山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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始まりの始まり

 

 

 

 

 

桜木「.........っ」

 

 

 大きな桜の木を背後にして、俺と瓜二つの存在が立っている。未来の時の様な老いている様子もない。完全に瓜二つの存在だ。

 

 

 段々と思考がクリアになって行く。混濁していた物が澄み渡り、ようやく自意識が目覚めたように感じた。

 

 

桜木「―――!!?ちょっと待って!!?どこだここ!!?」

 

 

「どこって、俺も困るぜ。気付いたら俺もここに居たんだからよ。そういう場所でいいじゃん。そういう場所で」

 

 

桜木「き、気付いたらって、いつから居たんだよ.........?」

 

 

「そりゃお前。幼馴染の恋人を振った場面からスタートよ。殺してやろうかと思ったわマジで」

 

 

桜木「それはマジでごめんなさい.........」

 

 

 そ、そう言えばそんな過去もありましたね私.........すっかり黒歴史として胸の内にしまい込んでましたぜ.........

 でもまぁ、状況が状況だったし、情状酌量と言いますか?ほら。俺の夢以前に日常生活すら危ういって言われてたからね?そんな途方も無い迷惑をただ好きってだけで背負わせるのもなぁと.........

 

 

「.........んで、そんな俺の愛しの幼馴染を振ったお前が。こうしてノコノコやってきた訳だ」

 

 

桜木「.........」

 

 

「.........お前。本当有言不実行だな。そこだけは真似しなくて良いんだぜ?」

 

 

 有言不実行。それは俺が今まで、必ず役者になると豪語していた事。そして今、[諦める事を諦める]と言っていた事の両方だろう。

 目の前に居る男は呆れて笑う。けれど軽く言われたそんな言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。正直たまったもんじゃない。

 けれどそんな俺に追い討ちをかけるように、目の前の存在は目を伏せながらその呆れた笑みを消した。そしてゆっくりと、俺の顔を真っ直ぐと見つめて来る。

 

 

「.........お断りだ。テメェが火を着けたんだ。その始末はテメェでしろ」

 

 

桜木「.........でも、俺には.........俺は.........」

 

 

桜木「俺は.........[桜木 玲皇]じゃない.........」

 

 

「.........はァ?じゃあ誰だよ?あ?」

 

 

 恐れを抱きつつも、俺は本心を語った。今の俺は、[桜木 玲皇]では無い。と。ただの抜け殻なんだと。痛い程に感じている。

 それを伝えると、男は苛立ちを感じさせながらその目を非対称に歪ませる。その圧に押されながらも、俺は声を振り絞った。

 

 

桜木「俺、は.........あの事故から変わっちまった.........」

 

 

桜木「弱くて.........臆病で.........自分すら守れない.........!!!そんな奴になっちまった.........!!!」

 

 

桜木「そんな俺じゃあ.........!!!大切な人を助ける所か.........!!!その人の夢すら守れないだろ.........ッッ!!!」

 

 

「.........」

 

 

 自分の思いの丈をぶちまける。他でも無い、かつての俺自身に、それをぶつける。言葉は帰って来ない。表情が変わる反応すら見せて来ない。

 それでも俺は、ただひたすらに[次]を待っていた。目の前の.........[桜木 玲皇]の[次]を.........

 

 

「.........はァ?お前何言っちゃってんの?シンデレラかよ。俺は魔法使いじゃねぇんだよカス。絵本の世界に帰れやボケ」

 

 

桜木「っ、俺はお前には成れ無かったッッ!!!お前だったら「変わるもんだろ」.........?」

 

 

「お前さぁ、歩いた道戻んのは良いけどさ。周りのヤツらの顔ちゃんと見ろよ」

 

 

「もしお前が事故の前に戻ったとして、それを皆が本当に胸張って、お前を[桜木 玲皇]だって言えんのかよ」

 

 

 面倒だと言うように、男は頭を搔く。これ以上言うことは無い。それを表すかのように俺から背を向け、桜の方に歩いて行ってしまう。

 

 

桜木「っ.........そんなの、綺麗事じゃねぇか.........!!!そんなのであの子が助かんのかよ.........ッッ!!!」

 

 

「さぁな。[諦める事を諦める]んなら、綺麗事も夢物語も実現出来んじゃねぇか?」

 

 

「それによ。あの子達が求めてんのは[お前]で、お前の求める[桜木 玲皇(テメェの理想)]じゃねぇだろ」

 

 

「.........安心しろよ。お前の周りには、もう[桜の苗木]が植えられてるじゃねぇか」

 

 

桜木「え.........?」

 

 

 男が笑って指を指す。今度は呆れた感情は感じさせず、慈悲が籠った優しい笑顔で、俺の足元を指差していた。

 

 

 そこを見ると、確かに[苗]があった。まだ小さくて、これが桜の花を咲かせるまで、一体どれほど掛かるのか分からないくらい、幼い木だった。

 そしてそれが.........無数にある。その事実に困惑していると、肩に優しく手を置かれた。

 

 

「大人に成れなんて言わねぇ。[俺]に戻れとも言わねぇ」

 

 

「だけど、これを植えたのはお前自身だ。これに水やんのは、[お前]の役目で、お前だけの[特等席]だ」

 

 

「.........せめてそれを植えた[自分の手]くらい、信じてやったらどうなんだ?」

 

 

桜木「信......じる.........」

 

 

 俺には何も無いと思っていた。俺は、何も出来ていないと思っていた。ずっとあの子達の才能を見てきただけで.........やろうと思えば、誰にだって出来る事だと思っていた。

 けれどそれが全部じゃない。出来る事が[始まり]なんだ。それをやってしまったら、[苗木]を植えてしまったら、育ち切るまで世話をしなきゃ行けないんだ。

 

 

「大変だぜ?テメェが植えたの。一つや二つじゃねぇんだから」

 

 

「でもよ。ぜ〜んぶ咲いたら。こっちの[桜]よりかは花見栄えするんじゃねぇか?」

 

 

「.........[信じてっから]よ。[俺も]」

 

 

桜木「.........!」

 

 

 [信じている]。目の前の存在はその言葉の意味を知っているかのように、意地悪そうな顔で俺に向けて言ってきた。

 いや。知っているのだろう。わざわざ[俺も]と言ってきている時点で、確信犯だ。昔の俺はこんなにも、可愛げの無いガキだったのか.........

 

 

『お前の[夢の果て(ハッピーエンド)]を.........俺は信じて待ってる』

 

 

桜木「っ、贅沢だなぁ.........ほんと.........」

 

 

「あぁ、欲張りだぜお前。[二人分]の自分から期待されてんだ。ここに長居してたら、愛しのあの子に会えない時間が長くなるぜ?」

 

 

 .........本当、可愛くない奴だ。俺、結構愛想はいい方だと思ってたんだけど、どうやら勘違いしてたらしい。今この時の俺が生きていたら世の中なんて生きて行けない。

 

 

 そしてそれと同時に、[あの子]に惹かれた理由が分かった。初めて会った時、一目でその[才能]が中心になっていないと気付いた、あの選抜レースの日。

 そうだ。今目の前に居る奴とは、まるで正反対だ。もしあの事故が起こらなくて、何かの間違いでトレーナーになってたら、俺は.........

 

 

桜木「.........そうだよな。マックイーン達を見つけたのは、俺だもんな」

 

 

桜木「ここでうじうじして、自分じゃなけりゃって言ってても.........始まりはしないし、終わってもくれねぇんだもんな」

 

 

「そゆこと。だから早くこっから出てけよ。いざって時は手を貸してやるからさ」

 

 

 桜の木が揺れ動く。風が吹いた訳では無い。そしてそれなのに、桜の花弁は一切散る姿を見せはしない。そんな背景を背に、男は笑って手を振った。

 身体が離れて行く。桜から遠ざかって、暗闇が薄くなり、視界がぼやけて行く。

 

 

 身体全身を駆け巡る痛みと共に、最後に見た一瞬の景色は.........いつか見た、[夢の跡地の草原]になっていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ「い、一体何が.........!!?」

 

 

 私の目の前にうつ伏せで意識を失っている青年の身体から突如、[蒼い炎]が溢れ出し、そしてそれは気付けば[紅い炎]となっていた。

 非現実的な光景に思考力を失い、暫しの間呆然としていたが、このままでは行けないと思った私は、取り敢えずその火を消すべく近くを通る川に向かい、その水で鎮火しようと試みた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........だが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――[奇跡]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エディ「―――?」

 

 

 背中から声が聞こえて来る。そんなはずは無い。骨は折れていないとはいえ、あのレベルの衝撃をまともに受けて意識を保っていられる人間など居ない。現に私が見てきた者達は皆、数時間。或いは一日単位で気を失っていた。それも、この青年よりも鍛え上げられた者達が、だ。

 汗が頬を伝う。地面に濡れ跡を作りながら、私は息を呑んで、その声のする方を見た。

 

 

桜木「.........」

 

 

エディ「.........な」

 

 

 そこに倒れ伏しているのは、一人の男だった。

 

 

 だがそこに、先程の[炎]は残って居ない。

 

 

 あるのはただ、[日色の輝き]だけだった―――

 

 

 

 

 

 ―――身体が痛い。骨が強く軋んだ感覚がある。内蔵も強く揺らされた。掌なんかもうボロボロだ。それでも、俺は立ち上がった。

 身体に痛みを感じながら、折れたかヒビが入ったか気にする事もなく、鈍い痛みを感じさせる内蔵に目も向けず、皮が向けて血だらけになった両手に土を巻き込みながら地面を握り、力を入れてゆっくりと立ち上がった。

 

 

 俺は、どうしようも無いバカだ。[奇跡]を超えるだなんだ言っときながら、俺はそれが起こることを望んでいた。そしてそれは、実際に起きちまった。

 若い頃の俺だったら、あの時のままの俺だったら、勢いと才能だけでこんな試練、乗り越えてくれるだろうって。そしてそれは、実際に意識で対面し終えた今でも認識は変わっていない。

 

 

 それでもその起こした[奇跡]に、喝を入れられた。お前はそれでいいのかと。それであの子が助かって、満足なのかと.........

 

 

 きっと、それじゃダメなんだ。あんな分かりやすい餌に釣られたら、きっとそれで終わっちまうんだ。たった一度それが起きて、終わってしまうんだ.........

 

 

 だから.........

 

 

桜木「[奇跡]なんか.........望んじゃいねぇ.........」

 

 

桜木「.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]なんかじゃ.........ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[足りね]ェ.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今更、自分がどんなにバカだったのか身に染みて分かった。そうだ。たった一度起きたからなんだ。それが起きた所で、そんなのあの子がまた走れる様に戻るだけで、それで終わりだ。

 [奇跡は一度]っきりだ。それが偶然起きた時、連続してそれが起きる事なんて絶対に無い。そしてそれが起きた時、人々はそれで満足してしまうんだ。

 

 

桜木「足りねぇんだ.........足りねぇんだよ.........ッッ!!!」

 

 

桜木「[たった一度]っきりじゃッッ!!![あの日]に戻るには遠すぎるんだよッッッ!!!!!」

 

 

桜木「俺が望んでいるのは.........ッッ!!!あの子が望んでいるのは.........ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰にも負けないって思ってた[あの日々]に戻る事なんだよッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驕りかもしれない。傲慢かもしれない。けれど実際、あの日々の俺は負けに怯えながらも、どこか安心をしていた節があった。

 あの子なら、マックイーンなら、勝って来てくれる。心のどこかでそう思っていたから、ふざけたり遊んだりも、出来たのかもしれない。

 もし、仮に[繋靭帯炎]が治ったとしよう。治ったとして、果たして前の日常に戻れるのだろうか?きっと、戻ることは出来るだろう。

 だけどそれは、[勝ち]を意識しなければの話だ。彼女の勝ちを期待しなければ、俺達はすぐにでも元に戻れる。けれどそれは、俺も彼女も、そしてあの子達も望んじゃいない。

 

 

 [戻りたい]んだ。皆あの頃に、あの日、何があっても勝って帰ってきてくれると思わせてくれた、そう思わせてくれたマックイーンが居た頃に.........

 

 

 歯を食い縛る。ギチギチと強く。もうそれ以上閉じることは出来ないと知りつつも、それ以上に力を込めてしまう。奇跡を望んだ悔しさと不甲斐なさが、今の俺を奮い立たせている。

 

 

エディ「.........何故、そこまでする?」

 

 

エディ「何故そこまで、貴様は立ち上がれる.........?」

 

 

桜木「.........[トウカイテイオー]は、あの子の[ライバル]は、[奇跡]を起こした」

 

 

桜木「[奇跡]を起こして.........!誰からも望まれた勝利を実現して見せた.........!!!」

 

 

 目の前で何が起きているのか把握出来ていない。それはエディも俺も同じ事だ。俺も、頭の中はぐちゃぐちゃだ。それでもそれを聞かれたら、思い起こされる光景はたった一つだった。

 トウカイテイオーが有馬記念を制覇したあの日。強い劣等感と敗北感に支配された。俺には到底、あの時のあの子をまた走らせたいと思わせる事は出来なかった。

 それをたった。たった一度きりのレース。たった一度の奇跡で思い知らされた。

 

 

 俺がここにいる理由。それはあの子を助けたい一心。と言う綺麗な理由じゃない。

 

 

 俺は.........テイオーに負けたくない思いで、ここに立っているんだ.........

 

 

桜木「確かに凄かったさッッ!!!骨折明けの一年ぶり!!!しかもG1レース!!!その上距離適性は噛み合いが取れてないッッ!!!」

 

 

桜木「そんな土壇場で皆に願われてッッ!!!勝ってッッ!!!俺も心の底からすげぇって!!!でもッッ!!!」

 

 

桜木「でもそれじゃあ.........そんな[奇跡]にあやかっちゃぁ.........納得出来ねぇんだよ.........」

 

 

 どんな物語も、必ず終わりを迎える。それが人々に伝わる形か、それとも筆を執る者の頭の中で完結する物かは関係無い。必ず一人一人、終わりが来る。

 その中でもハッピーエンドは格別だ。読む人達の心を揺らし、祝福をもたらしてくれる。

 

 

 けれど、全員が幸せになるにはそれ相応の過程が必要だ。

 

 

 降って湧いた幸運でも、突如舞い降りた[奇跡]でも、手を伸ばさなければ、つかもうとしなければ意味が無い。

 

 

 例えそれが俺の傲慢で、どうしようも無いわがままで、エゴだとしても.........

 

 

 俺は.........誰にも文句の言われないハッピーエンドを掴みたい。

 

 

桜木「無理とか無駄とか、諦めの良い言葉を使いたければ勝手に使いやがれ.........ッッ!!!」

 

 

桜木「例え世界中の人間がそれを言ったとしてもッッ!!!あの子が望んで俺を待っている限りッッ!!!俺はその[奇跡]だって超えなきゃなんねぇんだよッッッ!!!!!」

 

 

 息を切らしながら肩を揺らす。身体は既に疲労困憊。ダメージなんて少しも回復しては居ない。

 それでも俺は立つ。この足で。辿り着くべき壁を乗り越え、到達すべき境界線を飛び越える為に、俺はもう一度視線を定める。

 

 

桜木「ハァ......ハァ.........見てろよ.........クリアさせる気もねぇ試練を用意して.........人のあがきを嘲笑う性格の悪いクソジジイ.........!!!」

 

 

桜木「今の俺は―――」

 

 

 地面にあるスイッチを踏み抜こうとして足を上げる。その瞬間。身体を寸でのところで支えていたバランスが崩れ、その足は見当違いの地面を強く踏み抜いた。

 

 

桜木「―――っ、今の.........俺、は―――」

 

 

 視界がぼやけ、酷くぐらついた。身体に力が入らない。心の位置が定まらない。今はどこで、自分は何をしていたのか分からなくなる。

 それでも言わなくちゃ.........これを言わなきゃ.........

 

 

 何も始まらない。

 

 

 何も越えられない。

 

 

 何も強くなれない。

 

 

 何も変わらない。

 

 

 何も証明できない。

 

 

 何も決められない。

 

 

 .........そう思っても、身体はゆっくりと仰向けに倒れて行く。このままじゃ振り出しに戻ってしまう.........そうなったらまた、一からのスタートだ。ここまで来てやり直しは相当堪える.........

 それでも視界は遂に、森から満天の星空に変わってしまった。もう足裏は地面から離れ、完全にそれに対して垂直向きになった。立て直すのはもう、到底無理だと思っていた.........

 

 

 .........けれど―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――いや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――え」

 

 

 誰かに肩を強く抱かれる。それと同時に、聞き慣れたあの声が聞こえて来る。そんなはずは無い。ここにいる訳が無い。それでも肩から伝わる手の感触は、酷く懐かしい物だった。

 その感覚を信じ、俺はその手を伸ばす存在を確かめるべく、その顔を逸らし、そして見定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[これから][俺達]は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[奇跡]だって超えて行くんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――っ.........!!?」

 

 

 そこには、想像した通りの面子が居た。黒津木に、白銀に、神威。その三人が揃って、俺の隣に居る。俺を支えてくれていたのは、黒津木だった。

 なんで、どうして、言いたい事も聞きたい事も山ほどある。だけどそんなありふれてどこででも聞けるような言葉が一切出てこない。まるで俺の心は、それを聞かなくても知っていると言うように.........

 

 

 そしてそんな中、先程は聞こえてこなかった足音が聞こえた。大地を強く踏みしめる足音が、ここから少し離れた場所で聞こえて来る。

 まだ居るのか.........?こんな何処とも知らない、日本では無い、イギリスの辺境の地で.........?

 

 

 そしてその正体は、姿を見ることも無く、声だけでしっかりと把握出来た。

 

 

「なぁそうだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「ゴールド......シップ.........?」

 

 

 不敵な笑みをしている。その表情を見ずとも、その声だけで彼女がどんな顔をしているかなんて、はっきりと分かった。そしてその声とコイツらのせいで、俺の緊張の糸は完全に緩んでしまった。

 握り続けていた右手を少し弛める。すると、自分でも気付かぬ間に握りしめていた[何か]が地面へと落ちて行った。

 分からない事の連続で思考停止状態の頭だが、それが何かを見る為に、俺は視線を一度地面へと送った。

 

 

桜木(.........王冠の、アクセサリー.........っ!!?)

 

 

 目に飛び込んできた情報をそのまま、心の中で復唱する。なんでそれがここにあるのか。なんで泥だらけなのかも俺には理解出来ていない。ただ、そうであるとしか言いようがなかった。

 そんな中、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ瞬きをした。それをした直後にはもう、その王冠は視界には映っては居なかった。代わりに映り込んできたのは.........先程まで傍に居てくれた、[あの子]に似た足だった。

 

 

『.........』

 

 

桜木「な、何がどうなって―――っ」

 

 

 誰からでも良い。とにかく一つ、今この状況を綺麗に整理する為の答えを欲した。けれどそれを答える者はなく、代わりに突然また現れた存在が一歩、俺に近付いてこの顔を凝視し始めた。

 

 

 泣きそうになった。ちょっとでも気を緩めれば、あの子と重なるその表情が、今は堪らなく辛かった。切なかった。

 その涙を堪えて居ると、目の前の彼女は大きな溜息を吐き、そして呆れた顔をして.........

 

 

『.........ていっ』

 

 

桜木「うっ―――」

 

 

 俺の頭に、チョップを食らわして気絶させて来たのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハァ......ハァ.........っっ』

 

 

 雨が降っていた。

 

 

 空は酷く鉛濁り

 

 

 空気は肌を裂く程に冷たく

 

 

 時折降り掛かる水滴は酷く煩わしい

 

 

 そんな中で[彼女]は.........

 

 

『辞めなさいっ!今は無理してそんな事をしちゃダメ.........!!!』

 

 

『あの人が.........彼が来るまで待って.........!!!』

 

 

『.........どうしてよ。なんで、聞こえないのよ.........』

 

 

 そんな中で彼女は.........ただひたすら、[助け]を待っていた.........

 

 

 彼女の[大切な人]を救ってくれる、[誰か]を.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「―――.........」

 

 

 炎が弾ける音が耳に入ってきている。それに気付いたのはさっきの夢を見終えて、少しばかり経った後だった。

 先程の夢.........あれは明らかに、マックイーンだった。あの子と俺が仲違いをしたあの雨の日にあった出来事だと思う。その夢は、彼女が耳につけていた王冠のアクセサリーが泥の溜まりに落ち、それがほのかな光を帯びた場面で終わりを告げた。

 

 

 こういう時、自分の受け入れの良さと言うか、理屈を考える力があるのが有難かった。きっと彼女の存在は今、マックイーンの髪飾りを媒介にして存在しているのだろう。俺に姿が見えるのも、この首飾りのお陰だと思う。

 

 

 俺は一通り、自分に納得させる為の考察をしてからゆっくりと上半身を起こした。まだ所々痛みはあるが、顔をしかめる程度で声を上げる程の物じゃない。

 火の音のする方へ顔を向けると、そこには静かに焚き火を囲んでいる三人の姿があった。

 

 

桜木「.........よう」

 

 

黒津木「お?おう」

 

 

神威「お久」

 

 

白銀「.........ふわぁ〜、ねむ」

 

 

 地面に座り込んで焚き火に日を投入する黒津木。木を背もたれにして寄りかかって手振り付きで挨拶をする神威。倒れた木に腰を掛けて欠伸をする白銀。過ごし方は皆違う。けれどその光景が、俺の中で学生時代のあの頃と重なった。

 

 

 俺は何も聞かず。そしてアイツらも何も言わずに俺がこの集まりに参加するのを歓迎してくれた。昔は、本当にこんな会話も無い中過ごしたもんだ。

 

 

桜木「.........ゴールドシップ達は?」

 

 

神威「飯の支度する為に下山して、今は帰ってきて料理してるよ」

 

 

黒津木「ブライアン達も一緒に居たな。あとルビィって女の子」

 

 

白銀「あのガキンチョ美人になるぜ。この俺様の美女センサーがビンビンに反応してやがったかんな」

 

 

桜木「.........そっか」

 

 

 得意げな顔で腕を組みながら自分の想像する未来に没頭する白銀。その様子を苦笑しながら俺達は見ていた。

 

 

 他愛も無い会話だ。日常と何ら変わりない。けれどそれすら、ここ最近の俺達には無かったものだ。最近では仕事、仕事、仕事。そればっかりの毎日で、普段のおふざけもそのストレスを解消する為の物に等しく、何も無い中で会話や集まる事は無かった。

 

 

 こんなくだらない時間が、何よりも懐かしくて、俺がいつの間にか無くしていた物のようで、酷く切なくなった。

 

 

桜木「.........っ、なんかさ。四人でキャンプすんのって初めてじゃね?」

 

 

黒津木「!.........そうだな」

 

 

 そんな勝手に感じている切なさでいたたまれなくなって、俺は話題を変える。そんな俺に二人は困惑の表情を見せるが、黒津木の奴は直ぐに察したらしく、そのまま乗っかって来た。

 

 

桜木「.........あのさ」

 

 

黒津木「.........」

 

 

神威「.........」

 

 

白銀「.........」

 

 

桜木「.........あ――― と」

 

 

 言葉が出てこない。頭の中に直接手を突っ込むように思考をこねくり回してみるが、今言うべき言葉が見つからない。取り繕う必要がない相手に、何を言えばいいのか.........俺は大人になって、分からなくなってしまった。

 

 

白銀「どうした」

 

 

 そんな俺の様子を察して、白銀が優しく声を掛けてくる。いつだってそうだ。普段は暴君で、自分勝手で無茶苦茶な奴なのに、本当に辛い時はこうして察してくれる。だから俺は、俺達はコイツの事を嫌いになれない。

 

 

桜木「っ、俺は―――」

 

 

桜木「―――はぁぁぁ.........クソッ、なんだよ。全然出てこねーな」

 

 

 何かが出掛けて、そして消える。言う言葉すら優柔不断なのかと心の中で自分を罵り、俺は苦笑を交えて話した。

 

 

 炎が燃える音。その音だけが、この世界の全てで、これが消えれば、この時間も終わる。そう思えてしまうくらいに、今のこの瞬間はあの日に戻ったと錯覚するくらい、[夢]の様な時間だった。

 

 

 .........だけどこれは[夢]なんかじゃない。確かな[今]なんだ。過去でも、未来でも無い。俺の生きている。俺達の生きている[今]なんだ。

 

 

 過去なら裏話を話せる。未来なら理想を語れる。けれど[今]話せるのは、今を生きている俺の言葉だけなんだ。

 

 

桜木「―――俺なっ」

 

 

桜木「覚悟してここまで来たんだよ」

 

 

桜木「.........けど、なんかこうして、お前らの顔を見たら、さ.........」

 

 

 そう言いながら、目の前に居るヤツらの顔を見る。こうして見ると、思ってたより皆老けている。あの頃の見知った若さは鳴りを潜めて、成長した大人らしさを感じている。

 

 

 それでも、それに寂しさは感じていない。むしろ嬉しいとすら思っている。あのクソガキだった時代から、こんな歳にまでなって、しかも一人海外に勝手に行った俺に、わざわざ会いに来てくれている.........

 

 

 そう思うと、本当に嬉しくて.........

 

 

 それと同時に、何も出来ない自分が.........本当に惨めで.........

 

 

桜木「.........悪ぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ辛えわ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚悟を決めてここに居る。ここに来て辛いだとか、苦しいだとか、思った事はあってもそれは、今まで経験した物の中では大した物じゃなかった。

 けれどコイツらの顔を見た時、俺は思った。もう二度と、[あの頃]には[戻れない]。全く同じ時間は無く、全く同じ絆も無い。

 その変化が良い物か悪い物かは関係無い。ただ、それがずっと続くと思っていて、それを失って初めて当たり前の時間じゃ無い。何もせず続いて行く物なんかじゃ無いと知って、俺の心の寂しさは大きく膨れ上がった。

 

 

神威「.........そりゃ.........辛えでしょ.........」

 

 

白銀「.........ちゃんと言えたじゃねぇか」

 

 

黒津木「.........聞けて良かった」

 

 

 焚き火の音に交じる、涙が合わさった返事。その言葉が聞けただけで、俺は満足だった。なんでここに居るとか、どうやって居場所を突き止めたのかなんて気にはしない。

 コイツらとの関係は少し変わった。ただのバカでクソガキの親友共から、大人の大変さを知りつつも疲れる事を知りながら絡む腐れ縁になった。それでも、[心]までは変わっていない。

 

 

桜木「みんなどうもなっ」

 

 

桜木「俺、お前らの事.........」

 

 

三人「.........」

 

 

桜木「.........お前らの事」

 

 

三人「.........?」

 

 

 立ち上がって、目の前に居るヤツらの顔を見る。記憶の中にある思い出の姿に大人臭さを感じさせる風貌になった、三人の姿。

 そんな三人だが、俺の中でのコイツらはやっぱり、ガキの頃の姿のまんまに見えてしまう。

 見えてしまうから.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........恥ずかしくなってきちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「.........はァッッ!!!??」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒りの入り混じった驚きの声と共に、三人が自分の足で立ち上がって俺の方を見てくる。その目には「お前マジか?」と言う心の声がしっかりと籠っていた。

 

 

白銀「おいレオぱんちょんッッ!!!テメェ最後まで言えやッッ!!!」

 

 

神威「こちとら途中で察して折角乗ってやったのによッッ!!!途中ではしご外すなやボケェッッ!!!」

 

 

黒津木「お前俺FF15既プレイだから思い出して泣いちまったのによッッ!!!好きくらい言えばいいべやァッッ!!!」

 

 

桜木「言える訳ねェベやッッ!!!こちとら六年間片思いして告白の勇気すら出せないんやぞッッ!!!」

 

 

「「「自分で言うなッッ!!!」」」

 

 

 世界から焚き火の音が完全に排除された。あんな物悲しそうなBGMは消え、頭の中ではもうコイツらを如何に扱き下ろすかを考え始めていた。

 

 

桜木「好きとは言えないねッッ!!!でも俺が女だったらお前らと全員エッチ出来るねッッ!!!」

 

 

「「「お前何言ってんの!!?」」」

 

 

桜木「翔也すげぇよな.........運動も出来て頭も柔らかくて、一緒に居て滅茶苦茶面白い.........俺が女だったらエッチしてるわ」

 

 

白銀「テメェぶっ殺すぞォッッ!!!」

 

 

神威「控え目に言ってキモいよ.........」

 

 

黒津木「まぁプロスポーツの世界一位だしね?それはね?」

 

 

桜木「宗也もさ、知識が滅茶苦茶あってすんげぇ頼りになる.........安心っつうのかな。俺が女だったらエッチしてるね」

 

 

黒津木「前言撤回コイツ見境ねぇわ」

 

 

神威「お前エッチしてやれよォッッ!!!」

 

 

白銀「玲皇は宗也を愛してる」

 

 

桜木「創も良いね。俺が女だったらエッチしてるよ。多分。絶対」

 

 

神威「テメェなんで俺の時だけ雑いんだよッッ!!!」

 

 

黒津木「自ら竿役になりたそうで草ァッッ!!!」

 

 

白銀「きっしょ.........」

 

 

 我ながら天才だと思った。好きとは言えないが俺が女だった場合、きっとコイツらとはそういう事出来ると思う。まぁ出来ると言うだけで絶対やるわけ無いが、何故かそんな確信があった。だってコイツら性格終わってるけど生活はフィーバーしてるし.........

 

 

 だが、三人がワチャワチャと目の前で言い争いを始めている中、俺はある事実に気付いてしまった.........そう、今の俺を、自信付けさせる決定的な事実を.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そう考えたら俺もすげぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「.........は?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「お前らとエッチ出来る俺も凄い。俺がもう一人居て俺が女だったらエッチしてるね」

 

 

神威「て、TS型同一CP.........!!?んなもんテメェネットサイトのアッチ系の小説でしか見た事ねぇぞ俺はァッッ!!!」

 

 

黒津木「やめろッッ!!!誰もお前にそんな事望んじゃいないッッ!!!そもそも俺らとエッチするくらいなら告白くらい余裕だろッッ!!!」

 

 

白銀「Rock Scissor Rock.........」

 

 

「「「え」」」

 

 

 不意に聞こえて来た不穏な言葉。まさかと思いその方向を見ると、そこには大きく股を開き、力強く拳に力を貯めている白銀がそこに居た。

 その瞬間。俺達は血の気が引いた。俺だけじゃないのは俺のすぐ側に二人も居たからだ。そしてコイツは殴ると決めたら絶対に殴る。大人になった今でも変わらないと俺達はこの時嫌でも悟った。

 終わった。この世にコイツの暴力を止められる存在は居ない。担任のホームルーム中だろうがなんだろうが、殴ろうと決めたらもう止まらない。コイツの世界には自分と相手しか存在しなくなるんだ。

 

 

白銀「ジャンッッッ!!!拳ッッッ―――」

 

 

 渾身の力を貯められた拳。それが白銀の持つ身体能力をふんだんに使われた縮地による前身と振りかぶりを見て、最早思考する事すら叶わない。三人まとめてこのままぶん殴られるのだと俺達は避ける事すら諦めていた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーいっ!!オメーらー!!!飯の時間だー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人(.........!!と、止まった.........?)

 

 

 ピタリ。とその振り抜かれた筈の拳が眼前で静止する。一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、息をすることを思い出し、吹き出す汗を感じながら先程の声の方を見ると、そこには大きな鍋を持ったゴールドシップを先頭に、全員が集まっていた。

 

 

ゴルシ「おっ?なんだなんだ!!?また喧嘩してんのかおっちゃん達!!」

 

 

ルビィ「い、今パンチしようとしてたよね.........?」

 

 

ナリブ「気にするな。いつもの事だ」

 

 

 溜息を吐きながら、ブっさんは焚き火の近くに荷物を下ろしてその中身を取り出す。出てきたのは食器と炊飯器だった。

 その光景を見て、すっかりさっきまでのノリが削がれてしまった俺達は不完全燃焼を感じて不服になりながらも、食事の準備を手伝った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルシ「んじゃっ!いただきます!!」

 

 

 両手を合わせて、食事を始める音頭を取るゴールドシップ。彼女に合わせて俺達も手を合わせていただきますをし、外国人のエディとルビィも初めての異文化に困惑しつつも、見様見真似で手を合わせた。

 

 

桜木「.........まさか、こんな外国の地で、日本のカレーが食えるなんてなぁ」

 

 

ナリブ「大変だったぞ。具材は直ぐに揃ったが、ルーと米は色々スーパーを回ったからな」

 

 

ルビィ「私あんなに下に居たの、ここに来る前以来だよ」

 

 

エディ「.........では、この男の試練が終わったらどこかへ出掛けようか」

 

 

 普段俺達には見せない顔をしながら、エディは孫のルビィに対して優しく言った。その姿を見ると、彼もやはり人の子なのだと感じる事が出来た。

 それを見て、俺は視線を手元のカレーに移す。具材は現地の物らしいが、見た目は完全に日本のカレーだ。とろみのあるルーに、乾燥し過ぎず、そしてふやかし過ぎていない米。これだけで良い。

 

 

 手に持ったスプーンでルーをすくい、白米の上に掛けてから一口分。その上に乗せる。ほんのりと登ってくる湯気に期待を込めながら、俺はそれを口に運んだ。

 

 

桜木「.........美味い」

 

 

爺や「ゴールドシップ様のお料理の噂は耳にしていましたが.........これはお見事な.........」

 

 

主治医「.........実家のカレーを思い出します」

 

 

 口の中に広がる物は、期待以下でも、それ以上でも無い。まさに想像していた通りの物だった。それが、凄く美味しかった。

 食べていた全員が一口食べたあと、何も喋ることは無かったが、長く日本を離れていた俺達はそれ以上にそのスプーンを進めた。久々の日本が、この皿の上にある。それを惜しむこと無く、口の中に大量にカレーを詰め込んでいた。

 

 

白銀「.........なぁ」

 

 

桜木「むぐ.........?」

 

 

 そんな中、突然白銀が俺の方声を掛けてきた。その視線は未だカレーの方へ向いているが、その声は確かに、俺に掛けられた物だと直ぐに察した。

 

 

白銀「.........お前はすげぇよ」

 

 

桜木「?」

 

 

白銀「お前はさ。気付いてねぇかもしんねぇけど。本当にすげぇんだ」

 

 

 力無く、優しい声が白銀から聞こえて来る。そんな声がコイツから出てくるなんて事は今まで無かったから、俺達はみんな、何も言えずに黙っていた。

 

 

白銀「なんつぅかさ、理屈だとか、腕っ節じゃねぇんだ。お前の強さって」

 

 

白銀「んでもって、心の強さでも無い.........ホント、意味分かんねぇんだけどさ.........」

 

 

白銀「それでも俺達は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――お前が[強い]って、何でか知らねぇけど[信じられる]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀「.........だからよ。今度意味分かんねぇ事で自分はすげぇって言うんじゃねぇぞ。な?」

 

 

 それだけ言って、白銀の奴はカレーを食べ進め始めた。結局それを言っている間、その目を俺に向けることは一度もなかった。

 .........これがコイツの、本当の怒り方なんだろう。なんと言うか、普段のキャラとのギャップが凄すぎて、心にずっしりとその言葉が重くのしかかった。

 

 

桜木(.........なんでか知らないけど、[信じられる].........か)

 

 

 そんな事を、[あの子]にも言われた気がする。未来の世界で、ダブルソーダを食べあったあの日。俺の[弱さ]がいつか[強さ]になる.........そう、力強く彼女は断言してくれた。

 それがなんなのか、今でも全く分からない。けれどきっと、そんな俺を皆信じてくれているから、こうして着いて来てくれたり、待っていてくれたりしてくれるんだ。

 そう思うと、さっきまでは無かった余裕が、心の中に生まれてきた気がした。

 

 

桜木「.........ご馳走様。美味かったよ」

 

 

ゴルシ「あったりめーよ!!コイツは[じいちゃん]が作り上げたレシピを再現して作ってんだからな!!」

 

 

桜木「.........くはは、因みにそのレシピ。たぶんルーのパッケージ裏に書いてあんのと殆ど一緒だぞ?」

 

 

ゴルシ「え」

 

 

 自信満々に胸を叩いたゴールドシップに事実を告げる。余りの事実に彼女は袋に入っているカレーのルーのパッケージ裏を凝視し始めた。

 その様子を見て、俺達四人は盛大に笑い声をあげる。もちろん調理の細かい仕方や時間の使い方に差異はあるが、内容自体は同じ物だ。

 けれどそれでも、彼女はこんな異国の地で頑張っている俺達に、このカレーを食べさせたかったという思いは、痛い程に伝わってきた。

 

 

桜木「なぁ、ゴールドシップ」

 

 

ゴルシ「?」

 

 

桜木「その、俺が言うのも変なんだけどさ.........」

 

 

桜木「.........優しい子に育ってくれて、ありがとな」

 

 

ゴルシ「!.........へへ」

 

 

 何も知らない人が聞けば、何の意味もない、そして意味も分からない言葉だろう。普通の人からしてみれば、俺とゴールドシップの関係は、トレセン学園に居る者と言う関係性でしか無い。

 けれど、俺達は知っている。知っているから、俺はそんな言葉を言ったし、それを聞いた彼女は恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに鼻を指で擦る。

 

 

 本当.........優しい子だ。マックイーンの為にこの時代に来て、そして俺の為に、あの時マックイーンの存在を教えてくれた。何もかもが、このゴールドシップというウマ娘から始まったのだと言っても、過言では無い。

 

 

 困惑する人達を後目に、俺は空いた食器を袋に詰める。ここからエディ達の家までは少し歩く。こうした方が持ち運びしやすいと思ったからだ。

 

 

黒津木「あっ、そうだ。俺ら酒買ってきたんだよ」

 

 

桜木「は?マジで言ってる?」

 

 

神威「マジマジ。ほら、結構買ってきたら飲めるヤツらで飲もうぜ?」

 

 

 そう言って、黒津木達は自分達の持ってきたバッグの中を漁り、缶酒やらビン酒やらを地面にへと並べて行く。チビらチビらと飲む量ではなく、完全に酒盛り。もしくは宴会に相応しいくらいの量の酒が並べられた。

 

 

桜木「おいおいちゃんぽんかよ.........いや飲むけどさぁ」

 

 

爺や「私は遠慮致しましょう。昔からお酒は苦手なので.........」

 

 

主治医「度数が高いものばかりですね.........私も遠慮します」

 

 

エディ「昔飲みすぎて肝臓をやってな。医者に止められている」

 

 

桜木「え、じゃあこの量俺達で処理すんの.........?」

 

 

 なんと酒が合法的に飲めるであろう大人組のほぼ半数が飲めないと言う事実が露呈した。それを聞いた俺達はそんな事になるとは思わず、流石の黒津木達もその顔を青くさせた。

 

 

桜木「.........えっと、日本に持ち帰るとか?」

 

 

黒津木「いやー.........気圧で缶は割れちまうだろうし、瓶の保存もちゃんと出来るか.........」

 

 

神威「俺達が飲み切るしかないってコト!!?」

 

 

白銀「誰だ酒飲みてェなんて言った奴ァッッ!!!」

 

 

 絶対お前だろ。と言う言葉は言わず、それを表情だけで表現して白銀に向ける。他二人もそんな感じの顔をしたため、きっと事実なのだろう。

 目の前に並べられた酒。しかも飲み慣れていない上にちゃんぽん確定の異国の酒.........悪酔いは必至だろうと腹を括り、どこかゲンナリとしながらも、久々のイツメン飲みに俺達はどこか心を踊らせたのだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「.........っ、てぇ〜.........」

 

 

 鳥のさえずりが聞こえて来る。その声に起こされて目を開けると、今まで感じたことの無い視界の霞に驚いた。

 身体は地面に寝て居ない。そびえ立つ木に背を預け、まるで戦場に転がっている有象無象の死体の様な状況で俺は眠って居たらしい。

 ゆっくりと地面に手を付け、立ち上がろうとした段階で鋭い痛みが頭を突く。二日酔いも最高潮。更に記憶も無いと来た。恐らくあの量を全て飲み切ったのだろうと察する。

 

 

『凄い飲んでたわね。楽しかった?』

 

 

桜木(楽しかったら良かったよ.........こちとらな〜んも覚えてないもん)

 

 

『ふーん。お酒って凄いのね。今度飲んでみたいわ』

 

 

桜木(良いけど.........マックイーンに影響が出ないならね)

 

 

 やっとの思いで立ち上がると、彼女が突然話しかけて来る。昨日の事など気にしてないように、俺の背中に手を当ててくれる。

 そこからほんのりとした温かさが広がり、徐々に不調が解消されて行く。凄いな.........二日酔いがもう軽くなってきてる.........

 

 

桜木(.........ありがとう。それと―――)

 

 

『そこから先は聞かないわ。私が受け取りたいのはありがとうだけよ』

 

 

『.........よし。これでもう何とも無いはずよ?大分この力の使い方も慣れてきたわ』

 

 

 そう言った彼女に背中を優しく叩かれる。俺の身体はもう既に何ともなく、酒なんて昨日飲みましたか?というレベルで何ともなくなった。

 俺は一息ついてから彼女の方を振り返る。そのまま彼女の顔を見ると、嬉しそうに、そして優しく微笑んでくれた。それに釣られて俺も、頬を緩めてしまう。

 

 

桜木「.........帰ったら、何話そうかな」

 

 

『色々話しなさいな。見た事聞いた事、感じた事全部.........』

 

 

桜木「.........うん。そうするよ」

 

 

 それだけ伝えて、俺達の会話は終わった。彼女の身体は薄れて行き、やがてその中心に俺達のチームの証である、[王冠のアクセサリー]が見えて来る。

 それが見え、俺は今度こそそれがどこにも落ちて行かないよう、その下にそっと手を添える。彼女の身体が完全に目から見えなくなり、俺の掌の上にゆっくりとそれが舞い降りて来た。

 

 

「.........随分とアルコールに強いのだな」

 

 

 それを手にした俺に、声を掛けてくる存在が居た。俺は手に持ったアクセサリーを一旦ポケットの中にしまい込み、そちらの方を見ると、エディとブっさん達がそこに居た。

 

 

ルビィ「へ〜、お酒って危ないって聞いてたけど案外そうでもなさそうだね!」

 

 

爺や「ルビィ様。桜木様は恐らく酒豪なのでしょう。普通の人があの量を飲めば三日はダウンしてしまわれます」

 

 

ナリブ「とは言っても、私達はウマ娘だからな。成分耐性は人の数倍はある。だが飲む時は気を付けろよ?」

 

 

主治医「酒は飲んでも呑まれるな。日本のことわざです」

 

 

 あの量を飲んで泥酔寝をかましていた筈の俺の姿を見て、全員が驚きの表情を見せた。まぁ実際酒は強い方ではあるが、あの量はもう二度と飲む事は無いだろう。

 しかし、揃いは揃ったのだが肝心のアイツらの姿が無い。後ろに居るのかと思い首を伸ばして見るが、後方にその姿は無かった。

 そしてそんな俺の様子を見て内心を察したのか、エディが状況を説明する為に口を開いてくれた。

 

 

エディ「帰ったよ。今朝方な」

 

 

桜木「え。ウソ」

 

 

ルビィ「嘘じゃないよ?男の人達皆寝てたけど、ゴールドシップのお姉ちゃんが皆担いで帰ってっちゃった」

 

 

 もう少し居てくれれば良かったのに。と寂しそうな顔をしてルビィは呟いた。確かにせっかちすぎる。責めてアイツらの回復を待った方が良かっただろうに.........

 

 

桜木(.........まぁ、ゴールドシップに待てって言う方が、無理な話か)

 

 

 あんな自由奔放な奴、逆に縛り付けたら縛り付けたで何をしでかすかたまったもんじゃない。彼女が帰りたいと思ったのなら、帰らせた方が良かったのだろう。

 思わず呆れた笑みを浮かべながら、気合を入れる為に頬を叩く。痛みと熱を帯びたお陰で、ようやく意識と思考が完全に目を覚ましてくれた。

 

 

 その足で俺は、試練を受ける為に天井のある場所へと移動しようとした。

 

 

ナリブ「待て」

 

 

桜木「ん.........?何さ?」

 

 

 移動しようとしたその瞬間。背後からブっさんに声を掛けられる。何かと思い振り返ってみると、そこには何やら紙袋を手に持ったまま、ブっさんが俺の方へと近付いてきた。

 

 

ナリブ「ゴールドシップから帰る前に預かった物だ。アンタが[必ず勝てる]お守り.........らしい」

 

 

桜木「お守り.........?」

 

 

 そう言われて、突き出されたその袋を受け取った。何かと思いとりあえずその中に手を入れると、ひんやりとした。機械的な感触が伝わってきた。

 

 

 その瞬間。俺は中身がなんであるのか大体分かった。そしてそれをしっかりと確かめる為に、ちゃんと掴んで、袋の中からそれを外へと取り出した。

 

 

桜木「.........これは―――」

 

 

 それは、何の変哲もない、特別な物でも無いものだ。お守りとして使われる事なんて絶対に無い、そう思わせる物だった。

 

 

 けれど、俺は知っている。ゴールドシップは嘘を付かない。彼女の主観が事実と間違っていたり、勘違いしている事はあるにしろ、自分の芯を捻じ曲げて嘘をつく事は、絶対に無い。

 

 

 そんな彼女が俺へのお守りとしてこれを選んだ。だとするなら、きっとこれは.........これの[中]には、それ相応の物が入っているに違いない。

 

 

 ゴールドシップが俺の為に持ってきたお守り。そう、それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――[ビデオカメラ]だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued

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