山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
真夏のピークが過ぎた。と世間では言われている。テレビの天気予報やSNSでも、既に熱帯夜の季節は今年はもう来ないだろうと予測されている。
けれど、ここに一人、暑さに浮かされた心を持つ奴がいる。
桜木「.........」
それは俺。桜木 玲皇だ。夏祭りに行こうとマックイーンに誘われた俺は、二人で決めた待ち合わせ場所に先に着いて居た。時間で言うなら30分ほど早く。
こういう時遅れるのはナンセンスだと思うが、今更になって早すぎても辛いだけだし、何より彼女を申し訳なくさせてしまう。今度からはもっと5分。いや、10分.........うん。20分前くらいにしとこう。
そう思いながら何度も何度も腕時計を確認している。約束の時間はまだ来ていない。時計の針は等間隔に動いていると言うのに、やけに不規則気味に動いているように錯覚してしまう。
桜木(.........そういえば、純粋な気持ちで誰かとどっか行くのって、去年のハロウィンから無かったな)
彼女の一件以来、こうして純粋に遊びに行くという事は無かった。あったとしても、気が滅入っているのを自覚、或いは察しさせてしまって誘われる事は多々あった。
だからこうして、気分の良い状態から始まる事はここ一年間。無かったんだ。
真夏のピークは過ぎた。本州の夏は道民だった俺にとっては地獄以外の何者でも無かったが、それでも夏は、俺に決して小さくない物を与えてくれている。
そんな夏が終わりを告げる。何事にも終わりはある。流行っているもの。自分がハマっているもの。今日という日。注文した食事。
そして.........
.........そして
桜木「.........!」
下がっていた視線が上がる。何か気になる物があった訳じゃない。ただ自然に、何となく顔を上げただけだった。
そんな視界には、夏祭りへと向かう人混み。右へ左へを行き来する人達で埋め尽くされている中、その隙間から[藍色]を基調とした[花柄の浴衣]が目に入ってきた。
心臓が熱い。急に血管の中を無理やり通るように循環量を増やしていくそれに戸惑いを覚えつつも、それも仕方ない事だと思い、平静を装って身体を黙そうとする。
人混みの中をするりと抜けて行く。一直線にその方向に歩いてみたけど、何だか人達が俺を避けているみたいで、本当に存在しているのかすら分からなかった。
桜木「.........さっきぶり」
マック「.........はい」
人混みを抜けて、その浴衣の女の子。俺を夏祭りに誘ってくれたマックイーンに出会う。世界にはもう俺と彼女だけで、他は何もありはしない。そんな錯覚に陥るくらい、俺の心と思考は全て彼女に注がれていた。
彼女はその表情を少し和らげ、微笑んでくれる。その頬にはうっすらと紅色が乗っているのは.........多分、気の所為だろう。
桜木「えっと、似合ってるね」
マック「へ?」
桜木「その.........浴衣もそうなんだけど。髪型もさ。お昼の時と違って」
彼女の姿をはっきり見えるようになって初めて気付く。今の彼女は夏合宿でいつもしているふわりとしたツインテールではなく、サラリと髪を束ねているポニーテールになっている。
昼の時にいつも見ている子供らしさからのギャップ。彼女の大人っぽい一面を目の当たりにして、心臓がまた大きく動き出している。
そんな自分にまだまだ子供だと自嘲した。
しかし彼女は俺の言葉を聞いてから視線を泳がせ、終いには俯いてしまう。少しの沈黙が流れていたたまれなくなった俺は、つい先を急いでしまった。
桜木「じ、じゃあ行こっか!」
マック「!は、はい」
こうして、俺とマックイーンとの二回目の夏祭りが幕を開けた。
.........そしてこれが、今の俺とマックイーンにとって、最後の一日になった.........
ーーー
マック「.........」
桜木「.........」
雑踏が混み合う夏祭り。屋台から流れる美味しそうな匂いにすら気を配れず、私はただトレーナーさんの三歩後ろを歩いていました。
それだけで心臓が壊れそうで、今にも身体が暴れ出しそうな程に感情が昂っているのが良く分かります。彼の背中を見ているだけで、私は.........
桜木「.........ねぇ」
マック「!な、なんですか!!?」
桜木「い、いや。なんで隣に来ないのかなって.........」
そんな中、突然彼は立ち止まり、私の方を振り返りました。そんな事を予想出来るほど余裕がありませんでしたから、つい驚いてしまいました。
しかし、日本の文化では女性は三歩後ろを歩くという物があります。私、今日は覚悟をして来ていますから、こう言った行動で自分を律しているのです。
.........まぁ、本当の所を言えば隣を歩く度胸が無かったのですが.........
マック「コホン。に、日本には古来から女性は三歩後ろを歩く事で男性を立てる習慣があったそうです。ですから私もそれに習って.........」
桜木「え?いやいや。俺そんな出来た人間じゃないよ?前を歩くんだったらやっぱりマックイーンだよ」
マック「いいえ。これだけは譲れません」
桜木「なんでさ?今まで隣に居てくれたじゃない」
うぐ.........中々痛い所を突いてきます.........この人は本当、こういう所で鋭い事を言ってくるんですから卑怯です。悪い人です。極悪人です。
どうしよう。そう手をこまねいていると、彼はその私の手を文字通り優しく掴んできました。
マック「っ.........ぁ」
桜木「隣に居てよ。俺寂しがり屋なの、知ってるでしょ?」
マック「.........はい///」
.........彼は、分かってやっているのでしょうか?今ご自身がどれだけ大胆な事をしているのか.........と言っても、思った事をすぐ行動に移す人です。分かる事があったとしてもそれは今日この日を終える時で、自分の行動に悶えるのでしょう.........
溜息を吐きながら、私は彼の隣に行きますという意思表示で、手を繋いだまま彼の側面まで来ました。それを見届けて彼は優しく掴んだ私の手を糸が解けるように離しました。
マック(.........今までは、名残惜しさを感じていたけれど)
マック(なんだか、暖かいまま.........)
再び歩き始めた私と彼。視線を下げながらも彼の横顔を見ると、私の視線に気付いた彼が同じように視線を向けました。
私は咄嗟に目線を下に逸らし、自我を保とうとします。けれど頭の中には彼の優しい表情とその目がフラッシュバックで焼き付いて.........
.........ほっぺが焼け落ちそうな位、熱かったです。
ーーー
マック「ん〜♪屋台の食べ物ってどうしてこんなにも美味しく感じるのでしょう.........」
桜木「だね〜、焼き鳥。止まらないねぇ俺も〜」
先程までの空気とは打って変わり、俺とマックイーンはようやくお祭りを楽しむくらいまでには余裕を取り戻す事が出来た。それもこれも、どこもかしこも美味そうな匂いを漂わせている屋台様様のお陰だ。
俺は焼き鳥を頬張り、彼女はクレープを美味しそうに食べる。もちろん歩きながら。お祭りではそれが許される。
桜木「んくっ。あれ?そういえば今日はサンダルなんだね」
マック「ええ。前回の様なアクシデントはもうありませんわ」
桜木「そか。じゃあおぶる必要は無さそうだね」
マック「.........まぁその時は足を痛めたりサンダルを片方どこかに投げて.........」
桜木「そこまでする!!?」
視線をズラしながら悪い事を考え、それを口にするマックイーン。それにツッコミを入れると冗談だと言ってくすりと彼女は笑った。
これがきっと彼女の[素顔]なんだろう。こういうユーモアが溢れる一面を見れると言うのは中々役得なのでは無いだろうか?
マック「.........むぅ、ですがさっきのは魅力的な提案でしたわ。これならしっかり草履を履いてくれば.........」
桜木「あ、はは.........君が言ってくれたらその時はおぶってあげるから.........」
マック「あら。言わなきゃいけないんですの?」キョトン
桜木「そりゃお嬢様!小生もうら若きおのこですから!!?間違いは御座いますとも」
マック「.........くふっ、なんですかその喋り方.........うふふ!」
俺の時代錯誤な喋り方がツボったのか、彼女はお腹を抱えて笑い始めた。その姿を見て、俺はどうしようもなく嬉しさが湧き出てしまう。
ひとしきり笑い終えた彼女は目から少し溢れた涙を人差し指で拭い、俺の方に満面の笑みを向けてくれた。
マック「その時はちゃんと言いますから、背負ってくださいね?」
桜木「うん!」
マック「.........あっ待って。結構食べちゃったからもしかしたら.........」
桜木「?大丈夫!玲皇ちゃん力持ち!誰にも負けない!」
マック「!く、くふふ.........!」
声を少し野太くしながら腕の筋肉を見せるように両腕をあげると、彼女はまたツボったらしく、先程より背中を丸めて笑い始めた。
マック「や、やめて.........」
桜木「マックイーンどうした?お腹痛い?おで、変な事言った?」
マック「やめて〜〜〜!」
普段の言葉遣いすら忘れて彼女は俺に懇願する。これ以上は流石に怒られるかもしれないから、俺も自重して彼女の笑いが収まるまで待つ。
暫くして彼女は喉を鳴らしながら呼吸を整え、呆れた様に俺の事を見てきた。
けれどその表情はやっぱり、どことなく嬉しそうではあった.........
ーーー
美味なる食事。美味なる甘味。そして興味深い催しの数々。両手に持っている物は行く先々で気になった物を片っ端から買った産物だ。
そのうちの一本であるイカ焼きを頬張りながら、私は彼がコンビニから帰ってくるのを待っていた。
黒津木「ごめーんタキオン!結構下ろして来たからこれで安心だ!」
タキオン「遅いぞ黒津木くん!君が誘って君がお金を出すと言ってくれたんだ!そういう事は前々から準備しておくべきだと思うが?」
彼の浅はかさに苦言を呈すと、彼はそれを受け取りながらもどこか嬉しそうにしている。全く、どこの世界に怒られて嬉しくなる人間が居るというのだ?
.........とは言っては居るものの、私自身は彼の資金に頼るのは若干忍びないとは思っている。私が一銭も払わないのは研究費抽出の為ではあるが、今日は彼からの誘いもあったからだ。
黒津木「そういや薬の方はどう?順調?」
タキオン「ああ!この合宿で見落としていた部分がようやく見つかったんだよ!」
タキオン「ウララくんのあの頑丈さ。少し気になって少々皮膚片や血液を採取してしてみたが、特殊なウマムスコンドリアが微量に混ざっていてね」
タキオン「従来のそれより肉体に頑丈性を持たせるような働きを.........ん?」
黒津木「?」
彼の問いかけに対し答えていると、不意に視界の端に見知った顔が横切ったのに気が付いた。私はそれを確認するべく目を凝らしてみると、やはりそれはトレーナーくんとマックイーンくんであった。
黒津木「おっ、アイツらも来てたのか」
タキオン「ふぅン.........」
黒津木「どうする?後でもつける?」
親指で彼女らを指さす黒津木くん。今までだったらそれにすかさず同意してその後を追っていただろう。
だが生憎、私も久しぶりのデートだ。彼と彼女の揺れ動く様を見るのも良いが、今は自分と彼との時間を大切にしたい。
タキオン「いいや。放っておこう。追い掛けたいのは山々だが少々手持ちの物が多すぎる」
黒津木「あ〜、匂いでバレちゃうかもな」
タキオン「それにあの二人の事だ。どうせ何も進展しやしないさ」
黒津木「かはは!そりゃそうだな!」
全く。お互いがお互いに好意を持って一体どれほど経つと言うのだろう。その癖してその間の距離は全くと言っていいほど縮まらない。ゴールドシップくんではないが、尺稼ぎの様なラブコメにはもうウンザリしているんだ。
私は溜息を吐きながら残っているイカ焼きにかぶりつき、彼女達を視界から追い出すように別の方向を向いた。
タキオン「さぁ黒津木くん。次はわたあめでも買いに行こうか」
黒津木「うっす!ご馳走しまっす!」
ーーー
桜木「おっ、何か中心っぽい所に来たね」
マック「そうですわね。屋台の道程も混み合っていましたが、ここはまた一段と.........」
食べ歩きを満喫していた俺達は少し胃を休める為、ひとまずチラホラと通行人の人達から聞いていたイベントの会場へと足を運んでいた。
先程の物とはレベルが違う。正にごった返していると言っても差支えが無い程に人が居る。レース会場で慣れているつもりではあったけど.........どうやらそれ以外の場所での耐性は余り着いていないらしい。
桜木「ここまで来ると、はぐれちゃいそうだな.........」
マック「.........手、繋ぎますか?」
桜木「え?いや、うん.........マックイーンが、良い。なら.........」
お互いの視線を合わせ、逸らし、感情が昂っていく。何をしているんだろう。手なんてさっき勢いで繋いだじゃないか。そうしたら今度だって繋げるはずだろう?
.........けれど、そうしては行けないと言う自分が確かに居る。今この時だけは、そうしては行けない。[勢い]なんかじゃない。自分の本心で手を伸ばさなくちゃ行けない。そんな気持ちが、溢れ出している。
だから、自分の気持ちを言葉で伝える容量で手を伸ばした。この手が俺の言葉であり、意思である。それを俺自身にもしっかりと分かるように、彼女の手へと伸ばして行く。
そして―――
桜木「.........うおっ!!?」
マック「へ!!?ひゃ.........!!?」
その手が彼女の手に触れるであろうその間際。俺の身体は後ろから来た何かが膝の裏に強く当たった事によって前のめりになって倒れかけた。
驚いた彼女は咄嗟に俺を支えるべく前へと来てくれたが、それが仇になった。今俺の顔は.........
桜木「.........」
マック「.........」
桜木「.........ご、ごめん」
マック「.........分かりましたから、早く離れてくださいましっ///」
地面に激突。最悪のシナリオである彼女を下敷きにするという結末は避けられた。代わりに俺の顔は、その.........言い難い事ではあるが、彼女の胸へと吸い込まれて行った。
.........いやいや。そんな小説の一人称みたいな冷静さを発揮する場面じゃない!!!俺は今女の子の!!!しかも自分が好きな子の胸に顔を埋めてしまってるんだ!!!早く離れろボケ!!!
彼女の肩を掴み、お互いのバランスが崩れないようにしつつ顔を上げる。多分火が出るほど顔が赤くなってはいるが、それでは格好が付かない。何とか無表情にしてその楽園から顔を上げた。
「ご、ごめんなさい!」
桜木「っ!良いの良いの!それよりケガとかなかっ.........た.........?」
背後から子供の声が聞こえて来た。恐らく俺の足にぶつかって来た子だろう。心配を掛けるわけには行かない。俺は平静を装ってその子の方へと振り返った。
そしてその姿を見た時に驚いた。目の前に居る子供は二人。だけど、その子達は明らかに顔見知りの.........
マック「き、キタサンブラックさんに、サトノダイヤモンドさん.........!!?」
キタ「!お兄さんにマックイーンさん!!?」
ダイヤ「な、なんでお二人が.........!!?」
四人分の驚いた表情が生まれる。しかし、彼女達のセリフは俺達の物でもある。ここは府中からも結構遠い場所だ。なんでそんな場所にこの子達が.........
それを口に出そうとした時、その答えになりそうな物がマイクのエコーで響く歌声から察する事が出来た。確かこの声は.........感謝祭で聞いたキタちゃんのおじいちゃんの声.........
桜木「もしかして、おじいちゃんのお仕事で付いてきてたの?」
キタ「はいっ!おっきなお祭りでお歌を歌うから!私とダイヤちゃんを誘ってくれたんです!」
桜木「そっか。所で二人だけかい?お父さんとか、付き添いの人とかは.........」
ダイヤ「そ、それが.........」
いくら小学校高学年のウマ娘と言えど、土地勘も無い場所を大人がほっぽって置く訳が無い。彼女達にそれを聞くと、やはり言い難そうに顔を見合せていた。大方道に迷い、はぐれてしまったのだろう。
そう推察した俺はポケットから電話を取り出し、キタちゃんのお父さんへと連絡を試みた。
桜木「もしもし〜、桜木 玲皇です〜。キタちゃんのお父さんですか?」
「え?さ、桜木さん!!?」
桜木「実は今キタちゃん達をこちらで見つけましたので、安心してください〜」
「本当ですか!!?ありがとうございます!!」
桜木「はい。本人達も反省しているみたいですし、優しくしてあげてください〜」
キタちゃん達は無事こちらで見つけた事を彼女のお父さんに伝える。あちらもキタちゃん達を探していたらしく、電話に出た最初こそ焦った声を隠せないでいたものの、無事を知ってからは安心して行った。
そして少し話をしてみると、どうやらお父さんにもやる事があるらしく、少しの間二人を見て欲しいと提案をされた。俺に断る理由は無いが、少しだけマックイーンの方をちらりと見ると、彼女は久しぶりの再会に嬉しそうにしていた。
それを見た俺はお父さんの提案を承諾し、集合場所と時間を設定してから通話を切る。電話は昔から苦手ではあるが、前職のお陰でスキル自体は持っている。やっていて良かった。営業。
桜木「ふぅ。という訳で、二人とちょっと周りを散策しようって事で落ち着いたんだけど、大丈夫?」
キタ「え!!?い、良いんですか.........?」
マック「ええ。構いませんわ」
ダイヤ「ま、マックイーンさんとお兄さんとで夏祭り.........ゆ、夢みたいです!」
二人の喜んでいる姿を見て、マックイーンは俺の方に視線を合わせてニコりと微笑む。どうやらお互い、考えている事は一緒らしい。
そうと決まれば話は早い。お生憎だが俺は花より団子な男なもので、イベント事よりかは食い物の方が嬉しい。胃も適度に休まってきた事だし、この場から移動しよう。
桜木「うっし!んじゃ皆でお祭りを楽しもうか!」
三人「はいっ!」
ーーー
二人「〜〜〜♪」
わたあめを片手に上機嫌そうな顔を見せてくれるキタちゃんとダイヤちゃん。その子達の手を俺とマックイーンがはぐれないように握っている。
そういえば、こんな小さい子の面倒を見るのはいつぶりだろう?最近ではルビィちゃんがいるが、彼女は思った以上に利発的で手が掛からない。思春期を終えた妹と触れている感覚すら感じるほど大人びている。
純粋な子供がそばに居たのは.........妹が小さい頃。それこそ十代前位にまで遡るだろう。
桜木「.........懐かしいなぁ。夏祭りの時はいつもこうして手を繋いでやったっけ」
マック「?.........ああ、妹さんの」
桜木「そうそう。やんちゃ盛りでさ。寝るまでは本当に落ち着けないくらい」
マック「ふふ、羨ましいです。メジロ家では私が末っ子ですから.........」
くすりと笑いながらも、どこか羨ましそうな目で彼女は俺を見てくる。とは言っても今の彼女はとても様になっていて、しっかりと姉らしさが出ていると思う。
まるでお姉さんみたいだ。とフォローを入れようと口を開いたが、それはキタちゃんの言葉で遮られた。
キタ「なんだかお父さんとお母さんみたいですね!」
二人「へ?」
ダイヤ「あ!確かにそうかもー!」
キタ「マックイーンさんとお兄さんって結婚するんですか?」
屈託の無い表情で、キラキラとした目でその質問を投げかけてくる。ダイヤちゃんの方も同じような顔だ。女の子と言うのはいつの年代でも恋バナというのが大好物らしい。
果たしてどうしたものか。からかわれるのは普段からやられていて慣れてはいるが、こうしてストレートど直球なのは新鮮だ。ここは何とか濁して.........
マック「.........」
桜木「.........え?マックイーン?」
マック「.........」
―――もしこの人と結婚したら、どんな日常を送れるのでしょう。その思考が頭の中で言葉として形成された時、私はその世界に浸ってしまいました。
苦難を乗り越えてきた二人ですから、これから先も何とかなるはずです。
周りの人も祝福を送ってくれるはずです。
両親は私が説得してみせます。
子供は二人.........いえ、三人でしょうか?
この人が仕事をしやすい様に、府中に一軒家を建てて、そこで.........
マック「.........さぁ、どうでしょうね?」
二人「え?」
桜木「.........マックイーン?」
そこまで考えて、急に怖くなってしまいました。その暮らしがどこまで続くのか。終わりはいつ、誰によって告げられるのか。分かりもしない結末に心を掴まれ、キュッと身動きを封じられてしまう。
心配そうに様子を伺う彼から逃げる様に視線を逸らす。一体、私はいつからこんなに弱くなってしまったのでしょう.........
そんな私の心境を察し、彼は私から視線を外しました。
桜木「おっ、射的屋さんがあるね」
キタ「!射的屋さん!!」
ダイヤ「バンッてする奴ですよね!!」
桜木「ちょっと見てみよっか!」
彼女と達と同じように屈託の無い笑顔で彼がそう言うと、お二人の手を取って射的屋の方へと向かって行きます。
普段は気の利かないと言いますか、少々鈍い所もありますが、こういう所の鋭さはやっぱり、ずるいという他ありません。本当、ずるい人です。
暫く人混みの中を歩いてその場所へ行くと、そこは他の屋台よりも少し賑わっていました。
桜木「おー。なんか盛り上がってるなぁ」
マック「本当ですわね.........ん?」
「おいッ!!!あれ倒れねぇんだけどッッ!!!」
「良いから撃てよ!!!ここで食い止めねーとアタシのトウモロコシ畑が全滅して日本の食料自給率が-100%になっちまうぞ!!!」
ダイヤ「あの人ってもしかして.........!」
キタ「ゴールドシップさんだー!!!」
「ん?」
キタサンブラックさんの声に反応して、私よりも白く染まった長い芦毛の髪のウマ娘がこちらへと振り返りました。
赤いジャケットを着こなし、いつもの頭に着けている物を外した彼女は想定よりもずっと大人の様で、少し複雑な気分です。
彼女が振り返ると、周りの方々も同じ様にこちらを見ました。一緒に射的を楽しんでいたのはやはり白銀さん。他にも司書である神威さん。カフェさんに、他のチームレグルス、スピカメンバー達が揃っていました。
ウララ「あー!!トレーナーとマックイーンちゃんだー!!」
桜木「変なメンツだなぁ。どうしたの翔也?んなムキになって」
神威「いや、最初はウララ達がやってたんだけどよ。あのでっけぇのが倒れなくてさ」
司書さんがそう言って指し示したのが、的の所にある二つの巨大なぬいぐるみ。それがどれほど倒れないのか、ゴールドシップさんと白銀さんが試しにそこに向けておもちゃの鉄砲を撃ってくれました。
同時に発射されたその弾はぬいぐるみに着弾し、大きくその身体を後ろへと倒れかけましたが、まるでダルマの様に元の位置へと 戻ります。 確かにこれは中々厳しいものがあります.........
どうしたものでしょう。そう考えていると、ブラックさん達と戯れていたテイオーが何か思い付き、それをその勢いのまま口に出しました。
テイオー「そうだ!マックイーンとサブトレーナーがやればいいじゃん!♪」
二人「へ?」
突然、ダイヤさん達と戯れていたテイオーがそう提案しました。そこでなぜ私達が出てくるのか疑問を抱きましたが、白銀さんとゴールドシップさんはそれを聞いて疑う余地すら見せずに、その鉄砲を私達に渡してきました。
桜木「ちょ、おい!!?」
白銀「それ後二発しか入ってねぇから。バッチリ決めろよ!」
マック「な!!?と、トレーナーさんはまだしも、私は余り経験が.........」
ゴルシ「そういう時こそ[奇跡]を超えるって言ってみるもんだぜマックイーン!!!ババっとやっちまいな!!!」
お二人の期待の籠った目で迫られ、助けを求めようと視線を泳がせても、他のチームメイトやキタサンブラックさん達も同じ様な表情で、唯一違う顔を見せている司書さんとカフェさんも、呆れた様な顔をしていました。
カフェ「.........いつもこうやって囃し立ててるんですね。正直可哀想です」
神威「哀れまなくていいよ。アイツらがこうしてる間俺達は無事なんだから」
二人(この人(コイツ).........)
まるで生け贄として扱われている様な感覚を覚えましたが、それは一旦置いておいて、今は射的に意識を向けましょう。
仕方無くその鉄砲を手に持ち、やる気を上げてから改めてぬいぐるみの姿と打たれた挙動を思い返します。同時に当たっただけでは倒れない頑丈さ.........これは一体どう攻略すれば.........
桜木「.........マックイーン。ちょっと良い?」
マック「?なんですか?」
桜木「ちょっとどこ狙うか知りたいからさ。銃口をぬいぐるみに向けてくれない?撃つのはまだで良いから」
彼の意図が掴めぬまま、私は手に持った鉄砲の先をぬいぐるみに向けました。それを彼は凝視し、撃たれた弾がどこに当たるかをしっかり見定めた後、私の後方に回ってきました。
マック「っ、と、トレーナーさん.........!!?」
桜木「マックイーン。[いっせーのーで]。で撃って欲しいんだ。出来る?」
マック「そ、それは.........出来ますけど.........」
困惑している私の事など気にせず、彼は真剣にあのぬいぐるみを倒そうとしています。ですが私が言いたいのはそういう事ではなく、彼が後ろから密着して来ているという事です。
私の背中からは、彼の身体の体温が伝わってきています。暑さによる物なのか気恥ずかしさによる物なのかも分からない汗が額から流れてきますが、私も煩悩を振り払い集中を始めました。
桜木「よーし。いっせーのーで―――」
マック「!」
彼の掛け声に合わせて引き金を引きます。引き切るのと同時に射出音が[若干ズレて]響きました。
驚く暇もなく一段目が着弾し、大きく仰け反った所にもう一度。今度は彼が撃った弾が当たり、ぬいぐるみはゆっくりと上体を後ろへと倒していき、最終的には台の上から落ちて行きました。
デジ「ふおおお!!!これがお二人の[一心同体力]と言う訳なのですね!!!」
桜木「それは関係無いかな.........」
ゴルシ「すげぇ!!!マジでどうやったんだよおっちゃん!!!」
桜木「あー.........創。[二重の極み]で説明してくれ」
神威「えぇ!!?いや理屈は分かっけど、マジでそれやろうとしてやったのかよ.........」
その[二重の極み]がどういう原理の物なのか。一切説明を受けられないまま、私はトレーナーさんにもう一度催促され、もう一つのぬいぐるみも同じ要領で倒しました。
その時聞き耳をたてていましたが、どうやら一点に同じ威力。同じ方向性に行く力をぶつける技。その原理を応用して彼はぬいぐるみを倒す計画を立てていたのです。
弾が無くなったおもちゃの鉄砲を店主の方にお返しすると、先程倒した二つのぬいぐるみを渡して下さいました。
桜木「んで、これはウララとライスが欲しかったのか?」
ウララ「ううん!テイオーちゃんが欲しがってたんだー!!」
二人「え?」
彼がウララさんに。私が ライスさんに大きなぬいぐるみを渡そうとすると、彼女達はそれを否定し、テイオーがそれを欲しがっていたことを明かしました。
それに私達は少々驚きます。失礼ではありますが、彼女はこういうぬいぐるみを欲しがる様な人だとは思っていなかったのです。
私達が彼女の方を見ると、やはり恥ずかしそうにそれを受け取りました。
テイオー「えへへ〜。ありがとね。マックイーン。サブトレーナー」
マック「ええ。それにしても、こういうぬいぐるみが好きだったんですの?」
テイオー「ううん?ボクがこれを欲しかった理由はね〜.........」
キタ「.........わわ!!?」
ダイヤ「え!!?て、テイオーさん.........!」
大きな熊のぬいぐるみ。それを器用に二つ持っていたテイオーでしたが、その二つをブラックさんとダイヤさんの背中に背負わせました。
突然の事でお二人はびっくりして、彼女の顔を見ました。その表情は最初こそ清々しいものでしたが、次第に優しい物に変わって行きました。
テイオー「.........ボクが復活出来たのは、皆のお陰なんだ。キタちゃんやダイヤちゃんが走って欲しいって言ってくれてたから。ボクはまだここに居られる」
テイオー「だから、いっぱいお返ししないとって思ったんだけど.........また二人に助けられちゃったね」
マック「テイオー.........」
私達を見て悲しそうに笑う彼女。その姿が、彼に重なって見えてしまう。今の彼女は、一人で何でもやろうとする考え方になっているのが、手に取るように分かってしまいました。
そんな彼女にどんな言葉をかけるべきか。それを考えている間に、トレーナーさんの方が先に口を開きました。
桜木「それは俺もそうだよ。お前が居なかったら、俺もここに居なかったかもしれない」
テイオー「え.........?」
桜木「お前が有馬記念で勝たなかったら。有馬記念に出走してなかったら.........俺も覚悟が決まらなくて、今でもマックイーンは車椅子の上だったかもしれない」
桜木「悔しかった。何も出来ない自分が.........それは、今でもそうだけど.........」
桜木「.........でも俺は、お前がマックイーンのライバルで良かったって。心の底から思ってるよ」
悔しいと言う感情を振り払い、彼は最終的に満面の笑みでそう言い切りました。
そして、その時思い出したのです。あの日の彼が流した涙が、他の人達が流している物と違って見えた事を.........
私ですら知らなかった彼の内心。あの時どう思っていたのか。あの有馬記念の時、どういう涙を流したのか.........今になってようやく、理解する事が出来ました。
それを聞いたテイオーはそれにどこか納得した様子で、元通りの明るさを取り戻しました。
そして、また思い付いた勢いで口を開いたのです。
テイオー「そうだ!キタちゃん達の事はボク達が責任持って送ってくから!マックイーン達はデートを楽しんできなよ♪」
桜木「え!!?いや、流石にそれは.........」
テイオー「大丈夫大丈夫!ゴルシも居るし、社長も神威先生も居るしさ!」
マック「で、でも.........」
テイオー「ああもう!!!この後花火があるんだよ!!?二人で見に行けばいいじゃんっ!!!」
彼女の提案に渋りを見せていると、それに痺れを切らした彼女は私の身体をくるりと反転させ、背中を強く突き飛ばしました。
転びそうになったところを、先に体勢を整えた彼が支えてくれたお陰で回避する事が出来ました。
一息付いてから振り返ると、皆さんが私達を安心させる様に笑顔を見せて下さいました。
マック「.........ど、どうしましょうか」
桜木「ま、まぁ.........皆ああ言ってるし、ここは甘えとこっか?」
ダイヤ「あ、あの!!」
二人「?」
テイオーの提案に乗ることにした私達は視線を戻し、一歩踏み出そうとしたところでダイヤさんに呼び止められました。
もう一度振り返り彼女の方を見ると、そこには少し下に俯き、何やら決心している様子を見せていました。
ダイヤ「わ、私とキタちゃん!!あと二年でトレセン学園にお受験しに行くんです!!」
桜木「え?そうなの?」
マック「そういえば、今は小学五年生だと聞いていましたわね」
ダイヤ「だ、だから!もしトレセン学園に入れたら.........」
「私もチームに入れてくださいっっ!!!」
勇気を出して、大きな声で彼女はそう言いました。まるで一世一代の想いを伝えるかのように、 彼女は顔を赤くし、目を潤ませてトレーナーさんの方を見ています。
彼はその場では何も言わずに、その足をもう一度テイオー達の居る方へと赴かせ、やがてダイヤさんの前で目線を合わせる為に片膝を着きました。
しかし、そこから彼は何も言わないまま、雑踏の音だけが耳に聞こえてきます。一体どうしたのでしょう.........?
桜木「.........えっと」
全員「.........?」
桜木「.........スカウトの時ってどう言うんだっけ.........?」
マック「.........はぁぁぁ」
困った顔をして、彼は私に助けを乞いました。全くもう。格好付けるのならしっかり格好良くしてください。
私は溜息を吐きながらも彼の隣へと近付きます。彼が申し訳なさそうにする姿を見て少々イラッときましたので、その頭を軽くはたきました。
桜木「あいた!!?」
マック「コホン。チームレグルスはいつだって、貴女を歓迎致しますわ」
ダイヤ「!そ、それって.........!!!」
桜木「うん。その時はよろしくって事」
私にはたかれた所を撫でながら、彼はその言葉の意味を伝えました。その意味を受け取ったダイヤさんの表情はパーっと明るくなって行き、本当に宝石の様な輝きを放ち始めました。
そして今度こそ、私達は彼女達と一時の別れを告げました。それぞれ歩く方向は正反対で、離れていく見知った足音に寂しさを感じつつも、胸の内側からはそれを見計らったかのようにまた、あの熱とも言える熱さが湧き上がってきました。
桜木「花火かぁ.........人たくさん来るだろうなぁ」
マック「あら、いつもそんな人混みを作るレース会場に行ってるではありませんか?」
桜木「マックイーンさ〜ん。お仕事とプライベートは〜?別々〜」
ふざけた様子で文句を言う彼。それに呆れは抱きつつも、完全な物まで行かず、怒りもありません。むしろ、何か安心感にも似た心地良さすら感じてしまいます。
人が来ない場所.........彼の言葉に動かされ、私は古い記憶を呼び起こします。ここへは何度も来ていますから、土地勘はある方です。
.........確か。
マック「.........お祭り会場から少し離れた所に、確か[神社]がありましたわ」
桜木「.........え?神社?」
マック「?ええ、少し寂れていますけど、風流があって.........何か問題でも?」
桜木「いや、うん.........大丈夫」
私の[神社]と言う発言に反応し、彼は驚いた表情を見せました。そして、その理由を明かすことなく、彼は私の提案を呑んだのです。
そうして、[ウマ娘]と[トレーナー]と言うだけの関係性は.........そこで終わりを迎えるのでした.........
......To be continued