山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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彼岸の花が咲く頃に

 

 

 

 

 

 最近、変な夢を見るの。

 

 

 その夢はいつも決まって、ゲートインから始まって。

 

 

 そしてレースの途中で目が覚めるの。

 

 

 第三コーナーの下りで、今からスパートをかけようとした瞬間に.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パッと、目が覚めるの.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「よっ、シャカール」

 

 

シャカ「.........チッ、何の用だ」

 

 

 結んだ根元からスラリと伸びていく長い髪。その後ろ姿を見つけて、俺は彼女の名前を呼んだ。

 無視しようとしたのか、一瞬沈黙があったが、やがてまとわりつく俺に観念したようで舌打ちをしながらこちらに視線を寄越してきた。

 

 

桜木「ほら、昨日マックイーンに頼まれてたライスの件!どう?データ出た?」

 

 

シャカ「聞いてねェのか?アイツの一着率は78%。出走率は98%だ。怪我の心配もねェよ」

 

 

桜木「ふ〜ん.........でもさ?俺シャカールのトレーナーさんから聞いたけど、結構変動するんでしょ?そのAIの確率」

 

 

シャカ「.........昔の話、だ。今はリセットさせてプログラムも修正済み。勝手な書き換えは.........ア?」

 

 

 ノートパソコンを開いてAIを起動させた彼女は、その画面を見て疑問の声を上げた。俺も見させてもらおうと彼女の後ろに回り、背伸びをしてその上から画面を見てみる。

 .........が、画面がしっちゃかめっちゃかで何がどれでどれがそれなのかが全く分からない。数字の大きさもバラバラ、並びも斜めだったりしてるし、これは酷い.........

 

 

桜木「えっと.........何かあった?」

 

 

シャカ「.........時間帯詳細が出てやがる」

 

 

桜木「つ、つまり?」

 

 

シャカ「時間帯によるコンディション変化が起きる場合、この[Parcae]は自動でその演算もする。けどオレが指定したのは出走率と着順率だけだ.........」

 

 

 そう言って、彼女はタッチパッドでカーソルを動かし、その詳細を開く。そこに現れた数字は先程と同じ物だ。

 唯一違う点を上げるとするなら、左上に日付と時間帯が出されている所。どうやらそこは分かりやすくしてくれているらしい。

 

 

 彼女はその数字の細部に気を配りながら、時間を遡っていく。今の時間帯から一時間ずつ、変わり映えしない数字の羅列を見ること数時間分.........

 

 

 そして.........午前三時のデータをクリックした時だった。

 

 

シャカ「.........あァ!!?」

 

 

桜木「うぇ!!?な、なになに!!?」

 

 

シャカ「出走率100%.........一着率2.13%.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再起不能故障率、87%.........!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャカ「クソッ、なんでこんな数字が出てきやがる.........!!!」

 

 

桜木「.........」

 

 

 データに現れた数字。今現在の出走率よりも高い値の故障確率。それを目にした彼女はパソコンを操作し、条件を付け直し始める。

 出走人数。調整期間。天候。バ場状態。果てには来客人数の正確な値まで入れ始めたが、結局その三時のデータの数値はうんともすんとも言わなかった。

 

 

シャカ「.........どうなってやがる」

 

 

桜木「.........シャカール。もし出来たら、宝塚を回避して他のレースに出走する場合の確率も、お願い出来る?」

 

 

シャカ「!あァ、そっちの方が手っ取り早いな。それなら何とか―――」

 

 

パソ「ドゥンッ!」

 

 

二人「は?」

 

 

 意固地になっていた彼女に宝塚のデータだけ抜くようお願いした。彼女はそれに安心した様な顔でデータを入れ、いざその確率を計算しようとした時。彼女のパソコンの画面は真っ青になった。二日酔いかな?

 

 

 その後何度再起動を掛けて同じ条件で演算を出力しようとしたが、何度もパソコンが泣き叫ぶように青スクリーンになるので俺は諦めた。次いでにシャカールは考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「そう、ですか.........」

 

 

桜木「うん。やっぱりここで乗り越えるしかないみたい」

 

 

 シャカールさんとの会話を終え、彼は一度チームルームの方へと戻ってきました。そこで先程あった事態を私達に話したのです。ライスさんの故障は、何かの因果によって確実に発生する、と。

 

 

「.........君、やっぱり何か憑いてるんじゃないかい?」

 

 

桜木「だったら俺に来るべきなんだけどな。そういう事全部」

 

 

マック「もう、今に始まった事では無いでしょう?タキオンさん」

 

 

 参考書をテーブルの上に広げながら、タキオンさんはゲンナリとした表情で彼を見つめていました。流石にこういう怪我に関する事件が次々と起こってしまっていますから、そう思うのも無理は無いです。

 

 

 本来ならばここにタキオンさんが居ることは無いはずだったのですが、トレーナーさんと相談し、流石にタキオンさんだけには相談しておこうという話になったのです。後でバレた時が怖いですし.........

 

 

 実際話した所、彼女もライスさんには伝えないと言う方針に肯定の姿勢を示して下さいました。もし宝塚を回避しても、この先怯えながら調整やレースを行うのであれば、勝てる物も勝てなくなってしまう。

 そうなるくらいなら、本来では有り得なかったことをふんだんに盛り込んで歴史を根本からねじ変えてしまおう。と言うのが彼女の作戦でした。

 

 

タキオン「だがシャカールくんのおかげで良いデータが取れた。ライスくんの分岐点はやはり宝塚で間違いないだろう」

 

 

マック「.........ところでトレーナーさん?ブルボンさんの調整はどう進んでいますの?」

 

 

桜木「ん?ああ、前みたく黒沼さんと東先輩に預けてるよ。メニューは俺が作れるけど、精神的な部分はやっぱり二人の方が育てるの上手いからさ」

 

 

タキオン「フフ、そういう一部分だけでも他のトレーナーに任せるところ、君が君たる所以だね」

 

 

桜木「?」

 

 

 彼のトレーナーとしての一番目立つ特徴を言いながらタキオンさんは笑っていますが、当の本人はどういう事か分からない。と言うように首を傾げました。

 しかし彼女の言う事はおおよそ当たっていて、今までの常識を考えれば担当ウマ娘のトレーニングは絶対と言っていいほどその担当トレーナーが見る事になり、他のトレーナーには絶対に任せません。

 彼自身が言うには、今はお二人が担当を持っておらず、そしてブルボンさんの素質に惹かれている部分があるからと言っていましたが、それでもそんな方は今まで居なかったのです。

 まぁ、居なかったのですから、担当ウマ娘のトレーニングを他のトレーナーに任せてはいけない。などと言う規則もありません。

 

 

桜木「そんな変かな〜、他の人にお願いするの」

 

 

タキオン「帰省しているならまだしも、普段からそうしていると言うのが変わっているね」

 

 

桜木「だって俺だけが見るより絶対強くなってくれるじゃん?今東さんも黒沼さんも担当居ないからほぼノーリスクだし。流石に沖野さんには気が引けるけど」

 

 

マック「ライバルだからですか?」

 

 

桜木「勝手に足触るからだよ!!!あれさえ無ければホントハイパー頼りになる先輩なのに!!!」

 

 

 呻き声を上げながら頭を抱えるトレーナーさん。そんな彼を見て私とタキオンさんはお互いの顔を見合せて苦笑いを浮かべました。

 しかし、そうしている間に彼は何かを思いついたようにハッと顔を上げ、私達の方へ距離を詰めてきました。

 

 

桜木「ねぇ!誰か走りが異次元並みに安定してる子って誰か居る!!?」

 

 

マック「へ?さ、さぁ.........?それはトレーナーさんから見ても分かるものではありませんか?」

 

 

桜木「確かに俺の知識も大事だけど、君達競技者にしか分からない感覚レベルでさ!!その子に教えて貰ったらちょっとでも確率減るんじゃない!!?」

 

 

タキオン「.........そうだね。一人いる」

 

 

二人「!」

 

 

 彼の提案に乗る形で、タキオンさんは顎に手を当てながらそう発言しました。その言葉に他の思案や問題点があるとは感じられなかった私達は、驚きながらも彼女の方に目を向けました。

 そんな私達の顔を見て、彼女はクスクスと笑った後、立ち上がってチームルームの扉を開けました。

 

 

タキオン「さぁ、頼みに行こうじゃないか」

 

 

桜木「ちょ、ちょっと待って!その頼れるウマ娘って一体誰なんだ!?」

 

 

タキオン「フフ、そんなに心配せずとも、私達が[最も頼りやすい]チームに居るウマ娘さ。君達もよく知ってるだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[サイレンススズカ]くん。だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「はぁ......はぁ.........」

 

 

スズカ「大丈夫?ほら、お水」

 

 

ライス「あ、ありがとう.........ぷはっ」

 

 

 ターフの上で座り込み、ひたすらに汗を流していたライスに飲料水とタオルを渡すスズカ。その姿はやはり、チーム[スピカ]の女房役と言っても差し支えないくらいの気配り上手だった。

 

 

桜木(距離は宝塚と同じく2200m。ステイヤーのスタミナレベルなら走りきれない事もないが、流石に最初から終わりまでスズカの隣で走るのは相当キツいか.........)

 

 

桜木(.........それにしても)

 

 

 先程のレース風景を頭の中で思い浮かべる。最初はスズカとライスが収まる全体像が映し出されていたが、今はスズカの姿がドアップして脳内で再生されている。

 はっきり言おう。[おかしい]。マックイーンやタキオンに言われるまで何となくそういうものだと思っていたが、言われて見ればその点が彼女の脚質以上に気になってきてしまう。

 

 

 結論を言えば、安定性が[ありすぎる]。けれどただそれだけじゃない。五年以上トレーナーをしてきた俺が、気付けないほどその安定性が身体に染み込んでいる。

 一体、何がどうなって.........

 

 

「気になります?」

 

 

桜木「ああ.........ん!!?」

 

 

スズカ「ふふ♪やっと気付きましたね。サブトレーナーさん」

 

 

 思考に耽っていた俺の後ろから声を掛けてきたのは、その原因であるスズカ本人だった。

 では先程ライスに飲み物を渡していたスズカはどこに?そう思ってその方向を見ると、そこには先程見せてくれたスズカの安定性がある走り方を少しでも伝授させようとするタキオンとマックイーンがそこに居た。

 

 

桜木「.........勘弁してよ」

 

 

スズカ「すみません。桜木トレーナーさんはからかいやすいですから、つい」

 

 

 つい。で女子高生にからかわれる成人男性の気持ちも分かって欲しい。そう思ったが、それでは話は進まない。

 俺はひとまず心に強く発生した羞恥心を振り払い、彼女に簡単な質問をした。

 

 

桜木「なぁスズカ。君の走りって、沖野さんに教えて貰ったのか?」

 

 

スズカ「いえ。私はただ好きな様に走ってるだけですよ?」

 

 

桜木「え?じ、じゃあ、あの安定性も気付いたらって感じで.........?」

 

 

スズカ「.........う〜ん、小さい頃の記憶だから、あまり覚えて無いんだけど.........」

 

 

 彼女にとってその記憶は相当昔の物らしく、物心付くか付かないか位の物らしい。

 そんな曖昧な物をしっかりと思い出そうとうなりながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めてくれた。

 

 

スズカ「私、実は昔から走るのが好きで.........」

 

 

桜木「あっうん。それは聞かなくても分かるかな」

 

 

スズカ「むっ、話の腰を折らないでください」

 

 

桜木「ご、ごめん」

 

 

 何を至極当然の事を?なんて思ってつい言ってしまったが、彼女にとってそれは自分自身のミステリアスさだと思っていたらしい。これで嫌い、とかだったら分かるのだが.........まぁ要するに、そのまま育ってきた訳だ。

 

 

スズカ「兎に角、そんな私が公園の周りを走ってると、[ある人]に声を掛けられたんです」

 

 

桜木「ある人.........?」

 

 

スズカ「はい。その人は私の走り方を見て、疲れてるなら走らない方が良いよって行ったんです」

 

 

スズカ「普段の私だったら、直ぐに忘れて走っちゃうんですけど.........その言葉が何故か、今でも残ってて.........」

 

 

 .........う〜ん、つまり。常にコンディションが良好な状態且つ、それを意識して走っているから、再現性が高い物に仕上がっているのか.........?

 だとするならば、恐らくライスに上手く作用してくれるかは分からない。あの子はとても頑張り屋だ。それも超が三つくらい着く程に。

 

 

 .........可能性があるとするならば。

 

 

桜木「ねぇ、その人。もしかしてトレセン学園のトレーナーだったりする?」

 

 

スズカ「その時はそうだと聞きました。けど今は.........」

 

 

桜木「.........もしかして、居ない感じ?」

 

 

スズカ「はい。[テレビ]ではよく見るんですけどね」

 

 

 へ?なんて言う素っ頓狂な声を上げると、彼女は俺の心境を理解しきれず、首を傾げながらその答えを言ってくれた。

 

 

スズカ「今は[プロリーグ]のレースプランナーなんです。私達のトゥインクルシリーズの事前解説も番組でやっていて.........」

 

 

 [プロリーグ]。それは、[ドリームトロフィーリーグ]の上に位置するリーグであり、その名の通りプロとして走るウマ娘達が活躍する世界である。

 学生達が走っている今この時期のシリーズは正に、スポーツ学生にとっての[インターハイ]に近しい物だろう。

 更に言えば[ドリームトロフィーリーグ]。通称[DTL]はプロになる為に自身の実力を示す大きな選抜レースのようなもの。

 その過程を経て、企業からオファーを受け、援助を受けて初めて[プロリーグ]に参加する事が出来る。

 

 

 しかし、これはウマ娘側の問題。トレーナーもそれと同等の試練が待ち受けている。

 

 

 ウマ娘同様、トゥインクルシリーズの経験。チームトレーナーとしての実績を積んでDTLに推薦され、そこでも目覚しい活躍を見せた後、これまた推薦で今度は[国際資格]。つまり海外のレース事情。歴史と文化。そして常識の点で合格した後、企業の方に自分を売り出さなければ行けない。

 まぁ最終的にはフリーとして動く事も出来るが、そうなるまでに要する期間はざっと[30年]。気が遠くなる程の研鑽が必要となってくる。

 

 

スズカ「サブトレーナーさんはどうなんですか?プロリーグ」

 

 

桜木「.........うーん、こう言っちゃなんだけど、間に合ってるかなぁ」

 

 

桜木「担当一人の夢を背負ってあたふたしてる今、企業とか不特定多数の生活まで背負えるのかって聞かれたら.........ねぇ?」

 

 

 トレーナーという職業は傍から見れば[夢を追う]仕事だと思われている。実際、プロリーグよりもトレセン学園のトレーナーの方が数は圧倒的に多い。

 そして、それ以上に自由が効く。何のレースを目標に、どのようにトレーニングを積むか。極端な話、ウマ娘もトレーナーも考える事はそれだけで済んでしまう。

 だがプロリーグになると途端に話が変わる。企業が重視しているレース。そこに所属しているウマ娘のプロモーションのスケジューリング。トレーナーの講演。

 

 

 この多くの要素が重なり、結果的にウマ娘。そしてトレーナーとしての技量は学生時代から大きく飛躍しない。ピークを過ぎたと言う事もあるが、礼儀やマナー。コンプライアンスのある一級の実力を持った学生のウマ娘と何ら変わらない。

 だったらまだ[夢]を存分に享受できるこの環境に居続けた方が楽しいに決まっているだろう。

 

 

 そんな事を考えて微妙な顔をしていると、スズカは先程の鈍感さとは打って変わって俺の内心を察したようで、少し心配そうな顔付きをしていた。

 

 

スズカ「.........怒られますよ?」

 

 

桜木「誰にぃ?」

 

 

スズカ「後ろの人に」

 

 

「トレーナーさん?」

 

 

桜木「.........へ?」

 

 

 びくり。と身体が反応する。反応してから、先程の声がどんなものだったかを分析する。声の感じからして、ニコニコしてそうだった。

 けれど身体に刺さる視線はそんな優しいものじゃない。本能の警報センサーがカンカンと音を鳴らして俺に危険を知らせてくる。

 俺は息を呑みながら意を決して振り返ってみると、そこにはやはり、ニッコリ笑顔のマックイーンがそこに居た。

 

 

桜木「ま、マックイーン!ライスはどうしたの?」

 

 

マック「少し様子が変でしたから、タキオンさんと休憩に行かせました」

 

 

桜木「そ、そう!良かっ「プロリーグ」.........アイ」

 

 

マック「.........ラモーヌお姉様も、走って居ますのよ?メジロの名を背負って」

 

 

桜木「そ、ソナンダー.........」

 

 

 怖い。誰か助けて欲しい。そう思い横目でスズカの方を見たがもう居ない。流石異次元の逃亡者。立つスズカ跡を濁さず。

 助けを望めなくなった俺は未だにニコニコ顔のマックイーンと向き合う事に決めた。

 

 

 彼女の手が俺の手に優しく触れる。優しい温かさと女の子特有の滑りのある肌が気持ちいい。

 そしてそこから滑るように俺の指の間に、彼女の指を絡めてくる。

 

 

 あっ、気持ち―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあぁぁぁあああぁぁぁっっっ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「わっ、凄い声.........!」

 

 

 マックイーンさんに休憩を勧められて、私はタキオンさんと一緒にブルボンさんがトレーニングしてる坂路まで来た。

 そこでさっきまでライスがいた所から凄い声が響いてきたの。

 

 

タキオン「はぁ.........また何か余計な事を言ったみたいだね」

 

 

ライス「う、うん。でも、何だか久しぶりに聞いたかも」

 

 

タキオン「.........まぁ、そんなやり取りをする余裕も、最近は無かったからだろう。平和になった物だよ。本当」

 

 

 両手を広げてやれやれってタキオンさんはしてるけど、その顔は何だかとっても嬉しそうだった。きっと、私と同じ気持ちなんだと思う。

 

 

 最近、ようやく元通りになってきた。チームの雰囲気も、お兄さまの様子も、全部が前みたく戻ってきてる気がする。

 そんな安心感があるのと同時に、変わって行ってる自分に不安を感じている。昔はあんなに、変わりたいって思ってた筈なのに.........

 

 

 私はブルボンさんとウララちゃん。デジタルちゃんが並走する坂路のコースを見ながら、ぼんやりと湧き出る不安と向き合ってた。

 

 

タキオン「.........浮かない顔だね」

 

 

ライス「あっ.........ごめんなさい。ダメだよね。宝塚記念もあと一ヶ月くらいなのに.........」

 

 

タキオン「仕方ないさ。私も君も生き物だ。そういう気分の時もある」

 

 

 そう言ってタキオンさんは立ち上がって、私が飲み干した飲料水のペットボトルを持っておかわりを持ってくるって言ってくれた。

 .........違うって、否定したかったんだけど、言葉が出て来なかった。

 

 

「ライスさん」

 

 

ライス「っ!ブルボンさん」

 

 

 タキオンさんの後ろ姿を、本当の事を言えなかった後悔を感じたまま見ていた。その時、ライスの見ていた方向とは反対の方から、ブルボンさんの声が聞こえたの。

 ライスは慌てて、にっこりほほんだ。

 

 

ライス「お疲れ様!もう大丈夫?」

 

 

ブルボン「はい。ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした」

 

 

ライス「ううん!謝らなくていいよ?ライス、楽しみだったから.........」

 

 

 ベンチに座る私の隣にブルボンさんが座る。二人して顔を見合せて、何だかおかしくなって少し笑っちゃうと、ブルボンさんも顔を少し緩めてから、坂路の方に顔を向けた。

 

 

ブルボン「.........思えばここが、私にとっての全てでした」

 

 

ライス「え?」

 

 

ブルボン「[無敗で三冠]。そう志したあの幼き日から、私は坂路で走ってきました」

 

 

ブルボン「短距離からマイルへ。マイルから中距離へ。手を伸ばせば、あともう少し.........伸ばせていれば.........」

 

 

 太陽に向けて手を伸ばす仕草とは裏腹に、ブルボンさんの声は何だかとっても空っぽだった。それがライスのせいだって気付くのに、時間はそんなに掛からなかった。

 でも、ブルボンさんはライスが悲しくなって俯く前にこっちに顔を向けてくれた。その顔はさっきより、明るくてとても真っ直ぐだった。

 

 

ブルボン「私の世界は[坂路]で作られました。逆を言えば、それ以外の物を、見ようともしませんでした」

 

 

ブルボン「マスターと出会ってから、数多くの不可思議な感情、そして出来事に巻き込まれていく内に、私の世界は.........」

 

 

 そう言いながら、ブルボンさんはまた太陽に手を伸ばした。今度はさっきと違って、しっかりと腕を伸ばして、その太陽の輪郭に触れるように撫でている。

 そしてその顔は嬉しいっていう気持ちがいっぱい感じられて、その声も、さっきの空っぽとは違うって思えた。

 

 

 そして、ブルボンさんはその手を伸ばしたままゆっくりと握りしめて、太陽の輝きを掴んで言ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――私の世界は、[スピカ:レグルス]になりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルボン「.........だから、今はなんだか、とても身体が軽く感じられるんです」

 

 

ブルボン「世界が広がって、まるで背負っていた荷物を置ける場所が増えた感じです」

 

 

 ベンチから立ち上がって、ブルボンさんはスッキリとした表情をして話してくれた。私の顔を見るブルボンさんの表情は確かに、初めて会った時とは全然違う。

 ライスも.........ライスもそんな、ブルボンさんの隣に立っても、ブルボンさんが変な目で見られないくらい、強くなりたい.........心も、身体も.........

 

 

ライス「.........頑張ろうね。宝塚記念」

 

 

ブルボン「はい。ライスさんも」

 

 

 首に掛けたタオルで汗を拭い直して、ブルボンさんは笑ってくれた。それに釣られて、私も笑い返す。

 遠くで手を振ってるウララちゃんとデジタルさんを見て、ブルボンさんはそのまままたトレーニングに戻って行った。

 

 

ライス(.........そうだ。ライスも、頑張らないと)

 

 

ライス(だって、一年ぶりだもん。ブルボンさんと走るの.........」

 

 

 胸がドキドキする。一体、どうなっちゃうんだろうって。ライスはまだ、中距離のG1を勝ったことが無いって事もあるけれど、一番はやっぱり、ブルボンさんだ。

 

 

 あの走りを、もう一度見たい。

 

 

 どこまでも先を行って、最終コーナーで抜かせられるのかを考えて、仕掛けに行く.........その瞬間が、一番楽しい。

 

 

 そう。ブルボンさんとのレースが、どうしようもないくらい、楽しみなんだ.........

 

 

ライス「.........よーし。頑張るぞ〜.........!」

 

 

ライス「えい、えいっ、おー!」

 

 

 こうしちゃいられない。そう思ったライスもベンチから立ち上がって、一人でおまじないをする。

 それをし終わってから、誰か見てないかな?なんて不安になって辺りを見渡して、誰も見てない事に安心した。

 

 

 そして、私はまた、スズカさんとの並走に打ち込んだの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見るの。

 

 

 みんなの応援で背中を押されて。

 

 

 無我夢中で走って。

 

 

 勝てると思って。

 

 

 第三コーナーの曲がり際。

 

 

 いつもだったら、そこで目が覚めるのに.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライスシャワー[落バ]!!ライスシャワー[落バ]!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [落バ]って何だろう?聞いたことの無い言葉。

 

 

 そんな事を考えながら、私の視界は地面を写してる。

 

 

 あれ.........私は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――何を[視てる]の.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ううん』

 

 

『[視せて]るんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライス「っっ.........!!?」

 

 

 .........最近、変な夢を見るの。

 

 

ライス「はぁ.........はぁ.........」

 

 

 その夢を見て起きると、身体は汗でびしょびしょになって.........

 

 

ライス「っ.........グス.........ヒグ.........」

 

 

 何だかとても、泣きたくなって.........

 

 

ライス「.........っ!痛.........?」

 

 

 何だか[左脚]が、とっても痛くなるの.........

 

 

 

 

 

......To be continued

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