山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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マック「夏は、その......」T「?」

 

 

 

 

 

『そこで[恋人]になるのよ?』

 

 

マック「.........うぅ」

 

 

 ビーチバレー大会が終わり、今日のトレーニングも無事終えた後。午後の自由時間前の全体ミーティングまでの時間で、私は一人机に頭を伏せて唸っていました。

 その理由はただ一つ。お姉様が私に課した[試練]に近しい[命令].........その意味を理解すればするほど、身体の中で熱が荒ぶります。

 

 

マック「うぅ.........うぅ!」

 

 

マック「.........くぅ」

 

 

 その熱は身体の中で跳ね回り続けるだけで、決して外には出て行きません。まるで今の私に彼をデートに誘う勇気が出ないのと同じ様に、その熱も、外へ出て行くつもりが無いんです。

 だから一人、ミーティングルームで唸っているんです。ここに誰も居なくて本当に良か―――

 

 

神威「.........あっ、ども」

 

 

マック「.........見てました?」

 

 

神威「うん。君が俺に気付かずに部屋に入ってきて、机に顔を伏せたとこから」

 

 

マック「そう.........ですか」

 

 

二人「.........」

 

 

 き、気まずい.........まさかこの私が、人が居ることに気付かずに自分勝手に振舞ってしまうだなんて.........あ、穴があったら入りたい.........

 自分でも驚くほどに心の色がころころと変わって行きます。先程までの熱は一気に冷め、血の気が引いたような冷たい物が心の中に敷き詰められていきます。

 何も言えずに黙っている時間だけが進んで行く。最初の内はそうでした。

 

 

神威「.........クク」

 

 

マック「?な、何か.........?」

 

 

神威「いや、こうして緩く見てるとさ。だーいぶ玲皇に影響受けてんのなって」

 

 

マック「それは.........ある意味必然ですわね」

 

 

 面白い物を見ている様に、司書さんは抑えつつも笑い声を漏らしていました。正直見世物にされているような感覚がして、良い気持ちではありません。

 ですが、彼の言っている事は確かです。自分でもこんなに不規則に心が揺れ動く人間だとは、思っても居ませんでした。

 

 

神威「実は昔さ。玲皇より先に君の事見た事あるんだよ」

 

 

マック「?それはつまり、私が入学してすぐの頃.........でしょうか?」

 

 

神威「そうそう。カフェと仲良くなったけど、俺トレーナーじゃなかったしさー。放課後は図書室で入ってきた本の内容を一通り覚えてたりしたんだ」

 

 

神威「あの頃見た君は.........今よりちょっとフラフラだったかな?」

 

 

マック「.........あぁ、無理な[食事制限]をしていましたから」

 

 

 懐かしい話です。彼と出会う前。トレセン学園に入ってひと月経つか経たないかまでの間。私は自分の体質に四苦八苦しながらも、それに向き合っていました。

 そのお陰で選抜レースでは7着。おまけに身体は満足に力を出力出来ず、挙句の果てにまだ一回しか顔を合わせていない彼に介抱される始末.........必死だったとはいえ、今思えばあれこそこの人生で最大の恥ずかしい瞬間です。

 

 

マック「ですが、そのお陰で[今]があるんです。捨てた物じゃ無いでしょう?」

 

 

神威「はは、そりゃそうだ。それこそ[それを捨てるなんてとんでもない]って奴だな」

 

 

マック「?」

 

 

神威「.........あ、はは、ゲームやんない子には通じないか」

 

 

 苦笑いを浮かべながら、司書さんは頭を掻きました。ゲーム.........あまり触れて来なかった代物ですが、思えばトレーナーさんもゲームが大好きです。彼を知る為に何かしら触って見た方が良いのでしょうか.........?

 そんな思案を始めた私を見て、彼は深刻に捕えなくても良いと言ってくださいました。今の私にはそんな暇ありませんから、嬉しい助言でもありました。

 

 

神威「.........ていうか本当に凄いな。話安くてびっくりするよ」

 

 

マック「え?そ、そんなにですの?」

 

 

神威「うん。なんつうかこう。やすりで削られて丸くなってるような.........」

 

 

マック「急に表現が痛々しくなりましたわね.........」

 

 

 せめて普通の言い方をしてくれたならば、私だって悪い気はしませんでした。そんな言い方をされたら、誰だって嫌な気分になるではありませんか。

 私ははぁっと息を吐くと、彼は気持ちの籠ってない謝罪を何度もしました。きっとこう言う所でカフェさんを怒らせているのでしょう。その気持ちが今痛いほど伝わります。

 

 

マック「.........けれど、話しやすいとは言いますが、それは貴方達の視点であって、私からは話出しにくい事は沢山ありますわ」

 

 

神威「へー.........!ま、まぁ今は良いか「良いじゃない。聞かせてよ」ちょ」

 

 

マック「これは他言無用ですよ?実はこの後、トレーナーさんを明日の夏祭りに誘いたいのですが、以前の夏合宿で断られましたので、少々誘いにくいのです.........」

 

 

「ほぇ〜」

 

 

マック「もう、なんなんですかその気のない返事は!!!一体誰.........が.........」

 

 

 先程から不意に現れた誰かに対して、私は怒りました。その声は裏声で完全にふざけきった物でしたから、てっきりまた白銀さんが私をからかっているのだと思ったのです.........

 

 

 ですが、実際には.........

 

 

桜木「夏祭りかぁ、そういや随分行ってないね。うちのチームも宝塚記念の常連になっちゃったし、そんな暇も無くなっちゃったからなぁ」

 

 

マック「.........ぇ、き、聞いてたんですの.........!!?こ、これは違―――」

 

 

桜木「じゃ、一緒に行こっか!」

 

 

マック「―――はぇ.........?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン「これが脚部へのダメージ回復を促進させるアイジングスプレー。そしてこっちがそもそもダメージを軽減する為の錠剤だよ」

 

 

ラモーヌ「中々研究熱心なのね。これは?」

 

 

タキオン「それは精神コントロールの為の調整剤さ。以前、菊花賞で酷い目にあったからね」

 

 

 ミーティングが終わった後、私は合宿所であるメジロ家の別荘の一室に来ていた。理由は一つ。薬の研究の為だ。

 しかし、そこには何故か先にラモーヌくんが居た。私としては早く退室願いたい物なのだが、噂と違い色々と食い付いてくる。

 

 

ラモーヌ「良い物ね。これが世に出れば多くのウマ娘達がレースに参加出来るようになる」

 

 

タキオン「.........」

 

 

 感心した様な表情で、私が合宿に持ってきている薬品を見比べる彼女。その姿にやはり、以前から聞いていた噂や彼女の人物像とはあまり合致しない。

 

 

 メジロラモーヌは[レースを愛している]。そう言っても過言では無い程にレースに執着し、そしてそれ以外には全く興味を示す事がない。

 調整もトレーニングも自分で行い、トレーナーが決めるのはレース日程だけ.........という噂もあった程だ。実際の所は詳しくは知らない。

 

 

 だから私はつい、気になってしまった。

 

 

タキオン「.........随分噂と違うようだね?ラモーヌくん?」

 

 

ラモーヌ「噂?」

 

 

タキオン「君は確か、レース以外には興味が無い。所謂レースをするだけの[機械]という噂まであったよ」

 

 

ラモーヌ「そう」

 

 

タキオン「.........いやそれだけかい!!?もっと反論だとか「興味無いわ」.........」

 

 

 彼女は一度も私の方を見ずに会話を終わらせた。強ち噂は間違ってないかもしれない。私は思わず溜息を吐きそうになった。

 しかし、そんな私の溜息を止めたのは他でも無い。彼女自身だった。彼女は手に持った薬品を優しくテーブルの上に置き、私の方へと顔を向けた。

 

 

ラモーヌ「人は変わるものよ。特に、何かを追求している時は」

 

 

ラモーヌ「誰が言ったかも分からない噂を宛にするだなんて、貴女もまだまだね?アグネスタキオン」

 

 

タキオン「っ、言ってくれるね.........」

 

 

 言ってやった。と言わんばかりに彼女はその顔を誇らしげにして見せた。噂など言わせておけば良いというスタンスだった私が噂に踊らされている。自分でも酷く滑稽だと思ってしまう。

 

 

ラモーヌ「けどそうね。最近の話よ。こういう物にも興味が出てきたのは」

 

 

タキオン「それは.........どうしてだい?」

 

 

ラモーヌ「プロって楽しくないのよ。案外」

 

 

 え、そ、そんな事を言って大丈夫なのかい.........!!?君、仮にも第一線級のプロウマ娘じゃないか!!?そんな爆弾発言をトレセン学園生にするなんて夢も希望もあったものじゃないだろう!!!

 

 

ラモーヌ「プロモーションビデオや写真撮影。テレビの出演に講演会。レースと関係無い物ばかりでつまらない」

 

 

ラモーヌ「おまけに肝心のレースは他の選手も同じ状態。だから力関係が大きく覆ることは無い。人々の間でプロのレースは熱狂的なスポーツではなく、余興としか扱われないのよ」

 

 

タキオン「ら、ラモーヌくん?私も一応その道を行こうとしてるんだよ?ぐ、愚痴を聞かせる相手は選んだ方が.........」

 

 

ラモーヌ「最終的には新しくプロの子が入ってくるのを待っているだけの自分に嫌気が差してきたわ。こんな事だったら私も生徒会長になってルドルフの様に.........」

 

 

タキオン「ストップ!!! スタァァァっプ!!!」

 

 

 あ、危ない所だった.........!危うく私が唯一尊敬する生徒会長にまで飛び火するところだった.........!

 し、しかしその実態を改めて聞けば彼女の言う事も核心を突いている。実際人々の話題になるのはプロリーグやドリームトロフィーリーグでは無く、学生達が走る[トゥインクルシリーズ]だ。その理由は単純明白で、選手達は基本、走る事以外をする必要性がほとんど無い。

 

 

 だがプロになればスポンサーが着き、その企業の宣伝をしたり、或いはその企業に命令された事をしなければならない。ラモーヌくんはきっとその部分に目を向けられなかったのだろう。きっとプロになれば、学園では味わえなかったレースがあるかも知れないと思って.........

 

 

ラモーヌ「だから始めたの」

 

 

タキオン「な、何をだい.........?」

 

 

ラモーヌ「後進育成」

 

 

タキオン「あ、あぁ〜.........」

 

 

ラモーヌ「ルドルフは裏方でそれをしているけれど、私は前に立ってそれをする。きっと近い将来。私と競って、私に勝つウマ娘が現れる.........」

 

 

 .........今、彼女は自分がどんな顔をしているか分かっているのだろうか?私の目の前に居る彼女は、その光景を想像し嬉しそうな顔をしている。余程白熱したレースに飢えている様だ。

 

 

タキオン「.........ん?もしやそれがマックイーンくんだとでも言うのかい?」

 

 

ラモーヌ「そうかもしれないわね。今のあの子はどう頑張っても私には勝てないけれど.........」

 

 

ラモーヌ「.........あの子の[誇り]がなんの為にあるのか、理解出来なければ。その未来は決して訪れないわ」

 

 

 [誇り]がなんの為にあるのか。その言葉を聞いても、私は何も思い当たらなかった。言葉の意味すら、理解は出来ない。

 だが、彼女はわかっていてそれを言っている。マックイーンくんの[メジロとしての誇り]が、本来どのようにあるべきなのかを.........

 

 

 その意味を、真意を聞こうとした時、彼女は既にドアノブに手をかけていた。マイペースな彼女の事だ。今引き止めた所でその真意を語ってくれる事は無いだろう。

 

 

 そう思っていたが.........

 

 

ラモーヌ「貴女にも期待しているのよ?[超光速の貴公子]さん?」

 

 

タキオン「!」

 

 

ラモーヌ「その[脚]を克服したら、どれほど速くなるのかしら?」

 

 

ラモーヌ「.........最も、勝つのは私でしょうけど」

 

 

タキオン「っ、噂も案外、宛になるものだね.........!」

 

 

 不敵な笑みを私に向けた彼女はその後、流れる様に部屋を出ていった。残ったのはテーブルの上に並べられた薬品と、私だけ。

 心が熱い。こんな感覚になったのはいつ以来だろう。少なくとも、[菊花賞]の時には現れなかった。それ以前ならば、カフェがデビューした時だろうか?

 

 

タキオン(.........全く。私もまだまだだね)

 

 

 助けられた。と言っても良いだろう。彼女が焚き付けなかったら、この気持ちが再燃するのは一体いつになっていたことやら.........考えただけでもゾッとする。

 

 

 .........いつかあるやもしれない、[メジロラモーヌ]との対戦。恐ろしさと好奇心が二人乗りした心のまま、私はまた、この[脚]を克服する為の研究に没頭して行った.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜木「という訳で沖野さん。明日は俺マックイーンと夏祭り行くんで」

 

 

沖野「という訳でって.........唐突だな!!?」

 

 

 今日のトレーニング内容をまとめる為に、ミーティングを終えた俺と沖野さんは、二人で資料を整理していた。

 明日はどうするか。という話題になったため、先程マックイーンに夏祭りに誘われた事を切り出したという訳だ。

 

 

沖野「.........前は行かなかっただろ」

 

 

桜木「え?いやぁ。俺も若いもんなんでね」テヘ

 

 

沖野「へーへー、そうですかそうですか。そんな事にうつつを抜かして、後でラモーヌにドヤされても知らねぇぞ?」

 

 

桜木「うひぃ.........そこは沖野さんが何とか「なるか!!!」そう言わずに!!!スピカトレーナー!!!」

 

 

 俺の泣き付く姿も最早板について来たのだろう。沖野さんは軽くあしらう様に俺が絡めた腕をふいっと払った。いけずな人.........!

 と、心の中でふざけてみたものの、沖野さんの表情はどこか複雑と言うか、真剣そうな表情だった。しかもその顔は俺に向けられている。一体、どうしたのだろう?

 

 

沖野「お前、スピカに入る時確か言ってたよな?」

 

 

桜木「え?な、何を.........?」

 

 

沖野「三年。三年経ったら独立して、チーム[レグルス]を設立するって」

 

 

 .........アレ、そんな事言いましたっけ?やっべー.........多分それマックイーンとタキオン二人とも見れると思って深く考えずに発言しちまったパターンじゃねぇのか.........?

 いや、最初はそのつもりだったけど色々ありすぎてタイミング逃したとかそれ自体忘れたパターンもある.........

 

 

桜木「い、いやいや!三年って!考えて見てくださいよ沖野さん!!!三年目なんてマックイーンの一回目の天皇賞にテイオーの骨折!!!秋天の降着事件とかあってそんなの頭に残ってるとか薄情過ぎるじゃ無いですか!!?」

 

 

沖野「んん、まぁそうだな。三年目は確かに色々あったからなぁ」

 

 

桜木「で、でしょう?だから「で?」で!!?」

 

 

沖野「お前はいつ、[独り立ち]するんだ?」

 

 

 俺とは正反対の真剣な表情で、沖野さんは静かに問い掛けてくる。それに釣られて俺の慌てふためいた顔も、静かに冷静に、真剣に変わって行く。

 .........[独り立ち]。そんないつかが来る。なんて考えても居なかった。こんな日々がずっと続くと思っていた。マックイーン達が居て、その隣にテイオー達が居て、そして俺達の前では沖野さんが歩いてくれている。そんな安心感を、いつまでも享受出来ると勝手に思い込んでいた。

 

 

 けれどそれは、残酷な話ではあるが、[停滞]に過ぎないんだ。

 

 

桜木「.........正直、今の俺でもチームをまとめられる自信があるかと言われたら、答えられません」

 

 

沖野「.........」

 

 

桜木「でも、今言われて決めました.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[URAファイナルズ]で、俺の担当が一人でも優勝したら.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺達は、チーム[スピカ]を辞めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [URAファイナルズ]。全ての距離。全てのコース。全ての適正バ場で行われる前代未聞の大レース。そんな中で優勝するという事は、もちろん簡単な事じゃない。

 だからこそ、そこで一人でも優勝する事が出来たなら、俺にも力が着いてきたという証明になる。それを一つの指標に、俺は覚悟を決めた。

 

 

 チーム[スピカ]と、決別する覚悟を.........

 

 

沖野「.........言ったな?もう取り消しは出来ないぞ?」

 

 

桜木「.........辞めてください。揺らぎます」

 

 

沖野「.........くふっ、お前。そこは堂々と望むところですって言う所だろ!」

 

 

 あ、危ない所だった。何とかやっぱ無しでという言葉を頬をふくらませて抑え込むことに成功した。そして沖野さんはそんな俺を見て、笑いながら背中を叩いてくる。

 

 

沖野「まぁなんだ。お前ももうベテラントレーナーだし、いつまでもサブトレーナーって訳にも行かねぇだろ?」

 

 

沖野「お前の気持ちが知りたかったんだよ。悪かったな、試すような事して」

 

 

桜木「いや、マジで俺を追い出す気満々に聞こえたんすけど?」

 

 

沖野「.........」

 

 

桜木「その沈黙何!!?怖っ!!!」

 

 

 静かに目線を横にすーっとずらしていく沖野さんに思わずツッコミを入れる。なんて薄情な人なんだ。俺はこんなにも既に寂しさを感じているというのに。

 けれど彼は直ぐに冗談だと言ってケラケラと笑ってくれた。俺も彼のように気負うことなくチームを引っ張る事が出来るようになりたい.........

 そう思っては見るものの、それが出来るようになるまであと何年。果たしてマックイーン達がトレセン学園を卒業するまでにそこまで至れるのかを考え、溜息をついたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........」

 

 

ラモーヌ「マックイーン。着付けは終わったわ」

 

 

 トレーナーさんに夏祭りへデートに行くという約束を取り付けてはや一日。ミーティングから今の今まで上の空でしたが、ここに来てようやく意識が登ってきました。

 昨日いつ寝たのかも分かりませんし、今日のトレーニングだって並走相手をしてくださったお姉様に苦言を呈されてしまい.........本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

 

マック「.........その、お姉様。本日は本当に.........」

 

 

ラモーヌ「良いのよ。楽しんで来なさい」

 

 

マック「.........はい」

 

 

 私の肩に手を置き、三面鏡の前の椅子に私を座らせながらお姉様はそう言ってくださいました。

 そして、着付けが終わった後も櫛を手に持ち、私の髪を丁寧にとかしてくださいました。

 

 

マック「.........あの、お姉様はどうしてここまでしてくれるのですか?」

 

 

ラモーヌ「どうして?」

 

 

マック「あ、いえ。その.........」

 

 

ラモーヌ「.........ふふ、良いのよマックイーン。昔のように、何も気にせず言ってみなさい?」

 

 

マック「.........お姉様はトレセン学園に入ると決めた時から、その。変わってしまいましたから.........」

 

 

 胸の内にあったお姉様に対して抱いていた確かな違和感。それを今初めて言葉に形成し、お姉様本人にぶつけました。

 お姉様は変わりました。その脚が速さを帯びていく毎に、その脚が強くなっていく毎に、無意識にレース以外に見出していた意識を、レースだけに注ぎ始めたのです。

 ですが昔から、集中し始めたら周りが見えなくなる人でしたから、私を含めたメジロ家全員に不安はありませんでした。きっとレースが出来るのならば遅かれ早かれこうなっていただろうと。

 しかし、その集中力。いえ、[執着]と言った方が正しいかもしれません。レースをしている時もそうではない時も、お姉様はレースに一筋で、他の事はあまり頭には入って居ない事が多々ありました。

 .........ですから、そんなお姉様がレースとは程遠い、色恋沙汰。しかもご自身のでは無く、私の問題に向き合ってくれる等とは到底思えなかったのです。

 

 

 そんな私の胸中を知ってか知らずか、お姉様はそれを見透かした様に笑いました。

 

 

ラモーヌ「ふふ、私から見れば貴女の方が変わった様に見えるわ。マックイーン?」

 

 

マック「え?」

 

 

ラモーヌ「だって.........ふふ、貴女。昔私に話してくれた理想のトレーナーとは似ても似つかないじゃない.........うふふ」

 

 

マック「なっ!!?」

 

 

 お姉様は言いながら堪えられないと言うように、笑い声を漏らし、肩を震わせながら答えました。

 そのお姉様の言葉に、幼き日の記憶が蘇ります。確か、あの時お姉様に語った理想は.........

 

 

『あのね!わたしのとれーなーさんはね!』

 

 

『かみがきんいろでね!かおもやさしくてね!おようふくはおうじさまみたいでね!』

 

 

『おはなしするときはけいごでね!とってもつよくてね!うまむすめよりはやいの!!』

 

 

ラモーヌ「ふふ、ふふふ.........」

 

 

マック「わ、忘れてください!!!大体居る訳無いでしょうウマ娘より速い男性なんて!!!」

 

 

ラモーヌ「.........」

 

 

マック「.........はっ!ご、ごめんなさい!」

 

 

 あまりの恥ずかしさに思わず素で喋ってしまいました。そんな事をしてしまえばメジロ家として相応しくないと叱られてしまう。

 .........しかし、いつまでもお姉様からのお叱りは一切無く、代わりに先程までの漏れ出る様な笑いでは無く、優しい微笑を零しました。

 

 

マック「お、お姉様.........?」

 

 

ラモーヌ「マックイーン。貴女の[全盛期]はいつか、自分で分かる?」

 

 

マック「へ?ぜ、全盛期ですか?それは勿論。一年前の[京都大賞典]に.........」

 

 

ラモーヌ「違うわ」

 

 

 きっぱりと。お姉様は私が出した回答を即座に否定しました。しかし、これは紛れも無い事実なんです。身体的強さ。スピードの乗り方から考えればあの時が一番強い[メジロマックイーン]だったのです。

 けれどお姉様はそれをはっきりと否定しました。まるで答えが分かり切っているかのように。自分の事では無いのに、私の事を私以上に知り尽くしているのではという錯覚に陥ります。

 

 

マック「で、では二度目の天皇賞「違う」そ、それでは最初の「大外れ」.........〜〜〜!!!お姉様はいじわるですわ!!!正解はなんなんですの!!?」

 

 

ラモーヌ「私から言えるのは、[トレセン学園入学前]という事よ」

 

 

マック「.........えぇ!!?」

 

 

 予想もしていなかった答えがお姉様から導き出されました。トレセン学園入学前。つまり、本格的なトレーニングをする前に、私は既に全盛期を迎え、そして過ぎてしまっていると言うのです。

 それではもう、どんなに頑張っても遅いはず。それでもお姉様は、まるでそれを[取り戻す方法]を知っている様な顔で、私の髪をとかし続けました。

 

 

ラモーヌ「良い?[誇り]という物は確かに、上に立つ者には必要な物よ」

 

 

ラモーヌ「.........けれど、私達は[誇り]を胸に走っている」

 

 

ラモーヌ「今までの[貴女]は、どうだったかしら?」

 

 

マック「―――!」

 

 

 心を見透かす様に目を細めて、お姉様は鏡に映る私の表情を見つめました。それに思わず、自分の目を背けてしまいます。

 .........[誇り]。他のメジロのウマ娘に存在して、私には[無かった物]。その名に[メジロ]を冠すれど、幼き頃の私はその名の意味を知る必要は、無かったのです。

 

 

 お爺様がお亡くなりになるまで、私は一般家庭の方々と同じように育ちました。三歳程までの期間でしたが、それでもその差が、他のメジロの方々との意識の違いになってしまったのです。

 

 

 遠くからでも。もちろん、近くに居ても感じる[オーラ]。気品や佇まい。立ち振る舞いや言葉の節々に感じる上品さ。全てに私には無い何かを感じさせる。

 成長していくにつれ、自分に無い物の格差を思い知らされ、気が付けば言葉遣いを変え、立ち振る舞いを変え、思考を変え.........いつしか、自分を[メジロ家]の[メジロマックイーン]として立たせるようになっていました。

 

 

 そして、そんな醜い自尊心がお姉様には見えたのでしょう。私のレースが、[誇りを示す為の物]だと、感じたのでしょう.........

 

 

 それに今ようやく気付いた私は、お姉様に懺悔をしようと涙を堪え、顔を上げました。

 しかし、お姉様は予想に反してまたもや、慈悲深い笑みを浮かべて居たのです。

 

 

ラモーヌ「.........最初に貴女のトレーナーに会った時、こんな人間に貴女を任せておいて大丈夫かと思ったのよ」

 

 

マック「.........」

 

 

ラモーヌ「でもね?本家を出て行く時に彼、なんて言ったと思う?」

 

 

マック「な、なんと.........?」

 

 

ラモーヌ「.........[貴女に会わないと死んでしまう]って、そんな月並みな台詞を、彼は本気で言ったのよ」

 

 

ラモーヌ「だから。貴女がまた[全盛期]を取り戻せるって、そう思えたの」

 

 

 .........そういえば、彼が帰ってきた時聞いていました。あの時はふざけて言ったものだと思っていましたが、本当にそんな事を言っていただなんて.........恥ずかしいものです。

 けれど、お姉様はそんな私の様子を見た後、目を伏せて櫛を三面鏡の台の上へと戻しました。

 

 

ラモーヌ「貴女が力を取り戻した時。その時は本気のレースをしましょう?」

 

 

ラモーヌ「もしお互いが全力でぶつかったら.........一体どちらが勝つでしょうね?」

 

 

マック「.........ふふ、お姉様相手でも、手加減は致しませんわよ?」

 

 

ラモーヌ「あら、随分自信家なのね」

 

 

 心が軽くなりました。まるで翼が生えたかのように。今ここに居るのは、以前までの関係だった私とお姉様です。

 もう、私を映す鏡に目を背けません。今の私が[全盛期]では無いのなら、それに向かって.........いえ、それを[超える]為に研鑽を積むのみです。

 そんな私の様子を見て、お姉様は安心した様に微笑んでくれました。そして身支度の終わりを告げるように、私の肩を両手でポンっと叩き、その場から離れました。

 

 

マック「ありがとうございます。お姉様」

 

 

ラモーヌ「似合ってるわマックイーン。流石自慢の妹ね」

 

 

マック「!ふふ、お姉様の背中をずっと追いかけて居ましたもの。私だけでなく、他のメジロのウマ娘達も」

 

 

 私の言葉に応えるように、お姉様はその微笑みに更に慈悲深さを付け足して、部屋を後にしました。

 残ったのは私だけ。約束の時間まで少しありますから、お化粧の乗りを確認しておきましょう。

 

 

『中々似合ってるわね。素敵よ』

 

 

マック「!そ、そう.........?」

 

 

 注意深く鏡を凝視していると、不意にその鏡の端に自分と瓜二つの存在が浮かび上がってきました。正直心臓に悪いです。

 ですが、彼女も私の姿を見て褒めて下さいました。お姉様と彼女にも褒められたのです。格好に関しては心配する必要は無いでしょう。

 

 

『でも私からすればまだまだ地味すぎるわね』

 

 

マック「え?」

 

 

『そうねぇ。もっとこう。鎖とか首に巻いてみたらどう?目立つわよ?』

 

 

マック「.........センスゼロね」

 

 

『はァ!!?』

 

 

 心外だ。そういう様に彼女はその表情に怒りを乗せて私に楯突いて来ましたが、鎖を巻いてみろという発言を聞いた瞬間からこの人のアドバイスはなんの身にもならない事が発覚しました。事ファッションに関しては。

 私は彼女の威嚇に気圧される事無く、三面鏡の引き出しを開け、中からヘアゴムを一つ取り出し、髪を結び始めました。

 

 

マック「分からないならファッション誌でも見なさい。誰もそんなの付けてないから」

 

 

『分からない.........分からないわ.........そんな格好ただでさえ走り辛いのに.........人間って何でわざわざ.........』

 

 

マック(.........普通の事だと思うのだけれど、まさかウマソウルって皆こうなのかしら.........?そもそも、人間なの.........?)

 

 

 ブツブツと考え事に耽っている彼女を後目に、私はそっとその場から移動し、音を立てずに扉を開けます。彼女はまだ、私がそこから居なくなった事に気付いていません。

 

 

 .........これで邪魔者は誰一人居ません。彼と二人きり。絶好のチャンスタイムを作り出すことに成功しました。

 手に持ったポシェットの中身を整理しつつ、私は覚悟を胸に、合宿所としている別荘の廊下を歩きます。

 

 

マック(.........不安は沢山ある。けれど)

 

 

マック(何だか.........とっても楽しみだわ)

 

 

 今日これから、私と彼は二人きり。そう考えただけで胸は張り裂けそうなほど苦しい筈なのに、それと同じくらい、ワクワクがあります。

 それが少し表情に現れて、不意に頬が緩んでしまいますが、勝負はこれからなんです。油断をしては行けません。

 

 

 .........けれど、やっぱり.........

 

 

 彼との時間を過ごせると思えると、とても気分が良い事は、間違いありませんでした.........

 

 

 

 

 

......To be continued

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