山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
四月も残り一週間で終わるという時期。桜の季節はあっという間に過ぎ去り、既に風は暑さを感じさせる夏を運んで来るようになった。
そんな中、俺達はライスの春の天皇賞を見届ける為、京都の方まで遠出をしていた。
桜木「.........うーん」
ライス「?お兄さま.........?不安なの?」
桜木「え!!?いやいや!!天皇賞に関しては何も心配してないよ!!?」
桜木「.........ただ、な〜んか忘れている気がしてさぁ」
夏と言えば誰であろうとその季節を待ち焦がれ、来るまではさぞドキドキワクワクを胸いっぱいに膨らませるだろう。
けれど今の俺は先程ライスに言った通り、何かを忘れているという事実に囚われ、見事もう出走するライスに心配される始末である。
全く、ここは地下バ道でっせ桜木の旦那。担当ウマ娘に心配されているようじゃまだまだ半人前って事よ.........
そんな事に未だ囚われていると、俺の脇腹に久々の鋭い感触が走った。
ウィークポイントを突かれた俺は飛び上がってその衝撃が来た方向から逃れた後、その方向を見た。
マック「んもう、そろそろレースが始まるんですのよ?しっかりしてくださいまし」
桜木「ご、ごめん.........」
タキオン「はぁ、発表の時はすっかりベテラントレーナーだと思ったが.........こうして見るとまだまだの様だね?トレーナーくん」
ブルボン「ステータス[注意散漫]を感知。マスター。今はレースに集中しましょう」
桜木「返す言葉も無いです.........」
とほほ.........せっかく俺も良い感じに成長したと思った矢先にこれだもんなぁ.........結構応える.........
そんなモヤモヤを抱えたまま、俺達は何とか地下バ道からライスを送り出し、観客席の方へと向かったのだった。
ーーー
ルビィ「うわー!!すっごい人気だね!!ライスお姉さん!!」
桜木「はは!!だろう?」
観客席へ移動してきた俺達。そこには一緒に来ていたルビィちゃん達家族が先に居て、俺達の場所を確保してくれていた。
どうやら彼女はレースを生で見るのが初めてらしく、その異様な熱気に既に当てられているらしい。その様子を見て、エディ達はその頬を緩ませた。
デジ「それにしても、一昨年までの事が嘘見たいですよね〜」
ブルボン「ええ、きっとライスさんの実力が分かったんだと思います」
マック「.........実力、と言うよりかは」
先程のブルボンの言葉を肯定しつつも、それが全てでは無い。と言いたげにマックイーンはその視線をターフの方へと移した。
皆が一斉にその方向を見る。するとそこには、久々の適正距離の大舞台という事もあり、皆の視線をかっさらっているライスがゲート入り.........
の、前に。ガチガチになりながら出した足と同じ手を前に出すという典型的な緊張を見せていた。
タキオン「.........まぁ、あれくらい純粋な方が帰って応援しやすいだろう」
桜木「あ、あはは.........これでも、そういう上がり症対策はしっかりしてるつもりではあるんだけど.........」
ウララ「う〜ん、ライスちゃん。ブルボンちゃんやマックイーンちゃんと[一緒に走った時]はもっと、ぴしーってしてたよ?!」
首を捻りながら、ウララはそう指摘する。その指摘の通り、その時の記憶にここまでの緊張を見せたものは無い。彼女にとってライバルと走る方が、もしかしたら緊張が無いのかもしれない.........
桜木「.........とは言っても、ブルボンとマックイーンを長距離で破った後の最長G1。春の天皇賞だ。他の子のマークの影響もあるかもなぁ」
ジミー「oh......難しい問題だな.........」
考えても見れば、俺がやった上がり症対策は言わば観客の目線に対する物だ。同じ出走者からのプレッシャーの事は失念していたかもしれない.........うちの子達、そういうの物ともしない子しか居ないし.........
そして何より、今までライスは本命に対する対抗者としての立ち位置だった。ウマ娘達の注目が行くのは当然本命だし、彼女にとってこの状況は初めての事だろう.........
桜木「はぁ.........人気者ってのも、考え物だなぁ」
ルビィ「?人気者だと考えなきゃ行けないの?」
パール「そうよルビィ?お外に出たら声を掛けられるし、出て欲しいレースに出なきゃならないの。例えば日本で言えば―――」
「―――[宝塚記念]とか」
桜木「.........」
マック「.........」
二人「.........宝、塚.........記念.........?」
[宝塚記念]。年に一度完全なファン投票により出走者を決める伝統のあるG1レース。そのレースの名前を聞いて、俺とマックイーンは静かに顔を見合せ、そのレースの名前を復唱した。
ギコギコと首を鳴らしながら、二人してもう一度ライスの姿を見る.........宝塚.........何かを忘れているような.........
桜木「.........宝塚.........!!!」
マック「.........記念.........!!!」
二人「」...サァァァ
顔面蒼白。俺達二人の顔は今、病人と間違われていい程に顔から血の気が一気に引いている。
人は忘れていた物を思い出した時大抵はスッキリする。しかし、今の俺とマックイーンはそうでは無い。忘れていた事など今この状況を作っている原因とは言え、思い出した今になって見れば本当に些細な事だった。
不幸中の幸いなのだろう。もし思い出せずにそのまま宝塚に向かっていたのなら、それこそマックイーンの時と二の舞.........いや、あの時以上のショックを受けて俺はそれこそ.........
桜木(!い、いかんいかんっ。今は目の前の天皇賞が先決。ちゃんと見守らなくちゃ.........)
ライスがゲートに入った。
桜木(み、見守らなくちゃ.........)
お得意の先行策でぐぐいのぐい。
桜木(見守ら.........)
最後はバ群から抜けてズドーンっ!!!
桜木()
.........お、終わった.........ここから得られる事なんて山のようにある筈なのに.........小学生並みの感想を抱いて.........終わってしまった.........
自分の切り替えの悪さに若干引きながら隣のマックイーンの方を見ると、彼女も同じ状態だったらしく、彼女は彼女で大変ショックを受けて泣き掛けている。
ウララ「?マックイーンちゃん?泣いてるのっ!!?」
全員「え!!?」
マズイッッ!!!ここで俺達の考えている事に気付かれたらライスにバレるッッ!!!そうなったら絶対色々考え込んで今より状況が悪化するに決まってる!!!
桜木「.........良かったな。マックイーン」
マック「!.........えぇ」
彼女の肩を抱き寄せ、優しく背中をポンポンと叩いてやる。すると俺の意図に気付いたのか、マックイーンも嬉しそうな表情を作り、ターフの方へ視線を向けた。
.........きっと皆にはこれで、天皇賞を勝ち切ったライスに感動を覚えていると思ってくれるだろう。
だが実際は、もう内心これからどうしよう.........という事しか、俺達は考えて居なかった.........
ーーー
「天皇賞二連覇っ!!!おめでと〜!!!」
いくつものクラッカーが盛大に鳴り響くチームルーム。その祝砲が向けられる先には、天皇賞の二連覇を達成したライスシャワーの照れ姿がそこにあった。
黒津木「いや〜凄かったな!!特に最後の抜け出しなんか相当だったぞ!!」
神威「え、お前見てたの?仕事は?」
黒津木「はぁ?お前妹の晴れ舞台で仕事なんかする奴居んの?」
白銀「なんで俺の方見るの?今日株主総会だったから行けなかっただけなんですけど!!!」
ライス「け、喧嘩はダメだよ〜!」
いつも通りの光景。いつも通りの日常。その様子を壊す事ないよう、俺とマックイーンは平然を装う。
そう、チャンスが訪れるまで.........
ゴルシ「よーっし!アタシが何かついでやるぜ!!えーっと確かゴルゴル星の海から取ってきたカルピスを昨日.........ありゃ?ねえや」
フェスタ「誰か飲んだんじゃねぇか?」
オル「.........アタシじゃないっスよ!!?」
備え付けの冷蔵庫の中身を見たゴールドシップは首を傾げる。彼女の記憶では確かにカルピスを入れていたようで、他のジュースやいつも入れている麦茶もそこにはありはしない。
仕方が無い。そう言って彼女は溜息をついて飲み物の買い出しに行こうとした。
フェスタ「ひとりじゃ持ちきれねぇかもしれないだろ。アタシも行く」
オル「アタシも行くっス!」
桜木「んじゃ、俺も行くかな。流石に学生に金出させるのはアレだし」
マック「でしたら私も、皆さんで食べるお菓子を選んできますわね」
「行ってらっしゃーい!」
うちのチーム。沖野さん達と三バカに見送られて俺達は席を立った。
最初にゴールドシップ達が出て行き、後から俺とマックイーンが扉を閉め、その後を追っていく。
.........手にあるアイテムを持って。
ゴルシ「それにしても珍しいよなー?おっちゃんとこにジュースどころか、お茶もねーなんてよー」
フェスタ「だな。アタシらの爺さんでも、飲み物だけは切らさない人だったからな」
オル「でもでも!こうして皆とお出かけするって不思議な感じっス!何だか家族みたいd」
「「今だァァァッッッ!!!!!」」ガバァッ!!!
三人「え゚ッッ!!!??」
完全に油断を見せた三姉妹。その背後から俺はゴールドシップを。マックイーンはナカヤマフェスタとオルフェーヴルをずた袋を被せて捕まえた。
そしてそのまま俺達は階段を下らず、逆に登って別の教室を目指した。
桜木「ヤバイヤバイヤバイヤバイッッッ!!!!!」
マック「マズイですわマズイですわマズイですわマズイですわッッッ!!!!!」
ゴルシ「おいィィィィッッ!!?オマエら何してんのッッ!!?」
フェスタ「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ.........!話してたら視界が急に真っ暗になって運ばれてやがる.........!!!」
オル「誘拐人質拉致監禁っっ!!?ぎゃぁあぁあああぁぁぁ!!!!!お姉ちゃん助けてぇぇぇぇ!!!!!」
二人「いや、姉貴呼んだらマジで死ぬ.........」
ここで突然明かされる事実。三姉妹は四姉妹だった。
なんて事は一旦置いておき、俺達は夜の校内のとある教室にゴールドシップ達を連れ込んだのだった.........
ーーー
マック「さぁ、洗いざらい吐いて貰いますわよ?」
ゴルシ「なんで取り調べ受けてんだよなんで手錠掛けられてんだよなんで寄りにもよってこの教室なんだよッッ!!!」
桜木「別にいいじゃん。除霊には成功してるし。ドラゴンボールも全巻揃ってる。避難させた飲み物は.........少し飲まれてっけど」
場所はトレセン学園校内の三階にあるとある教室。以前色々あって新七不思議の現場となっている場所だが、以前の様な寒気は微塵も感じない。ゴールドシップは震えてるけど。
クーラーボックスから飲み物の状態を確認していると、三人並んで座っている内のフェスタが溜息を吐いた。
フェスタ「チームルームから相当離れたここに連れてきたっつう事は、誰にも聞かれたくない事なんだろ」
桜木「ああ、出来ればこの話は俺達だけで完結させたい」
オル「だったら早く用件を言うっス!!じいじもばあばも無茶苦茶っスよ!!?」
拘束されているにも関わらず、ガタガタと椅子ごと激しく動こうとするオルフェーヴルを見て、俺達は今回の話の根幹。つまり、これから起こるであろう[未来]の出来事を話した。
俺達はてっきり知っている物かと思っていたが、三人は今までそんな事を知らず、尚且つ[未来]の俺にすら聞かされていなかったらしく、その顔を昼間の俺達と同じ様に青く、そして白々とさせて行った。
ゴルシ「おいおい.........!マックイーンの次はライスかよ.........!!!」
オル「どどど、どうしようフェスタちゃん!!!」
フェスタ「どうするも何も.........爺さん達はもう、決めてんだろ」
慌てふためく二人をまとめるナカヤマフェスタ。流石この中では一番上の姉だ。こんなよく分からない状況に巻き込まれながらもしっかりと考えを止めずにいる。
桜木「.........俺達は、あの子らに何も言わないつもりだ」
オル「どうして!!?宝塚さえ出なければ何とかなるかも.........」
マック「確かにそうかもしれません。けれどライスさんの事です。その時のファンの惜しむ声を聞いて、長期的なメンタル不調に陥る可能性もあります」
フェスタ「.........何より、それだけで解決するとは思えねぇしな」
「.........」
そうだ。例え宝塚に出なかったとしても、その後のレースで大変な事になる可能性だってある。それがもし、URAファイナルズにでもなったとしたら.........恐らく、次の年の開催は無くなるかもしれない。
ただでさえ有馬記念が明けた後の、ウマ娘達の休養期間とも言える時期にそんな大レースを差し込むんだ。そうなったって不思議じゃ無い。そしてそうなれば勿論、理事長はその事態を重く受け止めて考えて動くだろう。
そんな中で勝算はあるのか?という問いに答えるとするならば、俺は迷わずYESと言う。フェスタとオルフェの後から無理やり連れてこられた二人は兎も角、ゴールドシップは自らの意思で過去に来た。詳細は分からないが、そんな彼女に未来の俺が何も教えてない訳が無い。
ゴルシ「.........三つだ。出来事を変えるのは、三つの要素だ」
二人「!」
今か今かと彼女が口を開くのを待っていた。そしてゴールドシップは、真剣な面持ちで答えながら、指を三本立てて俺達に見せる。
そして立てた三本の内、人差し指だけを残して他を折り曲げた。
ゴルシ「一つ。本来そこでは有り得ない人物が関わる」
ゴルシ「じいちゃんはマックちゃんの為に、アタシと母ちゃん達を送り込んだ」
フェスタ「お前が勝手に時空超越用の試作薬を飲んだからだろ」
ゴルシ「仕方ねーだろ。じいちゃん生きてるって知ってテンション上がっちまったんだから」
何してるんだこの子。それが無かったらもしかしたらあの男が直接来ていたかもしれないのか?だったらナイス誤飲だな。アレが目の前に現れてたら速攻殴り飛ばしてた自信はある。
ゴルシ「二つ。その時代の人間が自分の意思で本来しなかった行動を起こす」
ゴルシ「このお陰でテイオーは三冠バになったし、マックイーンも繋靭帯炎を直せたって訳だ」
その言葉に、俺はハッとする。確かにゴールドシップからの手助けやヒントはかなり貰った。
だが、それを胸に実際に動いたのは俺で、彼女はそれをやりやすくしてくれたに過ぎない。
しかしそうなってくると、やはりライスの出走は止めた方が良いのだろうか.........?そんな疑念が俺の心を覆い始める。
そんな中で、ゴールドシップは三本目の指を上げた。
ゴルシ「三つ。これはアタシがこっちに来る前、じいちゃんに散々。口酸っぱく言われた事だ」
ゴルシ「これさえ出来れば、絶対に[歴史]を変える事が出来る.........ってな」
桜木「っ!本当か!!?」
マック「そ、その方法は.........!!?」
二人して身を乗り出し、ゴールドシップに顔を近付ける。俺達の勢いに乱される事無く、ゴールドシップはその真剣な面持ちのまま、静かに目を閉じ、やがて開いた。
ゴルシ「.........それは―――」
「―――[信じ抜く事]。だ」
桜木「.........信じ抜く」
マック「事.........?」
.........酷く当たり前のような事だ。どこかで聞いた言葉で、どこでも聞いたような有り触れて溢れ返っている言葉。具体性は何も無い。ただ心の在り方だけの言葉だった。
けれど、その言葉に呆気に取られているのは俺とマックイーンだけで、三姉妹はそれぞれその言葉に良い表情を見せた。
ゴルシ「アタシらが小さい頃よく言ってたんだ。自分の力を信じれば、どこまでも行けるってな」
ゴルシ「.........そしてそれを、自分じゃない誰かに100%乗せるんだ。これが案外難しいんだぜ?」
桜木「それが.........三つ目なのか」
ここに来て、見えかけていた物が見えなくなってしまった。信じるとは言うが、俺は何を信じればいい?宝塚を走るライスの事か?それとも、これから起こす自分の行動か?
そのどれもがどうにも納得出来ない。どうしても分の悪い賭け。掛け金全乗せのギャンブルに乗せられている気がしてきてしまう。生憎だが、昔からジャックポットは狙うタイプじゃない。
顔を俯かせている俺を後目に、ゴールドシップ達はその両手の手錠を簡単に引きちぎり、飲み物を避難させているクーラーボックスを持ち上げ始めていた。
ゴルシ「ほら!そろそろ戻っぞ!!立ち止まってても分かんねーもんは仕方ねーだろ!!」
フェスタ「今のアンタは視野が狭い状態だ。まっ、ゆっくり考えるこったな」
オル「ウチは信じてるよ!じいじもばあばも!!」
桜木(.........はは、本当。良い子に育ってるな。この子達は.........)
落ち込んでいると思ったのだろう。オルフェーヴルは多少乱暴だったが、俺の頭を撫でて、ゴールドシップ達と共に教室を後にした。
信じる事.........その力は、確率を計算する[AI]や、時には運命すら翻弄する[神様]をも超えることのできる、この地球上で唯一[人間]が出来ること。
それがそうだと言ったのは他でも無い。この子達の祖父であり、未来の俺なんだ。
それでも、俺にはまだ分からなかった。
一体誰を、誰の何を、信じ抜けば良いのか.........
結局その日は、祝杯ムードの高揚感以外の物を得ることは出来ずに、無情にも一日が過ぎて行った.........
ーーー
桜木(.........結局、何も思い付かなかった)
多くのウマ娘達が汗を流し、そしてお互いの力を高め合うタープの上。ゴールドシップ達を拉致監禁した日の翌日は、今の俺の心とは正反対の晴天だった。
あれから帰った後、散々悩んでみたが結局答え。それどころかそこに辿り着く糸口すら無かった。おかげで若干寝不足気味で、俺程に無いにしろ眠りが足りていないマックイーンに心配される程であった。
ブルボン「良いですかルビィさん。坂路は芝と違い前に進みにくい様になっています。パワーを鍛えるのならここが打って付けです」
ルビィ「うわっ、足が変な感じ.........ブルボンお姉さんって毎日ここ走ってたの!!?」
坂路の上でトレーニングをしている他のウマ娘の邪魔にならないよう、端っこの方でトレーニングの説明をレクチャーするブルボン。それを素直に受けるルビィちゃんが居る。
何故トレセン学生でも無い彼女がここに居るのかと言うと、そもそも彼女達の家族が寝泊まりしているのが、トレセン学園付近の寮だからだ。
彼女達はメジロマックイーンの不治の病を治してくれた存在。そんな人達に何もしないようでは人としてが疑われると言った理事長は滞在に掛かる費用を全て負担し、寝床も用意するとまで言ってのけた。流石理事長。そこにシビれる憧れる。
しかも彼女達の存在を学園の定期講習会で紹介したのもある。そのおかげで他の事情を上手く知らない学生達も安心し、ルビィちゃんを可愛がってくれている。パールさん達は安静な生活をルビィちゃんに強いてた分、酷く泣いて喜んでいた。
桜木(取り敢えず、タイヤ引きをしてるライスの方にはマックイーンが着いてくれてる。少しでも変な予兆があったら止めてくれるはずだ)
桜木(.........そうあってくれ。だなんて少しでも思うなよバカが。先送りになるだけだからな)
自分の弱い心に釘を刺すように罵倒する。もし少しでも不安があったら、大事をとって長期休養。言い訳もマックイーンの事があると言ってしまえば納得はさせられる。
けれどそれでは[乗り越えた]事にはならない。その次のレースか、それとももっと先のレースで、未来で起こった出来事が起きるかもしれない。そんな思いを抱いてこれからビクビクしながら過ごすなんざ真っ平御免だ。
そんな苦い物を自分の心に注ぎ込んでいると、不意に俺の袖を引っ張ってくる存在が現れた。
驚きつつもその方を見る為に視線を動かすと、そこにはルビィちゃんが居た。
桜木「ど、どうしたの?」
ルビィ「あのね!私聞いたの!ブルボンお姉さんって、二冠バなんだよね?」
桜木「.........そうだね」
彼女の質問に肯定で返しながら、俺は坂路を走るブルボンの方を見た。汗を顔に垂れ流しながら、彼女はその坂路を走り抜けている。
そのフォーム。そのペースを見ていれば良く分かる。もう既にあの菊花賞の時以上に、彼女は強くなっている。肉体的、戦略的、そして精神的にも.........
[スプリンター]による無敗のクラシック二冠。例え三冠に手は届き損ねはしたが、それでも人々にインパクトを与えるには十分な程常識を打ち壊してくれた存在だ。
だが、それでもやっぱり俺達にとっては.........
『私達は二人揃って[無敗の三冠バ]なんです』
片方だけを見ればクラシック二冠を取ったスプリンター。もう片方だけを見れば菊花賞にてその素質を世界に見せ付けたステイヤー。
だが彼女は言った。そんな二人が揃えば、[無敗の三冠バ]になるのだと。
だから俺達にとって、どちらか片方が欠けてしまえば成り立たない存在なんだ。それはきっと、この言葉を知らない多くのファンの人達もそう思っているだろう。
ルビィ「凄いなぁ.........楽しみだね![宝塚記念]っ!」
桜木「.........え?なんでいきなり宝塚の話になったの?」
ルビィ「え?だって.........」
「出るんでしょ?ブルボンお姉さんも」
桜木「―――.........」
一言だった。たった一言で、今までどうすべきなのかと言う濃霧の如くまとわりついてきた自問が、一気に切り開かれた感覚になった。
『一つ、本来そこでは有り得ない人物が関わる』
『あのね?ブルボンさんは.........骨折してそのまま、引退しちゃったんだ』
『二つ、その時代の人間が自分の意思で本来しなかった行動を起こす』
『走ります。これからも』
『三つ、これはアタシがこっちに来る前、じいちゃんに散々。口酸っぱく言われた事だ』
.........そうだよな。きっと、乗り越える方法はもう、これしか残されていないんだよな.........
散りばめられた記憶の欠片がパズルの様に当てはめられ、一つの絵が浮かび上がって行く。
そこには[誰一人欠けていない]チーム全員の笑顔がある。そして、それを完成させる最後のピースは.........
『簡単な事だ。確率や、可能性。神の起こす[奇蹟]やそれまでの実績。生き方、血筋、それらに縛られること無く―――』
『「―――心の底から、信じる事か(だ)」』
ルビィ「?お兄、さん.........?」
性格の悪いジジイだ。お前は俺にマックイーンだけじゃなくて、ライスやブルボン。タキオンの事まで託してやがったんだな。それならそうと、口から言えば済む話だっただろう。
.........そんな事を思っても、結局俺はあの背中を見てしまっている。どこまで行っても先を行くあの男に、心のどこかで敵わないと思い、それでも追い付きたいと願いながら.........そうでは無い道を歩き出そうとしている。
気が付けば俺の身体は動いていた。坂路を走り終え、汗を拭うブルボンの方へと近づいて行く。
そんな俺に気が付き、彼女も視線を向け、身体を向け.........静かに俺の事を、いつもの表情豊かな無表情で待っていた。
ブルボン「何でしょうマスター。先程の走りに何か問題点が?」
桜木「ううん、無かったよ。[無かったから]来たんだ」
ブルボン「?」
俺の言葉が理解出来ない。そう言う時には決まって首を傾げて宙にハテナを浮かべてくれる。表情が乏しいと彼女は以前悩みを打ち明けてくれたが、こういうわかり易さが彼女の良い所でもある。
桜木「ブルボン。大分力が着いてきただろう?」
ブルボン「はい。骨折以前の全パラメーターの割合からして、平均およそ10%。確実に向上しています」
桜木「.........じゃあ、中距離はもう心配無いんだね?」
ブルボン「はい。これまでのデータから予測しても、現在私の中距離での立ち位置はシニア級ウマ娘の中で上位クラスに位置していると計算出来ます」
自分を客観的な視点から見れる彼女の自己分析を聞いて、俺は確証を得る。事中距離に至ってはやはり、ブルボンの力はあの時より強力になっている。
それだけ聞ければ、満足だ。
桜木「分かった。なぁブルボン。提案なんだけどさ.........」
ブルボン「はい」
桜木「君の復帰後の最初のG1.........」
「[宝塚記念]に定めないか?」
ブルボン「―――!」
俺の言葉を聞いて、彼女は目を見開いた。風が吹き、木々が揺れ、木の葉を舞わせて俺達を包む。
やがて彼女のその目は元の大きさに戻り、その瞳は揺れること無く、真っ直ぐ俺を見つめてくる。
どうやら、彼女の答えは既に決まったようであった.........
ブルボン「.........よろしくお願いします。マスター」
彼女の決心が言葉に乗せられる。これで、全てが変わる.........そんな期待を胸に、俺は[宝塚記念]までの調整を頭の中で書き起こして行くのであった.........
......To be continued