山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
夏の匂いが漂う夜の道。空を彩っていた茜色は夕日と共に姿を消し、代わりに仄暗い夜の空と涼し気な虫の音が鳴り響いている。
さっきまでの祭り会場と比べて人とすれ違う数が圧倒的に少ない。こういうイベント事での神社って言うのはもう少し盛況なイメージがあったけど、どうやらそれは俺の偏見だったようだ。
桜木(.........結構歩くな)
前を歩く彼女。メジロマックイーンを見ながら不意にそんな思考が過ぎった。それが凄く低俗的でせっかちな物だと思った俺は、また自分の嫌な所に釘を刺す。
自分の内面への嫌悪を抱きつつも、目の前に歩く彼女の姿を見つめ、そしてその後を歩く。距離は変わらない。一定を保ったままで、決して近付く事は無い。
.........そんな距離が、今の俺と、彼女の距離だ。
そんな背中をずっと見ていると不安になってくる。もし今、彼女が本気で走り始めてしまったら、俺は彼女には追い付けない。引き離されて、遠のいて、最後には姿も見えなくなってしまう。
.........いつかそんな日がくる。そんな漠然とした不安が心の中からふわりと浮き上がって顔を出してくる。
桜木(.........それは、嫌だな)
桜木(何だか、嫌だ.........)
その理由ははっきりしている。けれど、それを心の中ですら言葉に出来ない。そんなちっぽけな勇気すら、俺には無い。
手を伸ばせば届く。少しスピードを上げて歩けば、彼女の隣に行ける。それなのにそれをしないのは、ただ単に俺が弱いからだ。俺の心が、弱いからだ。
.........けれど、きっと彼女はそんな弱い俺を、[強い]と言ってくれるんだろう。その弱さを知っているからこそ、いざと言う時に力が発揮できるのだと、多分。言ってくれる。
そんな記憶の中に居る彼女に背中を押されて、俺は目の前に居る彼女に手を伸ばす為の勇気を、奮い立たせた。
桜木「.........良い所だね」
マック「!.........はい。自然が豊かで、落ち着きますわ」
声が震えないように背中を伸ばし、胸を張って言葉を伝えた。それを聞いた彼女は一瞬驚いた様に背中を硬直させたが、直ぐに振り返って優しい笑顔を見せながらそう答えてくれた。
その姿を見て、ようやく安心する。さっきまでそんな勇気もなかったのに、気付けば安心しきった心で俺の身体は.........自分の[特等席]である彼女の隣に動いていた。
マック「ここは、私の思い出がたくさんあるんです」
マック「幼い頃、メジロ家に来て初めての旅行がここで.........メジロ家の皆さんと、家族で来ました」
桜木「へぇ.........あの人数の旅行はそりゃあ楽しいだろうなぁ」
マック「トレーナーさんはご旅行の経験は?あの方々との.........」
―――隣に来た彼にそう質問すると、あからさまに嫌な顔をしました。先程までの穏やかさとは正反対の表情にすぐ変わったので、思わず笑ってしまいました。
桜木「アイっツらマジで終わってる。一回トレーナーになる直前に行ったのよ」
桜木「んでさぁあ〜んの糞翔也俺のスマホ滝にぶん投げるしゴミ宗也は熱物早食い競争仕掛けて奢らせてくるしカス神威は泊まり部屋ん中不幸空間にするし」
マック「む、無茶苦茶ですわね.........」
桜木「.........ククク、まぁ散々だったけどさ。思い返せばバカしか居ないんだよ。あの空間。面白さは世界一だったね」
口では散々だと言っておきながら、その記憶を振り返っている内に彼の顔は徐々に崩れて行き、やがて笑い声を漏らしました。
やっぱり、口では色々と言ってはいますが.........この人にとってあのお三方は特別な存在なのです。
それを素敵だと思う一方で.........少々、羨ましくもあると思ってしまうのは、何故なのでしょう。
マック「.........いつか、一緒に行きたいですわね」
桜木「.........え?お、俺と.........?」
マック「.........!も、勿論チームの皆さんも一緒です!!!ととと、トレーナーさんとだけと言うのは.........」
マック「.........絶対、楽しいでしょうけども.........」
―――慌てふためきながら誤解を解こうとするマックイーン。最後のしりすぼんでいく言葉には嘘が無く、段々赤らんでいくその顔に釣られて、俺も面を食らってしまう。
またお互いに無言の時間が流れていく。けれどさっきのものと違うのは、居心地が良いという事だった。
隣に彼女がいる。それが安心感に繋がり、そしてその安心感が、絆の表れなのだと思った。
そうして暫く歩いていると、不意に袖をマックイーンに引っ張られる。何かと思いその方を見ると、彼女はその視線を階段の方へと向けていた。
桜木「うっへ〜.........この長さは人生史上初体験だな.........」
マック「わ、私も覚えてませんでしたが.........神社へ行くにはこの階段しか.........」
どうするべきか。引き返してもう少し花火を見やすい場所を見つけるべきか。彼女はそう考えて口元に手を当てたが、俺の答えはもう決まっている。
俺は一歩。階段の一段目に足を掛ける。それに気付いた彼女は驚いた様に俺の方を見てきたが、こちらとしてはこの選択。変える訳には行かない。
桜木「わざわざこっちを選んだってことはさ。マックイーンの思い出の場所なんだろ?」
桜木「だったら行こうよ。俺も、この長さが気にならないくらいの思い出が欲しいから」
―――彼は、いえ。きっと分かっていて言っているのでしょう。こう言えば私が気を負わず、そして喜んでくれると。
優しく穏やかな笑みに顔を熱くさせながらも、私もその彼の行動に微笑みで返しました。
幼い記憶には残らなかったこの長い階段.........
きっとまた、その長さは私の記憶には残ってくれないでしょう.........
ーーー
彼と神社へと辿り着く長い階段を並んで歩く。夜の静けさが肌に張り付きますが、それが心に染みて寂しさが感じることはありません。
私と彼は、これまでの道のりを話しながら、そこへと向かって行きました。
マック「覚えていますか?以前の夏まつりのこと」
桜木「もちろん。昨日の事みたいに思い出せるよ」
会話を交わしながら、隣に居る彼と階段を上る。どちらかが追い抜かれることはなく、二人で並んで、一緒に一歩を踏み出します。
桜木「そっか.........あれからもう6年も経っちゃうんだね」
マック「そう、ですわね.........」
桜木「そう思うと何だか、そんなつもりも無かったけどさ。頑張ってたんだな。俺達」
マック「あら、私はいつも努力をしていたつもりでしたわよ?」
桜木「あっ、そういう事じゃなくて.........なんと言うかこう。努めてチームをまとめようとかじゃなくて、さ?」
どうやって誤解を解こうかと試行錯誤をし、言葉を選ぶトレーナーさん。少しからかっただけなのですが、こう言った所では普段の不真面目さが現れません。
それはきっと、私達に対しては真面目に、そして真剣に向き合ってくれていると言う事実です。
私の内心に気付かずに弁解をする彼の姿を見ていると、申し訳ない気持ちはありつつもつい、笑ってしまいました。
桜木「あーっ!笑ったーっ!!」
マック「ごめんなさい.........ちょっと面白くて.........くふふ」
私が笑った事で彼は先程の言葉の意図をようやく理解し、少々不貞腐れたような表情を見せました。
それについて謝ると、彼はまたふざけた様子で怒った姿を見せてくれます。
.........本当、彼と居ると退屈しない時間を過ごせます。
マック「でも、本当にそんなに経つのですね。このまま行ってしまえば直ぐにお婆さんになってしまいそうです」
桜木「え〜?気が早くな〜い?」
マック「何を言ってるんですか!このまま行けば本当に[卒業]まで―――」
マック「―――[卒業]まで.........本当に.........」
あっという間です。いくらトレセン学園のシステムが他の学校と違っていたとしても、その時は必ず来ます。
仮に[ドリームトロフィーリーグ]へ移籍したとして、それが上手く行ってプロになれたとしても、なれなかったとしても、トレセン学園からは離れなければ行けません。
多くのウマ娘達がその道半ばで目標があったとしても、全員目指すはプロのレーサーです。
三冠も、連覇も、私の天皇賞も.........心に掲げた[夢]ではありますが、それでもやはり、それは道中の事なのです。
そして大抵、その夢に固執するあまり、叶えてしまった者。叶えられなかった者は総じて、プロでの活躍は前例を考えれば殆どありません。
分かりやすく例えるならば、[トゥインクルシリーズ]は[箱根駅伝]の様なもの。そこで力を使い切ったばっかりに、燃え尽きてしまう人が沢山居るのです。
マック「.........」
そんな事を考え、楽しかったはずの時間に苦しい沈黙が流れます。先程まで進んでいた足は止まってしまい、停滞してしまいます。
私は.........どうしたら良いのでしょう?今でこそラモーヌお姉様の姿を見て、プロと言う存在を思い出し、そこを新たな目標にしている節はあります。
ですがやはり、あの[天皇賞]を制覇すると言うあの頃の気概は.........自分の中に感じられないのです。
そう俯いていると、不意に地面が暗くなったのを感じました。前を見ると、隣に居たはずの彼が私の前へと移動し、そして私を見下ろしていました。
桜木「マックイーン。俺は君に言ったはずだよ?[諦めるのも諦めないのも人生]だって」
桜木「俺は君を連れてくよ。君の行きたい場所に。君の会いたい人の所に。君が.........生きていたい世界に」
桜木「.........それが、[夢]ってもんでしょ?」
マック「っ!もう.........格好付けすぎです」
呆れるほど気障っぽいセリフを口にして笑顔を見せる彼。けれどそれがまるで真実かのように、その言葉が私の心に染み込んで行きました。
[夢]。叶えたい物であり、成りたい物であり、行きたい場所であり、生きていたい場所にもなるその存在。変幻でありながら不変でもあるそれに、私達ウマ娘.........いえ、生きとし生けるもの全てが翻弄され、そして苦しむ。
しかし、それが原動力となり、時にはその身に似合わない程強い力となりうる。
そして今の私にとって、それは.........
『[君の夢]になる』
.........静かな時間が再び訪れます。今度は前に進みながら、彼の隣を歩きながら.........
けれど、先程まであったどうしようもない不安はどこにもありません。私の隣には、私の[夢]である彼が居る。彼が、連れて行ってくれる。そう思うだけで、心は自然と安らいでいきました。
.........それでも、彼の横顔を見る時はまだ、ドキドキしてしまいました.........
ーーー
桜木「ありゃ。着いちゃった」
マック「ふふ、本当。あっという間でしたわね」
彼女と階段を登った。その道程は短い物じゃない。けれど、記憶に残っているのは彼女の隣を歩いた事と、楽しく会話をした事だけだ。
お互いの顔を見て、同じタイミングで微笑んだ。今この時を彼女と[共有]している。感情が[共鳴]して、心が[共振]している.........そんな事が手に取る様にわかる程、彼女と[共に生きて来た]。
桜木「それにしても、雰囲気あるなぁ.........府中の夏祭りの神社も良かったけど」
マック「こちらはこちらで幻想的でしょう?」
俺の先を歩いて、そう言って振り返るマックイーン。藍色の浴衣と夜の空が溶け合い、くすんだ鳥居の[朱色]が、それを阻止してくれている。
彼女は一人。そこに居る。例えどこに居たって。彼女なら見つけられる。根拠のない自信だけど.........そう思えるくらい、今の俺は強気だ。
けれど俺は、物探しも人探しも苦手なんだ。よーいドンで探し始めたらいつも最下位になるくらいには、探し物は得意じゃない。
だから、[離さない]。握った手は、貰った[特等席]のチケットは.........もう無くしたりなんかしない。
そんな決意を胸に、俺はまた彼女の隣を歩いた。鳥居をくぐって、石畳を歩いて、厳かな拝殿へと向かう。
そして俺達は、お祈りをする場所へと辿り着いた。
桜木(.........神社か)
桜木(そう言えば、アレを見せられて以来来た事は無かったんだけど.........)
桜木(.........今思えば、助けてくれた。って事なんだよな.........)
マック「?トレーナーさん.........?」
心配そうな声が聞こえて来て、意識を内側から外へと引き戻す。見上げていた神社の社から視線を隣に移すと、やはり彼女は少し心配そうな顔をしていた。
何ともない。と言うのは簡単だ。けれどそれじゃあ、この気持ちを共有できない寂しさが出来てしまう。
だから俺は、彼女に話してみる事にした。前回の夏祭りであった事を.........
マック「.........そう、そんな事が」
桜木「あはは.........信じられないかもだけど、マックイーンには話しておきたくて」
マック「.........信じますわ。貴方が言うんですもの」
桜木「!.........ズルいなぁもう」
首を振って否定し、微笑みを向けて肯定する。たったそれだけで俺の心は満たされた。安心。充足。心に欠けているものが一切無い。そんな状態だった。
そうして俺達は、それぞれの財布から五円を取り出した。手に持ったそれをお賽銭箱の中に入れる。
姿勢を正して二回。深いお辞儀をする。
両手を胸の前まで持って行き二回。大きな拍手をする。
そして、祈りを捧げる。
―――その時だった
『ありがとう』
言葉が響く。頭の中に静かに響く。それは声ではなく、正しく[言葉]という表現が正しいように思えた。
それが誰のものか。何故礼を言ってくれたのか。理解は出来ない。けれど.........所詮は分からないだけだ。慌てるような事じゃない。
桜木(.........礼を言うのはこっちですよ)
桜木(.........色んな人に出会わせてくれて、ありがとうございます)
ここまで来れた。ここまで来てしまった。今を今の俺から見た言葉は前者で、今を昔の俺から見た言葉は後者だろう。喜びと悲しみ。希望と絶望。続く道と絶たれた道。
二律背反でありながらも、その道は全く同じ道のりで、そしてその上を歩く存在も同じ。俺なんだ。
今の俺になれたのは.........多くの人に出会わせてくれた、巡り合わせの神様のお陰だろう。でなけりゃもっと、卑屈になっていたはずだ。
そんな強ち間違いでは無い自己評価に心の中で苦笑していると、また言葉が響いてくる。
『貴方のお陰で、世界は変われる』
『あの人がようやく、[私達]を分かってくれた』
『これからも、同胞をお願いします』
桜木(.........はい)
その言葉を聞いた時。不思議とその正体が分かった。彼女なのか、彼なのか、そのどちらかまでは分からない。
けれど俺に語り掛けてきてくれた存在は間違い無く、[ウマ]だろう。ウマ娘にとっての核であり、中枢。その存在理由.........
その存在から感じた物は、どこかMさんに似た物があった。だからきっと、そうに違い無い。
俺はそう結論付けて、最後に深々と神社に一礼をした。
桜木「.........あっ、そういえば花火まで後どれくらいだっけ?」
マック「!言われてみれば.........肝心の開催時間を聞き忘れていましたわ」
桜木「ありゃりゃ。まぁ道中で始まってなかったし、待ってようよ。ここでさ」
―――軽く伸びをしながら彼はそう言いました。そこには先程の祈りの最中に見せた神妙さはすっかり抜けて、いつもの彼らしい軽快な雰囲気がありました。
私もそれに賛同し、ここでその時間までを待つことにしました。拝殿を背にし、石畳を歩き、鳥居をくぐって階段を目の前にします。
桜木「そだ。マックイーンは何を祈ってたの?」
マック「.........そういうのを聞くの。少々デリカシーが無いと思います」
桜木「え?ご、ごめんね.........?」
マック「.........ふふ、冗談です♪」
わざとらしく頬を膨らませてそう言うと、彼は困った顔で謝りました。その顔を見て満足した私はすぐに本心では無いことを伝えると、彼は安心して息をほっと吐きました。
何だか最近.........と言うより、以前から彼の前ではわがままになってしまいます。彼を喜ばせたい。彼を困らせたい。そんな思いのままに振舞ってしまうせいで、私の中で自分は酷い存在だと感じてしまうようになってしまいました。
私が祈った事.........それは、こんな自分から解放されたい。元の[メジロマックイーン]に戻りたい。という事です。
以前まででしたら、絶対にこんな事はしませんでした。したとしても、頻度は少なかったはずです。
だと言うのに、今の私は思うがままに振る舞い、彼を困らせたり、彼の前で見栄を張ったり、格好を付けてしまう。そんな事を続ければ疲れてしまうのは分かっているというのに.........
そうやって意識を自分の内面に向けていると、彼が私の事をじーっと見つめてきているのに気付きました。
マック「な、なんですか.........?」
桜木「あ、いや。何でもない」
歯切れが悪い答えを返す彼。目を逸らしてその視線をまだ何も無い空へと向けて、先程の事を無かったかのように彼は振舞います。
私もそれ以上聞くことはせず、彼と同じ様に空を見上げます。濃い色をした空。ですが決して黒では無い色に染められたそれが、いつ彩られるのかを心待ちにします。
マック「.........思えば花火を見るのも久しぶりですわ」
桜木「そうだね。手持ち系とかは.........アレも前回の夏合宿か!いや〜本当酷い目にあったね〜あん時は」
マック「ふふ.........ですが、今になってしまえば良い思い出です」
あの日の光景を思い出す私達。彼はからからと笑い声を上げていました。その姿は正に、以前までの彼そのものでした。
何も背負わず、気楽に前を歩き、誰かが転びそうになれば気にせず手を伸ばしてそれを阻止してくれる.........そんな安心感が、再び現れました。
多くの困難がありました。多くの喜びもそれと等しく.........
ですがそれは、良くも悪くも私達を変えて行きました。経験という成長が作り出す変化が、私達を内側から変えて行きます。
思慮深くなった。臆病になった。勇敢になった。恐怖が麻痺した。どちらになったのかなんて、私達本人ですら知りえません。
ですが私は.........あの頃と変わらずに―――
「―――ずっとこのままだったらなぁ」
―――何気無い、一言だった。
本当に、心の隅っこに出てきた言葉が出てきただけだった。
それでもその一瞬で、この場の空気が少しだけ、変わった.........
マック「―――.........」
桜木「.........?」
気が付けば見上げていた彼女はその顔を俯かせていた。突然の変わりように驚き、声を掛けることすら出来なかった。何を言えばいいかなんて、全く分からなかったんだ。
これから花火が始まる。楽しい時間が始まる。そんな未来の事は一切合切頭から飛んで、目の前の彼女だけが残っている。
何も言えないままただ黙っていると、彼女の俯いた顔から小さく反射した光が地面へと落ちて行った.........
―――そのつもりだったんです。彼のその言葉を聞くまでは.........私も、同じ気持ちだったんです。
でも.........それを聞いた途端にもう、理解してしまったんです.........このまま行けば、終わってしまうのだと.........
そう思うと.........胸が苦しくなって、悲しい気持ちが溢れてきます.........
マック「.........貴方はそれで、本当に良いんですか.........?」
桜木「え.........?」
―――俯いたまま彼女は言った。その言葉に俺は、停止気味だった思考を回転させ直したけど.........それらしい答えは出なかった。
少しの間沈黙が続く。その間に彼女は顔を上げて、俺の方を見つめてきた。
その両目からは涙が溢れ出し、頬へと流れて行っている。潤んだ瞳と赤らんだ頬。そして、それでもなおその涙を抑えようとしているのか、キッと結ばれた口が印象的だった。
―――彼はその顔を保けさせていました。私の顔を見て一瞬だけ、身体を強く硬直させましたが、やがてそれを元の自然な状態へと戻していきました。
いつ訪れるかは分かりません。ですが明確な制限時間。[卒業]という物が存在します。そうなってしまえば.........もう、終わってしまうんです.........
マック「私と貴方は.........ただのウマ娘とトレーナーです.........」
マック「でも.........そのままだったら.........いつか終わりが来てしまいます.........」
マック「貴方は本当に.........それでも良いの.........?」
―――本心からの言葉。いつも彼女から聞く言葉遣いは、最後には無くなっていた。彼女の言う[終わり]という物が、そこまで彼女の余裕を無くしていると言うのが、よく分かった。
そして、ようやく分かった。
これが[最後]なんだ。
[最後]の.........[猶予]なんだ。
―――未だにその顔を変えない彼に、私は強い思いを抱きました。そして勝手に、この人はまだ分かっていないのだと、そう判断したんです。
溢れ出る[想い]は、後ろにある強い[感情]に押し出される様に、封された扉に強く押し付けられ始めました。
マック「
マック「でも.........私は弱いから.........きっと自分から貴方に会いに行けなくなる.........!!!」
マック「だから.........!!!」
「私は.........!!!」
「貴方の事が―――」
―――ああ。言ってしまうんだ。
このまま私は、彼に思いを伝えてしまう。
勢いに押されて。自分が勝手に抱く恐れに負けて。
.........でも彼なら。きっと受け入れてくれる。
弱さに負けたとしても、許してくれる.........
そう思ってしまえば、その言葉はもう、止める事は出来ませんでした.........
「―――マックイーン」
「―――ぇ」
―――彼女の言いかけていた言葉を、すんでのところで止めた。俺が止めるのを予想していなかったのか、彼女はもう一度俯いていた所からまた、その顔を上げた。
きっと、覚悟を決めたんだろう。だからこうして、余裕の無いままにその言葉を言おうとしたんだ。
だけど.........
桜木「マックイーン。その言葉はそんな気持ちで言っちゃ行けないよ」
マック「.........っ」
桜木「そういうのはさ。もっとこう、その気持ちだけで行かなくちゃ行けないと思うんだ」
桜木「怖いとか。辛いとか。そんなのに押されて出ちゃったら.........嫌な物になっちゃうよ?
彼女の震える肩に手を回し、慰める為に頭を撫でる。それでも彼女は怖いのか、さっきよりも表情を歪めて、涙を沢山流し始めた。
―――もう、終わりです。こんな事になってしまうくらいなら、いっその事言わなければ良かったんです。
そんな思いで心の中がぐちゃぐちゃに掻き回され、素敵だった今日という一日が、人生史上最悪の日に成り代わりました。
苦しい。悲しい。辛い。叫びたい。泣きたい。消えてしまいたい。
彼にこんな姿を.........見せたくない.........
マック「っ、ぅぅう.........あぁ.........!!」
こんな姿を晒し、間違いをしでかそうとした私を彼は尚も、その手で頭を撫でて慰めてくれる。
そんな嫌いになりそうな彼の優しさに包まれて、私の心は限界を迎えました。
感情が荒れ狂い、封をされた扉にそのままの勢いで、押し寄せる波がぶつかります。
溺れてしまうのではと錯覚する程に涙を流し、その勢いに押されるまま、私は口を開きました.........
―――だから」
「―――『ㅤㅤㅤ』」
―――信念というのは簡単に言えば、エゴそのものだ。こうありたい。こうでいたいという思いに力が入り、独りよがりは他人を巻き込む信念になる。
俺もその一人だ。正しい行い。正しい生き方。それを目指した俺の思いは、彼女にこの気持ちを、[卒業]まで伝えない事。それが俺にとって正しい事で、世間体も良くて、彼女も納得してくれるものだと思っていた。
.........でも、それでマックイーンが泣くんだったら、そんなものは要らない。
そんな自分勝手な
―――遠くの空で花火が空を彩り、その音が心臓にまで響いてきました。けれど、今私の心臓が鳴り響いているのはそれのせいではありません。
彼の声は聞こえませんでした。でも、その言葉は私の心を震わせました。
マック「―――.........」
先程までの激しい負の感情は、まるで最初から存在しなかったかのように私の中から姿を消し、純粋な[好き]という気持ちだけが残りました。
そしてそれを堰き止めていた扉の封を剥がされ、怒りや悲しみという感情に押されて出てくる前に、彼がその手で優しく開けて下さりました。
マック「.........っ」
マック「っ、っ.........!」
瞳から溢れ出てくる物。押し出されたものではなく、まるでそれしか表現する事が出来ないくらい、その涙は暖かく、そして素敵な物で構成されていました。
鳴り響く花火が埋め尽くされる夜空。下がっていた両手は彼の背中に回し、その存在を確かめるように。二度と離さない様に強く力を込めました。
マック「わた、し.........で.........良いの.........?」
マック「貴方が思ってるよりわがままで.........弱い、のよ.........?」
絞り出して出てきた物は、彼の先程の言葉を疑問視する様な物でした。そんな事を言いたかった訳じゃない。ただ、ありがとうを伝えたかっただけ。嬉しいと言うことを伝えたかっただけなのに、私はまだ素直になれずに居ます。
彼はそんな私を優しく見つめ、そして花火の音に耳を傾けながらも、ゆっくりと口を開きました。
桜木「.........俺さ。ずっと[君]の事が[好き]だったんだ」
桜木「ひたむきで努力家で、でも落ち込む時は落ち込んで.........喜ぶ時は凄く喜ぶ。そんな君が、誰よりも.........」
桜木「皆はきっと、[メジロ家]の[メジロマックイーン]だとか、[スピカ:レグルス]の[メジロマックイーン]だとか変な肩書きを君に着けるかも知れないけど.........」
「俺は、[君]が[メジロマックイーン]だから[君]を好きになったんじゃない」
「[メジロマックイーン]が[君]だから、[メジロマックイーン]を好きになったんだ」
「俺は.........[普通の女の子]の[メジロマックイーン]が.........大好きだ」
私の目を見ながら、彼は優しくそう言ってくれました。それに釣り合う様な言葉を私は自身の中で見つける事が出来ずにいると、彼を抱き締めていた私を少し離すように肩を掴まれました。
何かと思って居ましたが、彼がその手を私の頬に添えた時。悟りました。優しく暖かい.........それでいて、男性らしい彼の手が頬に触れて.........私の心臓は、花火を間近で聞いた時以上に跳ね上がりました。
彼の顔と私の顔とが並行の場所になる。これから何が起きるのか。まるで知らないフリをする子供のような考えを抱きながらも、身体はその先を知っているかのように自然と目を瞑りました。
そして.........
一際大きい、花火の音が鳴り響いたのでした.........
ーーー
真夏のピークが去った
キタ「わーっ!すっごい花火だね!」
ダイヤ「うん!花火ってとっても素敵!」
天気予報士がテレビで言ってた
タキオン「.........綺麗だね。黒津木くん」
黒津木「ああ、恋人と見る花火って.........良いもんだな」
それでも未だに街は
スペ「むぐぐっ、次はあの屋台です!!」
白銀「はァ!!?お前同じ道民だからって容赦しねぇぞ!!!」
ゴルシ「スマートボールで負けたんだから仕方ねーだろ〜?良いじゃねーか金持ちなんだしよ〜」
落ち着かない様な。気がしている
テイオー「ふふん!射的は苦手だけど輪投げは得意だもんね〜♪」
神威「頼む〜勝ってくれ〜カフェ〜.........!流石にウマ娘分の飯代奢る程俺は裕福じゃねぇ〜.........!!!」
カフェ「.........じゃあ、私が買ったら私のご飯を買ってくださいね」
夕方。五時のチャイムが
ライス「ウララちゃん?眠いなら帰ろう?」
ウララ「.........ムニャ.........まだ、遊ぶ.........ん」
ブルボン「.........帰りましょうか。ライスさん」
今日は何だか。胸に響いて
パール「.........やっぱり、日本は良いわね」
ジミー「そうだね。老後は移住するのもいいね」
エディ「絆されおって。全く.........」
ルビィ「.........ふふ、でもおじいちゃん。笑ってるよ?」
運命.........
沖野「.........っし、これで明日はのんびりできるな.........っと、始まったか」
沖野「.........一人で見る花火なんざ寂しいだけかと思っていたが」
沖野「アイツらを思い浮かべただけで騒がしい気分になってくるなぁ.........」
沖野「.........夏合宿もそろそろ終わりか」
なんて、便利な物で
ラモーヌ「.........」
『.........』
『.........完全に、置いてかれたわ』
ラモーヌ「.........」
ぼんやり。させて.........
マック「.........」
桜木「.........」
最後の花火に、今年もなったな
マック「.........♡ 」
何年経っても、思い出してしまうな
マック(.........あぁ、心臓が.........壊れちゃいそう)
無いかな。無いよな。なんてね、思ってた。
マック「.........ん」
桜木「.........あっ」
マック「?」
桜木「.........返事、聞かずにこんな事しちゃったけど.........」
マック「!」
まいったな。まいったな。話す事に迷うな
マック「.........ふふ、そんなの。もう決まってるではありませんか」
桜木「!それって.........」
マック「.........私も―――」
「―――貴方の事が、大好きです」
最後の、最後の、花火が終わったら
僕らは、変わるかな?
同じ空を見上げているよ
―――瞳を潤ませ、頬を紅く染めて微笑むマックイーン。その姿にまた、心臓が少し跳ね上がる。
それが表情に出ていたのだろう。彼女は俺の顔を見て、またふふっ、と笑いを零した。
そんな彼女が空を見上げる。それに釣られて俺も空を見上げた。
もう、花火は打ち上がっていなかった。
それでも.........世界の色は、花火が打ち上がる前より彩られている様にすら思えた.........
「.........あの、わがままを一つ。言っても宜しいですか.........?」
「え?」
「.........もう一回、キス。してください.........///」
―――花火は終わりました。お祭りから人の足が遠のいていくのも、高い場所にある神社からは良く見えました。
けれど、私のこの心臓の高鳴りは花火の時のように、いえ.........その時以上に.........
壊れそうなくらい.........ドキドキしていました.........
......To be continued
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