山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜   作:ギノっち@カマタラル

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マック「メジロの護身術には歴史がありますわ」

 

 

 

 

 

 冬の寒さが本格的になってきた一月の初め。年を越し、新たな一年となって気が引き締まる気持ちの中、私メジロマックイーンはトレーナーさんに休日の予定をお聞きしました。

 

 

桜木「え?メジロ家に?」

 

 

マック「はい。トレーナーさんも随分有名になられましたし、メジロの護身術を.........あら?」

 

 

 昼下がりのチームルームにノックの音が鳴り響きます。誰かが来ることは不思議な事ではありません。私は先程までの提案を飲み込んで、来客の方を迎える方を優先させました。

 

 

シエル「し、失礼します」

 

 

マック「あら、貴女は.........」

 

 

ウララ「あっ!!シエルちゃんっ!!」

 

 

 やって来たのは以前、ウララさんが有馬記念に出走する際にその事を問い詰めてきたウマ娘。そして何故かその後ろに、桐生院トレーナーも居ました。

 何だか繋がりのよく分からない二人ではありますが、トレーナーさんはお茶を出そうと席を立とうとしますが、お二人が直ぐに終わると言ってそれを止めました。

 

 

シエル「有馬記念お疲れ様。ちゃんとみたよ」

 

 

ウララ「!ホント!!?」

 

 

シエル「うん。来年も出るんだよね?応援してる」

 

 

ウララ「えへへっ、ありがとうっ!!」

 

 

 そんなやり取りを短くした後、シエルさんはトレーナーさんの方を向いて頭を下げました。それを見た彼は少し恥ずかしそうにそっぽを向いて頬を掻きました。

 ルビィさんから聞きましたが、有馬記念の後、どうやら彼は彼女と一緒に観戦していたようで、そこで色々あの時の誤解などを解いていたと推測出来ました。

 

 

 そんな感じで早々にシエルさんは退出して行きましたが、桐生院さんは残ったままでした。

 

 

桐生院「さっきシエルさんと一緒になったんです。向かう先は同じでしたが、私は別件で来ました」

 

 

桜木「珍しいね?」

 

 

桐生院「はい。実は今度の休日、[プロトレーナー]の方とお話する機会があって、都合が合えば是非桜木さんもと思いまして」

 

 

桜木「へ?プロ?」

 

 

 その言葉を聞いて、彼は驚いた表情で私達の方を見ましたが、私達も同様に驚き固まってしまっています。

 [プロトレーナー]。企業からスポンサードされたトレーナーでありますが、形態としてはフリーランスに近い職種。その企業に属するプロウマ娘の管理をするのが主な仕事です。

 学園トレーナーとは違い、一人一人がそれぞれの役割を全うする形になっています。レース出走の管理や体調面のサポート。トレーニングの指示やレースの作戦を練ったりなど、より専門的な物に細分化されているのです。

 

 

桐生院「今回はレースプランナーの方とお話するので、きっと桜木さんの身にもなる筈です」

 

 

デジ(あの、プロのレースプランナーって。デジたん一人しか思い浮かばないんですけど.........)

 

 

タキオン(あ、あぁ.........名前は確か、[たけ])

 

 

『[武]ですってッッ!!!??』

 

 

二人「うお(ひゃあ)っっ!!?」

 

 

 ひそひそ話をしていたお二人。そんな中で出て来た[武]と言う名前が飛び出して、突然Mさんが姿を現して声を粗げました。

 [プロトレーナー]という職業の方はプロウマ娘よりも少ないです。その中でもレースプランナーと言うのは勝利に直結する存在。お話を聞けるのなら私達ウマ娘もその役職の方々に聞いてみたいと思っています。

 

 

 しかし、そこで彼女が驚く理由が分かりません。知り合い.........いえ、彼女が言うには私が生まれた時には一緒の魂になって、確か彼はその当時まだ学園のトレーナーだった気が.........

 

 

 隣で先程声を上げてしまった理由を誤魔化しているトレーナーさんを後目に、私は一人思考を凝らして居ました。

 

 

桐生院「都合が着いたら言って下さい!では私もミークに休日は不在と伝えなければ行けないので!」

 

 

桜木「あ、うん。わざわざ俺を誘ってくれてありがとう.........」

 

 

 そう言って桐生院トレーナーは早々と帰って行きました。ドアを開けて去る彼女に彼は手を振って姿が見えなくなってから私の方を見ました。

 

 

桜木「.........どうしよう?」

 

 

マック「どうしようと言われましても、そちらの方がトレーナーさんにとって有意義でしょうし、私の方はまた機会がありますから.........」

 

 

桜木「そう?じゃあ、桐生院さんの方に行こうかなぁ.........」

 

 

 お互い少し残念そうな顔を見せ合いますが、こればっかりは仕方ありません。実際プロトレーナーのお話を聞ける機会なんてこの先あるか分かりませんから.........

 例えどのような役職になったとしても、プロトレーナーとなったら時間の使い方は今よりとても難しいのです。

 プロになったウマ娘はレースだけでなく、様々なイベントに駆り出されます。そのウマ娘の身体の状態を常に確認し、次のレースで何が出来るのかを考えなくてはならなく、そしてそれは一人分では無い事が殆どです。

 

 

 結果から言えば、私との護身術稽古はまたの機会になってしまったのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........すぅぅぅ.........ふぅぅぅ.........」

 

 

 陽の光が窓から差し込む稽古場。身なりを整え、冬の冷気によって冷えた床に正座をし、呼吸を整えます。

 これからお母様と、最近入門してきた方達との稽古が始まる.........その時までには、私自身が学んできた技術を思い出せる様に精神を統一していました。

 

 

 しばらくそうしていると、入口の方から足音。数からして三人分。そしてその内の一つが軽やかかつ響きのない物から、お母様の物だと判断しました。

 

 

ティタ「あらっ、マックちゃん!!もう準備万端みたいね!!」

 

 

マック「ええ、久々のお母様との稽古ですもの。手間を取らせる訳には.........あら?」

 

 

 現れたのは私と同じように、袴の和装束に身を包んだ母でした。

 しかしその後ろには見慣れた方が二人。一人は大柄の外国人男性でもう一人は大人のウマ娘.........

 そう、クレセントルビィさんのご両親だったのです。

 

 

マック「最近入門してきたと言うのはお二人だったのですね.........」

 

 

ダイヤ「ええ!ジャパニーズの技術はとても素晴らしいから、是非仕事の方でも取り入れようと思ってね♪」

 

 

ジミー「HAHAHAっ!!こんな見た目の僕がジャパニーズ受け流しを見せた日にはきっとロボコップもジャパニーズDOGEZAをするだろうね!!」

 

 

 た、確かに筋骨隆々のジミーさんが柔術を会得すれば隙は無いように見えはしますが.........何故同業のはずのロボコップが土下座をする事態になるのでしょう.........?

 ルビィさんのご両親は警察官。しかもICPOという機関に属している優秀な方々です。

 現在は溜まりに溜まった有給を消化している最中であり、それが無くなった時は元いた場所であるイギリスの刑事として働こうとしていると以前に聞きました。

 

 

ティタ「二人とも飲み込みが早いのよ〜♪私も歳だから体力が無くて、満足に相手が出来なかったからマックちゃんが居てくれて助かるわ〜♪」

 

 

マック(どの口が.........)

 

 

 何が体力が無いですか。連日の長距離移動は当たり前で移動先では本家メジロ武術の総師範としての講演や稽古を当たり前にこなした後に、自分の稽古までするではありませんか。

 下手したら天皇賞を走っていた現役の時より体力が.........我が母ながら末恐ろしい存在です。

 

 

 しばらくの間は身体作りの稽古や技の練度を高める練習をしていましたが、やがて母の言っていた通り、私とお二人が実践的な試合形式をする運びとなりました。

 

 

ジミー「HAHAHAっ!実戦は初めてやるよ!!.........この武術ってウマ娘相手でも大丈夫なのかい?」

 

 

ティタ「ええ。本来は気性の荒いウマ娘を諌める為に編み出された武術だからちゃんと機能はするわ」

 

 

マック「メジロ家は昔、[女城]と呼ばれる集団で時の権力者にも一目置かれて居ましたから、今となっては私達の技術ですけど」

 

 

 昔の話をすればするほど、今のメジロ家とは程遠い存在ではありますが、確かに今この家があるのは[女城]と呼ばれる方々が必死に乱世を生き抜いたからです。

 その話はまた追々するとして、今は稽古。お二人が今どの程度護身術をマスターしているかが重要です。

 

 

 ジミーさんと向き合い、一礼をしてからお互いに両手を胸の辺りに持って行って構えを作ります。準備は万端。後はお母様が始めの合図を出すのを待つだけです。

 

 

ティタ「では、始め〜♪」

 

 

ジミー「センテヒッショウっっ!!!」

 

 

 気の抜けた合図が終わるや否や、ジミーさんはその巨体からは考えられない程の速さで猪突猛進を仕掛けてきました。普通の人間。普通の武術でしたらひとたまりもないでしょう。

 しかし、それを何とか出来てしまうのが[武術]の恐ろしさ.........熟練されたそれに対しては最早、体格差など取るに足らない要素になってしまうのです。

 それに.........

 

 

マック(メジロ護身術は長期戦を凌ぐ為の物ではなく、寧ろその長期戦を[作る為]の技術)

 

 

マック(相手を傷付ける事無く、そして相手に傷付けられる事無く時間を使い、戦力差を水面下で増幅させる受け特化の武術の派生)

 

 

マック(そんな物に先手を取ろう物なら.........ッッ!!!)

 

 

ティタ「!.........♪」

 

 

 僅かな猶予時間。彼の巨体が私との距離を縮め、私の和装束に手をかける前にするべき事を手早くします。

 懐に潜り込む為に両膝から力を抜き、姿勢を一気に低くする事で相手の視界から消え、一歩だけ前に進みます。

 そして体勢を整える際、足の向きは縦に並ばせ、服を掴む両手も縦にしながら重心を下げる。

 後は[呼吸].........この全ての動きを調節するのが、このたった一つの要素。この調整をするだけで.........

 

 

ジミー「What.........!!?」

 

 

ダイヤ「ジミーの身体が止まった.........!!?」

 

 

ティタ「メジロ護身術の奥義。[勢殺]」

 

 

ティタ「向かってくる相手の勢いを吸収し応用する超難得の技よ」

 

 

 先程まで触れれば飛ばされる程の勢いだった物も、身体に吸収する事で自分の武器にする事が出来ます。

 私が今やったのは半分だけその勢いを貰い、お互いに同じ力同士でぶつけ合い、相殺させる。やり方によっては相手に全てぶつけて反撃出来たり、或いは相手の動きを静止させて自分は大きく距離を取って逃げる。そんな事も出来ます。

 

 

 何が起こったのか。それを彼はようやく理解出来た見たいですが、残念ながら既に手遅れです。私の両手には彼の和装束の襟が掴まれています。何をした所でここから先は地面に背中が触れる展開しか訪れません。

 

 

ティタ「はいストップ〜♪流石にマックちゃんの投げは危ないからここで止めるわね〜」

 

 

ジミー「お、おお.........!Jesusっ」

 

 

 お母様が手を叩いて試合を停めます。私も そう判断すると思い、直ぐには投げずにこの体勢をキープしていたのです。

 長期戦を主体にはしていますが、行動不能にする時は即座にする。それがメジロ武術。そして護身術の基本とされています。

 その感覚を実際に掴めて頂けたのなら私も嬉しい限りです。

 

 

 そうして、稽古の時間は過ぎ去って行ったのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティタ「はい♪今日の稽古はこれで終わりよ♪お疲れ様」

 

 

ダイヤ「つ、疲れたわ.........こんなのを毎日やってるの.........?」

 

 

ジミー「凶悪犯を追うよりHARDな事があるなんて.........良い経験になるよ」

 

 

 姿勢を整えて正座をしている私達とは対照的に、お二人は足を崩して呼吸を乱していました。確かにハードな稽古ですが、慣れてしまえば楽な方です。

 恐らく今日はこれで終わりでしょう。私も久しぶりでしたし、お母様も流石に.........

 

 

ティタ「それじゃあ最後にマックちゃんと私の実戦稽古デモンストレーションをしましょうか♪」

 

 

マック「.........くっ」

 

 

 そういうわけにも行かなかったようです。私は落胆の声を漏らしながら自らの母から視線を逸らしました。きっとその表情はとてもにこやかな物でしょう。見なくても分かります。

 母はどうやら事武術に関してはレースよりも楽しいらしく、未だに年齢に反して肉体の衰えは全くありません。いくら人間より老いの遅いウマ娘と言えど、中距離すら余裕で走れるとなっては話が違ってきます。

 

 

マック「ほ、本当にやるんですか?私結構もう疲れてて.........」

 

 

ティタ「良いじゃないマックちゃん♪やってくれたらご褒美に、貴女がもっと[強くなれる秘訣]を教えて上げるわ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、[レース]に関する.........ね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック(.........我が母ながら、胡散臭い)

 

 

 良い母だとは思いますが、未だに私の事を子供扱いしてくるのは本当にムカッと来ます。これが反抗期という物なのかもしれませんが、やって欲しい事の為に物で釣ると言うのは腹立たしい事です。

 しかも、質の悪い事にそれを知っていてやっている。うっすらと開けた瞼から見える瞳はやはり、その笑顔とは掛け離れた期待がうっすらと見えているのです。

 

 

マック「.........分かりました。一分だけです」

 

 

ティタ「そう来なくちゃ♪」

 

 

 嬉しそうな声色の声を出しながら立ち上がるお母様。稽古場の中心へと歩いて行く母の背中に私は黙って着いていきました。

 こうしていると、幼い頃に戻った気がします。あの頃はまだ夢と現実の境目が分からず、私もおばあ様やお母様の様に、偉大なウマ娘になれると思っていました。

 しかし.........蓋を開けて見れば私はいつまで経っても[私のまま].........何も変わらずに、ただ出来る事や出来た事が増えて行くだけで、自分の中で明確に変わったという実感が湧かないのです。

 

 

 そんな考えに耽りながらも、私の方を向いた母の顔を見れば自然と身体が強ばります。これから久しぶりの、母との実戦稽古.........修練の方は出来ていなかったとはいえ、私も今日までこの身を鍛え上げてきた自信はあります。

 

 

ティタ「じゃあ、ダイヤさんに試合の合図を出してもらおうかしら?」

 

 

ダイヤ「!分かったわ。両者構えっ!!」

 

 

マック「.........」

 

 

ティタ「.........」

 

 

マック「.........?」

 

 

 試合が始まる。あと一つの合図でそうなると言うのに、母は表情どころか、その手の位置すら変えません。

 構えと言うのは基本の型であり、あらゆる状況に対応する為に作られている物です。現にこの場にいる私。そしてお二人も先程の稽古でそれをし、もっと言うならば母もその構えをしていました。

 しかし、今目の前に居るのは両手を下げ、背筋を楽に伸ばしているお母様。その異質さに私は思わず問い掛けました。

 

 

マック「か、構えないのですか?」

 

 

ティタ「ええ。結局これが一番手っ取り早いから」

 

 

ダイヤ「.........始めっ!!」

 

 

 結局、母は試合が始まっても構えを取る事はありませんでした。平常時と変わらぬ母が目の前に居る。こんな事は初めてで、私の力が不足していようとも、母はいつも全力で応えてくれました。

 しかし、そこに不満はありません。何故ならば、構えを取っている時より距離を[詰めれない]からです。この様な状況で母が何をするのか、私には想像すら出来ませんでした。

 

 

 ジリジリとした膠着状態。気持ちの悪い汗が額から頬へ流れ、その居心地の悪さから脱する様に私は一歩。前へと進みました。

 

 

ティタ「.........」

 

 

マック「!.........っ」

 

 

 その一歩よりも大きな足取りで、母は軽く距離を取ってきます。軸を移動させ、より背中と壁との距離が遠くなる様な形で私との距離を広げて行く.........正に、[長期戦]に持ち込もうとする動きです。

 これは同じ武術だからこそ成り立つ時間。もしこれが相手を倒す為の武術が相手だったとしたら.........恐らく悲惨な事になるでしょう.........

 時間は刻一刻と過ぎ去って行きながらも、私は先程の一歩で最早母には近付けないと確信しました。例え一気に距離を詰めれたとしても、その勢いを利用した[勢殺]で距離を大きく取られてしまう.........

 

 

 .........結局、一分間で私が取った行動は、一歩前に進む事だけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「.........参りました」

 

 

 一分間が過ぎ、私は母へ降参の礼をしました。あんな体験は初めてで、一体どういう事なのか皆目見当もつきませんでした。

 頭を下げる私に母はおもむろに近付き、その両手で肩を抱き寄せてくれる。その温かさに安心しながらも、私の心は疑問に埋め尽くされていました。

 

 

ティタ「ここまでよく頑張りましたね。マックイーン」

 

 

マック「!.........まだまだですわ」

 

 

ティタ「ふふっ、充分よ。もう基本は出来ているもの。後は.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[自然]と[共生]するだけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マック「―――ぇ」

 

 

 思っても見ない言葉。そんな言葉が母の口から飛び出てきた事で私は酷く驚きました。

 

 

 自然と[共生]する。それは以前トレーナーさんが密着取材を受けた際、今の私が目指すべき段階に対しての答えでした。

 

 

ティタ「武術に置ける[自然]って言うのは構えや技術。そして戦法の事」

 

 

ティタ「それを極めた上で、私は私らしくあの場で[生きていた]。そうでしょう?」

 

 

マック「は、はい」

 

 

 母の言う通り、先程の試合の動きは明らかに日常生活上のお母様と変わりはありませんでした。

 だと言うのに私は近付くことが出来ず、その場で相手の対応を待っていただけ.........一体それが、どういう原理でそうなっているのか理解が出来ずに居ます。

 

 

ティタ「私は確かに構えていなかった。けれどこの身体には、今まで稽古をしてきた記憶がある。考えずとも身体は勝手に反応してくれる様になっている」

 

 

ティタ「マックちゃんも今走ってって言われたら、きっと直ぐに基本に忠実な走りを見せれる筈よ?」

 

 

マック「っ、ですがそれでは.........」

 

 

ティタ「そう。それはただ[自然な走り]ってだけ」

 

 

 彼にも言われた言葉。それはまだ、私の走りの中に[私]が存在していないという言葉.........意味は分かってはいるものの、それをどう打開すべきか、未だに見えて来ません。

 

 

ティタ「.........大丈夫。焦らなくてもきっと見つかる筈よ」

 

 

ティタ「その時が来たら、まるで何かの[スイッチ]を押された様に[変わる]はず.........」

 

 

マック「.........」

 

 

ティタ「貴女は私の娘で、お母様の孫だもの。絶対見つけられる.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えは必ず、[レース]の中で見つけられるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確信めいた口調で言い切るお母様。その表情にはやはり迷いなどは存在せず、優しい笑みを浮かべて居ました。

 私の不安な心をなだめるように頭を撫で、勇気をくれるお母様。昔から隠し通そうとしても、いつも私の心は見透かされてしまいます。

 

 

ティタ「私は自分のトレーナーの事は好きじゃなかったけれど、貴女は違うでしょ?」

 

 

ティタ「きっと、私にも、そしてお母様にも辿り着けなかった場所に行けると思うわ」

 

 

ティタ「[自分の心]を信じて励みなさい?マックイーン」

 

 

マック「!はいっ」

 

 

 真面目な母の言葉をしっかりと受け取り、私は自分の心を信じてみる事にします。それがきっと、まだ見ぬ未来を切り開くことになると信じて.........

 そんな決意を抱いていると、不意に拍手が聞こえて来ました。その方向を見ると、涙で顔を濡らすダイヤさん達が居ました。

 

 

ジミー「親子って.........素晴らしいね.........」

 

 

ダイヤ「そうね.........グスン.........」

 

 

マック「そ、そんな大袈裟な.........」

 

 

ティタ「そうよ〜ダイヤさん♪もっと気楽に行きましょう〜?」

 

 

 母はそう言って私から離れ、お二人にポケットティッシュを渡しました。

 それをした後に振り返って見せた表情はまた、いつもの様にどこか抜けていて眠たそうな顔に戻っていました。

 

 

ティタ「ふわぁ〜.........それにしても残念だわ〜。桜木くんも来てくれたら絶対に楽しかったのに〜。連れてきてよ〜マックちゃん〜」

 

 

マック「母を見せるよりプロトレーナーを見せた方が有意義だと思いましたから」

 

 

ティタ「あんひど〜い!折角マックちゃんとの恋愛生活を根掘り葉掘り聞こうと思っていたのに〜♪」

 

 

マック「ですから!.........んん!!?」

 

 

 予期せぬ言葉がまた飛び出してきました。それも、かなり最悪な物が.........

 私の額から、先程の試合とは違う汗が流れ出てきます。先のはひんやりとした物だったのですが、今はじっとりと、まるで肌に張り付くような物でとても気持ちの悪い汗です。

 

 

マック「お、お母様?わわ私と彼はけ、健全なウマ娘とトレーナーという関係を壊す事無く.........」

 

 

ティタ「マックちゃんのクレジットカードの購入履歴。マグカップ。歯ブラシ。パジャマ。お料理本。男の子が女の子にされて嬉しい100の事」

 

 

マック「.........な、何の事でしょう?それが一体何の関係が!!?生活用品を一新しただけです!!!私だって乙女ですし!!!お料理にも恋愛にももちろん興味はありますわ!!!」

 

 

ティタ「ふぅ〜ん。じゃあなんでこの屋敷のどこを探してもその一新した生活用品は影も形も無いのかしらね〜?」

 

 

マック「」

 

 

 ニコニコとした表情を見せながら、母はその好奇心のまま私に詰め寄ってきます。

 一方の私はと言えばこういう時の母がどれほどの強さなのかは身を持って知っているので、汗が背中全体にまで溢れるレベルになっていました。

 

 

 ここで動揺しては行けません。ここはそう。相手をせずにこの場から立ち去るのです.........

 

 

マック「あーっ、急にお電話が!はいもしもしっ!はいっ!はいっ!!あらタキオンさんっ!!今からお茶会を?ぜひ行きます行かせて頂きますわ!!!」

 

 

ティタ「.........[いちゃラブティックスーパーロマンス]」

 

 

マック「ッッッ」ピタッ

 

 

ティタ「面白い名前の本ね〜?どんな本か、誰かに聞いてみようかしら〜?」

 

 

 .........まさか、私が隠れて直接購入した書籍も把握されているなんて.........!!!も、もう逃げる事は出来ない.........

 [いちゃラブティックスーパーロマンス]。まるでゴールドシップさんの様なネーミングセンスを発揮しているタイトルですが、中身はリアリティのある恋愛小説。

 酸いも甘いも綴り尽くされており、これを読めば明日から大人の恋愛強者.........などという宣伝文句で衝動買いしてしまい、中身を一通り見たその日には.........

 .........ええ、大変でしたわ。気が付けば鼻に詰めるという用途だけでボックスティッシュをまるまる一箱使い切ってしまうくらいには.........私にはとても刺激的な物でした。

 

 

 この本を持っている事を他の誰かに知られでもしたら.........メジロ家の誰かに知られでもしたら.........!!!今日まで築き上げてきた私の華麗で淑女なイメージが!!!

 

 

ティタ「あら?お友達のお誘いは良いの?」

 

 

マック「.........何が聞きたいんですか」プクー

 

 

ティタ「ふふ♪それは勿論、1から10までよ♪」

 

 

マック「そ、そんな.........!」

 

 

 なんという事でしょう。どうやら私は最初から蟻地獄の中に飛び込んでいてしまったようです。

 そしてそれを打開する術もなく、なんなら今日はお母様の質問攻めを受け流す回答を用意してくれる[彼女]も傍に居ません。

 

 

 結局その日、私は頭から湯気を出しながら事の顛末を母と入門者のお二人に聞かれるという一種の拷問を受けるしか無かったのでした.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某時刻。府中から少し離れた高級料亭の個室部屋。

 

 

 普段過ごしている世界とは程遠く、ここが今現実の場所なのだと認識出来るのは恐らく、隣に桐生院さんと彼女が居てくれるからだろう。

 料理はまだ運ばれて居らず、待ち人も来ていない。俺はコップに入れられた水を見つめるのが精一杯で、緊張に背中を汗で濡らしていた。

 

 

桐生院「桜木さん。そんなに緊張しなくても大丈夫です」

 

 

桜木「あ、はは.........こういう場所は初めてで、そうならない様にって思ってはいるんだけども.........」

 

 

 もし背中の汗の要因が俺の緊張だけならば、不甲斐ないと言って自分に喝を入れられただろう。

 だがしかし、それもあるかもしれないがそれ以外の要因も大きいと思ってしまう。その理由は.........

 

 

『.........』

 

 

桜木(何でそんな気がたってるんですか.........)

 

 

『当たり前でしょう?何でおめおめと今更顔を出しに.........あぁムカつく.........!!!』

 

 

桜木(別に貴女に会いに来た訳じゃあるまいし、親の仇か何かですか.........)

 

 

 隣に浮遊する存在。その親指の爪に歯を立ててカリカリとしている。そんな少女らしい姿とは裏腹に滲み出ている雰囲気は怒りそのもの。獣的な物だった。

 そんなピリピリとした雰囲気を肌で感じながらもそれに呑まれては行けない。そう思った俺は部屋の外から聞こえてくるししおどしの音に耳を澄ませていた。

 

 

 そしてその音に、一つの音が加わる。

 

 

 足音だ。こっちに近付いてきている.........

 

 

 そしてそれが、一番近くなった所で止まった。

 

 

 閉じられていた襖が開けられる.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしてすみません。本日はよろしくお願い致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人は、沖野さん達よりも年上の大人な雰囲気があった。聞いていた話では既に4、50代の筈だが、その身の細さから俺の良く知る中年さは無く、むしろどこか、[アスリート]にも似た感覚を抱かせる男性だった。

 

 

桐生院「桐生院 葵です。お忙しい中御足労頂きありがとうございます」

 

 

桜木「桜木 玲皇です。よろしくお願いします」

 

 

『.........』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「[武 豊]です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程までの妙な緊迫感は一瞬にして消え去った。この人が消してくれた。そう思わせてくれるほどのオーラを、この人は持ち合わせている.........

 

 

 [プロトレーナー]。学園に居るトレーナーにとっては目指すべき物であり、目標にすべき到達点であり、そして今の俺が思ったのは.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分ではとても、辿り着けない存在なのだと、痛い程に感じさせられた.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......To be continued

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