山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

162 / 235
20th Century Girl

 

 

 

 

 

「.........ふぅ」

 

 

 四月の中頃。クラシック三冠の一冠目、皐月賞も盛大な盛り上がりを見せたレース界隈。しかし、そんな一大レースと同じ.........いえ、それ以上の盛り上がりを平日の昼下がりから感じていました。

 

 

 私、[乙名史 悦子]は駐車場に車を停め、とある会場に向かっていました。

 

 

乙名史([URAファイナルズ]の出走者発表.........ここに来てようやく正式に参加者が決まる.........)

 

 

乙名史(そして未だにひた隠しにされていたサプライズ出走者.........絶対に見逃せません.........!)

 

 

 高まる期待を胸に抱きつつも、今はまだそれを発散する時では無いと思い、私はその時の為に気持ちを落ち着かせました。

 

 

 駐車場から出て会場に向かう道へ出ると、そこには既に人の波が出来上がっていました。これは.........今から大きなレースが行われると言っても過言では無い程の人数.........

 これがURAファイナルズ.........!決勝戦はきっと、オグリキャップさんがトゥインクルシリーズから引退した時の有馬記念と同じ様な盛り上がりを見せるに違いありません.........!!!

 

 

乙名史(ああ.........!す、すすす.........)

 

 

「あれ、乙名史さん?」

 

 

乙名史「―――はっ!す、すみません!こんな道の真ん中で.........桜木さん?」

 

 

 突然背後の方から声を掛けられ、私は反射的に謝りながら振り返りました。実際、人波の真ん中で立ち往生していたのですから迷惑なのは当然です。

 しかし、そこに居たのは桜木トレーナーでした。

 

 

乙名史「桜木さん。貴方は確か、URAファイナルズの実行委員では.........?」

 

 

桜木「いやぁ〜、ちょっと外の空気が吸いたくて.........アハハ」

 

 

桜木「.........気持ち、落ち着かせなくちゃなって」

 

 

乙名史「.........そうでしたか」

 

 

 彼は空を見上げ、静かにそう言いました。気ままに吹き抜ける風を楽しむ様な顔を見せる桜木さんに、私は最初の頃とは全く違う印象を持ちました。

 

 

乙名史「.........変わりましたね。桜木さん」

 

 

桜木「え?そうですか?」

 

 

乙名史「はい。最初の頃はもっと、慌てていたような印象がありましたから」

 

 

桜木「あはは、確かにそうかも」

 

 

桜木「.........でもこのままじゃやっぱり、あの子達の隣に居ても、見栄え悪くしちゃうだけですから」

 

 

 .........本当、最初の頃の印象とは大違いです。最初こそ右も左も分からない、トレーナーとは何かという誰しもが最初から持ち合わせている答えを持ち合わせず、言い方は悪いですが、担当ウマ娘達におんぶにだっこで彼は活躍をしていました。

 けれど、今目の前に居る彼は違う。吹き抜ける爽やかな風を楽しみながら目を瞑り、立つ姿は堂々としている。その姿にあの時不安に感じた面影はもう、どこにも残っていません。

 

 

桜木「.........あっ、乙名史さん」

 

 

乙名史「はい?」

 

 

桜木「表口あんなんじゃ入り辛いですよね?裏口あるんで案内しますよ」

 

 

乙名史「.........ふふ、優しいですね。でも辞めときます」

 

 

 彼の申し出は嬉しいものでした。しかし、私も一人の記者。取材対象の一人である彼に特別親切をされる訳には行きません。

 私がそう言うと彼は意外そうな表情で一瞬言葉を返しましたが、直ぐに私の意図に気付き、頬を緩ませました。

 そして、何も言わずに元来たであろう道をマイペースな足取りで戻って行きました。

 

 

乙名史「.........さて、私も行きましょうか」

 

 

 未だごった返している人混み。しかし、先程とは違い掻き分ける気持ちが湧いてきた私は、その有象無象の中に入り込み、その多くの記者達の一人として、会場へと入って行きました.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場に敷き詰められたように集まる人々。それを袖から見下ろし、発表の時をただ待つ自分。

 熱気。期待。焦燥。希望。そんな諸々が混ぜ合わさった人々の意思がまるで身体から飛び抜け、そして俺達の方へと引き寄せられるようにその存在を目の前にさらけ出す。目になんて、見えるはずは無いのに。

 

 

桜木(.........懐かしいな。こうしてると、演劇の大会を思い出す)

 

 

 懐かしい記憶。自分にとっては最早良い思い出以外の何者でもないそれを想起させ、胸を踊らせる。

 だけど、あの時程じゃない。その事実は前から知っていたものの、もうあの日々とあの時胸に誓った夢は、空に帰っていったのだと思うと寂しさを覚える。

 らしくもなく緊張を感じている俺は右手で拳を作り、大きく息を吸いながら胸の位置まで持って行く。そして軽く左胸を叩くのと同時にフッ、と息を短く。そして全て吐き切った。

 

 

桐生院「.........とうとう、この時が来てしまいましたね」

 

 

桜木「!そうだね。もっと先の事だと思ってたんだけど、もうここまで来ちゃったんだ」

 

 

 呆気ない日々だった。ここまで長い時を過ごしたはずなのに、思い返せば本当に一瞬で終わってしまうくらいに、見事にここまでさらりと来てしまった。

 俺は何をしていたんだろうか?何が出来たんだろうか?そんなマイナス思考への回答は結局、自分に対する自嘲の笑みで答えられる。口から言える言葉など、何一つありはしない。

 

 

 あるのはただ、今までの日々の記憶だけだ。

 

 

桜木「緊張してる?」

 

 

桐生院「ええ」

 

 

桜木「あー、駄菓子持ってきてないんだよなー」

 

 

桐生院「ふふ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

 

 俺の言った言葉が冗談だと分かった彼女は、笑いながらそれを否定した。きっともう彼女に、緊張を紛らわす駄菓子は必要無いのだろう。トレセン学園に来た時から成長したのは、彼女も同じという事だ。

 

 

 そうこうしているうちに、拍手が会場全体に響き渡る。俺達は進行役の役目を負ってはいるが、最初は袖で待機。トップバッターは.........理事長だ。

 

 

やよい「歓喜ッ!!今日という日をっ、一体どれほど待ち望んだ事だろうか!!!」

 

 

やよい「私、秋川やよいは今日まで、皆にこの情報を届ける事だけを思って過ごしてきた.........そしてッッ!!!」

 

 

やよい「晩成ッッ!!!遂に今日ッッ!!!正式にURAファイナルズに出走するウマ娘達を発表する事となった!!!」

 

 

 堂々とした言葉。その声に対して、この発表を見に来た人達は拍手で応える。俺達もその袖で拍手を静かにし、今日この日を迎えられたことを嬉しく思っていた。

 そしてその長い拍手が収まってきたのを見て、理事長は袖にいる俺達に目配せをしてくる。という事は、俺達の出番だ。

 

 

やよい「今回、多くの方々。そしてウマ娘達がURAファイナルズに参加する事となる」

 

 

やよい「そして今日はその中でも活躍を特に期待されているウマ娘達を紹介して行く!!!」

 

 

桐生院「ではまず、短距離部門の発表から行います」

 

 

 落ち着いた桐生院さんの声がインカムを通して、会場全体に響きわたる。彼女は手に持った資料を捲り、短距離部門の発表を始めていく。

 日程はURAファイナルズの三週間。一週間目は人数が多い為、平日も使って一部門の予選を終わらせて行く。テレビ中継や会場の入場も出来る事を伝えつつ、有力候補の紹介へと移って行く。

 

 

 短距離部門の活躍が期待されている学園のウマ娘は数名。

 

 

 サクラバクシンオー

 ダイイチルビー

 ヒシアケボノ

 ニシノフラワー

 カレンチャン

 

 

 そうそうたる面子だ。俺のチームには短距離担当は居ないが、トレーナーをやっているからにはしっかりとレースを見る。どの子もG1を獲得しており、中々の接戦が待ち受けている事だろう。

 しかも噂では、今呼ばれたウマ娘達は皆ドリームリーグへの招待状が来ているらしい。その事も加味すれば依然と興奮が昂ってくる。

 

 

 そしてその名前を呼ばれたウマ娘達が袖の方から現れ、ステージの上に用意された多くの椅子に縦列で座って行く。

 それぞれ会場に居る人達に向かって手を振ったり笑顔を向けたりと、ファンに対する対応と同じ物を向けて拍手と声援を贈られていた。

 

 

桜木「では皆さん。[URAファイナルズ]に向けて一言お願いします」

 

 

サクラ「はい!!!!!これは中々面白いレースになりそうですね!!!!!ですが勝つのは私です!!!!!なぜなら私は学級委員長ですから!!!!!」

 

 

 うお.........!!?ま、マイク持ってんのに普段通りに喋りやがって.........!!!耳がキーンとしてきやがる.........!!!

 か、観客の人達は少し苦い顔してるだけだが、俺に至っては平静を装ってるだけで次に喋ってたルビーさんの声も割と大きい声のアケボノさんの声も聞こえてねぇぞ.........!!!

 

 

桐生院「短距離部門の方々の意気込みが聞けた所で、今度はマイル部門へと移りましょう」

 

 

桜木(あー.........桐生院さんの声がようやく聞こえてきたぞ.........)

 

 

 バクシンオーの肉声とエコーのダブルパンチで死にかけた耳がようやく生き返ってきた。他の子達には申し訳ないから、後で録画を見直そう。

 そうこうしている内にマイル部門の有力者達の名前が上がってくる。俺も手元の資料を捲り、その名前をもう一度確認し直した。

 

 

 サイレンススズカ

 タイキシャトル

 ゴールドシチー

 ファインモーション

 ウオッカ

 ダイワスカーレット

 

 

 うおお.........改めてこの場に立ってこれを見ると、これまた厚みがあるメンバーだ.........本当にこれ誰が勝ってもおかしくないし、ワンチャン中央のトレセン外のウマ娘が勝つ可能性もあるやもしれん.........マイル距離はまだ実力と展開の天秤が微妙だからな.........

 資料に目を送りながらも、目の端でマイル部門のウマ娘達が入場しきったのを見た俺は、手に持ったマイクをまず、スズカの方へ渡した。

 

 

桜木「では、マイル部門参加者の皆さんはそれぞれ一言をお願いします」

 

 

スズカ「えっと、こういう大きなレースは今まで無かったから、そこで勝てたらとても嬉しいと思います」

 

 

タイキ「スズカや他の皆さんと走れるのがとてもドキドキワクワクしマース!!」

 

 

シチー「皆の期待に応えられるよう、精一杯頑張ります」

 

 

ファイン「私も!この[URAファイナルズ]が一生の思い出に残るよう、一生懸命走ります!」

 

 

ウオッカ「オレが一番カッコイイって姿を日本中のみんなに見せてやるって気持ちで走るからな!!」

 

 

ダスカ「どんなレースだろうとアタシが一番よ!!誰が出ようともね!!」

 

 

 自信満々な表情のスカーレットの言葉で、マイル部門の意気込みは終わった。それにしてもこの子分かって言っているのだろうか?今の言葉でマイル部門全てのウマ娘を敵に回したぞ.........

 .........まぁ、気付いてないんだろうなぁ、気遣いは上手いけど、案外そう言った事に気が回らないって言うか、視野が狭くなっちゃうタイプだし。そこが面白くてスカーレットの良い所でも有るんだけど.........

 

 

 

 

 

デジ「ほわぁ.........!皆さんの言葉を聞いていると、遂に始まるのだと実感しますね〜!!」

 

 

沖野「だなぁ、理事長の構想から結構経ったけど.........」

 

 

東「もうそろ、実現かぁ.........」

 

 

 ―――マイルで参加するスズカさん達の意気込みを聴きながら、あたし達は観客側の方で発表を聞き臨んで居ました。

 今回の私は応援。デビューはしたばっかりですから、まだそんな人数ファンの方々も集まって居らず泣く泣く.........というより完全に納得して、あたしはいまこの場にいます。

 

 

「おや?もしや、アグネスデジタルさんでしょうか?」

 

 

デジ「?やや!!お、乙名史さんではありませんか!!」

 

 

乙名史「お久しぶりです!!デビュー戦っ、正に素晴らしい走りでした!!」

 

 

 ま、まさかこんなごった返した人の中で乙名史さんを見つけられるとは.........!やはりウマ娘ちゃんオタクは惹かれ合う。という訳なのですね.........!!!

 

 

デジ「乙名史さんもやっぱり、サプライズゲストが気になりますです?」

 

 

乙名史「その様子ではやはり、デジタルさんも聞き及んで居ないのですね.........!」

 

 

デジ「ええ!そりゃ勿論ですよ!!楽しみったらありゃしないですねー!!」

 

 

 あたしは興奮の赴くままに乙名史さんの両手を取りました。彼女もそれを払うことはせず、むしろその場で私と一緒に小さく飛ぶくらいには昂っています。

 やはりこの方は同士.........!デジたんの目に狂いはありませんでした.........!

 

 

 そんな周りが見えない状態のデジたんの肩が優しく叩かれます。誰かと思い見てみると、そこにはステージの方を指差す東さんがいらっしゃいました。

 そ、そうでした!今は発表に集中しなければ!!そう思い直し、目を凝らしてみると、ステージの上には中距離部門の方々が並んで居ました。

 

 

 アグネスタキオンさん

 スペシャルウィークさん

 メジロドーベルさん

 メジロライアンさん

 トウカイテイオーさん

 マンハッタンカフェさん

 

 

 こ、これまた凄い方々が走る模様です.........!直近のレースの調整でこの場に立てない方々も名前が出され、中距離部門の盛り上がりは一層凄いことになっています.........!

 

 

桜木「では、レースに向けての一言をお願いします」

 

 

タキオン「私としてはまぁ、良い研究材料が揃ったと思っているよ。だが、負けるつもりは毛頭ないつもりだ」

 

 

スペ「こんな凄い人たちと走れるなんて今から楽しみです!!!皆さんよろしくお願いします!!!」

 

 

ドーベル「勝てるかどうかは分かりませんけど、これからのレース人生で良い経験を積めると思っています。頑張ります」

 

 

ライアン「あたしも!こんな豪華なメンバーの一人として選ばれた事を嬉しく感じてます!勝てる様に精一杯頑張って行きますね!」

 

 

テイオー「まっ!ボクは無敗の三冠バだからね〜、誰が相手だろうと絶対負けないもんね♪」

 

 

カフェ「.........タキオンさんが居るので、中距離で参加しました。彼女に何処まで通用するのか、自分も楽しみに思っています」

 

 

 静かに話していても、その闘志をしっかり見せ付けるカフェさんの一言で中距離部門の意気込みが終わりました。

 その言葉からは、タキオンさん以外にはあまり興味が無いという様なニュアンスが取れてしまい、会場はまさかの宣戦布告に大盛り上がりを見せています。

 

 

乙名史「ま、まさかあのマンハッタンカフェさんが啖呵を切るとは.........!」

 

 

デジ「こ、これは一体どういう事なんでしょう.........!!?」

 

 

沖野「.........多分、[菊花賞]のリベンジだろうな」

 

 

 それしか無い。という口調で沖野さんは言い切りました。あたしと乙名史さんはその言葉に疑問の声をつい上げてしまいましたが、その捕捉を、東さんがしてくれます。

 

 

東「菊花賞の時、タキオンは本調子じゃない上に、適正距離外だった。そんな状態で勝っても、納得出来なかったんだろう」

 

 

東「物静かに見えて案外、心の熱は熱いタイプなんだろうな.........」

 

 

二人「な、なるほど.........!」

 

 

 流石はベテランのトレーナーです!担当ではないはずのカフェさんの心理的な状況を正しいかは置いといて、しっかりと見ております。

 やはりそこら辺はサポート特化の方々の方が慣れているのでしょうね.........うぅ、デジたんもそんな能力を活かして、作品を作ってみたい.........!

 

 

「.........よぉ見とりますね、うちのカフェの事」

 

 

東「!創か」

 

 

 トレーナーの方々の言っていた言葉の答え合わせをするかのように、どこからとも無く聞き耳を立てていた神威先生が現れました。そこには苦笑いと若干の悔しさが混じった表情の彼が立っていました。

 

 

神威「どうも。東さん達の言ってる事は合ってますよ」

 

 

神威「俺、長距離で行こうって言ったのになぁ.........頑固だもんなぁ.........」

 

 

 溜息を吐いて疲れた様な様子を見せる神威さん。しかしその表情はどこか嬉しげです。

 きっと、心のどこかでカフェさんはこの選択をすることを分かっていたのでしょう。本当、トレーナーさんって凄いです.........!

 

 

沖野「呆けてる所悪いけど、ダート部門の紹介が始まったぞ。デジタル」

 

 

デジ「なな!!では次はウララさんが出る番ですね!!!」

 

 

 トレーナーの方々の凄さを垣間見えて興奮していたあたしでしたが、それが始まったとなったら話は別。しっかりと意識をステージの方へと戻しました。

 そしてステージの方では名前を呼ばれた方々が入場を果たして行きます。

 

 

 ハルウララさん

 スマートファルコンさん

 シンコウウインディさん

 

 

デジ「むむむ.........やはりまだまだ少ないですねぇ.........」

 

 

乙名史「ダート式レースはまだ日本では盛んではありません。しかし、これから盛り上がる可能性は大いにあります」

 

 

東「そうですね。それこそ米国のG1ダートを誰かが取ったとか、日本でダート三冠が設立されるとか.........」

 

 

神威「それこそデジタルが盛り上げるんじゃないか〜?」

 

 

デジ「あ、あたしがですか!!?」

 

 

 そ、そそそそんな!!!畏れ多いにも程があります!!!た、確かにデジたん、ダートも走れたりはしますが、未だ実力不足ですし、それに芝の方が走りやすい方では.........

 なんて心の中では否定的な思考を繰り広げてはいますが、実際そうなってくれるのなら嬉しい気持ちがあります。芝を走る上品なウマ娘ちゃんも良いですけど、泥だらけになってるウマ娘ちゃんもまた、捨てがたいんですよねぇ〜.........

 

 

桜木「では、皆さんにレースに向けての一言を聞いて行きましょう」

 

 

ウララ「すっごいお客さん居るね!!トレーナー!!」

 

 

桜木「.........そ、そうだね。皆もウララがどんな気持ちでレースしたいか聞きたいと思うから、聞かせてくれるかい?」

 

 

ウララ「うん!!良いよ!!!目指すは〜っ、いっちゃーくっっ」

 

 

ファル「うんうん!ファル子もウララちゃんと同じ一着だよ!ぜーったいセンターで踊るんだから☆」

 

 

ウィン「ここで勝てたらウィンディちゃんのいたずらにもハク?が付くのだ!!だから絶対勝つのだ!!!」

 

 

 ダートの部門は人数は少なかったですが、そんな事も気にならない程にそれぞれ個性的なウマ娘ちゃん達が有力候補に上がっていました。

 ウララさんは純新無垢さ。ファル子さんはどちらかと言えばライブ重視。ウィンディさんはURAファイナルズ優勝という肩書きによる.........免罪符なんでしょうか?兎に角、今までの部門とは違った目的が見えてこれまた面白い事になっています。

 

 

 そして遂に、今回最後の長距離部門の出走者発表へと移っていきます.........!

 

 

デジ「ふおお.........!本当にドキドキしてきますね.........!」

 

 

神威「ホント、自分の担当が走らないっつっても見逃せないよなぁ」

 

 

沖野「レースっつうのは速さ、それに運の要素も強い駆け引きだが、長距離は違う」

 

 

東「そう。長距離に至っては、[本当に強いウマ娘]が勝つ。速さだけでも、運だけでも勝ちは得られない」

 

 

乙名史「.........[菊花賞]のキャッチコピーも、[強いウマ娘が勝つ]。ですからね」

 

 

 先程までの熱狂とはまた違う緊張感が会場を包み込みます。それに流されるようにあたし達も額に汗を滲ませながらステージの方に目を向けました。

 .........[長距離レース]。スピード勝負の短距離とも、技術の垣間見えるマイルとも、展開力で圧倒する中距離とも、パワーで差を見せるダートとも違う、正真正銘の小手先の通じない、難しいレース。

 強い剣や硬い盾、隙の無い鎧を身にまとえばたちまちその重さによって勝ちを譲る結果が待っています。かと言ってバランスを重視するならば、どこか秀でた物を突き付けられてしまい、敗北を喫することになります。

 長距離で[勝ち続ける]。それ即ち、まぐれでも作戦勝ちでも有り得ない。たゆまぬ努力と鍛錬によって培われた己の肉体でのみ、勝負が決せられる部門.........

 

 

デジ(.........ああ)

 

 

デジ(本当に、見たかったなぁ)

 

 

デジ([マックイーン]さんのレースを、このイベントで.........)

 

 

 舞台の袖から現れたウマ娘ちゃん達の姿を見て、不覚にもあたしはそう思ってしまいました。

 ステージの上には

 

 

 メジロパーマーさん

 メジロブライトさん

 ゴールドシップさん

 ミホノブルボンさん

 ライスシャワーさん

 

 

 そんな方々が壇上に登り、あたし達に対して反応を返してくれました。

 

 

沖野「.........こりゃあ、激戦だろうな」

 

 

東「ああ、少なくとも今の状態だったら、どう転んでもおかしくない.........」

 

 

神威「くぅ.........マジでもどかしい気持ちだぜ.........!」

 

 

 発表を受けて、トレーナーの方々はその先の未来を予想し、神威さんはご自身の担当バであるカフェさんの事で未だ悔やんでいました。

 分かります。正直長距離部門で出場していたのなら、この方々の中にカフェさんが居ても何ら違和感はありませんから.........

 

 

桜木「それでは、皆さんから一言ずつ意気込みを聞いて行きましょう」

 

 

パーマー「今回はこんな大きなレースの、しかも注目選手として選ばれて光栄に思っています!ファンの皆の期待に応える為にも精一杯頑張るよ!.........ブライト!」

 

 

ブライト「ほわぁ〜?精一杯頑張らせて頂きますわ〜」

 

 

ゴルシ「えーアタシが勝った暁には!!トレセン学園に宇宙探検部を設立して土星の輪っかの砂を毎年持ち帰って抽選で10人にプレゼントしてやるからな!!」

 

 

ブルボン「私はクラシック期を終えてから怪我をし、未だ復帰しては居ませんが、こうして期待されているという事を胸に、まずは復帰戦を目標にトレーニングに励みます」

 

 

ライス「え、えっと!ライスもまだまだだけど!皆をガッカリさせないよう頑張ります!」

 

 

 最後はライスさんの愛くるしいお声と力強い宣言で、長距離部門出走者のコメントは終わりました。

 ここに今、公式的な参加者の一部の出走が決定付けられ、会場に居る方々はその興奮を拍手に乗せ、選手のウマ娘ちゃん達に送りました。

 

 

乙名史「あぁ.........!素晴らしいです.........!!!」

 

 

デジ「あたしも全く同じ感想です.........!!!」

 

 

 遂に正式な発表がなされた[URAファイナルズ]。全距離、全コースを舞台にした前代未聞の大レース。そのベールが今、剥がされたのです。

 けれどまだそれだけ。その見た目だけを美術館に展示されて、説明文は無く、歴史も意味も、今を生きるあたし達にはまだ知ることの出来ない[中身]が、まだ分かっていない状態。

 

 

 これが果たして、[名作]となるのか。

 

 

 それとも、[怪作]となってしまうのか.........

 

 

 それはまだ、誰にも分かりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――次の瞬間までは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長距離部門の全員が席に着く。それを見計らったように、会場の証明は完全に暗転し、事情を知らない人々軽くパニックになりかけていた。

 

 

 やがて、一人が不穏なBGMが静かに流れている事を感じる。それが周りへと広がって行き、先程までのざわめきは鳴りを潜め、その音。[予感]を感じる為に息を潜めた。

 

 

「強い、ウマ娘ですか?」

 

 

 静かな男の声が、スピーカーを通して聞こえ始める。やがてステージの壁には、大きく投影された映像が現れ始めていた。

 

 

 そこに居たのは、沖野トレーナーだった。

 

 

「そうですね。やはり、シンプルな事を突き詰める事だと思います」

 

 

 次に聞こえてきたのは、南阪トレーナーの声。静かながらも、自信の籠った声だと言うことが分かる。

 

 

「精神は肉体を作る。肉体は精神を作る。強さは、簡単に手に入るものでは無い」

 

 

 力強く、厳しい声が聞こえて来る。映っていたのは、黒沼トレーナーの背中だった。

 

 

「自分に足りない物を自覚し、それを補うのか、長所で隠すのかを判断する速さです。トレーニングでも、レース中でも」

 

 

 淡々と自分の理論を話すのは、東条トレーナーだ。反射する眼鏡の奥に、真剣な眼差しが写っている。

 

 

「諦めない。その愚直さが、身体の閉じられた扉を開く唯一の鍵です」

 

 

 黒いシルエットの中で、心臓の部位だけ一瞬光る。そして光が広がったところで、東トレーナーが映り出す。

 

 

「じっと耐え忍ぶ事だと思います。強くなるには、自分のまま、ただひたすらに時を待つ事です」

 

 

 真っ直ぐな目を正面に向けて答えるのは、桐生院トレーナー。若さに押し出される様な勢い強さを感じる表情で、そう語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――では、[長距離]のレースはどうですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.........!」

 

 

 テロップが表示された瞬間。会場に居る人々が皆、鎮めていたざわつきを甦らせる。この問いかけは暗に、特別出走者の部門が長距離だと決定づけられた瞬間だった。

 

 

 そして、不穏だったBGMは[変化]する。

 

 

 [お祭り騒ぎ]はやがて、[戦場]と化す。

 

 

 そう。それは正に、[Trance Moments(世紀の瞬間)]だった。

 

 

 映像はやがて、一人の男をシルエットで写しながらも、先程出てきたトレーナー達の証言が順番に流され始める。

 

 

 

 

 

「なんと言っても[スタミナ]でしょう」

 

 

「簡単な作戦。単純な力量。これだけ揃えてしまえば、そこに駆け引きは存在しなくなります」

 

 

「自分の今までを変わらず信じ抜く事。難しい事だが、それ以外は些細な物だ」

 

 

「相手を見るのでは無く、ゴールを見る事。競るという事はそれだけで相手の力量を押し上げてしまいます」

 

 

「長年トレーナー続けると分かってきますよ。諦めなければ、強いウマ娘はいつだって勝つんです」

 

 

「長い長距離の中、どれだけ柔軟に対応出来るか。誰がどこに居て、自分がどう差を付けるか。その瞬間まで変わらない事が必要になってきます」

 

 

 

 

 

 やがて男は、数ある優勝レイが飾られたガラスケースの前に辿り着く。影の掛かった手が首元まで伸びて行き、首に掛けられた[王冠を模した鍵]が握られ、そのショーケースの鍵穴にゆっくりと挿入され、勢い良くひねる。

 

 

 そして、強い解除音の音と共に、また画面が暗転した.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、次に聞こえて来たのはギターの音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙名史「っ.........こ、れは.........」

 

 

 そのギターのイントロで、気付いた者も居た。ざわつきは確実に大きくなっている。

 

 

 だが[ざわつき]は次の一文で、[歓声]へと変わった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――第91回。天皇賞・春

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――親子三代、天皇賞制覇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイオー「そんな.........ほん、と、に.........?」

 

 

ゴルシ「マジ、かよ.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――絶対の強さは、人を退屈にさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが[疑った]。誰もが[可能性]を、見ることすらしなかった。目に映るであろう[0]の数字を恐れ、パンドラの箱を開けるという選択肢は取ることは無かった。

 

 

 けれど、数字は箱の中で変動した。少なくとも、[0]から[1]へ、無から有へと変遷した。

 

 

 それを可能にしたのは.........ただ、[人の願い]だけだった.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映像は完全に暗転した。BGMも止まり、また静寂だけが会場に広がって行った。

 その時間は長くはなかったと思う。けれど身体に埋め尽くされる緊張感のせいで一秒の時間感覚が狂い、次の一歩までが長く感じてしまった。

 

 

 それでも、暗闇と静寂の中、ステージの上にスポットライトが照らされる。

 

 

 そこには.........約二年ぶりだろう、春の天皇賞の優勝レイを身体に掛け、[黒の勝負服]に袖を通した彼女がそこに立っていた。

 

 

「―――ッッッ!!!!!」

 

 

 割れんばかりの歓声。待ち望んでいたのか、それとも予想外だったのか、未だに分からない。

 けれど、確かな事が一つだけある。

 

 

 それは、ここに彼女が立つことを望んだ人達が、日本中に居た事だ。

 

 

やよい「発表ッ!!ここにURAファイナルズ長距離部門にてッ!!メジロマックイーンの出走を確定とするッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

デジ「ほ、本当ですか.........!!?」

 

 

デジ「げ、現実なんですか!!?」

 

 

デジ「夢じゃないんですよね!!!ねっ!!?」

 

 

 ―――あたしは、ステージに立つマックイーンさんの姿を見て、思わず涙を流しながら隣に居る東トレーナーの体をゆすりました。力加減が上手く出来なくて、結構強く揺らしてしまいました。

 けれど彼も、沖野トレーナー。神威さんもまるで予想してなかったかのようにマックイーンさんの姿を見て、その目と口を大きく開けていらっしゃいました.........

 

 

東「.........俺だって、信じられないよ」

 

 

沖野「お、俺達はあの映像を撮ったから一応長距離には出てくるって事は察していたが.........まさか.........」

 

 

神威「.........全く、お前らはどこまで[奇跡]って物を見せ付けてくれんだよ」

 

 

 皆さんがそれぞれ思い思いの反応をステージに向けて示しました。

 その上には、未だ騒がしさが収まらない観客に向けてお辞儀をするマックイーンさんと、その姿をまだ信じることの出来ない出走者の方々と、桐生院さんの姿がありました。

 そんな中、普段ならこの出来事に人一倍興奮を示す乙名史さんが静かな事に気付き、あたしは彼女の方に顔を剥けました。

 

 

 

 

 

乙名史「.........」

 

 

デジ「?お、乙名史さん.........?」

 

 

乙名史「.........あっ、すみません。あまりにも、その.........私にとって都合が良すぎた展開だったので.........」

 

 

 ―――[夢]を、見せられた様な気分です。ずっとこうあればいい。こうなってくれればいいと.........考えていた、ただの妄想でしかない想像。

 それがいざ目の前に出されると、どうやら人間と言うのは声を上げることすらも出来ず、言葉を紡ぐための思考すらどこかに置いてきてしまう様です。

 

 

乙名史(.........マックイーンさんがあそこに立っているという事は、それほど多くの方々に願われたということ.........)

 

 

乙名史(貴方は.........貴方達はそれを、今や平然と背負い込んでいるようにすら見えてきてしまいます)

 

 

乙名史(.........デビュー戦の時のお二人に、今のお二人の姿を教えたいものです)

 

 

 一人は[使命]を背負っていました。

 

 

 一人は[期待]を背負っていました。

 

 

 名家の生まれに課せられたレース。それに勝つ事を願われていた一人。片やその期待を、押し潰されそうになりながらも背負って見せた一人。

 

 

 表向きでは分かりません。けれどその表情の裏では、重圧や責任感。そして、多くの人々の期待によって苦しんでいたでしょう.........

 

 

 それが今になって、彼と彼女はそれすらも、[強さ]にして、今この場に立っています.........!

 

 

 嗚呼.........!!!

 

 

 だからこそこの世界は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――素晴らしいのです.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、日本中ではその話題で持ち切りになっていた。

 

 

「なぁ!!メジロマックイーンが復活するってよっっ!!!」

 

 

 ある時は職場で、資料を持つ同僚の視線を無理やり奪いながら。

 

 

「っ!!届いたんだ.........!!!俺達の願いが.........!!!」

 

 

 ある時は学校で、仲間と共に書いたであろう願いが成就した事を知り。

 

 

ダイヤ「キタちゃん.........!!!マックイーンさんが!!!マックイーンさんがっっ!!!」

 

 

キタ「うん!うん!ダイヤちゃんもお手紙!書いたもんね.........!!!」

 

 

 ある時は名家で、願いに願いを重ね続けていた少女達は涙を流し。

 

 

アサマ「っ.........!!!」

 

 

爺や「お、お嬢様.........!!!」

 

 

ティタ「.........大きくなったわね。マックちゃん」

 

 

財前「.........でも、何だか前よりちょっと子供らしいかもね」

 

 

 ある時は家族で.........その知らせを聞き、驚きを強く受けながらも、その報せに歓喜の感情を胸に渦巻かせ.........

 

 

 そしてそれは.........海外にも.........

 

 

「おい見ろよ。日本のトレンド。メジロなんたらってのが復活するみたいだぜ?」

 

 

「なに.........!!?」

 

 

「うお!!?な、何だよ[リット]!!!俺のスマホ返せって!!!」

 

 

(も、もはや無理だと勝手に諦めていたが.........!!!)

 

 

(まさかまた.........あの日本人達は[奇跡]を超えたとでも言うのか.........ッッ!!!)

 

 

 喜びに打ち震えるもの。感情のあまりその場で泣き出してしまうもの。その反応は二極化されていた。

 

 

 だが、誰もがその結果に、納得をしていた。

 

 

 いや、納得[させられた]のだ。

 

 

 約一年ぶりに見る彼女の、変わらぬ芯の硬さを感じたのだ.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........メジロマックイーンと申します」

 

 

 未だ呆然とするステージのウマ娘。そして、俺と理事長以外のスタッフ達。

 誰も動けないだろうと判断した俺は、桐生院さんの力の入っていない手からマイクをスルリと抜き取り、彼女へと渡した。

 

 

 その時の彼女の表情は、昨日までとは違う。

 

 

 どこかイタズラが成功した様な、子供のような笑みを俺に向けていたんだ。

 

 

マック「今回、私がこの場に立っているのは、皆様の声援があったからです」

 

 

マック「多くのお手紙を貰いました。叱咤激励。期待、そして.........願い」

 

 

マック「.........待っているのだと。多くの人が、 私をまだ。ターフの上に帰ってくる事を、待ち続けているのだと知りました」

 

 

 静かな声で、けれど震えることなく、真っ直ぐと通って行く彼女の声が、会場全てに行き届いている。

 その言葉は来場者に、トレーナー達に、ウマ娘達に行き渡り、そしてその心を貫いて行く。

 

 

マック「ならばそれを、果たさなければなりません」

 

 

マック「[メジロ]のウマ娘として.........[最強のステイヤー]として、私はもう一度、前に進む所存であります」

 

 

マック「.........どうか、よろしくお願い致します」

 

 

 彼女は静かにそう言って、深々とお辞儀をした。それに歓声が上がる事は無く、代わりに盛大な拍手が彼女の方へと送られていた.........

 

 

 そして、不意に彼女に渡したマイクを戻される。

 

 

 .........分かってるよ。マックイーン。

 

 

 ここで恥ずかしがって何も言わないのは、逆に恥ずかしいもんな.........

 

 

 

 

 

桜木「.........えー」

 

 

マック「!」

 

 

 ―――マイクを口元まで持って行き、彼は一声発しました。いつもならこういう時、必ずと言っていいほど上の空でマイクをすんなり持つことなんてありませんでした。

 今回だって、マイクを戻すのではと思っていたんです。そんな時はまた肘で脇腹の部分をつついて差し上げようと思っていましたが、彼はしっかりと話そうとしていました。

 

 

桜木「.........っと、受け取ったのは良いんですけど.........ダメですね。いつも見たいに受け取ってたら、スラスラ出できたかも知れないですけど......」

 

 

桜木「.........何も浮かばないや」

 

 

 たはは、と頭をかいて笑う彼に釣られて会場に少々笑いが広がりました。けれどそれは嘲笑するような物ではなく、そんな彼を受けいれる明るさを感じる物でした。

 そんな彼も、何も浮かばないから終わり。ではなく、何を言いたいかという事を頭の中で整理をしながら、言葉をたどたどしくも口にして行きました。

 

 

桜木「.........俺、心のどこかできっと、[夢]なんて[叶わない]って、思ってたんです」

 

 

桜木「世の中は希望に溢れて、俺の知ってる人全員、前向いて、転んでも立ち上がれるのに.........俺だけ、転んだ時にもう、別の方向に向いちゃう癖が着いてたんです」

 

 

桜木「出来ない[約束]はしない。叶わない[夢]は追わない。心のどこかで、そんな冷めた自分が、きっと居たんです」

 

 

「.........」

 

 

 彼の短い独白が、先程までの雰囲気を一転させ、静けさを会場中に漂わせました。その表情はどこか寂しげなものがあり、彼の内面が大きく現れていると私には分かりました。

 

 

桜木「.........ここに立つことが出来たのは、皆が居たからです」

 

 

桜木「そんな冷めた俺に、正しい道を示したり、ぶん殴ったりして奮い立たせて」

 

 

桜木「[可能性]を示して、[元気付け]させて、[変われるよ]と声を掛けて、[頑張ろう]って鼓舞させて、[勇気を持って]と言ってくれて.........」

 

 

桜木「.........俺の[心の隣]に、いつも居てくれたから.........!」

 

 

 鼻をすすりながら、一筋の涙を拭いながら、彼は言葉を紡ぎました。その様子を見て、泣いている方も何名か、ステージ上でも来場者の中にも居ました。

 私は.........それを聴きながら、これまでの道程を思い出していました。

 

 

 幾つもの困難がありました。

 

 

 けれどそれは、彼とチームの方々が居たから乗り越えられた.........

 

 

 だから今度は、今度こそは、私の番なんです。

 

 

桜木「.........俺、結構負けず嫌いなんですよ」

 

 

 そんな時、彼は突然喋り出しました。その言葉は先程の探り探りの物とは違う、言う事をしっかり決めた潔さがありました。

 その声に、皆さんが耳を傾けます。それを彼は目視で確認した後、また話し始めました。

 

 

桜木「誰かが走り出したら、それを追い抜かそうとして走るくらいには」

 

 

桜木「けれど、あの子達は強い。追い抜けない。追い付くどころか引き離されて、追い抜かれていく」

 

 

桜木「それでも、諦めきれなくて、何か出来るんじゃないかって.........」

 

 

マック(.........トレーナーさん)

 

 

 .........そんな事を思っていたなんて、知りもしませんでした。ただそれを聞いて、どこか納得した所もありました。

 どこでどういう勝負を私達相手にしていたのか。それはきっと、[心の在り方]なんだと思います。

 自分の目標を持ち、そこを目指す私達を見て、きっと彼は自分もそう在ろうと.........[仮面]を付けていたんです。

 

 

 ですが、今の彼にそんな様子は一切ありません。ここに立って、喋っているのは、等身大のトレーナーさんです。

 私の目には.........しっかりと彼の[強がり]が、写っていました。

 

 

桜木「でも結局、俺に出来ることなんて、支える事と、考える事と、信じる事だけだって.........気付いたんです」

 

 

桜木「.........あの子達の隣を走るのは、無理なんです」

 

 

桜木「.........でも、それでも唯一、あの子達の隣で走れる時が.........俺達トレーナーにはあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[夢に向かって走っている時]です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........!」

 

 

 その言葉に、私だけでなく、多くの人達が息を呑みました。それは、彼等彼女等の様なトレーナーの方々だけでなく、私達ウマ娘も同様でした。

 私達は早く走れます。そのままの意味でも、そして成長速度も普通の人間とは大きく差が開いてしまう。

 それが本能による物なのか、それとも習慣や生活による後付けの物なのかは分かりません。

 ですが、身体的な成長能力は時に、人から恐れられる事があります。

 それでも彼は、私達の隣で歩き続けようと.........

 

 

桜木「その時だけは.........!同じ景色を!!同じスピードでッッ!!!同じ目線で感じられるんですッッ!!!」

 

 

桜木「確かに[夢]は叶うもんじゃないッッ!!!けど捨てたもんじゃないッッ!!!」

 

 

桜木「だから俺は.........っ」

 

 

 俺は.........彼はそう言いかけて、言葉を詰まらせました。

 言うべき言葉を見失った訳でも、それを躊躇した訳でもありません。

 ただ.........それを言うには、その目から溢れ出る物が多すぎただけでした.........

 それでも彼は何とかその涙を袖で拭い、震える口を大きく開いて、その言葉を言おうとしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、俺は.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はッッ!!!あの子達の隣に立ちたいんですッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同じ痛みを分け合った仲間だから.........!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同じ夢を分かち合いたいんです.........っっっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........ここに来るまで、少なくない時間が流れました。私にとっては六年。短い参加者でも、三年.........その道を歩いている間に、私達は忘れていたのかもしれません。

 私達は[夢]を追っていました。その[夢]が何なのかは人それぞれで、そしてそれに共感し、手を伸ばしてくれる人もそれぞれで.........

 気を抜いてしまえば、まるで自分一人で歩いている感覚になってしまう。前だけ見ていれば、隣に誰が居るのかも気付く事なんて出来やしません。

 けれど.........私達は最初に見つけるんです。見つけなければ、[走れない]のです.........

 自分の夢を信じ.........そして共に走ってくれる[トレーナー]を.........

 

 

マック(.........トレーナーさん)

 

 

マック(またこんな事言ったらきっと、否定するかもしれませんけど.........)

 

 

マック(今の貴方からは.........[強さ]を感じます)

 

 

 私達が忘れ、彼等が忘れ、同じ道を歩いているのに、どこかで別れた錯覚に陥る。そんな話を、多くの先輩方から聞いた事があります。

 次はどこを目指すか。身体は万全か。国内で頂点に居続けるか。海外で挑戦を叩き付けるか.........

 一緒の道を歩いている筈なのに、隣に居るはずなのに、気が付けば見えている物は違っていて、それを直さぬまま仲違いを起こす.........そんな事も、少なくない世界です。

 

 

 そんな中で彼は、その夢を諦めた[痛み]を知っている彼は、私達の隣に立っている事を教えてくれていました。

 困難や壁。[夢]への試練に挑む度に、彼はその身を大きく見せ付け、隣に居ることを教えてくれる。それだけで、誰かが居ることに気が付いて、他の方の事も思い出す事が出来る.........

 

 

 周りを見れば、彼のその言葉に共感し、涙を浮かべながら拍手を送っている方々で埋め尽くされていました。

 

 

マック(.........ふふ)

 

 

マック(私も皆さんに愛されていると思いましたけど.........)

 

 

マック(貴方も同じくらい、皆さんに愛されていますよ?)

 

 

 彼は深々と頭を下げ、その姿を皆さんに見せました。それを見てまた、先程より大きな拍手が彼に送られます。

 私も拍手を送りながら周りをチラリと見てみると、席に座っている方々も彼に慈愛にも似た目を向け、中には涙すら流す方もいらっしゃいました。

 

 

 そして.........URAファイナルズ出走者発表会は、正に大成功という言葉を持ってして締め括られたのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『[URAファイナルズ]。その発表はある瞬間を境に、ある種のお祭り的な催しから、誰もが目を離せない物となった』

 

 

『会場を出て行く人々は、未だ現実か夢かの判断がつかない程に、その表情は浮ついていた』

 

 

『だが、紛れもない事実であり、誰もが望んでいた事であった』

 

 

『口にする事は出来なくとも、言葉に綴り、文字として送る.........[ファンレター]という人々の想いによって、[メジロマックイーン]はあの場に立つ事が出来た』

 

 

『[シンボリルドルフ]や[オグリキャップ]など、既にドリームトロフィーに移籍している選手が出ても大いに盛り上がった事だろう』

 

 

『それでもまだ、そんな[レジェンド]と共に走れるかもしれないという記念感は、拭えなかったかも知れない』

 

 

『あの場に立ち、そして絶対に負けたくないと思わせられるのは.........今日まで[最強]と謳われた、[メジロマックイーン]以外には居ない』

 

 

『彼女と共に走った者達が居る』

 

 

『それが、このまま続き.........』

 

 

『いつかはその勝負で、勝利を得ようとしていた者も居る』

 

 

『.........その[いつか]が―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――[URAファイナルズ]となった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢と言うのは、必ずしも叶うものでは無いとトレーナーである桜木 玲皇氏は語った』

 

 

『しかし、日本には古くから言霊という物が存在している』

 

 

『夢を叶える為に、一人で足りないのならば仲間の声を借りればいい』

 

 

『もしそれでも足りないのならば、私の夢もここで綴ろう.........』

 

 

『私の夢は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――[メジロマックイーン]の復活である』

 

 

 取材・記事構成 [乙名史 悦子]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――まだ、現実味が帯びていない。まるで夢の中に居るみたいだ。それでもあの日のステージよりかは、ボクの足は地について、しっかりと思考が出来ている。

 

 

テイオー「.........」

 

 

 スピカのミーティング室。まだ朝が早い時間帯にボク達はそこに居た。

 ボクは読んでいた記事をそっと、机の上に置いた。四月の暖かさを感じさせる風が空いた窓から吹いて、その開いていたページからどんどんと捲れていく。

 何かの始まりを予感させる.........ううん、これから、ボクが[始める]事に、何だかその風は、背中を押してくれているようにも思えた。

 

 

ゴルシ「.........決まったか?」

 

 

テイオー「うん。でもゴルシは良いの?」

 

 

ゴルシ「何言ってんだよ!アタシより、お前の方が皆喜ぶに決まってるさ!!」

 

 

 そう言って、ゴルシはボクの肩をポンポンと叩いた。こういう時は本当、スピカのリーダーって感じがする。いつもこうだったら良いのになぁ.........

 

 

テイオー(.........まっ、ゴルシだし仕方ないか)

 

 

 苦笑いをしながらゴルシの事を見ていると、不意にノックが響き渡る。どうやら来てくれたみたいだ。

 ボクが入っていいよと伝えると、その扉は開いて行き、ボク達のトレーナーが姿を現した。

 

 

沖野「.........大事な話って聞いたけど、何かあったのか.........?」

 

 

テイオー「.........ぷふっ、も〜そんな深刻そうな顔しなくてもいいよ〜!」

 

 

沖野「う、うるさい!!珍しく電話で連絡してきたと思ったら暗い声で話しされるこっちの身にもなってくれ!!」

 

 

 あれ、ボクそんな声出してたっけ.........?う〜ん、寝起きだったからなぁ〜、もしかしたらまだちょっと眠かったのかも.........

 きっとトレーナーはボクがまた怪我したんじゃないかって心配してたみたいだ。でもボクはこの通りピンピンしてる。健康過ぎるくらいだ。

 

 

沖野「はぁ、それで?その話ってのにゴールドシップも関係あるのか?」

 

 

ゴルシ「あァ!!?大有りに決まってんだろ!!本場の鮭を食いにエジプトに行くくらいありおりはべりおまえ狩りってレベルにはなー!!!」

 

 

沖野「だー!!分かった!!分かったから俺のシャツを破こうとするな!!」

 

 

 凄い笑顔を見せながらゴルシはトレーナーのシャツに両手で掴みかかってた。それを何とか引き剥がして、トレーナーは息も絶え絶え。ゴルシは残念そうな顔をしている。

 もー!!こんな事してたらいつまで経っても話が進まないよー!!

 

 

 そんなボクの気持ちを感じたのか、二人は怒るボクの顔を見て申し訳なさそうにした後、ゴルシはボクの隣に立った。

 

 

沖野「.........それで、今日はどうしたんだ?」

 

 

テイオー「うん。ボク、ゴルシと話し合って決めたんだ」

 

 

テイオー「ボクは―――」

 

 

ゴルシ「アタシは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[URAファイナルズ]」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[長距離]で出ようと思う」

「[中距離]で出てやるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........もし本当に、この世界に言霊があるって言うんだったら、ボクもそれに乗っかろうと思う。

 ボクが望むのは.........[最強のステイヤー]の、マックイーンとの対決。

 

 

 けれどきっと、それはまだ叶わない。

 

 

 多分、[URAファイナルズ]でも.........

 

 

 だからボクは、その[先]に続く未来の為に。

 

 

 マックイーンの[復活]の為に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マックイーンの[超えるべき壁]として

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、[奇跡]として、立ち塞がって見せる.........!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 .........そんなボク達の言葉を聞いたトレーナーは、その口に咥えていたキャンディを、地面に落とした。

 

 

 きっと、これから始まる。

 

 

 [神様も知らない物語]が.........

 

 

 四月の風がもう一度吹き抜ける中、何故だかボクは、そう思ったんだ.........

 

 

 

 

 

......To be continued

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。