山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
『―――.........』
意識が不意に、深海から海面へと上昇する様に浮き上がる。その衝動に導かれるまま目を開き、誘われた場所の景色を確認する。
そんな中で一人立って空を見上げるウマ娘と、その草原の上で気持ち良さそうに眠っている男がいた。
空には夜空が広がっている。地面には生い茂ったターフが波を立てている。どちらもどこまでも続く、そう.........誰もが考えるような、[在り来りな景色]があった。
シロ「元気そうね。[名優]」
『.........何の用?気持ちよく眠ってたのだけど?』
シロ「仮にも貴女達の始祖でありこの世界の神でもある私に向かって、そんな態度を取れるのは貴女だけよ?本当、傍若無人ね」
棘のある言葉とは裏腹に、名も無き女神は呆れたように頬を緩ませる。その表情が何だか優位に立たれているようで、私は全然面白くない。
彼女は手に持った杖を着きながら、私の周りを回ってこの身体を観察する。一体何かと思い、その疑問を口にしようとした時、彼女の方から声を出した。
シロ「.........うん。これなら大丈夫そうね」
『.........何の話?』
シロ「こうなったらあの男にとことん協力してやろうと思ってね。貴女に[力]をさずけようと思って.........出てきなさい?」
彼女の声に数瞬遅れて背後に足音が降り立った。しかも、一人分じゃない。
これは面倒事に巻き込まれたかもしれない。そう思いながら、私はそのまま後ろを振り返った。
「初めましてだね。名優[メジロマックイーン]。俺の名前は[ダーレーアラビアン]。元の世界では[三大始祖]と呼ばれていた」
「同じく[ゴドルフィンバルブ]よ。これからよろしくね」
「[バイアリーターク]だ。会いたかったぞ。私の[血を引く者]よ」
赤、青、黄。それぞれのトレードカラーがハッキリした衣服に身を包み、彼女達は私の前に現れた。
もちろん、私はこの人達のことなんて知らない。三女神だとか三大始祖だとか、興味無いもの。
『生憎だけど、興味無いわ。当たるなら他を当たってちょうだい』
ダーレー「おぉ.........噂に聞いてはいたけど、シロ様の言う通りどんな相手にも物怖じしないんだね」
ゴド「他の子達は喜んだりしてくれるのだけど.........バイアリーの芯が遺伝してるのかしら?」
ターク「私は敬意を払うべき相手には敬意を持って接しているつもりだ。彼女は私達を完全に軽視している」
欠伸をしながら長い髪を人差し指で弄ぶ。彼女達三人の視線が私に集中してるけど、そんなの気にしない。
誰の血が入っている。誰の子供で誰の親で、なんて関係無い。私は私。ただ生まれてきただけの存在。そこに生まれたこと以外の重荷を背負わされる責任も義務も有りはしない。
『[競走馬]だかなんだか知らないけど、こっちとしてはいい迷惑よ。本当やめて欲しいわ』
シロ「そんな事言って、私の思惑には真っ向から対立していたじゃない」
『だってこの景色。何も無くて面白味なんて無いもの。理想郷を作るなら人間は必要よ。娯楽とか、美味しいものとか』
ゴド「それでも貴方は、[ここに居る]わ。それは、心残りがあったからじゃない?」
『.........』
心残りがあった。そう言われて、初めて目の前の女神に会った時の事を思い出す。その時は私もまだ、性格も心も、[牡馬]そのものだった―――
―――人間が居ないのならば、私は行かん。
人々に期待され、果たせなかった事がある。
それは人が居なければ果たせぬ物だ。
長く苦しい、地獄の様な日々ではあったが.........
あの日々こそ正しく、この[メジロマックイーン]を作り上げた物だ。
[メジロマックイーン]として再び生を受けるのならば、私は今度こそ、人々の期待に応える。
貴様の[奇跡]を、否定してでも―――
『.........そうね。心残りはあった』
『けどもう、良いの。[あの子]が.........幸せなら.........それで良い』
野心。渇望。期待。そして夢。それらが全て労りの視線と感情の裏に隠れた失望となって居るのは、すぐに気がついた。
[
―――見よ!!!相棒よ!!!私はこんなにも走れる様に戻ったぞ!!!
どうだ!!!もう一度私の背に乗ってくれないか!!!人々の願い!!!夢を叶えるために!!!
「あはは。彼は僕のことが嫌いなんでしょうね」
『.........ヒヒーン』
―――まぁ、そんな事もあって完全に諦めたけれど、こうしてチャンスが舞い降りてきた。
私としては、何よりも優先すべきで、叶えるべきもの.........けれどもう、それは叶わなくてもいい。
ゴド「.........優しいのね。人の為に夢を諦めるのは、そう簡単な事じゃないわよ?」
『ええ。知ってるわ。けれど最近知ったことがあるの』
『諦めても諦めなくても、道は先に続いて行く。諦めた事で思わぬ出来事が、起きたりする』
脳裏に焦げ付いているのは、雨が降る夜の一部屋。その中で、運命に翻弄され、打ち破れた二人の再起.........歩み出しが思い起こされる。
その時、彼は言った。今彼の歩いている道こそ、諦めの先にあった道だと.........
その言葉を聞いて、彼女はもう一度、歩き出す決心をした。私は、最初に決めた道を違える覚悟を決めた。
そんな私の様子を見て、三人は微笑んだ。そして一人、自分の事を[ゴドルフィンバルブ]と名乗ったウマ娘が、私の前へとやってくる。
ゴド「そうね。道は生きている限り、歩く事になるわ。例えどんな事が起きようと、生きている限り時間と共に足は進んで行く」
ゴド「だからこそ。その歩みが自分の目指す場所に行く為の力が必要だとは思わない?」
『.........』
ゴド「私が貴女に教えるわ。[伝える力]。[繋がる力]の使い方を.........」
そう言って、彼女はその手を伸ばして来た。その手を取るのに、私には迷いも、葛藤と無かった。
それはきっと、彼ら彼女らの歩みが.........記憶、思い出達が、私の背中を押してくれたから.........
私はその差し出された手に手を伸ばし、優しく握った。彼女はそれに応えるように、優しい微笑みを浮かべて私を見た。
そしてその日から、[力]を授かる為の修行が始まった.........
ーーー
『無理よ!!!もう帰るわ!!!』
そしてその修行は初日で終わった。理由は簡単。何にも感覚が掴めなかったから。
その声に驚いた女神達は目を丸くして、私の方を見てきた。
シロ「ちょっと!!?いくら何でも早すぎよ!!!」
『うるさい!!!良い!!?こう見えても私は飲み込みが早い方だって言われたし!!!実際教えられた通りにレースをしてきた!!!言わば天才よ!!!掛かった事も一度も無いわ!!!』
『そんな私が三時間でコツも掴めない!!!それはもう無理って事よ!!!』
アレから必死に、女神達の言う[力]について理解しようとしたし、自分の中で模索しながら何かをしようとした。
けれど出ない物は出ないし、[力]なんて言う曖昧で抽象的な物。今の自分の感覚以外の湧き上がってくる感じの物は出てくる気配が無かった。
ダーレー「い、いや。この力は神と呼ばれる俺達が長い年月をかけて習得したものだから、そう簡単にコツを掴まれても.........」
ターク「そうだ。血と汗を流し、己の限界を超え続けてようやく体得できたのだ。それを三時間程度で一段階進ませる事など.........」
ゴド「それにマックイーンちゃんは帰れないわよ?外とは遮断されているし、私の修行をちゃんと終えないと♪」
一人は苦笑い。一人は説教。最後は得も言われない恐怖の圧を向けてきた。もしかしてこの中で面倒臭いの、この人なのかしら?
それにしても困ったわ.........彼女の言っている事が確かなら、本当にこの途方も無い道のりを歩き切るまで帰れない事になる.........それこそ、一年単位で帰れなくな.........
そこまで考えながらもう一度思考を集中し、神経を研ぎ澄ましていたその時。不意に何故か[知っている]雰囲気が、三人の中にある事に気が付いた。
『.........これは、チャンスだわ』
ゴド「え?.........!!?」
油断している彼女の胸に手を当て、[彼]の夢に入り込んだ時の容量で自分の身体を飛び込ませる。周りはそれに大きな驚きを上げていた。
思った通り、感じていた物は彼の雰囲気。これを頼りにすれば、私は外へと出られるはず.........
そしてその声達はやがて小さくなって行って、何も聞こえなくなる。気が遠くなる程の幻想的なトンネルを進んで行く。
するとそこには―――
ーーー
マック「トレーナーさん!次のデートに来ていく物なんですが、どちらのお洋服が好みですか?」
桜木「えー?マックイーンは何着ても似合うからなぁ〜.........」
マック「!もう!!私はどっちが好きかと聞いているんです!!しっかり考えてくださいまし!!」
桜木「あはは!困ったなぁ〜。結局何着てもマックイーンの事大好きなのは変わらないし〜」
マック「っ///.........うふふ」
桜木「.........あはは』
『あはははは.........』
あぁ.........夢が終わってしまった.........俺はまだ目を閉じているのに.........とっても幸せな夢が今、終わりを告げた.........
桜木(くっそ〜.........絶対腹痛くて起きたこれ〜.........)
ホテルの一室。ベッドの上で掛け布団を頭まで被り直してうずくまる。ここ最近腹の調子が滅法悪い。
食事のせいじゃない。それはもう初日で食事制限を設けるという荒業で何とか対処した。これで胃を慣らして行けば後々沢山食っても大丈夫だろうという魂胆だ。
だが問題はもう一つあった。それは.........
桜木(あぁ〜.........!!!喉乾いてきちゃった!!!)
そう。水だ。
日本で流れている水の種類は[軟水]。しかし今俺の居るこの国の水は[硬水]である。簡単に言えばこれを飲みすぎるとお腹がゆるゆるになってしまうのだ。
これはこの国に住んでいる人達にとってもそう。なので飲み慣れてない且つ旅の疲れがある日本人の俺にとっては少量でも腹を下す事に繋がる水だ。
水を飲まず死ぬか水を飲んで生きるか(デッドオアアライブ)ではなく、水を飲まず死ぬか水を飲んで死ぬか(デッドオアデッド)の状態である。
桜木(うぅ〜.........たしゅけてマックイーン.........お腹さすって.........)
俺は弱い。どれくらい弱いかと言われればエー〇が死んで自分が弱いって事に気付いたルフ〇よりも弱い。だって俺ゴムじゃねぇし。
そんなこんなで無駄な抵抗としてうずくまり続けていると、不意に腹部に心地好い温かさが触れる。
桜木(あぁ.........落ち着く.........)
桜木「.........ん?」
痛みと疲労による混乱が一瞬収まった。その一瞬で俺の脳は普段の要らない理解力の高さを発動させ、今誰かに確かに触られているという結論を導き出した。
それさえなければもう一度.........デートに行く前日の服選びに迷うマックイーンの姿が見れたかも知れないのに.........俺は思わず、目を開けつつ掛け布団を剥いだ。
『.........』
桜木「」
桜木「.........ん!!?マックイーンっっ!!?」ガバッ!
布団を剥いだその先には、マックイーンが居た。しかも彼女の魂の方だ。つまり、今目の前に居るのはこの世界とは違う世界で、違う姿で活躍してきた[メジロマックイーン]の方だ。
最も今ではあの珍生物では無く、こっちのマックイーンと同じような姿と顔立ちでいる。一部分.........彼女と、その。大きく違う部分もあるが.........
『大丈夫?さすって欲しいって言われたから手を乗せていたのだけれど.........』
桜木「え、俺声に出てた.........?」
まずい。恥ずかしい。お腹をさすって欲しいだけならまだ良かった。もし声に出してたのならたしゅけてマックイーンも出ていた事になる.........それは死ぬほど恥ずかしい.........
そんな恥ずかしさに悶えていたが、それを抜き去るように強い衝動が登ってくる。もう限界だと。それを抑えることは最早不可能だと悟り、俺は急いでベッドから降りて靴を履いた。
桜木「ごめん!!!トイレ行ってくるから!!!話は後でちゃんと聞かせてね!!!」
『え?え、えぇ.........』
普段は立てないような轟音をかき鳴らす腹を手で押さえながらトイレへと駆け込む。そして俺は寝起きの十分という貴重で気持ちのいい時間をその中で過ごすのであった.........
『.........人間って大変ね』
ーーー
桜木「なるほどねぇ.........」ガコン
自販機に硬貨を入れ、ブラックコーヒーの下で光るボタンを押す。取り出し口から缶コーヒーを取り出してリングプルの下に指を入れてテコで開ける。
隣に居るマックイーン.........あぁややこしい!!!この人自分の事はMって呼べって言ってたしそう呼ぶわ!!!何だよMって!!!変態かよ!!!
『潰されたいのかしら?』
桜木(しかも、なんか筒抜けだしよぉ.........)
その上何故か俺の心の声は駄々漏れのようだ。これではおちおち日課の妄想も捗りゃしない。だからこういう超常的生物は苦手だ。何故苦手か?それは小さい頃まで遡る。俺は昔超能力者の事を[のうのうりょくしゃ]とか[ちょうちょうりょくしゃ]とか呼んでた。そしてそれをバカにされた。だから嫌い。
でも今考えれば面白い。のうのうりょくしゃとか特に響きが良い。幽遊白書みたいで好き。
『.........貴方、退屈はしないけど呆れるほど変ね』
桜木「あったりまえだろ。良いか?まともになればなるほど最終的に派手にぶっ壊れんだよ。花火みたいにな」
(何言ってるのかしらこの人)
と思っているのだろう。言葉ではなく彼女が向けてくる視線だけでその思いが優に伝わった。一体何度それが向けられてきたことか.........
少しだけ機嫌を損ないながら、缶コーヒーをちびらと飲む。やっぱり日本の物と作り方が違うのか、酸味が少なめでキリッとした苦味が強く出ている.........こっちの方が好きだな。やっぱり。
そんなコーヒーの味を堪能していると、彼女がじーっと俺の方を見ている事に気が付いた。
桜木「.........飲む?」
『い、良いの?』
桜木「うん。はいよ」
飲みかけのそれを差し出すと、彼女は恐る恐る両手でそれに触る。飲み口の中をじっくり覗いた後、どんな味なのだろうと思案しながらゆっくりとあおった。
『.........!!?』
そして一瞬口に含んだ後、思い切り俺の方へと吐き出した。
『ケホッ!ケホッ!!あっ!!ごめんなさい!!』
桜木「良いよ良いよ。マックイーンの飲みかけを被ったと思えば何とも.........いや、寧ろ.........」
『に、人間ってこんなのを好むのね.........やっぱり変な生き物だわ.........』
彼女が吐き出したコーヒーを顔面に浴びる。申し訳なさそうにする彼女に気にしなくていいことを伝え、ポケットからティッシュを取り出して顔を拭く。
やはり彼女も普通のウマ娘と同じく、甘い物好きなのだろう。そこは少し配慮が足りなかったかもしれない。苦いものだと伝えて置けばこんな思いはきっとさせなかった。
『.........それこそ気にしなくていいわよ。私がどんな味なのか気になっただけだし』
桜木「!あ、はは.........ごめんね。どうしても自分がって考えちゃうんだ。俺」
『まぁ、そのお陰でこうしてここまで来れたのでしょう?だったら感謝するわ。あの子がまた走れる可能性を、貴方が広げてくれた』
桜木「.........俺じゃないよ」
あの子が走れる可能性。確かに今のこの俺の行動は、あそこに留まっているよりかは確実に高まる。けれどその始まりは、決して俺なんかじゃない。
俺は[太陽]にはなれない。この地球の上を照らし付け、全てに光を与える存在じゃ無い。俺の事を彼女は[レグルス]だと言ってくれたが、一等星の中でも劣等生なその光では、太陽の光には遠く及ばない。
『.........ふふ』
桜木「.........?」
『ごめんなさい。貴方が結構見当違いな思い込みをしてるからつい』
桜木「え?」
不意に笑われ、彼女の方を凝視する。すると彼女は俺が思い込みしていると言った。一体どう言う事なのだろう?
それを聞こうとしたが、その口元に柔らかい人差し指が当てられる。
『ダメよ。すぐに答えを聞いたら[退屈]じゃない』
『せいぜい悩みなさい?それでも答えが出ないのなら、帰った時にあの子に言えばいいわ』
『自分は[太陽]程強い光を持っていない、[レグルス]ですってね』
桜木「.........言えば、答えは分かるの?」
『ええ。即答で帰ってくるわ。星に詳しくない人だから仕方がないって、笑ってね』
彼女は俺に意地悪をするようにそう言った。彼女の中ではもう、俺は決定的に間違えているらしい。
それを知った俺はなんだか、少し救われた気がした。そして、一層早く帰りたくなった。この答えを彼女が知っているのなら、それを早く確かめたい.........と。
少し気分が良くなった俺は缶コーヒーを一気飲みし、近くのゴミ箱へ投げ入れた後、ポケットに入れていたメモを取り出す。
『?何よそれ』
桜木「エディ先生の目撃情報だ。一応現地の人にも分かるように英語の方のメモも取ってある。現状は.........まぁ行き詰まりって感じ」
『ふぅ〜ん』
俺の前から後ろへと移動し、少し背伸びをして肩から顔を出してメモを見るMさん。どうやらマックイーンと知識は同じくらいあるようで、外国語も頑張っている彼女同様、これくらいの英語は分かるようだ。俺はGoogle大先生が居なきゃ読み方すら分からないのに。
そうしていると突然、近くから悲鳴の様な声が上がった。
桜木「!!?なんだ!!?」
『道路の方よ!!!どうするの!!?』
桜木「バカ!!!行くに決まってるしょや!!!」
その声の発生源を頼りに走り出し、道に出た瞬間に男二人乗りをしたバイクが目の前を通り過ぎる。
しかしその後ろに乗る男の手には、とても男物とは思えないバッグが握られていた。
まさかと思い、そのバイクが来た方向を見ると、そこにはまだ幼い[ウマ娘]が突然の事で訳も分からず、へたりこんで座っていた。
桜木「クソっ.........!!!」
『っ!!?ちょ、ちょっと!!!追い付くわけないじゃない!!!』
桜木「だからって見過ごせるか!!!あの子がウマ娘だからとか俺がトレーナーだからとかじゃない!!!」
桜木「ここで動かなきゃ!!!俺は俺の期待を裏切る事になんだよッッ!!!」
走り行くバイクに対して向かって行く。だが所詮人の身体だ。どう足掻いたって自動二輪に追いつける程の性能がある訳じゃない。
それでも俺は、あそこで足踏みをしたり、見て見ぬふりをする選択肢は無かった。それはあの日。事故で[死んだ俺]の復活を[諦める]という事に繋がると思ったからだ。
桜木(っ!流石に速ぇなクソ!!!道が入り組んでる分事故を怖がってフルスピードじゃないとはいえ、人間じゃとても追いつけねぇ!!!)
『っ、ぶっつけ本番って訳ね.........!私結構予習しておいて完璧にしておくタイプなんだけど.........!!!』
桜木「!!な、何を―――」
走る俺の背中に、暖かい手が触れる。その暖かさが身体の表面から[内側]に流れ込んでいく様に感じ取る。
走らせている身体に首から下げた王冠のアクセサリーが大きく揺れて視界に映る。それは確かに、輝きを放っていた―――
[共有]が発動している.........
桜木「―――ッッ!!!」
身体の動きが根本的に変わる。今までのそれはただ我武者羅に、速度を出し目の前のバイクに追いつこうとしていた筈のそれが、いつの間にか自然と一体。極限までのスタミナ消費節約をしつつ、意識的に強く蹴り出すでも足を上げるでも無く、ただ前に足が大きく進んで行く。
人間の身体でこんな速さで走れるのか?しかも普通に走るよりも疲れも無しに?そんな疑問と言うには心の高鳴りがうるさい問答も時間にしてみれば一瞬であり、目の前のバイクがコーナーを曲がる為に減速した瞬間。俺は強く両足で地面を踏み抜き―――
桜木「でりゃァッッ!!!」
二人「whatっ!!?」
横を向いた車体に対して、推進力と体重の乗った飛び蹴りをぶちかまし、窃盗犯二人を路地裏の壁へとぶつけたのだった。
ーーー
ザワザワとした喧騒。先程まで少し賑やかで過ごしやすい街だったのが、気が付けば野次ウマが集り、警察官を中心にその視線を注いでいる。
桜木「ほれ。大丈夫?」
「う、ぁ.........あり、がと.........?」
窃盗犯から取り戻したバッグを返そうとウマ娘に近寄り、手を伸ばす。少女はおっかなびっくりという様子で礼を言い、俺の手からバッグを取り戻した。
『やっぱり顔が怖いんじゃない?前髪でも下ろしたら?』
桜木(やだよ。この髪型が俺の唯一の個性なの。それにカッコイイだろ?)
流石に人だかりも多い。俺は声に出すことはせず、心の声が聞こえる事を利用して彼女と会話をする。しかし彼女は訝しげな目で俺の髪の毛を見て、疑うような素振りを見せる。何見てんだ。かっこいいだろ。
.........でもまぁしかし、 こうしてチビッ子に怖がられるのは何も初めてじゃない。目の前に居る綺麗なブロンドの髪をしているまだ幼いウマ娘を横目で見る。俺の視線を敏感にキャッチしてビクッとする様子を見て、俺は心の中で頭を強く抱えたくなった。
その時、不意に肩を叩かれる。何かと思いその方向を見ると、そこにはブっさんと爺やさん。そして主治医が立っていた。
ナリブ「お手柄だったそうだな」
爺や「流石はお嬢様のトレーナー。知らぬ海外の地でも人助けをする精神。素晴らしいの一言につきます」
主治医「私もそう思います」
桜木「止めてくれよ皆.........身体が勝手に動いただけだって.........」
褒められる事はしていない。こうなったのは結果ありきで、実際の正解はまず警察に連絡する事だった。それをしないで、ましてやバイクに対して走って追いつこうとするなんて愚の骨頂。アイツらが居たら「バカじゃん」。「はえーよ玲皇」。「なんでバイクに乗らないんだ.........?」とか言われるに決まってる。
「あっ.........」
そろそろここを離れるとしよう。まだ数名だけど俺達の存在に気付き、話を聞こうとする流れが出来始めている。動くなら今だ。
それにエディ先生を探している手前、目立ったら面倒臭いことになる。それは俺の勘だが、きっとそうなるに違いない。
そう思った俺達は、早々とその場を去って行ったのであった.........
「.........行っちゃった」
「メモ、落としてったのに.........」
「.........あの人達、[おじいちゃん]に何の用があるんだろう.........?」
ーーー
ぱちぱちと弾ける木の焼ける音。それを耳に残しながら、俺はスマホの画面で動く映像を見ていた。
「レグルスの!!今海外言ってるってターボ聞いたよ!!」
「凄いな〜。私もいつか海外行ってみたい!みんなと一緒に!!」
「ちょっと、桜木トレーナーは遊びに行ってるんじゃないって!マックイーンの為に頑張ってるって聞いたじゃん.........それにしても、お熱いですな〜」
「桜木トレーナー。貴方の無事と、マックイーンさんの復活を心の底から願っています」
「桜木さん。今度またうちのチームに来て下さい。今度はレグルスの皆さんと一緒に」
オレンジ色の揺れ動くそれを明かりにしながら、画面に映るターボ達の様子につい、笑みが零れてしまう。その様子を見ていると、自分のチームが本当に.........恋しくなってしまう。
『.........帰りたい?』
桜木「そりゃ.........帰りたいよ。今すぐにでもさ」
桜木「けどこれは、これだけは.........俺が始めた[強がり]だから.........さ」
丁度いい大きさの倒れた木に座っていると、不意に彼女が隣に座る。今ブっさん達は就寝中で、俺は見張りをしているから声に出していても大丈夫だ。
ここが日本だったら俺も仲良く車中泊できたが、ここは海外。治安は日本のそれより何ランクも下がるだろう。こうして代わる代わるで見張りをしている。
彼女の問いかけに、寂しさが胸の奥を突き上げる。デトロイトでの日々とは大違いの毎日だ。あの時以上に我武者羅な筈なのに、あの子達の.........あの子の事が、頭から離れてくれない。
『.........[強さ]の最初は[強がり]。あの子も良く言ったものだわ』
桜木「.........君も[メジロマックイーン]なんだろ?だったら分かるんじゃないか?」
『分かんないわよ。だって最初から最強だったもの。私』
桜木「うわぁ.........傍若無人だなぁ。あの子と違って」
少し不機嫌そうな声でうるさいと彼女が言う。その反応がやっぱり、彼女とは似つかなくてつい笑ってしまう。
けれど彼女は声には出さないまでも、表情と態度でそう言ってくることがあった。そういう根本的な所は、似ているのだろう。
桜木「.........やっぱり、[ウマの時]も強かったのか?」
『そりゃそうよ。長距離では敵無し。中距離もスタミナに物を言わせてスパートの一歩手前でレースの展開を作って、逃げも差しも追い込みも気を抜いた瞬間にスパートよ』
『走ってた最後の方じゃ、マイルでも行けるって言われてたわね』
桜木「ほぇ〜.........改めて驚かされるなぁ」
『ふふんっ、そんな子の面倒を見れるのよ?もっと誇って偉そうにしなさい?謙遜するだけじゃ見てる方と支持してる方は[退屈]よ?』
自信満々に彼女は胸を張る。その姿を見て、俺は空を見上げる。
星に手が届く事は決して無い。それでも人は、その手を醜く伸ばし続ける。
それは、今の俺だ。見えるだけで十分なのに、光を享受するだけで満足できるはずなのに、それに手を伸ばしている。そんな俺が、胸を張れる訳が無い。
今でもウジウジと考えてしまう。俺が本当に、彼女のトレーナーで良かったのだろうか。それこそ誰かがあのチームのトレーナーで、俺はそのサブに入ってた方がまだ良かったんじゃないだろうか.........
そんな黒い感情が、ぶわりと溢れ出す。横に置いた木の枝を焚き火に放り投げ、その炎の余波を素肌に食らう。
桜木「.........情けないよな。吹っ切れたと思ったら、またこんな事考えちゃう。これじゃあ本当に.........俺なんかじゃ.........」
『そんな事ないわよ。生き物なんて皆そうじゃない。貴方達人間はそれが他の生き物より多いだけ』
『まぁ、確かに貴方は多すぎる方ね。前はもっと楽観的だったじゃない』
桜木「.........はは、そりゃぁ、そういう[仮面]を付けてたからなぁ」
今、それを付けることが出来たらどれほど楽だっただろうか。何も気にすることなく、自分の心と身体を省みることもしないでただ進む事が出来たのなら、今どれだけ.........前に進めただろうか。
『.........そう。だったら今のままでいいわ。そのままで居なさい』
桜木「.........っ、でも、こうしている内にマックイーンは.........あの子の足は.........!!!」
『あの時あの子が貴方を拒絶したのは、貴方が私達に嘘をついただけじゃない。自分の心にも、嘘をついたからよ』
桜木「!」
『.........自分を犠牲にして、という言葉は良くあるけど、それは自分に嘘をつくことじゃない。二度と履き違えないで』
強い目で、けれど決して睨み付けることはなく、彼女は俺の方を真っ直ぐと見つめてきた。その目はまだ幼さを感じる彼女とは違い、酸いも甘いも俺以上に知り尽くした大人の.........そして、本気の目だった。
『それと、そこまで悲観しなくても良いのよ。今の貴方の方が、あの子とお似合いだから』
桜木「俺、が.........?」
『.........あの子の[夢]になるんでしょう?だったらその顔は[仮面]じゃなくて、[素顔]の方が良いじゃない』
『今の貴方は.........誰かが[仮面]を付けたとしても、同じ様にはなれないわ』
まるで彼女は、それを知っているように、そして子供を優しく慰める親の様に微笑んでそう言った。その優しさに触れて、俺の心は少しだけ、腺が緩んだ。
(.........本当、[退屈]しない。良い相棒を持ったわね。あの子は)
―――袖で目元を力強く拭い、彼は手に持った数本の枯れ木を焚き火の方へと投げ入れる。その顔はどこか嬉しそうで、まだ寂しさも感じさせるけど.........私はそれに、もう不安を感じる事は無かった。
(それにしても、あの土壇場で[力]を使える様になるなんて.........どういう事なのかしら)
(女神達に聞いたけど、彼の力は既に預けられている筈.........だとしたら)
(だとしたら.........あの時感じた、[鳴り響く]様な感覚は.........一体.........?)
身体の内から広がるように感じた感覚。最初こそ小さく、奥底からだった物だけど、それを頼りに更に広く、自分の身体の外にまで広げるイメージをした途端、彼の身体に私の[知識]が入って行った。
あの時の彼の走り方は正しく、自然と一体になっていた。そしてそれは奇しくも彼女。私の誇りを受け継いだ[メジロマックイーン]とそっくりそのままだった。
だとしても、彼の身体の出力は人間そのもの。バイクに追い付ける事は有り得ない。だと言うのに彼は、その不可能を感じさせる間もなく超えて行った.........
(.........全く、女神だとかウマソウルだとか一般人にして見れば謎なのはこっちだと言うのに)
(そんな謎相手に一級品のミステリーを提供してくれるだなんて.........)
(本当、[退屈]させてくれないわね。貴方は.........)
焚き火の炎が揺れる夜闇の中。決して彼の身体に触れる事無く、そして彼に気付かれる様な事がないよう、私は少しだけこの身体を、彼に預けてその目を閉じた.........
......To be continued