれも無意味だと察し、本題に移るべく彼はいつもトレーナーさんが座っている机に移動しました。
こういう、無駄な寄り道をせずに出来る限り迅速に、というのが彼のいい所だと言うのは、以前トレーナーさんの代わりに見てもらっていた時に知った事です。第一印象は最悪でしたが、今ではとても頼りになる方です。
東「.........ひとつだけ聞いて置く。この中で有馬記念の後、桜木と会った子は居るか?」
全員「.........?」
その質問の意図を理解出来ず、私達は首を傾げました。有馬記念の後、私は彼と会う所か、連絡すら取っていません。なるべく心身の静養に務めていましたから.........
それはどうやら、他の方達も同様だった様で、特に合図があった訳でも無く、私達は同じタイミングで首を横に振りました。
東「.........そうか」
マック「あの、トレーナーさんは居ないのですか.........?」
東「.........居たら俺がここに居る訳ないだろう?」
全員「!!!」
その言葉一つで、どういう状況なのかが一瞬で分かりました。それは彼が.........私達のトレーナーさんが今、トレセン学園に居ない。という事です。
衝撃を受けた私達を見て、東さんは少し辛そうな顔を見せます。
衝撃を与えられ、停止した思考が次に見せたのは、記憶でした。それは彼の顔を最後に見たあの日、あの場面。
メジロ家の屋敷で、彼は私と別れる際、歯切れの悪い笑顔を浮かべて居ました。
.........まさか。
まさか、そんな。
なんで.........?
タキオン「.........!!?マックイーンくん!!?」
マック「え.........?」
デジ「ほわっ!!?まままマックイーンさん!!!デジたんのハンカチで恐縮ですがお使いください!!!」
慌てたデジタルさんがポケットからハンカチを取り出し、私に渡してきました。一体どうしたと言うのでしょう?
そう思いハンカチを見る為に視線を落とすと、そこに水滴が一つ、二つと落ちてそれに染みを付けました。
マック「.........っぅう」
マック「これからまた.........!!!あの日々を取り戻せると思っていましたのに.........!!!」
マック「なんで.........!!!なんであの人はいつもそう!!!勝手に居なくなるんですかっっ!!!」
全員「.........」
その落ちた水滴が自分の涙だと気付いた瞬間。心の内に認識出来なかった悲しみが突然、爆発する様に大きく膨れ上がりました。
彼が居ない.........これからの日々、チームの皆様とトレーナーの方々。そして彼の親友さん達.........苦しくとも、笑いや呆れの絶えない。そんな日常をまた送りながら、乗り越えて行けると思っていたのに.........!!!
東「.........何も無い訳じゃないぞ?」
全員「.........え?」
恐る恐る。と言った声で、東さんは言いました。全員の視線が彼の方を向くと、その懐に手を入れ、一枚の封筒を取り出しました。
東「アイツが居なくなる際、理事長に渡していたらしい。前回の事で何も言わずに居なくなるのは、流石に懲りたようだ」
マック「そ、それではこれは.........!!?」
東「アイツからの手紙、と言う事だろう」
その手紙を持った手をゆっくりと、私の方へと差し出しました。若干の手の震えを覚えながら、それを受け取り、ゆっくりと封を切ります。
その封筒の中には、二枚の紙と、一つの印鑑が入って居ました。推測力のあるタキオンさんの方に顔を向けましたが、彼女も何故印鑑が入っているのか検討を付けられず、首を傾げます。
印鑑をひとまず彼女に預け、二枚の内一枚の紙を広げます。
全員「.........ッッ!!?」
それを広げ、中身を見た瞬間。全員の頭がそれが何なのか、理解する事を拒否しました。それは東さんも同様で、私達と同じ様に、徐々に理解すると共にその顔を驚愕という感情一つで埋め尽くしました。
東「おいおいおいおい.........!!!アイツマジで何考えてやがんだ.........!!!」
マック「っっ.........トレ......ナ.........さん.........!!!」
その紙が与えた情報に耐えきれずに、私は手に持っていた二枚の紙を落とし、両手でその顔を覆います。
そんな私を労わるように、ライスさんとブルボンさんが背中をさすってくれますが、その手の感触から、彼女達も相当なショックを受けている事が分かります。
ヒラヒラと宙を舞い、やがてそれは地面へと落ちます。インクで印刷された面を表にし、再びそれが本物であると、世界に認識させます。
そう、それは正しく―――
―――[退職届]その物だったのです.........
ーーー
やよい「.........」
静かな空間。普段通りの日常。時計の針の音が響く様子は正に、水溜まりに断続的に水滴が落とされ波紋が拡がっていく様子を想起させる。
いつもであるならば仕事が捗る最高の環境だ。でもそれは今、最高[だった]に変わりつつある。私の強い刺激を求めるという難癖が、この穏やかな空間のせいで先日の事を思い起こさせる。
『辞めます。トレーナー』
『な、ぁ.........そ、早計ッ!!!何を言っているのだ桜木トレーナー!!!君の[物語]はまだ終わっては―――』
『終わってないからこそ、です』
有馬記念。トウカイテイオーが一年ぶりの公式レースに出走し、そして見事、正に[奇跡]の復活を遂げたその翌日。日が登りかけている時刻に彼は、ここにやって来て早々それを口に出した。
だが、それを言うには彼の目には信念があった。希望があった。目標があった。今までこの目で見てきたどのトレーナーよりも、遥か高くそびえ立つ壁を見据え、そしてそれを打ち壊す覚悟を持った目をしていた。
頭が混乱した。何故、それを聞いてもだからこそと返される。尚更その意味が分からなくなった。
目の前に居る男は最早、誰がどう見ても[トレーナー]であった。だがしかし、あの時彼が言い、そして行動した事は一番、[トレーナーらしくはなかった]。
最早自分の頭でその答えを導き出せる力はなく、あの時の私はただ、彼の口から、彼の胸の内を聴くことを待つしか無かった。
『.........テイオーの有馬記念。見たんです』
『してやられた、と思いました』
『でも、それでも.........俺にはまだ.........!!!』
『マックイーンの.........あの子の復活を.........信じる事が出来ないんです.........!!!』
力無い叫びが反響した。目の前に居る男は、力を欲するようにその手を力無く握り締めていた。
その姿に、どうしようも無い自分への怒り。憤怒とも呼べるそれを感じ取ってしまった。その姿を見て、私はどうしても、思い直せとは言えなかった.........
やよい「.........っ」
結局、私は彼の辞表を受け取った。だがそれに、彼の判子が押されていなかった。それを追求する前に、彼は彼が書いたメジロマックイーン達への手紙と判子と共に、彼女達に渡して欲しいと私に頭を下げた。
自分はもう、[ひとりじゃない]。だから、[独りよがり]は出来ないと言い残し、自分の進退をまだ幼さ残る彼女達に託し、彼は部屋を後にしようとしていた。
『制止ッ!!!君の行動は認めよう!!!だが一体これから何処へ行こうと言うのだ!!!桜木トレーナー!!!』
『.........ずっと昔に張られていた、[伏線を回収]しに行きます』
『何.........?』
『.........[エディ・ファルーク]。その男に会うために、俺は[イギリス]へ向かいます』
その名前を聞いて、私は記憶の奥底を刺激された。その刺激によって身体を硬直させている間に、彼は頭を下げ、今度こそこの部屋から立ち去って行った。
.........結局、二度目の制止は届かずに、彼は学園から。引いてはこの国から。その姿を消してしまった.........
やよい「く.........っ!!!」ダンッ!!!
トレセン学園設立当初から受け継がれて来た巨大な机。そんな歴史ある大切なそれに、私は悔しさに任せて思い切り握った拳を叩き付けた。
歯をギチギチと噛み締め、頬が釣るほどに横へ引く。身を焦がす様な悔しさが、涙すら溢れさせる。
やよい(.........さぞ歯がゆかった事だろう、桜木トレーナー.........)
やよい(だが.........!!!そんな思いをしてるのは.........!!!)
やよい「君だけでは.........無いのだぞ.........!!!!!」
怪我という物は恐ろしいものだ。特にウマ娘にとっては軽い物だとしても、今後の影響を考えれば大きな物へと成りうる。
いつの時代もそれに悩まされて来た。苦しめられて来た。いつか.........そんな物を待たず必ず、必ず私が.........私達がそれを克服出来る時代を作り上げて見せる.........
言う事は容易い。思う事はそれ以上に容易い。結局はまだ、その怪我という光が当たる競走バに必ず出来る影は、未だに切り離す事が出来ずに居る。
焦るな。時期を見誤るな。慎重を怠るな。検証を忘れるな。そう心に刻んで一体、どれだけのウマ娘を見送った?一体どれだけの悲しみを見てきた?
荷物を持ち、私達に世話になったと頭を下げ、背中を向けて去って行くその姿を、何度歯を食いしばって妥協した?
.........だが彼は、それをしなかった。
諦めなかった。妥協をしなかった。信じられないから信じる事が出来るよう行動に移した。そしてそれが、[トレーナーを辞める]という決断であった。
やよい「.........今頃君は、[イギリス]に居るのだろう?」
やよい「帰って来るのだぞ?君には私に説教をされ、そして彼女達に怒られる必要がある」
やよい「そして最後には.........[おかえり]を言われなればな」
椅子から立ち上がり、窓の外に広がる大空へと目を向ける。飛行機雲が一筋、まるで筆で描かれたように一本に伸びるそれを見て、私は彼と.........[彼女]の無事を、そっと祈った.........
ーーー
これを見ているという事は、俺はもうこの場に居ないだろう。
随分と自分勝手な事をしている自覚はある。許して欲しいと言って許される事でも無いとも思っている。
だから許さなくても良い。俺は一生を掛けて君達に償い続ける。
なんで俺が今このタイミングで居なくなったのか。テイオーが復活を果たし、次はマックイーンの番だと言うのに、君達の前から姿を消したのか。
それは、俺がマックイーンの事をまだ信じ切れていないからだ。マックイーンの復活を、心の底から信じてやれて居ない。
そんな気持ちじゃ、きっとその怪我を治せたとしても、それを超えられない。奇跡を超える事は出来ない。
だから俺は、奇跡を超える為に。マックイーンの事を心の底から信じてやれる様になる為に。君達の前から居なくなる。
もしこれから俺がいない間、俺関係のトラブルが起きたり、マックイーンの繋靭帯炎が悪化して復帰の目処を完全に絶たれた時は、同封した退職届に判子を押して秋川理事長に提出して欲しい。
けれど俺はトレーナーを辞めたとしても、君達とはこれからも、何らかの関係を築きたいと思っている。厚手がましいと思ったらごめん。これは完全に俺のわがままだ。
そしてマックイーン。これから大変だと言う時期に傍に居られなくてごめん。有馬記念のあの日。嘘をついてごめん。
でもこれで最後にする。君に何も言わず、君の前から消えるのはこれで終わりにする。
君の脚がもし治らなかったら、俺はトレーナーを辞めて、君の車椅子を一生掛けて押して行く。辛い時は面白い話とか、変な踊りとかするし。勝手にスイーツ店に連れて行く。
君に泣く暇が無いくらい、退屈しない、楽しい時間を沢山作ろうと思うんだ。だからちょっとの間。我慢して欲しい。
けれど、絶対そんな事は起こさせやしない。
俺はトレーナーを続ける。
帰ってきたらタキオンの薬を飲んで
ウララの成長をしっかり見て
ライスの頑張りを支えて
ブルボンを坂路でいじめ抜いて
デジタルのよく分からないバ力とか言う概念を否定して
マックイーンの心の隣で、歩いて行きたい。
だから俺は帰ってくる。たとえどんな苦難、苦境に立たされ、その道を歩む事を定めと言われようとも。
必ずそれを乗り越えて、また君達の前に、以前と変わらずにトレーナーとして帰ってくる。
それがいつになるか分からない。けれど、絶対に約束する。
奇跡を超えて、皆とまた、歩いて行くから。
マック「.........グス、トレっ......ナ、さんっ.........!!!」
―――手紙を読みながら、先程の涙とは違う涙が溢れて来ます。そしてそれは私だけでは無く、この場にいる彼の担当全員が涙を流していました。
ウララさんとライスさんは咽び泣き、ブルボンさんは優しく微笑みながら、デジタルさんは私以上の涙とそれと同等の鼻水を流し、タキオンさんは私達にその顔を見られぬ様背を向けて居ました。
タキオン「ズズ.........はぁっ、全くっ!こっちを先に読めていればあんな不安は起こらなかったんだ!!!」
デジ「うおおおおおお!!!!!手紙の中から読み取れる桜マクの波動+デジたんの妄想全否定!!!!!光と闇が合わさってデジたんは死ぬ!!!!!」
ブルボン「マスター.........!私もマスターのトレーニングを楽しみに待機しています」
ウララ「グスン、うううぇぇええええん!!!」
ライス「っぅう.........!ライスもお兄さまの事.........ずっと待ってるからね.........!!!」
鼻水を啜る音と嗚咽だけがチームルームの中に響きます。彼の居ない寂しさをそれぞれで補うようにお互いに身体を抱き寄せます。
そんな姿を見て東はさんはフッと笑いを零しましたが、私の持つ手紙を見てその表情を少し曇らせました。
東「?.........なんか裏側に書いてねぇか?」
全員「.........え?」
P.S 白銀の奴がもしかしたら血眼になってテイオーにあげる予定のブルーアイズ探してるかもだけど、あれ実はこの前の夏合宿前に俺が勝手にパクってデッキの中に入れちまってたヤツなんだ。
本物は実際もうアイツの手で引きちぎられて葬り去られてるからテイオーにはそれとなくごめんって言っといてくれ。
あと白銀だけには言うなよッッッ!!!!!
コンマイとバンナムと白銀だけは許さない男
桜木 玲皇 より
マック「.........だ」
「台無しですわッッッ!!!!!」
ーーー
カラスの鳴き声が響き渡る夕暮れ。夕日を背景にしながら私達チームレグルスと東さんは、ある場所からトレセン学園へと戻る為の帰路についていました。
マック「はぁ.........」
タキオン「仕方ないさ。君のアクセサリーが無くなってもう一月も経つんだろう?何なら私達が提案した時一番最初に可能性を否定したのは君じゃないか」
マック「それは!そう、ですけど.........」
東「それくらい、マックイーンにとっては大切な物だったんだ。時間と繋がりが沢山詰まった世界にたった一つのな。もしお前がそれ無くしたとして、同じ物を買ってきたとしても素直に喜べるか?」
タキオン「.........はぁ、わかったよ。悪かった悪かった」
そう。私達は今日、私が無くしてしまった髪飾りを探す為、トレーナーさんと仲違いしてしまったあの日のトレーニング場に足を運んで居ました。
しかし、四時間程掛けて皆さん探して下さいましたが、結局私のアクセサリーが見つかる事はありませんでした.........
そんな私を慰めようとしたタキオンさんでしたが、少々方向性が違っており、それを東さんに咎められます。
ウララ「あー!!!」
全員「!」
突然、ウララさんが大きな声を出しました。それを聞いて全員が耳を塞いだ後、何があったのかと彼女の方を見ます。
すると今度はどこかへ向かって真っ直ぐと走り出して行きました。
ウララ「見て見てー!!福引だってー!!」
東「なになに?商店街での買い物五百円に付き一回.........」
タキオン「しかも、一等は評判のある老舗飲食店の特上にんじんハンバーグ無料券.........しかも福引同伴者も無料になると来た!!!」
マック「なんですってっ!!?」
ライス「す、すごい.........!!ライスあのお店屋さんのにんじんハンバーグずっと食べたかったんだ!」
ええ.........ええ!!!良く耳にしておりますわ!!!この商店街にお店を出しているお料理屋さん.........そこで出されるにんじんハンバーグがこの上なく美味しいという評判は.........!!!
今まで何度も来たい来たいと思っていましたが、中々タイミングも機会も無く時間だけが過ぎ去って行きましたが、上手く行けばこの機会に食べられるかもしれません.........!!!
デジ「.........そう言えばブルボンさん?チームルームの冷蔵庫って今どんな状態でしたです?」
ブルボン「はい。マックイーンさんのアクセサリーを探しに出発する前に中を覗いた所、空間使用率は20%にも満たない状況でした」
東「という事は.........3500円分の買い物しても入りはするな」
タキオン「おや、良いのかい?別に君が払う義理は無いだろう?」
東「バーカ。俺はアイツの代わりなんだ。だったらアイツがやりそうな事を全力でやる。どうせ躊躇無くやるだろ?」
得意げな顔で財布を取りだし、彼はその中身を確認し始めました。その姿を見て、私達は顔を見合せて笑ってしまいます。
本当に.........本当に、最初の頃と印象が随分と変わってしまいました。目の前にはもう、トレーナーさんから私を奪おうとした彼の姿はどこにもありません。ただちょっと真面目で、ウマ娘の事となれば周りが見えなくなってしまう。そんな何処にでも居るトレーナーでした。
そんなこんなで買い物を着々と済ませて行き、それぞれの手に一枚の福引券が行き渡ります。
それを握り締めた私達はもう一度、あの景品場に足を運びました。
ウララ「はーい!!ウララが引きた〜い!!!あっ!!!駄菓子屋さんのおじちゃんだ〜!!!」
「おっ!!ウララちゃん相変わらず元気だねぇ!!これを掴んで回すんだぞ〜?」
法被を着たおじさまに促され、ウララさんは福引機の取っ手を掴み、ゆっくりと回しました。
ガラガラ、ガラガラと音を立てた後、一つの玉が穴から出てきました。
「おー!!良かったねぇウララちゃん!!二等のにんじん山盛りだー!!」
ウララ「うわーい!!やったやったー!!!」
福引券と交換する様に袋に入ったにんじんを渡されるウララさん。それを受け取った彼女は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねました。
そして彼女に続くようにデジタルさん。ライスさん。東さん。ブルボンさんの順番で引いて行きます。
デジタルさんは三等のにんじん一本。ライスさんとブルボンさんはウララさんと同じく山盛りのにんじんを当てましたが、東さんはハズレのポケットティッシュを受け取りました。
東「.........はぁ、新年早々ついてない」
ブルボン「.........すいません。この二等の景品。ヒト用の物に交換する事は出来ますか?」
「お?.........おう!!良いぞ!!はいよお嬢ちゃん」
なんとブルボンさんは受け取った山盛りのにんじんをおじさまへ返し、代わりにヒト用の二等福引の交換対象であるホットプレートと交換してしまいました。
しかし、それに対して何かを言う人は居なく、背を向けて悲しんでいる東さん以外は私を含め、生暖かい目で微笑んで見ていました。
ブルボン「ありがとうございます」
「.........頑張れよ」ボソッ
ブルボン「?はい」
どうやらおじさまの目にもその光景は微笑ましいものと捉えたらしく、ニコニコとした表情でブルボンさんにそっとエールを送りました。
なんの事かと言うように首を傾げた後、とりあえず返事を返したブルボンさんは貰ったホットプレートを東さんに渡しました。
東「い、良いのか.........?でもにんじんの方がお前にも―――」
ブルボン「構いません。東トレーナーには三冠を取ろうとした時にお世話になりました。これはその恩返しです」
東「そ、そうか.........ありがとう。ブルボン」
ブルボン「.........?はい」
マック(あらあらあらあら?)
タキオン(おやおやおやおや?)
東さんにホットプレートを渡したブルボンさん。そしてそんな彼女ににんじん山盛りを当てていたライスさんとウララさんが自分の分を半分渡し、その光景を見ていたデジタルさんがいつもの様に天へと召されました。
そしてそんな中、お礼を言われた彼女は何か胸に感じたように手を置き、そして間を置いて返事をしました。その姿を見て、私とタキオンさんはお互いの目を見てもしや?とその思考を顕にしました。
いえまぁ?トレセン学園の風紀を考えるならば?こういうトレーナーさんとウマ娘の恋愛は本来ならば許されないのでしょうけど?好きな物は仕方ありませんわよね?
そうともそうとも。お互いがしっかりと合意の上であり尚且つその想いが同じ物ならば?私は一向に構わないよ?
所で君は一体いつ―――
マック「さっ、次はタキオンさんの番ですわよ?」
タキオン「君、急にはしごを外すね.........まぁ良いか。なにせ今日の夕飯はハンバーグだからねぇ!!」ガラガラ!!!
危ない所でした。あともう少しの所で彼女にねっとり責め立てられる所でした.........こういう時のタキオンさんほど傍に居たくないのです。これからは何かアイコンタクトされても無視しましょう。
勢い良く福引機を回して行くタキオンさん。おじさまと他の店番の方がその迫力に気圧されながら、出玉を見逃す事が無いよう、しっかりと凝視します。
そして―――
コロン.........
タキオン「.........金だ」
全員「!!!」
「お.........おめでとうございまァァァァァす!!!」カランカラン!!
手に持ったベルを大きく振り、おじさまはまるで自分のことのように喜びました。その姿を見て、見事タキオンさんが一等を当てたのだと実感し、私達はその場で大喜びしました。
タキオン「アッハッハッハッ!!!いやぁまさかこんな事があるとは!!!言葉にするのも偶には悪くないねぇ!!!」
全員「ハンバーグっ♪ハンバーグっ♪」
まさか本当に当ててしまうとは.........これではもうタキオンさんに頭が上がらなくなってしまいます.........
そんな中で一人、浮かない顔をしている方が居ました。その人は私達と同じように最初は喜びながらも、次第にその顔を申し訳なさそうに変えて行きました。
マック「東さん.........?」
東「!あ、はは.........悪い。喜ぶべきだとは思ったけど.........」
東「.........本当なら俺じゃなくて、ここにはアイツが居るべきなんだよな」
全員「.........」
その言葉一つで、先程までの喜びが凄く.........虚しくなりました。この状況が誰のせいでもない事は分かっています。それでも、こうなってしまっている以上もうどうする事も出来ないのです。
そんな虚しそうな顔をする東さんの背中をタキオンさんが強く叩きました。
東「てェ!!?」
タキオン「全く。もうそれは済んだ話だろう?君はもっと素知らぬ顔で居ればいいさ。元々君の目的はチームを乗っ取る予定だったから、今の内に満喫すればいい」
東「そ!それは昔の話だっての!!そもそもあの時はアイツがろくでなしの悪い奴だって―――」
マック「はいはい。分かりましたから。これを引いてさっさとハンバーグを食べに行きましょう?」
溜息を吐いて、最後に残った私の手元にある福引券を見せます。彼は何か言いたそうにしましたが、私がひと睨みするともうそれ以上何も言わず、ムスッとした顔をして私の車椅子を押しました。
「はいよ。お嬢ちゃんが最後ね」
マック「ええ。お願い致します」
マック(ハンバーグはもう食べれるし、この際ポケットティッシュの方がかさばらないから良いかしら?)ガラガラ...
普通であればやる気を削いでしまうハズレ枠のポケットティッシュですが、もう特上にんじんハンバーグは確約されていたので楽な気持ちで福引機を回します。
.........まぁでも、東さんの言う事も最もでしょう。流石の私もトレーナーさんが居ない間に美味しい物を食べるとなると、罪悪感が湧いてきてしまいます。
ここは一つ、彼が帰ってきた時にお出かけに誘って食べに行きましょうか?で、でもそうなるとご飯だけ食べに行くと言うのは味気ない気がしますから.........こ、ここはまた嘘をついたという名目でデートのお誘いを.........
―――コロン
「.........え」
全員「.........ん?」
マック「.........?」
彼が帰ってきた時の想像に精を出している間に、福引の玉が出てきました。しかしそれは、先程まで見てきた物ではありません。
[金]でも無く、二等の[赤]でも三等の[青]でも、ハズレの[白]でも無い。それは正しく、[虹色]と呼べる色をした綺麗な玉でした。
何が何だか分からなくなり、私はおじさまの方をゆっくりと見上げます。しかし彼は硬直し、目の前の現実を受け入れるのに時間が掛かっている様子でした。
マック「あ.........あの、これは一体.........?」
「お.........」
全員「お.........?」
「おめでとうございまァァァァァ―――すッッッ!!!!!」カランカランカランカラン!!!!!
片手に持っているベルをもう一本片手に持ち、先程より大きい声で彼は私を祝福しました。
突然の事で驚きと言うより呆然としていましたが、おじさまは景品を入れているカゴの隣に置いてあるアタッシュケースを台の上に勢い良く乗せました。
「くぅ.........まさか福引開始一日目で出ちまうとは.........お嬢ちゃんいや、[メジロマックイーン]ちゃん。流石[桜木]ちゃんの担当だねぇ」
マック「ヘェ!!?あ、あのすいません!!!話が良く見えて来ないのですが!!?」
「いやぁ参った参った!!![奇跡]を超えるっつうのはこういう事ね!!!はい、特賞の―――」
「―――温泉旅行券っ!!」
マック「.........はぇ.........?」
温 泉 旅 行 券.........?
おんせんりょこうけん.........?
オンセンリョコウケン.........?
onsenryokouken.........?
温泉旅行券.........?
温泉旅行券ッッッ!!!?????
全員「えええぇぇぇぇぇっっっ!!!??」
ウララ「すっごーい!!!マックイーンちゃん温泉行けるんだー!!!」
マック「いいい行ける訳ありません!!!こんな身体ですし!!!第一期限が書いて.........ない.........?」
「ああ!!学園の理事長さんが毎年この時期になるとこの旅行券を福引の景品にってな!!優待券だとさ!!」
な、ななな、なんということでしょう.........私まさか、とんでもない所でとんでもない運を使ってしまったのでは.........?
で、ですが、これを使う機会が無いと言うのもまた事実.........貰っておいてなんですが、やはりこういう物は誰かと一緒でないと行けません。最近は一人で映画館ややき.........スポーツ観戦と活動範囲が広がりましたが、流石に一人で温泉は.........
「それペアチケットだからねっ!仲の良いお友達を誘えばいいさ!!」
マック「そ、そうですわね!!折角ですからテイオーかゴールドシップさ「でもなぁ」.........ん?」
「不思議な話だけど、それを当てたトレセン学園の子、皆自分のトレーナーと行くんだよ.........」
全員「.........ふぅ〜ん(ン)?」
マック「・・・」
全員の視線が私の背中に集まっているのが分かります。そしてそれがとても生暖かい目であると言うことが分かります.........分かってしまいます。
その目を背中に感じながら、私はいつもより思考のスピードを格段に落とします。これで何とか周りの目に当てられず、冷静に物事を考える事が出来ます。
も、もし、もし仮にですよ?トレーナーさんと行くとして、だからどうなると言うのです?別にこれと言って特別な事が起こる訳では.........
『綺麗な景色だなぁマックイーン。きみと一緒に来れて嬉しいよ』
マック「.........」
『ん〜!!やっぱ旅先のご飯は美味しいなぁ〜!!はい、お裾分け〜』
マック「.........く、ふふ」
『気持ち良かったな〜。でも風呂上がりと言えば牛乳!!これに限るね!!』
マック「んふ、んふふ.........♪」
『マックイーン.........本当、君と一緒で良かった』
マック「あぁ.........そんな」
『マックイーン―――』
マック「あぁ.........♡ダメです♡旅先でそんな.........あっ♡」コテン
タキオン「.........気絶した」
―――車椅子の上で幸せそうな顔をしながらマックイーンくんは気絶した。そんな彼女の姿を見て、私達は顔を見合せて苦笑いをする。全く、そんなに好きならば早く気持ちを伝えれば良いと言うのに.........
しばらくして彼女は復帰したが、まだ思考回路が上手く動いていないのか、特上にんじんハンバーグを食べている間も、反応は薄かった。
ーーー
テイオー「ビデオレタ〜?」
マック「はい♪」
目の前に居るマックイーンがビデオカメラを持って、機嫌が良さそうに返事をした。
ボクは隣に居るスピカの皆へ視線を送るけど、誰もどういうことか理解出来ない様で、首を傾げていた。
ゴルシ「なーなーマックイーン?それって誰に送るんだ?」
マック「勿論トレーナーさんに決まっていますわ!」
マック「きっと今頃、誰も隣に居ない中で一人.........私の為に.........はぁ」
スピカ「.........」
その言葉とは裏腹に、マックイーンの表情はなんて言うか.........美味しそうなスイーツを目の前にした感じの.........うん。とにかく普段のマックイーンなら見せない顔をしていた。
ダスカ「確か、マックイーンの為に出掛けてるのよね?」
ウオッカ「しかも帰る時期も無い途方もない旅路.........!くぅ〜!!まるで漫画の主人公じゃねぇか!!」
スペ「流石サブトレーナーさんです!アタシだったら一人でそんな遠くまで行けません!!」
サブトレーナーが居なくなったっていうのを知ってからも、ボク達の日常はあまり代わり映えはしない。
それでも何だか、どこか静かで穏やかになったような気がする。ボク達のトレーナーも少しだけ元気が無い。
でも、それでも皆はサブトレーナーが帰ってくると信じてる。必ず帰ってきて、マックイーンと一緒に復活してくれるって、信じ切ることが出来る。
テイオー「.........分かった!サブトレーナーも寂しいだろうし、ボク達も参加するよ!」
マック「そう言って頂けると嬉しいです!さぁ早速.........」
ゴルシ「いやいや!!こんなんじゃ足りねーぜマックちゃん!!アタシがもう千人くらい連れてきてやるよ!!」ダッ!
スズカ「.........行っちゃったわ」
テンションがいきなりMAXになったゴルシが教室を飛び出してどこかへ行っちゃった。でもそれはいつもの事だし、皆溜息を吐いて取り敢えずビデオを撮ることにした。
マック「では、撮りますわよ?3、2、1.........」
ーーー
「やっほー!!サブトレーナー見てるー?」
桜木「.........はは、元気そうだな。テイオー達は」
イギリス首都の郊外。都会の空気を一切感じないその景色からは確かに西洋特有の雰囲気もあったが、そこには日本で感じ取れる物も沢山あった。分かりやすく言えば、日本っぽいという事だろう。
レンタルした車の調子を確かめるついでに携帯をいじっていると、不意に着信が入ってきていた。
中身を覗いてみると、それはマックイーン達とのグループLINEで、そこにビデオが送られてきていた。
「テイオーか?」
桜木「ああ、見る?」
「ああ」
車の助手席に座っている存在。両足をダッシュボードへ掛けていたが、窓を開けてそのまま俺のスマホを覗き込んでくる。
そしてそれに釣られるようにエンジンの調子を見ていた一人の年配の男とタイヤを見ていた中年の男も集まってくる。
「これはこれは、お元気そうですな」
桜木「アンタの注射のお陰じゃないか?」
「私は私の出来ることをしたまでです。テイオー様はご自身の力で、ここまで戻ってこれたのです」
桜木「.........自分の力で、か」
動画を見終え、ポケットにスマホを戻す。それが合図となり、先程まで緩んでいた気がもう一度締まり直る。
「桜木様。エンジンは問題ありませんでした」
「タイヤは次に寄る街で交換した方がよろしいかもしれません」
「美味い肉が食いたい」
桜木「イギリスに美味い飯を求めるな。死ぬまで何も食えないぞ」
世界の先進化に一役買った国。イギリスは産業革命の地だ。借りれる車もさぞハイテクノロジーかと思ったが、安上がりなのはやはり動かし慣れたガソリン車。音はうるさいし排気も臭い。
まぁ、こんな道路と呼べる程舗装も済んでない道を走るなら、こっちの方が様になるか。そんな事を思いながら、鍵を回してエンジンを掛ける。
最初は、本当に一人のつもりだった。
けれど気付けば、誰かと一緒に居る。
では何故、そうなっているのか?
俺は、有馬記念が終わった翌日の事を、運転を片手間に思い出していた.........
......To be continued